第130話「旅行のあとの部屋割りは、意外と重大な問題だった」
『待ちかねたぞ、忠誠の光を持つ者よ』
鎧だけの黒騎士は、馬車から離れたところに座っていた。
よく見ると、鎧のつなぎ目の間に光る帯のようなものが見えた。こいつは魔力で鎧をつないで、それで身体を動かしてるらしい。
僕たちがそろって馬車を降りると、黒騎士は音もなく立ち上がり、機械みたいな動きで槍を手に取った。
「待っててくれて助かるよ『バルァル』」
僕は言った。
『バルァル』は謎感覚を持つ変態ストーカー騎士だけど、約束は守ってくれた。
「助かるついでに、このままお別れできたらいいんだけどさ」
『断る』
「だろうな」
こいつが望むのは、騎士のような『忠誠の光』を持つ者との戦いだから。
こっちとしては、みんなを戦わせたくなんかないんだけど。
『待っていたのは、最高の状態で戦わなければ意味がないからだ。我にとって、お前たちのようなものと戦うのは、得がたいごちそうのようなもの。準備をして、心ゆくまで味わわなければな』
「……そういうこと言うから、変態あつかいされるんじゃないか?」
『仕方あるまい。我を使っていた騎士たちは、みんなこんなだったのだから』
「そうなのか?」
『ああ、無骨で豪快。主君の前では礼儀正しく、仲間うちでははめを外す。だいたい女好き。この世界の騎士とはそうしたものだ。ただ、忠誠の光は持っていたぞ。それは間違いない』
黒騎士の言葉に、カトラスは困ったような顔で微笑んでる。
物語に出てくるような騎士はもう、いないけど、過去の騎士がちゃんとしてたことはわかった。喜んでいいのか悲しんでいいのか、複雑だろうな。
『ところでお主……なにをした?』
「なにも?」
『そんなはずはあるまい。奴隷たちから感じる「忠誠の光」が強くなっておる』
黒騎士の言葉に、僕はセシル、リタ、カトラスの方を振り返った。
3人は、なんだか照れたみたいに目を伏せた。
忠誠の光なんか僕には見えない。でも、そんな必要ないか。
『綺麗なものであるな。お前に見せられないのが残念だ』
「見えなくてもいいよ。わかってるから」
それに、感謝もしてる。
セシルは魔力をぎりぎりまで絞り出すつもりだし、リタは危険を覚悟で接近戦を挑もうとしてる。レギィも折れるのを覚悟してるし、カトラス──フィーンなんか『再構築』したばっかりのスキルで戦うつもりだ。
これで忠誠を疑うご主人様がいたら、そいつの人格に問題があるよな。
「で、あんたを呼び出した奴の正体は?」
『言うたであろう。騎士どもよ』
「儀式の中心となった術者は?」
『我が見たときは、白髪の老人であったよ』
黒い鎧は、兜を揺らして見せた。
『だが、中身は違うな。我は、竜のようななにかであったように感じた』
「竜?」
『とても重苦しい気配を感じたのでな。あれが竜なら魔に落ちた竜──魔竜と呼ぶべきであろうな』
「ありがと、あとで調べてみるよ」
『そうか。では戦うとしよう』
僕たちは距離を開けて向かい合う。
フォーメーションは2人1組。
僕とカトラス。
セシルとリタ。
カトラスは僕を守るように楯を構え、僕は魔剣レギィをつかんでる。
セシルはリタの背中にしがみつき、リタは身をかがめ、いつでも飛び出せる体勢だ。
「断っておくけど、僕は騎士じゃない」
僕は黒騎士に向かって、言った。
「だから好きな流儀でやらせてもらう」
『どちらでもかまわぬと言ったであろう』
「そうか。じゃあ──リタ!」
「はい! ご主人さま!!」
先頭を切ってリタが走り出す。同時に、僕とカトラスも。
リタの背中でセシルが詠唱をはじめてる。杖は必要ない。普通の古代語魔法で十分だ。
『こちらも行くぞ! 風よ、我が刃となりて
黒騎士が槍を振った。
空気が、裂けた。
衝撃波のようなものが、こっちに向かって飛んでくる。さっきとは違う。ダガーが効かなかったから別の飛び道具を使うことにしたのか。
「ふん! 神々の時代の鎧にしては、つまんない攻撃ね!!」
だぅんっ!
