第85話「『天竜の卵輸送クエスト』と『チートスキル』レベル4」

「谷のまわりを探ってた兵士を見つけたの。えらい?」


 ぴこぴこ、って獣耳を揺らして、リタは言った。


 僕たちの前には倒れた兵士が3人。気を失ってるのが2人、意識を保ってるのが1人。


 兵士たちはリタとアイネが見回りをしてたところを、問答無用で攻撃してきたらしい。しょうがないからリタが返り討ちにして、アイネが顔をモップでなでて気絶させた。


 1人だけ意識を残しておいたのは、向こうの情報を引き出すため。


 そして、おびえながら兵士が教えてくれたのは、


「……伯爵令嬢はくしゃくれいじょうがぬけがけして『霧の谷』を攻略しに来てる、か」


 しょうがない。追っ払おう。


 僕たちはさっき飛竜のライジカと、こんな話をしていたから。







「これは『天竜の卵輸送クエスト』ということにして欲しいのである」


 僕たちが洞穴を出る前に、ミイラ飛竜のライジカは言った。




『天竜の卵輸送クエスト』


 目的:天竜の卵を、安全な場所まで運ぶこと。


 報酬:宝石(飛竜ライジカの左眼。推定価値2万5千アルシャ。必要経費含む)


 注意点:『天竜の卵』はまわりの魔力の影響を受けやすい。なるべく環境のいいところに置くこと。




「もうひとつ頼む。まもなくわしは谷を崩して眠りにつく。それまでここを守って欲しい」


「守る? 谷に人を入れなければいいのか?」


「うむ。外に出た『天竜の卵』はまわりの魔力の影響を受ける。最後にわしが誰かを殺してしまっては、よくないものを飲み込んでしまうからの」


 なるほど。


『天竜の卵』がそういうものなら、イリスにお願いして、必要経費で別荘を1年くらい借り切った方がいいな。


 卵を置いた後、しばらく誰も近づかないように。


「あと、わしも最後は安らかに眠りたい。長年の仕事は、さすがにこたえるのである……」


 そう言ってミイラ飛竜のライジカは、身体から力を抜いた。


「わかった。あんたの数百年のブラック労働に敬意を表して」


 僕はうなずいた。


「会えてよかった。ライジカ」


「ああ。お前ら全員早く結婚しろ」





 谷を閉じるのには1時間くらいかかるらしい。


 ライジカの中から魔力の流れが谷全体に通じていて、そこから岩壁を崩壊させるんだとか。


 それまで、僕たちは谷に誰も近づけないようにすればいい。ミイラ飛竜のライジカには情報とスキルクリスタルをもらったから、それくらいの願いはかなえてあげないと。


 それに洞穴にはラフィリアのお姉さんが入ってた棺があるから。


 あれを貴族にいじくられるのはまずい気がする。研究して、古代エルフのクローン『グレイスシリーズ』とか作りそうだ。


「てなわけで。さっさと伯爵令嬢たちを追っ払うことにしよう」


『……このツンデレ主さまめ』


 背中で、魔剣のレギィがつぶやいた。


『どうせ最初から「天竜の卵」も乾物飛竜かんぶつひりゅうも助けるつもりだったのじゃろう?』


「……どうしてそう思う?」


『主さまに一番くっついてるのは我じゃもの』


 レギィは魔剣の姿のまま、くっくっくっ、って喉を鳴らした。


『主様のことじゃから「休暇中に奴隷を働かせるのは嫌だ」とか「秘宝を預かるのはみんな緊張するから大変だ」とか思ってたに違いないのじゃ』


 うっさいな正解だよ。


 魔剣レギィをつっついて黙らせて、僕は偵察の兵士に向き直った。


「ここに向かってるのは伯爵令嬢カルミリア=リギルタだっけ」


「…………そうだ」


 偵察兵はうなずいた。


「そいつは『霧の谷』でなにをするつもりなんだ?」


