第83話「『霧の谷』の秘宝を持ち帰りますか? はい/いいえ」

「古き血を引く方々と、そのご主人様にごあいさついたします」


 ミイラ化した飛竜は言った。


 体長は数メートル。身体の鱗はぜんぶはがれ落ちて、ひからびた肉が骨に張り付いてる。眼球もなくて、うつろな眼窩がんかに赤い光が灯ってるだけ。


 見た目は完全に死体だけど、口がかすかに動いてる。アンデッドの一種か。


 お腹の下には小さな宝箱を抱えてる。しっぽの方は洞穴と一体化してる。顔の赤い光が点滅すると、空気がかすかに動き出す。あのミイラ飛竜が魔力で『霧』をコントロールしてるのかもしれない。


 ゲームだったら、ダンジョンのボス。あるいは遺跡を守ってる管理人、ってところか。


 自分で『守人もりびと』って名乗ってたし。


「あなたは、人の言葉がわかるのか?」


「数百年は生きて──存在しているゆえに。天竜さまは人の姿にもなることができた。その側近ともなれば、人の言葉くらい話せて当然であろう」


「人の姿に?」


「いかにも」


「真っ白で、プラチナブロンドで──目は」


「大いなる翼を持って舞う、大空と同じ色をしていた」


『ご挨拶する白い人』と同じだ。


 ってことは、あれが『天竜のブランシャルカの残留思念』ってことで間違いなさそうだ。


 勢いだけでここまで来ちゃったけど、重要なのはこれからだ。


 僕たちは『霧の谷』を突破した。チートスキルのおかげで楽勝だったけど、まともにやってたら、全滅するか戦闘不能で帰還ってレベルだった。


 そもそも視界が効かない上に、五感をゆがめられた仲間が襲ってくるって、ハードモードにもほどがある。


 それをクリアしたってことは、ゲームだったらここで「よくぞ我が試練を乗り越えた」って言われて、イベントアイテムを渡されるか、重要なフラグを立てられてもおかしくない。


 その場合、どうやって回避して・・・・情報だけもらって帰るか、だ。


「まずはセシル、『古代エルダーエルフ』のことを教えて」


「は、はい。ナギさま」





古代エルダーエルフ』


 エルフの元になった存在。


 人間よりも、神や精霊に近い存在といわれる。


 魔法の力が強く、さまざまな技術を持っていたが、その分繁殖力が弱く、個体数も少なかった。


 また、責任感が強く、いつも未来がどうなるかを予測しては心配して、あらゆる不幸を回避するために必死で働いていた。具体的には遺跡を作ったり、アーティファクトを作ったり。休む間もないくらいだったという。


 そのせいか、魔族よりも早くに自然消滅した。


 最後の個体が確認されたのは、数百年前。


 なお、この世界に遺跡や遺物があったら、それは魔族か『古代エルフ』の仕業だと思った方がいい。


 いまのエルフは力を弱める代わりに繁殖力と生命力を高めた、古代エルフの進化型である。





「つまり『古代エルフ』半神半人のような存在だったってことか」


 いきなりそんな名前で呼ばれたら、ラフィリアも驚くよな。


 ラフィリア、硬直しちゃってる。イリスが必死で手を引っ張ってるけど、反応がない。


 ここはさっさと情報を手に入れて、すっきりさせた方がいいな。


 僕はミイラ飛竜の方を見た。


 死体だから、表情はかわらない。目のあったあたりに、赤い光がともってるだけ。


 問題は、この飛竜の情報が正しいかどうか、なんだけど。


「突然、失礼します。僕たちは旅の冒険者です。記憶をなくした仲間のために、ここに来ました」


「……わしは、守人もりびと。名前は忘れた。この地にありて天竜の秘宝を守っている、ただのアンデッドであるよ」


「……やっぱりイベントアイテムを守ってるやつか」


「なんの話であるか?」


「いえいえ神聖な場所に土足で踏み込んでごめんなさい」


「『霧の谷』を開いたのはそれなりの理由がある。天竜さまも許されるであろう」


「まるでここ、墓所みたいですね」


「なぜそう思う?」


「外にあった竜のかたちをした岩は墓石の代わりで、霧は無用のものを寄せ付けないため。そこに飛竜の死体……しゃべる奴があったら、墓所以外に考えられないでしょう? 常識的に」


