第163話「『凶暴化(バーサーク)』中のゴブリンに、強制休暇を提案してみた」

 獣人じゅうじんたちの防衛線ぼうえいせんは破られようとしていた。


『グガアアアアアッ! ガッ!』


「だめだ! こいつら……止められない!!」


 獣人の戦士のひとりが悲鳴を上げる。


 ゴブリンの群れは木々の間をうように突進してくる。


 傷ついても、仲間のゴブリンが倒れても、その勢いは止まらない。


「……せっかくトトリとルトリが帰ってきたのに、このままじゃ村が……」


 戦士の少女はつぶやく。


 栗色の髪を持つ彼女は、長老の孫のひとり。トトリとルトリは妹のような存在だ。


 ふたりがさらわれたとき、迷わず村を飛び出そうとしたけれど、長老に止められた。


 今回の事件には『移動する獣人の部族』が関わっている可能性がある。目立たないようにするべきだ、長老の血族が動くべきではない、と。


 だが、事件に関わっていたのはゴブリンたちだった。


「──いや、それも違う」


 目の前にいるゴブリンたちも、より上の存在に操られているだけ。


 少なくとも、トトリとルトリはそう言っていた。


 ゴブリンたちの後ろで笑っている『達人ゴブリン』と『ゴブリンロード』──そして姿を見せない『賢者ゴブリン』が黒幕なのだ、と。


「だからって……操られてるからって!」


『グガラアアアッ! グガ!グヴオオオオオ!!』


 ゴブリンたちは完全に殺気さっき立っている。


 思わず「え? 私たち、なんか悪いことした!?」と思ってしまうほどの怒りに満ちた、その視線。問答無用の勢いに、彼女も、まわりの獣人たちもがまれはじめていた。


「……こいつら、特殊な魔法でも使われてるの!?」


『グォオオオオオオオ────ッ!!』


 彼女たちの前で、ゴブリンたちは怒りの雄叫びをあげつづける。


 おそるべき『ねぶそくゴブリン』たちは、徐々に村へと近づいていくのだった






『ねぶそくゴブリン』



賢者けんじゃゴブリン』によって、睡眠時間を1日3時間以内に削られたゴブリンたち。


 そのため怒りっぽくなっており、常に重度の『凶暴化バーサーク』状態。


 この仕事が終わったら眠れるという約束を頼りに戦っている。


 現在、攻撃力上昇と苦痛耐性が追加され、かわりに判断力が低下している。





『……グォ』


 不意に、ゴブリンの一体が振り返った。


 木々の向こう、距離をおいてこちらを見ている『ゴブリンロード』『達人ゴブリン』を見て、おびえたように震えて、それからまた絶叫。


 めちゃめちゃに武器を振り回し、獣人たちに向かって走り出す。


「……こっちくんなっ!!」


 がいんっ。


 長老の孫が振るった剣が、ゴブリンの剣に弾かれる。


 勢いに押されて、彼女は思わず後ろに下がる。


 また押し込まれた。もう、村までの距離はあと少しだ。


「…………ノノトリさま。こうなったら……」


 まわりの獣人たちが、彼女に視線を向けてくる。


 長老の孫の少女──ノノトリも、思わずうなずきかえす。


 この『凶暴化バーサーク』ゴブリンたちは異常だ。死ぬ気でかかれば止められるだろうが、それでは被害が大きすぎる。こっちが戦力を使い果たしてしまったら、背後にいる『ゴブリンロード』たちに対処できなくなる。


