第82話「チート嫁軍団による、やさしい『霧の谷』攻略法」

『霧の谷』までは、徒歩で半日弱。


 山道で馬車が使えないから、馬たちは商人さんに預けてきた。


 リタの『気配察知』とセシルの『魔力探知』を一定距離ごとに発動しながら、人や魔物、魔法によるトラップがないか注意しながら進んでいく。


 道はラフィリアの記憶と、ギルドの記録を照らし合わせながら。両方のデータはほぼ一致してる。逆にラフィリアの記憶の方が正確なくらいだ。


 新婚夫婦が見つけたのは獣道から入り込むルートで、ラフィリアの記憶には忘れられた正式なルートがあった。おかげで慣れない山道でもスムーズに進めたんだけど──


『霧の谷』の入り口には、巨大な鉄の柵が設置されていた。


「……空気読まない冒険者が入らないように、ってことか」


 いかにも急ごしらえって感じの柵だった。高さは3メートルくらい。一応、扉がついていて、ごつい錠前で閉じられている。錠前に彫ってある紋章はこの国の王家のものらしい。


 セシル『魔力探知』によると、魔法による封印・トラップはなし。これは物理的なものだ。


「『遅延闘技ディレイアーツ』で壊せないかな、レギィ」


『できんことはないが、あとが面倒じゃろうな』


「だよねぇ」


『ちびっこ魔族嫁の魔法で吹き飛ばすか?』


「それもだめだろ。押したら偶然開いた、ってのなら別だけど」


『ああ、偶然開いたのならしょうがないのぅ』


「しょうがないよなぁ。そんなに力を入れたわけじゃないし」


『じゃよなぁ』


 いつの間にかちっちゃな人型になって、僕の肩の上でレギィが笑ってる。


 レギィも昨日、僕の背中でラフィリアのスキルを見てたから。


「というわけで、ラフィリア、錠前を引っ張ってみて」


「はいです。マスター」


「ただ、王家のものだから壊さないように、優しく。それで開いたら事故ってことで」


「りょーかいなのです。んー。おっきな錠前ですねぇ。わたしの力では……『器物劣化』(ぼそっ)……あれ、開きましたよ、マスター」


 がちゃ、って音がして、錠前が開いた。


 ごめんな、王子様。


『霧の谷』は解放区で、探索が禁止されてるわけじゃないからいいよな。


 錠前も壊してないし、別に荒らすつもりはないし、ラフィリアの記憶と、ほんの少しの金目のものを見つけるだけだし、門はそのままにしておくので見逃して欲しい。


 僕たちは柵を通り抜けた。


 目の前には高々とそびえる岩肌。


 そしてそこには、人が2人並んで通れるような隙間があった。隙間の向こうは濃い霧でみたされてる。ここからが『霧の谷』ってことか。


「作戦を再確認する」


 僕はラフィリアが作ってくれた資料を広げた。


『霧の谷』は谷間を抜けたあと、細い通路が続いてる。途中から枝分かれしてるけど、その先は真っ白。つまり、わからない。


 僕たちは直線路で霧の中に入ってみて、ラフィリアの記憶が反応するか確認する。


 天竜の影ってのに出会えればそれでいいし、出会えなかったら、適当に探索して帰る。


 要は職場の仲間ラフィリアがやっかいな場所に忘れ物をしたから、取りに行くのに付き合う。


 今回のクエストの目的はそれだけだ。


「リタとアイネはここで待機。もしも誰か来たら、谷に近づかないように撹乱だけして。僕たちの方になにかあったら、セシルの魔法かラフィリアの矢で合図する。そしたら『霧の谷』に入ってきて」


