第160話「救出したふたりの子どもから、獣人の流儀を聞いてみた」

「じゅ、獣人のネルハム部族クランのトトリです」


「助けてくれてありがとうございました! 妹のルトリです!」


 獣人じゅうじんの子どもたちは、そう名乗った。


 ちっちゃな子どもたちだった。僕の世界で言えば、小学校高学年くらいか。ふたりともオレンジ色の髪で、ちょっと垂れた獣耳をつけてる。尻尾は短くて、ふさふさ。


 ふたりとも助け出されてしばらくは動揺どうようしてたみたいで、ずっとリタにしがみついてた。やっぱり、同じ獣人が側にいると安心するみたいだ。


 自分のことを話せるようになったのは街道に出て、『ゴブリンの廃村』から遠ざかってからだった。相変わらずリタに、ぎゅ、っと抱きつきながらだったけど。


 馬車で移動している間に、彼女たち(双子だった)は、少しずつ事情を話し始めた。


 彼らは近くの森に定住する獣人の一族だそうだ。


 獣人には定住して他の人間や亜人と普通に付き合う部族と、狩りをしながら移動する獣人至上主義の部族がいる。


 双子のトトリ、ルトリの一族は『定住組』で、普通に町や村の人間相手に商売や情報交換をしていた。人間や他の亜人と、異種族結婚する者もいたという。


 そんな部族の住処に、見知らぬ獣人が忍び込んだのは、だいたい15日くらい前。


 そいつは警備をくぐり抜け、あっさりと、彼女たちをさらったのだという。


 そして村を出たあと、そいつは正体を明かした。怯える二人の前にさらしたその姿は──


「……獣人に化けた……ゴブリンだったんだよ……」


「……近づけばにおいでわかるんだけど……すごく上手に化けてたの。あんなスキル知らないよ」


 トトリとルトリはつっかえながら、そんなふうに説明してくれた。


 犯人はふたりを連れて、そのままゴブリンのいる廃村にやってきた。そのあとは、彼女たちは鉱山の穴の中に閉じ込められていたのだという。


 外に出られるのは、時々日光浴するときだけ。それもおりに入ったまま。


 子どもをずっと暗い洞窟に閉じ込めたままだと、弱ってしまう。


 利用するにも殺すにしても、そのときまでは生かしておく必要があるから──彼女たちは『犯人』に、そういうふうに言われていたそうだ。


「……こわかったよ……そいつ、いろんなものに姿を変えるの……」


「……大きなカエルに姿を変えて……食べちゃうぞ……っておどされたよ……」


 ふたりは震えながら教えてくれた。


 さらにその『変化するゴブリン』は、他のゴブリンたちにあがめられてたそうだ。


 てことは、そいつが『賢者ゴブリン』だって考えた方がいいな。


「……目的は亜人同士の争いを引き起こすため、かな」


『見張りゴブリン』はそう言ってたっけ。


 魔物がそんなことをする理由は、まだわからない。『賢者ゴブリン』の正体だって、本当にゴブリンかどうかもわからないんだ。『チートスキル持ち』『チート魔法持ち』『自由に姿を変えるゲル状の謎生物』──って可能性もある。


 判断は保留にしとこう。


「……ご主人様」


 リタが困ったような顔で、僕を見た。


「この子たち、部族の村に届けてあげても、いい?」


「いいよ」


 僕は言った。


 最近話題になってた『亜人同士の争い』を、リタは気にしてた。


 この子たちがその原因のひとつなら、早いとこ村に返してあげよう。


 デリリラさんに頼まれた素材は回収したし、魔物がドロップしたスキルも手に入れた。クエストは完了してる。これからは自由時間だ。


 ちなみにクエストの収穫しゅうかくは次の通り。





『魔力水晶』8個。




 ドロップスキル『糸移動LV3』(フォレストスパイダーより)


『糸』で『すばやく』『移動する』スキル





 僕たちの成果は十分だ。


 子どもたちをこっそり村に返してあげるくらい、してあげてもいいよな。


「それじゃ、君たちの村の場所を教えてくれるかな?」


「「じ──────っ」」


 あれ?