「…………わ、私は発言権がないのだ。だから、お嬢様を止めることはできなかった。責任はないのだ。だから……」


「それはわかったから。教えて」


「…………クラヴィス殿下に評価してもらうために、ぬけがけして谷を探りに来たのだ」


 そういえば、昨日、王子様と一緒にいたのは伯爵令嬢と、子爵令嬢だったっけ。


「つまりライバルの子爵家に遅れを取らないように、ってこと?」


 僕の問いに、兵士はひきつった顔でうなずいた。


「それでどうするつもりなんだ? 谷は五感を狂わせるんだろう?」


「損害を覚悟で奴隷を順番に送り込んで、情報を得る。可能なら魔物をできるだけ減らす」


 偵察兵の話はこうだった。


 まず最初に奴隷たちと『霧の中で敵を倒したら、主従契約を解消できるだけの報酬を与えて、自由にする』という『契約』をしておく。


 そして奴隷を4人ずつ谷に入らせる。


 彼らは自由を得るために、魔物と必死で戦うはず。


 同士討ちになろうと関係なし。とにかく王子様が入る前に、谷の魔物をできるだけ減らし、情報も手に入れる、というのが伯爵令嬢の作戦らしい。


「お願いだ。殺さないでくれ。自分には6歳を頭に12人の子供が……」


「大丈夫。殺さないから。寝てて」


 僕が言うと、アイネのモップが兵士の顔をなでた。


 偵察の兵士は気絶して、終了。


 必要な情報はもらった。


 伯爵令嬢の名前は、カルミリア=リギルタ。メテカルにいたリギルタ伯爵の子供だ。戦力は兵士24人と、奴隷12人。


 敵の目的は奴隷を次々に送り込んで、谷の情報を得ること。


 奴隷が生きて戻って来れば情報が手に入るし、最悪全滅しても、多少は魔物を減らせる。死体を見ればどんな魔物に殺されたのか予想もできる。


 飛竜のライジカは侵入者を同士討ちさせるだけで、最後には追い払ってたから、死ぬことはないはずだけど。今回はちょっと状況が違う。


 ライジカがこのまま谷を崩壊させたら、入り込んだ奴隷は全員死亡する。


 そうならなかった場合は、最悪、谷の中で奴隷同士の同士討ちがはじまる。ここにある『天竜の卵』も影響を受ける、ってことか。


「みんなにお願いがある」


 僕はセシルたちの方を見た。


 みんな戦闘準備してる。セシルは腕まくり。リタも「かかってこいや」って感じで腕を回してる。アイネとラフィリアはそれぞれの武器を構え、イリスは『奴隷召還』の後遺症で僕から離れられないので、手をにぎってこっちを見上げてる。その顔は、やる気まんまんだ。


「休日を一日ずらしていいかな?」


「いいに決まってるでしょ? これはお仕事じゃないもん。趣味だもん」


 みんなを代表して、リタが言った。


「ご主人様の望みを叶えるのは、私たちの『したいこと』だもん」


「ありがと、リタ」


 それにしても……この世界の貴族って、元の世界のブラックな雇い主そっくりだよな。


 人の話は聞かないし、無茶ぶりするし、人の迷惑考えないし。


 魔王対策は異世界召喚した来訪者に任せて、好き勝手やってる。


『働かなくても生きられるスキル』だけじゃ、平穏な生活は送れない。あいつらをチートスキルでなんとかすることも、考えた方がいい。世界全部をなんとかできなくても、僕たちのまわりだけでも。


 ──どうすれば貴族たちを抑えられる?


 たとえば、やつらが恐れるものがあればいい。


 元の世界の労基署とかハロワの代わりになるものが。貴族に対抗できそうなのは魔王だけど。そいつは辺境で勇者と戦ってるし、抑止力に使うのは危険すぎる。勇者に匹敵する存在で、賢くて、貴族たちを抑えられるような存在といえば…………。