「わかりました、ご主人様」


 リタが僕の手を握って一礼する。


 獣耳が、ぺたん、と倒れてる。心配してるみたいだ。


「大丈夫。『霧』の対策は立ててきた」


『惑わしの霧』は人の五感を狂わせる。


 自分以外の人間が魔物になって襲ってくる。本物の魔物と区別がつかないってのがやっかいだけど、問題はそれだけだ。


「リタは、僕たちの背後を守って欲しい」


「……新婚夫婦みたいなことなら、私でもいいじゃない」


「一応ね。白い人の『古き血』のアドバイスがあるからさ」


 確信はないけど。ただ、あの幻影とラフィリアの記憶が関係してるか確かめめたいだけだ。


「…………うん」


 さわさわ


 耳を軽くなでると、リタはしぶしぶだけどうなずいてくれた。


「アイネも、リタのサポートをよろしく。『魔物一掃LV2』は、体力と魔力の消費に気をつけて」


「問題なしなの」


 アイネは、むん、と『はがねのモップ』を掲げた。


「なぁくんの『安定した生活』を実現することが、アイネの夢をかなえる第一歩だから」


「夢の第一歩?」


「そのあたりは、あとでじっくりお話しするの」


「わかった。じゃあ、あとでね」


 そんなわけで、リタ、アイネと別れて、僕たちは谷へと歩き出す。


 先頭はラフィリア。その後ろにセシルとイリス。一番後ろが僕。


 谷の空気はひんやりとしていて、一歩進むごとに、濃い霧が僕らを包んでいく。


 一応、4人ともはぐれないように、紐をにぎってる。


 でも、いつの間にか視界が真っ白になって、握ってたはずの紐はどこかに行って。


 僕たちはあっさり、お互いを見失ったのだった。





「ここまでは予定通りか」


 紐一本で攻略できるくらいなら、冒険者が同士討ちになったりしないだろうし。


「レギィ、お前はいるよな?」


『もちろんじゃ、主様』


「身体は出現させないでおいてくれ。霧は人の姿に反応するのかもしれないから」


『わかったのじゃ』


 レギィは武器扱いってことになってるから、霧の影響を受けてない。


 霧が同士討ちを誘うものなら、武器を手放させるはずがないって予想してた。その通りだったみたいだ。


 さて、と。


 同士討ちを誘うなら、まずは魔物を登場させるよな。


 そして危機感をあおって、次は魔物の姿をした仲間が登場──ってのが、ゲームでのセオリーだ。


『キュキュ、キュッ!』


 来た!


 霧の中から、人間サイズのウサギが出てきた。ユニコーンみたいな角が生えてる。


 ホーンラビットだ。




『ホーンラビット。


 大型のウサギ。額に鋭利な角が生えている。


 攻撃力はそんなに高くないが、後ろ足の瞬発力は強く、突撃をまともに受けると痛い。


 肉はやわらかくておいしい。


 時々、貴族のペットとして飼われることもある』




「セシルとラフィリアなら問題ないけど、イリスがこいつの相手はきついな。じゃあ発動『奴隷召喚サモニングスレイブLV1』!」


 だだだだだだっ!


 後ろの方から、足音がした。


 霧の中からやってきた人影が、そのまま僕の背中にどん、とぶつかる。


 背中にしがみついてるのは、全身に鱗の生えた、ちっちゃなトカゲ人リザードマンだった。


「……イリスはリザードマンに見えるのか……」


『奴隷召喚LV1』で来たってことは、これは間違いなくイリスだ。




奴隷召喚サモニング・スレイブLV1』


 任意の奴隷を、主人のところに引き寄せることができる。


 召喚された奴隷は主人の座標を正確に把握して、なにがあろうといちもくさんにやってくる。で、しばらく側を離れることができない。




「ギ、ギギギガガガ。がががーっ!」


「だいじょぶ」


 ざりざり


 背中の手触りまで変化してる。触覚までおかしくなってるのか。


 イリスにはあらかじめ『奴隷召喚』を使うって言ってあるから、彼女には側にいるのが僕だってわかってる。落ち着いて僕の手をにぎってる。なんかおそるおそるだけど。


 まずは第一段階。成功。


 イリスはここにいる。目の前にいるホーンラビットはセシルでも・・・・・ラフィリア・・・・・でもない・・・・


「じゃあ、はい」


 僕はホーンラビットの前に干し肉を投げた。あと、ラフィリアが焼いたお弁当のパンも。


「発動! 『生命交渉フード・ネゴシエーションLV1』!

 ……僕たち、事情があってここに来ただけで、荒らす気はないんで通してください」


『キュキュ──ガイテキ…………ハイジョ…………ハイジョ……命令』


「うん。魔物だね」


 交渉は不成立だったけど。


 じゃあ、えい。


 さくん


「キュ────っ!」


 魔剣レギィの刃が、ホーンラビットの皮膚を裂いた。


 ホーンラビットは逃げ出した。


 魔物だってのはわかってるけど、万が一ってこともあるからな。僕のスキルだって、絶対ってわけじゃない。


「ガガガ、ギギ」


 背中にしがみついてるイリスが、なにか言ってる。


「レギィ、通訳できるか?」


『……駄目じゃな。わけわからん。おい、つるぺた巫女。ぺたぺた巫女。我の声がわかるか?』


 リザードマンイリスは答えない。


 レギィの言葉はわからないみたいだ。レギィは剣だから僕の一部って認識されてる。だから僕とは言葉が通じる、って考えるべきか。レギィに通訳してもらうって作戦は失敗だ。


「ぐぐる、がが」


「うん。セシルとラフィリアは大丈夫かな」


 意味はわからないけど、かわいいリザードマンのイリスに答える。


 ふたりが戦ってるとしたら、弓を射る音は聞こえるし、炎の矢の光が見えるはず。それがないってことは、聴覚もどこかおかしくなってるんだろうな。


 ただ、頭の中だけは正常だ。そうじゃなかったらそもそも自分を守ろうって考えることもできないし、逃げようってことさえ浮かばない。だから、精神伝達系のスキルなら通じるって思ってた。『生命交渉』が使えたってことは、そういうことなんだろうな。


