第20話「はじめての3人共同作業(トリプル・ストラクチャー)」

「と、いうわけで、定住するために働こうと思うんだ」


「はい、わかりました」


「うん、いいんじゃない?」


 少しは迷おうよ二人とも。


 宿に戻って、セシルが目を覚ましたあと、僕は今回の事件について話した。


『庶民ギルド』が潰されたこと。アイネさんの記憶が奪われたこと。


 そしてアイネさんの幼なじみのレティシアが、彼女を助けるために協力してほしがってること。


「記憶を抜き出すアイテム……聞いたことあるわね」


 話を聞いたリタが、首をかしげた。


「確か『清浄なる杖』だったはず。過去を消して、まっさらになって女神に仕えたい信者とかに使用するもの。結晶体になって抜き出された記憶は、3日くらいで空気に溶けて消えちゃうの」


「塔に隠されてるのが偽物ってことはないかな」


「アルギス一人でやってるならね。ただ、伯爵って人が『名誉にかけて』ってまで言ったなら、可能性は低いんじゃないかな。わざわざ『鋼のガーゴイル』まで放ってるんだもん」


「……ったく、悪趣味もいいとこだよな」


「思い知らせてやらないとね」


 リタ、怒ってるな……かなり。


 下手すれば自分だってアルギス副司教に奴隷化されて記憶消されてたかもしれないんだから。


「はい! わたしも今回の作戦には賛成です!」


 セシルが、しゅぱっ、と勢いよく手を挙げた。


「もともと魔剣を呼び出したのは、わたしの同族ですから。そのせいで不幸になっちゃった人を助けたいってナギさまがおっしゃるなら、わたしは全力で働きます!」


 ふたりともやる気まんまんだ。


 そして、僕の目の前には4個のスキルクリスタルが並んでいる。


 アイネさんにもらった「ドブそうじLV1」


 レティシアにもらった「魔力増強歌LV1」「鈍化魔法スローLV1」


 ギルドからの帰り道に買ってきた「盗技スティールLV1」


 あと、金物相手だから念のために、予備のショートソードも買っておいた。


「これを組み合わせて、どうやって『鋼のガーゴイル』を攻略するか、なんだけどさ」


 今回のクエストの目的は、アイネさんの記憶を取り戻すこと。


 その後は、アイネさん・レティシアと一緒にイルガファに向かうって話になってる。


「敵はならず者と『鋼のガーゴイル』」


 ならず者はそんなに強くない。少なくともタナカ=コーガよりは弱い。


 問題は『鋼のガーゴイル』だ。


 スペックは次の通り。




『鋼のガーゴイル:魔力で動く彫像。


 翼とかぎ爪を持つ。


 火炎魔法無効。物理ダメージ減衰』


 ただし「ガーディアン」の中では低レベル』




「あのさ、ふたりとも」


 僕はベッドに座り、腕組みしながら、リタとセシルを見た。


「こないだ、リタで『能力再構築スキル・ストラクチャー』の実験をしてて、気づいたことがあるんだ」


「……わぅ!?」


「真っ赤にならなくていいから。おしおきとかもうしないから!」


「……わぅん」


 胸を押さえて震えるのやめてください。こんな時だけ子犬っぽくならないで。


「発動。『能力再構築』」


 スキルを起動すると。僕の前にウィンドウが表示される。


 前と同じだ。自分の中にあるスキルをイメージすると、概念分解される。


 だけどよく見ると……ウィンドウが少し大きくなってる。


 具体的には、スキルをもうひとつ乗せられそうなくらい。


「セシル、リタ、ちょっと手伝ってくれないかな?」


「あ、はい?」


 セシルが不思議そうな顔してる。


 あ、そっか。二人にはウィンドウは見えないんだっけ。


「クエストをクリアするために、僕たちをパワーアップできるかどうか確かめてみたいんだ。ほら、クリアすれば家が借りられるわけだし、自炊もできるし落ち着いてお風呂も入れるようになるしさ」