 こっちの世界でも、元の世界でも、貴人の墓所ってのはそういうものだから。


 ピラミッドとか、古墳とか。


 死者の偉大さを示すモニュメントは残すけど、うかつに近寄れないような仕掛けもしてある。そういうネタをゲームとかにも使ってたから、そのあたりは詳しい。ちなみに資料は図書館で調べた。異世界の竜が、僕の世界と同じことをしてるかどうかはわからないけど。


「お前の常識はわからぬが、鋭いな。『古き血』の主よ」


 正解みたいだ。


「ここは『天竜ブランシャルカ』さまの墓所。かの偉大なお方の死を悼み『古代エルフ』と『魔族』が作った墓所である。わしはここの守人。魔力で谷とつながり、霧の中を見通すことができる。そういう役目を、わしはずっと果たしてきた」


 やっぱり、こいつは『霧の谷』の管理人か。


 元の世界だと数百年で、その国のことも王様のことも忘れちゃうけど、こっちの世界には長寿命な生物や魔法があるから。それで管理人が生き残ってる、ってこともあるわけだ。


 便利だな。魔法って。


「ひさしぶりに痛快な気分である。『古き血』と、信じ合うあるじの姿を見ることもできた。霧を突破してめぐりあう信頼感。谷の入り口でのくちづけ。すみやかに仲間を見分けるその技。すべて、適格者の証である」


 ミイラ飛竜の顔にある赤い光が、大きくなった。こっちを見てる。


 この流れは……まずい。


「天竜の秘宝について教えてやろう。ここまで来たお主らにはその資格が──」


「すいません急いでるんで仲間の話を解決させて」


「わしはここにあって、いつか適格者が現れたときに──」


「この『霧』は人を惑わせるもの。信頼があれば通り抜けられる、ですよね?」


「ん? まぁ、そうじゃ。らぶらぶ最高である。だが今はわしの話を──」


「信頼し合うのが重要なんですよね? だったら、仲間の不安を解消するのが先ですよね?」


「いや、だから、秘宝というのは──」


「違うんですか? 僕の仲間の不安は後回しですか? へー。残念だなー。残留思念でていねいなあいさつをしてくれた天竜さまの配下が、奴隷の悩みを後回しにするようなブラックな方だったなんて。

 がっかりだー。天竜さまはもっと心の優しい方だと思って訪ねてきたのに。いやー、すごく残念」


「……………………話を聞こうか」


 よし。フラグ回避成功。


 イベントアイテム譲渡フラグはたたき折らせてもらう。


『天竜の秘宝』って名前だけでも、魔王や世界の命運が関わってる気配がするし。


「あなたは今、この子を『古代エルフ』って呼んだよな」


 僕はラフィリアの肩をつかんで、前に出した。


 ミイラ飛竜は天竜の関係者で、今のところ僕たちに敵対しようとはしてない。


 海竜ケルカトルも、昨日会った飛竜も、そこそこ話が通じる相手だった。


 竜の関係者の話は信じてもいいかもしれない。もちろん、あとで情報の検証はするけど。


「あたし、そうなんですか?」


「いかにも」


「ついにあたしの時代が来たです!」


 ミイラ飛竜の言葉に、ラフィリアは、ぐっ、と拳をにぎりしめた。


「やっぱり、あたしは歴史に残る存在だったんですね! 謎のスキルを持つ、記憶のない美少女といえば、高貴な秘密を持つって相場が決まってるです」


 だから自分で美少女言うな。


「でも、まさかあたしが『古代エルダーエルフ』とはびっくりです! なるほどー。自分でもあたし、ただものじゃないって思ってたんですよぅ。そうですか。あたし『古代エルフ』なんですねー。古の種族の──」




