第161話「リタの願いと、優しい記憶のつくりかた」

 それから僕たちは、双子の獣人、トトリとルトリに教えてもらった通りのルートを通り──


 村までは少し距離があったから、日が暮れる前に、森の側で野営して──


 次の日の午後、『定住する獣人』ネルハム族の村にたどりついた。


 場所は森のかなり奥。


 デリリラさんが教えてくれた『森の中の空白地』にほど近いところだった。


 僕とリタは、トトリとルトリの手を引いて、


 セシルとアイネは、後を警戒しながら、村に入って、一言──




「ネルハム族の、族長のお孫さんをお連れしました」


「「「「おおおおおおおおっ!!?」」」」




 僕たちが村に入った瞬間、周囲がどよめいた。


 当たり前だけど、まわりは全員、獣人。


 老人も大人も、子どもも赤ん坊を抱いた母親もいる。


 途中、村の警備隊に出会って、あらかじめ事情は説明しておいた。誘拐犯と思われたら困るから。だから、村の入り口にはトトリとルトリの祖父──長老が待っていた。


「おじいさまー!」「戻ってまいりましたー!」


「おおおおおっ!」


 ふたりはまっすぐに長老の胸に飛び込んだ。


 いい光景だった。


 セシルもリタも、アイネも、涙ぐんでる。


 さて、と──


「それじゃ、僕たちは帰ります」


 僕たちはそのまま回れ右。


 みんなに手を振って帰ろうとしたんだけど──


「「「「待ってええええええっ!!」」」」


 ──獣人さんたちに呼び止められた。


「お願いですからもっと詳しい話を! お礼もさせてください!」


「信じ合ってる獣人のお姉ちゃんとご主人さまー!」「待ってよー。行かないでよー。泣くよーっ!」


 村人たちもトトリもルトリも、必死で引き留めるものだから……。


「……確かに『賢者ゴブリン』についての情報共有はした方がいいかな」


 トトリとルトリには話してあるけど、伝言だとうまく伝わらないかもしれないし、しょうがないか。事は獣人同士の争いにも関わってくるからね。


「それじゃ、少しだけお邪魔します」


「ゆっくりしていってくだされ! うちの村は客好きなのですよ!」


 村長さんは言った。


 そういえばトトリとルトリも(誤解が解けてからは)僕にもセシルにもアイネにも、やけにフレンドリーだった。そういう村もあるのか。


「なにもない村ですがな」


「いえいえ、お話ができるだけで充分です」


 獣人のひとたちがどんな生活をしているのかは気になるし。


 それに「普通の冒険者」として、知り合いを増やすのは悪くない。


 そんなわけで、僕たちはちょっとだけ村にお邪魔することにしたのだった。









 ネルハム部族クランの村は、森をそのまま利用して作られていた。


 村の中央に大きな樹があり、その上には、巨大なオオカミの木像が設置されている。


 これが村の守り神──というか、獣人のご先祖様らしい。


 その樹を取り囲むように、まばらに樹が生えてる。


 家は樹の根元にあって、幹を柱の代わりに利用してる。中央の大きな樹の根元にあるのが村長の家で、あとは普通の人たちの家だ。


 僕たちが案内されたのは、中央にある村長の家。


 出迎えてくれたのは、真っ白な獣耳と尻尾を持つ、長老さんだった。


「孫を助け出してくれたこと……感謝いたします……本当に……」


 長老さんは深々と、僕たちに頭を下げた。


「いえいえ僕たちは通りかかっただけですから」


 これは嘘じゃない。


 デリリラさんがクエストを依頼してくれなければ、僕たちがトトリとルトリに出会うこともなかった。


 これは聖女さまがくれた偶然でもあるんだ。


「それでも……です。獣人は忠誠や恩を忘れないものですからのぅ」


 そう言って村の長老さんは、深々と頭を下げた。


 それから、トトリとルトリは、事情の説明をはじめた。


 自分たちをさらったのが獣人に化けたゴブリンだったこと。


 ふたりがしばらく、ゴブリンの村に捕まっていたこと、そこに偶然通りかかった僕たちに助け出されたこと。そのとき『偶然ぐうぜん』深い霧がゴブリンの村をおおったこと。逃げ出すとき『偶然』謎の発光現象が起こったことを、長老に伝えた。


