第51話「番外編その3『リタの願いと「奴隷召喚(サモニング・スレイブ)」(前編)」
本編をちょっとだけお休みして、今回は番外編です。
時系列は第50話の翌朝で、リタ視点のお話になります。
「いってきます、ご主人様」
「うん。じゃあアイネの護衛をよろしくね、リタ」
さわさわ、ぴこぴこ。
優しい指が、リタの金色の獣耳に触れる。
ナギに耳をなでてもらうとき、リタは獣人に生まれてよかったって思う。
自然と尻尾をぶんぶん振っちゃうのが、恥ずかしいけど止められない。だって、本能だもん。
ナギにもらった首輪はいつの間にか自分の一部になっていて、なかった頃を思い出せないくらい。
ナギの顔が近くにある。息づかいを感じる。
くんくんしたい、すりすりしたい、なでなでして欲しい。
もっと……もっと側に来てほしい……。
「神命騎士団にこっちの正体はバレてないと思うけど、気をつけて。リタ、アイネ」
「ふーんだ。なに言ってるのよ、ナギってば」
でもリタは恥ずかしがり屋のいじっぱり。
だから、今にもあふれそうな気持ちを横に置いといて、めいっぱい胸を張る。
「私、接近戦ではパーティ最強なんだからねっ。みくびらないでほしいもんっ。神命騎士団なんか相手にならないんだからねっ」
「無茶するなって言ってるんだってば」
苦笑するナギに飛びついて、ほおずりしたいのを押さえて、代わりに彼の世界の儀式『はいたっち』──すぱーんっ!
そしてリタは、奴隷仲間のアイネと一緒に情報収集 (プラス買い物)に出かけるのだった。
「アイネええええええええ。ど、どおしたらいいのおおおおおっ!?」
「うんうん。どうしたの、リタさん?」
家が見えなくなると同時に、リタは隣を歩くアイネに泣きついた。
パーティの「お姉ちゃん」役のアイネは、眠そうな目を細めて、リタの髪を優しくなでてくれる。
「あ、あのねアイネ。ナギにまた
「ラフィリアさんのこと?」
「そう。エルフの、すっごい綺麗な女の子」
「アイネもちょっと話したけど、いい子だと思うよ?」
「う、うん。でもねでもね」
「心配することないよー。奴隷が増えたって、なぁくんはリタさんのことも大事にしてくれるよ?」
「それはわかってるもん……」
わかってる。ナギのことだもん。
ラフィリアが謎のロックスキルのせいで苦しんでたって話は聞いた。リタも同じようなものをインストールされたことがあるからわかる。呪いみたいなスキルによる苦しみも、それをナギに救われたときのうれしさも。
ラフィリアには同情するし、ナギにしか彼女を助けられなかったのもわかる。
それにラフィリアはリタのことを尊敬してくれてる。「ダークヒーローがマスターで、金色の獣がリタさまだったんですねっ!」ってのは、正直、意味がわかんなかったけど。
頭ではわかってる。でも、でもでもでも。
「聞いて、アイネ。私、ナギとの『
「そうなの?」
「私が『
「そっかぁ。リタさん、がんばったんだね」
アイネはそう言ってほほえんだ。
彼女の目はいつも穏やかで、たいていのことじゃ動じない。だからうっかり、いろいろなことを相談しちゃう。アイネはそれを喜んでくれてるみたい。自分はみんなのお姉ちゃんだから、って。
そのけた違いの包容力に、リタは時々おどろかされる。
アイネなら、パーティメンバーどころか、いきなり子どもができても動じないのかも。
「リタさんは、もう一度なぁくんと『魂約』したいの?」
そんなアイネが、当たり前のことみたいに聞いてくるから──リタは思わず、
「………………したいもん」
言っちゃった。
……言っちゃった。
…………言っちゃったあああああああああ。
「うわああああああああああああん!」
「だいじょうぶ。それはとっても自然な感情なの」
真っ赤になってもだえるリタに向かって、アイネは、ぐっ、と、親指を立てる。
「それに、アイネもリタさんやセシルさんが、なぁくんと限界突破のなかよしになってくれないと困るの」
「アイネも?」
「うん。そうすればアイネはそのタイミングでなぁくんにお願いしておっぱ……ううんなんでもないの」
あれ?