リタが『神聖力』を込めた拳で、衝撃波をぶんなぐった。
軌道が逸れた衝撃波は、街道を削りながらあさっての方向に飛んでいく。
『ふ、不可解なああああっ!』
「生きた遺物に言われたくないもん!」
がいいんっ!
リタの蹴りと、鎧の槍が交錯する。動きはリタの方が速い。槍を避け、鎧の腕に向かって拳を振るう。
『甘いわ! 障壁!』
黒騎士の目の前に、半透明のバリアが現れる。それを──
「甘いのはそっち! 発動『
ばきいいいいいいんっ!
リタの拳が、一撃で破壊した。
『
「いきます! 古代語『ふれいむ────あろ────っ』!!」
そして、リタの背中にしがみついていたセシルが、最後の魔力を解放する!!
ずっどどどどどどどどどどどどどどど!!
『ぐがああああああああああああああああ』
障壁を失った黒騎士に、ゼロ距離射撃の古代語『炎の矢』が炸裂。
黒騎士の鎧が、火炎と煙に包まれる。腕が吹き飛ぶ。
『ふふ……ふふふふふ……きもちよいものだなぁ! これぞ、現代では得られない戦いだ!』
「やっぱり変態じゃないっ!!」
『もうそれで構わぬ!』
黒騎士が槍を振りかぶる。振り下ろした槍が、リタの腕をかすめる。
リタの背中でセシルが、がくん、と意識を失う。魔力の使いすぎだ。
さらに黒騎士の槍が衝撃波を生み出す──リタは背後に飛ぶけど──間合いからは逃れられない。防ぐのが限界だとわかって腕をクロスさせてる。
でも、大丈夫だ。
リタとセシルが引きつけてくれてるうちに、僕とカトラスは限界まで敵に近づけた。
『我がすべてをかけて、好敵手を討て──風よ!!』
黒騎士の槍が巨大な衝撃波を生み出す──けど、
「『
『しーるどっ!!』
がいいんんっ!!
黒騎士が振り下ろした槍と衝撃波を、シロの『しーるど』がはじき返した。
『────な!?』
必殺の一撃をはじかれた黒騎士がのけぞる。
リタから僕に戻した『天竜の腕輪』──
これで、隙ができた。詰みだ。
僕たちの距離はほぼゼロ。
敵は、カトラスのチートスキルの間合いに入った!
「発動であります! 『
ずどんっ。
カトラスがスキルを発動し、地面を蹴った。
街道に、踏みしめたブーツのかたちの穴が空く。周囲に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
地面が揺れ、小さな身体が弾丸のように飛び出す!
どぅん!!
移動距離は、2メートル弱。
『ぐぉおおおおおあおああああああ────ああああああっ!』
楯を構えたカトラスの体当たりは、文字通り黒騎士を吹き飛ばした。
黒い鎧が地面を転がる。脚が吹き飛び、兜の角が奇妙なかたちに折れ曲がる。
『──や、やるな。だがこの程度で──』
黒騎士は僕たちに向かって、槍を振り上げた。
だけどもう、意味はない。
カトラスのスキルは、その効果を完全に発揮してる。
がくん
『なに──っ!?』
槍を振ろうとして掲げた、黒騎士の腕が、そのまま地面に、落ちた。
まるで、身体の力が抜けたように。
『──な? なんだこれは──なぜ、我の腕が上がらない!? なぜ槍を振れぬ!?』
黒騎士は腕を持ち上げる。立ち上がって、振ろうとする。
だけどその行動は完成しない。腕を上げたところで、落ちる。
すごいな。映像をひたすら巻き戻してるみたいだ。
『な、なんだこれは。なんで、なんで我の行動が中断される!?』
「あるじどのがくれたのは、そういうスキルだからであります」
カトラスは盾を手に、黒騎士を見下ろしていた。
「これが『豪・中断盾撃』の力。あなたの
『豪・中断盾撃』(カトラス限定。4概念チートスキル)
『盾と体当たり』で『敵』と『行動』を『吹き飛ばす』スキル
重い盾の一撃で、敵に巨大な衝撃を与える。
この技を受けた敵は一定時間、自分のターンを
詠唱は途中で止まり、つかんだ武器は振り下ろすことができなくなる。
……さすが4概念チートスキル。でたらめな威力だ。
ただし、強い分だけ間合いが短いから、限界まで近づかなきゃいけない。そのためにリタとセシルには、相手を引きつけてもらってた。古代語魔法『炎の矢』の目的も、半分以上はめくらましだ。
「なにが……騎士でありますか。なにが『忠誠の光は素晴らしい』でありますか!」
気づくと、カトラスは地面に転がった黒騎士を見下ろしてた。
涙目だった。
今まで見たこともないくらい、怒ってた。
「ボクの大切な人たちを追いかけ回して、ケンカ売って! 迷惑をかけて! そんなの、今の騎士がやってることと変わらないでありましょう!? 本当の戦いを望むのなら、なんで正式な手続きを踏まなかったのでありますか!?」
『我は……我の誇りのために……戦いを……』
「あなたのようなものが騎士なら、ボクは騎士を諦めて正解だったのであります。あるじどのと共に、ボクはなにものでもないひとりの女の子として生きるのであります……」
『……我は…………』
「もういいのであります。ボクもあなたも、もういいのでありますよ」
それからカトラスは僕を見て、うなずいた。
ゆっくりと鎧の紐をはずして──少しだけ前に出す。黒騎士からは見えないように。
それから、恥ずかしそうに目を閉じて、僕のほおを両手で挟んで──
「……お願いします、あるじどの。ボクは見られるほうが恥ずかしいのでありますよ……」
僕の頭を自分の胸元に、引き寄せた。
具体的には、僕がカトラスの胸をのぞき込む格好になるように──って、これ……僕は目を閉じるわけにはいかないんだよな……。
人格が変わるとき、毎回こうだったらどうしよう……。
「……んっ。あ……あるじ、どのぉ…………」
カトラスは熱っぽい息を吐いてから、目を開けた。
瞳の色が赤紫に変わってる。ここからはフィーンの出番だ。
「あ、鎧さん。ありがと。あなたのおかげであるじどののものになれたわ」
『──はぁ?』
地面に転がり、行動をキャンセルされたままの黒騎士が、首をかしげた。
うん。びっくりするよね。この変化。
フィーンは僕の首に腕を巻き付けて、黒騎士に見せつけるみたいにほおをこすりつけてくる。
「古代の鎧であるあなたの力は、あるじどののために使わせてもらうわね」
『ま、まて。お前はなにを言ってる?』
「わたくしには、アーティファクトに干渉する力があるの」
『ばかな! そんな力を持つのは……この時代には王家の……まさか』
「さぁ、わたくしはただのフィーンよ」
フィーンはにっこりと笑いながら、真っ青な空を指さした。
「わたくしはあるじどのの奴隷のフィーン。忠誠の光とともに、ふたりでひとりの女の子として、あるじどのを2倍気持ちよくさせてあげるもの。それだけ」
『──ひ、ひぃっ!?』
黒騎士が震えた。
気づいたみたいだ。
フィーンの指先に、青白い魔方陣が浮かび上がってることに。
「さあ、支配してあげる。発動! 『
『
『アーティファクト』を『すばやく』『完全』に『支配する』スキル
古代に作られた魔法のアイテム──
正確には一瞬で機能停止に追い込み、その後フィーンの魔力を注ぎ続けることによって、支配は完了する。内部構造まで把握できるため、魔力の注ぎ方によっては破壊も可能。
弱点は間合いがきわめて小さいこと。接触しなければ、スキルは発動しない。
フィーンの指先が、黒い鎧の兜に触れた。
瞬間、青白い魔力が兜──胸当て──小手──さらに鎧の全身を駆け巡る。
「──アーティファクトの第一魔力外装──突破。魔力人格領域──
銀色の魔力の
中央に赤い、コアのようなものが浮かび上がる。
「中枢に到達。さぁ悪い鎧さん。あるじどののものになりなさい────っ!」
フィーンの魔力はそこに到達し、一気に入り込み、かき回し、そして──
ぼふんっ!
「……あ、あら?」
漆黒の胸当てを残して、鎧をこなごなのバラバラに吹っ飛ばした。
「あ、あら? あらららら……」
「…………あちゃー」
「…………あらら……」
「えっと……魔力の入れすぎ?」
「いえ、そうではなくて……どうもこの鎧の本体は、この胸当てだけだったようですわ……」
フィーンは地面に落ちたままの、黒い胸当てを拾い上げた。
「感じます。アーティファクト『バルァルの鎧』の本体は、この胸当てだけ。他の部分はあとになってつぎはぎされた、ただの魔法の鎧。だからもろかった。確かにこれだけは、傷ひとつついていないもの」
フィーンはごまかすみたいに頭を掻いてる。
『
「ご、ごめんなさい。あるじどの……」
「いいよ。どのみち、バラして素材として売るつもりだったし」
「で、でもね。この『バルァルの鎧』──もとい『胸当て』は完全に掌握しましたわ。かかっていた儀式の効果もキャンセルしました。胸当ての能力もわかります。えと『障壁展開』に『物理減衰』、それと『魔力で擬似的に身体を作り出す能力』まで備えています。その力で騎士の身体と、馬を作り出していたんですわね」
相当チートな鎧だった。
『アーティファクト』って、このレベルなのか。
この先、こんなのが襲ってきたらどうしよう……まぁ、荒事に関わるつもりはないから、可能性は低いかもしれないけど。仮に対処するとしたら、みんなに『4概念チートスキル』をインストールして、フィーンの『即時神聖器物掌握』を切り札にするくらいしかないか。
となると、この胸当ての行き先は──。
「それはフィーンとカトラスが使って」
「……え?」
フィーンはびっくりしたみたいに、胸当てを握りしめた。
「い、いいんですの?」
「この先『アーティファクト』持ちと戦うことになったとき、フィーンのスキルが切り札になる。だけど、ふたりのスキルは相手に接触しないと発動しない。だから、接近できるように防御力を上げておきたいんだ」
「あるじどの……」
「もちろん、それが『バルァルの胸当て』だとわからないように、偽装はするけどさ」
「わ、わかりましたわ。あるじどののお望みのままに」
そう言ってフィーンは胸に手を当てて、お辞儀をした。
まるでここが王宮の広間でもあるかのような、優雅な礼だった。
「できるだけ簡単にあるじどのが外せるような仕掛けをしておきますわね!」
なんでだ。
「あ、そうそう。あるじどのに報告しておくことがありましたの」
突然、ぽん、と手を叩いてから、フィーンは言った。
とん、ととん、とステップを踏みながら、僕の胸元に身体をくっつける。
そして、とてもいいことを思いついたような笑顔で──
「わたくし、見られるのは平気なのですけど、触られるのは恥ずかしいようです」
「なんの話!?」
「いえ、奴隷となったのですから、ご主人様に自分の弱点を教えておくのは大切なことかと。あるじどのが、わたくしたちの身も心も、完全に支配できるように」
なぜか照れたみたいに真横を向いて、フィーンは言った。
「そういうことはカトラスの許可を得てからにしようよ……」
「あ、カトラスは、触られるのは大丈夫なようです。見られるのはだめですけど。なんというか、見られると背中が、ぞくぞく、ってなっちゃうようですの」
こら。
道ばたでそういう告白されても、ご主人様困るから。
「合体すると、わたくしはどっちになるのでしょうね?」
まるでいたずらっこのように、フィーンは笑う。
「どちらも駄目な恥ずかしい女の子になるのか、どちらも平気な女の子になるのか──楽しみですわ──」
最後に一言だけ言ってから──フィーンは、くたん、と意識を手放した。
慣れないスキルを使ったせいで、疲れたみたいだ。
それはカトラスも同じで、2人は僕の腕の中で眠ってる。細い首には、着けたばかりの革の首輪。『契約』は2人の人格を完全にひとつにしたら解除されることになってるけど、まだ先は長そうだ。カトラスとフィーン、性格、違いすぎるし。
「ふたりがひとつになったら、どんな女の子になるんだろうな……」
……ボクっ子奴隷脱ぎたがり姫騎士、とか?
…………想像がつかない。
僕はカトラスを背中にかついで、セシルとリタの方を見た。
「し──っ」
リタは唇に指を当てて、笑ってた。
「セシルちゃんも、疲れちゃったみたい」
リタはセシルを馬車に寝かせてた。下に毛布を敷いて、自分の服をたたんで枕代わりにしてあげて、自分の毛布をかけてあげてる。まるで大事な妹を扱うみたいに。
「セシルちゃん、がんばりやさんだもんね。あとで褒めてあげてね」
「うん。守ってくれてありがと」
なでなで、なで。
「わ、わたしじゃなくてぇ……もう」
リタは恥ずかしそうに首を振ってる。かわいい。
僕はカトラスをセシルの隣に寝かせて、リタがしてたように自分の毛布をかけた。
『大将! お疲れ様でした!』『いつでも出られますぜ、大将!』
馬たちがぶひひん、と鼻を鳴らしてる。こいつらにも無理させちゃったな。
「ピックルとポックルもありがと。それでリタ、敵の気配は?」
「……んー。今はないわね。人も魔物も、どっちの気配も」
「そっか」
僕とリタは、並んで馬車のすみっこに腰掛けた。
リタはいつの間にか僕の胸元に顔を近づけて、かすかに鼻を鳴らしてる。
「んー。ナギのにおい。いつもより強い……好き」
「動いたばっかりだから汗くさいだろ」
「ナギのなら、いいもん」
そう言ってリタは、僕の肩に頭を載せた。
「それにしても……カトラスちゃんとフィーンちゃん、すごかったね」
「……すごすぎて心配になるよな」
「王家の隠されたお姫さまだもんね」
「そうじゃなくて、いきなり奴隷にしちゃったからさ」
「あ、それは全然問題ないと思うわ」
リタは、なんでもないように手を振った。
いや、大問題だと思うんだけど。
「カトラスは騎士になるのは諦めたけど、あこがれてはいるんだよな?」
「うん。そう言ってたわね」
「フィーンはそのカトラスをサポートするのが役目だよね」
「それも私、カトラスちゃんから聞いたわよ?」
「で、カトラスは騎士のような立派な人に仕えるのを目標にしてる」
「あ、そういうこと」
あれ?
どうしてリタ、口を押さえて笑ってるの?
「あのね、ナギ。そういう心配はしなくていいの」
「そうなの?」
「カトラスちゃんは、ナギを『あるじどの』って呼んでるでしょ?」
「仮の、だけど」
「本『契約』したじゃない。つまりは、そういうことよ」
そういうこと、か。
……つまりカトラスは、僕を騎士みたいな存在だと思ってるわけか。
「かいかぶりもいいとこだよなー」
「そのあたりは、私たち奴隷の意見を聞くといいと思うわよ。ねー、レギィちゃん」
「おー!」
ぽん、と、背中の魔剣が震えて、人型のレギィが現れる。
そのままごろん、と、僕とリタの膝の上で横になり、にやりと笑う。
「わかっとるかー。主さま。あんまり自分を低く見積もることは、仕える我らを低く見ることでもあるのだぞー。主さまは、もっといばるべきだと思うのじゃ」
「レギィちゃんの言うとおりよ」
「あと、頭なでておくれ」
「レギィちゃんの言うとおりよ」
言われるまま、僕はリタとレギィの頭をなでた。ふわふわ。
金色の髪と獣耳に指をはわせると、リタはくすぐったそうに笑う。
レギィはわざわざ僕の膝の上に座りなおして、赤色のツインテールをほどいてる。長い髪を腰まで垂らして「早くはやく」って肩を揺らしてる。子どもかっ。
「おー。気持ちよいぞー」
「うん。気持ちいいわね。レギィちゃん」
「これは主さまに、重大な秘密を打ち明ける価値のある気持ちよさじゃな!」
──重大な秘密?
