第50話「正しい呪いのほどきかた」
「こわいんです。理由は、わかりません。マスターの仲間の方たちと一緒にいたときも……あたしの中でずっと声が響いてました。これは闇だって、近づいちゃいけないって……」
震えながら、ラフィリアは教えてくれた。
だから、僕には『不運招来LV3』の呪いと、黒い鎖の正体がわかった。
こいつは……ラフィリアを恐がらせて不幸状態に縛り付けるためのシステムだ。
この『不運招来LV3』には、3重に呪いがかかってる。
ひとつは、見えないこと。
ふたつめは、ロックスキルだから取り出せないってこと。
みっつめは、スキルの文字に絡みついてる、この黒い鎖だ。
「ラフィリア、試しに、セシルたちにポエムを話してた時のこと、思い出してみて」
「は、はいぃ。えっと
『黒き瞳のダークヒーロー。
闇を宿した手を伸ばし、奴隷の胸に魔を送る。
少女のささやかな胸は震え、逃れられぬ鎖は首に。
快楽に打ち震える銀髪は──』ここで、セシルさまが手を叩いてくださって、あたしはとってもうれしくて──」
ぴくん、と、黒い鎖が動いた。
『能力再構築LV3』で繋がってるからわかる。
黒い鎖から、どす黒い魔力が流れ出るのが見えた。
同時に、ラフィリアが目を見開いた。
細い身体が、まるで怯えるみたいに震え出す。
僕も感じた。うっすらだけど、変な声みたいなものが聞こえた。
『どうせ失う期待するな今までもそうだったなにひとつ得るものはなく流れていくだけ』
闇の奥底から響くような、暗い声が。
だから、僕はラフィリアに聞いてみた。
「もしかしてラフィリアは、楽しいとか幸せだって感じると怖くなるのか?」
「……え」
ラフィリアの顔が、真っ青になった。
「……え、あ、あれ? え……まさか……え、えええええええっ?」
ぽかん、と、口を開けてる。心当たりがあるみたいだ。
なんとなく直感したんだ。
ラフィリアが「楽しい」「自由になりたい」って感じると、『不運招来LV3』からどす黒い魔力が流れ出す。そうするとラフィリアの中に──それは「闇」で「怖いもの」だって気持ちが生まれる。
この鎖そのものに意思があって、ラフィリアに精神攻撃をかけているみたいに。
自由になるためにスキルを調整されるのも、闇。みんなで仲良くごはんを食べるのも、闇。自由になることだって闇。ラフィリアが恐がっているもの。
ってことは「闇」ってのは、本当はラフィリアが欲しいものや、したいことなのかもしれない。
だったら呪いを解く鍵は、そこにあるはずだ。
「我が奴隷、ラフィリア=グレイスに命じる」
僕は言った。
「闇を受け入れよ」
「ふぇ!?」
「闇をのぞき込み。その中にあるものを僕に伝えよ。感じていること。見ていること。すべてを言葉にして伝えよ。なにが怖いのか、僕に伝えて」
「え、え、え……はぅん!?」
ラフィリアの身体が、ずくん、と震えた。
僕が指先から、魔力を一気にそそぎ込んだからだ。
「だ、だめ……やみが、や、み」
「さっきよりは、こわくないと思うけど、どうかな?」
「え……はい、え。あれ……」
ラフィリアは、まだちょっと青い顔のまま、うなずいた。
「は、はい。さっきより、こわくないですぅ。でも……どうして」
「言っただろ。僕にはスキルに干渉するスキルがあるって」
とりあえず黒い鎖は手のひらでおおって、そこから僕の魔力をガンガン流し込んでる。どす黒い魔力を封じ込めるために。もちろん、その魔力はスキル『不運招来LV3』にも流れ込んでる。
「恐怖」は僕がおさえる。
僕とスキルを『再構築』すると、ふわふわしたり、じんじんしたり、うずうずしたりするらしいから。ラフィリアにはそっちの感覚に集中してもらおう。
「ラフィリアのスキルはバグっててウィルス──悪いものが取り付いてた。そいつを、今からやっつける」
たぶん、できると思う。
鎖が巻き付いてても動かせるくらい、スキルの『概念』をゆるゆるにすればいいだけだ。
「だから、ラフィリアは闇の中になにがあるのかを見て。なにがこわいのか、僕に教えて」
「……ふ、ふぁい。はい、マスター」
ラフィリアは、ちょっとぼんやりした目をしてたけど、はっきりと答えた。
