第78話「激突。チート嫁軍団 VS 武闘派飛竜(ワイバーン)」

 彼は、まだ若い飛竜ワイバーンだった。


「ヒト」という種族と戦うことによろこびを覚え始めたのは最近のこと。


 彼にとって「ヒト」とは、とても不可解ないきものだった。


 小さくて、弱い。なのに種族としては勢力を伸ばしている。


 竜はこんなに巨大で強いのに、ほんの小さな地域しか支配していない。


 納得できない。


 戦って、どちらがより優れた種族か決着をつけるべきだろう。


「ヒト」が、偉大なる天竜が味方した者たちならば、それくらいの覚悟は見せてもらわなければ。


 そして彼は、新しく見つけた狩り場へと向かう。


 東へ西へと、ヒトやデミヒューマンが行き交う、長い道。ちょうどいいナワバリだ。


『──────GI、Rooo』


 彼は今、街道を走る小さな馬車を目で追っている。


 ぐるる、と、喉が鳴った。


 ここをナワバリとしたばかりだというのに……あれは自分への挑戦か?


 末席とはいえ、飛竜は誇り高き竜の一族。


 たかが地を這うものに、ナワバリを侵されて黙っていられるものではない。


 ……身の程を知るがいい……「ヒト」よ。







「たかが飛竜ワイバーンが、身の程を思い知るがよいでしょう!」


 現れた飛竜に向かって、イリスが叫んだ。


 イリスは馬車の御者台に座り、ドレスを胸の上までおろして、きれいな肩を明け方の空気にさらしてる。


 肩には竜のうろこ。彼女が『海竜ケルカトル』の血を引く証だ。


「こちらは海竜ケルカトルの血を引く、海竜の巫女イリス=ハフェウメア! 敵対の意志はない! 望むのはお兄ちゃんと仲間のみなさんとのバカンスのみ! 通行を許されよ。陸と空、住む場所は違えど、イリスもあなたも竜の眷属けんぞくであることに代わりはないでしょう!?」


 肩の鱗を飛竜に見せつけながら、イリスは叫び続ける。


 僕たちの真横から飛んできていた飛竜の動きが、変わった。


 まるで迷ってるみたいに、上空で旋回をはじめる。


 青色の鱗を持つ飛竜だった。大きさは十数メートル。翼竜のような翼と、かぎ爪のついた後ろ足。それに、鞭みたいな長い尻尾を振ってる。金色の目が、上空からこっちを見てる。このまま通してくれれば楽なんだけど──