僕はリタの方を見た。リタも、きょとん、としてる。わからないみたいだ。
レギィはそんな僕たちの反応を見て、ほくそ笑んでる。
「あのな、主さま。これから我らはおうち帰るじゃろ?」
「うん」
「しばらく離れておったのじゃ。メイド娘も、ちびっこ巫女娘も、エルフ娘も、みんなおうちに泊まりたがるじゃろうな?」
「だろうね」
「ところが。我らのおうちには、部屋が6つしかないのじゃ!」
「「────あ」」
そうだった。
レギィは魔剣状態で寝てるから、僕と同じ部屋でいいとして。
セシル、リタ、アイネ、イリス、ラフィリア──そしてカトラス。
部屋が、ひとりぶんたりない。
「さーて、どうするのじゃろうな。主さまはどの奴隷娘と一緒の部屋で暮らすことになるのじゃろうな!? 楽しみじゃ楽しみじゃ。ふっふーん!」
レギィは楽しそうに身体を揺らしてる。
リタは……あ、やっぱり真っ赤になっちゃってるか。
イリスとラフィリアは基本、領主家に常駐してるけど、やっぱり2人の居場所もちゃんとしておきたい。そうなると部屋が足りなくなる。ご主人様としては、みんなの部屋を取り上げるわけにはいかないから……確か屋根裏部屋があったな。あそこを僕の部屋にすれば……。
「ご主人様……」
不意に、リタが僕の手に触れた。
細い指で、さぐるように、ゆっくりと指をからめてくる。
「あ、あのね。私、リビングで寝るから、ナギは私の部屋を使って」
それはご主人様として甲斐性がなさすぎるかと。
「で、でもね。忘れ物するかもしれないもん。す、するとは限らないけど、するかもしれないの! そしたら、取りに行くかもしれないの! 取りに行ったら──わたし……わたし」
「リタのにおいがする部屋か……いいかも」
「わ、わぅううううっ!」
ぼん、って、リタは真っ赤になって頭を抱えた。
そのままいつもみたいに、馬車の中をごろごろ転がりはじめる。狭いのに。セシルとカトラスを器用に避けて。なんだろう、この獣人の運動能力の無駄づかい。
「そのへんは帰ってから考えようよ」
「……ふわぃ」
リタが回転運動を止めると同時に、僕の頭にメッセージが届く。
『
イリスが通信圏内に入ったらしい。
『送信者:イリス
受信者:おにいちゃ
本文:だ、だいじょぶですかー。おにいちゃ! ぶじですか! おにちゃに、なにかあたらいりす──わ。イリスは──そうです。騎士の、亡霊。騎士候補の受験票を目標に──おそって──それ、捨ててください。今すぐ! そうすれば!』
『送信者:ナギ
受信者:イリス
本文:大丈夫。終わったよ。亡霊とはちょっと違ったけど、片付けた』
『送信者:イリス
受信者:ナギ
本文:本当ですか本当ですね!? アイネさまも師匠も心配してます。イリスの名誉にかけて、お兄ちゃんとみなさまは無事だって言っていいんですね!?』
『送信者:ナギ
受信者:イリス
本文:ご主人様の名誉にかけて、無事だよ。心配かけてごめん。ちょっと時間食っちゃったから、日没までにイルガファに着けそうにないんだ。今日は近くの村で一泊して帰るよ』
『送信者:イリス
受信者:ナギ
本文:よかったです……よかった。ぐす。うわ、うわあああああああああん! アイネさまぁ。師匠……お兄ちゃんもみなさんも無事です。よかった……ほんとに……よかった』
イリスたちには心配かけちゃったな。
何度も何度も『意識共有・改』のメッセージを送ろうとしたログが残ってる。というか、遅延して届いてる。イリス、届かないと思って色々試したんだろうな。画像つきのもある。これは夜、うちで作戦会議をしているときの。これはラフィリアがかっこいいポーズを取ってるときの。これは……イリスが鏡を見ながら、ラフィリアに下着を選んでもらって……。
うん。ログはちゃんと保存しておかないとな。
『送信者:ナギ
受信者:イリス
本文:アイネとラフィリアにも伝えて。心配かけてごめんって』
最後に、僕は文章をひとつ、付け加えた。
『送信者:ナギ
受信者:イリス
本文:家族がひとり(ふたり?)増えたから、帰ったらみんなで部屋の用意をしよう』
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