「そうだ。お前は『古代エルフ』によって作られた、彼らのレプリカ・・・・・・・であろう」




「…………え」


 盛り上がってたラフィリアが、ぴき、と硬直した。


 僕もセシルも、イリスも、目が点になった。


 レプリカ? なにそれ。


「オリジナルの『古代エルフ』は数百年前に絶滅した。残っておるのであれば、それは奴らが作りだしたレプリカに違いあるまい」


 ミイラ飛竜は語り始めた。





『古代エルフ』は繁殖力が弱く、個体数が減るばかりだったってのは、セシルが教えてくれた通り。


 自分たちの数が減りすぎたことに気づいた彼らは、知識や技術を残すために、自分たちのレプリカを作り出した。彼らは魔族とは違い、魔力を利用したアイテムやアーティファクトの作成を得意としていたから、種族の知識を集めれば、それくらいのことはできた。


 そしてできあがったのは、『古代エルフ』そっくりの複製品。いわゆるホムンクルス。


 知識も能力も、オリジナルには劣るけど、代わりに古代の知識や、今は残っていないスキルがインストールされた。


 数は数体──ミイラ飛竜も、正確な数は知らないらしい。10を越えることはなかったはず。


 作られた『複製品』たちは、時代ごとに目覚めるように設定されて、世界の各地に隠された。


 ラフィリアも、そのうちの1人。


『霧の谷』ができた時、古代エルフも関わっていたから、おそらくはその時の記憶が残っているのだろう──ミイラ飛竜はそう言って、話をしめくくった。





「そうか、お主の中には『不運を引き寄せるスキル』があったのか」


 ラフィリアの事情を少しだけ聞いたミイラ飛竜は、ひからびた頭でうなずいた。


「『古代エルフ』はむやみやたらに悲観的な種族であったからなぁ。世界の行く末を憂えておったよ。魔王の出現まで予測しておったからのぅ。不幸を自分たちの『複製品』に引き寄せることで世界を救う……そういうことも考えておったのじゃろうなぁ……」


「でも、あたしには……英雄の冒険物語を聞いてた記憶と、なにかを守ってた記憶があるです……」


 ラフィリアは、ぼんやりとつぶやいた。


「それはおそらく、作られている間の記憶であろう。お前に、世界を守る役目を植え付けるための」


 ミイラ飛竜は、当たり前のように言った。


 ラフィリアは『古代エルフ』の複製品で、作られたもの。


 小さいころに英雄物語を聞かされた記憶も、なにかを守ってた記憶も、不幸を引きつけて、世界を守るという役目を果たしやすくするためのもの──って。


 最悪だ。なに考えてんだ『古代エルフ』


 そんなもの自分の複製品に押しつけんな。


「……なにが伝説の種族だよ。ただのブラック種族じゃねぇか」


「『複製品』とはひとつの役目に特化されたものでなぁ。様々なスキルがインストールされておった。そやつくらいの年齢まで成長させてから、専用の棺で眠らせ、時が来たら目覚める。そういうものであったよ……」


「あんたは、なんでそんなに詳しいんだ?」


「ここにも一体おったからであるよ」


 そう言って、ミイラ飛竜はひからびた翼を挙げた。


 洞窟の奥に、銀色の棺があった。蓋は開いていて、中身はからっぽ。表面にはほこりがつもってる。


「『霧の谷』に『古代エルフ』も関わっていたと言ったであろう。彼らはここにもレプリカをひとつ残していったのである。そやつは数十年前に目覚め、『霧の谷』の調整をして、役目を果たしたあとは旅にでかけたのであるよ。世界を守る研究をしたいとか、言っておったが」


「その子の名前は──」


 聞かなくてもわかった。


 棺に、名前が彫ってある。


『ガブリエラ=グレイス』


 ──それが、ここにいた『古代エルフ複製品』の名前だ。


 確定だった。


 ファミリーネームが、ラフィリアと同じだ。


 それに、イルガファで出会った『エルダースライム』の話とも一致する。


 あいつは言ってた。ラフィリアは自分を作ったエルフによく似てる、って。それがラフィリアと同じ『古代エルダーエルフ』のレプリカなら理屈が通る。


「……マスター」


 ラフィリアは泣きそうな目で、僕を見てた。


「なんとなくですけど……わかりました。ミイラ飛竜さんの言ってることは正しいです」


「ラフィリア……」


「欠けてた記憶が、ぴた、っとかみあった感じです。わかるんです。ここは、天竜のお墓だってことも。天竜が、長い長い時間をかけて、新たに生まれ変わるための場所だってことも……」