「ラフィリア=グレイス……闇と向き合いますぅ。くぐりぬけて、覚醒を──はぅぅっ!」
僕は『不運招来LV3』を手のひらで包み込んだまま、魔力をどんどん流し込む。
強くしていく。
黒い鎖が吐き出す、どす黒い魔力をかき消すために。
毒みたいな恐怖は「ふわふわ」「うずうず」「じんじん」で塗り替えてやる。
「……あ、だめです。つよっ。ますたぁ。あたし……つよいの……こわい」
ラフィリアは肩を震わせながら、必死で身をよじる。
動くたびに大きな胸が揺れて、固くなってるところが僕の手のひらに触れる。
「…………やみ、かんじます。これ、やみです……こわいです。ますたぁ……だめぇ!」
「闇じゃ僕にはわからないよ、ラフィリア」
あの、どす黒い魔力は、まだ流れ出てるのか。
ラフィリアはせつなそうに指をくわえてる。ほどけそうになる寝間着の裾──脚の付け根あたりを押さえて、膝をがくがくさせてる。
「こんなの……だめなのに……あたしはこんなの望んじゃだめなのに……しあわせになれないのに…………ますたぁ…………ますたぁ」
ぱくぱく、と、金魚みたいにラフィリアが口を開閉させる。
「教えて。ラフィリアはなにが怖い?」
「あたし、あたし……は」
僕の手の中で、ぴき、と音がした。
『不運招来LV3』を縛る黒い鎖に、亀裂が走った。
「…………あたしは……ますたぁにしはいされるのがこわいです。すきだから……触れられて……身体がじんじんするのが……こわいです……じんじんしてふわふわして……あったかくて、やさしくて……あたしは……それが、すき。すきだから、こわい。なくすのが、こわい、ですぅ」
うつろな目を見開いて、ラフィリアは宣言した。
「こえがするの。あたしのなかで。
どうせなくなる。いなくなる。手に入れるとつらいだけ。
ずっとそうだったって。
なくすから、それは闇だって。
闇を欲しがるな。つらいだけだって。だからこわい。こわいです。でも、すき。
ますたあに触れてもらうの。すき。声を聞くのが、すき。ますたあのまわりのひとたちも、すき。
でも、こわい。なくすの、こわい。だから闇。みんな闇。でも。
むねにますたぁの手がのってるのが、あったかくて、すき。ゆびでさわさわしてもらうの、すき。くりくりしてもらうの、すき。すき。しあわせになるから、すき……だから、こわいですぅ。すきになるの、こわい。なくすの。こわい。ますたぁ、いなくなるの、こわい」
紫色の瞳から、ぽろぽろ涙をこぼしながら──
封じてたものが解き放たれたみたいに、ラフィリアは話しつづける。
「セシルさま、リタさま、アイネさま、レティシアさまのこと……こわい。なかよくなるの、こわい。不幸にするかもしれないから……こわい……でも、すき。ますたぁの仲間だから……」
そっか。
ラフィリアはずっと、ひとりぼっちだったんだ。
好きな人は不幸にしてしまうし、嫌いな人もやっぱり離れていく。
記憶もない。仲間もいない。なくすばっかりで、なにも手に入れられない。
だから、なにかを手に入れるのが怖かった。仲間とか、友だちとか。
僕に主従契約をお願いしてたけど、結局のところそれは、どうにもならないくらい追い詰められたからで──本当は、こわかった。
でも、ラフィリアにとってそれは一番欲しいもので。
それがラフィリアの中にある『闇』の正体だった。
自分には絶対に手に入れられない、触れることができないって思ってたから『闇』──ってことか。
「大丈夫だってば」
僕は言った。
「今のところ、僕はいなくなったりしないから。というか、危ないのとか疲れるのとか、嫌いだし。みんなも、きっと」
家もできたし、あとはのんびりスキルの研究をすればいいだけだから。
「とりあえず、死んだりいなくなったりするつもりはないよ」
「……でも、あたし、ふつうとちがいますぅ……」
泣きながらラフィリアは、僕を見た。
「記憶もないし……スキルもたいしたことないし…………パンを焼くくらいしかできませぇん。それに、へんなこです。ごしゅじんさまに…………ふれられるの、すきです。…………首輪をつけてもらったとき…………しあわせで……」
「別に気にしないけど」
異世界だから、いろんな人がいるよね?
