第21話「ガーゴイルをバッテリー切れにして粉砕する」
「お待ちしてましたわ──って、なんでそんなにボロボロですのっ!?」
うん。言われると思ってた。
魔法使いの館の地下で『能力再構築』を済ませたあと、隣の部屋で実験して、その後また隠し部屋に戻って、朝まで仮眠。
その後、僕たちは大急ぎでレティシアと合流した。
宿の荷物は魔法使いの館に行く前に、彼女に預けておいた。
アイネさんと一緒に、安全な場所に避難させてくれるって話だったから。
「でも、あなたの武器は?」
「……忘れてた」
僕はまっぷたつに折れたショートソードを放り投げた。
どうせ金物相手で折れると思ってたから、もう一本買っといたんだっけ。
レティシアも武器はレイピアから、頑丈そうなロングソードに切り替えてる。『鋼のガーゴイル』対策だ。お互い、ちゃんと考えてるってことか。
「本当に大丈夫ですの?」
「うん。ちゃんと実験は済ませてきた」
「実験?」
「なんとかなると思うよ」
無理はしない。
できることを楽して済ませて最大限の成果を、ってのが僕たちのポリシーだ。
「じゃあお仕事しようか。セシル、リタ」
「はいですっ」「りょーかいっ!」
そして僕たちはアイネさんの記憶奪還に向かうことになった。
見張り塔はメテカルから歩いて数時間のところにある。
元々、この国が統一される前に造られて、現在は週に一度衛兵が見回りに使ってるくらいだ。
僕たちがそこに着いたのは、夕方少し前。
木に隠れて近づくと、塔の入り口近くに炎が見えた。
見張りがいる──まあ、当たり前か。
話し声が聞こえる。
「聞いたか? 『庶民ギルド』の冒険者たちって結局、どっちでもよかったらしいぜ……」
あれ?
塔の入り口で焚き火を囲んでいる男は五人。
一人が肩を丸めて、他の男たちに話しかけてる。
「魔剣を手に入れたら『庶民ギルド』で幅をきかせて、失敗したら『貴族ギルド』につく。最悪
逃げればいい、だろ?」
「あいつらコーガさんにあっさり降伏したんだよな? 悪いのは『庶民ギルド』のギルドマスター見習いだって言ってさ」
「アイネちゃんにそそのかされた、だっけ? よく言うよな」
「魔剣を手に入れれば『庶民ギルド』の利益になるって、さんざん詰め寄ったんだろ?」
「しかも、魔剣を手に入れるために……って、ギルドの経費で装備を新調させたらしいぜ」
「さすがにばつが悪いんだろうな」
「アルギス副司教が彼女の記憶を奪ったあと、あからさまにほっとしてたもんな……」
……うわ。
僕はレティシアの顔を見た。
彼女も初めて聞いたらしい。びっくりしてる。
「まぁ、俺らは仕事だからしょうがねぇよな?」
「そうだな。『貴族ギルド』の下働きクビになったら、行くところねぇしな」
「そもそもガーゴイルを運び込んだのは俺らだけど、起動したのは伯爵様だし」
「前金もらって逃げたらあの狂犬タナカ=コーガが追ってくるだろうな。伯爵様は、ああいう奴らを王家から払い下げてもらってるらしいしな」
「まぁ、しょうがねぇよな!?」
「「「「「はーっはっはっはっはっ」」」」」
よし、襲撃しよう。
僕は合図した。
リタが音もなく木陰から飛び出した。
容赦もへったくれもない回し蹴りが、二人の男を蹴飛ばす。
さらに2人の肩を、レティシアのロングソードが貫く。
最後の一人が立ち上がる。武器を手にしようとしたところで、セシルの『炎の矢』が顔面に直撃。さらにリタの拳をみぞおちに食らって、悶絶。
僕は持って来たロープで、倒れた男たちを縛り上げて、ついでに目隠ししていく。
はい、おしまい。
「もぐーもぐー」って言ってる男たちを無視して、僕たちは塔を見上げた。
塔は5階建てで、最上階に衛兵の控え室があるらしい。
たぶん、アイネさんの記憶を隠してるとしたら、そこだ。
「じゃあ、さっさとお仕事しよう」
『庶民ギルド』の中身は、僕たちの考えてたのとは違うのかもしれない。
けど、関係ない。
僕たちはきちんと報酬が出て、就業条件に嘘がなくて、対等に扱ってもらえるなら働くだけ。