「天竜の、生まれ変わりの場?」


「時が来るまで誰も入れないように封印して、開くと、『惑わしの霧』が谷を満たすようになってるんです。飛竜さんの名前もわかります。赤い飛竜『ライジカ』さん。でも、あたしの記憶にあるのはそれだけ……」


 ラフィリアはがくん、と膝をついた。


「あたし自身の記憶がないなんて、当たり前だったんです。あたし、最初からこの姿で作られたんですから。どこかに封印されてて、さまよいでて……拾われて。はじめから『不運招来』で世界の不幸を自分に集める人柱の役目をになってたんです。

 そっか……あたし……作られたものだったんですね……」


 ラフィリアは両手で顔を覆って、それから──




「よかったですぅ」




 って、にぱー、って感じで笑った。


 ──え? なんで!?


「いやー、これですっきりしましたー。そーですか、あたし、作られたものなんですね。ってことは、過去のしがらみもないまっさらなあたしで、誰の手も触れてなくて、マスターのものになるのに何の心配もないってことですよねー。いやぁ、よかったですぅ」


 強がり……じゃないよな。


 ラフィリア、胸をたゆんたゆん揺らして飛び跳ねてるし。


 え、いいの? ホムンクルスみたいなものなんだよね。ショックじゃないの?


「え? だって、マスターは、あたしが『作られたもの』だと嫌ですかぁ?」


 ホムンクルス。人造人間。古代エルフのレプリカ。


 今はなき記憶を少しだけ受け継いだ少女、ラフィリア=グレイス。


 それって……


「……かっこいい?」


「ですよねぇー」


「それに『古代エルフ』も『レプリカ』も、全部この世界のひとたちの都合だよな。僕は別の世界から来てるから関係ない。ラフィリアが僕の奴隷なのは間違いないし、みんなも別に気にしないだろうし」


「はい。気になりません」と、セシル。


「師匠は師匠です」と、イリス。


「そんなこと言ったら、わたしは魔族の生き残りですから」


「それを言うなら、イリスは竜の血をはんぱに受け継いだものでしょう?」


「むしろ親近感しか感じません」


「前よりも師匠が好きになりました」


「「ですよねーっ」」


 両手を重ねて、声を揃えるちっちゃい組ふたり。


 つまり、ラフィリアの正体がわかっても、なにも変わらない。すっきりして、終わり。


 それだけのことだった。


「ラフィリアさんは、これからも一緒です」


「師匠も皆さんと一緒に、お兄ちゃんのために」


「「「奴隷として働くのですーっ。おーっ!」」」


 セシルとイリスとラフィリアは手を握り合い、高々とかかげた。


 話がまとまったらしい。


「というわけでマスター。これからもよろしくお願いするです」


「うん。ラフィリアの伝承記憶も、これからの冒険に使わせてもらうから」


「どうぞどうぞ」


 照れたみたいにピンク色の髪を掻くラフィリア。


「あたしのすべてを、マスターとみなさんの生活のために使ってください!」


「わかった。それじゃ、用も済んだし帰ろう。リタとアイネも待ってるから」


『霧の谷』の攻略は終わり。宝石も手に入った。これ、いくらで売れるんだろう。


 レティシアと合流してから、裏のルートで処分してもらおう。それまで現金化はお預けだ。


「ミイラ飛竜……『ライジカ』だっけ。情報をくれたことには感謝する。おかげでパーティの不安がひとつ消えた。あなたの親切のことは忘れません。ありがとう」


「ありがとうですぅ」「感謝いたします」「ありがとうございましたっ!」


 僕たちは4人並んで、ミイラ飛竜の『ライジカ』さんに一礼。


 そして彼に背中を向ける。そっか、ラフィリアは『古代エルフ』ってものが作った、ホムンクルスだったのか。でも、関係ないよな。今のラフィリアは僕の奴隷なんだから。昔のことは昔のことだ。ラフィリアもみんなと同じで、過去のしがらみはない。なにも背負ってないってことがわかった。うん、すっきりした。


