第128話「変態ストーカー騎士迎撃戦と、フィーンの自分専用トラップ」
──イリス視点──
「──なるほど、騎士さまの世界には、そんなうわさがあるのですか……」
イルガファ領主家の大広間。
午前のお茶会に出席するように言われたイリスは、騎士のガルンガラと話していた。
テーブルを挟んで、少し距離をおき、間にはアイネが控えている。
もちろんメイド服のポケットには、使いやすくカットしたボロぞうきん入り。まわりの人間をスタンさせ、この場を離れる準備は整ってる。もちろん、万一のときのためだけれど。
「資格試験の季節になると騎士の
イリスは、手に入れたばかりの情報をかみしめるように、つぶやいた。
「内密にお願いいたしますよ。ゴーストのことが知れたら、なまっちょろい騎士候補たちが、おじけづいてしまいますからな!」
ガルンガラは大口を開けて笑った。
「ですがガルンガラさま。先ほどの話では一般の旅人が標的になることもあるとか」
「まれに、ですよ」
騎士ガルンガラは長いヒゲをなでた。
「ゴーストは騎士候補の受験票と、忠誠心の光に惹かれて現れると言われております。
受験票はともかく、亡霊を引き寄せるほどの忠誠心を持つ者はなどおりません。いるとすれば、主人に命を捧げてもいいと考えている奴隷くらいでしょう」
「そんなものはいない、と?」
「さぁ、すくなくとも自分は見たことがありませんな!」
「……さようですか」
イリスはアイネに目配せした。
アイネはお茶をさげるふりをしながら、大広間を見回している。人の動き。物の配置。『お姉ちゃん』はすべてを観察しながら、一番素早くここを出られるコースを探っている。
イリスはアイネがうなずくのを確認して、元騎士ガルンガラから一歩、離れた。
「本当にただのうわさ、でしょうか」
潮時だった。
「師匠が聞き込みを──いえ、知人に聞いた話では、実際に大けがをし、試験に来られなかった騎士候補生もいると聞いていますが?」
「さー。どうでしょうな」
話に飽きたのか、あくびをしながらガルンガラは答える。
「騎士のゴーストの話が本当だとしても、騎士内部のこと。ともに困難を乗り越えて一体感を高めただけの話です……敗れた者は……それだけの話でしょうな。知りませんな。ただのうわさなのですから……」
「貴重なお話をありがとうございました。どうぞ、お茶会をお楽しみください」
イリスはドレスの裾をつまんで、一礼。
ガルンガラの返事を待たず、アイネと一緒に大広間から出ていく。
すでに、話の裏は取っている。次期領主候補のロイエルドからの情報だ。
彼と元騎士ガルンガラのつきあいは長い。それに、ロイエルドはまだ幼く『海竜の巫女』には礼儀正しい。イリスが話しかけたら、よろこんで応じてくれた。
世間話から、騎士の話へ。
イリスのたくみな誘導に気づいた様子もなく、ロイエルドは知っていることをすべて話してくれた。
このイルガファの町に来る前、ガルンガラと同じ元騎士たちが、なにかの儀式をしていたこと。
その儀式に、魔法使いが立ち会っていたこと。
ガルンガラたちが古い騎士の鎧を買い集めていたこと。
確定ではないが、騎士のゴーストの件を裏付けるには十分だ。
「けれど、リタさまはゴーストの天敵です」
「リタさんの『神聖力』なら、触れるだけで消せるの」
「イリスも、初めて出会ったときに助けていただきましたから」
「なぁくんの魔剣レギィさんも、魔法の武器なの。ゴーストには効くの」
「心配することないのでしょうね」
「ええ。まったく心配ないの」
「…………」
「…………」
イリスとアイネは顔を見合わせた。
そして──
「「──────っ!!」」
人目なんか気にせず、まっすぐ領主家を飛び出した、
『
それに、ロイエルドからはおかしな話も聞いている。
元騎士ガルンガラは言っていたそうだ。今年はかなり古い素材が手に入った。おかしなものが出てくるかもしれない、と。
「いきましょう。アイネさま!」
「わかってるの。ラフィリアさんが馬車を用意してるの!」
『幻想空間』で、ダミーのイリスとアイネは作っておいた。
この前と同じ言い訳を使ったから、夕食までは保つはずだ。
なんとしても『意識共有・改』の通じる場所へ。
──今行きます。お兄ちゃん──っ。
イリスとアイネは、ラフィリアが待つナギの家へと駆けだしたのだった。
──ナギ視点──
「こいつ──
がいんっ!
