第121話 居場所

 海竜に動きはなく、獲物を狩りにいくこともない。三十六匹が無人島の周りに集まっていた。


「人を食うため、ってわけじゃないようだな」


 そうなると縄張りを確保してるってことか? でも、そうなると縄張りがやけに広いし、あいつらの餌となるものがいない。


 と言うか、海竜以外の海竜や巨大生物が見当たらないな? 一メートルくらいの魚はよく見かけるのに……。


「なに食ってんだろう?」


 一番大きいので三十メートルはある。それだけの巨体を維持するなら餌は大きいか大量に必要とするはずなんだがな。


「父さん。家に帰るね」


 訓練を終えたカナハから通信が入る。


「わかった。家を頼む。あと、ミルテにすまないと伝えてくれ」


 海竜の見張りとアイリたちの編成をやらなくちゃならない。まあ、家からでも対処はできるのだが、大詰めのときに油断をすると痛い目に遭うの世が常。決戦前夜と思って挑め、だ。


「任せて。父さんの代わりは完璧にこなすから」


「ああ。お前がいるから安心してられるよ」


「また明日」


 嬉しそうな声をさせて通信を切るカナハ。張り切るのはいいが、周りに被害を及ぼすようなことはせんでくれよ。


 たった一月で魔力を62から208まで増やし、マギスーツは準万能スーツにまで高めてある。


 魔法士として育てるはずが、なぜか魔法戦士に育ってるこの不思議。おれはどこで間違えた?


「……近いうちに追い越されるな、おれ……」


 体術もおれに近づいているし、剣は完全にカナハが勝ってる。魔法なんて足元にも及ばない。素の肉体で戦ったら……いや、止めておこう。まだ、おれはやれる!


 ……仕事を減らして修行しようっと……。


 三十六歳のおっさんにも譲れぬ矜持がある。思いがある。願いがある。娘より強くいたいってな!


「父さんさん。夕飯だよ──って、なにしてるの?」


 艦橋で槍を振り回していたらハハルがやって来た。


「ちょっとした訓練だ」


 万能素材で作った槍を戻し、なにもなかったように返答する。


「なに狭いところでやってるのよ! 外でやってよ!」


 まったく持ってその通り。おれ、なんで艦橋でやろうとした?


「すまん。夕飯な。今いく」


 プンプンなハハルの背を押して食堂へと向かう。


「アイリたちは食ったのか?」


 食堂に姿は見えないが。


「食べたよ。今は部屋を整えてると思う。備品や設備は未知なものだからね」


 その未知なものに戸惑うことなくすんなり受け入れたハハル。適応力がハンパない。


「飯炊き──ではなく、料理人はどうだ?」


 元花町出身者で構成された山梔子くちなし常駐の料理人として、ハハルに任せて雇い入れたが、釜戸で火を起こす時代の者に近代的(?)な厨房は戸惑いしかないだろうよ。


「見せる前にシミュレーションさせて慣れさせたから大丈夫。まあ、料理したことがないから大したものは作れないけどね」


「陽炎かげろ団に料理ができるヤツはいなかったのか?」


 外食は金がかかる。町にいるときは雇うとしても依頼のときは自分らで作らないとならない。そのために一人か二人は料理ができるヤツを混ぜるのだ。


「いたようだけど、そう言う人は嫁にと欲しがる男がいるから真っ先に整理されたよ」


 確かに。若いなら余計にもらい手はあるだろうよ。


「タカオサ様。ハハル様。お待たせしました」


 四十過ぎくらいの女が盆に料理を乗せてやって来た。


 たぶん、仕草からして元蝶々だろう。だが、肌艶がよく肉付きも悪くはない。蝶々の寿命は短い。生きてたとしても老けて見えるものだ。


「ホクトさんから安く買って薬を射ったのよ」


「あの世話婆せわば相手に恐ろしいことするな……」


 まず間違いなく世話婆せわばは見抜いている。そんな騙すようなことしたら次の日には海に浮いてるぞ。


「ゼルフィング商会から買った葡萄酒を卸す約束したら笑顔で売ってくれたよ」


 こ、こいつは、そんな駆け引きもするのか。いや、世話婆せわばを手玉にしてるのか? 清酒取引もうちのほうが儲けてるし……。


「まあ、あの二人と対等に商売できるのは父さんがいるからよ」


 おれがいるから、だって? 


「町長との繋がり、大陸との商会との繋がり、輸送機や戦艦と言った武力、失った腕すら治せる技術、これを前にして対立しようと思うものはバカよ。まして、父さんはあの二人に対抗できることを示した。あたしがあの二人なら、多少の損はしても仲良くするわ」


 力を示すために自重はしなかったが、おれが思っている以上に脅威と見られているようだ。


「お前は冷静だな」


 力を得たなら多少なりとも調子に乗るものだが、その力を使って威張ることもないし、見下すこともない。相手を尊重して相手しているのだ。


「あたしは、強い人の陰に隠れて生きて来たからね」


 聞いたらそんな答えを口にした。


 強さを示すのは簡単だ。だが、それは敵を多く作る。並大抵の力では生き残れないだろう。村社会では特にそうだ。下手な主張は攻撃対象となる。


 おれも悪童と大人たちに嫌われ、殴られ、爪弾きにされたものだ。まあ、やられたらやり返せで生きてたがな!


 まあ、女の立場ではそうもいくまい。下手に賢いことを見せたら生意気と殴られ、優秀なところを見せたら売られ、無能は追いやられる。


 絶妙なバランス感覚を持ってなければ十九歳まで家には残れないだろう。この分では他の娘たちと協定を結んでたかもしれないな。生き残るには情報が不可欠だからな。


「……お前がいてくれて、本当に助かるよ……」


 カナハには申し訳ないが、おれにはハハルのような者が一番頼りになる。おれだけではこうまで上手く進んでないだろうよ。


「あたしは、父さんがいて助かったけどね」


 謙遜はしているがまんざらでめない感じがあり、照れていることがわかった。


「これからも頼むな」


 プロラ酒をハハルのグラスに注いでやると、ハハルもビールをグラスに注いでくれた。


「あたしはあたしの居場所を守るだけよ」


「なら、おれもお前の居場所を守らないとな」


 乾杯と、お互いのグラスを鳴らし合った。

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