 僕はイリスの手を引いて歩き出す。


 次はどうなる?


 元の世界でのパターンから行くと、次は魔物に化けた仲間が出てくるんだけど。


「フオオオオオオオォォォ」


 あ、来た。


 目の前に、炎の妖精みたいな少女が現れた。


 深紅の身体──裸だ──に、オレンジ色の炎をまとってる。髪も炎。


 しかも──2人いる。


 2人は震えながら、こっちに指先を向けてる。どっちかが魔物で、どっちかが仲間か。


「発動! 『高速分析LV1』!」


 まわりにウィンドウが表示される。イリスは『■■■=■■■■■』。目の前の炎の魔神も『■■■■■■■』。


『高速分析』はチートスキルだけど、『分析系スキル』の速度と精度を上げただけだから……。分析系のスキルはみんな持ってるから、対策済みってわけか。


 だったら、


『もしかして、どっちかがセシル? こっちは僕と、リザードマンの姿をしたイリスだけど』


 頭の中で呼びかけてみた。


『なぁんだ。ナギさまでしたか。びっくりしました』


 ととと、って、炎の妖精の一人が走ってきて、ぱふ、と僕に抱きついた。


 なんか熱いけど、やけどするほどじゃない。


『セシル、今、僕に抱きついてるよね? 間違いない?』


『はい。ナギさまの奴隷、セシル=ファロットです。ナギさまは魔物になってもかっこいいです……』


 頭の中に返事が返ってくる。間違いなくセシルだ。谷に入る前に、『意識共有マインド・リンケージLV1』で繋がってたから。




意識共有マインド・リンケージLV1』


 奴隷1人と一定時間、意識を通い合わせるスキル。


 主人は意識を集中することで、奴隷の思考を読み取ることも可能になる。


 発動には信頼関係を証明するため、唇にキスをしなければいけない。




 ってことは……もう一体は魔物か? ラフィリアか?


「レギィ、確認よろしく」


我のスキル・・・・・に反応はない。あれは天然エルフ娘にあらず!』


「じゃあ……えい」


 ぶん


 目の前で「えぅえっえっ?」って感じで手をあわあわしてる炎の妖精。


 でも、魔剣レギィが鼻先をかすめると、慌てて霧の中に逃げて行く。


 追ってもいいけど、今はラフィリアと合流するのが先だ。




「「「「「「「「うがー」」」」」」」」



 と、思ったら、また魔物が現れた。


 しかも8体か。多いな。


『セシル「魔力探知」で、ラフィリアの魔力を探せる?』


『そこまで詳しくはわからないです。それに、敵はもともと魔力を持った魔物みたいです』


『その魔力で自分の形状を変化させてるんだろうな……』


 たぶん、ドッペルゲンガーとかシェイプシフター──人に化ける魔物たちだ。


 僕たちを取り囲んでるのはねじくれた角を持つ大鬼オーガ。それが全員、大弓を構えている。


 弓は本物か? 幻影か?


 矢は『柔水剣術』じゃ受け流せない。『奴隷召喚』は1日1人。『意識共有』はキスしないと使えない。大鬼全員とするのは無理だ。


「じゃあレギィ、手はず通りに」


『了解じゃ主様。発動「粘液生物支配スライムブリンガーLV1」!』



 べちゃ



 1体の大鬼オーガの角から、やわらかいものが落ちた。


 エルダースライム・・・・・・・・だ。


『あれがラフィリア! 他が偽物だーっ!』


『はい! ふれいむあろーふれいむあろー! 『火精召喚サモニング・エレメンタル──っ!』


 セシルの『炎の矢』が、ラフィリア(見た目は大鬼オーガ)以外の敵の手足を叩く。


 さらにセシルの頭上には、子どもサイズの赤いトカゲが現れる。炎に包まれたそいつはセシルが召喚した『火精サラマンダー』だ。


 サラマンダーは空中を飛び回り、大鬼にまとわりつく。


 僕はその隙に、魔剣レギィで斬り込む。あらかじめ発動しておいた『遅延闘技LV1』、5回分の一撃が、まわりの大鬼をかすめる。ラフィリアも気づいてくれた。まわりの大鬼を弓で攻撃しはじめてる。