 前向きになんかならなくてもいいけど、過去に足を引っ張られるのは嫌だからね。


 ありがとうミイラ飛竜。そして、さようなら。


 あなたのことは忘れない──




「待つのである──────────────────っ!!」




 ぶぉ。


 洞穴の出口から風が押し寄せてきた。


「お主らはいったいなにをしに来た!?」


「最初に言っただろ、仲間の記憶の手かがりをさがしに来たんだ」


 振り返ると、飛竜が怒ってた。正確には目のあたりが真っ赤に光ってた。


「一方的に情報を得て帰るのは対等にあらず。それなりの対価を──」


「王国の王子様が、この谷の攻略をめざしてる。配下を引き連れて、もうすぐやってくるはずだ。そいつに秘宝を渡す気がないなら、防御を固めておいた方がいい」


「…………う」


「配下には伯爵家と子爵家の令嬢がついてる。見た感じ、正妻の座を争ってるみたいだ。追い払うなら、そいつらを争わせるって手がある。あんたは『天竜の秘宝』を守ってるんだろ? その使命を果たすのに、この情報は役に立つはずだ。対価としては十分だと思うけど?」


「あ、ああ。確かに」


「じゃあ、もう帰ってもいいよね?」


 ミイラ飛竜の頭で赤い光が点滅してる。なんか企んでたっぽい。


 僕たちはあくまでラフィリアの記憶を探しに来ただけで、秘宝を取りにきたわけじゃない。お願いを聞かないなら宝石を置いて行けっていうなら置いてく。そこまで必要なものでもないから。


「あんたと話せてよかった。ミイラ飛竜『ライジカ』。じゃあね」


「わ、わ、わかったのである! 秘宝を渡す! 無条件で持って行ってよい! いや、むしろ持っていってくれえええ!」


 ぎぎぎ、と、ミイラ飛竜の顎がかすかに動いた。


「お願いである。天竜の秘宝を渡すなら『古き血』に勝るものはない。ただ持っているだけでいい。あるいは、天竜が落ちた場所の近くに隠してくれるだけでもいいのだ」


「他の冒険者に頼んでもいいと思うけど」


「王家に献上されたらどうするのだ?」


「僕たちがそうするって考えないのか?」


「お前たちがそういう者なら、『王家に気をつけろ』などとは言うまい。また『古き血』を奴隷にしている者が、王家に関わりを持ちたがるとも思えぬし」


「……鋭いな」


 さすが、数百年を生きたミイラ飛竜。


「それに、王家が谷を狙っていることは、最近ここに来た冒険者たちの話を聞いて知っていた。王家の者に秘宝をわたすとろくなことにならない。奴らは昔から、用もないのに竜を退治に来たり、禁断の魔法を編み出したり、異界の門を開いたり……無用なことばかりしてきたのである……」


 まぁ、そうなんだけど。


 あの王様の関係者に天竜の秘宝なんか渡したら、なにが起こるかわからないってのはあるんだ。


 でもなぁ。天竜の秘宝なんて、国家レベルでやばそうなアイテムなんだよな。


「それで、天竜の秘宝の正体は?」


「『天竜ブランシャルカの卵』」


 世界レベルでやばそうなアイテムだった。


「天竜は死ぬ前に、この谷に卵を残していった。時が経ち、天と地の魔力を吸収して、卵が孵化寸前の状態になるまで、わしに管理を命じたのだ。そして孵化が近づいた今、谷を開き、信用できるものを招き入れることにしたのである……」


