第81話「『霧の谷』と、チートスキルの新たな目覚め」

『霧の谷』


 数年前に『保養地ミシュリラ』と『魔法実験都市』の中間地点で発見された遺跡。


 山の中にあり、普段は岩壁で閉じられているが、一定周期でそれが開くという。


 谷の中は深い霧に包まれていて、どんな構造になっているかはわからない。ただ、山の間を通る細い道がいくつも分岐していると言われている。


 霧には五感をまどわせる効果がある。


 これまでに数十人の冒険者が探索に行ったが、全員が霧に惑わされ、たがいに争ったすえに逃げ出してきた。なお、そのあとみんなケンカ別れしているため『縁切ったの谷』『もうお前とは遊ばないもんねの谷』とも呼ばれる。


 採取クエスト中に迷い込んだ新婚夫婦(生まれた時からのお隣さんで幼なじみ。庶民学校の同級生で互いが初恋の相手。3歳のときにかわした結婚の約束をずっと守ってきたふたりで、周囲には「おまえらもういいから結婚しろ」と言われつづけてきた)だけが無傷で、宝石をひとつ手に入れて帰ってきた。


 そして2人は王都へ、新居を手に入れるためにでかけたというが、その行方は定かではない……』




 ぱたん


 僕は資料を閉じた。


 ここは『保養地ミシュリラ』の冒険者ギルド。


 僕とアイネ、リタは、ギルドに頼んで『霧の谷』の資料を見せてもらっていた。


 メテカルの『庶民ギルド』とこのギルドにつきあいがあって、アイネのおじいちゃんは、よくここのギルドと連絡を取り合ってた。そのせいで『庶民ギルド』に登録している冒険者は、ゲスト扱いでクエストを受けることができるらしい。


 ちなみにセシル、イリス、ラフィリアはいつものように、イルガファ領主家とつきあいがある商人さんに、旅の無事の報告に行ってる。


「ありがとうございました」


 僕は資料を、ギルドの女性に返した。


「それで、現在『霧の谷』にかかわるクエストってありますか?」


「ないですねぇ」


 ギルドの受付の人は言った。


「そもそも『霧の谷』の調査をしたがる人がいないんですよ」


「どうしてですか?」


「谷にあふれる霧は、お互いの信頼を試すからです」


 ギルドのお姉さんは説明してくれた。


「あそこに入ると、同行している仲間が魔物の姿になったり、数が増えて見えたりするらしいんです。襲ってくることもあれば、相手に向かって罵声を浴びせたりするんだとか。

 本人がやったことなのか、幻影がやったことなのかは最後までわからない。だから谷の中で争いになり、そこを出たあとでも後味の悪い思いをすることになる、ってことです」


「本当に仲がいい人たちなら平気ってこと?」


「冒険者なんて結局、欲で目がくらんだ人たちばっかりですよ? そんな人たちがパーティを作ってるんです。心から信じ合ってるわけないでしょう?」


「ギルドの人のセリフじゃないですよ」


「ギルドの人だから言えるセリフですよ? 私はこの仕事をはじめて10年。誰かが席を立ったとたん、その人の悪口大会が始まるところや、クエスト報酬の奪い合いや、リーダーを押しつけ合ったあげくにやっと引き受けてくれたその人に不満をぶつけまくって胃腸と神経を破壊するところなんかを見てきたんですから」


 このギルドに登録するのはやめよう。


「まぁ、自主的に調査に行くのは構わないと思いますよ。あそこは誰かの領地でも、立ち入り禁止の場所でもないですから。もっとも、早いほうがいいとは思いますけどね」


 そう言ってギルドの人は話をしめくくった。





「私は調査に行っても構わないわよ。ナギ」


 僕のとなりでリタが言った。


 ギルドを出たあと、僕たちは市場に夕食の材料を買いに来てた。


 すぐ後ろではお財布を握りしめたアイネが、真剣な顔で屋台をのぞいてる。


『保養地ミシュリラ』はイルガファよりも暖かく、湿気が少ないのですごしやすい。南の方にはきれいな砂浜が広がってるし、東には山があり、夜になると涼しい風も吹いてくる。温泉もあちこちに湧いてる。