 やつらの姿がぼやけて、顔も手足もない人型に変わる。


 あれが、僕たちをまどわせた偽物の正体か。


「大丈夫か、ラフィリア」


「うがーうがーうがーっ!」


 どんどんどーん、って、ゴリラみたいに胸を叩いてる。まだ不安みたいだ。


『エルフ娘よ。わかれ、主さまじゃ!』


 ふるふる、ふるふる


 レギィが操るエルダースライムが、大鬼ラフィリアの身体を這い上っていく。


 肩の上に乗って、レギィの意思のまま、顔のあたりをつんつん、ってすると、真っ青な肌の大鬼が内股になってふるふると……って。


『間違いない。こやつはエルフ娘じゃ。だって弱点が同じじゃもの』


「んなもんで確かめるな。というか、そんなのいつ確認した?」


「うが」


 でも、ラフィリアはわかってくれたみたいだ。


 弓をおろして、僕たちの後ろに並ぶ。


 さてと、これで全員そろった。まだなにかあるのか?


「どうする? 『惑わしの霧』は僕たちには通じないみたいだけどさ」


 さっき『ホーンラビット』は『命令されてる』って言ってた。


 だったら、霧の向こうに誰かいるはずだ。


「僕たちはここを知る仲間に導かれて来た! 誰かいるなら答えて欲しい!」


 反応はない。


 しょうがない、こっちのカードを切ってみるか。


「イリス、お願い」


 僕はリザードマン形態イリスの右肩を3回、なでた。次に左肩を2回。最後に背中を1回。


 谷に入る前に決めておいた合図だ。




「が、ぐがががああああああ、がががごがごがー!」

(誰かいるなら聞いてください! 私たちは、イルガファからやってきた冒険者です!)



 イリスが大声で叫びはじめる。


 意味不明の音だけど、内容は打ち合わせどおりのはずだ。


「ぐるうるう! るががごげきがるぐが────!」

(天竜の影よ! いるなら答えてください!)


「ごががぎがぐげごららぐぎぎぎぎぎーっ! ぎがぐがーっ! ぎぎぎががががぐごがらぐーっ!」

(私たちは仲間の記憶に導かれて来ました! 誰かいるなら! 彼女の記憶の助けとなってください!)


 呼びかけながら、僕たちは先に進んだ。


 進んだ時間からすると、そろそろ分岐点のはずだ。


 どれが正解かはわからない。でも、霧が流れはじめてる。僕たちを誘導するみたいに。


 進んでいくと、真っ白だった霧がだんだん薄くなっていく。


 そして、僕たちの前に巨大な影が姿を現した。




 竜だった。


 翼はない。そりゃそうだ。折れた奴が、近くの町に突き刺さってるから。


 ぶっとい胴体に、長い首。角の生えた頭がついてる。


 霧は完全に晴れたわけじゃないから、それくらいしかわからない。


 白い霧の向こうに、竜の影だけが見える。




「我が名は──天竜ブランシャルカ」




 霧の向こうから、声がした。




「お前たちが、お互いを信頼している者同士であるということはわかった。報酬を与えよう。これを持って立ち去るがいい」




 ころん、と、足下に小さな石が転がってくる。


 緑色の宝石だった。


 これが、噂の新婚夫婦が拾っていった宝石か。


「ぐががががが! ぎごがー! ぐぐっ!」

(私たちが欲しいのはこれではありません。天竜よ、本当にそこにいらっしゃるのですか!?)


「……………………立ち去るがいい」


 僕の呼びかけに答えなかった声の主は、イリスの声に反応してる。


 飛竜もそうだった。あいつも竜の巫女であるイリスの声に反応した。


 ってことは、ここにいるのは竜の関係者だ。だけど、海竜みたいなプレッシャーは感じない。少なくとも、セシルもラフィリアも。


 イリスは叫び続けてる。返ってくる声は「立ち去れ」のみ。


 ラフィリアにも反応はない。記憶を取り戻したようにも見えない。


 結局、ハズレか。宝石ひとつもらったから、報酬としては十分だけど。


 でもせっかくだから、最後に確認だけしておこう。





「レギィ。エルダースライム・・・・・・・・は今、なにに触ってる?」


『ただの岩壁じゃ。ただの』


 レギィが答えた。


粘液生物支配スライムブリンガー』でこっそり先行させたエルダースライムは、今、竜の影に触ってる。


 これも作戦のひとつだ。


 僕と合流したら、ラフィリアが使い魔のエルダースライムを分裂させる。それをレギィが操って、レーダー代わりに使うって決めてた。魔物避けと、『霧の谷』のマッピングのためだ。