「それに、僕だって結構変わってるし」
「あたしがこんなでも……いいですか…………いまみたいに、めいれい、してくれますぅ?」
「指輪の強制力は使ってないけど」
だから、正確には『お願い』だ。
「いいです。そういうの、すき。必要とされてるって感じるから、すき。首輪をつけてると、ますたぁにつながれてるって感じるから、すき。ますたぁにさわってもらうの、すき。すき、すきすきすきすき」
ぱきん
『不運招来LV3』を縛り付けていた黒い鎖が、くだけていく。
呪いが、解けかけてる。
恐怖でラフィリアを支配できなくなったからか。
スキルの『概念』がゆるみはじめる。動かせる。あと、もう少しだ。
「我が奴隷、ラフィリア=グレイスよ。汝はなにを望むか?」
「……もっと、して、くださいぃ」
ラフィリアが、僕の手をつかんだ。
熱くなってる自分の胸に、それを押しつけていく。
「……ますたぁのものになるの……うれしいから。どきどきするから。きゅんきゅんするから。あたしを、ますたぁなしじゃ、いられなく、して………………ください!」
ラフィリアが叫んだ
スキルにからみついてた黒い鎖が砕けて、落ちた。
よし、今だ──
僕は『不運招来LV3』の概念をふたつ、まとめて揺り動かす。
ラフィリアは、はぅ、って息を吐いて、寝間着を握りしめる。
「ますたぁの、ゆびが、あたしの、ふかいとこ、さわってます。ぞくぞく、します。ふれられてないのに、ふれられてる、みたい。おなか、あつい。おむね、せつない。すき。すき。ますたぁと繋がってるの、すき」
立っていられなくなったのか、ラフィリアが地面に膝をつく。細い身体がずるずると、草の上に横たわる。寝間着は完全にほどけて、白い肌が夜の中で浮き上がって見える。
ラフィリアはうつろな目のまま、僕を見てる。せつなそうに指をくわえて、自分の身体の反応に任せてるみたいだ。
「……あたし、わかっちゃいましたぁ……」
「うん?」
「……あたしは……ますたぁにおふろでであったとき…………じぶんがこうなりたいって……きづいてたんですぅ……だから……こわかった。もどれなく……なりそぅ……で」
こくこく、とラフィリアはうなずく。
「あたしは……みんなをふこうにしてるかもって……おもってたから……こうして……しはいされて……つぐなわなきゃ……でも、しはいされるの、すきだから……つぐないにならなくて……だから」
ラフィリアの目から、ぽろん、と、涙がこぼれた。
「ラフィリアのせいじゃないだろ、こんなの」
僕は『不運招来LV3』の文字、『周囲』と『引き寄せる』を指先でなでていく。
「……ひゃ、ひゃうっ。だ、だめ。すみずみまでますたぁの指がさわってくださってるみたい。ぴくぴくするのがつまさきから……あし……おなか……あがってくる………せすじ、じんじんする。あつい…………あたし、あたし…………もどれなく…………なっちゃぅ」
そのたびに、ラフィリアの白い身体がはねる。
「このスキルはたぶん、誰かがラフィリアにかけた呪いだ」
リタのロックスキルと同じ。
誰かが、ラフィリアの知らないところで何かをさせようとした。その結果。
僕は、『運命干渉系スキル』なら『働かなくても生きられるスキル』の材料になるかと思った。
『引き寄せる』概念で、お金を引っ張り寄せることができるかもしれないから。
でも、だめだ。危険すぎる。お金関係のスキルを探す暇も買ってる暇もない。
その間になにが起こるかわからない。
『不運招来LV3』は最悪の呪いスキルだ。
ラフィリアが僕を受け入れてる間に、一気に書き換えてやる。
僕は自分にインストールした『入浴補助』の概念──『綺麗』と『洗い流す』を指でつまんだ。
それを『不運招来』へと、たたきつける。
「──ひゃぅんっ」
強めに押し込んでいく。あの黒い鎖が、復活しないうちに。
「や、あん。そんな、一気に……なんて、あ、あんっ!」
反射的にラフィリアが身をよじって逃げようとする。
その身体が樹に当たって止まる。逃げ場はない。
ラフィリアは眉を寄せて、目を閉じて、覚悟したみたいに、自分の中に入ってくるそれを受け入れた。
両膝を立てて、僕の背中に手を回して、うわごとみたいにつぶやきつづける。
「ますたぁがあたしのふかいとこ触れてくれてます。やさし──つよっ。つんつん、ずんずん。うれし──こわ──だめ──すき──やだ──ほしい──まって──すぐに──だめ──すき」
『不運招来LV3』が抵抗をやめた。
僕はゆるゆるになったスキルに押し当てた『綺麗』と『洗い流す』に軽く触れる。
それだけで、ラフィリアのスキルは一気に概念を飲み込んだ。
「すき、すきすきすきすき、ん、ん、あっ!」
こわれそうなくらいラフィリアの身体が反り返る。
大きな胸が揺れて、ぴくぴくと震える。
もうひとつのロックスキル『生存確率上昇LV5』はそのままだ。
こいつに鎖はついてない。呪いはかかってない。害はないから放置でいい。
『不運招来』だけはバラして壊す。
完全に。あとかたもないくらいに。
「呪いのスキルなんかとっとと消えろ! 実行『
「──────────っ!」
ラフィリアの身体が、びくん、とはねた。
同時に『能力再構築』のウィンドウから、黒い鎖が飛び出した。
それは空中で形を変え、小さな黒い人の姿になる。
あれは!?