「……お風呂、ですか」


 セシルがなぜか考え込むように首を傾げる。


「ゆっくりお風呂、ですね?」


「うん、ゆっくり」


「わたしたちみんなで、ですよね?」


「うん、セシルたちみんなで」


「……わかりましたっ!」


 それから、ざざざざざーっと、膝立ちのままこっちに来て、僕の前に身体を差し出す。


「は、はい、どうぞ、ナギさま」


「あ、ずるい!」


 ふわふわ、ぱたぱた。


 リタも子猫みたいな動きで僕に駆け寄ってくる。


 ふたりとも目を閉じて、覚悟を決めたみたいにしてる。


 僕はベッドを降りて、二人の前で膝をついた。


 ……やっぱり緊張する。手……震えてないよな。


 深呼吸して。


 ふわり、と、僕はセシルの胸に右手を当てた。


「……んっ」


 ぴくん、とセシルがみじろぎする。


 僕はセシルのスキルをウィンドウに呼び出す。


『動物共感LV1』を表示させる。


 もうひとつ、僕のスキル。実験的に自分にインストールした『盗技LV1』だ。




(1)『盗技LV1』


手技アーツ』で『武器』を『奪う』スキル




(2)『動物共感LV1』


『動物』と『気持ち』を『通わせる』スキル




「……あ。ん……はぁ。ナギ……さま」


「大丈夫? セシル」


「だいじょぶ、です」


「うん……じゃあ、リタ」


「…………え? え? ええええええっ! 私も!?」


『能力再構築LV2』のウィンドウには、まだ余裕がある。


 リタはびっくりしてるけど、このスキルは僕たちの命綱だから、理解しておかないと。


「……や。こら。ナギっ……ちょっとぉ……」


 僕はリタの胸に、左手で触れた。


 くすぐったそうに身をよじるリタ。だけど、離れようとはしない。


「ごめん。もうちょっとつきあって」


「……あやまるな、ばかぁ」


 僕はリタのスキル『歌唱LV4』をウィンドウに呼び出す。できるかな……。




(3)『歌唱LV4』


『歌』で『人の心』を『動かす』スキル




 ……できた。


『能力再構築LV2』の効果がわかった。


 今までは二人でしか『再構築』できなかったのが、三人でできるようになってる。


『能力再構築』は自分と奴隷の魔力を混ぜ合わせることで、より高度なスキルを生み出すことができる。


 二人の魔力だとURスキルになる。


 じゃあ、三人の魔力を組み合わせたら、どうなるんだろう……。


「うん。実験終了」


 僕は二人の胸から、手を話した。


「……ひゃい」「……は、ふ。うん」


 セシルとリタは一緒に、はぅ、ってため息をついた。


 LV2の使い方はわかった。


 だけど、やっぱり色々問題がありそうだ。


 僕はふたりが落ち着くのを待って説明をはじめる。


 まず、第一の問題はセシルとリタの、身体の負担。


 僕と一対一で魔力をやりとりしてる時も、ふたりはかなりつらそうだった。


 それが、三人で魔力を交換したらどうなるかわからない。


 もうひとつは、物理的な問題。


『再構築』をするには、二人と身体を触れ合わせなければいけない。


 スキルは人の胸にあり、心臓の近くを接触させるのが一番魔力を交換しやすい。


 だから手で触ってたんだけど、セシルとリタの胸に触れながら『能力再構築』のスキルの『概念』を動かすのは無理だ。僕の手は2本しかないんだから。


 お互いの心臓をできるだけ近づけて、魔力の接続をすることになる。


 最後に、これは安全な場所で行いたいってこと。


『再構築』の間は三人とも無防備な状態になる。


『貴族ギルド』が踏み込んでくるとは思えないけど、万一の用心はしておきたい。


「……ってことなんだけど」


「この心配性」


 リタはふふん、と、鼻を鳴らした。


「必要なことなんでしょ? だったらやりなさいよ。身体の負担なんか、どんとこーい、よ」


「ふたつ目の問題ですけど、つまりナギさまの手が使える状態で魔力を交換できればいいんですよね?」


 うん。まあ、そうなんだけど。


 セシルはなぜかほっぺたを赤くして、むん、と、拳を握った。