 トトリとルトリはリタにしがみついたまま、無言で僕を見つめてる。


 もしかして……警戒されてる?


「お兄ちゃん……獣人のお姉ちゃんを奴隷どれいにしてるんだよね……」


「助けてくれたの、ありがとうだよ。でも獣人を支配してる人はこわいよ……」


 ……そうだった。


 普段は家族みたいに暮らしてるから忘れてたけど、リタは僕の奴隷なんだよな。


 リタの首には銀色の首輪が光ってる。誰が見ても『主従契約』してるってわかる。同族を支配してる相手を警戒するのは当然か。この子たち、さっきまでゴブリンに捕まってたんだから。


「あの……あのね、そうじゃないの。よく聞いて」


 リタは馬車の床に座ったまま、双子の子どもの頭をなでた。


「この首輪は、私が望んでつけてもらったものなの。ご主人様と繋がりたい、って思ったから。これはその証。私が……おねだりしたもので、悪いものじゃないのよ?」


「じゃあ、無理矢理じゃないの?」


「支配されてるんじゃないの−?」


「……む、無理矢理にされたことなんて……ないもん。ナギはいつだって……優しく……してくれるもん」


 リタは赤い顔でほっぺたを押さえた。


「でもでも、変だよー」


「そうだよ。変だよー」


 でも、子どもたちは納得してない。


「変じゃないもん。私はご主人様を信頼してるし、ご主人様だって私のこと信頼してくれてるんだもん。だから、私たちはふたりを助けることができたんだもん」


「でも、距離が遠いよー」


 獣人の子ども、ルトリが言った。


「ルトリもトトリも、本当に信頼する主人と奴隷の話を聞いたことあるよー」


「本当に信頼してる獣人の奴隷は、ご主人様にもっとくっつくんだよー?」


「……そうなの?」


「「そうだよー」」


 子どもたちの言葉に、リタが救いを求めるように僕の方を見た。


 ……えっと。


 これから僕たちは、ルトリとトトリを送り届けなきゃいけない。そのためには村の場所を聞き出す必要がある。


 それにあの『賢者ゴブリン』のことも気になる。


 そいつの変化能力がチートスキルだったり、奴が本当に魔王の手先だったりした場合、ルトリたちの情報が重要になる。


 ここはふたりの信頼を得るためにも……。


「……よいしょ」


 僕はリタの隣に腰を下ろした。


「……う、うん」


 リタは立ち上がり、僕の隣に腰を下ろす。


 そして──覚悟を決めたように、ぴた、と、僕の肩に自分の肩をくっつけた。


「ほ、ほら。私とご主人様、くっついてるでしょ?」


「だめだよー。伝説と違うよー」


「本当に信頼している獣人の奴隷は、ほっぺたをこすりつけるんだよー」


「そうなんですかー」


「じゃあ、やってみないとなのー」


 いつの間にか御者台から、セシルとアイネがこっちを見てた。


 ふたりプラス双子の子ども。4人分の視線が物理的な圧力で迫ってきてる……ような気が。


「……しょうがないな。リタ、お願い」


「……わぅぅ」


 すりすり、すり。


 金色の髪が、僕の耳をくすぐる。軽く触れたリタのほっぺたは、すごく熱くなってる。戦闘の後だからか、リタの肌は少し汗ばんでる。でも、それが心地いい。すべすべした肌が僕の肌に触れてる。リタは感触をたしかめるように、ゆっくりと身体を上下させてる。


 セシルとアイネは顔を押さえて──でも指の間からこっちを見てる。


 子どもたちの警戒を解くためにはしょうがないけど、人前だと緊張するな……。


「こ、これでいいわよね?」


「たりないよー」


「本当に信頼している獣人の奴隷は、ご主人様に『あーん』するんだよー」


「『あーん』!?」


 密着してるリタの身体が、びくん、と震えた。


 僕とリタは思わず顔を見合わせる。同時にうなずく。


 さすがに無理だろ。ここで「あーん」って。


「だって、ごはんの時間はまだだもん。食べるものの準備なんかできてない──」


「アイネさん、朝に食べた干し肉がまだ残ってましたよね?」


「パンもひとつ取っておいたの。これを挟んで、っと。はい」


 御者席からセシルとアイネが、干し肉入りのパンを差し出した。


 さすが仲良しチートの2人。見事な連携プレーだった。


「……わぅ」


 リタが手を伸ばして、それを受け取る。


 ……あれ?


