第10話 必要性
あ、狛犬って死肉も食うのかな?
森王鹿まであと三十メートルってところで、ふとそんなことが過った。
まあ、大体の獣は殺してから食うんだろうが、たまに生きたまま食う習性がある魔物がいたりするのだ。
そんな習性してよく生きてられんなとは思わなくはないが、まあ、いるのだから生きられるのだろう。有名なところでは獣鬼(わかりやすく言うとトロールって感じかな?)がそうだからな。
「気絶させて運ぶか」
万能スーツさんなら問題ないし、この刹那的な時間で思考している余裕があるんだから可能だろう。
時速にしたら百キロ以上は出ているだろうスピードで森王鹿に肉薄。通り抜け様にデカい顔に一発いれた。
そのまま駆け抜け、五十メートルくらいでUターン。さらにスピードを上げて近づき、凶悪な角の握りやすいところをつかみ、全力で放り投げる。
大木ですら倒すからしっかりしてんだろうと言う、まあ、なんとも適当な推測が、角は剥がれることなく飛んでいくから問題はない。
ってか、万能スーツさん、マジスゲー。優に十トンありそうな森王鹿を投げちゃうなんて凶悪……いや、投げると決めて行動したおれが凶悪か。不運な森王鹿さんに哀悼を。
四十メートルくらいのところで森王鹿をキャッチ。また遠くに放り投げて群れから遠ざかった。五十頭もいる中に突っ込むとかアホだろう、おれ!
自分を罵倒しながらすたこらさっさ。全力で安全圏へと逃げ出した。
森王鹿の群れから逃げ出して二十分。山を4つ越えて掲げていた哀れで貴重な森王鹿くんを地面に置いた。
群れを見張るドローンから何匹かが捕らわれた仲間を捜すために動いた情報が送られて来るが、家とは逆方向に逃げたから大丈夫。人間……ではなく、万能スーツさんをナメんなよ。
……ちなみに、中身をナメてもらっても一向に構いませんぜ。身の程はちゃんと心得てますんで……。
「しっかし、万能スーツさんが優秀とは言え、よくこんなデカいものを掲げて走れるよな。場合が場合なら勇者になってたかもな」
大陸には魔王がいるって言うし、十五歳くらいに記憶が蘇ってたら勢い込んで旅立ってたかも。
「まあ、今からやれって言われたら全力で断るがな」
今ならわかる。人はやる気が大事だって。やりたくないものを全力でやらなくちゃならないとか拷問だわ。
「さて。我が家に帰るか」
万能スーツさんから臭いは漏れないし、川で足跡を消せば森王鹿が我が家に来ることはないだろう。まあ、来たら狛犬さんが美味しくいただくだろうよ。
よっこらしょと森王鹿を掲げ、我が家へと駆け出した。
で、無事到着。漁より楽でしたわ~。
「また大きいのを狩って来たな。我でも一苦労すると言うのに」
さすがの狛犬も森王鹿を狩るのは大変なのか。まあ、似たような体格で、あっちは群れで行動するからな。おれだって群れの端にいたヤツを速攻で狩ったんだからな。
「一応、生きたまま連れて来たが、狛犬ってのは生きたのを食う習性か? 死んでても食えるのか?」
「他の者は新鮮な肉を好むが、我は腐りかけが好きだな。旨味が凝縮されて、口の中に広がる甘さがよい」
なんかグルメな狛犬のようだ……。
「だが、内臓は新鮮なほうがよい。血もな」
グルメかと思いきや、がっつり獣思考(嗜好か?)でした~。
「なら内臓と血を食うか?」
「ああ。それなら食う!」
意外と表情豊かな狛犬さん。それともおれが慣れたからか?
「ここを屠殺場にするのもいかんし、場所を作るか」
とは言っても森に近いところに大岩を運んで平らにするだけ。あ、小川の側に作れば水を運んでくる手間が省けたな。
「まあ、樽でも作って水を溜めたらいいか」
手段も技術もあるんだからゆっくり揃えていけばいいだろうさ。
森王鹿を解体台に乗せ、よく切れるナイフを作り出した。
さあ、おれの解体技術を見せてやろう! とか無理。魚は上手く捌けても鹿とかやったことないもん。
村でのおれは漁師。狩人じゃないの。やれってほうが間違ってるの!
「なので万能さん。よろしくお願いします」
前世の鹿と違うだろうが、そこは万能さんの学習能力でカバーしてください。
では、解体! と思い気や、万能さんがクルリと回れ右。切り集めた丸太へと向かった。
一本の丸太をつかむと、右手を剣にして縦横無尽。たくさの板を作り出した。
え、なにしてんの? 解体は?
わけがわからず万能さんに尋ねたら、盥を作っているとのこと。
あ、内臓とか入れる器か! 確かに必要なものだわ。おれよ、なんで気がつかなかった!
丸太一本板にすると、今度は竹藪へといって竹を一本切り倒した。
竹を持ち帰り、万能さんが竹ヒゴを作り出した。
前世と今生を足して七十二年。道具の必要性をやっと知りました。世の職人たちに最大の感謝を。
「……はぁ~。これから大変そうだ……」
知ってしまったからには目を背けることはできない。だって快適な暮らしがしたいもん。
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