第201話 娘

 食事を与えたことで、銅羅どうら町の者たちに秩序が戻って来た。


 とは言え、明日もわからぬ身なのは確かで、不安な気配はまだありありと残っていた。


 港には山梔子くちなしが接岸し、そちらにも難民キャンプができたそうで、仕切るアイリが苦労してるようだ。


「旦那様。また雇ってくれと押しかける者が……」


 偵察ドローンに意識を飛ばし、各地の様子を見てたらミルテがやって来て、そんなことを言った。


「またか。懲りないな」


 いや、懲りたら死ぬだけ。諦めるにはいかないな。


「わかった。おれが相手する」


 生きるか死ぬかの状況で冷静ではいられない。下手したら暴動になってしまう。部下に任せるには荷が重いだろうよ。


 ……それをできる人材もいないしな……。


 指令所とした光月こうづきから出て、難民キャンプ地の区画から出る。


 そこには数百人の人々が集まっていた。


 銅羅どうら町の生き残りは一万もいないだろう。そのうち半分くらいは町を去り、残りはどこにいく宛もなく、体力もない。身内もいないと、仕方がなくここにいる者たちだ。


「どうか仕事をください!」


「お願いです! なんでもしますから!」


「子どもがいるんです! 雇ってください!」


 誰もが仕事を、雇ってくれと叫んでいる。


 朝晩と食事は与えているので腹は膨れたが、それで周りに目を向けられ余裕ができて、未来に不安になったのだろう。


「それは銅羅町から抜けてもいいと言うことか?」


 ドローンを使って言葉を飛ばすと、集まった者たちの声が静かになっていく。


「おれは、銅羅町の者ではない。いや、国にも属してない。そんなおれに仕事を求めるなら町を、国を抜けてもらう」


 これははっきりさせておかなければあとで国に介入されるきっかけとなる。突っぱねることも可能だが、まだ国とは対立したくない。敵にするにも大義名分をちゃんとしなければならないのだ。


「国から、町から抜ける。その意味を理解して、それでも望月家で雇って欲しいと懇願するなら雇い入れよう。覚悟を決めたものは夕方にまたここに来い」


 町で暮らすなら町での利点や優位性はわかっているはず。外の危険性は知っているはず。それを捨てるなど、町でぬくぬく生きてきた者にはそう簡単に捨てられないはずだ。


 言うだけ言ってその場を去る。


 光月に入り、山梔子くちなしにいるアイリに通信を繋いだ。


「アイリ。忙しいところすまない。そちらに雇ってくれと人が集まっているか?」


 偵察ドローンで町を見ていたが、山梔子までは見てなかったのだ。


「ああ。来ている。今聞こうと思っていたところだ」


 やはりか。集まった数が少ないから港にもいってるのだろうと思ったのだ。


「国や町から出る覚悟があるものだけを雇ってくれ。雇ったら月島に何人か送って働かせてくれ」


 月島の開発計画はアイリに教えてあるし、任せてもある。いいように使ってくれるだろう。ダメなら相談にも乗るしな。


「わかった。こちらは任せてくれ」


「助かるよ、アイリ」


「なに、旦那様を支えるのが妻の役目さ──」


 らしくない冗談を言って通信が切れた。きっと言ったあとに照れて切ったのだろう。


「ふふ。可愛いところがあるじゃないか」


 アイリを迎えてから妻として報いてない。落ち着いたら孝行しないとな。


 妻が三人もいると平等に扱うことに気を使うが、おれを支えてくれる大切な存在。辛いなど言ってられない。誠心誠意、愛しましょう、だ。


「カナハ。周囲の様子はどうだ?」


 またあの怪獣が現れたら困るからカナハに銅羅町を探らせているのだ。


「なにもいない。けど、朝日の反応がいつかある。バルキリアアクティーも」


 カイナーズも警戒しているのかな? 


「敵対行動はするなよ」


 バルキリアアクティーなんて持ってるヤツらを敵にするとか胃がマッハで死ぬわ。


「わかってる。ちゃんと友好的に接する」


 友好的にとか、カナハも大人になったものだ。やはり、人と接しないと人は育たないんだな。


「あ、バルキリアアクティーが近づいて来た。接触しようとしてる感じ」


 あの娘か?


「カナハ。お前が相手してみろ。相手は世界を股にかける存在だ。負けたくないと思うなら相手を見て、いいところは真似をしろ。なにを考えているか知れ。それが敵を超える近道だ」


 ルビーはおれの血をわけた娘ではあるが、育てたのは別の者だ。その者の思想で育てられた。


 なら、優先するべきはおれの思想を受け継いだカナハだ。カナハが成長するために父親として動くだけである。


「うん。学ぶ」


 カナハの中ではルビーはライバル的な位置にいるのだろうな。自分がおれの娘だってな。


「戦ってもいい。競ってもいい。だが、憎しみ合うようなことはしないでくれると嬉しい」


 どちらもおれと血の繋がりのある者。憎しみ合うことだけは止めて欲しいのだ。


 我が儘なのはわかってる。エゴなのもわかってる。けど、どちらもおれの娘なのだ。悲しい未来などになって欲しくないんだよ。


「……わかった。あたしは父親に誇れる娘でいる」


 ありがとうと、心の中で礼を言った。

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