 そして、ふたりをさらった犯人が『賢者ゴブリン』と呼ばれる『変化スキル』を持つ者らしいということも。


 長老も、そのおつきの女性も、びっくりしてた。


 そりゃそうだ。獣人は気配に敏感だし、感覚も鋭い。


 その彼らをだませるほどの偽装スキルなんて、普通はありえない。文字通りの『チートスキル』だ。もちろんトトリとルトリによると「長時間は使えない」らしいけど。


 カトラスが送ってくれたメッセージ──デリリラさん情報──によると、見抜く方法はいくつかある。


 セシルの『魔力探知』


 リタの『結界破壊エリアブレイカー』──これは『偽装スキル』が、自分のまわりに別の姿をかたどった結界を張るようなものだから、だそうだ。


 それと、においも、完全に偽装できるわけじゃない。近づいて『くんかくんか』すれば、わかる、っていうのが、トトリとルトリの意見だった。


「わかりました。獣人の中にも『魔力探知』できる者がおります。そやつらに見回りをさせましょう。においにも、気をつけるように言っておきます。小さな村ですからな、油断さえしなければ、侵入者を見つけることはできるはずですじゃ」


「奴が自由に姿を変えられるとしたら、次は獣人じゃないかもしれません。ゴブリン、オーガ、リザードマン、竜の姿を取るかもしれない。充分に気をつけて」


「承知しております。恩人どの」


「いえいえ、お役に立ててよかったです。それじゃ僕たちはこれで」


「だからお礼くらいさせてくださいっ!」


 帰ろうとしたら、やっぱり引き留められた。


 伝えるべきことは伝えたから、早いとこ家に帰って、イリスたちを出迎える準備がしたいんだけど。


 それに……。


「…………ナギ」


 リタが、不安そうな顔をしてるから。


 この村に入ってからずっとそうだ。リタはうつむいて、僕の服の裾を握ってる。


 リタは人の姿にも、獣人の姿にもなれる特殊能力のせいで、家族から捨てられた過去を持つ。この村はリタの部族とは違うけど、住んでる人は全員、獣人だ。それでリタは、昔のことを思い出しちゃったのかもしれない。


 それに……このネルハム部族と敵対してる『移動する獣人』の部族のこともあるから。


「ひとつ、教えてもらってもいいですか?」


 僕はリタの手を握ってから、言った。


「ルトリさんとトトリさんをさらった、とされていた『移動する獣人』の部族の名前を教えてくれませんか?」


 聞かないわけにはいかに。でないと、リタはずっと不安なままだ。もしも敵対してる部族がリタの家族と関係してるなら……そのときは『チートスキル』を使ってでもなんとかする。


 僕はリタのご主人様なんだから。


「ルルタル族……ですじゃ」


 長老さんは、言った。


「…………違った……」


 リタが、はぅ、とため息をつくのが聞こえた。


 よかった。リタの生まれた部族とは無関係みたいだ。


 セシルもアイネも、安心した顔をしてる。やっぱり、ふたりも心配してたんだね。


「あちらの部族に無用な疑いをかけたことについては、お詫びの使者を出したですじゃ。あちらも『宝物をこちらの部族の者に盗まれた』と言っていたですからな、皆さまがくれた情報をお伝えするためにも」


「誤解が解けるといいですね」


「……本当に。これも皆さまのおかげですじゃ」


 最後に長老さんが再び頭を下げて、それで話は終わりになった。





 ──で、気がついたら、いつの間にか日が暮れて、夕方になってた。





 もうちょっと早く村を出るつもりだったんだけど、話し込んじゃったな。


 とにかく『賢者ゴブリン』対策は早めに取らなきゃいけない。姿かたちを変える魔物なんて危険すぎる。


 カトラスとレティシアには、情報を冒険者ギルドに伝えるようにお願いしておいた。『意識共有・改』で連絡を取ってるけど、ふたりはもう、保養地に戻ってる。休憩がてら、対策を練ってるはずだ。『魔力探知』能力さえあれば『賢者ゴブリン』は見つけられるはずだからね。


