第76話 姉と妹の訓練

 移動販売車──ではなく、移動販売機、優月ゆうげつが完成した。


 したのだが、ハハルの住むところがなくなってしまった。


「……ま、まあ、お前の部屋は別に作るから、優月ゆうげつは移動販売機として使え……」


 元々、人が住むようなものじゃないんだし、そこに住めとか言うほうが間違ってるのだ。


「冷蔵庫があるならあたしは構わないよ。操縦席でも寝れるし」


 ハハルにこれと言った反対はなさそうだ。なら、それでいこう。


「無理に優月ゆうげつで眠ることはない。いずれはお前には部下を持ってもらうんだから、威厳を持たせるためにもハハル専用の部屋は用意するよ」


 特別扱いや格付けは必要だ。いずれは何部門も従えるのだから、それに見合ったものを与えよう。


「それと、お前にはこれをやる」


 万能ウエストポーチをハハルの腰につけてやる。


「これはサバイバルキットだ。シミュレーションでは優月ゆうげつに搭載してたが、常にそれを持っていろ」


 一応、不時着した場合もシミュレーションに組み込んでおいたが、本格的なものではない。こいつは人の世でこそ真価を発揮する。


 なので、とにかく町へ向かうだけの手段しかシミュレーションしかしてないのだ。


「お前には戦う技より商売を集中して覚えさせたいが、まだ護衛をつけるほど人が揃ってない。だから、最低限の戦う技は覚えてもらう」


「あたし、カナハみたいに体は動かせないよ」


「カナハみたいになれとは言わんよ。アレは特別だからな」


 今のハルマと同じ歳から教え、日常の中で訓練している。今からやれと言っても何十年もかかる。そんなことに時間をかけるくらいなら護衛をつけたほうが得だわ。


「お前が纏うパイロットスーツは下手な鎧より防御力はある。傭兵の剣でも弾くし、空から落ちても体に痛みはなかっただろう」


「あ、そうだった。って言うか、あれは死ぬかと思ったよ! 死んじゃったかと思ったよ!」


「それでも優月ゆうげつに乗ってるお前の図太さには敬服するよ」


 並みの女、いや、男でもトラウマになっている。こいつの心臓には絶対、鋼の毛が生えてるぜ。


「パイロットスーツになってみろ」


 自然に言ったのに、なぜか警戒するハハル。どうした?


「おじちゃんが笑うとき、絶対よからぬことを考えてる」


 フフ。図太さだけでなく、その勘のよさも敬服しちゃうよ、おじちゃんは。


「カナハ~」


 魔法の訓練をしている、もう一人の尊敬すべき姪を呼ぶ。


「なーに、おじちゃん?」


「悪いが、ハハルに戦闘とはいかなるものかを教えてくれるか。いきなり剣は可哀想だから棒で相手しろ」


「それは構わないけど、ねーちゃんどんくさいから一方的になるよ」


 あー確かにそうなるか。腕を離したら逃げ出しそうだもんな~。


「じゃあ、カナハの魔力を常に5程度にして、体を少し重くする。ほれ」


 と、カナハのマギスーツをそう言うふうに設定する。


「──うっ。これ、キツいよ、おじちゃん……」


 重力がかかったようによろめいた。


「魔力涸渇状態も経験しておけ。魔法士、魔力なければただの人。と言われないようにな」


 まあ、なくならないように戦うのが大切なんだが、大体は涸渇してお荷物になるのがほとんどだし、そうなって死んだ魔術士も結構いる。


「魔術士も魔法士も最後にものを言うのは体力と気力だ。ただ、涸渇状態での戦いは危険なのでおれがいないときはやるなよ」


「これは、あまりやりたくないよ……」


 絶対にやりたくないと言わないだげ、カナハの根性は立派なものだ。日頃の訓練の賜物だろう。


「こんな状態のカナハでもハハルでは相手にならないだろうから、これを」 


 と、小型のネイルガンをハハルの手に握らせる。


 シミュレーションで使い方は学ばせたので説明はしない。現実で使ってさらに慣れてくれ。


「じゃあ、ネイルガンの針がなくなったら一旦休憩。十分経ったらまた開始。昼までやってろ」


「はぁ~。わかった。やるよ、ねーちゃん」


「あたしはやりたくない!」


 と言ってカナハのやる気を削ぐことはできない。うん、頑張れ。


 ハハルの悲鳴を背にして朝日あさひへと向かう。


 昨日は優月ゆうげつからコロ猪を下ろすだけで止めたので、朝日あさひに積んだのはそのままなのだ。


 コンテナハッチを開けると、満杯に積み込まれていた。


「……収納上手かよ……」


 ってか、出すこと考えてないだろう。


 隙間に布屑を詰めるとか、嫌がらせだよ。豆とか潰れてんじゃねーの?


「万能素材じゃなければ苦労してたぞ」


 コンテナの上部を拡張させて空間を作り、荷物を下ろした。


「なんでもっては言ったが、本当になんでもだな」


 陶器の破片が詰まったものや腐りかけの畳、これは古着か? 鉄屑まであるよ。


「まあ、万能さんにかかればどれも資源だ」


 捨てるものなし。有効に使わせていただきます。


「ん?」


 奥のほうに麻袋が詰め込まれていた。


 出して開けてみると、黄色カボチャが入っていた。


「熟し過ぎたヤツか」


 正式名は知らんが、やたら甘いカボチャで、蒸かしたものをよく女が食ってたっけ。


 おれも甘いものは好きだから食ったことはあるが、もうちょっと押さえた味なら……いや、あんぱんにいいかもな……。


 前世の記憶が蘇ったからか、やたらと前世の食い物を思い出してしまうのだ。


「あ、米でパン作れたっけ」


 どうやればいいかは知らんが、万能さんがいいようにパンにしてくれる。ならいい感じのカボチャパンにしてくれるだろう。


 なんか前世の食い物を考えていたらよけいに食いたくなってきた。


「そうだ、食い物工場を作ろう!」


 我ながら単純な思考だとは思うが、どこかの偉大な人も言っているではないか。衣食住は人を人たらしめると。


 食えることで社会は成り立ち、楽しむことで文化が築かれるのだ。


「とその前にこれを片付けんとな」


 何事も順番。慌てず騒がす一つ一つ片付けましょう、だ。 

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