第23話 意志を継ぐ者

「狼だっ!」


 ガツンと叫ぶと、雑木の揺れが一瞬止まり、すぐに少年が飛び出して来た。


「本当に狼だったら食われてるな」


 せっかく天然の要塞の中にいるんだから籠城すればいい。餓死するまでは生きられるだろうよ。


 だが、なんの躊躇いもなく一目散に逃げるのは評価してもいいかもな。逃げ切るかは別として、雑木より自分の命を優先させるヤツは長生きするタイプだ。


 しかし、草履で山を走るのは慣れていてもスピードは出ないし、そう丈夫なものでもない。あんなに走ったら──と推察する前に草履のはなおが切れ、盛大にすっころんでしまった。


 転げ落ちるが、身体能力が高いようで、三回転したら立ち上がり、駆け下りていく。


「ほー! スゲーな! 鍛えたら一流の戦士になりそうだ!」


 なにより根性がスゲー。おれの子どものときよりタフな野郎だぜ。


 少年はそのまま止まることなく駆け下り、村へと逃ていった。


「おれたちもいくか」


 カナハからブレードを受け取り、道を下る。


「おじちゃん、黒走りはあのままでいいの? 鬼猿を引き寄せない?」


 黒走りと鬼猿は、食ったり食われたりの仲で、処分を忘れると、どちらかを引き寄せるのだ。


「大丈夫。ちゃんと回収するからよ」


 もちろん、採取ドローンさまが、な。


 心配そうなカナハの頭を撫でてやり、ほれと背中を押して先を促した。


「さっきの子ども、誰かわかるか?」


 村と言っても一ヶ所に集まっているわけじゃなく、六つの集落に分かれているのだ。


「名前は知らないけど、たぶん、花原はなはら集落の子だと思う。何度か米を恵んでもらってるとこ見たことあるから」


 米を恵んでもらう? いなし子か?


 次男次女以下が愛し合ってできた子で、奴隷や家畜以下に扱われ、人物帳にも載らない、村にいない子とされているのだ。


「よくは知らない」


 まあ、村祭りや集まりがあるとは言え、そう他の集落の者と会うことはない。親戚でもないとわからんか。


 それで会話は終わり、黙って歩く。


 村に近づくと棘木いばらきが多くなって来る。


 棘木いばらきは、獣や魔物避けに植えられ、村をグルリと囲んでいる。謂わば村の境界線。行為に切ったら問答無用で打ち首である。


「さっきの子、どこから来たのかな?」


 村に入れる場所は六ヶ所あるが、どこにも見張りはいる。知られずに出入りはできない、となっている。


「なんだ、お前、わざわざ街道門から来てたのか?」


 おれのところに来るから秘密の抜け口を潜ってるかと思ってたわ?


「え? 街道門じゃなかったらどこから出るの?」


 どうやら本当に街道門を通って来てるのか。ある意味、根性があるヤツだ。


「今の子はやらんのか。おれらがガキの頃は秘密の抜け口作って村の外に出たもんだぜ。おれが釣りが得意なのもそう言う理由からだ」


 もちろん、その秘密は大人になってからも守られている。だって、子どもでも問答無用で打ち首だもの。


「確か、おれがガキの頃に作ったのはここら辺だった……あ、あったあった。ん? 新しくなってんな」


 目印にしてある三十センチくらいの岩が違うものになっていた。


「ここなの?」


「ああ。ここに抜け穴があってな、屈まないとわからないんだよ」


 そう言うと、カナハが屈んで覗き込んだ。


「塞がってるよ」


「塞いでんだよ。黒走りとか鼬に侵入されたら困るからな」


 その辺はしっかりしないとすぐバレる。昔の子どもは賢くないと生き残れないのだ。


「しかし、まさか、ここが使われてるとはな……」


 ここを知っている者はおれたち兄弟ぐらいのはずなんだがな? 誰か見つけて使ってんのか?


「あ」


 考えていたら思いだした。秘密の抜け口の向かいに隠し穴を掘ったことに。


 少し山に入ったところに穴を掘り、木の実や山芋を隠していた。家に持っていくと親に取り上げられるからな。


「……使われてる……」


 穴を塞ぐ板はなくなり、枝に熊笹を編んだものが置かれてあった。


 この編み方を知る、か。


「フフ。どうやらおれらの跡を継ぐ者がいるらしい」


 受け継がれる意志、みたいな感じで嬉しくなった。


「先達として応援したくなるな」


 おれらのときもどこかの大人がナイフやロープ、釣り道具を入れてくれてくれたのだ。


 誰かは今もわからない。だが、あのときの嬉しさと、格好いい大人がいるもんだと感心した気持ちは今もなくなってはいない。


 おれもそんな大人になりたいと、憧れたもんだぜ。


「いや、格好いい大人は行動してこそだ」


 万能素材で子どもの手に合う鉈と鞘、腰ベルトを作り、隠し穴へと放り込む。


「頑張れ、おれたの意志を継ぐ者よ」


 そう言い残し、おれらは正規の出入口へと向かった。

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