リタの拳を、黒い騎士の腕が受け止めた。
騎士はそのままリタに向かって槍を繰り出す。リタはそれを紙一重で避けて、今度は騎士の首筋に蹴りを飛ばす。
『
中に人間が入っていたら、曲げられない方向に。うわ。
「リタ、戻って! 援護する!」
「わかったわ、ご主人様!!」
リタが変態騎士の馬を蹴飛ばし、その勢いで後ろに飛ぶ。
馬はこわれたように走り続けている。軍馬のような甲冑をつけて、首を振りながら必死に脚を動かしてる。リタの蹴りを受けてもびくともしない。
『よいぞ。騎士候補のにおいに……これは忠誠の光か! 我が相手をするのにふさわしい!』
変態騎士は馬車に向かって腕を振る。
「ナギ! 避けて!!」
「発動! 『
僕は馬車の外に向かって魔剣レギィを突き出す。
自動で刀身が、ぐるん、と回って、飛んできたダガーを受け流した。
「ありがと、レギィ!」
『おぅ。だが、うっとうしい奴よ。あの変態騎士は!』
まったくだ。
『柔水剣術』は剣であれば受け流せる。飛び道具だろうと関係ない。だけど、奴のダガーを受け流したのは6回目。あれは変態騎士の飛び道具だけど、数に限りがあるかどうかもわからない。
いい加減にどっか行って欲しいんだけどな、まったく。
「──振り切れそうにないか……」
僕は後ろを見た。リタと戦いながら、変態騎士はぴったりと馬車についてくる。
馬車と騎馬じゃ速度が違いすぎる。
あいつはまっすぐ岩山を駆け下り、馬車を追いかけてきた。問答無用だった。イリスからの手紙があったから、あいつを『敵』だって認識できた。逃げ出せたのはそのおかげだ。
だけど、このままイルガファまで連れてくわけにもいかない。
「セシル、頼む。魔法で奴の足を止めて」
「はい、ナギさま! 『炎の矢』──『ふれいむ、あろー』っ!!」
馬車から身を乗り出して、セシルが魔法を放つ。
『──むぅん!』
だけど変態騎士は、『炎の矢』をあっさりとかわした。
片手で馬を操りながら、蛇行しながら僕たちを追ってくる。それでも、リタが逃げる隙はできた。
「報告です。ご主人様!」
馬車に戻って来たリタが、僕の前に膝をつく。
「あいつは、少なくともアンデッドじゃないわ。それに、前に戦ったリビングメイルとも違う。中にはなんにも入ってなかったもん」
「鎧そのものが勝手に動いてるってこと?」
「うん。あいつは言ってたの『そなたらの忠義の光は素晴らしい。我が戦うのに値する』って」
なんだそれ。
「『現代の騎士が失ってしまった
現代の騎士……?
ってことは、あの変態ストーカー騎士も、やっぱり騎士の一種なのか? 魔物じゃなくて?