「……おのれ『賢者ゴブリン』。僕たちに時間を使わせるとは……」


 今から移動するのは危ない、ということで、結局僕たちは、一晩この村にお世話になることになった。


 最後に「やはりお礼がしたい」と言われたので、僕はスキルをもらうことにした。


 獣人が使うスキルが強いことは、リタを見ればわかるからね。


 でも……そのリタは。


「…………大丈夫だもん。気にしなくていいもん」


 僕の上着を握ったままだった。


 やっぱり、獣人に囲まれてるのは落ち着かないのかな。


 だから僕は、長老さんにお願いして、他の家から離れた、静かな家に泊まらせてもらうことにした。


 目立ちたくないからね。明日、夜が明けたら、静かに村を出て行くことにしよう。











 そして、時間は過ぎて、夜。


「──『イリスどのの転移はまだです』か。あっちは、もうちょっと時間がかかりそうだな」


 僕は『意識共有マインドリンケージ・改』のウィンドウを閉じた。


 ここは村はずれにある、来客用の家。


『ネルハム村』は人間や他の亜人とも普通に付き合いがあって、商人やキャラバンが訪ねてくることがある。そういう時、客人を泊めるために使われてるそうだ。


 村の中央にまで荷物を運ぶのは大変だし、獣人に囲まれてるのは落ち着かない、という人もいるから。


 トトリとルトリは、長老さんの家にいる。


 疲れが出たのか、村に着いてからすぐに眠ってしまったそうだ。無理ないよな。半月近く、ゴブリンの村で監禁されてたんだから。


「『──僕たちはネルハム村にいます。明日の朝に出発するから、夜には保養地に着くよ』で、送信、っと」


 カトラス宛に『意識共有・改』のメッセージを送って、僕はベッドに腰掛けた。


 この家はキャラバンを泊めることも想定されてるからか、意外と広い。部屋のひとつひとつも大きくて、数もたくさんある。セシル、リタ、アイネにそれぞれ一部屋あげてもあまるくらいだ。


 窓のカーテンが三重になってるのは、音が外に漏れないように。獣人は聴覚が鋭いから『お客さんの行動に聞き耳を立てるようなことはしませんよ』という意思表示の意味もあるそうだ。


 カーテンを開けると、木々が揺れる音が聞こえてくる。


 ……森の中ってこんな感じなのか。


 リタもちっちゃい頃は、こんなふうに風の音を聞きながら過ごしてたのかな。


「……リタ。大丈夫かな」


 村はずれの家に泊まることにしたのは、その方がリタが落ち着くかも、って思ったからだ。


 この前、『亜人同士の争い』の話を聞いてから、リタはちょっとだけ不安定になってる。たぶん、自分が生まれた部族が関係しているのかも、って思っちゃったんだろうな。


 そのままルトリとトトリを助けて、この村に来て──亜人同士の争いに自分が元いた部族が関係ない、って聞いてからは安心したみたいだけど。


「緊張し続けてたせいか、この家に入る頃にはぐったりだったもんな……」


 幸い、この家には台所があったから、アイネが消化にいいスープを作ってくれた。


 リタはそれを飲んで、すぐに横になった。


 明日はリタの体調を見て、よければ早めに、家に帰ろう。


「……まったく。仲間の疲労ひろうに気づかないなんて、ご主人様失格だよな」


「………………そんなことないもん……」


 あれ?


 ドアの向こうで声がしたような……?