「魔力についてはわたしが専門です。考えがあります。このへんはリタさんと相談しておきます。最後の、安全な場所ですけど」


「あるじゃない。私たちしか知らなくて、私たちしか入り込めない場所」


 ……あ、なんとなくわかった。


 確かに、あそこならぴったりだ。


『再構築』したスキルの実験もできるし、他に人がくる心配もない。


 時間は……すぐに動けば夕方までには着けるはず。


「……残業は嫌いなんだけどなぁ」


 サービス残業じゃないから、いいか。


 レティシアは律儀だから、報酬はちゃんと出ると思うし。


「わかった。じゃあ準備して、夜までには着きたいから。すぐに出よう」


「はい!」「了解っ!」


 そして僕たちは出かけることにしたのだった。







 所要時間は、2時間と少し。


 僕たちは魔法使いの屋敷の地下にある隠し部屋にたどりついた。


 ここは昼間も夜も変わらない。壁がほの白く発光している。


 入り口は『古代語』で封印しているから、人が入ってくる心配はない。


『天使ガーディアン』は、こっちが部屋に入らない限りはなにもしない。


「確かに、安全な場所っていったらここだよな」


 ありがとうセシルのご先祖様。


 部屋にはあちこち樹が生えていて、床には腰ぐらいの深さまである川が流れてる。


 たぶん、近くでわいてる温泉が流れ込んでるんだろう。


 そのせいか、部屋の中は春みたいに、快適であったかかった。


「これで安全性の問題はクリア」


 身体の負担についてはセシルもリタも「どんとこーい」って言ってたから、信じるとして。


 残ってるのは、魔力をどうやって交換するか、なんだけど。


「それについては、ふたりに考えがあるって言ってたよね」


「はい」


 セシルはなぜか、もじもじしながら頷いた。


「リタさんと打ち合わせしました」


「うん。もう完璧だもん」


「ですのでナギさま、ちょっとここに座っていただけませんか?」


 セシルとリタが、そろって部屋の中央──温泉が流れてるあたりを指さした。


 中州みたいになってるところだ。


「えっと、ここに座ればいいのか?」


 僕は靴を脱いで、川のほとりに腰掛けた。


 なんか元の世界の足湯に入ってるような気分だ。温泉なんか行ったことないけど。


「もうちょっと前です」


「あと、先に謝っておくわ。ごめんなさい。ご主人様」


 ──え?


 リタが僕の背中を、ぽん、と押した。




 じゃぶん




 バランスが崩れて、僕は温かい川の中に座り込む。


 抵抗できなかったのは、視界が真っ暗だったから。


 リタが気配も感じさせずに、布のようなもので僕に目隠しをしたからだった。


「あ、あの。ちょっと、ふたりとも、これ、なに?」


「風邪ひかないように、です」


「魔力の伝達を高めるためには、接触部分を多くした方がいいでしょ?」


「でも、ですね。まだちょっと、恥ずかしいので」


「見えないと『再構築』スキルが使えないようなら、目隠しを外してあげるけど」


「もしかしたら使えるかもしれないので、試してみてください」


「……これから強敵と戦わなきゃなんだから、ナギはその……体力使ったら、だめだもん」


「………………ふたりともなにゆってるの?」


 しゅる、と、衣ずれの音がした。


 セシルの小さな手が後ろから、僕の上着のボタンを外していく。なにこれ。


 自分の上半身がむきだしになったのが、感覚でわかる。


「ちょっと待った! ふたりともなにする気──」


「えい」「とぉ」


 ふわり


 温かいものが前後から、僕の身体をはさみこんだ。


 どくん、と、鼓動が直接、皮膚に伝わって来る。


 背中に触れているのは、ささやかな感じだけど柔らかいもの。


 細い腕が、ぎゅ、と僕を後ろから抱きしめてる。


 胸に触れているのはボリュームのある、熱を帯びたもの。


 ちゃぷ、って水音がするのはたぶん、尻尾が揺れているから。


 つまり……リタと、セシルが、僕をはさみこむみたいに、前と後ろから……抱きしめてる?


 ふたりとも、ぎりぎりですれすれなところまではだけた胸を、押しつけるようなかっこう……で?