「カトラスさん。あいつに心当たりはある?」
僕が聞くと、カトラスさんは、びくん、と背中を震わせた。
ちっちゃい身体を丸めて、騎士資格の受験票を握りしめてる。
「わ、わからないであります。ボクは騎士試験を諦めた身の上。変態騎士に追われる覚えはないであります。でも……もしもボクのせいなら……こんなもの──っ!」
カトラスさんは馬車から、受験票を投げ捨てた。
追ってきた騎士の馬のひづめが、ばきん、とそれを踏みつぶす。
「これで文句はないでありましょう! ボクはもう、騎士とは違う道を選んだのであります! どこか行ってください!」
カトラスさんは泣きそうな顔で、叫んだ。
けど、変態騎士は止まらない。
馬車をまっすぐ見据えながら、こっちに向かって馬を疾走させてる。
「リタ、周囲に他の敵の気配は?」
「ないわ。あいつ単体で動いてるのは間違いないわね」
「わかった。だったらチートを解禁だ。セシル、やっちゃえ!!」
「はい。ナギさま!」
馬車の床から、セシルが布に包まれた杖を取り出す。
深紅の杖──セシル用にパーソナライズされた、『真・
位置は馬車の扉のすぐそば。半分乗り出すような格好だ。
「……そ、それでは……ください……ナギさま」
「了解。合体しよう。セシル」
僕はセシルの胸に手を当てた。
セシルの身体は僕の腕の中にすっぽりと収まる。まるでそこが定位置みたいに。
深呼吸しながら、セシルは僕に背中をあずけてる。服を透して伝わってくる体温はすごく熱くて、触れてるうちに鼓動も早くなる。
僕の指はセシルの胸の上で、こきざみに動いてる。
セシルは気づいてないかもだけど、実は合体するたびに手と指の位置を調整して、いちばんいい繋がり方を研究してる。魔力が一番通りやすくて、セシルがふわふわな気分になれるところを。
今回は僕の手のひらの中心を──セシルの胸のまんなか──すこしだけ押し返してくるところに合わせて──ここかな?
ゆっくりと包み込むようにして、魔力供給を開始──と。
「……ん…………は……ぅ」
セシルは、ちょっとだけせつなそう眉を寄せて──
そして『
「いきます! 古代語魔法『
ふぉんっ!
深紅の魔方陣が、馬車の左右に浮かび上がった。
いつもならセシルの後ろにひとつだけ。でも、今回は4つだ。馬車の右に2つ。左に2つ。
馬車の左右にオプションの砲台──4つの魔法陣が出現してる。
これが圧縮と拡大をつかさどる杖、『真・聖杖ノイエルート』の力だ。
「いきま────すっ!!」
ずっどおどどどどどどどどどどどどどどどどどどど!!
街道に響き渡る、発射音。
真上から見たら、馬車の左右に砲台がついて、そこから銃弾が飛び出してるように見えるはずだ。炎の矢は道全体に広がってる。逃げ場のない範囲攻撃。
作戦はシンプルだ。
変態騎士が魔法をフットワークで避けるなら、その場所をなくせばいい。
それだけだ。
『真・聖杖ノイエルート』で効果範囲を拡大した『炎の矢』は、道いっぱいに広がってる。これを、避けられるはずが──。
『ぐうおおおおおおおおおおっ!!』
──ないよな。
『ぐっがああああああああああああっ!!』
ずどどどどどどがががががががどどどどどどどっ!!
変態騎士と黒馬に、大量の『炎の矢』が着弾する。敵の動きが、止まる。
「セシル! 範囲を調整。『炎の矢』を集中させて!」
「はいっ! ナギさま!!」
セシルは『ノイエルート』を調整。『炎の矢』を収束させていく。
散弾銃の弾丸のように広がっていた『炎の矢』が、変態騎士に集中していく。馬の身体に穴が空き、巨大な馬体が崩れていく。あっちは魔力で作ったニセモノの馬か。じゃあ、変態騎士は──?
『う、う、うれしいぞ我が好敵手よ。これでこそ戦いよ──!』
奴は動きを、止めなかった。
まさか。古代語版『炎の矢』が効いてない……?