「どしたの、リタ」


「…………わぅぅ」


 ドアが、ことん、と音を立てた。


 しばらくして、その向こうから──


「はいっても、いい?」


「いいよ。どうぞ」


 僕が答えると、ゆっくりとドアが開き、その向こうからリタが顔を出した。


 顔色は、うん、大分よくなってる。


 リタが着てるのは村人が用意してくれた寝間着。頭からすっぽりかぶるタイプの服で、フードがついてる。獣人向けだから、獣耳と尻尾を出すためのスリットがついてるのが特徴だ。


「体調はもういいの?」


「大丈夫。心配かけてごめんなさい」


 リタはうつむいたまま、僕の隣に並んだ。


「なに見てたの? ナギ」


「村を見てたよ」


「そうなの?」


「獣人の暮らしって、こういうものなんだなぁ、って思ってた。リタが昔、どんなふうに暮らしてたのか、気になってたんだ」


「こことはちょっと違うかな。私の部族は『移動する獣人』だったから」


 リタが、すぅ、と、肩を寄せてくる。


 細い身体は、かすかに震えてるみたいだった。


「こんなふうに定住したりはしてなかったわ。移動式のテントを持って、馬を連れて、狩りの獲物を求めて移動ばっかりだったかなぁ」


「そっか」


「小さいころのことだから、もうほとんど覚えてないけど……ううん」


 リタは小さく、ためいきをついた。


「覚えてないと思ってたんだけどなぁ。やっぱり、心の底では、まだあの頃のことを覚えてたみたい。自分が置いていかれたときのことも……そのとき、こわかったことも」


「神様の木像なんかもあるからね。思い出しちゃったか」


「そうね。『移動する獣人』の部族にも、同じものがあったから。うっかり触っちゃって、すごく怒られたことがあったの。あれは獣人の神様で、ご先祖さまだから。獣が人と交わって、そうして獣人が生まれた、という伝説の……」


 リタは不意に、僕の手を、ぎゅ、と握った。


 しばらく、僕たちは並んで、木々が揺れる音を聞いていた。


 ぎぎぎ、ざざざ──って。


 とくん、とくん──って伝わってくるのは、リタの鼓動かな。


 手を通して感じる。やわらかさと、温かさ。


 なんだかくすぐったくなったから、僕たちはしばらく黙ったまま、窓の外をじっと見ていた。


「あのね、ナギ。聞いて欲しいことがあるの」


「いいよ。言ってみて」


 僕がうなずくと、リタは少しうつむいてから──


「私、この村に来て、自分がまだ昔のことにこだわってることに気づいたの」


 ゆっくりと深呼吸して、リタは話し始めた。


「思い出しちゃったの。小さいころの私が部族になじめずに、獣人の家族に捨てられて、一人ぼっちでさまよってたときのこと……。

 もう忘れたって思ってたけど、この村に来て、たくさんの獣人に囲まれて、気づいたの。自分の中にはまだちっちゃな私がいて、置いてかれたときのことを怖がってるんだ、って」


「……リタ」


「だから、その記憶を、しあわせな思い出で上書きしたいの」


 そしてリタは、ばっ、と顔を上げて、言った。




「お願いします、ご主人様。ここで私のスキルを『再構築』してください!」




 リタの手は、むちゃくちゃ熱くなってる。ほっぺたも真っ赤だ。


「ほ、ほんとはね……ほんとは! 私、ナギに『セシルちゃんにしたことを、私にもしなさい』って言うべきだと思うの

 でも、でもね。ここ、ひとんちでしょ? なにかあったときに困るじゃない。

 それに、私とナギの全部がひとつになるのは、ほんとのほんとの大事なことだから、嫌な気持ちを上書きするためじゃなくて、それを乗り越えたあとにしたいの。も、もちろん、ナギがしたいっていうなら……いいわよ。セシルちゃんみたいに……私の全部は……ナギのものなんだから」


「…………あのさ、リタ」


「なぁに、ナギ」


「僕とセシルのこと、やっぱり気づいてた?」


「うん。だって、アイネがすっごくうきうきしてたから」


「……お姉ちゃんめ」


「……お姉ちゃんだもん」


 僕とリタは、顔を見合わせて苦笑い。


 アイネは、僕がみんなと『なかよし』になるとすごく嬉しそうな顔するからね。まったく、最高すぎるお姉ちゃんにも困ったもんだ。


「それに、わかるもん。私がいつも、どれだけナギのことを見てると思ってるの? ナギとセシルちゃんの間の……空気みたいなもの。セシルちゃんがほんとに自然に、ナギとふれあってるの見れば、なにがあったのかくらい、わかるんだからね」


「そっか」


「そうだもん」


「…………」


「…………」


 ぼっ。


 僕とリタの顔が真っ赤になる。あれれ。


 どうしてリタとふたりっきりで、セシルとのこと話してるの?