 一時的に村を離れるか──せめて子どもだけでも逃がすべきかもしれない。


 ノノトリがそう考えたとき──




「はい。ごめんなさい。ちょっと通してねー」




 ノノトリとゴブリンたちの間を、疾風しっぷうが駆け抜けた。





 次の瞬間──




 すぱーん。




 ノノトリにおそいいかかろうとしていたゴブリンの身体が、宙を飛んだ。



『…………ゴブ?』


「…………え?」


 ノノトリは、ぽかん、と口を開けた。


 反応できなかった。ノノトリでさえ、その接近に気づくことができなかった。


 突然、現れた金髪の少女が、ノノトリの目の前にいたゴブリンを蹴り飛ばしたのだ。


「……あ、あなたは」


「ごめんね。話はあと」


 ノノトリが声をかけた瞬間、彼女は走り去る。


 木陰に隠れた──と思った瞬間──




『グォ? グガアアア!?』


「はい。道を空けてねー」




 すぱーん。



 別の場所でゴブリンの悲鳴が上がり、蹴飛ばされた魔物が宙を舞った。




「もうちょっと離れてくれるかな?」




 すぱーん。すぱーん。




 さらに蹴り飛ばされるゴブリンが2体──3体。


 まるで、森を散歩しているかのような、緊張感のない声が聞こえるたびに、ゴブリンの身体が宙を飛ぶ。


 ゴブリンが殴られてること、蹴られてることはわかる。


 けれど、その少女の動きがとらえられない。少女は木陰こかげから木陰へと素早く移動している。


 右の木の後ろに移動したかと思ったら、反対側の木の後ろから出てくる。下かと思うと上だ。ノノトリや他の獣人が視線を向けている間に、少女は別の位置に移動しているのだ。


『……グ』


 打撃を受けたゴブリンたちが起き上がる。たいしたダメージは受けていないようだ。


 だが、彼らは獣人たちから引き離された。『凶暴化』して強引に進んだ、村までの距離。それを一気に無にされたのだ。


「………………えーっと」


「て、敵が離れました。ノノトリさま!」


「そ、そうでしたっ!」


 よくわからないけど、防衛側こっちが有利になったのは間違いない。


 栗色の髪をかきあげて、長老の孫の少女──ノノトリは声をあげる。


「よし。今のうちです! 体勢を立て直して! 傷ついた仲間は後方に!」


「「「はい!!」


 獣人たちが叫ぶ。


 指示通り、彼らは傷ついた仲間を後方に下げ、剣と楯を構え直す。


『…………グヴォ!』


 ゴブリンらしくないため息をついて、立ち上がる。そして村に向かって走り出す。




 けれど──




「あ、ごめん。もうちょっと離れてくれない?」





 すぱーんっ! すぱーんっ! すぱぱーんっ!!