 休暇にはぴったりの場所だけど……でも、観光地だから物価が高い。


 パーティのお財布を預かってるアイネにはそれが気になるみたいだ。


「リタは調査に反対かと思ってた」


「どうして?」


「五感が効かないところって嫌いじゃなかったっけ」


「え? だって信頼関係があれば大丈夫なんでしょ? 余裕じゃない?」


 リタは、ぎゅ、と僕の手をにぎった。


「私たちがご主人様を攻撃するなんてこと絶対にないもん。それに、ナギにだったら斬られても納得するもん。一緒にいたこと、後悔なんかしないんだから」


「斬っちゃったこっちの精神状態も少しは考えようよ」


「とにかく、行くなら私も連れてって、ってこと。いいわね?」


 そう言ってリタは照れくさそうに横を向いた。


 リタの意見は「調査に賛成。行くなら連れてけ」ってことか。


 ここに来るまでの間に、『お互いを惑わす霧』の対策をずっと考えてた。


 僕たちのスキルならなんとかなりそうだ。リタを斬ったり──ってことにはならないはず。


「そういえば、ラフィリアの『霧の谷』についての知識も、ギルドと一致してたな」


「あの子の方が詳しいくらいだったもんね」


「他のパーティよりは、有利に調査できるな」


「あの子の記憶を取り戻す手かがりになるなら、私は行くもん」


 リタはむん、と胸を張った。


「セシルちゃんの時とおんなじ。自分が何者なのかわからないって不安なの。その不安が、大事な選択を間違わせることだってあるんだもん。

 セシルちゃんの不安をなくしてあげたのはナギで、私にとってなにが大切なのかを気づかせてくれたのもナギでしょ?

 きっとナギには、そういう力があるんだと思うな」


「かいかぶりすぎだよ、それ」


 セシルの時とは違う。ラフィリアにはそもそも記憶がないから、ご主人様の『命令』でも引き出すことはできない。だから、実際にヒントになりそうな場所をさぐるしかない。


「あのね、ナギ。ご主人様」


 でも、リタはふふん、って笑いながら僕の手を抱きしめた。


「たとえご主人様でも、私の大切なご主人様をばかにするのは許さないから」


 なんだそのパラドックス……。


「とにかく、私はラフィリアを助けたいの。でないと、公平じゃないんだもん。他の子がためらってるあいだに……私が先行したって、ずるをしたような気になっちゃうんだもん。だから……」


「先行?」


「なんでもないもん。これは、女の子の仁義のお話だもん!」


 ぴこぴこ尻尾を振って、リタは顔を伏せた。


『霧の谷』に出てくる魔物は、それほど強力じゃない。僕たちなら──イリスを除けば──ひとりで撃退できるレベルだ。


 僕たちの目的は、ラフィリアの記憶に関わるものを見つけることで、遺跡を完全攻略することじゃない。お金になるものを見つけられればベストだけど、それだって絶対じゃないし。とにかく安全第一で行ってこられるはずだ。