「
セシルが叫んだ。
よく見ると、騎士の身体の前には、半透明の壁があった。
あの魔力の障壁が『炎の矢』威力を弱めてる。鎧に当たってるのは余波だけか。
『ふははははははは! 聞け! 我が好敵手よ!』
好敵手じゃねぇ。
って突っ込みたかったけど、やめた。
変態騎士は槍を地面につきたて、手から放してる。
こっちに言いたいことがあるみたいだ。
こっちも『炎の矢』を止めさせた。障壁で防がれるなら、このまま撃ち続けても意味がない。
僕たちは馬車を止めて、戦闘体勢を維持したまま、黒騎士の言葉を待つ。
そして──
『我は、お前たちに決闘を申し込む!!』
変態騎士は、胸を反らして宣言した。
「はぁ!?」
なんだそれは。
「冗談じゃねぇ! 問答無用で斬りかかってきて言うセリフかよ!」
『あんなものは騎士にとっては、ただのじゃれあいよ! お主たちこそ、よもや本気ではあるまい!』
いや、超本気だったんだけど。
今まで相手にした敵って、とにかく不意打ちして倒さないとやばい奴らばっかりだったし。
『だが、戦いの中で我はお主らの力を認めた! 堂々と決着をつけようではないか! 騎士の魂にかけて!!』
「……ボクが、行くであります」
不意に、馬車の中でカトラスさんが立ち上がった。
「あいつは『騎士候補のにおい』と言っておりました。ということは、ボクに反応しているのかもしれないのです。
ボクは見習いではありますが、騎士を目指す者であります。変態とはいえ騎士がしでかしたことなら、責任は取らなければいけないのであります!」
「カトラスさん!?」
「聞いてくださいであります! 変態騎士どの!」
止めるまもなく、カトラスさんは馬車から飛び降りた。
「ボクは騎士を諦めた身……それでいいのなら、決闘を受けるであります! 殺されても文句は言わないでありますっ!! ただ、他の方を巻き込まないでください! ボクにとっては大切な人たちなのです! お願いであります変態どの! 変態騎士どのっ!!」
『へんたいではないわ────っ!!』
怒られた。
いや、においとか息づかいとか、僕の世界で女の子に向かって言ったら間違いなく通報もののセリフ吐いてただろ? しかもストーカーの真っ最中だし
『我は、いにしえの騎士の魂を宿した鎧。その名を、バルァルと言う』
「バルァル? で、ありますか?」
カトラスさんが目を輝かせた。
「聞いたことがあるであります。伝説の騎士が追い求めていた──神々の時代に作られたとも言われる、神聖な鎧であります」
『しかり! 我は、代々の高潔な騎士に使われ、そのうちに意識を持つようになった』
「その伝説の鎧がなんの用だよ」
僕とセシル、リタも馬車を降りた。
馬をなくした変態──もとい、黒騎士と向かい合う。
「僕たちはただの冒険者だ。カトラスさんも騎士を目指すのはやめてる。お前とはまったく関わりがないはずなんだけどさ」
『うむ。わかっている。お主らは騎士ではない。今はにおいを感じない』
「だったら!」
『だが、汝たちからは純粋な忠誠の光を感じる。それは騎士の魂のよすがとなるもの。我が戦うのにふさわしい者である!』
「「「「ちゅうせいのひかり?」」」」
……ごめん。意味がまったくわからない。
僕たちはたぶん、すごくぽかーんとした顔をしてたと思う。
さすがの黒騎士も説明不足だと思ったのか、こほん、とせきばらいしてから、ゆっくりと話し始めた。
『我は、太古の時代に作られ、数々の騎士に使われてきた』
黒騎士は言った。
『意思を持つようになったのは、騎士の「忠誠」を美しいと思うようになったから。主人を一心に思い、慕う心──人のみが持つ「美しさを感じる心」を手に入れたのだ。だが、そんな騎士がいたのも昔の話よ──』
中身のない騎士は、槍の穂先で自分の膝を叩いた。
つまらなそうに。
『我は最後の戦で持ち主を失い、放置されていた。保存状態が悪く、がらくたとして扱われていたのだ。が、このたび、とある儀式に使われたことで、意識を取り戻したのだ』