『GIAAAAAAAAAA!!』


 ──無理みたいだ。


「ごめん。これからちょっとあらっぽくなる」


『がってんでぇ!』『保養地まで送り届けると約束した身、好きにお使いくだせぇ!』


 馬たちからは、景気のいい返事が返ってくる。


 ふたり──じゃなかった2頭には、昨日のうちに事情を話してある。


 先を急ぐので、飛竜がいるかもしれないエリアを通らなければいけないこと。


 可能なら飛竜を撃退する。でも、勝てそうになかったら逃げること。


 どっちの力も僕たちは持ってるってことも……簡単だけど、説明した。


 彼らは僕とセシルを気に入ったみたいで、僕たちを運ぶことと、秘密を守ることをふたつ返事で引き受けてくれた。


『俺ら、もともと馬車馬じゃなくて、騎士の乗馬になりたかったんですぜ』


『旦那とお嬢のもとで戦うのは、馬冥利うまみょうりにつきるってもんです!』


 そう言ってくれるのはうれしいけど、馬冥利ってなんだろう。


 そして僕たちは、夜明け前に『シャルカの町』を出発した。


 それから2時間が経過して──僕たちがいるのは『保養地』に続く街道。


 飛竜が現れたのは、つい数分前だ。


 まずは竜の眷属同士ってことでイリスに威嚇してもらうことにした。


 揺れる馬車の御者台で、イリスは水をぶっかけて呼び出した鱗をさらして、胸を張ってる。


 こないだまでとは違う。自分の意志で戦う『竜の巫女』だ。


『海竜ケルカトル』はその権威と力をもって、海の魔物を封じてる。


 その血を引くイリスにも、竜相手ならある程度のプレッシャーが通じるかと思ったけど、効果はあったみたいだ。


「よし、このまま前進!」


『がってん!』『承知!』


 馬車が速度を上げた。


 みんなは予定の位置で待機してくれてる。


 リタとアイネは馬車の屋根の上。リタは獣人のバランス感覚で、アイネが落ちないように支えてる。


 セシルはイリスを挟んで僕の隣。


 ラフィリアは馬車の中で、次の作戦の準備をしてるはずだ。


『アイネ、奴の動きはどう?』


 揺れる馬車の上。声も届きにくい。


 だから、僕は頭の中でアイネに呼びかける。


意識共有マインド・リンケージ』は実行済みだ。


 アイネの観察力が、この戦いの鍵だから。


『……………………』


 あれ? 答えが返ってこない。


『アイネ。通じてる? アイネ?』


『…………はっ』


 反応があった。


『ごめんなさいなの。アイネのなかの「お姉ちゃん」と「女の子」がぶつかりあってただけ』


『……よくわからないけど、大丈夫?』


『平気なの。「お姉ちゃん」は無敵なの。飛竜ワイバーンの動き、だよね?』


 数秒間の間があった。


 アイネは屋根の上で、飛竜をじっと見てる。


『「動体観察」によると、翼に力を入れてるの。あと1周、2周……旋回を続けてるの』


 昨日作ったスキル『動体観察』は、アイネに渡した。


 ここからでも飛竜の身体の『緊張の色』は見える。奴の動きを読むことができるはずだ。


『──なぁくん! 尻尾に力を入れてるの! 飛竜ワイバーンは急降下して尻尾で攻撃してくるみたい!』


「了解! じゃあイリスはさがって。代わりにラフィリアを!」


 イリスが馬車の中に戻り、代わりにラフィリアが御者台に出てくる。


 周囲は草原が終わり、左右が切り立った岩山になる。


 真上で旋回してた飛竜はコースを変え、僕たちの前方にまわろうとしてる。


 正面から来る気か──。


 飛竜の、翼を広げた全長は15メートルくらい。尻尾だけでも数メートル。


 それが飛びながらぶつかってきたら、馬車なんか一撃で吹っ飛ばされる。


 それは、さっき確認した。


 ここに来るまでの間、襲われた馬車を見たんだ。巨大な鞭でなぐられたみたいに、つぶれてた。あれで死人が出なかったのは奇蹟みたいなものだ。だけど、おかげで飛竜の戦い方がわかった。


 対策は考えた。作戦も決めた。


 飛竜が僕たちのせっかくのお休みを邪魔するなら、とっとと排除させてもらう。


「ラフィリア! スキルを発動して!」『アイネも、リタに合図を!』


 声と頭の中で、僕は同時に指示を出す。


「わかりましたご主人様──発動『無類歌唱むるいかしょうLV1』!」


 ラフィリアが僕のとなりでスキルを起動する。


「パーティのために最高の強運を──発動『不運消滅LV1』ですぅ!」


 そして、リタの歌が街道に響き──僕たちの動きと感覚が加速した。




無類歌唱むるいかしょうLV1』


 パーティメンバーの反応速度を上昇させる。


 身体の動きだけではなく、思考や判断速度までが通常よりも速くなる。




 通り過ぎる風景がスローモーションに変わっていく。同時に、馬車の揺れが小さくなる。馬たちの感覚が加速してるせいで、馬車の動きを路面に合わせてくれてる。さらに指示して減速させる。止まりかけた馬車からラフィリアが飛び降りる。


 片手に弓を、片手に大量の矢を握って。


「ラフィリア=グレイスよ。我が敵に矢の雨を降らせよ!」


 数百メートル先で降下した飛竜ワイバーンが、正面から向かってくる。動きが、止まって見える。


 ラフィリアの腕なら、外すわけないよな。


「はいですマスター! いきますよぉー、『豪雨弓術ごううきゅうじゅつLV1』」




 ぱしゅんぱしゅんぱしゅんぱしゅんぱしゅんっ!




 ラフィリアの弓から、矢が5本同時に飛んでいく。


『豪雨弓術』は、複数の矢を同時に発射することができる攻撃スキル。


 しかも今は、『不運消滅LV1』による、幸運度上昇効果つきだ。




『不運消滅LV1』


 自分や他者に手で触れることで、不幸を洗い流す(幸運を呼び込む)。


 発動時間は数分。その間はラックのパラメーターが急上昇する。




「イリス! ラフィリアに追加の矢を!」


「はい! どうぞ師匠!」


 馬車はとっくに停まってる。


 イリスが矢の束をかかえて、馬車から降りる。ラフィリアが矢を受け取り、ふたたびつがえる。




 ばしゅんばしゅんばしゅんばしゅんばしゅんっ!