「…………竜か」


 海竜ケルカトルは味方につけた。


 でも、あっちは海の守りで手一杯だ。他に竜といえば──


「……あのさ、天竜ブランシャルカ」


 僕は、腰の袋に入れた『天竜の卵』に触れた。


「貴族たちのブラック労働をやめさせるために、あなたの名前を借りてもいいかな?」


『天竜の卵』は応えない。ただ、ちょっとだけ、うなずくみたいに震えた。


「代わりに、あなたをちゃんと環境のいいところに置いてあげるからさ」


 また、『天竜の卵』は小さく震えた。


 納得してくれたのかどうかはわからないけど、悪い感じはしない。


 しょうがない。やってみるか。


「じゃあ、リタは偵察ていさつを頼む。先行してる兵士が他にもいるかもしれない。アイネと同行して、見つけたら眠らせて」


「わかったわ」


「アイネはリタと一緒に偵察しながら、『動体観察』で敵の動きを把握して。それと、リタのサポートも」


「はいなの」


「2人には別働隊として動いてもらう。で、特別勤務になるから、なにか報酬は……」


「ナギの時間!」


「なぁくんと一緒の時間が欲しいの」


「……この件が片づいたらね」


 いいのかなー。他になんかあげたいなー。働いてくれるからねー。


「セシルとイリスとラフィリアは僕と一緒だ」


 セシルはくっついてなきゃいけない理由があるし、イリスは『奴隷召還サモニング・スレイブ』のせいで僕から離れられない。


「それで、ラフィリアに確認だけど。さっき『ライジカ』からもらったのは『旋風防壁LV5』だったよね」


「はい。術者のまわりで小さな竜巻を起こして、飛び道具をそらす特殊魔法ですぅ。あたしがお姉さん……ガブリエラ=グレイスみたいに死んじゃわないように、防御魔法をくれました」




『旋風防壁LV5』


『竜巻』を『まわり』に『作り出す』魔法


 人間サイズの竜巻を、術者の周囲にひとつ、作り出す。


 主に接近してくる敵を押し返すことと、飛び道具を逸らすのに使う。




 これが、飛竜のライジカがくれた魔法だ。


 確かに防御には使える。でも、このままじゃ敵を追い払う役には立たない。


 今回は敵を殺すつもりはない。


 僕たちがここで大量虐殺をやらかしたら、『天竜の卵』にどんな影響がでるかわからない。孵化した天竜が、死者のうらみを受けて暗黒魔竜になっても困るし。


 そんなわけで、今回の目的は、敵に恐怖を与えて追い払うこと。


 できれば奴隷にブラック労働させようとしてる伯爵令嬢には、二度とこんなことできないようにしておきたい。


「ラフィリア。『旋風防壁』に、レベル4『再構築』を試させてくれないか」


「レベル4、ですか?」


「新しい『再構築』の方法だよ。これができれば、ラフィリアの魔法は古代語魔法と同じくらい強くなるかもしれない」


能力再構築スキル・ストラクチャー』はレベルがあがるたびに、できることが増えていく。


 レベル1は奴隷1人とのスキルの再構築。


 レベル2は2人いっしょに。


 レベル3は3本目の腕として『魔力の糸』が使えるようになった。


 そしてレベル4は奴隷の詳細がわかるようになったけど、もうひとつ、リタを調整したときに『概念レベル:最大3』って表示されてた。


 あの『概念レベル』を変化させれば、問答無用のチートスキルを作れるかもしれない。


 実験はしたけど、僕一人だけじゃ駄目だった。


 だからラフィリアの力を借りる。


「じゃあラフィリア、こっち来て」


「はいです」「わかりました。お兄ちゃん」


 僕は木陰にラフィリアを連れて行く──けど『奴隷召還』の後遺症があるから、イリスもついてくる。


「いえいえ、イリスのことは木だと思ってください。どうぞご遠慮なく。お兄ちゃんも師匠も」


 これからするのは『高速再構築クイックストラクチャー』だから、一瞬で終わるんだけど。


 そういえば調整のときもイリスが立ち会うことになるんだよな。


「大丈夫です、マスター」


 背の高い木に背中をあずけて、ラフィリアは言った。


「マスターの闇の部分も、あたしはちゃんと受け入れるです」


「闇の部分って」


「あるですよね?」


 あるけど。


 なにもかも受け止めるような笑顔で、ラフィリアは、僕の手を握った。


 そのまま「いいですよぅ」って言ったから、僕は右手でラフィリアの左胸に触れた。


 大きな胸に、ふにゃん、と、指が飲み込まれそうになる。


「……や、やっぱり、ちょっとだけ恥ずかしいですねぇ」


「だよね」


 イリス、両手で顔を押さえてるけど、指の間からこっちを見てるし。


「悪いけどイリス。ちょっと後ろを向いてて」


「いえ、それも困るのです」


「困るのかよ」


「だ、だって、次はイリスさまの番なのですよ?」


 ……いつ決まった?