「つまり、あんたは天竜にここでひたすら管理の仕事を任せられてたってことか」


「まぁの」


「天竜もろくなやつじゃないな」


 数百年、卵の守りを命じるなんてどう考えてもブラックだ。


「いや。生前よりわしは人間が愛し合うところと、疑心暗鬼になって同士討ちするのを見るのが大好きじゃったから、よろこんでこの使命に志願したのじゃが」


「そうなんだ……」


 同情して損した。


「見よ……これが『天竜の卵』である……」


 ずるり、と、ミイラ飛竜の身体が、宝箱から落ちた。


 奴が封じていた箱が、ゆっくりと開いていく。


 中に入っていたのは、ちょうど手のひらに載るくらいのサイズの、純白の球体だった。


 きれいだった。


 表面がかすかに光って、鼓動してる。


「孵化するまで守ってくれればよい。報酬は、その卵の殻である。上質の魔力の結晶体ゆえ、使うもよし、売るもよし。家ひとつが買えるくらいの価値はあるであろう」


 そう言ったミイラ飛竜はもう首がもげてて、上下逆になった頭がぎしぎしと喋ってる状態。


 アンデッドとはいえ、そろそろ限界なのか。


「役目を終えれば、わしは安らかに眠ることができる。この谷を閉じて、永遠の眠りに着くとしよう」


「質問してもいいか?」


「なんなりと」


「まず最初に言っておくけど『契約』はしない。この件で僕たちが縛られることはない」


「しかり。わしはお主らを拘束しない」


「卵はどんな条件で孵化する? 孵化したあと、巨大な天竜が出てくるのか?」


「天竜は天地の魔力を吸収して孵化する。場所は、己が死んだ場所が一番相性がいい。魔法実験都市か、保養地にでも置いておけばよかろう。


 孵化までの期間は不定。数週間から1年といったところであろう。孵化した天竜はせいぜい人間くらいの大きさである。生命力は強いゆえ、単独で生きていくこともできるである」


「僕たちがいきなりおそわれたりはしない?」


「天竜が人間やデミヒューマンを襲うものか。ふざけるな」


「悪かった」


「天竜は人間が好きでさびしんぼである。お主らに残留思念が言葉を伝えたことからわかるであろう?」


「もうひとつ。『天竜の卵』の魔力が誰かに探知される可能性は?」


「ない。そんなことができるなら、竜はとっくに死滅しておるわ」


「なるほど……セシル。『魔力探知』を」


 僕は目の前にいるセシルの肩に手を乗せた。


 セシルは手を挙げ、『竜の卵』を見つめて、首を横に振った。


「魔力をぼんやり感じます。わたしでも『ぼんやり』です。竜のものかどうかはわかりません」


「わかった。それで『ライジカ』にもうひとつ質問だけど、秘宝を僕らに渡したら、あんたはどうなる?」


「谷を崩して眠りに着くよ。わしの子孫が生き残っていることも知ったゆえ、心残りはない」


 ちょっとケンカっぱやくて、すぐに人間に挑戦したがるのが悪いくせだが、と言って、ライジカは笑った。


「最後に、いいかな」


「なんでも聞くのである」


「あんたはどうして、僕をそこまで信用してくれるんだ?」


 最初から、不思議に思ってた。


 ここが天竜の墓所で、こいつがその守人なら『古き血』を引くセシルたちを信用するのはわかる。でもこいつは、みんなを奴隷化してる僕とも普通に話してた。質問にも答えてくれた。その理由がわからない。


「この『霧の谷』はおたがいの信頼を試す場所と言ったのである。そういう相手でなければ、天竜の卵など託せない。お主らはそれに合格した。それだけである」


「最初にここを攻略した、新婚カップルみたいに?」


「あやつらは生活に困っていたゆえ、内緒で宝石を差し上げた。具体的には結晶化したわしの片目であるが。愛し合うものを見るのはいいものじゃ。らぶらぶ最高じゃ」


「でも、僕はみんなを奴隷にしてるけど」


「奴隷といっても、どうせ同意の上であろうが」


「どうしてわかる?」


「『竜の血』はお主の背中にぴったりとくっついておるし、『古代エルフレプリカ』はお主の腕に抱きついておるし、『魔族』はわしが敵対したときのために前に立っておるであろう。これで奴隷とは片腹痛い。いいからお前らさっさと結婚しろ」


『魂約』はしてるけど。


「さて、こちらも聞くが、仮に天竜の卵が王家の者共にわたったばあい、お主等はどうする? 奴らが天竜さまを孵化させ、実験に使い、最終的に兵器に変えてしまったらどうする? 王家には得体の知れない魔法があると聞く。生まれたての天竜さまを使い魔にしてしまうこともあるかもしれぬぞ?」