 僕たちは五感がまどわされるから、正確な道やまわりの様子がわからない。だから、エルダースライムの触覚を使って、抜け穴や隠し扉がないか探ってたんだ。


『こいつは竜などでは、ない。ただの竜のかたちをした岩じゃよ』


 レギィは僕の背中で、つまらなそうに言った。


「声はどこから?」


『まてまて……ふむ。足の間が洞穴になっておるようじゃ。そこからじゃな』


「中に霧は?」


『スライムの身体は湿り気を感じておらぬ。ここには霧はないようじゃな。どうするのじゃ?』


「ちょっとだけ覗いてみる。そこがダンジョンの入り口とかだったら帰るけどね」


 そのまま進むと、確かに竜の足の間には、小さな洞窟があった。


 霧はここまでは来ていない。洞穴に入ると同時に幻覚も解けて、セシルとイリス、ラフィリアの姿が見えるようになった。


「……さっきまでのナギさまも、かっこよかったです」


「もちろん、今のお兄ちゃんにはおよびませんけどね」


「当たり前ですよぅ。リアルマスターに勝るものなど、この世にはないのです」


「「「ねーっ」」」


 仲良しなのはいいけど、少しは緊張感を持ちなさい。


「それで、ラフィリア。なにか思い出した?」


「いえ……具体的なことはなんにも。ただ、ここに来たことがあるような気はするのです」


 ラフィリアは大きな胸の上で腕を組んだ。


「レギィもありがと。お前のスキルのおかげで助かった」


『魔剣を惑わす霧でなくてよかったわい』


「喋って動いてスライムあやつる魔剣は想定外だろうな」


『じゃろ? さあ主様、ほうびを約束せい』


「わかった。一緒にお風呂に入るのと、一緒にお使いに行くのとどっちがいい?」


『その二択か? 我は主様が奴隷娘と抱き合うところ……いや、お風呂とお使いも捨てがたいの…………いや…………あー! 主様ってば、最近我の使い方がうますぎじゃろう!?』


 そりゃご主人様だからね。


 レギィの声を聞きながら、僕たちは先に進む。


 セシルの『灯り』が、岩壁を照らしてる。つるん、とした滑らかな壁で、どう見ても自然のものじゃなかった。竜のかたちをした岩も、洞窟も、誰かが作ったものだ。


「イリス。まずはあいさつしてみて。今度は僕たちの属性を教えていい」


 相手は竜の関係者だってわかったからね。


 せっかくここまで来たんだから、ぎりぎりのところまで踏み込んでみよう。




「聞こえますか。こちらは『古き血』を持つ者たちと、そのご主人様です」




 イリスの澄んだ声が、洞窟にひびいた。


「同じ『古き血』を持ち、記憶を失っている仲間のために、ここまで来ました。そして、私は竜に通じる声で話しています。危害を加えるつもりも、この神聖なる場を荒らすつもりもありません。どなたかいらっしゃるのでしたら、どうか、この声に応えてください」


 洞窟はしん、と静まりかえってる。


「セシル、あの言葉を」


「はい。ナギさま。古き言葉で名を呼びます。いるなら答えてください『天竜ブランシャルカ』!」


 セシルは古代語で、天竜の名前を告げた。


 僕たちが切れるカードはここまでだ。


 あと1分。反応がなかったら帰ろう。




「『古き血』なのであるか。天竜さまの残留思念に喚ばれて、ここまで来たか」




 声がした。


 口を半分おさえたような、こもった声だった。


「よいよ。ここまでおいで。『契約の神』に誓って、危害は加えぬのであるよ。ここまでおいで」


「あなたは誰ですか?」


「わしはただの、守人もりびとさ」


 魔剣は抜いた。セシルにも魔法の準備はさせた。ラフィリアも弓を構えてる。


 ゆっくりと、進む。洞窟の最奥までは、十数メートル。


 行き止まりのところには、小さな宝箱と──





 ──ひからびた飛竜のミイラがあった。





「『古き血』をまた、見ることがあるとは思わなかったのである」




 ミイラのなにもない目の奥で、赤い光が灯った──みたいだった。




「魔族。海竜の血。それと──古代エルダーエルフか。長生きはするものであるな」


 古代エルフ?


「………………あたし?」


 相変わらずのほわほわした顔で、ラフィリアは自分を指さした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る