「あの……えっと」


 言葉が出てこない。


 僕はなにを言おうとしてたんだっけ。


 そもそもここでなにをしようとしてたんだっけ。


「こ、これで魔力の接続ができると思います」


 背後からセシルの声がした。


 ……『魔力の接続』?


「スキルは胸の中にあります。そして、心臓の辺りに、一番強い魔力の流れがあるんです」


「だ、だから、お互いにこうやって身体を押しつければ……その」


「手を使わなくても、魔力の接続が、で、できるはず、なんです」


 な、なるほど。


 理屈はわかったけど、この状態で『再構築』って──。


 僕は反射的に『能力再構築LV2』を起動した。


 真っ暗な視界の中に、ウィンドウが現れた。


 あ、見えるのか。これは。


 元々僕にしか見えないものだから、視界が塞がれてても関係ないんだ。


「も、もしもこの状態で『再構築』できないなら、め、目隠しを外してください。わ、わたしはいいです。わたしの身体なんか見ても、ナギさまはなんにも感じないと思いますし。でも、リタさんは」


「わ、わ、私だって平気だもん! どうってことないもん! どんとこーい、だもんっ!」


 ふたりとも、どんな格好してるんだろう。


 いや、わかりますよ。直接いろいろ当たってるし。


 さっき、服をずらすような音がしたし。


 目隠しを外したらすごいことになるんだろうな……なるけど。


「……この状態で、だいじょぶ」


 明日は大事なお仕事ですから。


 これ以上、理性を削られたらえらいことになるので。


「やるよ。『能力再構築』」


『庶民ギルド』と『貴族ギルド』の争いには、あんまり興味がないけど。


 女の子を助けて、別荘に住む権利をもらうってのなら悪くない。




「『能力再構築スキル・ストラクチャー』、開始!」




(1)『盗技スティールLV1』


手技アーツ』で『武器』を『奪う』スキル




 僕は自分の中からスキルを召喚する。


 これは『盗技』──一定の確率で、相手の武器を奪うスキルだ。


 大丈夫。落ち着いてる。


 自分の魔力とセシル、リタの魔力が繋がってるのがわかる。


 ふたりとも何も言わない。


 ただ、息づかいだけが、僕の耳に直接伝わって来る。熱い。


 僕はセシルから、さっきインストールしたばかりのスキルを呼び出す。




(2)『遅延魔法スローLV1』


『魔法』で『反応』を『遅くする』スキル




 どくん


 セシルの心臓が、跳ねた。


「はぅんっ! あ……あ……くっ。あ……」


 僕を抱きしめてる腕に、ぐっ、と力がこもる。


 セシルの身体は、ずっと震えてる。


 三人分の魔力が影響を与えてるんだろう。


 次は、リタのスキルだ。




(3)『魔導歌唱LV1』


『歌』で『魔力』を『高める』スキル




 これもコモンスキル。歌うことで、魔法使いたちの魔力を増幅させる。


 リタにはぴったりだし、そのまま使ってもいい。


 けど、それじゃ『鋼のガーゴイル』への決定打にはならない。


「…………な、なぁんだ。こ、このていど。どってことなかった、わね」


 僕の肩に顎を乗せて、リタがつぶやく。


「もっとすごいかと、思ってた……このくらいなら……いくらでも……」


「いや、まだスキルを表示させただけだから」


「…………わぅんっ!?」


 ちゃぶん、とリタの身体が揺れる。


「あ……あう。動かないでください、リタさん。魔力の接続がずれちゃいます……ぅ」


「ご……ごめん。だって……あの、その」


「繋ぎ直すときに……あの、ぴりぴりしちゃいます……から」


「……は、う。うん。ごめん……」


 あふー、あふー、って、荒い、リタの呼吸。


 それが落ち着くのを待って、僕はスキルの文字に手をかける。


 暗い視界の中、『魔力』の文字に触れる──


「ん──────っ!」


 ──っ!?


 熱い息と、かぷり、という感触。


 甘かみ?


