第162話「不機嫌なゴブリン軍団を倒そうとしたら、立派な名前をつけられた」

「ゴブリンが襲来しゅうらい! 数は12。率いているのは大刀持ちの『ゴブリンロード』と、二刀流の『達人ゴブリン』!!」


 明け方のネルハム村に、叫び声が響いた。


 同時に、村を囲む森から角笛の音が響き渡る。


「……獣人が出陣する時に鳴らす角笛ですじゃ」


 長老さんが教えてくれる。


 ネルハム村では鳴らしていない。ゴブリンたちの仕業だ。


漆黒しっこくの耳と尻尾を持つ獣人を発見──! ゴブリンたちの背後にいます!!」


 再び、追加情報。


 報告は続く、一瞬だけ現れた『黒い獣人』はすぐに姿を消した、と。


 僕たちがつけられたわけじゃない。セシルの『魔力探知』にも、リタの『気配察知』にも反応はなかった。見張りは、しっかりしてた。


 ということは、これは敵にとって予定通りの行動か。


「2人をさらったあとで、対立する部族の持ち物をうばって、さらにこっちの村を攻める。そうすると獣人がゴブリンを操って攻めてきたように見える……かな」


「あり得る話ですじゃ」


 長老さんはうなずいた。


「ちょうど村の若い者たちが、向こうの部族に交渉に行っておりますから、その隙を狙って、と。あなた方の話を聞いていなければ、そう考えたかもしれませぬ」


「役に立ててよかったです」


 獣人同士の泥沼の戦いなんか、見たくない。


「とにかく、敵は村の者が食い止めます。客人の皆さまは、トトリとルトリをお願いしますですじゃ」


 そう言って長老さんは、家を出て行った。


 ここは村の中央にある村長の屋敷だ。


 ゴブリン来襲の話を聞いてすぐ、僕たちはここに呼ばれた。村はずれだと敵に襲われる可能性があるからと、トトリとルトリの側にいて欲しいと言われたからだ。


 2人とも、ゴブリンの村から逃げてきたばかりで、怯えてる。


 だから、恩人の僕たちに側にいて欲しいらしい。


「…………うぅ」「やだよぅ。またさらわれるの、やだ」


 ちっちゃな獣人の少女たちはベッドで毛布をかぶって震えてる。


「大丈夫よ。ふたりとも」


 リタはベッドの脇に腰掛けた。


「獣人は強いんだから。ゴブリンくらい、すぐにやっつけてくれるわ」


「……でもでも」「あのゴブリンたちは強さの秘密があるんだよ」


「……強さの秘密?」


 僕が聞くと、トトリとルトリはうなずいた。


「おじいちゃんには言ったの。でも、笑われた──」


「その冗談は面白くないって。でも──」


 目に涙を浮かべながら、2人は語り出す──









──同時刻『ネルハム村』近辺の森。交戦中──




『グォオオアアアアアアア!!!』


 ゴブリンの振った剣が、村人の肩を切り裂いた。


「こいつら──『凶暴化バーサーク』してる!?」


 村人が叫んだ。


 彼の剣は確かに、ゴブリンの脇腹を斬った。が、ゴブリンは動きを止めない。


 目を真っ赤に染めて、痛みを感じていないかのように襲いかかってくる。


 息が荒い。しゅごー、しゅごー──と、まるで炎を吐いているかのように。


「『凶暴化』の効果は──怒りによる攻撃力上昇。痛覚遮断しゃだんかよ! 面倒な!」


「二刀流の『達人ゴブリン』と『ゴブリンロード』もだ!」


 ネルハム村の住人は、全員が獣人だ。


 動き、反応速度ともに、通常のゴブリンよりもはるかに速い。


 だが、今のゴブリンは痛みを感じていない上に、『凶暴化』の筋力アップで加速している。


 それに『凶暴化』状態の達人ゴブリンと、ゴブリンロードが一緒となれば──


「弓兵! 援護えんごを!!」


 村人は叫んだ。


 ひゅん。ひゅるん──と、弓弦の音がした。


 矢は数体のゴブリンに命中。うち2本は胸に刺さっている。


 致命傷だ。長くは戦えない。なのに──


『グルゥウアアアアアアア!!』


「がぁっ!!」


 矢を受けたゴブリンは、力まかせに剣を振るう。