「リタとレティシアは前衛。僕とセシルが後衛」
僕は言った。
「セシルとリタは作戦通りに。『天使ガーディアン』を倒したのと同じやり方で行くよ」
「はいです!」「りょーかい!」
「ちょっと待ってください。『天使ガーディアン』を倒した!? 『ガーディアン』最高位のあれを? あなたたち一体なにを!?」
「「「せーのっ!」」」
僕たちはアイネさんの記憶が隠された塔に飛び込んだ。
「あー、これが『鋼のガーゴイル』か」
すごいなー。でかいなー。
身長は3メートルくらい。コウモリみたいな翼が生えてる。
両手にはでっかいかぎ爪。革の鎧くらいなら防御無効でダメージが来そうだ。
拠点防衛型ってのは嘘じゃないらしく、僕たちが塔に入ったとたん、わらわらと集まって来た。おまけに入った瞬間、背後の扉が閉まるっていうゲームでおなじみのトラップつきだ。
『鋼のガーゴイル』の数は4体。
動きはそんなに速くないけど、威圧感がすごい。
レベル10推奨ってのは嘘じゃない。おまけに見るからに固そうだし。
「それじゃ、リタ。よろしく!」
「了解! ご主人様がくれたスキルを見せてあげる!」
『鋼のガーゴイル』に向かって走りながら、リタが『再構築』したばかりのスキルを起動する。
大きく息を吸い込み、綺麗な声で歌い出す。
『
『歌』で『反応速度』を『高める』スキル
「──歌を捧げましょう。素直になれない私の思いをこめて。愛しい方に、不器用ながらも全力の愛を──それが力になるのなら、私のすべてを──」
リタの声が、僕たちの神経にしみこんでいく。
神聖力と歌が混ざり合った波に、身体が熱くなる。
「誰よりも速く、誰よりも強く──思いを感じ取れるような速度を──みんなに!」
リタが歌い上げた瞬間、僕たちの五感が反応した。
身体が軽くなる。
「GYAAAAAAA!!」
『鋼のガーゴイル』が翼を広げて、こっちに飛んでくる。
大丈夫──見える。まるでスローモーションみたいだ。
僕はショートソードを握りしめたまま『鋼のガーゴイル』の爪を避けた。
味方全員の、反射能力が強化されてる。
でなかったら今のでまっぷたつだ。
リタの『無類歌唱』は味方全員の反応速度を上昇させる。
五感でなにかを『感じて』『判断して』『行動する』──その一連の流れがほぼ倍速になってる。ゲームで言えば『
ただし、リタのこのスキルは『判断する速度』まで速くなってる。
まるで僕たちだけが別の時間軸で動いてるみたいだ。
「な、なんですかこれは!」
あ、レティシアに説明するの忘れてた。
「見える! 速い! 気持ちいいけど気持ち悪いですの!」
がいん
レティシアのロングソードが『鋼のガーゴイル』の爪をたたき割る。
物理攻撃減衰といっても、少しは通るのか。
「わたしのご主人様に──近づくなぁ!」
リタが『鋼のガーゴイル』に回し蹴り。『神聖力掌握』で強化された踵の一撃に、敵がよろめく。手刀が、ガーゴイルの角を両断する。
敵の動きが止まる。今だ!
「セシル! 撃っていいっ!」
「『汝の妙なる流れを我は喰らう』──『
セシルの指先から、漆黒の矢が飛び出した。
リタが射線から待避。
黒い矢は『鋼のガーゴイル』にあたり、爆ぜた。
ダメージはたぶん、通ってない。
だけど、『鋼のガーゴイル』が羽ばたいて立ち上がる動きが──ぎこちなくなる。
というか、少しだけ遅くなってる。
『
『魔法』で『魔力』を『奪う』スキル。
セシルの新しい魔法は、漆黒の矢を撃ち出す。
そして、それが当たった相手から、魔力を奪う。こっちがもらうわけじゃなくて、消しちゃうだけだけど。それでも充分。『ガーディアン』系には最強の魔法だ。
『鋼のガーゴイル』は魔力で動いてる。
火炎魔法は効かないし、物理ダメージだって減衰する。
だったら、耐久力をゼロにするより、燃料を奪った方が早い。
「セシル! おかわり!」
「『堕力の矢』! 『堕力の矢』! 『だりょくのや────っ』!!」
ぺち ぺち、ぺちん! ぺちぺちんっ!