「んっ! ん、ん────ぁ──あ、あ、あ」


 リタが僕の肩を軽く噛んでる。温かい舌が、僕の皮膚に触れる。


「んっ。だ、だいじょぶ。だから、続けなさい──ナギぃ」


「う、うん」


『魔力』の文字を揺らしながら、リタのスキルから外していく。


 ゆっくりと。


「──はぅ、あ」


 少し動かしたらなめらかになったから、素早く──


「──わぅっ! やだ……これ、こないだとちがぅ──ぁ!」


 リタがだだっ子みたいに首を振る。


 金色の髪が僕の顔に当たって──あ。


 目隠しがずれた。


 最初に目に入ったのは、ぼんやりと宙をさまよってる、リタの視線。


 ……目隠しがずれたの、気づいてない?


 というか、そんな場合じゃなさそうだった。


 リタもだけど、僕も。


 僕の視界に入るリタの背中は、真っ赤にほてってる。


 肩甲骨のあたりまではだけたローブが、お湯の中で揺れてる。


「……ナギぃ……だめ……これ……魔力……こないだより強い……早いよぉ……」


「う、うん」


 見とれてる場合じゃない。


 僕は目を閉じて、でも薄目だけ開けて、リタから外した文字を、別のスキルに触れさせる。


 次はセシルの『遅延魔法』だ。


「………………ふわ、ぁ。なんだか……ふわふわ……しますぅ」


 背中越しに、セシルの熱っぽい声がした。


「セシルのスキルは、概念をふたつ書き換えるけど……いい?」


「…………わたし、は……なぎ……ひゃまの……もの……ですぅ」


 ことん、と、小さな頭が、僕の背中に押しつけられる。


「…………からだのそとも…………なかもぉ……だから」


「…………うん」


 だけど、セシルは小さい分だけ、僕たちより体力がない。


 それに昼間の戦いで魔力を使ったから消耗してるはずだ。


 短期決戦で済ませた方がいい。


「いくよ、セシル」


「…………ふぁい…………なぎひゃま……きて……」


 ふたつの概念を同時に動かす。


 リタの『魔導歌唱』から抜き出した『魔力』と、


 僕の『盗技』から抜き出した『奪う』を、


 セシルの『遅延魔法』の中に──押し込む。


「……あ……ん……あぁ…………ああっ、あ!」


 僕の背中で小さな身体が、がくがく、と、震えてる。


 ちゃぷ、と、水音がする。


 お湯が、ちゃぷ、ちゅく、ちゃ、と、波打つ。


「やっ──や────あ」


 セシルの細い指が、僕の背中を引っ掻いた。


「ナギさまと──リタさんが──はいって────魔力────つよ……あ、ああっ!」


 概念はまだ完全にセシルの中に入ってない。


 ふたつの概念は『遅延魔法』の概念を押し出しきれずに、入り口で引っかかってる。


 いっぺんにやったせいか。文字が斜めになってる。


 僕は引っかかった部分を指で押してみた。


「……あぅ…………あっ!」


 よし。動く。


 今度はもうちょっと力を入れて──


「…………ひゃぅん! ひゃ……ふわ……ひぅ……ん」


『能力再構築LV2』で三人のスキルを変更できるようになったけど、まだ、慣れてない。


 動きが固い。ぎこちない。


 こんなんじゃセシルとリタに負担がかかるばっかりだ。


「なぎ……さま……なぎ、ひゃまぁ!」


「もう少しだから我慢して、セシル」


「…………わかんない……です。なぎひゃまと……りたひゃん……わたしのなかに…………どこまでがわたしで…………どこからがなぎひゃまなのか…………もう、わかんなひ……あ、ああああっ!」


 入った。


 セシルの『遅延魔法』、ひとつめの概念を書き換えた。


 あとひとつ!


 セシルは細い身体をぎゅっ、ぎゅぎゅ、って押しつけてくる。


 はぅ、はぅ、っていう、熱い息がくすぐったい。ずっと。


「だめ……ふしぎです……わたし…………あつくて……こわいのに……しあわ……せ……しあわせに…………なっひゃい……ます…………なぎひゃま…………なぎひゃま…………ぁ! あうっ!!」


「もうちょっとで終わるから」


「…………なぎひゃま…………すき…………ひゅき……あ、ああああっ!」


 僕はセシルの中にふたつ目の概念を、突き入れた。


 どくん どくん どくん


 ダイレクトに伝わってくる、セシルの鼓動。


 ちゃぷ、ちゅぷ、ぴしゃ、ぴちゃ


 僕のまわりで絶え間なく響いてる水音。


 魔力が僕たちの中を巡ってるのがわかる。


 セシルは僕の肩のあたりに、ぐりぐりと頭をこすりつけてる。


 息を吸うタイミングで身体が小さく、跳ねて、


 息を吐くタイミングで、くたり、と脱力する。その繰り返し。


 僕とリタの魔力が、セシルの中でぴりぴりと跳ね回ってるのがわかる。


「ん! んぁ。ん────────────っ!」


 リタは僕の肩に歯を立てて、身体の中を駆け回る魔力に耐えてる。


 主従『契約』のせいか、リタには僕を傷つけることはできない。


 だから、甘く噛んで、放して──歯を立てて──の繰り返し。


 開きっぱなしの口からこぼれた唾液が、僕とリタの間を流れ落ちる。


 それがまた、僕たちの間で水音を立てる。


 ずっと終わらないんじゃないかって思うくらいに、繰り返す。


 三人分の呼吸も。


 熱も。


 魔力も。


 声も。


 温い水流が生み出す、湿った水音も。



 ちゃぷ ぴちゃ ちゅく ぴちゃん



「はぅ……はぁ…………あ、あん! なぎ、ひゃまぁ──」


「んっ! ナギ──ごしゅじん、さま────これ──すごい──こわい──あぁっ」


「がんばって、ふたりとも」


 もうちょっとで、終わる。


 セシルとリタからもらった文字を、僕は自分のスキルに押し込んだ。


「実行! 『能力再構築スキル・ストラクチャー』!!」


 ぴりっ、と、僕の背中にも電流が走る。


『能力再構築』に守られてるはずの僕にもわかるほど強い、魔力のほとばしり。


 それが一気にふたりへと流れ込んでいく──


「──なぎひゃま! あ────や────あ──あああああああっ!」


 セシルの両腕が、ぎゅ、と、僕を抱きしめた。


 熱が伝わって来る。


 僕たちは限界まで密着してる。


 セシルには僕の背中のかたちが、僕にはセシルの胸のかたちが──わかる。


「ん────あ──ん────っ! ん────っ!」


 リタの背中が、ぴん、と、弓なりになる。


 真っ赤にほてった身体が揺れる。


 僕とリタのお腹のあたりで、ちゃぷ、ちゅ、と水音。何度も、何度も。


 金色の尻尾がぱたぱたと動いてる。千切れるんじゃないかって思うくらい。


 セシルとリタは僕を抱いたまま、しばらく硬直して──


「…………ひゃ……ぅ。なぎひゃま……ぁ」


「…………わぅ……わぅん……ぁ」


 それから、くたん、と、僕に寄りかかるみたいに、脱力した。


「……お疲れさま」


 えっと。


 とりあえず手が空いたから、僕は再び目隠しをつけた。


 だってほら、ふたりとも力つきて動けないし。


 声と、体温と──その、汗のにおいとかだけでも刺激強すぎるのに、視覚まで入って来たらえらいことになりそうだし。とてもきれいななにかが見えそうだし。明日は仕事だし。


 …………………………それはともかく。


 僕と、セシル、リタのスキルは完全に書き換えられた。


『盗技LV1』


『遅延魔法LV1』


『魔導歌唱LV1』


 ──このみっつのスキルを組み合わせて、変化したスキルは──


遅延闘技ディレイアーツLV1』


堕力だりょくの矢LV1』


無類むるい歌唱LV1』


 効果は……とりあえず、ふたりが落ち着いてから確認しよう。


 そして、実験する。


 隣の部屋にいる『天使ガーディアン』──『鋼のガーゴイル』の上位種に通じるかどうか。


 僕たちの冒険に、安心できる拠点をプラスするために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る