 リタの目が、なんだか、とろん、としてきてるような……。


「あの、リタ?」


「…………ご、ご主人様。は、はい。『あーん』」


 リタはちぎったパンを指で挟んで、僕の前に持ってくる。


 指が小刻みに震えてる。指先が、僕の歯と唇に当たる。


 ……リタ、目の焦点が合ってないけど、大丈夫?


「「じ────っ」」


「「わくわく」」


 で、ルトリとトトリがガン見してるのはわかるけど、どうしてセシルとアイネまでこっちをじーっと見てるの? なんでいつの間にか馬車が止まってるの? 馬まで息を潜めてるのはどうして?


 レティシアもカトラスも、隠れてるつもりだろうけど窓から青い髪と灰色の髪が見えてるからね。みんなで僕とリタになにをさせたいの?


「……ご主人様……ナギ……は、早く……して……ぇ」


 リタは目を見開いて、ふるふると震えてる。


 獣耳は、ぺたん、と倒れてるし、尻尾はめいっぱいに膨らんでる。緊張してるのがよくわかる。


 このままだと真っ赤になって倒れちゃうかもしれない。


「……いただきます」


 僕は口を開けて、顔を前に出した。


 リタはそのまま指を開き、僕の口の中にパンのかけらを落とした。僕が口を閉じるのと、リタが指を引っ込めたのは、ほぼ同時。リタの指が、ちゅぷ、と、僕の唇に触れて、通過する。


 それだけでリタは、びくっ、となった。やっぱり真っ赤な顔のまま、自分の指を見つめてる。


 それから、ルトリとトトリの方を見て──


「ど、どう? これでわかったでしょ? 私は自分の意思でご主人様のものになってるってこと。私とご主人様が、すっごく信頼し合ってるってこと」


「だよね。僕もリタのことは信じてるし、大事だって思ってる。それは間違いないし、自信を持って言えるよ」


 人前で言うのは、すっごく恥ずかしいんだけどさ。


 あと、セシルとアイネは満足そうな顔で、うんうん、ってうなずくのやめなさい。


 レティシアとカトラスも、窓の外でガッツポーズしてるの見えてるからね。そろそろリタが限界だからね。くっついたほっぺたが、熱があるんじゃないかってくらい熱くなってるから。目の焦点が合わなくなってきてるから。獣耳と尻尾も、恐いくらいの速度で振動してるからね。


「わかりましたー」


「ごめんなさいー」


 ルトリとトトリは、素直に頭を下げてくれた。


「わかってくれればいいよ」


 よかった。


 これ以上のことを要求されたら、リタが限界突破しちゃいそうだからね。


「誤解してごめんなさい。信じ合ってる獣人の奴隷さんと、ご主人様もいるんだねー」


「トトリたちが聞いてた話だとちょっと違ってたから、びっくりしたのー」


「聞いてた話?」


 やめなさいリタ。そこは突っ込むの危険だから。


「うん。本当に信じ合ってる獣人の奴隷は、ご主人様の前では下着をつけないのー」


「獣人の尻尾は、気持ちを表す大事な部分だから、ご主人様にそれがよく見えるようにー」


「……ん」


 リタが馬車の床に、膝を突いた。


 そのまま腰を上げて、『格闘系神官の衣』の隙間に手を入れて、内側の布に手をかけて──


「……ご主人様に……尻尾の動きを……見ていただけるように……」


「そうだよー」「礼儀なんだよー」


 トトリとルトリが手を合わせ、同時に告げる。


「「だから下着をつけないのー。ご主人様と奴隷が、ふたりっきりのときはー!」」


「……え」


 リタが、ぴたり、と動きを止めた。


 そのまま僕を見て、獣人の子どもたちを見て。ワンテンポ遅れて、さっ、と前方に向き直ったセシルとアイネを見て、さらに遅いタイミングでしゃがんだレティシアとカトラスを見て──