 弓弦の音も、ラフィリアの手も止まらない。『無類歌唱』のおかげで、弓の弦までスローモーションになってる。矢を放って、つがえて、放って──一分の隙もない連続攻撃。


 その結果、生まれたのはひとかたまりになって飛んでいく、矢の大軍。


 まるで矢でできた雲だった。CGみたいだけど、本物だ。


 そこに飛竜は頭から突っ込んでいく。


「ギ、ギァアアアアアアアアアアアア!!」


 絶叫。


 視界の先で、飛竜が悲鳴をあげる。


『不運消滅』のおかげで、矢は鱗の隙間や皮膚の弱いところに当たった。しっぽの付け根や翼に、矢が大量に突き刺さってる。


『アイネ。奴の動きは!?』


『上昇するの。こっちはもう対処ずみなの!』


 アイネが『動体観察』で敵の動きを報告してくれる。


 飛竜は首を振って、翼をはたばかせて急上昇。


 僕は、抜きかけてた魔剣レギィを鞘に戻した。


 間合いに入ったら『遅延闘技ディレイアーツLV1』を使うつもりだったけど……いらなかったな。


 もう詰んでる・・・・・・


 飛竜の身体には、最強の生物兵器が張り付いてるから。


 アイネは屋根の上で『はがねのモップ』を振ってくれた。


『魔物一掃LV1』で吹っ飛んだエルダースライムは、飛竜の首筋にべったりとくっついてるんだ。


 大量の矢の陰になって、飛竜からは見えなかったはず。その上アイネは、奴が矢を払いのけようと首を振ったタイミングでスライムを飛ばしてくれた。


 アイネは『動体観察』で、奴の動きをじっと見つめてる。


 動きがわかれば隙もわかる。飛竜の動き、意外と単純らしいし。


「レギィ、『粘液生物支配スライムブリンガーLV1』を。飛竜ワイバーンの鼻と口をふさげ!」


「承知じゃ。まったく、主さまといると退屈しないわい!」


 掲げた魔剣レギィがふるえた。


 レギィはチートスキル『粘液生物支配』を発動。エルダースライムに指示を送る。奴の首筋に張り付いてたエルダースライムは、頭に向かって移動をはじめる。


 燃えるよね。弱者スライム強者ワイバーンを倒すって。


『アイネ、奴の状態は?』


『……変化なし……ううん。首と鼻のあたりに力が入ってるの。スライムさん、届いたみたい』




『フグァ──────、フガー! フンガ────────っ!』




 苦しそうな叫び声が響いた。


 飛竜は僕たちの上で、必死に首を振ってる。僕たちのことなんか忘れたみたいに、旋回を繰り返してる。スライムが、鼻と口をふさいでるんだ。


 飛竜の手は、翼と一体化してる。しっぽは顔まで届かない。


 顔にスライムが張り付いたら、まず取れない。


「ふたたびイリス=ハフェウメアの名において警告する! 立ち去れ!」


 馬車から顔をつきだして、イリスが叫ぶ。


 緑色の髪を風になびかせ、小さな拳を空に向かって突き上げてる。


「イリスたちは旅行がしたいだけです。ここ通りたいだけなのです! あなたも、山へと帰りなさい! ここはあなたの住処ではないでしょう!?」


『HUGYAAAAAAAっ! フガ──────!!』


 空中でもがいてる、飛竜。


 金色の目がこっちをにらみつけてる。逃げる気はなさそうだ。


『なぁくん。奴が来るの。真上から!』


 アイネが叫んだ。


『動体観察』スキルがない僕にもわかった。


 飛竜が顔を下に向けて、急降下してくる。


 やっぱり、そう来たか。


 飛竜の身体の構造じゃ、顔についたスライムは取れない。どうしても取ろうとするなら、地面に身体をこすりつけてそぎ取るしかない。


 あいつはそのついでに、ダメージ覚悟で僕たちを押しつぶそうとしてる。


「最後の仕上げだ。セシル、来い!」


「──!」


 セシルが僕の胸に飛び込んでくる。


 銀色の髪を揺らして、ちょっぴり照れた顔で、小さな唇は詠唱を続けてる。


 僕は小さな身体を膝の上に乗せる。いつのまにか僕の膝の上にすっぽりとおさまるのが当たり前になった、セシルの小さな身体。その両方の胸に手を当てる。照れるのはしょうがない。まだ数回しかやってないんだから。