『『『グブナアアアアアアアっ!?』』』


 ゴブリンたちの身体はまた、再び宙を舞う。


 長老の孫──ノノトリは、目を丸くしてその光景を見つめていた。


 金髪の少女の動きが、速すぎた。ノノトリ──いや、高レベルの獣人でさえ追いつけないほどに。


「まるでご先祖さま──『森林を駆ける獣の主』──その従者みたい」


 ゴブリンたちが翻弄ほんろうされている。


 金髪の少女は、一人で戦局をひっくり返してしまっていた。


「……ノノトリさま。伝令です!」


 声がした。


 振り返ると彼女の背後に、村からの伝令が来ていた。


「……長老さまから、作戦の提案です」


「聞かせてください」


 少女ノノトリはうなずいて、伝令の言葉に耳を澄ませた。


 作戦内容の変更の知らせだった。


 まわりの獣人にそれを伝えて、彼女たちはまた、動き出す。


『ギザマアアアアアアアア!』


 ゴブリンの絶叫が響いた。


 森に視線を向けると、完全に手玉に取られているゴブリンたちが見えた。


 彼らは目を真っ赤に光らせ、強烈な殺気を放ちながら、『謎の影』を捉えようとしている。





 すると、その『謎の影』が──ふっ──と、消えた。





「……うそ。私、まだ速くなるの?」


 かすかに、おどろいたような声が聞こえた。




 そして──




 ころん。ころころん。ころん。




『…………グボァ』


『グルル?』


『グガ? ラ?』





 足を払われたゴブリンたちが、一斉に地面に転がった。




『『『…………ウ? ウエエエエエン?』』』




 ゴブリンたちは悲鳴のような声をもらす。


 もう、戦闘にもなっていない。


 勝利を目前にしていたゴブリンたちは、まともに進むこともできずにいた。


「…………なんなの。あの力」


 ノノトリは呆然とつぶやく。


 あの速さ、的確な動き。


 もしもその使い手が獣人じゅうじんなら、ノノトリがたたえるべき人だ。


「あの人こそ『森を駆ける獣の主』──その従者かもしれない……」


 ノノトリはそうつぶやいて、動き出す。


 長老が伝えてきた作戦、その仕上げのために。






────────────────────



『ギグアアアアアアア!!』


 ゴブリンたちは叫びながら、森を駆ける『謎の影』を探していた。


『ねぶそくゴブリン』は、血走った目で、前後左右をにらみつける。


 自分たちが放つ『殺気』こそが、少女のスキルを強化しているのだということにも気づかず──





察知瞬動アウェイキング・クイックリィLV1』


『殺気』に『すばやく』『気づき』『移動する』スキル


『察知瞬動』は、周囲の殺気や攻撃の意思に反応して、移動速度が上昇する。通常の戦闘なら2倍から4倍。敵が多ければ多いほど、その速度は速くなる。


 この場にいるゴブリンは10体。その全員が、リタに強烈な殺気を向けている。


 今のリタは加速装置をつけているような状態だった。





「こっち! えっと、次はこっち!」


 木陰こかげから木陰へ。


 リタは、位置をさとられないように高速移動して、ゴブリンに──ていっ。




 ころん。




『グガラアアアッ!』




 軽い一撃で転がしてから、さらに移動。


「……しゅ、集中集中っ! 作戦はまだ途中なんだから!」


 森を走りながら、リタはつぶやく。


 目的は、ゴブリンを倒すことじゃない。『賢者ゴブリン』さえいなくなれば、廃村にいた『みはりゴブリン』のように、話ぐらいは通じるようになるはずだ。


 できれば『生命交渉』で不戦条約を結びたい。


 もちろん、ゴブリンをどうするかを決めるのは村人たちで、こちらはできることをするだけなんだけど。


「私の同族の村だもんね。守るもん。せっかく、ご主人様にスキルをもらったんだから!」


 そして、使命を果たす。


 リタの役目は『ねぶそくゴブリン』を無力化して、『賢者ゴブリン』を引っ張り出すことだ。




「ていっ! ていていていていっ!」




 ころんころん。ころんっ!


 高速で走りながら、リタはゴブリンを転ばせ続ける。


 そして──




「作戦の第1段階クリア! ご主人様、第2段階へどうぞ!!」





────────────────────






『グォ…………』


『ねぶそくゴブリン』たちは、両手をついて起き上がった。


 休むことは許されない。戦わなければいけない。


 この村さえ攻略すれば、ぐっすり眠れるのだから。


『グガアアアアッ!』


『ねぶそくゴブリン』たちは村に向かって走りはじめた。


 もはやルートを選んでいる余裕はない。一直線に村に向かう。


凶暴化バーサーク』しているせいで頭の中は真っ白だ。


 彼らの頭に浮かぶのは「この使命が終われば眠れる」ことだけ。


 全員が列をなし、武器を構えて疾走しっそうする。


「……ぜ、全員、待避たいひ────っ!!」


 栗色の髪の獣人が叫ぶ。


 ゴブリンの勢いに恐れをなしたのか、敵陣が左右に分かれて、散っていく。


『ゴブアアアアっ! アアッ! カハァッ!』


 ゴブリンたちは、大きな口をゆがめて笑う。


 勝った。


 あとは村に飛び込み、命令どおりに破壊するだけだ。


 見えない敵が立ちふさがったとしても、このままの勢いでぶつかれば──




「その前に受け止めます! 『属性変更ぞくせいへんこう:風』!!」




 声がした。


 村の隅、森との境界線からだ。




「『それはすべてを受け止める柔らかき空気の層。柔らかき向かい風』──発動! 『風の壁ウィンド・ウォール』!!」




 ふぉん。




 不意に『ねぶそくゴブリン』たちの目の前で、風が生まれた。


 温かい地方の、ほどよく熱せられた、なまぬるい風。


 それがだんだん強くなる。



 そよかぜ──強風──暴風──烈風──!