「マスターは、おとめごころがわかってないのです。まだ『再構築』されていないのはイリスさまだけなのです。それに、あたしが調整されている間、イリスさまはじっとそれを見てることになるのですよぅ。それなのになにもしないなんて……イリスさま、爆発しますよ?」


「するの?」


「いたします」


 顔を押さえるのは諦めたのか、ちっちゃな胸を押さえて、何度もうなずくイリス。


「しかも、24時間はお兄ちゃんの側を離れられないので、お兄ちゃんの側で爆発いたします」


「爆発するとどうなるの?」


「それは、爆発してのお楽しみです」


 怖いこと言うな。


「だ、だから、ますたぁ。イリス……さまにも……してあげて……ですぅ」


 はぅはぅ、って、ラフィリアの息が荒くなっていく。


 膝ががくがくと震えてる。


「あ、あたしのぜんぶが、ますたーにしてもらったときのことを、おぼえてるで……あう。あたし、作られたもの、ですけど、いいですよね? ますたーのもので、いいんですよね?」


「当たり前だろ。ラフィリアは僕の奴隷なんだから」


「う、うれしい。ますたぁ、すき。すきすき×かける1200、です」


「なんで、倍数?」


「実際に言うと時間がかかりすぎるし足りないからです。あたしの中から『すきすき魔力』が……あふれそうになってる……ですよ?」


 ラフィリアの目がうつろになってきてる。


 僕は『能力再構築LV4』を起動。ラフィリアのスキルを表示させる。




『旋風防壁LV5』


『竜巻』を『まわり』に『作り出す』魔法




 僕の方は『操船LV7』を使う。エテリナ=ハースブルクの館を攻略するときに買ったやつだ。




『操船LV7』


『船』を『自由』に『操る』スキル




 概念に魔力の糸をつないでいく。


 僕は『能力再構築LV4』のウィンドウに表示された『概念レベル:最大3』の数字に触れる。


 指を、上にずらす。


 レベルをひとつ、上げる。




『概念レベル:最大4』




 ウィンドゥが、伸びた。


 具体的には、概念が4つ・・入るくらい。


 ……たぶん。これでいい。


 僕はラフィリアのスキルに、概念を2つ、つないだ。


「実行! 『高速再構築クイックストラクチャー』!!」


「────────────────────っ!!」


 びくん、びくびくん。


 ラフィリアの耳が真っ赤になる。口が半開きになって、ずるり、と背中から崩れ落ちそうになる。


 僕はラフィリアを抱き留めて、再構築したスキルを確認する。




 ラフィリアの方は、


『竜巻』を『自由』に『作りだ──』『操る』魔法




 見てる間に『作りだす』が変化していく。後ろの概念に会わせた言葉に変わる。





竜種旋風りゅうしゅせんぷうLV1』(URウルトラレア・概念レベル4・ラフィリア)


『竜巻』を『自由』に『作り出し』『操る』魔法


 自分の周囲に竜巻を作り出す。


 サイズと威力は、注いだ魔力に比例する(全力で注げば、レベル8クラスの風魔法と同等)。


 最大発生数はレベル+1。


 発生させた竜巻の回転方向は自由。また、使用者の意志で移動させることができる。




 ──できた。


 これが『能力再構築LV4』の力。4概念化だ。


 今まではスキルと魔法に、概念を3つまでしか付けられなかったけど、4つまで付けられるようになってる。


 すさまじいな。これ。


 セシルの古代語魔法には及ばないけど、レベル8クラスの威力がある。


 そして、もうひとつのスキルは。




『船』を『まわり』に──




 スキルが完成してない。


 自分の胸からスキルクリスタルを取り出すと──不安定なやわらかいかたまりになってる。




『未結晶化スキル』


 概念不足により、スキルとしての使用は不可。


 一定時間ののちに消滅。




 ……このまま消すのは、もったいないよな。


「イリス。こっち来て」


「はい! お兄ちゃん。待ってました!」


 イリスは僕に背中を向けて、腕の中に、ちょこん、と収まる。


 何度もくっついてるけど、相変わらずちっちゃい。細い。下手に触れたら、こわれちゃうんじゃないかって思うくらい。


「イリスはもう準備できてます。これ以上待たせたら、爆発いたします」


「『海竜の巫女』の爆発か」


 すごいことになりそうだ。


「はい。『ぶれいこう』ですから。朝も昼も夜も、ごはんのときもお風呂のときも、お兄ちゃんべったりになってしまいます。日常生活が送れないくらいになりましょう。ね、師匠?」