 なんで変な空気のまま、ふたりで真っ赤になってるの?


「と、とにかく。『再構築』だよな」


「そ、そう、大事なのは、私がナギの役に立つことだもん!」


「それと、ここでリタに幸せな記憶をあげること、だよね」


「うん。獣人の伝統にのっとって」


 そう言ってリタは、寝間着のポケットから丸いものを取り出した。


 手のひらに載るくらいの小さな、銀色の鈴だった。


「トトリちゃんとルトリちゃんがくれたの。ご主人様に身も心もゆだねている獣人の奴隷は『ふたりっきりのとき』は、この鈴をつけるんだって」


「ふたりっきりのときは?」


「ふたりっきりのときは!」


 リタはもじもじと、膝をこすり合わせてる。


 ……ふたりっきりのときは……だよね。


「は、はい。これを私につけてください。ご主人様」


「うん。わかった」


 リタが渡した鈴を手にとって、僕はリタの首輪に触れる。


 鈴には首輪に着けられるように、小さなわっかがついている。それをリタの首輪につなげて、と。




 りん、りりん。




 リタはなにかを飲み込むように、白い顎を上下させて──それに合わせて、鈴がきれいな音を立てた。


「じゃあ、始めるよ。リタ」


「……お願いします。ご主人様」


 僕は『能力再構築スキル・ストラクチャーLV6』を起動した。


 今回はフォレストスパイダーがドロップしたスキルと、ネルハム村の村長さんがくれたスキルを使おう。





『糸移動LV3』


『糸』で『すばやく』『移動する』スキル




 こっちは『フォレストスパイダー』のスキルだ。


 糸を使って、森の中を縦横無尽に移動することができるけど、僕たちだと糸を準備するのが大変だから、あんまり使い道がない。





殺気探索さっきたんさくLV2』


『殺気』の『位置』に『気づく』スキル




 でもって、これはネルハム村の長老さんがくれたスキル。


 まわりからの敵意に敏感になるものだ。ただ、気配察知よりは範囲も狭いし、人間は獣人より五感が鈍いから、僕やアイネに使ってもあんまり効果がない。


 だから、この2つのスキルはリタのために『再構築』しよう。


 姿を変える『賢者ゴブリン』のこともあるからね。対策はしておきたい。


 前線で戦うリタの危険を、できるだけ減らせるように。





「まず『糸移動』を僕に。『殺気探索』をリタにインストールして、と」


「……んっ」


 りん……りりん。


 リタは壁に寄りかかり、自分の胸に『殺気探索』を差し込んでいく。


 僕も自分に『糸移動』をインストール。こっちは糸がないと使えないスキルだけど、どうせ『再構築』するから問題なしだ。


「あのね……ナギ」


「どしたのリタ」


「ありがとう。トトリちゃんとルトリちゃんを助けること、許してくれて」


「そんなの当たり前だろ。子どもが閉じ込められてたら、助けるって」


「でも……うれしかったから」


 リタは僕の肩に額を押しつけて、


「だって、知らない獣人の子どもにも優しくしてくれるんだから……その……あの…………血の繋がった……子どもなら……って、やっぱりなしっ!!」


 ぶんぶんぶん。


 ちりんちりん、ちりん。


 リタは真っ赤になって首を振った。


 ……えっと。


「と、とにかく。『再構築』でしょ? 『賢者ゴブリン』がどれだけ強いかわからないんだから、私を強化して。ねっねっねっ!」


「はいはい」


 ごまかそうとしてるのがわかるけど、突っ込まないでおこう。


 これ以上刺激したら、リタ、再構築どころじゃなくなっちゃうから。


「いくよ、リタ」


「……うん。して。ナギ」


 僕は『能力再構築』のウィンドウを呼び出す。リタの状態をモニターして、スキルを概念化。


 それからゆっくりと、リタの中にある概念『位置』に手を伸ばしていく。


「……んっ」


 僕の指が触れた瞬間、リタが、はうっ、と息を吐いた。


 りん、ちりん。


 鈴がきれいな音を鳴らした。


「ん。へいき。続けて」


 リタは、自分の肌に触れてる僕の手を、つん、と突っついた。


 僕はウィンドウを出して、リタの状態をモニターしてる。


 魔力反応が敏感になってるけど、問題なしだ。


「今回は『4概念チートスキル』を作るよ。いいかな」


 りりんっ。


 答える代わりに、リタの首輪の鈴が鳴った。


 ここは獣人の村で、カーテンがついてるとはいえ、音やにおいに敏感な獣人たちが住んでる。


 声が聞こえるのをおそれるみたいに、いつの間にか、リタは片手で口を押さえてる。


 りん、りりりん。


 代わりに首輪につけた鈴が答えてくれる。大丈夫みたいだ。


 僕は指の腹を概念『位置』に押しつけた。



「っ!」


 リタのスキルは、あっさり僕の指を飲み込んだ。


 リタとは何回も再構築してるからかな。どうされるのかわかってるみたいに、触れた瞬間に震え出してる。


「────っ!」


 りりりんっ!


 リタの心臓が、どくん、と鳴る。壁に背中を押しつけたまま、リタが桜色の目を見開く。膝ががくがくと震えてる。でも、リタの手は僕の手を放さない。だから僕は概念『位置』を、ゆっくりと揺さぶっていく。


「──っ! ん────っ!!」


 ちりんっ。りりんっ。りんっ!


 リタは小刻みに身体をゆさぶってる。きれいな尻尾は、ぴん、と、緊張して、くたん、と、緩むのの繰り返し。そのたびに寝間着の裾が揺れて、汗ばんだ脚がむき出しになる。


「あぅ。んっ。くぁ……ん」


「ちょ、リタ?」


 リタの身体が、僕に向かって倒れかかってくる。


 立っていられなくなったみたいだ。


「こっち来て。歩ける?」


「…………んっ」


 ちりん。りん。りりん。


 僕はリタの胸に触れたまま、細い身体をベッドまで運んでいく。


 リタはそのままベッドの上に膝をついて、うつぶせに横たわった。首筋にも、胸元にも汗の滴が浮かんでる。ときどき、尻尾がぴくん、と動いて、寝間着を跳ね上げるけど、リタはそれを押さえるのがやっとみたいだ。


 やっぱり、緊張のせいで疲れてたのかな。


 いつもはもうちょっと、体力的にも余裕があるんだけど。


 リタの中にある概念はだいぶ動かしやすくなってる。ここで一休みして、明日続きをするって手もあるか。


「────つづけ、て」


 リタが枕に顔を乗せたまま、僕を見た。


「おねがい……ここでやめるの……やだ。私、強くなるって決めたんだもん」


「無理しなくていいって」


 僕は言った。


「それに、リタは充分強いだろ?」


「ううん」


 ぎゅ、と、僕の手を握る手に、力がこもる。


「私、恐がりだもん。トトリちゃんとルトリちゃんから『移動する獣人』の部族の話を聞いたとき、自分の家族が関わってるのかな、って思ったけど、聞けなかったもん。

 ……確かめるのが恐かったの。

 同じ部族の仲間と顔を合わせるのが──できそこないの獣人だって言われるのが、恐かった」


 リタの声が震えてる。


 僕は手を伸ばして、リタの髪と獣耳をなでる。そうすると落ち着くのか、リタは安心したように、はぅ、と、息を吐き出した。


「でも、ナギは私の代わりに聞いてくれた。村長さんが答えるまでの間、ずっと手を握ってくれた。だから、私は平気だったの。ちょっとだけ、まだ恐かったけどね」


 リタはゆっくりと身体を起こして、僕の胸に背中をこすりつける。


「だから、私も決めたの。おねだりして、セシルちゃんみたいにしてもらうって。

 でも……私はやっぱりよわむしだから、ちゃんとできるように。『わぅー』って気絶したりしないように。私がちゃんと、ナギのすべてを受け止められるように……覚悟、しておかないと」


「やっぱり、リタは充分強いと思うよ」


「そうなの?」


「そうだよ」


「……きっとそれは、ご主人様がそばにいるからだもん」


 リタはそう言って、笑った。


 なんとなく、僕もつられて──ふたりではしゃぐみたいして、笑って。


 それから僕はまた、リタの中──概念に手を伸ばした。


「──はぅ」


 ちりりんっ。


『再構築』を再開する。


「んっ。はぅ…………ナギの手……すき……だいすき……うれしくて……やさし」


 リタは僕にぴったりとくっついて、細い身体を震わせてる。


 村の寝間着は薄いから、尻尾の動きがよくわかる。どうすればリタの負担を少なくできるか、どうすればリタの、望むようにできるか。


「んっ。は……あ、だめ。……獣人は……音に、びんかん……だから……聞かれ──あっ。────っ!」


 ちりんっ。ちりんっ。りりりりんっ!


 概念を突っつくたび、鈴の音が強くなる。


 まるで音が、リタの反応とリンクしてるみたいだ。


 概念の隙間に指を──ゆっくりと──入れると、強い音がして、


「──っ! っ! っ!」


 りんっ! りんっ! ちりんっ!!


 概念を弱めになでると──優しい音になる。


「──ぁ。はぅ……あ」


 り……ん。り────。


 音と、リタの吐息と、体温。


 それが直に伝わってきて、なんだか頭がぼーっとしてくる。


 この鈴、リタのオプションみたいに思えてきた。すごいな。獣人の伝統って……。


 そう思いながら、僕はリタの概念をほぐし続ける。


 ずっとくっついて、完全にモニターしてるから、わかる。


 そろそろリタが僕──の『概念』を受け入れる準備が整う。あともう少しだ。


 僕はゆるゆるになった『位置』を指で挟んで、一気に魔力を流し込む。


「────────ぁぁっ」


 リタがめいっぱいに喉をそらした。


「あ、あ、あ、あ、あ。ナギ……が──すご……」


「行くよ、リタ。僕の『概念』を入れる」


「んっ。いいよ。んっ。あ。あ。────────っ!!!!」


 僕は『糸移動』の『すばやく』と『移動する』をリタのスキルに押し込んでいく。ふたつ同時に入ってくる『概念』に、リタの身体が震え出す。


 それでも、リタは声を抑えて、身体を上下にゆさぶりながら、僕の『概念』を受け入れた。


「やだ……あ。…………ふたつ……いっぺん……」


 りんりんりんりんっ。りりんっ。りんっ。


 鈴の音はもう止まらない。リタの動きに合わせて、部屋いっぱいに音を響かせてる。その音に酔ったみたいに、リタの目がうつろになっていく。汗まみれの身体をゆさぶって、こわれそうなくらい尻尾を左右に振り続けてる。


「ナギ……ナギ……あっ。ナギぃ。私……わたし……」


 りんりんりんりんりんりんりんっ。りんりんりんっ! ちりんっ!


「音……もう……止まんない……や……あ。ああ。ああああああっ」


「仕上げだ。いくよ。リタ」


「────っ! あ。あんっ。はい。きて……ごしゅじん……さまぁ」


 最後にリタの中に入った概念を指で確認する。位置。深さ。魔力反応。問題なし。これで……たぶんリタを守れる『4概念チートスキル』の完成だ。




「実行! 『能力再構築LV6』!!」




「──────っ!」


 りり──────ん。り────────っ! ────っ!


 鈴の音が変わる。僕の耳では聞き取れないくらい、甲高い音に。


 リタはぎゅ、と、僕にしがみついて──


 いつもみたいに僕の肩を、甘かみして──


「…………ごしゅじんさま……だい……すき…………」


 くたん、と、崩れ落ちた。


「…………すぅ」


 寝ちゃったか。


 今日はいろいろあったからね。


 リタはいつも前線に立って戦ってくれてるし、今回だって、トトリとルトリに一番早く気づいてくれた。そんなリタを守れるようなスキルを作ってみたけど──うまくいったみたいだ。





察知瞬動アウェイキング・クイックリィLV1』(4概念チートスキル)