 局地的に発生した向かい風が、ゴブリンたちの顔を叩く。




『────グォ?』




 ゴブリンたちの勢いが、止まる。


 進めない。


 局地的な暴風は、『ねぶそくゴブリン』たちの身体を押しとどめている。


『グォ? ヴォオオオオオオオ!!???』


 ゴブリンたちの目の前にあるのは、大木ほどの厚みを持つ、猛烈な向かい風。


炎の壁フレイム・ウォール』の風ヴァージョン『風の壁』は暴風の障壁となり、ゴブリンたちの突進を完全に受け止めていた。


風の壁ウィンド・ウォール』は限られた空間に、他者の通過を許さない暴風を発生させる。文字通り、分厚い壁のように。


 それがゴブリンたちを迎え撃つため、木々の間に配置されていたのだ。


『グォ!? グゥゥ!!』


 ゴブリンたちは必死で足を動かす。


 しょせんはただの向かい風。どんなに強くても、進んでいけば破れるはず。


『凶暴化』した彼らは、回り道することなど考えない。


 まっすぐ『風の壁』へと突き進み、必死で足を動かす。


 皮膚が震えるほどの向かい風の中、必死で『風の壁』を抜けようとする。




「発動──『束縛歌唱ソング・オブ・バインディング』──」




 だが──不意に聞こえてきた歌声が、ゴブリンたちの動きを止めた。




『……グ?』『グググ?』『グンガ? ゴゲガ……?』




 ゴブリンたちが周囲を見回す。けれど、声の主の姿は見えない。


 歌声は木々の上から聞こえている。


 森に響き渡るきれいな歌声だ。しかも……妙に心地いい。


 聞いているうちに、ゴブリンたちの身体が重くなっていく──




「──いかれる者たちよ……眠りなさい」




『グガッゴゴゴ……ガゴ(子守歌……だと)!?』


 ゴブリンたちに動揺が走る。


 言葉の意味はわからない。けれど、そのメロディは彼らを眠りに誘おうとしている。


 まずい。今は寝不足を押さえて『凶暴化』し、必死で戦っている状態なのに。


 ここで優しい子守歌なんてかされたら……。




「──今は安らぎの時。その武器を手放し、安らかな時間を。


 ──あなたの目の前には、風のおふとん。


 ──身をゆだねれば、あなたの望む眠りはそこにある──」





『グガアアアアっ!?』


 ゴブリンたちは首を振る。


 必死で『束縛歌唱ソング・オブ・バインディング』に抵抗レジストしようとする。


 だが、見えない鎖は、彼らの身体をほどよくしばっていく。


 ゆるやかに……まるで「もうがんばらなくてもいいよ……」と言い聞かせているかのように。


 さらに『風の壁』の勢いが、弱まりはじめる。


 逆風が優しい風に変わり、彼らの身体を受け止めてくれている。


 それはまるで……風のお布団だった。


『…………ウゥ』


 ゴブリンたちの呼吸がゆるやかになっていく。


 重くなっていく身体。受け止めてくれる『風の壁』。そしてやさしい子守歌。


 自然とまぶたが下がっていって──


『────ハッ!?』


 思わず寝落ちしかけた『ねぶそくゴブリン』が顔をあげる。


『寝てません寝てません』──といった感じで首を振る。


 危険だった。


 思わず『凶暴化』も解けてしまうほどの安らかさだった。


 この作戦を考えた者は──邪悪の化身に違いない。


 こちらの睡眠不足を知って、戦場で眠りに誘うなど──




「……お前たちを包み込むのは心地よい、風の布団だ。眠るがいい。『ねぶそくゴブリン』よ」




 声が聞こえた。


 やはり、意味はわからない。けれど優しい声だった。




「あんたたちを操ってる奴は……こっちでなんとかするから、おやすみ」




『…………グガァ』『……スゥ』『……グゴゴ』




 その声に安心したかのように、ゴブリンたちが寝落ちしていく。


『……グ、グガアアアア!』


 それでも何体かのゴブリンは、眠気に耐えて進み続ける。


 上司の『達人ゴブリン』『ゴブリンロード』が見ているからだろう。


 ここで眠ったら、あとで何を言われるかわからない。眠気に負けてしまうわけにはいかないのだ──




────────────────────




『送信者:ナギ


 受信者:リタ


 本文:まだ動いてる奴がいるのか……できれば平和に眠って欲しかったんだけど。

    それじゃリタ「束縛歌唱」を全開にして。短時間でいいから』





 僕はリタにメッセージを送った。





束縛歌唱ソング・オブ・バインディング』は、歌を聴いた相手を拘束こうそくするスキルだ。


 威力を弱めにすれば、敵の身体を「ちょっと重く」することができる。


 風のおふとんと子守歌で眠って欲しかったんだけど、しょうがないか。


 ちなみに、ゴブリンを村人から引き離したのは、彼らが『束縛歌唱』の影響を受けないようにするため。それだけだ。





『送信者:リタ


 受信者:ナギ


 本文:はーい。ご主人様。いくわよー』




 そうしてリタの歌声が再び響き渡り──




『…………ムギュゥ』




 眠気に耐えてた『ねぶそくゴブリン』たちも、あえなく動きを封じられたのだった。







────────────────────





「「「……敵の睡眠不足に気づいて子守歌で眠らせるなんて……。よく考えつきましたね。長老」」」


「──そうじゃろう……そうじゃけど…………」


 獣人たちに囲まれた長老さんが、こっちを見た。


 さっき大急ぎで長老さんと話したとき『作戦を考えたのは長老さん。僕たちはアドバイスしただけ』ってことで、話はつけてある。『ゴブリンが寝不足なんで、とりあえず子守歌で眠らせてみます。うまく行ったら次の作戦へ移行してください』って。


