第102話 イズキ

「お忙しい中、集まってもらってありがとうございます」


 こちらがお願いする立場なので、先に口を開き、感謝を述べた。


「ふふ。傭兵出とは思えないくらい丁寧ですな」


「ゼルフィング商会にきていただけるなら幹部待遇で迎え入れますよ」


 断る。異世界に転生して過労死とか嫌だわ。


「おれは、家を興したいので遠慮させていただきますよ」


「それは残念です」


 その笑顔が怖くて堪らない。ほんと、おれは過労死しない人生送りたいんだから勧誘は止めてくれよな。


「それで、集まっていただいたのは、朝日あさひ型製造工場をオン商会かゼルフィング商会に買っていただきたいのです」


 キョトンとするかと思ったら、二人とも真剣な顔を見せていた。


 ……どんな職業だろうと、一流を相手にするのはおっかねーぜ……。


「……具体的にはどんな工場なので?」


「建物的にはこの城くらいで、工場の稼働耐久年度は十年。そこから建物を維持する魔力が劣化してきて、十二、三年で使えなくなります。ですが、魔力さえあれば一日中稼働できますし、そうすれば一日一機は作れます。一応、住む場所は作りましたが、気に入らなければ建て替えてください」


 テーブルの上に万能素材で模型を作り、概要を説明した。


「工場はもう造ってあるのですか?」


「朝日型の工場だけは造ってありますし、すぐにでも稼働はできます。ただ、人の住む域ではないので定期的に魔物の駆除は必要になり、できたものを置く場所を拓けないとなりませんがね」


「ふふ。考えましたね」


 おれの考えを見抜いたのか、可笑しそうにサイレイトさんが笑った。ほんと、怖い人だわ……。


「リュウランさん。わたしは買う方向で話を進めたいと思いますが、知っての通り、わたしが使える人材はいません。そちらが買うと言うなら先を譲りますよ」


 サイレイトさんはやはり買う気満々のようだが、リュウランさんは悩んでいるようだ。まあ、それが常識人の当たり前の反応だがな。


「今のおれには金より食料が欲しい。特に大麦が欲しい。炭酸を含んだエールと言うものを前に飲んでからあの味が忘れられないのです。パンにチーズと肉を挟んだものの食いたい。それらを運んでもらえるのなら金の延べ棒三十本でお譲りします」


 激安なのは自分でもわかる。二人も余りの安さに驚いている。だが、食料は早目に確保しておきたい。この国で金より食料のほうが重要であり、食わせることが人を集めるのだ。


「……タカオサさん。実物があるのならお見せいただいてもよろしいでしょうか?」


「構いませんよ。見たほうが早いでしょうから」


 リュウランさんも異存はないようで、工場に向かうこととなったのだが、どちらも移動用の乗り物は持ち合わせてなかった。大丈夫なのか?


朝日あさひ優月ゆうげつが戻ってくるまでの間と思い、馬車は三賀町さんがまちに返しました」


「わたしは、単独行動なので一人用の移動手段しか持ち合わせていません」


 しれっと言ってるが、隠し球を持っている顔だ。真実を言いながら本当に知られたくないことを隠している。おれがそうだからよくわかる。


「まあ、乗り物はおれが用意しますので、連れていく者や持っていく物を用意して置いてください。乗り物を持ってきますので。あ、実際に稼働させてみたいときは泊まり込みになりになるので、それなりの準備をしてください。さすがに食料まで用意してないんで」


「五人──いや、十人ほど連れていっても構いませんか?」


「大丈夫ですよ。多いときは往復しますから」


 そう言って城を出て、一旦、我が家へと戻──らず、タナ爺の家の陰で優月ゆうげつ型のトラックを作った。まだ、家までの道を作ってないんでね。


「六輪走行車両だから優月ゆうげつではなく別の名前をつけるか」


 ニトントラックサイズで運転席は一つ。車輪走行なので魔力は微々たるもの。積載一杯に積んでも1魔力百メートル。これほど燃費のよいものはこの世界にないだろうよ。


「神機と呼んでも過言ではないISUZ○様から名を少しいただいてイズキと命名しよう」


 操縦席から運転席へと変わり、単純化させてあるので覚えるのは簡単だろう。キャタピラーに変えたら雪道でも走行可能だ。


「輸送機よりこちらを欲しがるかもな」


 もちろん、欲しいのならお売りしますがね。ククッ。


 運転席へと乗り込み、鍵を差し込み、エンジン始動。これと言った音はありません。


 まず、道が安定しているので四輪走行モードにして発進。城へと向かった。


 時間にして十五分もかかってないのに、オン商会は用意を整えて待っていた。早いな。


「お待たせしたようで申し訳ありません」


 外に出て、旅装束な格好をするリュウランさんに頭を下げて謝罪する。そんな本格的な格好をしなくてもよかったことを言わなかった謝罪も含めて。


「いえいえ。このくらいできなければ異国で商売はできませんよ。理性的な方ばかりではありませんからな」


 まあ、後先考えられず、世間を知らないヤツはそうだろう。もっとも、そう言う場所で商売している人は侮れないってことなんだがな。


「それで、工場にいくのはここにいる方々ですか?」


 非武装の者はリュウランさんを混ぜて九人。武装した者は八人いた。荷物は荷車二台分はありそうだった。


 ……まるで拠点移動だな。買うのを決断したのか……?


「はい。まず、わたしと護衛を運んでください。その後に荷物、最後に部下とサイレイトさんをお願いします」


 よろしいので? とサイレイトさんを見れば問題ありませんとばかりに頷いた。


「わかりました。では、後ろの荷台に乗ってください」


 一応、左右に五人ずつ座れる脱着式の椅子を作ってある。長距離じゃないし大丈夫だろう。


「窓がないのはご容赦を。荷を運ぶ車なので」


「気にしないでください。ガソリン臭いカイナーズ製よりマシです」


 ガソリン臭い? え? ガソリン車があるの!?


 いや、おれのような者がいるんだから他にも前世の記憶を持ったヤツや能力持ちがいても不思議ではないか。おれ、三十六で前世の記憶が蘇った口だし、生まれて前世の記憶があるならガソリン車くらい広められるだろうよ。


 そうなると、ベーってヤツとカイナーズってのは転生者だろう。益々厄介だぜ。


 記憶や能力があったからって、こんな辺境まで名を轟かせるには並みじゃない才能と行動力があってこそ。どこにでもいた前世のおれでは到底太刀打ちできないだろうな……。


 だかまあ、この厳しい世界で生きた今生のおれの記憶と度胸がある。太刀打ちできなくても対抗はできるはず。頑張れ、おれよ。


 荷台にリュウランさんと護衛が乗り込む。観音開きの扉を閉め、運転席に乗り込む。


「サイレイトさん。説明してから戻ってくるので休憩でもしててください」


「はい。急がずどうぞ」


 アクセルを踏み、出発した。 

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