「儀式?」
『それは現代の騎士連中が行った儀式でなぁ。古い鎧から、死んだ騎士のゴーストを作り出し、騎士試験の受験票を持った者を襲わせるというものだった』
「「「………………はぁ!?」」」
僕たちは一斉に、カトラスさんの方を見た。
「し、知らないであります。そんなこと聞いたことも……え、ほんとでありますか?」
『我がここにいることが、その証拠である』
黒騎士はがっくりと肩を落として、空を仰いだ。
『儀式の時に聞いた話は、まったくひどいものだった。近ごろの若い者は根性がないだの。自分のときの試験はもっと厳しかった。死人が数人は出るくらいのものだった、とな』
「……そんな……そんな……騎士って……そんなものなのでありますか」
カトラスさんはがっくりと肩を落としてる。
黒騎士は片手を空に突き上げて、片手で涙をぬぐう格好してる。嘘を言ってるようには見えない。
それに、イリスの警告の件もある。
黒騎士のことが本当だとしたら、話はすべて合うんだけど。
『我は、その儀式によって目を覚ました。ただの太古の遺物ではあるが、美しさを知る心はもっている。ゆえに、輝かしい忠誠心の光を持つ者との戦いを望んでいるのだ!』
「……意思を持つ太古の遺物……まさか『
「アーティファクト?」
「もっとも古い時代に作られた魔法のアイテムです。あの鎧がそういうものなら、騎士の意思が乗り移って動き出すのもわかります。古すぎて……放置されていたというのも」
セシルは震えながら、僕の腕をつかんでる。
こんなことなら、聖女のデリリラさんにそういう話も聞いとくべきだったか。
『アーティファクト』の情報なんか僕は持ってない。
セシルも、これ以上の知識はないみたいだ。あるとしたら……。
僕はカトラスさんの方を見た。
いざとなったら──
「聞けよ、黒騎士。お前は勘違いをしている」
僕は黒騎士の方に向き直り、告げる。
『勘違い、だと?』
「ああ。お前が相手にするべきは僕たちじゃない。お前が戦うべきは、本当の騎士だ。こんなとこで一般人相手にしてるんじゃねぇ! 本当の騎士を探して、堂々と手合わせしろ!」
『それはできぬ!』
「なんで!?」
『本職の騎士で純粋な忠誠心を持つ者は、絶滅した!』
………………は?
今……なんて言った? 絶滅?
『儀式で呼び出されたときに気づいた! そのあと、こっそり様子をうかがって確信した! 王国にいる騎士には、まともな魂を持つ奴などおらぬのだ! 昔の自慢話をぐだぐだ繰り返す奴や、ちょっと間違ってつけた刀傷を自慢する奴、貴族にすり寄って領民をいじめる奴、そんな奴らばっかりなのだ!』
「──あ、あ、ああ……」
あ、カトラスさん、ショックを受けてる。
「……じゃ、じゃあ……騎士の資格を取っても……?」
『ゴーストに聞いた話だが……まともな奴は2年で辞めていく』
「の、残る人は?」
『2年と1ヶ月で、目に光がなくなっていくな』
「……そ、そんな……」
カトラスさんはがっくりと膝をついた。
『ゆえに、我は汝らのような純粋な忠誠心を持つ者との戦いを望む』
黒騎士は叫びながら、地面にずん、と、槍を突き立てた。
『いにしえの騎士に使われていた我には、忠誠心の光が見えるのだ。その馬車からは3人と1本分の美しき光が見えている。そのような者と、我は戦いたい!』
「……3人と1本?」
セシルとリタと……1本はレギィか。こいつ、レギィの存在まで感じてるのか。
だとしたら、本当にこいつは『チートな鎧』だ。
それで……残りの1人は──もしかして。
「そ、そうでありますなー。ボクはじゅんすいにきしというものへのちゅうせいしんをもっておりますなー」
「……えっと」
耳まで真っ赤になって壁の方を向いてるカトラスさんはおいといて。
というか、セシルもリタも壁の方を向いてるね。
みんなにこんな顔させるなんて、やっぱりあの騎士は変態か。
奴は純粋な戦いを望んでる。
