第46話 不知火(しらぬい)

 輸送機の手続きは簡単に終わり、使用料も後払いで大丈夫のことだった。


 なんともあっさりしたものだが、手間取るよりはマシかと、納得しておく。


 ちなみに、輸送機に名前をつけることを要求されたので、『優月ゆうげつ』と命名しました。あとで機体に刻んでおこう。


 管理所から輸送──優月ゆうげつに戻って来ると、桟橋の先でハハルが見知らぬじいさんと握り飯を食っていた。


 じいさんは元漁師なのか、よく日焼けしており、むき出しの腕には無数の傷があった。


「ハハル」


 呼びかけると、握り飯を手にしたまま振り返った。


 ……こいつにも礼儀やマナーを教えんとな……。


「じいちゃん、残り食べていいよ」


 この短い時間で仲良くなったようで、貴重な飯をじいさんに渡した。


「すまんな。気をつけるんじゃよ」


「うん。おじちゃんがいるから大丈夫」


 笑顔でこちらに駆けて来るハハル。よくわからんが、なにかを乗り越えたような爽快さがあった。


「なんだ、あのじいさんは?」


「釣りに来たんだって」


 それ以上の情報はないようだ。


「よく見知らぬじいさんと話せるな? あんな田舎で暮らしてるのに」


 普通、余所者や見知らぬ者には内向的になるものだが、ハハルは隣のじいさんと話すくらいフレンドリーだった。


「じいちゃんはどこでもじいちゃんだよ」


 その意味がよくわからん。こいつ、歳上キラーなのか?


「まあ、いい。まずは剣を売りにいくが、ちゃんとおれの後を付いてこいよ。珍しいものがあっても気を取られるな。あと、男に声をかけられても付いていくんじゃないからな」


 まあ、おれの近くにいれば問題ないのだが、なにがあるかわからないのが世の常。教えるべきことは教えておかんとな。


「わかった」


 真剣に頷くハハル。ちゃんと聞く耳を持っているから助かるぜ。


 優月ゆうげつの荷台から万能背負い籠を出し、ハハルに背負わせる。


 籠に蜂蜜酒と剣、ナイフを入れる。荷はバラバラだが、万能なので割れたり揺れたりはしません。


 続いて優月ゆうげつと一生に作った折り畳み式の万能リヤカーを出した。


 まあ、折り畳み式、と言っていいのか謎だが、万能によりキャリーケースまで折り畳まれ(?)いる。もちろん、タイヤも折り畳まれ(?)ます。


 広げて持っていくのも邪魔なので、まずは背負っていく。万能変身スーツの力強いを使わなくても三十キロは余裕です。


「んじゃ、いくか」


 港と出ると、米蔵が建ち並んでいた。


「米も買えたらいいな。あと、海の魚も。漬けにして食いたいぜ」


「そう言えば、さっきのじいちゃん、最近魚が釣れないって言ってたよ。悪魔が来る季節かもって」


「悪魔? なんだそりゃ?」


 台風かなんかか?


「大きくて狂暴な魚なんだって。何十年に一回やって来るとか言ってた」


 狂暴な魚? 鮫か? まあ、ファンタジーな世界だし、そんなのがいても不思議ではないか。嘘か真か島よりデカい魚がいるそうだからな。


「魚がないのなら諦めるか」


 まあ、貝や昆布くらいはあるだろう。魚は今度でいいわ。


「さて。三納屋みのうやはどこだったっけかな?」


 ここに来たのは七年も前だし、港には来なかった。


 万能マップを広げ、三賀町さんがまちを写す。


 上空からの撮影なので、店の名前が出るわけじゃないが、記憶を蘇らすには充分である。


「あっちか」


 虫サイズのドローンを四機放ち、三賀町さんがまちにある店と主要時節柄は名を調べる。


 万能スーツからでも情報を集めながら、最初って目的地たる三納屋みのうやにやって来た。


「おじちゃん、ここ?」


「ああ。傭兵相手に商売している店だ」


 簡単に言えば雑貨屋で、売りも買いもしているところだ。


 まあ、傭兵の数がそれほどいるわけじゃないので、一般人相手にも商売しているので、そう怪しい店構えではないし、怪しい路地裏にあるわけでもない。普通に商店街通りにある。


「邪魔するよ」


「いらっしゃいませ!」


 暖簾を潜ると、元気のいい声で迎えられた。店の小僧かな?


 丁稚でっちのようなシステムもあるが、着ている服が丁稚より上等だった。


「買い取りをお願いしたいんだが、主はいるかい?」


「はい。ただいま主を呼んで来ます。こちらにどうぞ」


 店に併設する質屋のような場所に案内された。いつの間にこんなのができた!?


 驚きながらもカウンターの向こう側に来るのを待っていると、若い男が現れた。


 ……この若いの、どこかで……?


「──もしかして、不知火しらぬいさんですか!?」


 若い男がおれを見るなり、驚いた顔で懐かしい呼び名を口にした。


「おれですよ! ここの息子のタカサですよ!」


 息子? タカサ? あ、思い出した! あの小僧か!


 ここの主の三男で、おれが利用していたとき対応してくれた小僧で、なにかとおれを慕っていたっけ。


「小僧──いや、今は番頭か?」


 一つの場所を任されるのは番頭くらいなはずだ。


「主代理です。父がもう年なので」


 まあ、おれが利用している頃で六十代だった。そろそろどころか後継ぎの教育は済ませてないとおかしい年齢である。


「勝手に年寄り扱いすんじゃねー!」


 と、後ろからガタイのよい爺さんが現れた。


 若い頃は傭兵で名を鳴らしたそうだが、年には勝てず、実家の商売の跡を継いだ変わり種だ。


「不知火しらぬいか。引退したとは聞いてたが、まだ傭兵をやっておったのか?」


「いや、引退して田舎で暮らしてたよ」


「その割には昔より鋭く、いや、狡猾になった感じか? 不破ふわの不知火しらぬいは健在のようだ」


「もう、そんな大層な呼び名を名乗られるほど、若くはないよ。よる年波には勝てんさ」


「はん! そんなギラついた目で言っても説得力がないわ。益々研きがかかったような気配だ」


 まあ、前世の記憶と万能変身スーツがあれば、多少なりとも自信がつくもの。それを抑えるなんて難しいこと、か……。


「まあ、なんにせよ、よく来た。歓迎するよ」


 差し出された手をつかみ、久々の再会を喜んだ。

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