「──要は、このままほっとくのはすっきりしないってことなんだよな」


 あの『白い少女』が天竜の残留思念かその他かわからないけど、めんどくさいことしてくれた。


 あれがなければ、落ち着いて今頃はバカンスしてたはずなのに。


「行くとしたら数日休んでからかな。そのころにはラフィリアの『不運一掃』も回復してる。全員の体力も回復させておきたい」


 あとみんなの水着姿も見ておきたい。


 イルガファ領主家の別荘は海のすぐ近くだって言うし。


「そういえばアイネ、買い物は終わった?」


「こっちのおさかなは6尾で2アルシャ。あっちは半アルシャ高いけどイルガファの相場の2割増し……なぁくんの栄養と予算。安定した生活のための節約……難しいの」


 終わりそうになかった。


「あれ? ちょっと、まだ買い物終わってないの。どうして屋台さげちゃうの?」


 がらがらがらがら


 僕たちが見てる前で、魚を載せた屋台が通りの端のほうへと退がっていく。


 よく見ると、買い物客や通行人も同じだった。みんななにかを避けるように移動をはじめる。


 みんなが見てる方──通りの先から、兵士たちがやってくる。


 全員、赤い鎧を着てる。この町の衛兵たちだ。


「もうしわけない。ほんっとにもうしわけない。屋台をさげてくれ」


「私たちもしたくてこんなことをしてるんじゃない」


「わかってくれ。仕事なんだ。頼むからわかってくれ」


「お願いだ。うちの家族に嫌な顔をしないでくれ。物はちゃんと売ってくれ……」


 胸を張って、槍をかかげて──でも小声で申し訳なさそうにつぶやきながら、衛兵たちが槍を振ってひとばらいをはじめる。なんか悲しそうな顔で。


 なにこれ。


「そこの者! さがれと言っているのが分からないか!? …………ごめんよぅ」


「あ、はい」


「クラヴィス殿下がお通りになるのだ。仕事なんだ。道を清めるのが我らの役目なんだ……でないと上司に……黒い賢者さまに……いやいや」


 すっごく疲れた顔してた。


 ……元の世界のバイト先でよく見かけたな、こんな顔。


「王子様がいらっしゃるんだよ」


 道の端へとさがった僕たちに、屋台の人が教えてくれた。


「7日後、国王陛下の第8王子が『霧の谷』の調査に向かわれる。その記念のパレードさ」


 ……この世界の貴族って、冒険前にパレードする風習があるの? しないと死ぬの?


「『霧の谷』は、人が近づかない場所だからね。王子様がこうして皆に知らせないと、王子様ががんばってることが皆に伝わらないじゃないか」


「……なるほど」


「それに、一応は『霧の谷』は開放されているから。冒険者に釘を刺す意味もあるんだろうね」


「王子様が調査をされるんだから、空気読んで近づくな、ですか」


「嫌だよ旅人さん。そんなこと、思ってても言えるわけないじゃないか」


「ですよねー」


「まったくねー」


 そう言って屋台のおばさんは恰幅のいいお腹をさすって、ちっちゃな果実をくれた。


 国王陛下の第8王子、クラヴィス殿下かー。


 たぶん、この世界では一番関わりたくない人だな。うん。


 いつの間にか道の左右には人が集まってる。それにまぎれてれば目立たない。


 せっかくだから、あの国王陛下の子どもの顔を見ていこう。





 ぱぱらぱーら、って、笛の音が響いた。


 僕とリタとアイネは、通りから見えないように頭を下げた。


 町の大通りを、槍を持った衛兵の群れが歩いて来る。


 やっぱり申し訳なさそうな顔して、人々からは目を逸らして、でも勇ましい足取りで。


 兵士の後ろを進んでくるのは、屋根のない6頭建ての馬車。


 その上に、白銀の鎧を着た少年が乗ってた。


 髪の色は薄い紫。身体は大きくない。むしろ華奢、って言っていいくらい。表情はおだやかで、通行人に手を振ってる。


 あれがこの国の第8王子、クラヴィス殿下か。


「……ごりっぱなおすがたですねー」


 とりあえず手近なお年寄りに話しかけてみた。


「うむ。妾腹しょうふくとはいえ、国王陛下のお血筋だからのぅ」


 お年寄りはヒゲをなでながら、得意そうに教えてくれた。


「『神聖力』と『剣術スキル』に長けており、神聖戦士の位を得ているらしい。兄上がおられるゆえ、王位を継ぐことはないじゃろうが、将軍として国の守りにつくしてくださるであろう」


「まわりの少女たちは?」


 馬車の上には王子様と、槍を持った少女、それにローブを着た少女がいる。


 ひとりは戦士、ひとりは魔法使い、ってところか。


 2人とも、王子様の左右にぴったりとくっついてる。まわりに向かって手を振ってる。でもって、群衆の反応を確認するみたいに耳に手を当てて、それからまた手を振る。アイドルみたいだ。


「あの方々は殿下のパーティに参加される、貴族の令嬢たちだ」


「貴族の令嬢をパーティに?」


「婚約者候補らしいからのぅ。王子を愛するものであれば、霧の惑わしにも引っかからないという意図があるのではないかな?」


 逆に修羅場になりそうな気がするけど。


「たしか……お2人は伯爵家と子爵家のお嬢様であったかな? 伯爵家のほうは、メテカルのギルドを束ねていらっしゃるそうだが」


「その伯爵って、もしかして今はダンジョンで魔剣を探索されているのでは?」


「なんだ、知っておったのか」


 ……メテカルの貴族ギルド、リギルタ伯爵の子どもか……。


 近寄りたくない理由が2倍になったよ。


 王子様は馬車の上であいかわらず手を振ってる。王子様なんて見るのは初めてだけど、まるで張り付けたような笑顔だった。王族ってああいうものなのかな。大変だな。公の行事とか、サボれないもんな……。