「ふええええええええええんっ!!」


「わぁっ。リタ!? しっかりして──っ!!」


 リタはそのまま、ぱったりと倒れてしまったのだった。


 ……僕の膝の上に。


「ひざまくらだー」


「信じ合ってる獣人と人間だー」


「「なかよしだーっ!!」」


 獣人の子どもたちは、大喜びしてたけど。


 …………膝枕でいいなら先に言ってよ……。









 それから僕たちは、ルトリとトトリから、彼女たちの村の位置を聞き出した。


 地図によると、村は保養地ミシュリラの更に北。森の中にあるそうだ。


 人間には見つけにくいようになっているけれど、獣人なら文字通りの獣道を通ってたどりつけるらしい。


 ふたりは早く村に戻した方がいい。


 獣人たちがゴブリン情報を知れば、状況も変わるかもしれないし。


「でも、馬車は持っていけないか」


 聖女さまにクエスト終了の報告もしなきゃいけないし、彼女から情報も手に入れておきたい。


 だから、僕はパーティを2つに分けることにした。


『獣人の村訪問組』は、僕とセシルとリタ、アイネ。


『聖女さま報告組』は、レティシアとカトラスにお願いすることにした。


 ルトリとトトリはリタになついてるから、彼女は外せない。森の中で戦闘になった場合は、セシルの魔法とアイネのサポートが必要になる。


 レティシアは聖女さまのファンだから、報告に行ってもらうのがいいだろう。カトラスにはイリスたちを迎える準備をしてもらわなきゃいけないから、報告のあとはレティシアと一緒に別荘に戻ってもらう。アーティファクトが使えるのはカトラス(フィーン)だけなんだから。


 もちろん、連絡が取れるように『意識共有マインドリンケージ・改』で繋がって、と。


 一旦いったん、僕たちは別行動を取ることにしたのだった。







──レティシア、カトラス視点──




「カトラスさんは、聖女さまにお目に掛かるのは初めてでしたわよね?」


「はいであります!」


 聖女デリリラが住まう、岩山。


 ふもとに馬車を停めたレティシアとカトラスは、聖女の迷宮の入り口に向かっていた。


「さすがはあるじどのであります。伝説の聖女さまとお知り合いだったとは」


「知り合いというか……うん。友だちですわね、あれは」


「あるじどのは意外とまじめでありますからな。聖女さまとは気が合うのでありましょう」


 斜面を歩きながら、カトラスは納得したようにうなずく。


「ボクも失礼がないようにしなければなりませぬな」


「ま、まぁ、そうですわね」


「それで、聖女さまにはなんとご挨拶すればいいのでありますか?」


「……『あーそーぼ』ですわ」


「…………え?」


「『デリリラさん、あーそーぼ』です!」


 やけになったようにレティシアは言った。


 レティシアだって信じられない。聖女デリリラといえば、人々を救い続けた伝説の存在だ。それが死後『さびしんぼゴースト』になってるなんて予想外すぎる。


 けれど、ナギと聖女さまの間には気安い友情があるらしい。


 レティシアが聖女さまを称えても、本人はうんともすんとも言わなかった。聖女さまが欲しいのは友だちで、崇拝者ではないのだ。


 カトラスのイメージを壊すことになったとしても、情報は正確に伝えなければならない。


「なるほど。わかったであります!」


 カトラスは、ぽん、と手を叩いた。


「聖女さま──


『あー』──『アーティファクトのようにいにしえより』

『そー』──『そびえたつその偉業』

『ぼー』──『ボクらを守ってデリリラさん!』


 つまり『いにしえより偉業を重ねた、守り神のような聖女さまをたたえる』という意味でありますな!