「発動! 『能力再構築スキル・ストラクチャーLV4』!」


 魔力供給開始。セシルの詠唱に合わせて、僕が外部バッテリーになる。


 僕は頭上を見上げた。


 飛竜ワイバーンは、僕たちの斜め上。風を切って、こっちに向かってきてる。


「お前じゃ僕たちに勝てないよ。飛竜」


 みんなチートスキル全開だし。


 一度「休暇とバカンスをあげるぞー」のあとに「都合により中止。会社戻って仕事ー」っていうのがどれくらいストレスになるか、飛竜にはわからないだろうな。


 今回の戦いはみんなが望んだことで、僕が許したことだ。


 悪いけど、ありったけの力を使って、お前を排除させてもらう。飛竜ワイバーン


「セシル! 目標は正面! 最大出力で弾幕を!」





「『──末期の刃を撃ち放て──火炎の精霊よ百万の息吹で我が敵を滅せよ!

 ふれいむ──────────っ! あろ────────────────────っ!!』」




 セシルは飛竜ワイバーンに向かって、まっすぐ、指を突き上げた。



 ずどん、ずどん、



 ずどずどん、ずどん



 ずどどどおどどどどどどおどどどどどどどどごごごど




 セシルの背後に生まれた魔法陣が、すさまじい数の『炎の矢』を発射した。


 まさに弾幕だった。


 僕たちに向かって一直線に降下していた飛竜が、逃げられるわけがなかった。




 ずっどどどどっずどどどおどどどどどどおどどどどどどどどどどどどどっずどどどおどどどどどどおどどどどどどがががあっどどどどどどどっずどどどおどどどどどどおどどどどどどどどががどどどどどっずどどどおどどどどどどおどどどどどどどどどどどどどっずどどどおどどどどどどおどどどどどががががががっどどどどどどどどっずどどどおどどどどどどおどどどどどどどどどどどどどっずどどっずどどどおどどどどどどおどどどどどどどどどどどどどっずどどどおどどどどどどおどどどどどどどどどどどどどっ!!




『グガアアアアアアアア、グボ、グホァアアアアアアアアアアっ!!』



 古代語『炎の矢』が飛竜ワイバーンの頭を打つ。胴体を叩く。翼を打ち据える。


 一発一発は小さい。威力も弱い。でも数が桁違いだ。


 当たる。外れない。『炎の矢』の奔流ほんりゅうは飛竜がこわれるまで止まらない。


 翼がひしゃげる。しっぽがねじれる。胴体がへこんで、ゆがんで、着弾の直前にスライムから解放された口から──絶叫があふれる。その口の中にも『炎の矢』は飛び込んでいく。


 ラフィリアの矢が作った傷に『炎の矢』が食い込み、肉を中から焼き尽くす。飛竜の全身から煙があがる。


 古代語『炎の矢』の圧力で浮き上がった飛竜の身体は──


 馬車に激突するコースからそれて、そのまま岩山のふもとに落ちた。








「……なんとかなったか」


 やっぱすごいな、みんな。チートキャラだよなぁ。


「そっか、全員揃えば飛竜ワイバーンも楽勝なのか……」


 飛竜は岩の斜面に身体を横たえたまま、ぐったりしてる。


 お腹は膨らんだり縮んだりを繰り返してる。まだ生きてるみたいだ。


「イリス。悪いけど、もう一回話をしてみて」


 僕は片手でイリスの手を、片手で魔剣レギィを握って、馬車を降りた。


遅延闘技ディレイアーツ』は発動済み。


 解放すれば、空振り30回分の攻撃が飛んでいく。今の飛竜なら一撃死だ。


「……だけど、ここに竜の死体を残しておくとめんどくさいことになりそうなんだよな」


 できれば「飛竜とは出会わなかった。いやー運が良かった」ってことにしておきたい。


 これだけのチートキャラが揃ってるって噂になったら、のんびり暮らしていくどころじゃなくなっちゃうから。


 今回は社員旅行がかかってるからやむを得ず、だったけどさ。


「賢い選択じゃと思うぞ、主様」


 ぽん、と、魔剣から人のかたちのレギィが現れた。


「この飛竜は、つるぺた巫女娘の言葉に反応しておったからの。もう人里に降りてこぬよう約束させるくらいはできるかもしれぬ」


「その呼び名はなんとかならないでしょうか、魔剣さん……」


 馬車から降りたイリスは不満そうにほっぺたを膨らませた。


 そして、ドレスの胸元と裾を整え、胸を張って、飛竜に向かって声をあげる。


「これが最後の警告である! こちらは『海竜ケルカトル』の巫女、イリス=ハフェウメア。そしてその愛するご主人様と、最強の仲間たち。愚かなる飛竜よ。敗北を認め、ここから立ち去れ!」


『グル────ゥ。ガ、ガガガ』


 ぐったりしてた飛竜が、かすかに首をもたげた。


 イリスの言ってることがわかったみたいだ。


「お前も下級とはいえ、誇り高き竜の一族でしょう!? このような場所で力をふるってなんとしますか! お前が本当に強きものならば、ひとやデミヒューマンなどではなく、より巨大なものと戦いなさい!

 上位主である真の竜。巨人族。魔王。お前が立ち向かうべきものはいくらでもあるでしょう。こんな人里で、弱きものを相手に力をふるっても、お前はなにも変わらない。ただの暴君でしかないと知るがいいでしょう!」


『GAGA──ga?』


「さあ、お前の翼はまだ動くはず。はばたくのです! そして、もう人里には来ないと約束しなさい。ゆくのです。お前の運命へ! お前が戦うべきは人ではなく、おのれの運命でしょう!? 竜の誇りを思い出し、より強き者に立ち向かいなさい。その戦いがお前を覚醒させるでしょう!」


「……イリス?」


 イリスの目がきらきらしてる。ドレスのスカートをひるがえして、くるくる回って、びしっ、と、空の向こうを指さしてる。ノリノリだ。そういえばイリス、中二病冒険小説も好きだったっけ……。


「そして飛竜よ! お前がより強きものとなったとき、運命のくびきが許すのであれば、また出会いましょう。そのときは大いなる力に覚醒したお前の姿を、イリスの愛するご主人様に見せてください」


 イリスは止まらない。


 緑色の髪を振り乱して、小さな身体でジャンプ。飛竜に向かって拳を突き上げる。


「イリスたちとお互いの力量を確かめ合いました。イリスたちは、殺し合うものではないのです。わかりあうこともできるはずです。いいえ、『とも』にだってなれるでしょう!

 イリスたちの『とも』が、こんな人里でキャラバンを襲うなどあってはならないこと。海竜の巫女イリス=ハフェウメアのご主人様に誓いなさい飛竜! 二度と人を襲ったりしないと。そしてゆくのです、お前の運命の導く先へと!!」


『グォ────ウォオオオオオオオオオオ────オオオオオオ────ッ!』


 ぼろぼろの翼をはばたかせて、飛竜がほえてる。


 こいつ、完璧にイリスの話を理解してくれてるみたいだけど──いいのそれで? あと、イリスの言う『とも』が『強敵とも』って聞こえるんだけど、気のせいだよね?


「あのさ、飛竜」


 僕は飛竜に話しかけた。


 言葉は通じてないかもしれないから、イリスにも同じ言葉を話してもらう。


『グ?』


 飛竜は金色の目でじっと僕を見てる。


「竜って、かっこいいよな」


『グガ…………ァ』


「海竜ケルカトルに会ったときもそう思ったけど、竜って他の魔物とは一線を画した高貴な種族だって思うんだ。ほら、近くに『天竜の翼』があるだろ。竜は神話級の生き物だから、みんな尊敬して、その一部を一目見ようと集まってる。その一種のお前が、キャラバンを襲うとかみみっちすぎるだろ」


 僕が言うと、飛竜は恥ずかしがるみたいに喉を鳴らした。


「お前を殺すのは簡単だけど、僕はお前に機会を与えたい。

 二度と街道に降りてこないことと、人を襲わないことを約束するなら、ここを立ち去ることを許す。

 さもなくば僕の魔剣がお前をふたつに切り裂く。お前が誇り高き竜なら、それくらいの覚悟はあるだろう?

 どちらがいいか、選べ」


 僕は魔剣レギィの切っ先を飛竜に向けた。


『グォ…………』


 ごきゅり


 飛竜の喉が鳴った。


 ごきゅり、ごきゅり、ごきゅり


 皮膚が焼け焦げた長い首を持ち上げて、喉をそらして──


 飛竜は、べちゃり、と、血の塊のようなものを吐き出した。




 ころん




 よく見ると、血の中に、握り拳くらいの大きさの結晶体が転がってた。


 色は透明がかったオレンジ色。


 かたちは完全な球体。


 朝の光の中で、きれいな光を放ってる。


「これは……『ブラッドクリスタル』です! お兄ちゃん」


「『ブラッドクリスタル』?」


「『魔血晶』とも呼ばれています。イリスも本で見ただけですけど、魔物が約束をする時に使うもの語り継がれています……」




『ブラッドクリスタル(魔血晶)


 竜などの高位な魔物が吐き出す、結晶体。


 人間が使う『契約のメダリオン』の代用品といわれている。


 魔物が相手を友と認め、相手との約束を誓うときに与える。


 石そのものが魔物と繋がっているため、石を破壊すると魔物本体にも大ダメージがいくらしい。


 手に入れるのは、その魔物を倒すよりも難しいので、見せびらかすとうらやましがられる』




『オオオオオオ────オオオオオオ────ッ!』


『ブラッドクリスタル』を吐き出した飛竜は、傷ついた翼ではばたいて──


 文字通り、逃げるみたいに山の方へ飛んでいった。


「運命の彼方でまた会いましょう、飛竜ワイバーン


「会わなくていいから。というか、みんながいないときに出会ったら僕が死ぬから」


 イリス、妄想力を使いすぎだ。


 飛竜、すっかりその気になっちゃってるし。


 あいつがあのまま魔王にケンカを売りに行ったらどうするんだよ。


「で、これが『ブラッドクリスタル』か」


 べとべとしてる。これ、どこかで洗わないと。


 それと、みんなも。


 チートスキル全開で戦ったから汗びっしょりだし、かなり疲れてる。


 元気なのは僕とイリスくらい。セシルとリタはぐったりしてるし、ラフィリアは一気に大量の弓を発射したせいで両腕がぷるぷるしてる。みんなをアイネが心配そうに見てるのは、身体の疲れが見えるからだろうな。


 次の町に行く前に、どこかで一休みしよう。


 僕は地図を広げた。


 たしかこの先、街道を少し外れたところに湖があったはず。


 町からは離れてるから、人はほとんど来ない。山からの雪解け水でできた湖だから、水質もいいって話だ。そこまで移動して、本格的な休憩にしよう。


「イリス、アイネ。みんなを馬車に乗せるから、手伝って」


「承知いたしました」「はいなの」


 アイネはセシルを、僕とイリスはリタとラフィリアを順番に馬車に乗せていく。


「……ナギぃ」


「どしたの、リタ」


「がんばった?」


「がんばったね。えらい」


「頭、なでてほしいな……」


「うん。おつかれさま、リタ」


 わさわさ、ぴこぴこ


 僕はリタの頭をなでた。リタはくすぐったそうに目を細めてる。でも、やっぱり汗びっしょりだし、身体も熱い。戦闘中、ずっと『無類歌唱』使ってたからな。いつもだったら自分の汗のにおいも気にしてるのに、そんな余裕ないみたいだ。


 今回の戦闘で、僕たちは自分たちの戦闘能力を確認することができた。


 とりあえず、飛竜ワイバーンくらいなら余裕で倒せる。


 でもその後が続かない。


 次回はもう少し作戦を考えないとだめかな。


「はい、次はラフィリア」


「あ、あぅっ。いま、腕にさわるのはだめですぅ。ぴりぴりしますよぅ……」


 ラフィリアはせつなそうに目を細めた。


 弓を引きすぎた両腕が、しびれがきれた状態になってるらしい。


「だ、だめって言ってるのにぃ。ま、ますたぁってば。あたしの身体をどうするつもりなんですかぁ……」


「さわってないから。ラフィリアこそしびれた腕でむりやり抱きつくのやめなさい」


 ラフィリアも馬車に乗せて、と。


 がんばってくれた馬たちの背中をなでて、湖についたらご褒美をあげるって約束して──


『旦那が飛竜を倒しなさった……』『竜殺しだ。俺らはついに竜殺しの乗馬になれた!』


 もりあがってる馬たちにお願いして、出発。


 スピードはゆっくりでいい。疲れてるみんなを起こさないように。


 この旅はのんびりするためのものだから、それでいい。


 御者台には、僕とアイネと、イリス。


「おつかれさまー」「飛竜はでかいの」「でも強さはお兄ちゃんの次くらい」なんてことを、話しながら──


 僕たちは休憩地点に向かって進んでいくのだった。






──────────────────


『ブラッドクリスタル』


 高位の魔物が吐き出す謎の結晶体。

 その正体はよくわかっていないが、魔力が固まったものだとも言われている。

 魔物が自分の意志で生み出したものしか存在しないので、非常に貴重。

 持っていると威張れる。

 結晶体を破壊すると魔物本体にもダメージが行くため、本当に認めた相手にしか与えられない、貴重品。

 市場に流通していないのは、与えられた人が手放すと、ただの石に変わってしまうため、という伝説がある。

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