勝てないとは思わない。あいつの戦闘力は、そんなに高くない。問題は鉄壁の防御力だ。
セシルの古代語『炎の矢』を完全に防ぎ、リタの神聖力も通じない。そのレベルなら、セシルの『
馬は倒したから、逃げ切ることはできる。けど──
「ここで戦いを拒否したら、あんたはどうする?」
『地の果てまで追いかけるが?』
「ストーカーかよっ!」
『よくわからぬが戦いのためなら、我は「すとーかー」にもなろう!』
……こいつを召喚した騎士連中め……あとで文句を言ってやる。
『では、さて、やろうか!』
話し終えたからか、黒騎士は槍を手に取った。
作戦は……ないわけじゃない。だけど、それにはカトラスさんの──正確にはフィーンの協力が必要だ。時間がいる。
「あのさ、黒騎士」
『なんだ、我が好敵手』
「どうしてもここで戦わなきゃだめか?」
『いかにも』
「こちらの準備が整ってなくとも?」
『騎士は常在戦場であろう?』
「僕たちは騎士じゃないって言ったろ?」
『さきほど、我にしっかり反撃したではないか。あれほどの戦闘能力を持つ者は「バルァル」をまとっていた騎士のなかにも3人しかいなかったぞ』
3人もいたのかよ。
こえー。太古の騎士、こえー……。
「だけどさ、不完全な状態で戦ったため、パーティの一部に問題が発生してるんだ。体勢を整えるまで、待って欲しい」
『……なまぬるいことを』
「ほぅ? 不完全な状態のこちらと戦いたい、と? だとすると、お前が望むのは通り魔的な辻斬りなのか?」
僕のセリフに、騎士がぐっ、と兜をそらした。
よし。かかった。
「騎士の魂とか言うからさぁ。てっきりお前は、正式な果たし合いを望んでるものだと思ったんだけどなぁ。なに? 勝てばいいとか思ってるのか? 手段は選ばない? 本当に? まじで……うわー」
言いながら、僕はセシルたちに目配せする。
セシル、リタ、カトラスさんが、こくこく、とうなずく。そして──
「うわー、わたししんじられません。騎士がそんなことするなんてー」
「女神に仕える『
「まったく信じられないでありますな! 不意打ちの上、謝罪もしないとは!」
「ごりっぱな騎士さまじゃのぅ。ぷー、くすくすくすー」
レギィまで加わって挑発開始。
うまく乗ってくれればいいけど──。
『え、えええええい! わかった! わかったわ! 準備でもなんでもするがよかろう!!』
──ありがとう。助かります。
「わーさすがこうけつなきしだー」
『うっさいわ!』
「本当に時間をくれるんだな? 騎士として約束するか?」
『しつこいぞお前は!』
よし。言質とった。
これで作戦を立てる時間がもらえた。
あの騎士は、操られてるわけじゃない。
ストーカーで変態っぽいけど、プライドやポリシーは持ってるらしい。待つと言ったからには、問答無用で襲いかかってはこないだろう。
さて、と。
本当はセシルやリタ、カトラスさんも、あんなのとは戦わせたくないんだけど……。
あいつの稼働時間がどれくらいあるかわからない以上、放ってはおけない。というか、あんなストーカーっぽい奴に自宅を知られたくない。
ここで止める。できるだけ、確実な方法で。
「カトラスさん」
「は、は、はいであります!」
壁の方を向いてたカトラスさんが、真っ赤な顔で振り返った。
「『神代器物適性』について教えてくれないかな。それと、あの黒騎士が本当にアーティファクトかどうかも」
「あ、あーてぃふぁくと、でありますか?」
カトラスさんは、きょとん、と首をかしげてる。
彼女の中には古き時代の遺物を操るスキルがあるはずだけど……そっか、あれはフィーンのスキルだっけ。カトラスさんは認識できないのか。
「ちょっとまってくださいあるじどの。ボクの中でフィーンがなにか言っております。はい? 知ってる? 前に出たい? 代わって……と言われましても……」
「フィーンが? なんだって?」
「いえ、ボクと出番を代わって欲しい、と言っております。そのために、