黒い矢が次々にガーゴイルに着弾。
奴らの動きがどんどん遅くなっていく。
まるで機械のバッテリーから、どんどん電力を奪ってるみたいに。
「全員ダッシュ! 上の階に行くよ!」
『鋼のガーゴイル』の燃料をゼロにする必要なんかない。
目的はこいつを倒すことじゃなくて、アイネさんの記憶を取り戻すことなんだから。
僕はショートソードを振り回す。
新しく買った奴だけど、重さもサイズも変わらない。
僕の腕じゃ
それでも僕は、当たらない剣を振り続ける。
「このガーゴイルっ! まとわりつくんじゃないわよ! 寝て、ろっ!」
『神聖力』を宿したリタの拳が進路上の『鋼のガーゴイル』を叩いた。
動きの止まった敵に、再び『堕力の矢』が命中する。
それでも『鋼のガーゴイル』は拳でリタを弾き飛ばした。
「だめ! ナギ────っ!」
『鋼のガーゴイル』が2匹、まとめてこっちに来る。
はじき飛ばされたリタは床に転がって、別の一体の爪を避けてる。
レティシアは別の一体と交戦中。セシルは僕の後ろ。
2体の『鋼のガーゴイル』は、スローモーションで近づいてくる。
遅い。
このスピードなら、僕の腕でも大丈夫か。
「セシル! 危ないから離れてて!」
「は、はいっ! お気をつけて!」
スキルの使い方は『天使ガーディアン』相手にした時に覚えた。『鋼のガーゴイル』はあっちよりは弱いはず。『超越感覚』使わなくてもいい。
ミスったら、死ぬ。けど。
セシルとリタが、フォローしてくれるし。
じゃあ、せーの、っで、
「解放! 『
タイミングを合わせて振ったショートソードが、巨大化したように見えた。
だいたい20倍か30倍くらい。
刀身が『鋼のガーゴイル』たちの胴体に食い込み──両断した。
まっぷたつになったガーゴイルが崩れ落ちる。
同時にショートソードはこっぱみじんになり、反動で僕の身体が後ろに転がる──っと。
「ナギさま!」
「だいじょぶ!」
ごろごろ転がった僕を、ちっちゃなセシルが身体で止めてくれた。
なんとかなかった。
すごく疲れるスキルなんだけど、これ。
『
『
『遅延魔法』ってのがある。
あらかじめ呪文を唱えておいて、好きな時に発動する魔法だ。
これは、その剣術版。
何度剣を振っても、
僕は塔に入った時から、ずっと剣を振ってた。
リタの『無類歌唱』の効果で加速してるから、30回から50回。
ただし『遅延剣術』発動中は、敵に剣を当ててもダメージは与えられない。文字通りのゼロダメージ。僕の腕がむちゃくちゃ疲れるだけ。
ひたすらためて『解放』した時に、今まで振った分の攻撃力がまとめて炸裂する。
僕はそれを『鋼のガーゴイル』にたたきつけた──らしい。
自分ではよくわかんないけど『鋼のガーゴイル』はまっぷたつになって、僕の剣は砕けた。
「セシル、とどめ。やっちゃえ!」
「『だりょくのーやぁ』! 『だりょくのやっ』! 『だりょくのやあああっ』!!」
ぺち ぺち ぱしゅ
威力なんか全然なさそうな黒い矢が、残り2体の『鋼のガーゴイル』を叩く。
ぱち ぱち ぱしゅん!