 馬車の上にいるのは王子様と、貴族の少女たちと……あとは、


「…………あれは…………」


 王子様の後ろに、漆黒のローブを着た少年がいた。


 黒い帽子をかぶってる。そのせいか、顔がよく見えない。


 見えるのは帽子からはみ出した黒髪と、黒い瞳くらい。会ったことはたぶん、ないと思う。


 でも、スマホを持ってる。


 正確には、スマートフォンのようなかたちをしたなにかを、手のなかでいじってる。本物のスマホか、この世界のマジックアイテムなのかはわからないけど。


 ……『来訪者』かな。


 可能性はあるな。王子様だったらチートキャラの護衛がいても不思議はないよな……。


 パレードはゆっくりと進み、僕たちの前を通り過ぎた。


「そういえばご老人。あの王子様のお名前はなんとおっしゃるのですか?」


「クラヴィス=リーグナダルさまである」


 老人の答えは短かった。


 僕は、王様の家族の名前をはじめて知った。







「ただいまー」


 市場で買い物を済ませて、別荘のドアを開けたら──


「お願いがあります。マスター」


 玄関で、ラフィリアが土下座してた。


「どうか、お休みのあいだ自由行動をお許しいただきたく────っ!」


 うん。だいたい言いたいことはわかった。


「ラフィリアは『霧の谷』の探索に行くつもりでいる。自分の記憶に引っかかりがあるから、その原因を知りたい。だけど奴隷という立場上、僕の許可なく勝手に単独行動はできない。だから僕の許しが欲しい、ってことか」


「…………マスターの前では、あたしの考えなどまるはだかなのです」


 土下座の体勢のまま、ラフィリアは顔だけ上げた。


「でも、ラフィリア。前に『今が大事だから記憶を探すつもりはない』って言ってなかった?」


「そうなのですけど…………ひとつ、問題が発生したのです」


「問題?」


「あたし、あれからマスターに近づくのが怖くなってしまったのです」


「………………はい?」


 ラフィリアは、真剣な目で僕を見てる。


 悪運を払ったとき以来だな。ラフィリアがこんな顔するのって。


「マスターが『ぶれいこう』などとおっしゃるから……その、うっかり歯止めがきかなくなったらどうしようって、思ってしまったのです」


「あれは誤解だって言ったよね?」


「でも、あたしはマスターの奴隷です。身も心も、マスターに差し上げると決めているです。

 その思いと、あたしの過去がいけないものだったらどうしようっていう思いがぶつかりあって……怖くなってしまったのです。

 すべてをマスターにささげるために、あたしは過去にわだかまりがないことを知っておきたいのです!」


 ピンク色の髪を揺らして、ラフィリアはきっぱりと告げた。


「この『霧の谷』で、あたしの記憶の手かがりが見つからなかったらあきらめるです。怖さなんかねじふせて、マスターに生涯お仕えするです。だから、今だけ自由行動をお許しください。ご迷惑はおかけしませんから、お願いです……マスター」


「うん、わかった」


 僕は言った。


「じゃあ今回はラフィリアからのクエスト依頼ってことで」


「…………ますたあ?」


 休暇中だから、参加は希望制にしとこう。


 リタはもう参加表明してるから確定。イリスはラフィリアを師匠にしてるから来るはず。


 セシルとアイネは……2人だけ残るわけないし。


 というか、うちのパーティで不参加を表明しそうなメンバーが思いつかないんだけど。


「リタもアイネも聞いて、僕はラフィリアの記憶と、ついでにお宝採取に『霧の谷』に行こうと思う。だけどお休み中だから、みんなは自由参加だ。拒否権はあるよ。それと『霧』の対策は考えた。危険はそんなにないと思う。はい、参加するひとー」


「二度も聞かなくていいもん」「置いてかれるのはきらいなの」


 リタとアイネは、まっすぐに手を挙げた。


 うん。そう言うと思ってた。


「セシルとイリスとも相談するけど、今回はパーティを2組に分けようと思う。ラフィリアの記憶を呼び覚ましたのが『天竜の翼』だとすると、今回の件には天竜が関わってる可能性がある。

 だから『古き血』って呼ばれたセシルとイリス、ラフィリア、それと僕のグループが『霧の谷』に入る。リタとアイネは谷の外でバックアップをお願い」


「……私、ナギと一緒じゃないの?」


「リタたちには僕たちの背後を守って欲しい。重要な役だろ」


「うん……しょうがないわね、わかった」


 リタはしぶしぶとうなずいた。


 アイネは僕を心配そうに見てたけど、リタと一緒にうなずいてくれた。


「問題は時間だ。7日後に王子様が谷に入るなら、その前に兵士が谷を封鎖するかもしれない。だから、強行軍で悪いけど、明日になったら出発しよう。すぐに打ち合わせだ。リタはセシルとイリスを呼んできて、アイネは、悪いけどみんなの分のお茶を用意してくれないかな」


「わかったわ。ナギ」「はいなの。なぁくん」


 メリットとリスクは考えた。


『惑わしの霧』対策は立てた。


 鍵になるのは『霧に惑わされた冒険者たちが、それぞれの武器でおたがいを攻撃した』ってことだ。つまり、霧の中でも武器を失うことはない。そこに突破口がある。


 問題はそれ以上の障害があった場合だけど、命にかかわるようならそのまま帰る。


 ラフィリアには悪いけど、命優先で。


 ……どっちみち行くつもりだったんだけどね。


『魔族の遺産』『竜の宝物』『エルフの秘宝』──谷に関係してるのがそのうちのどれでも、興味はあったから。


 でも、あの王子様のことがなければ、もうちょっとゆっくりするつもりだった。


 具体的にはみんなの水着姿を愛でたり、たっぷり温泉に入ったり。


 だけど、王子様は王様の関係者──だから、来訪者を連れてる可能性がある。


 来訪者はやりかたが荒っぽいんだ。メテカルで会ったタナカ=コーガもそうだったし、温泉地で会った偽魔族も、イルガファの祭りを潰そうとしてたエテリナ=ハースブルクも、チートスキルを自慢するみたいにぶんまわしてた。


 だから、王子様よりあとに谷に入ったら、なにか重要なものや記憶の手がかりになるものがぶっ壊されてる可能性がある。そうなったら、谷に入った意味がなくなる。


 こっちとしては、荒らされる前に軽く探索しておきたいんだ。


 ラフィリアの記憶や報酬が手に入るかどうか、確かめるだけでもいいからさ。


「ラフィリアは、とりあえず『霧の谷』の情報を、知ってるぶんだけ書き出して」


「ますたぁ……」


「もちろん、今回はラフィリアからのクエスト依頼ってことにするから」


「わ、わかりました。あたしの奴隷契約の金額を1000倍にして、その分を皆さんに!」


「そこまでしなくていい」


 どうしてすぐに契約金額を天文学的数値にしようとするかな。


「報酬は谷で得た情報と、もしも宝石が手に入ったら、ラフィリアの取り分からみんなに払ってもらうってことで。いいかな」


「はい! それはもちろんなのです!」


「それと……万が一ラフィリアが『勇者』や『英雄』で、記憶を取り戻すことで能力に覚醒するようだったら、奴隷から解放するまでその力を僕たちのためにふるってもらうことになるから。それが、今回のクエストで僕たちが得る報酬だ。それでいい?」


「マスターのお慈悲には言葉もないのです」


 だから、土下座はもういいって。


 エルフ土下座はレアだけど、目の前でされるとなんか悪いことしてるような気になるから。


「あたしが何者であっても、すべての力をマスターのためにふるうことを約束するです。それに、マスターから今日いただいた『器物劣化LV1』も、すでに有効な使い方を発見したのです!」


