第103話 三月(みつき)

「買わしてください!」


 工場を見るなり即決買いをするリュウランさん。大丈夫なのか?


「こちらは助かりますが、上の方に許可なり判断たなりを伺ったりしなくてよろしいのですか?」


 リュウランさんがどれだけの権限を持っているか知らないが、安い買い物ではないはずだ。


「本当なら伺う必要がありますし、わたしの独断行動です」


 ダメじゃん、それ。


「ですが、ここで買わなければゼルフィング商会が買います。あそこの資金力はオン商会でも敵いませんし、独断行動上等なところです。いつでも誰でもやる気があるならゼルフィング商会を乗っ取ってみろと笑って会長が言うほどイカれた商会ですからね」


「……よく続いてますね……」


 そんなイカれた商会に入るなら優秀だろう。おれから見てもサイレイトさんは優秀で非凡だ。乗っ取るのもできるんじゃね?


「そこが、ゼルフィング商会が怖いところですよ。そう言う者がいたら喜んで仕事と高額な給金を与え、成功したら権限も与えます。ですが、ゼルフィング商会の扱う商品の多さ、活動範囲は世界規模。相手にする種族は千以上。休まる暇もありません。なのに、地位が上がれば上がるほど仕事は増す。寝る間も与えられず、病気になっても万能薬を飲まされ仕事をさせられるんです」


 もうブラックとかそんなレベルじゃねーな。


「奴隷のほうがまだ人らしい生活を送れると、幹部が泣いているところを見たことがあります」


 うん。サイレイトさんの勧誘を断ったおれ、グッジョブ!


「その点、サイレイトさんは賢いですよ。適度な地位にとどまり、適度な仕事をして適度な利益を上げ、充実な日々を送っている。まあ、優秀なゆえについ儲けを出して大陸全土どころか、この国まで任されるんですから」


 うん。優秀な人見てちっとも羨ましいと思わないなんて初めてだよ。凡人が一番人らしい暮らしをできるんだな。


「変な言い方ですが、サイレイトさんがいるからわたしどもは人らしい商売に勤しむことができます。あの方は、儲けが出ないように動き、オン商会を全面に出して支えてくれますからね」


 それでいいのか、サイレイトさんよ? とか思わないではないが、仕事は適度なほうがいい。時間もあり金もある。それが最高であろう。


「……もし、サイレイトさんが買っていたら、どうなっていたんです?」


「あの人なら本店に丸投げして、あとは知らんぷりでしょうね」


「はぁ? 丸投げ、ですか?」


 なに言っちゃってんの? いや、おれも丸投げを考えたけどさ。


「ええ、丸投げです。ゼルフィング商会もカイナーズもこのくらいの大きさなら別の大陸にも移せる技術があります。あのトゥルベンガーもカイナーズが持ってきたのですよ。連絡して二日後に、ね」


 なんだろう。リュウランさんがなにを言っているかわからない。メチャクチャ過ぎるだろう。


「ゼルフィング商会は魔石の鉱脈を持つと噂され、数百もの飛空船を所有して昼も夜も飛ばしています。まず、工場を得たら連続運転で朝日あさひを作るでしょうね」


 うん、するな。と納得してしまった。


「オン商会も飛空船は何十隻と所有していますが、ゼルフィング商会ほど豊富に魔石があるわけではありませんし、昼も夜も飛ばせません。ましてや大陸間の商売は数部門だけで、ほとんどは大陸内での商売です。飛空船を所有するよりは朝日あさひを所有したほうが維持費は安いでしょう」


 ジャンボジェット機を持っているからって、国内を回るにはコストがかかるし、発着場を整えるにも金がかかる。


 朝日あさひは水の上でも地上でも降りられ、垂直離着が可能。馬の餌代や護衛費、人足費を考えたら安上がりと踏んだのだろう。


「この独断行動で首になるなら本望です。首になったらタカオサ様のところで雇ってください」


 本気か冗談かわからないが、リュウランさんのように商売に長けた人がきてくれるなら大歓迎だ。ゼルフィング商会に負けないくらい給金を弾むよ。


 ……仕事量は人並みにしますからご心配なく……。


「では、まず住む場所を説明します」


「あ、護衛に辺りを探索させてもよろしいですか?」


「構いませんよ。ここに巣くっていた黒走りは絶滅させたので、いても鬼猿くらいでしょうからね」


 鬼猿はボウフラのように湧くからな、黒走りがいないとわかれば集まってくるだろう。


「そうですね。これからお隣さんとなるのだし、いいものを贈らせていただきましょう」


 リュウランさんと護衛の九人を工場の中へと案内する。


「ここは、受付として作りましたが、護衛の詰所と使うのもいいかもしれませんね」


 よく工場にある受付所くらいのサイズで、仮眠したり待機したりできるよう設備は整えてある。


 書類などを入れるようなロッカーに手を当て、中身を改造する。


「ここの管理は厳重にお願いしますね。武器庫なので」


 扉を開き、中にある神無月かんなづき──より小型で、アサルトライフル型の吸魔銃を一丁取り出した。


「魔銃ですか?」


「魔を放つと言うより魔を吸う銃ですね」


 マガジンを外し、中の吸魔弾を見せる。


「これは吸魔弾。この一発で鬼猿の魔力を根こそぎ奪います。まあ、これを集めるのは手間で、殺したわけではないのでトドメを刺す必要はありますが、吸い取った魔力は建物にも回せます」


 細かい説明をして、扱いを教えるために外に出る。


「まずはおれがやってみますね」


 二十五メートル先に的を作り、そこに向けて吸魔弾を射ち、万能スーツ補正で真ん中に命中する。


「威力がないように見えますが、魔力を持つ者にはちゃんと刺さります」


「人、にもですか?」


「もちろん、武器ですからね」


 人に当たらないように設定することも可能だが、そんな都合のよいものは武器ではないし、そんな温い設定では人の心が腐る。武器は武器と認識できないのなら武器は持つな、だ。


「おれは傭兵上がりですからね、武器の売買に忌避は感じませんし、差別もしません。武器は命を奪う道具です」


 前世のおれは忌避を感じているようだが、今生のおれは武器を売買することは日常だ。剣はよくて銃はダメなんて感覚はない。


「まあ、それは人それぞれの考え方。受け入れられないのなら無理に受け入れることはないですよ」


 これはおれの考え。他人に押しつけたいわけじゃない。


「いいえ。わたしも武器に寄って生かされてる身。武器に忌避はありません。ですが、よろしいのですか? それは……」


三月みつきです」


 今、命名しました。


「その三月はタカオサ様に向けられるかも知れませんよ」


「そのときは相手が死んでますから大丈夫です」


 家族に当たらないように設定はしましたのでご安心を。


「……タカオサ様とは敵対しないよう、常に心がけるとしましょう」


 そうしていただけると助かります、と笑顔で答えた。  

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