「ブレストプレートを? なんで?」
「さあ。自分ではありますが、フィーンの考えることはよくわからないでありますよ」
言いながらカトラスさんは背中に手を回して、胸をおおう鎧を外していく。背中のひもをほどいて、銀色の鎧を胸から外すと──
ふぁさっ。
「────あ」
服も、取れた。
下着は、つけてなかった。
傷ひとつない、真っ白な肌。くぼんだ鎖骨。
そこからすとーんと続く、なだらかな丘陵地帯と桜色の──
「え? あれ? ボクは、なんで? なんで服が外れるようになっているのでありますかああああああっ!?」
カトラスさんは、ぼっ、と頭から湯気を出して胸を押さえた。
よく見るとカトラスさんのシャツ、肩のあたりが切られてて、細い糸で仮留めされてる。だから鎧を外したひょうしに、ぷちん、と切れたんだ。シャツはそのまま前後に分かれて、お腹のあたりまで落っこちた。
その下にあるはずの下着は、かげもかたちもない。
だからカトラスさんのあるかないかの胸があらわになった。で、誰がこんなことをしたかというと──
「フィ、フィーンめええええっ!」
──やっぱり。
「じ、自分が出てくるためにこんなことを!? ということは……フィーンのことだから……もしかして……」
不意にカトラスさんは、下半身をおおうスカートに触れた。
なでて、叩いて、最後に手を突っ込んで──真っ赤な顔でふるふると震え出す。
「どうしたカトラスさん!? なにがあった!?」
「なかったのであります!」
なにが?
「あるじどのの前で…………こんなのって……こんなのって…………」
ぱたん。
カトラスさんはそのまま、真横に倒れた。
なかった…………ああ、そういうことか。はいてなかったんだね。うん。
「ふぅ。やっと出てこれましたわ、あるじどの」
そして起き上がったカトラスさんの瞳は、赤紫に変わってた。
フィーンへの人格変化だ。
「緊急時なので、緊急の手段を使わせていただきました」
「……ほかに方法はなかったの? フィーン」
「しょうがないでしょう。こうでもしないと、わたくしは出てこられないのですもの」
フィーンはほおづえをついて、僕たちを見た。
いつの間にかセシルとリタも集まってきて、僕の視界からフィーンをブロックしてる。うん。フィーン、服を着るの嫌がるからね。ヌーディストかってくらい。
「時間がありませんわ。結論から言います。あるじどの、あの黒騎士はおそらく『
フィーンは僕の手を握って、言った。
「もっとも古い時代に作られ、騎士に使われるうちに自我を持つようになった、魔法のアイテムですわ」
フィーンには『神代遺物適性』スキルがある。
それは王家の血を引くものに、まれに現れるスキルで、もっとも古い時代に作られたアイテム──アーティファクトを支配したり、扱ったりすることができるらしい。
「わかった。フィーンのスキルで、あいつを無力化できるか?」
「できます。10分ください」
「10分!?」
「わたくしが10分間あいつに触れ続ければ、支配することができます」
フィーンは、なんでもないことのように言った。
無理だ。というか、危険すぎる。
リタでさえ、あいつを完全には押さえられなかったのに。
「わたくしの『神代遺物適性』はアーティファクトや魔法のアイテムに魔力を流し込み、支配するもの。それなりの時間がかかるんですわ。
でも、そんなことはどうでもいいですわ。責任を取らせてください」
フィーンは祈るかたちに手を組んで、目を伏せた。
僕、セシル、リタ、それに魔剣状態のレギィにお辞儀をして、つぶやく。
「これはカトラスとわたくしの、騎士への執着がまねいたこと。あるじさまと皆さんの身を守るため、この命を使わせてください。お願いします。愛しい、あるじどの……」
迷いのかけらもない声で──フィーンはそう宣言したのだった。
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