第111話 紅緖(べにお)

 ──金鳳花きんぽうげ。名はアイリ。おれの七つ下だったから二十九歳か。


 今も若々しく、父親似なお陰で鬼ではなく花の名がつくくらいスタイルはよい。世間的にはアレ(明言は避けます)な年齢だが、嫁のもらい手はありそうだ。


 リサさんも二十歳くらいで結婚し、金鳳花きんぽうげ──アイリを生んでいる。前世ほど男尊女卑がないから傭兵でもそれなりに結婚はできるのだ。


 ……丈夫な女が需要ある時代なんだよ。医療技術が低いとな……。


 だが、見た感じからして母になっているとは思えないので、今も独身なんだろう。見た目も器量もいいのにもったいない……。


「久しぶり……でもないか。姿だけは見てるしな」


 七年、いや、八年以上見てなかったが、そう感慨はない。兵士や傭兵をやっていれば人の生き死に耐性がつく。再会することのほうが希だからな。


「……わたしは会いたくてしょうがなかったよ……」


「その甘ったれた性格はそのままだな、お前は」


 能力は母親譲りだが、性格は傭兵に向いてなかった。リサさんにも傭兵なんてさせるなと助言はしたものの、傭兵しか知らないリサさんには傭兵として育てることしかできなかった。


 まあ、リサさんならそれなりの傭兵にするだろうと、それ以上は言わなかったが、それなりにする前に死んじまったか……。


「積もる話もしたいが、見ての通り忙しい。今はお前に割ける時間はない。用件を言え」


 薄情だとは思うが、忙しいのだからしょうがない。情で優先順位は変えられないんだよ。


陽炎かげろう団を不知火しらぬいに買ってもらいたい」


 金鳳花きんぽうげの言葉にハハルに目を向けた。


「おじちゃんが傭兵団がいるって言ってたから誘ってみた」


「……やっぱりか……」


 傭兵団を売るなんて発想、団長は死んでもしない。不名誉極まりないからな。それを買えと言わせるのは第三者の介入があったってことだ。


 おれのことを知り、おれの行動を考査できるのはハハルしかいない。こいつの悪辣なところや要領のいいところとか、おれに似てるからな……。


「わかった。これで陽炎かげろうを買う。整理しておけ」


 金の延べ棒……では使い勝手が悪いので、砂金にして渡す。分けるときはそっちでなんとかしろよ。


「リサさんには返しきれない恩があるから陽炎の名は残す。だが、実働部隊と護衛部隊、そして、何人かはカナハの部下にする。飲めないヤツはいらない。金を払って追い出せ」


 面倒事はいらない。文句を言うヤツは金で排除させてもらう。


「わかった。ありがとう」


 泣きそうな顔して頭を下げる金鳳花きんぽうげ。苦労したようだな。


「ったく。手のかかる妹分だ……」


 下げる頭を撫でてやった。


 どうもおれには妹属性っぽいな。どうにも甘くなるぜ。


「…………」


 なにやら強い視線に気がつき振り向くと、カナハがむくれていた。


 ……フフ。妹より姪のほうが可愛いな……。


 ハハル? あ、まあ、カナハとは違ったベクトルで可愛いよ。うん。


 なんて言い訳はどうでもよく、仕事を再開させるとしよう。


「カナハ。悪いが、お前にも朝日あさひの操縦を覚えてもらう。いいな?」


 どう慰めていいかわからんので仕事を任せることにした。


「うん! やる!」


 いい子だと頭を撫でてやる。


「安い女よね、カナハは」


 甘い物で一生ついてくるお前も安いように思えるが……言わぬが花と言うやつだろう。


金鳳花きんぽうげ。そう急ぐことはないが、海竜退治に何人か借りるかも知れない。五人はいつでも動けるようにしておけ」


「わかった。恩に着る」


 引き締まった顔になり、軽く頭を下げて去っていった。


 団長として上に立つ才は前からなかったが、一部隊を任せるなら才はあった。上からの指示や命令があれば速やかに動くのだ。


 あれなら大丈夫だろうと意識を切り替え、カナハのマギスーツに輸送機の操縦法のデータを流す。


「頭は痛くないか?」


 目を強くつぶり、頭痛を抑えるようにこめかみを押さえていた。


「……ちょっと目の奥がチカチカするけど、大丈夫。うん、治まった」


 情報量が少ないと言え、カナハの頭は柔軟にできてるんだろうな。


「カナハは体で覚えるタイプだからシミュレーションはしない。墜落させてもいいから体に教え込め」


 こいつは度胸があるからお上品な飛行はせんだろうし、荒いことをドンドンやれ、だ。


「この朝日あさひ──いや、カナハ専用機にするか」


 安全のために速度や自動補正がかかるようにしてあるが、そう言うのは全部取っ払い、マッハまで出るように改造してやる。


「専用機なら専用カラーか?」


 この国は二つ名と専用カラーが文化で、好む色で統一する傭兵が結構いたりするのだ。ちなみに、おれは黒を好んでました。


「カナハ、好きな色はあるか?」


「これと言ってない」


 だよな。そう言うのに疎そう……うん? カナハ、口紅つけてるのか? 


 今さらですみません。カナハの唇が薄赤くなっていることに気がつきました。


「お前が紅をするなんて珍しいな」


「ねーちゃんに無理矢理つけられたの。色気づけって」


 まず自分が色気づけよと突っ込みたいが、色気より食い気なハハル。あいつに恋だの結婚だのは期待しない。


「いいんじゃないか。似合ってるぞ」


 気づきもしなかったおれのセリフではないが、ちゃんと認識したら美意識は働きます。


「……紅……赤……うん! お前の色は赤だ!」


 朝日あさひを真っ赤に染め上げる。


「名前は紅緖べにお。カナハの専用機であり専用カラーだ!」


 あ、角はどうしよう? 年代ではないが赤には角と言う常識は知っている。これか? それともこうか?


 いろんな角を操縦席の上につけてみるが、いまいちパッとしないな。


「おじちゃん。それはいらない」


 カナハの一言でハイ、終了。さあ、仕事だ~。

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