「はいぃ」


 木に寄りかかってるラフィリアが、真っ赤な顔でうなずいた。


 身体がまだびくびくしてる。


「イリスさまが爆発するとどうなるか、あたしは知っているのですぅ」


「どうなるの?」


「「爆発してのお楽しみです」」


 イリスとラフィリアが声をそろえた。


 なんだか、見てみたくなってきた。


「でも、今はイリスを『4概念チートキャラ』にするのが先だ。いいな? イリス」


「……はい。イリスのすべて……見て欲しいです。お兄ちゃん」


 イリスは僕の手を掴んで、服の襟元から胸元へと導いた。


「スキル開示。イリス=ハフェウメア」


 僕はイリスのスキルを表示させる。




・イリス=ハフェウメア


『竜種共感LV4(ロックスキル)』『竜の血LV4(ロックスキル)』


『護身術LV3』『記憶術LV6』『戦術LV8』『妄想LV9』




 イリスは竜関係のスキルと、知識系のスキルが多い。


 竜関係のスキルには手を出さない方がいいな。


 巫女の能力をなくすかもしれないし、イリスを根本から変えちゃう可能性がある。


「……おにいちゃんは、イリスが恥ずかしい声を出しても、きらいになりませんか?」


「なるわけないだろ」


「はじめてですから、身体が勝手にびっくりするかもしれません。でも、イリスの心は、お兄ちゃんを完全に受け入れています。わかってくださいますよね」


「わかってる。だいじょぶだ」


「あとで『調整』していただくときに、いけない気分になったら」


「そのときは……そのときかな」


「はい。そのときは、そのときです」


 イリスは僕を見上げながら、不敵な顔で笑った。


 緑色の髪をなでると、子猫みたいに目を閉じる。


「『能力再構築LV4』。イリスの『妄想もうそうLV9』を再構築する」


「…………っ」


 びくん、と、イリスの細い背中が反応した。


 両手で胸を押さえたイリスは、くすぐったそうに身をよじってる。


 襟元から見える胸元も、首筋も、真っ赤に上気してる。


「『妄想LV9』を概念化」


「……見られちゃって、います」


 切なそうにのどを逸らして、イリスが僕を見た。


「……イリスの、ぜんぶ…………お兄ちゃんに……はぅ」


 イリスのスキルを『能力再構築LV4』に乗せて、概念を表示させる。




『妄想LV9』


『イメージ』を『頭の中』に『浮かべる』スキル




 ……スキルになるほどの妄想力か。すごいなー。


 その力は海竜の聖域でイリスと『意識共有』した時に見せてもらったんだけど。イリスのことだから『再構築』に使っても、すぐにこのスキルは復活しそうだ。


 これと『船』を『まわりに』──、を組み合わせて……いけるか?


 どっちと組み合わせればいい?


 イリスに負担はかからないか?


 失敗したらスキルはどうなるのか……迷うな。


「あの……お、お兄ちゃん」


「ん?」


「指……うごいてます……お仕事の前ですから……いけない気分になってしまうのは……ちょっと」


「…………ごめん」


 考え事するときの癖が出てた。元の世界では、考えながらキーボードいじってたから。


「イリスの『妄想LV9』を再構築する。たぶん、イリスならこのスキルはすぐに復活するし、イリスの中二病を活かしたスキルになるはずだ」


「イリスは……お兄ちゃんのお役に立てれば、なんでもかまいません」


 甘えるみたいに、僕の腕にほっぺたをこすりつけるイリス。


「お兄ちゃんが優しい生活を望んでも、優しい世界を望んでも、イリスはそばにおりますから」


「わかった。ありがと、イリス」


 僕は『魔力の糸』を、イリスのスキルに結びつける。


 頭の中で結果をシミュレートする。うん。いけそうだ。たぶん、今回のクエストにぴったりのスキルになる。


「……いいですよ。お兄ちゃん。イリスの中に、お兄ちゃんを…………ください」


「了解。実行『高速再構築クイックストラクチャー』!!」


 イリスの小さな身体が、びくん、と跳ねた。文字通り。


 大きな目を見開いて。ちょっぴり涙をためて。


「あぅ…………あ、あ。は…………イリスの背中…………すごいのが……あ、あああああっ!」


 ちっちゃな胸が、僕の手を押し返してくる。


 イリスの身体がびくん、びくん、って震えてる。止まらない。こわれちゃうんじゃないかって思うくらい。いつもの『高速再構築』と違う。魔力がイリスの中を突っついてるのがわかる。どこで魔力が動いてるのかわかるのか、イリスが足の付け根を押さえてる。そして、僕の腕にちがみついて、ずる……って崩れ落ちそうになり、イリスの全身から力が抜けた。