 僕たちがいるのは、村のはずれ。


 目立たないように木の陰に隠れてる。


 ここからなら村の様子も、ゴブリンたちの状態もわかるからね。


 10体のゴブリンのうち、眠ったのが7体。『束縛歌唱ソング・オブ・バインディング』で縛り上げられるまでがんばったのが3体。さすが『ねぶそくゴブリン』根性あるな。


「戦力の7割を封じたなら、作戦成功かな」


 睡魔すいまに負けたゴブリンたちは草の上で安らかに眠ってる。


 他のゴブリンたちには、縄を持った村人たちが近づいてる。全員、これから拘束するみたいだ。


「寝不足状態で『凶暴化バーサーク』させたのがあだになったな、『賢者ゴブリン』」


 睡眠不足が続くと、人は電車の中だって眠れるんだ。立ったまま。つり革に捕まった状態で。


 だったら、まともにぶつかるより、眠らせてやった方がいいよね。


「今回はリタの『察知瞬動アウェキング・クイックリィ』のおかげかな」


「獣人さんたちもびっくりしてましたね。リタさんの速さに……」


 僕の隣で、セシルが目を丸くしてる。


『察知瞬動』は敵から殺気を受ければ受けるほど、移動速度が速くなる。


 ゴブリン約10匹分の殺気は、リタを超加速させちゃったみたいだ。


「もうちょっと手間がかかるかと思ったんだけどな」


 リタ、あっという間にゴブリンを引きはがしちゃったからな。


 その後の作戦は本当にシンプルだった。


 セシルの『属性変更』魔法『風の壁』で、ゴブリンの身体を受け止める。


 そしたら、リタの『束縛歌唱ソング・オブ・バインディング』を軽めにかけて、ゴブリンの動きを鈍くする。本人たちが『身体が重い』って感じるように。


 眠らなかった奴は『束縛歌唱』を強めにして『神聖力の鎖』で拘束する。それだけ。


『ねぶそくゴブリン』を眠らせて無力化したのは、リタの体力を温存するためだった。『束縛歌唱』は神聖力を消費するから、できるだけ弱めにしたかったんだ。


 それに長時間労働の『ねぶそくゴブリン』も気の毒だったからね。


 できるだけ安らかに無力化したかった、ってのもある。


「ただいま、ご主人様」


 戻って来たリタが、僕の身体に、ぴたり、と肩を寄せた。


「おかえり。大丈夫だった?」


「もちろん。『察知瞬動』は使いやすいスキルだったもん。森の中なら、獣人の本能で木くらいは避けられるからね。ご主人様の言う通り『束縛歌唱』は弱めにしたから、体力も神聖力も充分残ってるわ」


 言いながら、僕たちは森の方を見た。


『ねぶそくゴブリン』たちは、村人 (非戦闘員)さんたちが縛りあげてる。


 剣を持った獣人さんたちは、その前で護衛体勢だ。


 ここからは『賢者ゴブリン』の姿は見えない。


 木々の向こうに、二刀流の『達人ゴブリン』と『ゴブリンロード』がいるだけだ。


 奴らは熟睡中の『ねぶそくゴブリン』たちにいらだったように歯をむき出し、村の方をにらんでる。


 逃げる気はなさそうだ──と、思ったら、


『『ヴォオオオアアアアアアアアアアアアア!!』』


 奴らは叫びながら、走り出した。


 村人たちはゴブリンたちを拘束中。戦っていた獣人は逃げちゃったから、護衛の数も少ない。


 勝てると思ったのかもしれないけど──甘いな。




「「「せーのっ!!」」」




 森の木々が、揺れた。


 現れた獣人の戦士たちが、『達人ゴブリン』と『ゴブリンロード』の左右から襲いかかる!




『『────アレ?』』



 長老さんに提案したとおりだ。


『ねぶそくゴブリン』たちが最後に突撃したとき、獣人の戦士たちは左右に分かれて散った。


 彼らはそのまま森を迂回して『達人ゴブリン』と『ゴブリンロード』の側面に回り込んでたんだ。


 このあたりは村人にとって、庭みたいなもの。


 気づかれないように回り込むくらい、どうってことないらしい。『達人ゴブリン』も『ゴブリンロード』も、『ねぶそくゴブリン』たちに気をとられてたし。


 トトリとルトリによると、あいつらは『賢者ゴブリン』と一緒に『ねぶそくゴブリン』たちを深夜労働させてたそうだ。


 問題ないよな。倒しても。


『『……ア、ア、アアアア』』


「「「よくも『凶暴化』したゴブリンなんか差し向けてくれたな……」」」




『『ギャ──────────────!!』』




 獣人の村人の怒りが炸裂さくれつした。




 さてと、僕たちは今のうちに、『賢者ゴブリン』を捕まえに行くか。







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