第129話「同じだけど違うふたりの、たったひとつのお願い」
「──あるじさまと皆さんの身を守るため、この命を使わせてください。お願いします。愛しい、あるじどの……」
「却下」
フィーンのセリフを、僕はあっさり拒否した。
「悪いけど、うちのパーティは『ほぼ死ぬ戦い方』と『自己犠牲』は禁止だから」
「……は?」
「
フィーンは、ぽかん、って口を開けてる。
けど、これは譲れない。うちのパーティは死亡禁止、大けが禁止、具合が悪いの隠すの禁止。破ったものにはおしおき、ってルールが決まってる。うちのパーティはゆるゆるだけど、ルールくらいはあるんだ。
入ったばかりとはいえ、フィーン(カトラス)にも、それは守ってもらわなきゃいけない。
「というわけで、選択肢はふたつ……かな」
ひとつは、このまま逃げること。
家とは逆方向に逃げて、奴をまく。そしてイリスたちと合流して、ラフィリアの『退魔結界』スキルでバリヤを張り、内側から黒騎士にダメージを与えて削り殺す、って方法だ。
もうひとつは──フィーンの『神代器物適性』を『再構築』すること。
これは奴隷契約が必要になるから、フィーンだけじゃなくて、カトラスさんにも同意してもらわなきゃいけない。可能性は低い。元みならい騎士でお姫さまだからね。奴隷なんて抵抗があるよな。
やっぱり、ここは逃げて長期戦を狙った方が──
「だったら、お願いです、あるじどの。わたくしをあなたさまの
──不意に、フィーンが僕の顔を見上げて、言った。
真剣な目で、片手で、雑に胸を隠しながら。
「そうすれば、あの黒騎士を倒せるのでしょう? 違いますか?」
読まれた? ……表情に出てた? いや、違うな。
フィーンはおそろしく察しがいい。彼女は誰にもその存在を気づかれないままで、カトラスさん自身が『女の子』だって気づかないように、ずっとサポートしてきた。まわりの様子と、カトラスさん自身の反応を読み取って──そんなの、相当な観察力がなきゃつとまらない。
その観察力で、セシルとリタのスキルに主従契約が関わってることに気づいたのか。
「……どうして奴隷になりたいなんて考えたんだよ。フィーン」
「はい。セシルさまとリタさまは、あの黒騎士と対等に戦う力をお持ちです。あの力は通常のものではありません。そして、おふたりはあるじどのを心より慕っていらっしゃいます」
まるで主君の問いに答える、騎士のように──
僕の前に膝をつき、フィーンは言う。
「そしてあるじどのは、むやみに他人を支配したがる方ではございません。となれば、おふたりの力と、主従契約が関わっていると考えるのは、自然なことではありませんの?」
「……すごいな、フィーンは」
僕たちとカトラスさん(フィーン)はたがいに秘密を持っていて、おたがい内緒にする約束してるから、油断してたってのはあるけど。
でも、セシルとリタの力に『主従契約』が関わってるところまで読み取ったのはすごい。
「つまりフィーンは、この場を切り抜けるために、一時的に僕の奴隷になりたいってことか?」
「あ、ごめんなさい。嘘つくのはカトラスが抵抗あるみたいだから言っちゃいますわ。本当はね、身も心もあるじどのものになりたいだけ。それだけですわ」
……え?
「わたくしとカトラスは、あるじどのの中に騎士以上のものを見たの」
フィーンは両手を組み合わせて、祈るようにつぶやいた。
「あるじどのは、わたくしとフィーンを救ってくださいました。この身と、この心を。なにものでもなかったわたくしに居場所と名前をくれて、カトラスにも道を示してくれた。
それはわたくしとカトラスが、この身と忠誠を捧げるに値する──光のようなもの。父に捨てられ、母の都合で道を押しつけられたわたくしたちが、たったひとつ、自分で選んだものなの」
そして、やさしいほほえみを浮かべながら、僕を見た。
瞳の色が、いつもと違ってた。
「『死ぬのは許さない』とおっしゃいましたよね?
