第29話「英雄になりたい伯爵へのクエスト紹介」

 巨大化した魔剣の鞘が、戦士たちを吹き飛ばしていく。


 ひとり、ふたり、さんにん、よにん──はちにん。


遅延闘技ディレイアーツ』は、発動してから解放するまでの間に振った武器の威力を貯めておけるスキルだ。


 僕はこの沼地でずっとスライムを集めながら魔剣を振りまくってたから、かなりの威力になってる。さすがに耐えられる奴は──


「ぬぐおおおおおおおおおっ!」


 あ……伯爵耐えてる。


 そっか、奴が着てるのがタナカと同じ魔法の鎧だからか。


 でも、吹き飛ばないだけだ。伯爵も衝撃に耐えきれずに転がっていく。


 そして剣風が、逃げようとしてたスライムたちの身体を浮き上がらせる。


 ……ごめん。あとで追加報酬あげるから。




『遅延闘技』の一撃が沼地を通り過ぎたあと──


 戦士たちは全員、地面に転がってた。


 武器は折れて、楯は吹っ飛んで、鎧はボコボコ。


 完全に、戦闘不能状態だけど……死んでないよな?


「はーい、かぶとをぬぎぬぎしなさい」


「『記憶一掃LV1』なの。大人しくしててねー」


 リタが戦士たちの兜をぬがせ、現れた顔をアイネがホウキで撫でていく。


 レジストしてる奴もいるけど、繰り返しホウキに撫でられて、結局は気絶していく。


 セシルとレティシアは、戦士たちの状態を確認してる。


 怪我は手足が折れたくらい。その程度なら伯爵と仲良しの『イトゥルナ教団』がなんとかしてくれるだろう。


 もちろん、待避させたスライムたちにも被害はなし。


 ……はぁ。


 なんとかなった。


 身動き取れなくしたら最初に魔法使いを潰して、戦士系の強そうな奴を無力化して、まわりを囲んで密集状態に追い込んでから範囲攻撃で一掃。自作したゲームで敵のルーチンに組み込んだら、すごいクレームが来た戦法だ。