『運命操作実験の失敗を確認』
小さな黒い影はつぶやいた。
『実験体。ラフィリア=グレイス。人柱。不幸を集中させることによる、幸運のコントロール。他の場所を平穏にするための、不幸の捨て場所。あるいは魔王軍に送り込むためのもの。実験失敗を確認。失敗を確認。スキル消滅を確認──終了』
「レギィ!」
僕は地面に置いたままの魔剣レギィをつかんだ。
一振り。動かない相手になら、外さない。
黒い影が、まっぷたつになって、消えた。
「これが、ラフィリアのスキルにかかってた呪いの正体か……」
『主さまの言うとおり、取り憑いておったのじゃろうよ』
剣の姿のまま、レギィが答えた。
『一部始終を見させてもらった。この娘には実験用の「運命干渉系スキル」が組み込まれておったようじゃ。おそらくは人柱──この者に不幸を集中させることで幸運・不運をコントロールし、他の場所を平穏に維持するための』
「たとえば村とかで、ラフィリアのまわりだけは不幸だけど、他の場所は安全とか、そういうことか?」
『じゃろうな』
「あるいは、ラフィリアを魔王軍に送り込んで、魔物たちに不幸をまき散らさせる」
『エルフの知恵ならばそれくらいはできよう』
「楽しい、幸せだって感じると怖くなるのは、なんだろうな?」
『不幸に慣れさせるためではないか? 元々なにも希望を持たなければ、絶望することもあるまい』
「最悪だな」
『同感じゃ』
ってことは、ラフィリアはそういう実験の被害者だったってことになる。
そのラフィリアが港町に流れ着いてたってことは、エルダースライムみたいに捨てられたのか、それとも現在進行形で実験の真っ最中だったのか……僕には確かめようがないことだけど。どっちにしても道具扱いってことだよな。
それが魔王対策のためだとしても、最低だ。
異世界から呼び出されて、使い捨てにされる来訪者より、もっと悪いじゃねぇか。
『許せぬ! まったくもってけしからん!』
心の底から
『このように美しい娘を不幸な目に追い込むとはなにごとか! こういう娘は愛でて愛でて愛でまくってはらませるのが常識であろうに! 涙は愛と快楽によるものでなければならぬ! こともあろうに不幸を招くスキルを埋め込み、悲しみの涙を流させるとは何事か! 恥を知ればいいのじゃ!』
「最初と最後のセリフについては、僕も同感だよ。レギィ」
ラフィリアは、地面に横たわったまま、荒い息をついてる。
寝間着はお腹から下をやっと覆ってるくらいだし、それも汗とかでぐしゃぐしゃになってる。
小さくみじろぎするたびに首輪の金具が、ちりん、と鳴って、そのたびにラフィリアは幸せそうに笑ってる。
ラフィリアの幸せって……支配されることなんだよな。
その辺、どうなるんだろう。
とにかく、スキルの書き換えは成功した。『不運招来LV3』は消えた。
新しくできたスキルはふたつ。
『不運消滅LV1』(ロックスキル:摘出不能特性、
『不幸』を『綺麗』に『洗い流す』スキル。
自分や他者に手で触れることで、不幸を洗い流す (幸運を呼び込む)。
発動時間は数分。その間はラックのパラメーターが急上昇する。
リスクとしてスキルの効果終了後十数分間は、攻撃力・防御力・魔法抵抗力がゼロになる。
使用回数制限あり。使用後は再チャージに数日かかる。
こっちが、書き換えたラフィリアのスキル。
『
『身体』を『周囲』に『引き寄せる』スキル。
任意の奴隷1人を、主人のところに呼び寄せることができる。
召喚された奴隷は主人の座標を正確に把握し、「どんな状況であっても」いちもくさんに主人のところにやってくる。そのため、使い方には注意が必要。
なお、召喚された奴隷は、しばらく主人の側を離れることができない。
使用回数は1日1回まで。
これが、僕の新しいスキルだ。
『不運消滅』はハイリスクハイリターンの幸運度上昇スキル。
防御力や抵抗力がゼロになるってリスクを考えると、ありえないくらいの幸運を呼べそうだ。
『奴隷召喚』は……使う機会はないかな。セシルもリタもアイネも、みんないつも一緒だし。魔剣レギィを呼ぶのには使えそうだけど。
「……ますたぁ、あたし……やみにのまれてしまいましたぁ」
ラフィリアが、ぼんやりとつぶやいた。
「うん。でもすぐに契約は解除できるからさ」
僕はラフィリアの身体に自分の寝間着をかけた。
最初に言ったとおり、ラフィリアは200アルシャで奴隷になってる。だから、長くても奴隷でいるのは1ヶ月か2ヶ月くらいかな。
自由になれば、また新しい自分を見つけることもできるだろ。
ほら、仕事を辞めたら「なんでいままであんなことしてたんだろう」って思うひともいるんだから。
そう思いながら、僕は地面に落ちたままの羊皮紙を拾い上げた。
そこに書かれていた、ラフィリアの『スキル探索』の代金は──
11200アルシャ
「はぁ!?」
僕は羊皮紙を見返した。
よく見ると、数字のところにインクがにじんでた。
樹の根本に置いたから、夜露が落ちてきて、インクが流れたんだ。それが測ったみたいに、11って数字を作り出してる。指でこすってみるけど、消えない。というか、不自然なくらいにインクが定着しちゃってる。まさか、これ『契約』の儀式による正式な契約書ってことで、神様効果が発揮されてるのか?
『じゃろうな。「契約」の証明書として、「契約の神」に認識されておるのじゃろう』
「偶然──じゃないよな、レギィ。これってもしかしてラフィリアの『不運招来』の効果か!?」
『おそらく』
ぽん、と、出現した人型のレギィが、うなずいた。
『自分の本性に気づくまでは、この娘にとって奴隷になるのは──闇、つまり不幸じゃったのだからな。そして主さまにとっても、このエルフ娘を支配しつづけるのは不幸じゃ。だからこうなった』
やっぱり、あのスキルはさっさと書き換えて正解だった。
ラフィリアが金額を書いてから、『契約』するまでの短時間でこれだ。
ほっといたらなにが起こってたか……。
「これ『不運消滅LV1』で消せないかな」
『無理じゃろうな』
「神様レベルの『契約』だからなぁ」
『しかり』
「だよねぇ」
『それにこの娘にとって主さまの奴隷であることは、すでに不幸ではあるまい』
「……しょうがないか」
まぁ、悩んでても話は進まないわけで。
僕は寝間着でくるんだラフィリアの身体を抱き起こした。
軽く揺さぶるとラフィリアは目をさまし、自分の格好に気づいて──
「は、はぅっ。いけません! ますたぁの前でこんなぁ!」
って、真っ赤な顔でわたわたしてた。
僕はラフィリアにスキルのことを説明して、ついでに契約金額のことも話して。
ラフィリアはびっくりしたけど、彼女は自分で自分のスキルを確認できるようになってて。
そして発生した、3度目の土下座。
「あたしの運命を変えていただいたこと、感謝の言葉もありませんっ」
辞書に『エルフ土下座』って載せたいほどの華麗な土下座を決めて、ラフィリアは
「このラフィリア=グレイス。ご恩をお返しするまでマスターに身も心も捧げるつもりでおります!」
すがすがしいくらいきっぱりと、宣言したあと──
「そ、それとですね……あたし、さっき変なこといいましたけどぉ……やっぱあれ、闇かもしれないです。ほんとのあたしじゃないんです。あ、あたしはみんなを守る、正義のラフィリア=グレイスなんですから!
あれ? マスター、どうしてそんな怖いくらい優しい目をしてるんですか? あ、頭なでないでくださいよぅ。なでるなら首輪の方を……お願いします……マスターに触れてもらうのすき…………はぅっ!?」
変なダンスを踊るみたいにわたわたしながら、僕 (とレギィ)の隣を歩き出したのだった。
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