だったらわたくしに『契約』で、その忠誠を全うさせてください。
この場を切り抜ける力を、わたくしたちにください──あるじどの」
──『彼女』の右目は、赤紫。フィーンの色。
「ボクもそうであります! 迷いなんでないのでありますよ! あるじどの」
──左目は、青。カトラスさんの色だ。
まるで同時に2人が存在しているみたいだった。
声が、左右から別々に聞こえる。
「フィーンという、あるじどのからもらった名にかけて」「カトラスだって偽名みたいなものでありますが……その名にかけて」
「あるじどののものになりたいのですわ」「元みならい騎士としての忠誠を捧げたいのであります」
「もちろん、お望みなら女の子としてでも」「……フィ、フィーンっ! それはまだ早いのであります!」
「あるじどのにすべてをささげ、共にありたいと」「だ、だから! 今はそんな場合ではないと!」
「どうかこのはしたない姫に、首輪を」「その言い方はえっちすぎでありましょう!?」
「おだまりなさい。いまさら見苦しいですわよ!」「はいっ!」
──フィーンとカトラスさんは、普通の二重人格じゃない。
フィーンは、確かはカトラスさんは母親に魔力で呪われているようなものだって言ってた。
だから、こういうこともできるのか?
「あるじどの」「あ、あるじどのぅ……」
フィーンとカトラス──『彼女』はゆっくりと、目を閉じて、
「「わたくし(ボク)を、奴隷に。正式にあるじどのにお仕えするものにしてください……」」
「わかった」
ここまで言わせておいて、ためらってる場合じゃない。
『彼女』のスキルを『再構築』して、ここを切り抜ける。
そうすればたぶん、あの黒騎士を倒すどころか──アーティファクトとして手に入れることだってできるかもしれない。
「ただし『契約』だから期限は決めるよ。
そうだな……カトラスさんとフィーンの人格が合体してひとつになるまで、僕がふたりの面倒を見ることにする。その対価として、ふたりは僕の奴隷になる。人格が合体してひとつになり、安定したら『契約』解消。これでどうかな」
これくらいならいいだろ。
どっちみち、今のふたりを放り出すわけにもいかない。カトラスさんはフィーンの存在に気づいたばかりで、まだ不安定だ。生まれの問題もある。だったら僕が面倒を見る代わりに、奴隷として働いてもらう。
人格がひとつになって安定したら、また道を選べばいい。
そういうやり方があってもいいよね。
「いいかな。フィーン、カトラス」
「問題ありません」「わかったのであります!」
彼女の身体が、二度うなずいた。
僕はセシルとリタの方を見た。ふたりに、このあとの作戦を伝える。
ふたりは「「はいっ」」って言ってから、また壁の方を向いた。後ろから見ると、耳と首筋まで真っ赤になってた。『再構築』はされるのも見るのも恥ずかしいんだよな。
でも、しょうがないよね。馬車の中、狭いからね。
「じゃあ『
「「『契約』(で、あります)!!」」
僕たちは『契約のメダリオン』を打ち鳴らした。
しゅる、と音がして、彼女に革の首輪が巻き付く。
彼女は右手でそれをなでて「……うふ。『くっ殺せ』と言って身をゆだねるときが来たようね」って笑い──
彼女は左手でそれをなでて「……ど、奴隷姫騎士であります。なんかときめくであります」って、胸を押さえてる。
そして僕はご主人様権限で、フィーンとカトラスさんのスキルを開示した。
確認するのは、この場で使えそうなスキルだけでいい。
今『能力再構築』できそうなものは──
『
『アーティファクト』を『完全』に『支配する』スキル
これは古き時代の遺物に魔力を流し込み、支配下に置くことができる。いわゆるハッキングスキルだ。
ただし、『完全』って概念が入ってるせいで、支配に時間がかかる。中途半端にハッキングして、相手の動きを邪魔するような使い方はできないそうだ。
カトラスさんの方にも使えそうなものがあるな。これは──
『
『盾と体当たり』で『敵』を『吹き飛ばす』スキル
これは一般的な戦闘スキル。
楯を前にしてぶつかっていって、敵を吹き飛ばす。威力が弱いのはカトラスさんの身体が小さいから。でも、これも『再構築』すれば、意外な効果を発揮するかもしれない。