 うまくいったのは運が良かったのと、魔剣レギィのおかげだな。きっと。


「スライムたちにも、あとでお礼をしないとなぁ」


『それにはおよばぬよ、主様』


 魔剣レギィは揺れながらつぶやく。


『みなが我に伝えてきておる。「われらスライムとまともに交渉するような頭のおかしい人間は貴重だから死なせたくなかった」とな!』


「ほめられてる気がしない」


 でも、スライムたちは嬉しそうに僕たちの回りで跳ね回ってる。


 レギィが言ってることは本当みたいだ。


『もうちょっと付き合ってくれるそうじゃ』


「……別にもういいけど……いや」


 伯爵が残ってた。


 泥の中を転げ回って、やっと起き上がろうとしてる。あいつ。


『それより……ぬしさま。ごめんなさい』


「どしたの、レギィ」


『身体が、いたいのじゃ』


 ぺきん


 魔剣が鞘ごと、折れた。


「……ごめん。無茶させた」


 やっぱり魔剣でも耐えられなかったか『遅延闘技』


「攻撃50回分くらい貯めてたからなぁ……」


『遅延闘技』は一発技だから、外すわけにはいかなかった。


 だから敵をスキルの範囲内に追い込んで、一撃で仕留めるしかなかったんだ。でも、レギナブラスには無茶させすぎたか。


『ごめんなさい、再生するまで待って。捨てないで』


「捨てないよ。負担かけてごめんな」


『……ぬしさま。やさしい』


 ほわほわした声でつぶやき、レギナブラスの声が途絶えた。




「ナギさまー。こっちは終わりましたー」




 セシルの声に振り返る。


 敵の戦士たちは全員、意識をなくして倒れてた。


 アイネは、倒れた魔法使いの顔をホウキで一生懸命こすってるところ。


 元々気絶してるようなものだから、9回こすって終了。


 地面に倒れた敵は、総勢10人。


 立っているのは魔法の鎧に守られた、リギルタ伯爵ただ一人。


「これでまともに話ができるな、伯爵」


「馬鹿な! どうしてスライムなどを使役できる!?」


「使役っていうか、話を通して助けてもらってるだけだけど?」


「ありえない。私は最も高レベルな冒険者を連れてきたのだぞ! 貴様等は低レベル冒険者ではなかったのか!? こんなことはありえない! おかしい!」


 あー、いるよな。こういう奴。


 予想外の現実を前にして、おかしいとかありえないとか叫ぶしかできないタイプ。


「そういうのは思考停止って言うんだよ、伯爵」


 魔剣を別の袋に隠して、僕は予備のショートソードを伯爵に突きつけた。


「僕たちの要求はひとつだ。こっちに手を出すな。そうすれば僕たちはなにもしない」


「ふ、ふふふふふふ、ばかめ」


 伯爵は半分に折れた大剣を構えた。


 全身をおおう鎧は、青白い光を放っている。


 かぶとの面甲をおろして、完全防御の態勢だ。


「私がなんの備えもしていないと思ったか庶民! この『聖別されし鎧』は魔法の威力を九割まで減衰させ、物理ダメージも減少させる上に自動回復能力をだからスライムはやめろおおおおおおっ!」


 すぱーん すぱーん すぱーん


 ぬるぬる、ぬとぬと


 アイネが『魔物一掃』で飛ばしたスライムが、伯爵の全身に着弾。


 そのまま鎧の表面を這い上がっていく。


 伯爵の足首、膝、肩、肘、手首。


 鎧の関節部分にまとわりつき、奴の動きを完全に封じ込める。


 いいやつだな、グリーンスライム。


 種族全体と不戦協定ってできないかな。無理かなー。


「言っただろう。伯爵。僕たちはあんたには興味がないんだ」


「……う、うぅ」


「僕はあんたを殺さない。ひとつ『契約』したいだけだ」


「『契約』だと」


「正確には、契約したがってるのはアイネだけどさ」


 名前を呼ばれて、メイド姿のアイネが前に出る。


 彼女は首からメダリオンを取り出し、伯爵に示す。


「伯爵さま。もうアイネたちを追わないで。アイネは庶民ギルドをなくしたことをなんとも思ってない。別の町で、あなたのしたことを言いふらしたりしない」


「なんとも思ってない……?」


「アイネは新しい居場所を見つけたから」


 アイネは僕を、それからセシル、リタ、レティシアを順番に見て、笑った。


「だからアイネと『契約』して。

『アイネはあなたにされたことを、他の町で訴えて出たりしない。この場はあなたを殺さずに解放してあげる。もしもみんなが反対したとしても、絶対に。

 代わりに伯爵はアイネと、アイネの仲間にもう関わらない』」


「ほ、本当にそれでいいのか?」


「いいの。そして

『伯爵はダンジョンの奥で魔剣を手に入れるために全力を尽くして。アイネたちのことをすべて忘れてしまうまで』

 ──心残りをなくすために。アイネの望むことは、それだけなの」


 アイネは、ふぅ、とため息をついた。


 僕の教えた通り、一字一句間違えずに言えたことを安心するみたいに。


 さあ、どうする伯爵。


 ほかに選択肢なんかないだろ?