 反射的に受け止めようとした獣人がはじき飛ばされた。


「嘘だろ。どこまで『凶暴化』してるんだよ……」


『グォアアア! グァ! グガアアアアアア!!』


 村人に一撃を与えたゴブリンは、しばらく剣を振るい続ける。


 そして数分後、力尽きたのか、そのまま倒れた。


 やっと一匹。


『凶暴化』したゴブリンは、まだ10体以上残っている。


 しかも後方には『剣術スキル』を持つ達人ゴブリン。さらに強力なゴブリンロード──そして、姿の見えない黒い獣人も控えている。


「……どうすればいい……」


 村人たちの額を汗が伝った。


『グアアアアア! グォオオアアア! グガアアアアア!!』


「なんだよ! お前らは一体なんでそんなに怒ってるんだよ!!」


 その問いに、ゴブリンたちは答えない。


『グガアアアアアアア!!』


 魔物たちは絶叫しながら村人に武器をたたきつける。


 村人の脳裏に疑問符が浮かぶ。わからない。


 ゴブリンたちをこれほど『凶暴化』させる秘密とは──







──同時刻『ネルハム村』 長老の家──





「「あのゴブリンたち、1日3時間しか寝てないの!!」」


 トトリとルトリは叫んだ。


「「「…………はい?」」」


 僕とセシル、リタ、アイネは、ぽかん、とした顔になる。


「それが強さの秘密なの」「だからあいつら、怒りで『凶暴化バーサーク』してるの!」


 トトリとルトリは、震えながら教えてくれる。


「『賢者ゴブリン』は人の言葉を話せたの」


「それで私たちをおどしたんだよ」


「「寝不足のゴブリンは見境がなくなる。逃げたらどうなるかわかっているな……って」」


 トトリとルトリの話によると、『賢者ゴブリン』はゴブリンの睡眠時間を削ることで『凶暴化』させてるらしい。


 今、村を襲ってる奴も、その同類だそうだ。


『この仕事が終わったら眠れる。邪魔する奴は許さない』──という怒りを、村人にぶつけてる……というのが、2人の予想だった。


「『賢者ゴブリン』は笑ってたんだよ。この『睡眠時間削除デリート・スリーパー』は、働きざかりの勇者を観察して編み出した技だって」


「優秀なゴブリンには仕事をたくさん入れて、睡眠時間を削るんだって」


「次の仕事が終わったら、ゆっくり眠れるってだますの」


「そうして怒りをためたあと、強敵にぶつけるんだよ……村に来てるのはきっと、そういう精鋭部隊だよ」


 ……たち悪いな『賢者ゴブリン』


 睡眠時間が、1日3時間。


 その状態で森を移動して、村を襲うという過重労働。


 そりゃ『凶暴化』するよ! むちゃくちゃ機嫌も悪くなるよ!!


「ゴブリンたち、睡眠が短いのを自慢してたみたいだったの」


「ゴグアアアアア (俺2時間)! グブアアアア (オレなんか今日は1時間半)!!──って。『賢者ゴブリン』の前で、びくびくしながら──」


「「ゴブリンの言葉なんてわからないはずなのに……なんとなくだけどわかって……それで……」」


「「…………こわいよ……」」


 がたがた、ぶるぶる。


 トトリとルトリが枕を抱きしめてるのは、『凶暴化』したゴブリンを恐れてるからか。


 それとも……睡眠時間3時間が信じられないのか。


「もういい。もういいからね」


 泣き出した2人を、リタが抱きしめた。


 セシルも一緒になって、トトリとルトリ──獣人の子どもにくっついてる。


「「おそろしいよ……『賢者ゴブリン』はきっと魔王の手先だよ」


「……どうだろう」


 本当に魔王の手下なのかな。なんだか、別のものの配下のような気もするけど。


『賢者ゴブリン』の正体はまだわかってない。


 あいつが本当にゴブリンなのかどうかも不明だ。


 少なくとも、ゴブリンたちの睡眠時間を削って、その上で支配できるだけの力を持ってるってのは間違いなさそうだけど。普通、魔物にそんなことしたら逆襲されるだけだからね。


「アイネ。『凶暴化バーサーク』した魔物って、どうなるんだっけ」


「力が強くなって、痛覚が鈍くなるの」


「『凶暴化』にもレベルがあるんだよな」


「最高レベルになると、殺気さっきだって手がつけられなくなるの」


「睡眠不足のうっぷん晴らしに来たとなると、相当怒ってるよな」


「レベル3つ分くらい強くなってる思うの」


 まともにぶつかるとやばいな。


 敵の後ろには『達人ゴブリン』『ゴブリンロード』さらに『賢者ゴブリン』が控えてる。


 獣人の村人ならゴブリンは倒せるだろうけど、それで戦力を使い果たしたら危険だ。


「……ほっとくわけにもいかないか」


 ボスの『賢者ゴブリン』を捕まえて、情報を吐かせた方がいいな。


 人の言葉が話せるなら、この『ブラック魔物操作』をどうやって思いついたのかを聞くことができるはず。


 もしかしたら背後に勇者──王家か……あるいは。


 考えたくないけど、本当に『魔王』がいるのかもしれない。


「アイネ、『凶暴化』したゴブリンは『魔物一掃LV2』で飛ばせる?」


「できると思うの。ただ、弱らせてからでないとレジストされる可能性があるの」


「わかった。じゃあ、アイネはここでトトリとルトリを守ってあげて。たぶん、ここまで敵は来ないと思うし、来たとしても相当弱ってるはずだ」


 僕は言った。


 そして、万が一の時のために、アイネにも作戦を伝えておく。


「ナギさま!」「やっちゃう? ナギ」


 セシルとリタが、僕の顔を見て、いい笑顔になる。


 ふたりはトトリとルトリの頭をなでて、立ち上がる。


「どのみちこのままじゃ、家に帰れないからね。帰り道を整えるついでに、『ブラック魔物操作』の正体を確かめておきたい。本当に『賢者ゴブリン』が魔王の手先なら──」


 王都にいる勇者に教えてあげた方がいいな、うん。


 英雄になりたい人、たくさんいるからね。


「で、でもでも」「ゴブリン『凶暴化』だよ。こわいよ」


 トトリとルトリは涙ぐんでる。


 そんなふたりに、僕とセシルとリタは顔を見合わせて、にやり。


「大丈夫だよ」


 僕はトトリとルトリの頭をなでた。


「少なくとも、村の人たちを助けるくらいはできると思う。『すっごく運が良ければ』、敵の親玉を捕まえられるかもしれないけどね。『偶然』『すっごく運が良ければ』だけど」


「『偶然』」「『すっごく運が良ければ』」


 トトリとルトリは目を閉じた。


 僕たちに救い出されたときのことを思い出してるのか、ふわり、と笑顔になって──


「うん! 信じるよお兄ちゃん!」「だってみんな『偶然』『すっごく運がいいもん』!!」


 よっしゃ。


「「お願いします、勇者さま!!」」


「『勇者』はなしで」


「「えー」」


 えー、じゃありません。『勇者』って言葉は嫌いなんだよ。


「んーとね」「それじゃね」


「「『森林を駆ける獣の主』!!」」


 トトリとルトリは声をそろえて言った。


「『森林を駆ける獣の主』……って?」


「……獣人が生まれるきっかけになった英雄のことよ。あとで話してあげる」


 リタはなぜか照れくさそうに、トトリとルトリの手の中に、借りていた鈴を置いた。


「「言ってらっしゃい! みんなのご主人様!!」」


「ん。まぁ、やれるだけやってみるよ」


『賢者ゴブリン』の正体と目的も知りたいし、せっかく助け出した2人がひどい目にあうのも嫌だからね。


「じゃあ行こうかセシル。リタ」


「はい。ナギさま」


「作戦はもう立ててあるのよね?」


「うん。もちろん」


 僕はうなずいた。


 今回はセシルの魔法と、リタの新スキルの出番だ。


 さてと。


 村を荒らす『ねぶそくゴブリン』たちのボスの正体をつきとめに行きますか。


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