あの黒騎士はチートキャラみたいなものだ。できることはなんでもしておきたい。
「いいかな。カトラス、フィーン。僕にはスキルを組み替えて、強化する力がある。それを使って、今からふたりを強化する。使ったあとはしばらく僕から離れられなくなるし、あとで互いの身体をくっつけて、スキルを調整しなきゃいけない。わかる?」
「今さら聞くことではなくてよ?」「元みならい騎士として、覚悟は決めたのであります!」
ふたりでひとりの彼女は、ぴたり、と僕に身体を寄せてくる。
僕は彼女の胸に手を当てた。
心臓がどくん、どくんと鼓動してる。
カトラス──フィーンは身体がひとつ、人格はふたつの不思議な少女。『
それでも『彼女』は、僕の肩に額を押しつけて──笑ってる。
不安にさせないようにしないと。
さっさと片付けて、家に帰ろう。アイネやイリス、ラフィリアにも『彼女』を紹介しないといけないし。
「いくよ。フィーン、カトラス」
「「はい。あるじどの!」」
この前、手に入れたばかりのスキルがある。
これを使って『4概念チートスキル』を作ろう。
『
『行動』を『すばやく』『決める』スキル
これは荷馬車護衛舞台のリーダーからもらったスキルだ。
……ありがとう、リーダー。仲間にボコられてるところ助けられなくてごめん。あとで借りは返すから、あなたにもらったスキルを使わせてもらうよ。
僕は自分に『果断即決LV3』をインストールして、2本の『魔力の糸』を『彼女』につないだ。
「……んっ。ぁ……」「……あったかぃ……で……あります」
うつろな目で、彼女が僕を見てる。
どっちがフィーンでどっちがカトラスなのか、もうわからない。
……どっちでも同じだ。ふたりとも僕の大事な奴隷なんだから。
「実行! 『
「「────んっ。あ…………。────っ!!」」
びくん、と、彼女の身体が震えた。
魔力が一気に、ふたりの中に流れ込む。まるで電流が走ったみたいに『彼女』は真っ白な身体を反らす。でも、僕の手は放さない。逆に互いの手を重ねて、魔力の通り道を探るみたいに動かしてる。
「…………あるじどの……はいってくる……んぁ……は、はずかし……あ」
赤紫の──フィーンの目が僕を見て、まぶたを閉じた。
そして『高速再構築』は終了。
『彼女』は僕にしがみついてた腕をほどいた。
ふれあってたのはほんの短い時間なのに、お腹のあたりまで汗ばんでる。
「あるじどのが……入ってきたのを感じたであります……」
瞳の色が、青に戻ってる。カトラスだ。
「これが、あるじどのの力……うん。わかるであります。ボクの新しい力が」
「平気? カトラス」
「当然であります。あるじどのに……してもらったのでありますから」
「フィーンの方は?」
「ふっふーん。それが、でありますね」
カトラスは笑いながら、僕の耳に口を近づけた。
「あるじどのが身体の中に入ってきてくださったのが恥ずかしくて、隠れちゃってるであります。肌をさらすのは平気なくせに、ほーんと、だらしないでありますな! フィーンは!」
そう言って、えっへん、と胸を張るカトラス。
……見られるのは平気なのに、触れられるのには弱いのか、フィーン。
同一人物だけど、弱いところはふたりとも違うんだね……。
「それじゃ、作戦を説明するよ」
僕はセシル、リタ、カトラスに向かって言った。
『高速再構築』したスキルが意外と使えそうだから、作戦をアップデートすることにした。
逃げるのはやめだ。この場であの『黒い鎧バルァル』を支配する。
「──ってことだ。わかった?」
「わかりました、ナギさま」「わかったもん」「承知であります!」
セシル、リタ、カトラスの声に合わせて、僕の背中で魔剣のレギィが震える。
みんな、わかってくれたらしい。
「じゃあ、さっさと片付けて家に帰ろう。アイネたちが待ってる」
作戦開始だ。
そうして僕たちは手をつないで、馬車を降りた。
距離をおいて、槍を構えて、じっとこっちを見据えているアーティファクト──
黒騎士『バルァル』を倒し、すっきりと家に帰るために。
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