「これが嫌なら、命のやりとりになるけど?」


「わ、わかった。『契約』する!」


「じゃあ、アイネ」


「『契約コントラクト』」


 かちん、と、アイネと伯爵はメダリオンを打ち合わせる。


 契約完了だ。


 僕は伯爵をスライムから解放する。


「と、ところで、お前の持っているその黒い剣だが、それは魔法の剣か?」


 伯爵が身を乗り出して聞いてくる。


 あ……やっぱりこいつ「魔剣レギナブラス」がどんな姿をしてるのか知らないのか。


 前にこの剣が出現したのって80年前だからなぁ。せいぜい絵が残ってるくらいだろうし、正確な姿かたちなんかわかるわけないか。


「どうだろう。それを私に200万アルシャで売らないか!?」


「……悪いけど無理だよ。あんたはこの剣のことを忘れる」


「──え?」


 ぺちゃ


 つぶやいた伯爵の頭に、リタがスライムを乗せた。


 反射的に、伯爵が兜を脱いだ。


 あらわになった伯爵の顔を、アイネのホウキがなでた。


「あなたを殺さないのは、アイネたちのわがままなの。なぁくんにごほうびしてもらうとき、あなたの血を流したことを思い出すのは、やだから。それだけなの」


 ホウキが1往復。


 伯爵の目が裏返る。


「わたしも同意見です。ナギさまがいいっておっしゃれば、灰にしますけど」


 ホウキが3往復。


 伯爵の身体から力が抜ける。


「あんたに触れるのなんかまっぴらだもん。あんたの血を受けた手なんかで、ナギに触れたりなんかできないもん」


 ホウキが9往復。


「わたくしはあなたを殺してしまいたいんですわよ? この変なパーティに感謝なさい、伯爵」


 意識を飛ばされた伯爵が、鎧を着たまま倒れた。


 アイネのホウキは、伯爵の顔を掃きつづける。


「じゃあな、伯爵。あんたもたまには、報われないブラック労働をやってみろよ」


 聞こえてないだろうけど。


 さよなら、権力者。


 僕たちはゆるゆる流れていくから、もう、ほっといてくれ。






 それから1時間と数十分後──


 リギルタ伯爵は頭を振って起きあがった。


 しばらく、自分がどこにいるのかわからなかった。


 どうしてこんな沼地で倒れているのだろう?


 わからない。なにかとても怖いことがあったことだけは覚えている。


 アイネ=クルネット。彼女の仲間のパーティ。


 自分は奴らを追いかけて……それから?


 ……いや、奴らのことなどどうでもいい。魔剣だ。


 自分は魔剣を手に入れなければいけないのだ。陛下にも魔剣を献上すると使者を送ってしまったのだから。


「全員、装備を整えよ! 今すぐダンジョンに向かうぞ!」


 伯爵は自分を取り囲む冒険者に向かって叫んだ。


 反応はなかった。


 どうしてだろう。雇われているはずの者たちが、自分に白い目を向けている。


 だが、関係ない。この『聖別されし鎧』は無敵だ。


 魔剣を手に入れるために、大金を払って手に入れたのだ。


 ダンジョンの最下層への道が開けた時に、自分がそこで魔剣をつかみとるために。魔剣を手にダンジョンから現れた自分を皆が見たとき、きっと語りぐさになるだろう。伝説になるかもしれない。


 自分は英雄になるのだ。今まで買い集めた魔導具──ガーゴイルも鎧も、国王から払い下げたタナカ=コーガも、すべてはそのためのもの。


「は、伯爵さま。パレードはどうしましょう?」


 起き上がった魔法使いが耳元でささやいた。


 なにを言っているのだ、こいつは。


 私はこの国を作った偉大なる初代国王を支えた12臣下、その子孫だぞ。


 パレードなどやっている暇があるものか。


「し、しかし、いまだ探索魔法に反応はなく、魔剣の正確な位置はわかっていませんが?」


「そんなことは関係ない! 魔剣だ。魔剣を手に入れるのだ。魔剣魔剣魔剣魔剣っ!」


 馬を探しに行く余裕などない。


 今すぐに動かなければ。貴族としての名誉にかけて!


「すぐにメテカルに戻るぞ。『貴族ギルド』『庶民ギルド』総員で魔剣探索を行う! すぐにタナカとアルギス副司教に連絡を取れ!」


 伯爵はメテカルに向かって走り始めた。

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