とうとう飛べなくなった『鋼のガーゴイル』が床の上で膝をつく。
「このまま前方を警戒しつつ突撃!」
僕はセシルの手を引いて走り出す。
「これで全部とは限らない。油断しないで! リタはレティシアのガードをよろしく!」
「わぅん!」
「いや待って。待ってくださいの! なにが起こってるのかさっぱりわからないんですけど!」
「アイネさんの記憶を取り戻したあと、余裕があったら説明する!」
「なかったら!?」
「僕たちは謎のパーティってことで」
「わたくし、納得できないことは嫌いですの!」
先頭を走りながら、レティシアは叫んだ。
「『貴族ギルド』だって、やり方に納得できないから敵対してたんですわ。でも、今一番納得できないのはあなたたち。どうしてこれだけの力を持つパーティが無名ですの!?」
「それは……ひのふの……5日くらい前に出来たばっかりだから」
「パーティ名は!?」
「『
それは元の世界で作ったゲームのタイトルだ。
縁起が悪いし。それに口に出してはじめて気づいたけど、中二病まるだしですごく恥ずかしい。
「あなたたちなら『貴族ギルド』を押さえることができますわ。狂犬タナカ=コーガを倒し、『鋼のガーゴイル』を無力化した最強のパーティ! そういうものがいるとわかれば、伯爵たちも警戒するはずですもの!」
「えー」
「この町最強のパーティとして伝説を残せますのよ!?」
「やだ!」
「子供ですかあなたは!?」
「謎のパーティとして『貴族ギルド』の抑止力にするのはいいけどさ、伝説とかそういうのいらない。僕は普通にのんきに暮らせればそれでいいんだ!」
「奴隷の少女たちのことも考えてあげなさい! あなたはそれでよくても、彼女たちはその優れた力を活用することもなく、ただ無駄にすることになりますのよ!」
走りながらレティシアはセシルとリタに向かって語りかける。
「あなたたちは後悔しませんの!? 自分たちの力で世界を変えたいとは思いませんの!?」
「それはわたしの一族がずっと昔に捨てた道です」
「私は遠回りするのやめたんだもん。世界より家族の方が大事だもん!」
全会一致。
「別にいいじゃないか自分優先で考えたって」
「わかりません! 理解できませんわーっ!」
「だって、英雄とか勇者をやりたい人はほかにもいるし」
王様とか。
タナカ=コーガとか。
「たまには自分のことしか考えないチートキャラがいてもいいと思うよ」
しゃべりながら駆け上がる階段の突き当たり。
『鋼のガーゴイル』は4体で打ち止め。ならず者は全員、外でダウンしてるはず。
最上階の扉を開くと……あった。
部屋の中央に無造作に置いてある、金色の結晶体。
尖った水晶みたいな形をしてる。
あれが、アイネさんの記憶か。
「よし、回収! 全員撤退!」
クエスト完了。
僕たちは結晶体を袋に入れ、最上階の部屋を出た。
あとは塔を出て、森を駆け抜けてレティシアが準備してくれた隠れ家に向かうだけ。
退路は──大丈夫か。ゴロツキたちは全員目隠しして縛り上げたはずだけど。
僕たちは、四階の部屋の窓から外を見た。
「ナギ。あいつがいる!」
リタが心底嫌そうな声で言った。
「……げ」
塔の前に、アルギス副司教が立ってた。
『イトゥルナ教団』の幹部で、今回『庶民ギルド』が襲われた時にも関わってた奴だ。
たいまつを持った冒険者風の男たち──たぶん『貴族ギルド』が雇ったゴロツキ──にかこまれて、塔を見上げてる。手には杖。あれが、アイネさんの記憶を抜き出したマジックアイテムか。
悪い顔してるなー。
リタを奴隷にする、って言ったときと同じ顔だ。
「よし。適当に中央突破しよう」
「「おー」」「え? あ、はいですの」
僕たちは打ち合わせしながら、階段を駆け下りる。
アルギス副司教は、自分の幸運に身震いしていた。
やはり女神の加護だろう。
司教さまが不在の間に『清浄なる杖』を持ち出せたのも、
伯爵からそれを使う機会を与えられたのも。
定期的な見回りを行っているこの時に、侵入者が塔に入り込んでいるのも。
「……侵入者がうら若き少女ならば嬉しいのですが」
アルギス副司教はほくそ笑む。
『清浄なる杖』は数年分の記憶を取り出すことができる『イトゥルナ教団』の秘宝だ。
アイネ=クルネットの記憶を抜き出し、塔に隠したのは伯爵からの依頼。
