第79話「ほわほわエルフ少女の人生相談」

 休憩地点に選んだのは、高台にある湖だった。


 場所は街道からは少しはずれたところで、まわりは森に囲まれてる。


 僕たちはそこに荷物を広げてひとやすみ。馬車は森から少し入ったところに置いて、見つからないように草と葉っぱをかぶせてきた。馬たちは、馬具を外して連れて来てる。


 雪解け水が流れ込んでできたという湖は、ちょっとしたショッピングモールの敷地くらいの広さがあった。水は澄んでいて、水鳥がのんきに浮かんでる。簡単に狩れそうだったけど、お腹が空きすぎてた僕たちは、先に食事をとることにした。





「この世界にもこんなところがあったんだな……」


 僕は馬たちにブラシをかけながら、まわりを見回した。


 馬具から解放された2頭は、気持ちよそうに鼻をならしてる。お昼はさっき食べたし、水も飲んだから、今はくつろいでるみたいだ。ブラシで背中を掻いてあげると、気持ちよさそうにこっちを見る。どこがかゆいのか、本人が教えてくれるのは便利だ。


 セシルとリタは身体を洗いに行っている。ここからは木の陰になって見えないけど、湖のほとりにいるはずだ。アイネとイリスはそのお手伝い。


 ラフィリアは、僕の護衛兼見張り、ってことで、側に控えてる。


「マスター、あたしも馬さんの面倒を見ますよぅ」


「いいよ、ラフィリアも休んでて」


 あたりに魔物の気配はない。


 数時間前までこのへんをワイバーンが飛び回ってたから、怯えて隠れてるのかも。だから、本当は護衛もいらないんだけどな。


「……ご主人様が働いているのに休んでるのは、落ち着かないのです」


「馬たちの面倒を見るのは『生命交渉』持ってる僕の仕事だから。ラフィリアは、話し相手になっててくればいいよ」


 お腹いっぱいになったから、黙ってると眠っちゃいそうだ。


「そういえば、マスターに聞きたいことがあったのでした」


 僕の隣で弓を持つラフィリアが、ちょっと思いついた、って感じで、つぶやいた。




「あたしって、何者なんでしょうか?」




 でも、内容はすごく重かった。


 ラフィリアは弓を手に、桜色の髪をなでながら、寂しそうに笑ってた。


「昨日、白い人が言ってたじゃないですか『古き血を引く方々』って」


「翼の前で見た幻影のこと?」


「はい。マスターにも見えたんですよね?」


 僕はうなずいた。


 ラフィリアとイリスにも、あの幻影は話しかけてたらしい。


 2人には『古き血を引く方々にご挨拶いたします』だったけど。


「でも、おかしいのです。エルフが『古き血を引くもの』なら、他のエルフが見ていてもおかしくないのです。マスターのお話では、商人さんは『ナニソレ』って言ってたのですよね?」


「……そっか、この世界、エルフは普通にいるんだよな」


 僕からすればエルフは伝説の存在で『古き血』で間違いないんだけど。


 この世界の人たちからすれば、エルフは普通にいるデミヒューマンなんだっけ。


「そうなると、イリスと一緒にいるのがトリガーだったのかも」


「かもしれないですねぇ……」


 あるいは、ラフィリアが本当に特別なエルフなのか。


「これは提案なんだけどさ、ラフィリア」


 僕はブラシを置いて、ラフィリアの側に座った。


 手招きすると、ラフィリアも弓を横にして、僕の隣に腰を下ろした。


 いつもの『かわのよろい』は外して、今は淡い色のワンピースを着てる。ラフィリアは僕の隣で膝をかかえて、ぼんやり森の方を見ながら、僕の言葉を待ってる。


 いつもは天然ほわほわな感じのラフィリアだけど、今日は困ったような顔で膝に頭を乗せてる。


 いろいろあったから忘れてたけど、ラフィリアの記憶の問題って、まだ解決してないんだよな。


「早めに僕との主従契約を解除して、自分の記憶を探しに行ってもいいんだよ?」


「そんなつまらない人生を送るつもりはないのです」


「いや、自分の記憶の話だろ!?」


 ばっさりだった。


 ラフィリアとあの幻影に関係があるなら、過去を知るチャンスじゃないのか?


「自分が誰かは気になるです。でも、そのために今の生活をなくすつもりもないのです」


「複雑なんだな、ラフィリアも」


「今が楽しすぎて困っているのです。イリスさまと一緒の生活は、毎日が宝石箱みたいです。マスターはあたしを支配してくださる方で、大切なご主人様です。みなさんと過去の記憶のどっちを取るかって聞かれたら、迷うことなくあたしは今をとりますよぅ」


「ちょっとは迷ってもいいけど」


「迷ってるとおいしいものは他の人にとられちゃうのです。これまでの生活で学んだことですよ、マスター」


 ラフィリアは歯をむきだして、にはは、と笑った。


「いいのですよ。あたしが実は神話の種族でも、実は世界の救世主だったとしても。ただ、変なこと言われて、ちょっと不安になっただけです。あたしの知らないあたしの昔が、今のあたしをこわしちゃったらいやだなあ、って」


「別に僕はラフィリアが神話種族でも気にしないし、世界の救世主でも──いや、これはないか」


「むぅ。聞き捨てなりませんね。どうしてですか、マスター」


 だって……ねぇ。


 巨乳ほわほわエルフのラフィリアが、世界を救ってるところがぜんぜん想像できない。


『こないでくださいー』って、敵から逃げまわってるところは想像できるんだけど。


「いーですよー。そんないじわるなマスターは、あたしが覚醒しても助けてあげませんから」


「いいけど……というか、イリスの中二病が悪化してるのってラフィリアのせいじゃない?」


「あたしはイリスさまの潜在能力を開花させただけですよぅ」


 開花させるな、そんなもん。


「それで……マスターには、あの『白い少女』の正体がわかってるんですよね?」


「『天竜ブランシャリカの残留思念』か『その他』だと思う」


「おおざっぱすぎですよー!?」


「情報がなさすぎるんだからしょうがないだろ」


 まずは第一の情報。


 あの『白い少女』のことは、一般には知られていない。


 商人さんから話を聞いたあと、宿でも軽く聞いてみたけど、変な顔されただけだった。


 第二の情報は、イリスに反応したこと。


 イリスの『竜の血』に、他の竜が反応することは、飛竜との戦闘で証明されてる。


 あれが天竜の残留思念なら、イリスに反応したとも考えられる。


 そして第三の情報。


 あの『白い少女』はセシルにも見えた。これは町を出る前に確認した。


 古代語には『天竜ブランシャリカ』の名前がちゃんと残ってた。


 ってことは、セシルのご先祖さまの魔族が『天竜ブランシャリカ』のことを知ってたことを意味する。知らなかったら、古代語の名前なんか残ってるわけないんだから。そのへんの関係で、セシルにも『白い少女』が見えたのかもしれない。


「答え合わせはしようがないけど、理由はそういうこと」


「ちなみに『その他』の方はなんですか、マスター?」


「『謎の魔法使い』『謎の生物』『謎の魔物』『来訪者』『地縛霊』『自然現象』『実は僕たちの幻覚』『実は僕たちはもう死んでいて、逆にこっちが幽霊』『名所案内の石碑でケンカしてた人たちの魂』『実は町の人がみんな幻覚で、あの少女だけが本物』『実は魔王の使い』『実はこの世界すべてが幻覚で、あの少女が見てる夢』『実は──』」


「だめなのですマスター。情報量であたまがー、こんらんするですー」


 いや、頭抱えてごろごろするほどじゃないだろ?


「うう。マスターなら、あたしの不安を消し去ってくれると思ったですのに……」


「やっぱりまだ不安なのか?」


「ほんのちょっとですけどねー。『いまラフィリア』が『むかしラフィリア』を気にしてて『みらいラフィリア』のことを心配してる感じです」


「過去の自分が、今の自分を変えちゃうのが怖い、ってことか?」


「急に記憶を取り戻した美少女が、記憶を失ってる間のことを忘れてしまうのは、物語とかでよくあることですから」


 自分で「美少女」言うな。間違いじゃないけどさ。


 だまって座ってればラフィリアは、まわりが思わずみとれるほどきれいで、はかなげで、落ち着いた美しさをたたえた少女なんだ。ピンク色の髪は風にふわふわ揺れていて、抱えた膝も脚も細くて、その姿は美術館にある肖像画みたいだ。


 確かにラフィリアが特別なエルフだって言われても納得できそうだ。中二病ポエマーだけど。


 でも、記憶がないんだから、不安になるのもわかる。


「記憶は、チートスキルじゃどうにもならないからなぁ」


『能力再構築』を使えば──


『記憶』を『本人』に『戻す』スキル


 ──なんてのも作れないわけじゃないだろうけど、実際に使ってみて──失敗したときがこわい。


 ラフィリアの記憶を吹っ飛ばしたら取り返しがつかないからな。


 そうなると、ご主人様としてできることは──


「別荘に落ち着いたら、社員証──じゃなかった、パーティのメンバー証を作ってみようか?」


「メンバー証、ですか?」


「こんなの」


 お昼ごはんを作ったかまどに、枝の燃えさしが残ってた。


 こげてる方で土に線を引く。


 さすがに1/1スケールでは無理だから、10倍くらいに大きくして。


「……こういうものを作ってみようと思うんだけど」


「これが『ぱーてぃのめんばーしょう』なのですか?」


 かなり線がゆがんでるけど、僕が書いたのはこんな感じのやつ。



『ラフィリア=グレイス


 種族:エルフ


 役割:後方支援型チートキャラ


 汝が我がパーティのメンバーであることを、ここに証明する。


 ソウマ=ナギ』



「こういうのを持っておけば『みらいラフィリア』が、自分が誰なのかにわからなくなった時に、僕たちのことを思い出す手がかりになるだろ? 迷子札みたいなもんだよ」


 そのうち自分用にも作っとこう。


「『むかしラフィリア』のせいで不安になったらこれを見ればいい。少なくとも『いまラフィリア』は僕たちの仲間なんだから。それを思い出してから『みらいラフィリア』が決めればいいんじゃないかな」


「……マスター」


「あと、ついでにスキルも渡しとく。『むかしラフィリア』のせいで『いまラフィリア』が困った時に使うといい」


 アイネの『動体観察LV1』と一緒に作ったやつが残ってた。


 せっかくだから、これはラフィリアに試用してもらおう。


 ラフィリアの発想力なら、なにかとんでもない使い道を思いつくかもしれない。


 それに、ラフィリアはサバイバル系の能力を育てようと思ってた。とにかく危なっかしいから、なにかあったときのためにも。




器物劣化きぶつれっかLV1』


『アイテム』の『価値と効果』を『やわらげる』スキル




「……どういうスキルなのです?」


「道具の効果を一時的に弱めることができる」


 僕はお昼に使ったナイフを取り出した。右手で柄を握って『器物劣化』を起動。でもって切っ先を左の人差し指に、ぷすっと──


「ますたぁ!? ……って、あれれ?」


「な?」


 ふにふに


 アイネがいつも研いでる料理用のナイフは、僕の指を押してるだけ。刺さらない。


「『器物劣化』はこんなふうに、剣の切れ味なんかを一時的に弱めることができるんだ。たぶん、ヤカンに使うとお湯が沸きにくくなって、ちりとりに使うと……部屋の端までバックしてもゴミが入らなくなるんじゃないかな?」


「なんの役に立つのかわからないけどすごいですマスター!」


 僕からスキルクリスタルを受け取ったラフィリアは服の襟のボタンを外し……かけて、慌てて後ろを向いた。僕に背中を向けたまま、スキルをインストール。


 そして、地面に置いた矢をつかんだ。


「では、あたしも試してみるです。矢を人差し指に刺してー、発動『器物劣化』──っ!」


「順番違う!」


 ぷしゅ、と、ラフィリアの指から血が出た。


 刺してからスキルを起動してどーすんだ!?


「……没収しようかな」


「ま、ますたー。それはごかんべんを。せっかくいただいたスキルですから、これでマスターのお役に……ってマスターなにをおおおっ!?」


「……?」


 気がついたら、僕はラフィリアの指を口にふくんでた。


 普通だったらお酒で消毒するんだけど、今は荷物の中だから。取り出すよりこっちの方が早いだろ。


「はい、消毒終了。あとは綺麗な布で包んで、と」


「ま、ま、ま、マスター……」


「あとで綺麗な水で洗うといいかも」


「はい。この指は一生洗いません」


「いや、ちゃんと洗おうよ」


「……マスターの慈悲に感謝なのです……」


 不意に、ラフィリアが僕の前で膝をついた。


「このラフィリア=グレイス……改めてマスターに忠誠を誓うです。『むかしラフィリア』がどんなものであれ、『いまラフィリア』はマスターの奴隷です。たった5年分しかない記憶と、この心と身体のすべてをもってマスターにお仕えいたします」


「そんなたいしたもんじゃないけど」


「いいえ。そんなことないのです」


 だけどラフィリアは、ぶんぶん、って、首を横に振った。


「マスターはすばらしい方です」


「……そうかなぁ」


「いつもあたしにとってなにが大切なのかを教えてくれて、欲しいものをくれるです。この世界で最高のご主人様なのです!」


「いくらなんでもほめすぎだろ」


「そんなことないです。常人とは器が違うのです! さすが、今回の旅で奴隷全員をはらませる覚悟をお持ちの方なのです!」


「ラフィリア…………」


 僕は、がしっ、と、ラフィリアの肩をつかんだ。


「……その話、詳しく聞かせてもらおうか」


「は、はい。このラフィリア=グレイス! あたしの知ってることすべて、あらいざらいお話いたします! ま、ますたぁ。目がこわいです。あぅ。そんな支配者みたいな目で見つめたらだめですよぅ。いま命令……されたら……マスター……ラフィリアはだめになっちゃいます……ますたぁ」


 胸おさえて座り込んでないで、話の続きを聞かせなさい。ラフィリア。

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