 それを言われると弱いな。僕もその可能性は考えてたから。


 王様は異世界から来訪者を呼び出す魔法を知っている。同レベルの魔法やチートスキルなら、この『霧の谷』を突破できるかもしれない。


 そしてあの王様の身内が天竜の卵なんか手に入れたら……絶対、なにかの実験台に使いそうだ。


 魔王対策の道具にするか、来訪者のような兵器にするか。


 もしそれでこの大陸で戦乱が起こったら、僕たちは……。


「別の大陸に引っ越す」


「そう来たか」


「それくらいしか思いつかない」


 セシル、リタ、アイネ、イリス、ラフィリアがついてきてくれれば、知らない大陸でも生きていける。


 ただ、コストはかかる。あと、落ち着かないって問題がある。


 レティシアがくれた家も失う。その上、後味も悪い。この大陸には、少ないけど知り合いがいるから。僕も、奴隷のみんなも。


 それと天竜の卵をこっそり持ち歩くリスクを比べると……。


「…………………………はぁ」


 ……しょうがないなぁ。


 小さな卵を持ち歩いて、天竜が死んだ場所の近くに置けばいいんだよな? それだけでいいんだよね?


 つまり、僕たちは卵を運ぶだけ。いつ孵化するかは不明だし、そこまで責任は持てない。


 それにミイラ飛竜さんにはラフィリアの情報をもらってるから。借りは返した方がすっきりする。


「わかった。僕たちはここから『天竜の卵』を持ち出し、安全な場所に置いておく。それだけでいいなら」


「感謝する」


 地面の上で、ミイラ飛竜がうなずいた。


 僕は宝箱の中から、銀色の卵を拾い上げた。この中に天竜のひなが入ってるのか。


 さっさと持って帰って、別荘の下に隠しとこう。


「情報提供を感謝するよ、ミイラ飛竜のライジカ」


「こちらも。懐かしい顔を見られたことに感謝する。

 それと、『古代エルフのレプリカ』よ。ここへ」


「はい?」


「顔をもう一度見せておくれ」


「こんな顔でよかったら、いいですよぅ」


 ラフィリアはしゃがんで、地面に転がるミイラ飛竜に顔を近づけた。


「お主は、幸せか?」


「さっきまでちょっぴり不安でしたけど、今は幸せです」


「そうか。ならば、これを持って行くのがよい」


 そう言ってミイラ飛竜は翼を動かして、宝箱の横から、なにかを掻き出した。


 小さな水晶玉──スキルクリスタルだ。


「ひとつはお主に、ひとつはお主の主人に。『天竜の卵』を預かってもらう代償である」


「……こんなに親切にしてもらったの、マスターとお仲間の他には初めてですよ?」


「わしの心残りの解消でもある。引き留めればよかったのである。ここにいた、あれを」


 ミイラ飛竜の目玉のない頭が、洞穴の奥にある棺を見た。


 ここにいたあれ……ラフィリアと同じ『古代エルフ』のレプリカのことか。


「ガブリエラ=グレイスは、その能力を権力者に利用されて死んだそうじゃ。お主はそうならぬようにせよ」


「大丈夫ですよぅ」


 ラフィリアは、とん、と、胸をたたいた。


「あたしは、マスターや他の奴隷のみなさんと、仲良しになることしか考えてませんから」


「もういいからお前ら全員結婚しろ」


 そう言ってミイラ飛竜のライジカは、ひからびた翼を揺らしたのだった。







 帰り道は楽だった。


『天竜の卵』の効果なのか、僕たちは『惑わしの霧』の影響を受けなかった。


 街道を歩くみたいにまっすぐ、谷を通り抜け──


「おかえり、なぁくん。リタさんは偵察に行ってるの」


 外に出ると、アイネがひとりで僕たちを待っていた。


「貴族の兵士さんたちが近づいてるの。リタさんと合流して、大急ぎで帰らないとあぶないの」




 いつもよりちょっとだけ慌てた声で、アイネは言ったのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る