 さすがはあるじどのであります。呼びかけにこのような暗号を仕込んでいらっしゃるとは!」


「あなたどれだけナギさんをあがめていますの!?」


『あるじどのはカトラスを、女の子として目覚めさせてくださった方ですもの』


 ふわり、と、カトラスの頭上に半透明の少女が浮かび上がった。


『そして、このフィーンがすべてを捧げるに値するお方なのです』


「そういえばあなた方はお姫さまでしたわね……」


 いまさらながらそのことを思い出し、レティシアは複雑な気分になる。本来ならカトラスは、 本当なら子爵家ししゃくけの自分がまともに口を利くこともできない相手なのだ。


 なのにカトラスもフィーンも、自分の生まれよりも、ナギの奴隷であることを誇っている。


 ………………身分ってなんだろう。


「……カトラスさんは王家の隠された姫で、これから会いに行くのは聖女さま。つまり、わたくしが一番身分が低いんですわよね」


 でも、聖女さまもカトラスもフィーンも、ナギを尊敬している。


 わけのわからないパラダイムシフトが起こりそうで、レティシアは思わず頭を抱えそうになる。


「もしかしたら、ナギさんは勇者などよりもずっと、世界を変えてしまったのかもしれません」


「少なくともボクの世界は変えてくださいましたであります」


『ボクたちの、ですわよ。カトラス』


 そんな話をしているうちに、レティシア、カトラス、フィーンは聖女さまの迷宮の入り口にたどりついた。


 3人は横一列に並んで、深呼吸。


 そして一斉に──




「「『聖女さまー。あーそーぼっ!!』」」




『ちょうどよかった! 重要情報だよ!』


 洞窟から飛び出してきたデリリラさん(人型ゴーレム)が声を上げた。


『あれ? いんちきご主人様はいないの? まぁいいや。魔力水晶は……持ってきてくれたね。すぐに秘密アイテムの製作にかかろう。それで重要情報だけど、亜人同士の争いについて、だよ!』


「お願いしますわ!」


 レティシアは即座に答えた。


「……あれれ」


『……あれが、聖女デリリラさま……?』


 現れた聖女さまのテンションに、カトラスとフィーンは呆然としてる。この前の自分を見るようだ。


 そのうち回復するだろうから、とりあえずほっとくことにした。


「こちらの情報もお伝えしますわ。まずは聖女さまの情報をくださいな」


『ゴーレムを偵察ていさつに出した結果わかったことだよ。争っているのは「定住する獣人」と「移動する獣人」だ。小競り合いは起こっているけど、正面きっての抗争にはなっていない。原因は「定住する獣人」の長老の孫2人がさらわれたこと。名前は──』


「トトリとルトリ。双子の子どもですわね」


『さすが情報が早いね。さらったのは「移動する獣人」の部族の者だと言われている。「移動する獣人」の方でも「定住する獣人」になにか大事なものを盗まれたとされているが、これはまだ情報がつかめていない』


「こちらの情報も確定ではありませんが、トトリとルトリをさらったのは獣人ではなく、獣人に化けた魔物だとされています。これは救出した2人から得た証言です。今、ナギさんたちは、その子を獣人の村に送り届けに行っていますわ」


『さっすが、動きが早いね。デリリラさんが見込んだだけのことはあるよ』


「わたくしの親友たちですもの。聖女さまの期待に背くようなことはしませんわ」


 がしっ。


 レティシアと聖女デリリラ(ゴーレム)は、堅く手を握り合う。


『デリリラさんも安心したよ。亜人同士の全面戦争なんて、見たくないからね』


「わたくしもですわ。亜人も人間も、魔族も……なかよしになれることを知っていますもの」


『貴族なのにいい子だね君は!』


「聖女さまにほめられると照れくさいですわ」


『デリリラさんが推薦すいせんするから、君、王さまになりなよ!』


「ナギさんみたいな無茶言わないでください!」


 伝説の存在から飛び出してきたセリフに、思わずレティシアはのけぞる。


 でも、聖女さま(ゴーレム)は不満そうに、


『そうかな。向いてると思うんだけどなー』


「わたくしはそれほどの器ではございません……って、そこ! カトラスさんにフィーンさん! まじめな顔してうなずいてるんじゃありません! あなたたちに言われると冗談では済みませんのよ!」


「『えー』」


「えー、じゃありませんわよ。まったく」


 ──光栄ではあるけれど。


 レティシアはなんとなくため息をついた。


「それで、ナギさんからはこれを確認するように言われたのですけれど──聖女さまは『自由に姿を変えるスキル』あるいは魔法についてご存じありませんか?」


『「自由に姿を変えるスキル」?』


「ええ。獣人のトトリとルトリをさらった『偽獣人』が、そんなスキルを持っているようなのです。そいつは姿かたちを偽装して、『定住する獣人』の村に忍び込み、ふたりをさらったそうなのですわ。ですから、そういう高等スキルか魔法があるのではないかと」


 レティシアは言った。


 聖女デリリラ(人形)は、不思議そうに首をかしげてから。


『あるかもしれない。ただ、それは本当に危険なスキルだよ』


「わかりますわ。誰にでも化けることができるんですもの」


『そうじゃないよ。化けてることは、魔力を細かく察知できるものなら見抜くことができる。問題は、長時間他人に化けていると、本当の自分を忘れてしまうことさ』


「……え」


『デリリラさんがそうだった。「聖女」を演じているうちに、本当の自分を忘れてしまった。だから過労で死んじゃったんだ。「役割」だけじゃなく、姿かたちまで別人になっているとね、内面がそれに引っ張られちゃうんだ。デリリラさんは死の直前に、本当の自分を思い出せたんだけどね……』


 デリリラさんは生前の姿を取っているのはそういうわけだよ。自分が誰だったのか忘れないように──と、聖女デリリラは付け加えた。


『数回ならいいけど、それをたくさん繰り返すと本当にやばいよ……。

 そいつが本当に「賢者ゴブリン」という魔物ならまだいいさ。仮に、そういうスキルを持っている人間……あるいは魔法生物だとすると、そいつはもう本当の自分を忘れているかもしれない。本当に魔王とかに関わる者なのか……そう思いこんでるだけの謎生物なのか……悪い予感がするよ』


「聖女さま……」


『君たちはおうちに帰りたまえ』


 聖女さま (人型ゴーレム)はローブの裾をひるがえし、レティシアに背中を向けた。


『デリリラさんはこれから「いんちきご主人様専用使い魔」の仕上げにかかる。できあがったら届けるから、君たちはおうちで休んでいるんだ。すぐに動けるようにね。できたらいんちきご主人様に届けてあげて』


「は、はい! わかりましたわ」


「わかったであります!」


『聖女さまのお慈悲じひに感謝しますわ!』


『…………でもねー。なんだかねー。いらないような気もするんだよねー』


 聖女デリリラは頭を掻きながら振り返る。


『あのご主人様、いんちきするからなぁ。デリリラさんが思いつくようなことはもうわかってるような気もするんだよねー。できれば、かっこよく「聖女さま参上!」ってかたちでアイテムを届けたいんだけどなー……』


「聖女さま……」


 わたくしもそんな気がしますわ、ってセリフを、レティシアはなんとか飲み込む。


 でないと聖女さま、レティシアが迷宮をクリアしたときのように「へこむわー。デリリラさんへこむわー」って落ち込んじゃうかもしれないから。


 だからレティシアは静かに、聖女デリリラにお辞儀した。


 聖女さまから聞いた情報は、たぶんカトラスさんを通して『意識共有・改メッセージスキル』でナギさんに伝わってるはずですわ。そこから彼がどんな答えを出すのか、レティシアにはわからない。


「獣人の子どもふたりを部族に返すだけで、戻ってきてくれればいいのですが」


 ナギたちが向かった森の方角を眺めながら、レティシアはぽつりとつぶやくのだった。




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