「有効な使い方を?」


「では! お着替えをお手伝いしてもいいでしょうか?」


「……いいけど」


 ぴた、と、ラフィリアの指が、僕の背中に触れた。


「発動! 『器物劣化LV1』!」


 すとん


 紐の結び目がほどけて『革のよろい』が足下に落ちた。


「あ、すごい楽だ」


「ふふん、なのですぅ!」


 おっきな胸をたゆん、と反らすラフィリア。


 びっくりした。こんな使い方もあったんだ。


 実は鎧って、慣れないと着るのも脱ぐのも大変だったりするから。普段はアイネに手伝ってもらってる。


 そっか『器物劣化』はアイテムの効果を一時的に弱めるから「結び目の力を弱める。ほどく」って使い方ができるのか。


 リタにインストールすれば、接近戦で敵の鎧を落とすこともできるかもしれない。


「これは僕も思いつかなかった。やるな、ラフィリア」


「いやあそんあ照れるですよぅ」


「おかえりなさい、ナギさまー。ご報告があります」


「ちょうどよかったですセシルさま。あたしの新スキルを試してもいいです?」


「ラフィリアさん? はい、もちろん」


「『器物劣化』にはこんな使い方もあるですよー」


 ちょっと待てラフィリア。


 セシルの腰のうしろに手を当てて──まさか!?


「発動! 『器物劣化LV1』!」


 すとん


 セシルの『見習い魔法使いの衣』が足下に落ちた。


 少し遅れて、ほどけた帯も。


 褐色のきれいな肌が、僕の目の前にあらわれた。


 すべすべした肩と胸と、つるん、としたお腹と、真っ白な下着と──


「ふ、ふえええええええええっ!?」


「このように! 一瞬でマスターはセシルさまたちの綺麗な姿を愛でることが──すいませんごめんなさい調子に乗ったですマスター! 没収!? スキル没収はやめてくださいです! もう二度としませんからああああああっ!!」


 とりあえず、ラフィリアは正座させて……心の中でちょっとだけ「ぐっじょぶ」ってほめて。


 廊下でうずくまったあと、なぜか覚悟を決めた顔で立ち上がろうとしてるセシルを抑えて、服を着させて──深呼吸して──それから。


「ただいまー」


「お、おかえりなさい、ナギさまー。ご報告があ、あります」


 とりあえず最初からやり直した。


 セシルは胸を押さえて、着直した服の裾を、ぱん、と払って、


「『古代語詠唱』のレベルが上がりました」


 腰に手をあてて、ほこらしそうに言った。


飛竜ワイバーンと戦ったから?」


「はい! たぶん……ですけど」


『再構築』したスキルのレベルが上がるのってはじめてだ。


 レベル1固定かと思ってた。それでも充分強いから。


「それと、火炎魔法のレベルも上がりました」


「がんばったね。セシル、えらい」


「えへへ」


 頭を撫でると、セシルはくすぐったそうに目を細めた。




 セシル=ファロットはレベルがあがった。


『古代語詠唱』がLV2になった。


 魔法の発生速度が倍になった(詠唱時間は変更なし)。




『火炎魔法』がLV3になった。『炎精召喚サモニング・エレメンタル』をおぼえた!




『再構築』したスキルのレベルが上がらないわけじゃないのか。


 ただ、強力なスキルほど上がりは遅いみたいだ。


 セシルはあれだけ敵を倒してやっとだからな。





「そういえばアイネも『魔物一掃』がLV2になってたの」


 リビングに行くと、お茶を煎れながら、アイネが報告した。




 アイネ=クルネットはレベルがあがった。


『魔物一掃』がLV2になった。


『ゴブリン』サイズの敵を吹き飛ばせるようになった!





 ……むちゃくちゃチートになってる。


 なお、アイネにはごほうびとして『膝枕』(僕がされる方)をお願いされた。




 リタが今回使った『無類歌唱』には変化なし。ラフィリアの『豪雨弓術』もLV1のままだ。


 僕の『遅延闘技』は飛竜に当ててない(誰もいないとこで解放した)からそのまま。


 でも、2人のチートスキルがレベルアップしたのなら『霧の谷』に言っても大丈夫そうだ。僕たちの背後はリタとアイネに任せられるし、谷で強敵が来ても、セシルの魔法で一掃できる。


 あとは……『惑わしの霧』対策を、セシルとイリス、ラフィリアに話して……と。


 そんなわけで、ラフィリアの記憶と生活費のための『霧の谷』攻略会議は夕食まで続いて──




 結局、観光と温泉、みんなの水着姿はクエスト終了までおあずけになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る