 汗ばんだ胸を押さえて、イリスは唇をかんで、僕を見上げた。


「────お、おにいちゃ……ん…………すごい……こんなの……イリスだけ……知らなかったの……ずるい…………」


 ドレスの布越しに、僕の手を押さえるイリス。


 心臓が、ばくんばくん言ってる。イリスは膝をこすりあわせて、口をはんびらきにして、荒い息をついてる。


「…………イリスを、あとでちゃんと『調整』してくださいね、お兄ちゃん」


「それは任せて。イリスをこわさないように、きっちり調整する」


「…………おにいちゃんになら、こわされてもいいですけど」


 そういうこと言わない。


 でも、2人の反応はいつもの『高速再構築』と違ってた。


 4概念になって、変化したのかもしれない。2人をあとで調整するとき、ゆっくり調べてみよう。


「……お兄ちゃんも、師匠も、今日は一日ずっと、一緒です」


 そう言ってイリスは、僕の胸に頭を押しつけた。


「すぐそこにいる『天竜の卵』さんが証人ですよ。ね?」


「わかってる。奴隷との約束は守るから」


 だから、さっさと仕事を片付けて家に帰ろう。


 ラフィリアの『竜種旋風LV1』と、イリスの『4概念』チートスキルを使って。




『幻想空間LV1』(UR・概念レベル4・イリス)


『イメージ』を『頭の中』と『まわり』に『浮かべる』スキル




『頭の中』のあとの『に』が『と』に変化してる。




『幻想空間LV1』


 頭の中に浮かんだイメージを、周囲の空間に映し出すことができる。


 実体はないが、見た目、質感ともに現実と区別がつかない。リアルな音を出すこともできる。臨場感あふれる立体映像といったところ。


 実体がない分だけ、魔力の消費量が少なく、効果範囲は周囲数十メートル。


 映像と現実の物体が重なり合った場合、映像の方が優先される。


 つまり、周囲の空間をある意味書き換えるスキルともいえる。




「素晴らしいスキルです。お兄ちゃん……これで、イリスは……」


「悪用禁止な」


「…………どうしてお兄ちゃんはイリスの頭の中を読んでしまいますか?」


「わかりやすいからな、イリスは」


 すっごいにやにやしてるし。


「幻想の僕を周囲にはべらせるとかしたら没収な」


「…………お兄ちゃんのいじわる」


 イリスは、ふぅ、とほっぺたをふくらませた。


 これで準備はできた。


 あとはラフィリアとイリスのスキルを使って、兵士たちを追い払うだけだ。


 鍵になるのは『霧の中で魔物を倒したら、奴隷の主従契約を解消する』っていう、伯爵令嬢が出してる『契約』だ。それを利用することにしよう。


 僕はラフィリアとイリスの手を掴んで、立たせた。


 ついでに、袋に入ったままの『天竜の卵』に触れる。魔力を発してるのか、触れるとじんじんして、あったかい。


 僕たちは『天竜の卵』を預かってる身だし、『天竜の同行者』を名乗っても間違いじゃないよな。


 代わりに……お前をちゃんと安全なところまで運ぶから。いいよな。


 僕は言うと、応えるみたいに山の上から風が吹いてきた。


 ざざざ、と、木々が揺れて、すごい音を立てていったから。




『………………は…………ぃ………………』





 そのとき、かすかな声が響いていたことを僕たちが知るのは、ずっと先のことになるのだった。




──────────────────



能力再構築スキル・ストラクチャーLV4』4概念化。


スキルの概念を4つまで増やすことができる能力。

レベル4になって増えたもので、これで『概念レベル』を4まで上げることで『能力再構築』でも『高速再構築』でも、4概念のチートスキルを作り出すことができる。

『と』『に』『で』などの助詞は、前後の概念に合わせて変化する。また『概念』の語尾も、後ろの『概念』に合わせて変化することがある。

『概念』が2つになったスキルは、そのまま別のスキルに組み合わせることができるが、時間が経つとかたちを保てなくなって消えてしまう。すごくもったいない。

前後の『概念』がかみあわない場合どうなるかは、今のところ不明です。


4概念化によって、さらなるチートスキルが作れるようになりました。

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