『殺気』に『すばやく』『気づき』『移動する』スキル




 周囲の殺意や攻撃の意思に反応して、移動速度が増加するスキル。


 戦闘時は問答無用で移動速度が上昇し、索敵中は敵がこっちに気づいた瞬間にスキルの効果が現れる。


 上昇速度は2倍から4倍程度。


 ただし、敵の殺意の強さや、その数によって更に速度は上昇する。





 よし。ちゃんと概念『気づく』は『気づき』に変化してくれてる。


 これがあれば、いざという時に、リタは超速で逃げ出すことができるからね。生存確率はかなり高くなったはずだ。


 リタは忠誠心が高いのはいいけど、がんばりすぎるから。


 ご主人様としては、対策をしておきたかったんだ。


「…………むにゃ。ナギ……わたし……ちゃんとできたよね……」


「できたよ。お疲れ様……リタ」


「……おうちに帰ったら…………今度はほんとに……ちゃんと……」


 ……むちゃくちゃ照れくさいけど。うん。わかった。


 そうして、リタを膝の上に載せたまま。


 僕は眠くなるまで、リタの髪をなで続けたのだった。


 そうして朝寝坊した僕たちは──






「おはようなの。なぁくん。リタさん」


 こん、ここん。


「アイネ?」「わぅぅっ!?」


 扉の向こうから聞こえたアイネの声に、僕たちは慌てて飛び起きた。


 というか、バレバレだった。


 ……そりゃわかるよな。アイネのことだから、リタも起こしにいったんだろうし。


「ち、ちがうの! 私、眠れなくて、ナギの顔を見に来たら、それで──」


「だいじょうぶ。お姉ちゃんはわかってるの。ごはん、ここに置いとくから、なぁくんはリタさんと一緒に食べてね?」


 すっごいうれしそうな声だった。


 ……アイネ、絶対誤解してるよね。


「ちなみに今朝のメニューは、ネルハム村おすすめの木の実なの。焼いて乾かすときれいな音が鳴るの。ほら」


 りーん。りりんっ。


「……あんっ。はぅっ!」


 ……あの、リタ?


 どうして顔を真っ赤にして、寝間着の裾を押さえてるの?


「あ? あれ? 私、どうして……」


 りーん。りりん。


「あぅ。はぅっ」


「まさか、条件反射!?」


『再構築』しながら鈴の音を鳴らしてたから、同じような音を聞くと、自動的にその時のことを思い出しちゃう、とか……。


「まぁ、一時的なものじゃないかな……」


 たぶん、だけど。


『再構築』すると結構刺激が行くからね。しょうがないよね。


「もーっ。どうしたらいいの、これー」


「……リタさん、いいなぁ」


「ぜんぜんよくないもん──っ!」


 朝のネルハム村に、リタの悲鳴が響き渡った。




 そして、その後、村を出ようとした僕たちは──




「お待ち下さい。さきほど、朝の見回りに出た者から報告がありました」


 村の長老さんに呼び止められた。


「早朝の狩りに出た者が大けがをしているところを発見した、と。相手は──魔物ではなかった、と。もしかしたら『賢者ゴブリン』とその仲間が、森をうろついているかもしれない」


 あるいは、もう村に近づいているのかも──


 深刻な顔のまま、獣人の長老さんは言ったのだった。







──────────────────



今回登場したスキル


察知瞬動アウェイキング・クイックリィLV1』(4概念チートスキル)


 リタの「幸せな記憶」のために、ナギが再構築したスキル。

 相手の殺気 (攻撃する意志)に反応して、こちらの速度が上がるという、ある意味究極の防御スキルである。

 カードゲーム風に言うと「相手の陣地にいるクリーチャー1体につき、『すばやさ』がプラスされる」といった感じ。五感の鋭いリタにとっては、まさに最高のスキルと言える。


 ただし、攻撃の意志を持たないものに対しては効果を発揮しない。

 なので、ご主人様が背後からこっそり抱きしめようとしても避けられることはない。というか、絶対にない。むしろリタの方から飛び込んでいくのでまった問題ないです。よかった。

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