第39話 富めよ富め

「……いいな、これ……」


 やってみての感想がそれだった。うん、好感触でなによりだ。


「いいだろう。これなら朝飯前のちょっとした時間に畦道の草は全部刈れるし、貸し出せば恩も売れる。ただ、魔力は持参してもらえよ。儲けが減るからよ」


 おれの儲け、だがよ。


「まったく、お前は昔っから多才だよ」


「兄貴も結構多才だろう。親父がまだピンピンしてるのに家長になるし、集落でも若頭的な位置にいんだろう。ただ、いい歳なんだから夜は控えろや。子どもを作る才なんて並みでいいんだからよ」


 やるんならできないような才を身につけろ。生まれくる子どもが不憫だろうが。


「うっせーよ!」


 言われて恥じる感覚はあるんだ。初めて知ったわ。


「そんで、これでハハルは引き取れるのか?」


「好きにしろ」


 ハイ、家長の了承は得られました。これでハハルもおれの配下に入りました。


「あと、防犯対策として、草刈具の所有者として兄貴の魔力を登録した。なんで十日に一回は魔力を込めろよ。でないと草刈具が動かなくなるから」


「そんなことする必要があるのか? 盗んだらすぐバレるだろう」


「バレないように盗んで、バレないように村の外の者に売るかもしれんだろう。それに、そう広めておけば盗もうとする者も出ない。兄貴だって盗まれて近所を疑うのも嫌だろう」


 それでギクシャクしても引っ越せるわけでもない。一生ギクシャクして暮らすなんて地獄だわ。


「……ま、まあ、そうだな……」


「面倒だろうが、草刈は楽になるし、貸し出すことにより兄貴の立場も上がる。発言力が増すことがどれだけのものか知ってるだろう」


 発言力がない者はいつも後回しにされる。それは集落でも同じ。力のないところに無茶がくるのだ。


「おれに集長しゅうちょうになれって言うのか?」


「なれるならなれ。ただ、すぐになる必要もない。まずはアルヤを一人前にしてからだ。田んぼをやりながら集長をやるのは大変だろう」


 集落の集長を決めるのは多数決。これは、集落を纏めたり村長に陳情したりと、余り旨味がないから。自ら進んでなる者はいない。誰だって損はしたくないからな。


「おれが相談に乗ってやるから心配すんな。大抵のことなら金で解決できるからよ」


 ゲスな笑みを浮かべてみせる。


「……もうお前がなれよ……」


「そうしたら他の集落を敵に回すぜ」


 そして、味方にして、最終的に村を乗っ取る。うん、それもいいかもしれんな。


「わかった! おれがなる! お前にさせたら胃に穴が開くわ」


「それが賢い選択。さすが兄貴だ」


 発言力は増すが、自由に動けなくなる。内政は任せるのが賢い裏ボスのあり方だ。


「ハハル、ちょっと来い」


 家の前で固まっている家族の中からハハルを呼ぶ。


 え、あたし? 的な顔をし、オロオロしてたが、カナハに押されておれらのところまで来た。


「お前にはまず販売をやってもらう」


「は、販売? ってなにするの? 市みたいなもの?」


 こんな田舎でも年に二、三回は市が立つ。


 市の開催は行商隊に寄るもので、いつとは決まってないが、立ったら大抵の村人は集まって来る。


 完全自給自足なんて無理だし、村長が主導で店を出すのも大変。閉じ込められた環境では、たまにガス抜きしないと爆発するため、村長も多少の金を包んで行商隊に来てもらっているとタナ爺さんから聞いたことがある。


「まあ、似た様なものだな。兄貴、家の横の土地を借りるぞ。ちゃんと借り賃は払うからよ」


「お、おい、ここでやるのかよ! 村長に即バレるだろう!」


「まずは魔力を買うことから始めるから、すぐにはバレたりしないよ。あ、親父。ここにひと一人座れるくらいの掘っ立て小屋を作ってくれ。みすぼらしくて構わんからよ」


 カモフラージュだから、みすぼらしければみすぼらしいほどよい。頼むぜ、親父。


「……ま、まあ、そのくらいなら……」


 了承してくれる親父。あんがとよ。


「礼に旨い清酒を持ってきてやるからよ」


 掘っ立て小屋を建てる位置を教え、でこぼこの土地を均すのもお願いした。


「なんか、やることいっぱいだな」


 兄貴がやれやれと肩を竦めてみせた。


「仕事がいっぱいあって、ちゃんと儲けを手に入る。そして、稼いだ金で旨い酒が飲める。いいことずくめじゃないか」


 稼いでも使い道がなければ稼ぐ気にもなれない。だが、あれば人は頑張れるもの。仕事終わりの晩酌はなによりも幸福なものである。あ、ビール飲みたくなってきた。早く終わらせて帰ろうっと。


「ハハル。ここで魔力を買う仕事を任せるが、どうやるかは教えるから心配すんな。お前も荷物を纏めろ」


「う、うん」


 家に走っていくハハル。


 ……いつも笑っていたハハルもいろいろ考えてたんだな……。


 それが当たり前なのだが、そこまで考えが至らなかったのだからおれも余裕がなかったんだな。


「あ、そうだ。米くれ米。できれば近所からも買い集めててくれ。金はカナハの代金から頼む。少し色をつけて買うからよ」


 酒は人手を集めるいいエサになる。今のうちに作っておかないとな。


「また仕事を増やしやがって」


「その分、金も増える。喜ばしいことじゃねーか」


 富めよ富め、どんと富め、だ。  

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