彼女が『庶民ギルド』のことを忘れるところを他の者に見せつけ、逆らったらどうなるかの見せしめとするためだ。
その後どうするか、アルギス副司教には計画があった。
身寄りのない少女だ。
保護してやるつもりだった。
あの邪魔な、青髪の貴族の少女さえいなければ、騙して奴隷にすることができたのだ。
「……まだこの杖を返すつもりはありませんよ」
塔に進入した残党は、恐らくはあの青い髪の少女だろう。
仕返ししてやる。
『鋼のガーゴイル』と戦ってボロボロになっているところを引きずり出し、記憶を奪ってやる。
その後は──
「ではみなさん、お願いします」
アルギス副司教を囲む男たちが、巨大な楯を構える。
『鋼のガーゴイル』の攻撃を防ぐためのグレートシールドだ。
これで1階──ぎりぎり2階までは進めるだろう。
侵入者がそれより上の階にいた場合は知らない。勝手に死ねばいい。
「侵入者を連れてきた場合は、報酬は2倍払います。伯爵さまはお金の使い方をわかっている方ですからね。さあ、さっさと仕事をしてください」
と、アルギス副司教がまわりの男たちに命令したとき──
彼らの視界が、真っ白になった。
なにも見えない。
巨大な光の玉に包まれているのだと気づいたのは数秒後。
アルギスは反射的に『神聖力障壁』を展開する。
360度の球体防御壁。『鋼のガーゴイル』の攻撃も3発くらいは防げるという優れものだ。
よほどの攻撃か、同等の神聖力でしか破れないはず──
「ぐぇっ!」
悲鳴が上がる。
隣でグレートシールドを構えていた男たちが倒れる気配。
楯は決まった方向からの攻撃を防ぐためのものだ。
どこから攻撃が来るのかわからなければ、ただの重い荷物でしかない──
「聞きなさい! 『貴族ギルド』のゴロツキたち!」
あの、青い髪の少女の声だ。
やっぱり侵入者は彼女だった。
だが、わからない。
彼女の声からは、傷ついている様子も疲労している様子もない。
まさか、『鋼のガーゴイル』を倒したというのか!?
「『鋼のガーゴイル』は謎の最強パーティ『
「うわあああああああああ────っ!?」
『外なる九つの告死姫たち』!?
意味がわからない。なんだそれは。
それに今の悲鳴は? 聞いたことがある声だ。
誰だ──?
「……相変わらず悪趣味ね。あんたは」
すぅ、と、野生動物のような動きで、目の前に誰かがやってくる。
目はまだ見えない。けれど、耳に届いたその声は──
「リタ=メルフェウス──!?」
『神聖力障壁』に、なにかがぶつかる音。
彼は気づかなかった。
副司教である彼の神聖力を薄く──全体的に配分した球体の防護壁を、
リタが『神聖力掌握』で拳の一点に集中した神聖力が、打ち破ったことに。
障壁が、ぱりん、と、砕ける。
副司教が手にしていた杖が、折れる。
みぞおちに、拳がめり込む。
身体が後ろ向きに吹き飛ぶ──その時には、意識は半分消し飛んでいる。
さっき聞こえた声が本当にリタ=メルフェウスだったのか、彼女に執着している自分の願望だったのか──それすらももうわからない。
「だから! あのパーティ名はなしだって言っただろ!」
「どうせ意味不明なんですからいいじゃありませんの」
そんな声が最後に聞こえて、意識が途切れた。
気がつくと、木の根元に自分は倒れていて、
握っていたはずの『清浄なる杖』は、粉々に砕けていて、
毎日綺麗に洗濯させている神官服は、土と吐瀉物で見るかげもなかった。
ならず者たちは半分が倒され、半分が目を押さえてまだ転がっていた。
あわてて塔に飛び込んだ一人が、青くなって戻って来る。それだけで──なにが起こったのかアルギスは理解した。
「……アイネ=クルネットの記憶が、持ち去られた?」
終わりだ。
アルギス副司教の身体から、力が抜けた。
人生終わった。
『清浄なる杖』なんか、さっさと司教さまに返せば良かった。
「……私は悪くない」
これは事故──そう、事故だ。
通りがかりの魔物に噛みつかれてしまったようなものだ。
「私は悪くない。私は悪くないぞおおおおおおお────────っ!」
森のはざまに、アルギス副司教の絶叫が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます