第84話「番外編その7『レティシアのぼうけん』」
今回は番外編です。
1人で旅に出たレティシアが、いまごろなにをしているかというと……。
──────────────────
GIYAAAAAA!!
首筋をロングソードで切り裂かれたゴブリンが、血しぶきをあげて倒れ伏した。
「ふぅ」
レティシアは残りが逃げていったことを確認してから、剣の血をぬぐい、鞘に納めた。
ここは、メテカルの町に向かう街道。
大荷物を抱えたせいで歩みの遅いキャラバンに同行するついでに、護衛役までやってしまったレティシアだった。
「こういうのも悪くないですわね。たまには実戦も経験しないと、腕がにぶりますもの」
周囲の安全を確認してから、レティシアはつぶやいた。
これが本当の旅。今までが楽すぎたのです。あのパーティの戦い方を当たり前だと思ったら大変なことになるのですわ……。
そんなことを思いながら、レティシアは幌馬車に乗り込んだ。
「すごいすごいー。すごいですレティシアさま!」
馬車の荷台で、小柄な少女が手を叩いていた。
彼女の名前はケイト。このキャラバンを率いる商人の一人娘だ。
ちっちゃくて無邪気なところが、つい最近まで一緒だった少女を思い出す。
そのせいか、いつの間にかレティシアも、彼女と気兼ねなく話すようになっていた。
「すごいです。おひとりでゴブリンを3体も倒すなんて。こんな強い貴族の方ははじめてみました!」
「たいしたことありませんわよ」
「またまたご謙遜を。レティシアさまほどの方は、メテカルの冒険者ギルドにもそうそういないはずです。うらやましいです。そのスキルも、戦闘時の判断力も」
「この程度で驚いていたら、わたくしの仲間と会ったときに腰をぬかしますわよ?」
「レティシアさまのお仲間?」
「そう。つい最近まで一緒にいた、わたくしの親友たちです」
「その方たちも、すごい戦闘能力をお持ちなんですか?」
「ええ。その人が剣を振るだけで、人が空を飛びますわ」
「……はい?」
「遠距離戦では火炎がどんどこ敵を叩きます。近づけば素手で鎧をぶちぬくでしょう。さらに、お掃除用具で敵のお肌の保水能力を壊滅させるほどの手練れですのよ?」
「……レティシアさま、ご冗談もお好きなんですね」
「え、ええ、もちろん冗談ですとも」
いけないいけない。秘密だった。
友人のことを自慢したくなるのは、レティシアの悪い癖だ。レティシアは思わず『ないすじょーく』って笑ってるケイトの頭をなではじめる。貴族に頭をなでられる、って未体験の事態に、ケイトの顔がこわばる。それでもレティシアはごまかすために、ケイトの小さな頭をなでつづける。
「……あらら?」
気づくと、レティシアは空いた手で腰に結びつけた袋を探っていた。
丸くて固いものが、指先に触れる。
袋の中に入っているのは小さな水晶玉。スキルクリスタルだ。
ケイトは信じてくれなかったけれど、レティシアもナギたちのようなチートスキルをひとつ、もらっている。ナギが出発前に作ってくれたものだ。1人で作ったからただのレアで、すごいチートじゃないって言っていたけれど。
楯で敵を殴りつける『シールドアタック』と、卵料理の技を組み合わせたスキルでしたっけ──と、レティシアはナギの説明を思い出す。ナギはレティシアのリクエストを聞いて、防御用のスキルを作ってくれたのだ。
それをまだインストールしていないのは……なんとなくだけど、使うとナギとの関係が変わってしまうような気がするから。
レティシアにとって、ナギのチートスキルは奴隷のもの。でも、レティシアはナギの親友だ。なのにこれをインストールするのは……なんだか不思議なくらいためらってしまうのだった。決して嫌なわけでは、ないのだけど。
──ナギさんのことは信用してますわ。
──でも、わたくしは親友ですからね。奴隷でも嫁でもないのですから。
──だから、これは本当に困った時のための、お守りということにしましょう。
「……レティシアさま、あの、そろそろ」
止まらない『子爵家令嬢なでなで』を受けて、ケイトの顔がこわばっていた。
「あらら、ごめんなさい。わたくしそんな怖い顔してましたかしら」
「違います。その、貴族の方に頭をなでられるなんてはじめてなので、緊張しちゃって。ごめんなさい。レティシアさま」
「こちらこそごめんなさい。はい、仲直りですわ、ケイト」
そう言ってレティシアはケイトの小さな手を握った。
「身分などにこだわらない人たちと一緒にいたので、わたくしもその影響を受けてしまったようですわ」
「そう、なんですか?」
「ええ、いつか……あなたに会わせたいくらい。あの人たちはとてもすばらしい方たちなのです。奴隷も、貴族も、遠くの国からきた人でも関係ない、身分も立場も越えたわたくしの友達ですもの。道は分かれても、遠く離れたとしても……心はずっと一緒ですわ……」
「あれ? レティシアさまは、メテカルで用事を済ませたらすぐに戻られるのでは?」
「……………………気分というものがあるのですわ、ケイト」
照れくさそうにレティシアは青い髪をかきあげた。
「わたくしは友が心配なだけですわ。子爵家の名において、彼らになにかあればすぐに駆けつけるつもりでおります。彼らはこの、レティシア=ミルフェの親友なのですから」
停まったままの馬車から空をながめながら、レティシアは宣言した。
「あ、ちょうどよかった。レティシア=ミルフェさま?」
「はい?」
そのレティシアの前で、騎兵がひとり、現れた。
荷台に大きな袋を積んでいる。袋には、大陸公用の紋章。それと手紙のマーク。
郵便馬車よりも急ぎの手紙を運ぶ、郵便馬だった。
「いえ、お名前が聞こえたもので。メテカルに運ぶ手紙の中に、あなた宛のものがあります。港町イルガファ在住のアイネ=クルネットさんからです。ここで受け取られますか?」
「まぁ、アイネから?」
レティシアは懐から契約のメダリオンを取り出した。
クリスタルと一緒に、子爵家の紋章も一緒につるしてある。それを郵便馬の乗り手に見せると、彼は鞍にくくりつけた袋から、分厚い封筒を取り出した。
「助かりましたわ。父の手に渡るとやっかいなことになりますもの」
「こちらも手間がはぶけました。それでは!」
はいよー、と気合いを入れて、郵便馬は走り去った。
「お友達からですか?」
「そうですわ。わたくしの親友たちからのお手紙ですわよ。ケイト」
レティシアはケイトの隣に腰掛けた。
貴族の手紙をのぞき見るのは御法度、とばかりに下を向くケイトの頭をなでて、レティシアは手紙の封を切る。
現れたのは、数日前まで一緒だった親友の文字。
相変わらずきっちりとしたアイネの文章に苦笑いしながら、レティシアは手紙に目を走らせた。
『レティシア、元気? なぁくんに奴隷が増えました』
「…………相変わらずナギさんは、息するように奴隷を増やしてますわね」
レティシアは思わずため息をついた。
まったく、親友のあの人は、まったくもう……。
『港町イルガファは祭りが終わって、今は落ち着いています』
「そういえば『海竜の祭り』があるんでしたわね。巫女の方は無事に儀式を終えられたのでしょうか……」
『巫女のイリスちゃんにいろいろあって祭りが壊滅しそうになったけど、なぁくんが解決してくれたよ』
「────────はぁ!?」
『それで、増えた奴隷は、誰かは具体的には言えないけど、ちっちゃくてとても可愛い女の子なの。レティシアもあの子のために力を貸してくれたよね?』
「わかりますわ誰だか丸見えですわ言ってるのと同じですわ!」
『怪しい騎士団がおそってきたり、港町が内乱になりかけたりしたけど、アイネも、なぁくんたちも元気なの。だから、レティシアは心配しないでね。でもね……アイネは……』
そこから先は、幼いケイトの前で読むには恥ずかしい文章が続いていたので飛ばして、レティシアは手紙を閉じた。
「…………ま、まぁ、元気でやってるならなによりですわ」
いつの間にか馬車が動き出していた。
心地よい振動に揺られながら、レティシアは空を見上げた。
青い空の向こう、レティシアの親友たちは元気でいる。トラブルに巻き込まれたりもしてるみたいだけど『ちぃときゃら』の彼らなら、なんとかするだろう。
