第182話 夫の勤め
まあ、奥と言うか、正確には下、と言うべきだろうか。さらに正確に述べるならば地下を守る者だ。
館の玄関脇のエレベーターに入り、地下へと降りる。
ハルナがいる地下は、食料確保のための地下農場だ、と言っても今使ってるのは地下一階層だけ。ドーム状になっており、米や野菜を植え、コロを飼育し、魚を養殖している。
地下一階層まで百メートル。そこまで掘らないと地盤がしっかりしておらず、広げたり深めたりするには丁度よい位置になるのだ。
将来的には街を築けるだけの広さにし、人を移住させる計画だ。
なんてこと考えてたらエレベーターが地下一階層に到着。扉が開いた。
魔力極振りで地下一階層は、とてもいい天気。稲穂が黄金色に靡き、色鮮やかな野菜が実っていた。
「魔力万歳だな」
もはや食料危機とは無縁となった。魔力を容赦なく注ぎ込めば米は一日で収穫できるし永久保存も可能。米からは酒や米粉パンに加工し、豆は醤油や味噌へと変わる。
ハルナが来てからフル稼働なので、もう一万人を半年は養えるだけの食料ができあがっていた。
そんな下を守るハルナは、地下一階層の真ん中にマンションを建て、そこに住んでいる。
なぜマンションかと尋ねたら、こう言うところで住みたかったとのことだった。
前世がサラリーマンだったのでその気持ちは理解できないが、大きなお屋敷に住んでいたハルナには、こう言う寂れた感じのマンションが素敵に見えるらしい。
……ちなみにおれはデカいとこに住んでみたいと思って屋敷を作りました……。
「しかし、マンションに望月もちづき荘とかはどうなんだろう?」
ハルナの好みや趣味にどうこう言うつもりはないが、どうやハルナにはネーミングセンスがないようだ。
「あ、お館様。いらっしゃいませ」
薄桃色の着物に白いエプロン? 割烹着? をかけた八歳くらいの女の子が箒を持って望月荘から出て来た。
ハルナの世話を任せる見習い女中の一人で名はサザナ。受付(?)を任せられてるらしい。
……ちょっと思考が逸脱しすぎてついていけないときがあるぜ……。
「ああ。ハルナにおれが来たことを伝えてくれ」
夫婦の中にも礼儀あり。プライベートルームに立ち入るには断りを入れんとな。
「はい。すぐに伝えて参ります」
売られた割には明るい娘だこと。他の娘はまだ堅い雰囲気があるのに……。
まあ、娘たちの心のケアは嫁たちにお任せ。男のおれではなにもしてやれんしな。
「お館様。どうぞ」
数秒で戻って来たサザナのあとに続き、望月荘へと入る。
中は古びた旅館風になっており、カウンターらしきところに四十くらいの女がいた。
「いらっしゃいませ、お館様」
「ご苦労さんな、サイ」
サイは元蝶の女で、今は望月荘の管理長を任せている。
「なにかお飲み物を用意しますか?」
「いや、大丈夫だ。仕事を続けてくれ」
断りを入れて望月荘に上がり(土足禁止)、サザナの案内でハルナの部屋へと向かった。
望月荘の一階はハルナの領域だが、狭い部屋を好むハルナは、奥の六畳間に籠っている。
「ハルナ様。お館様がいらっしゃいました」
お嫁さんに憧れていたクセに、なぜか奥様と呼ばれるのには抵抗があるようで、女史たちには名前で呼ばせているのだ。
……ちなみに『あなた』とか『旦那様』と呼ぶのも抵抗があるそうだ……。
襖が中から開けられ、紺色のジャージを着たハルナが現れた。
「ジャージ好きだよな、お前」
上にいるときは……多少まともな格好はしてるな。色気はまったくないけど……。
「これが一番落ち着くのよね」
まあ、自分の部屋でなにを着ようがハルナの勝手。それもハルナの魅力さ。
「どうぞ」
部屋へと招かれ、炬燵へと足を入れた。
「なにか飲む?」
「じゃあ、ビールを頼む」
部屋に備えつけの冷蔵庫から瓶ビールを出し、コップへと注いでくれた。うん。注いでもらうビールは旨い。
「カイナーズが来た」
おれの言葉にハルナの表情が暗くなった。
お互い繋がってはいるが、心まで繋がっているわけじゃない。秘める思いはハルナしかわからない。それを無理矢理知ろうとも思わない。
自然のままに。ハルナが口にするまでは優しく見守るまでだ。
震える手を握り、大丈夫と囁いた。
「嫁を守るのが夫の勤め。何人たりともハルナに手は出させないさ」
相手がなんであれ、嫁を泣かすヤツは地獄に落とすまでだ。
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