第123話 千尋の谷へ
夕飯後、陽炎団の面々と顔を合わせ、望月家の家訓やらあり方を説明し、人事を発表する。
「タカオサ様の言葉に従いますが、このような船を使った仕事などあるんですか?」
そう訊いて来たのは、いつもアイリの横にいるサネと言う女だ。
ハハルの言葉では副官的立場で、実質、陽炎団を纏めていたのはサネらしい。
「あ、リサさんが助けた子か!」
なんか見たような気がしたら、魔物に襲われて引き取った子だ。
「よく覚えていたな」
「あんな憎しみに満ちた目をしてたらな。まあ、リサさんのお陰でまともになったようだが」
鬼すら泣かすリサさんだが、母性愛は高い。よく親無しの子を引き取って傭兵に育てていたものだ。
たぶん、ここにいるヤツらはリサさんに拾われたか、買われた娘だろうな。もう姉妹って感じなんだろうよ。
「働く場所は二つにわかれるが、ちゃんと休みも与えるし、家にお前たちの部屋も用意する。なんなら通信──はいずれにしておくか。説明してもわからんだろうし」
うちはテレビ電話も可能なのでいつでもおしゃべりしてください。
「……いや、スマ──はいろいろ問題があるか。単純に通信具としておこうか」
世界は違えど守るべきルールがある。自主規制はしないとな。うん。
テーブルの上に縦十二センチ。横八センチ。厚さ六ミリの金属版(万能素材で軽くしてます)を三十個作り出した。
「これを各自一つ持て」
ハハルに配ってもらう。
なんなのかわからない皆は、いろをな角度から見たり、触ったりしている。
「それは通信具。それを通じて言葉や姿、文字を交わす魔道具だ。それを握って魔力を注いでみろ。魔力操作ができなくても握ってればいいから」
そこそこの傭兵なら魔力操作はできるだろうが、少ない者はどうしてもいて、自分で感じることもできないのだ。
「それぞれの魔力が通信具に登録されて、他人には使えないようになる。万が一、盗まれたりなくした場合はハハルかおれに言ってくれ。すぐに廃棄して新しいものを渡すから」
通信具の重要性や価値がわからず、雑な扱いをするだろう。それを咎めて萎縮されても困るので、最初は寛大な気持ちでいるしかない。
「……父さん。この通信具、世間に知れたらとんでもないことになるんじゃないの?」
難しい顔でハハルが言って来た。
「ああ。とんでもないことになるだろうな。遠くにいるヤツとしゃべれるんだから。商人なら是非とも欲しいだろうよ」
万能変身能力から作られたスーツには通信できる機能をつけてはいるが、仕事とプライベートを分けるために通信具を作ったのだ。
「危なくない?」
「危ないと言うよりは厄介が増える感じだな。だが、輸送機を売ると決めたときから覚悟はしてるし、対処する用意もできているよ」
平穏無事に世を変えるなんてことはできない。必ず荒れる。厄介事が津波のように押し寄せて来るだろう。
「なんだろう。その厄介事があたしに向かって来る未来しか見えないんだけど……」
「安心しろ。お前のスーツはどんな攻撃も防ぐし、常に護衛ドローンをつけている。家族に危害が及ぶなんて脅されたら言ってやれ。お好きにどうぞってな」
お前にはおれに次ぐ権限と万能変身能力を使えるようにしてある。千や二千の敵が来ようと殲滅するさ。
「ハハルはなにも恐れることはない。お前の後ろにはおれがいるんだからな。これは、陽炎かげろうのお前らも同じだ。不当なことに屈するな。おれがお前らを守る」
一家の長として家臣を守れないようでは家は存続できないし、おれの願いは叶えられないだろう。
「はぁ~。まあ、一騎当千のカナハがいて、万夫不当の父さんがいるんなら怖いものなんてないか。逆に襲って来るバカに同情するわ」
同情はしても手心は加えるなよ。うちの娘に手を出した時点でそいつは死刑である。慈悲はない。
「さて。山梔子くちなしを担当する者は今日から訓練に入るが、うちの訓練は他とまったく違う。夢の中で訓練してもらう」
と言ってもわからんだろうから各自の部屋に連れていき、スーツを纏わせてベッドに寝かせる。
「そのスーツには命を守る力があるから心配するな」
ヘルメットが顔を覆い、眠りへとついた。
「目覚めたときは一流の船乗りだ」
なんとも言えない顔をするハハルを無視して、娘たちを地獄──ではなく、千尋の谷へと落とした。
「死ぬに死ねないって残酷よね」
なにか経験者が語ってますが、止めない時点でお前も同罪だからな。まあ、止めろと言われても止めないがよ。
「……一体、なにをしているんだ……?」
アイリたちが恐ろしげな目でおれを見て来る。
「明日、見せてやるよ」
ニヤリと笑って見せる。
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