新しい奴隷──イリス=ハフェウメアも大丈夫。巫女の使命に悩んでいた彼女も、きっとナギのもとで楽になったはず。遠くから来たナギさんには、きっとそういう力があるんだから。
「うれしそうですね、レティシアさま」
「親友からの手紙ですもの」
「レティシアさまの親友なら、きっとすばらしい方々でしょうね」
「あったりまえですわ! 正義を重んじ、友達を決して見捨てない。わたくしの親友はそういう……あらら、一枚手紙が残ってましたわ」
封筒の底に張り付いてた最後の一枚を、レティシアは広げた。
そこにあったのは、ほんの短い文章。
『追伸。なぁくんが「ゆうきゅうきゅうか」をくれたので、みんなで
ぴき
レティシアが硬直した。
頬がひきつる。紙を握る手がふるふると震え出す。
旅行。バカンス。保養地へ。
パーティの旅行。慰安旅行。みんなでなかよくのんびりと。
「な、なんですのそれわ──────────っ!?」
レティシアの喉から絶叫がほとばしる。
『バカンス』
『社員旅行』
『ゆうきゅうきゅうか』
あとの方の意味はわからないけど。でもすごく楽しそう。
「みんな一緒……わたくしだけ……なかまはずれ……」
わかってる。
奴隷をねぎらうための旅行なら、レティシアなしで実行するのもわかってる。
ナギさんのことだから、イルガファ内乱で疲れたアイネたちを休ませるって意味があるんだろう。
これは、仕方のないことなのだ。
わかる! すっごくわかる! 頭では。
だけど気持ちがおさまらない。なんで? どうして?
メテカルで用事を済ませて戻ったあと、みんなが楽しく旅の思い出を話してるとき、どんな顔をすればいいの? 笑って聞けばいいの? なんで親友をそんな目にあわせるのーっ?
もちろん、アイネたちが楽しんだのならレティシアだってうれしいし、あったかい気持ちになるけどそれは別の話。パーティを一時的に抜けるって決めたのはレティシア自身だけどそれも別の話なのですわーっ!
「おーのーれーナーギーさ──────ん!!!!!」
「レ、レティシアさま?」
隣でおびえるケイトの声さえも耳に入らない。
そういえば、貴族の社交界でも同じようなことがあった。レティシアがまだ6歳のころ、地位をかさにきて男爵家の少女をいじめていた子爵家の少女をこらしめたら、レティシアだけ田園で行われたパーティに呼ばれなかったのだ。爵位は同等とはいえ、相手の子爵家はレティシアの家よりも歴史が古く、発言力が大きかったからだ。
その後、社交界で他の貴族と会うたびに、なぜか田園パーティの話題が出るようになり、レティシアはすっかり、ナギの世界で言う「ぼっち」になってしまった。そのときのトラウマが今、ふつふつとよみがえり、レティシアの心の中をかけめぐる。どうしよう。どうしてくれよう。
──あーもう、我慢できませんわっ!
「馬を! 馬を貸してください! わたくしは今すぐ保養地ミシュリラに向かいます」
「レティシアさま落ち着いて! もうすぐ。もうすぐメテカルに着きますから!」
「そんなの関係ないですわっ! わたくしは『外なる九つの告死姫たち』の社員旅行に参加するんですわ! ええいっ! お放しなさい。わたくしだけ仲間外れにされてなるものですかっ!」
「レティシアさまは実家にご用があるんでしょう? 自由になるために。だからパーティを抜けてこられたって……」
「う、うぅ……」
レティシアはふりあげた拳を、力なく落とした。
そういえばそうだった。
ナギさんもアイネも、セシルさんやリタさんだって「まだいいじゃない」って言ってくれたのを、振り切って戻ってきたんだった。レティシアだって貴族の一人。旅を続けるにしても、手続きや形式が重要なのはわかってる。だから未練をふりきって戻ってきたのだ。だけど。だけどー。
「お、おぼえてなさい、ナギさん!」
レティシアは東の空に向かって声をあげる。
「せいぜいアイネたちとのバカンスを楽しんでらっしゃい! わたくしも、絶対絶対ぜーったい参加してやるのですからね────────────────────っ!!」
街道に、レティシア=ミルフェの絶叫が響き渡った。
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