リタは首を傾げた。
アイネが赤くなるの、久しぶりに見たかも。
「ごめんね。アイネもナギと『魂約』したいよね」
「だからそれは順番があるから後回し。今はリタさんとなぁくんの『魂約』の話なの」
「うん……そうね」
「アイネには名案があるの」
「本当!?」
「ちゃんとなぁくんに『魂約したいです』って言えるように、たくさん練習するといいの」
「練習…………」
うん、そうかもしれない。
リタは恥ずかしがり屋のいじっぱりだ。
再構築して、
『魂約』はとっても重要なこと。今度こそ失敗はしたくない。
だから、ちゃんとナギにお願いできるようにしておかないと。
「わかったわ、アイネ。私、練習する!」
「じゃあアイネの言うとおりに言ってみて? 『ナギさま、愛しています』」
「『な、なぎひゃま、あ、あ、あ、あ、あいしていましゅ』」
「『ずっとあなたの魂に寄り添うものでいさせてください』」
「『ずっとあなたのたましいにーよりそう……もので……い、いさせてください』」
「『生まれ変わっても、なぁくんのお姉ちゃんでいさせてください』」
「『生まれ変わっても、なぁくんの』……って、あれ、アイネ?」
「うん。ずっと一緒。アイネのすべてはなぁくんのためにあるの。だから、いいの。セシルさんとリタさんの赤ちゃんのためにアイネを、どうか……」
「アイネ、アイネっ! 私はナギじゃなぁい! 目を閉じて迫ってくるのやめてぇ!」
「あれ?」
お互いの息がかかるくらいの距離で、やっとアイネは目を開けた。
「…………ごめんね。練習しすぎたの」
「普段どんな練習してるのアイネっ!?」
思わず声をあげたリタの前で、こほん、と、アイネはごまかすみたいにせきばらい。
「つまりね、こんなふうに自然に出てくるくらい練習するのが大切ってことなの」
「……なるほどー」
リタは思わずため息をついた。
さすがアイネ、すごい説得力。『
リタは拳を握りしめた。
うん……がんばろう。今度こそ、自然な流れでナギと『魂約』するんだ。
アイネだってこんなに応援してくれてるんだから。
でも……隣を歩くアイネが「なぁくんたちが『魂約』するのにタイミング合わせて、自然の営みだって言って退路を断って──」ってつぶやいてるのは、どうしてだろう……?
──そんな話をしてるうちに、リタとアイネは町の大通りにさしかかる。
今日の目的は、朝市を見て回りながらの情報収集。
情報の分析と判断は、リタとアイネに任されている。
町のうわさ話なんかを聞いて、それについてふたりで話し合って、必要な情報かどうかを判断して欲しい、ってナギは言ってた。さすがご主人さま。私たちを信用してくれてる。大好き。
そんなわけで、リタは獣耳を、ぴん、と立てながら、アイネの斜め後ろをついて歩きだす。
通りは人であふれてる。けど『神命騎士団』の姿は見えない。
買い物客ばかりの朝市だ。仮面をかぶっていれば目立つ。
けれどそれは、仮面をかぶっていなければ、誰がメンバーなのかわからないということでもある。素顔のままでうろついていた場合、その人が『神命騎士団』だということはわからない。
手がかりはリタの嗅覚だ。彼らにスライディングで突撃したリタは、その時感じたにおいを覚えている。もう一度接触すれば、わかるはずだった。
「……それにしても人おおすぎ。くらくらしそう……」
「はぐれないでねー、リタさん」
祭りが近いせいだろうか。朝早いというのに、大通りにはたくさんの屋台が並んでいる。
海産物、果物、細工物、服──その他。
ここイルガファは陸と海の道が交わる交易地だ。海からたくさんの荷物が入って来るし、内陸部にむかって次々に馬車が旅立っていく。
今も大通りのはずれでは、商人たちのキャラバンが馬車の準備をしてる。これから王都やメテカルに荷物を運ぶんだろう。
「そういえばレティシアさま、もうすぐメテカルに帰っちゃうんだっけ……」
リタはふと思い出す。
自分たちがエルダースライムのことでごたごたしてる間に、レティシアは子爵家と関係がある商人に頼んで、キャラバンに同行する手配を整えてた。今朝も早起きして商人のところで打ち合わせをしてるはず。
今朝、話したときは「奴隷も増えましたもの。仲間外れは嫌いですから、このままだとわたくしもうっかり流れのままに──いえいえなんでもないですわっ」って、言ってたっけ。
「レティシアさまには、いつか恩返しをしないとね」
「大丈夫。きっと近いうちにまた会えるの」
大通りを歩きながら、アイネが力強くうなずいた。
そして慣れた感じで、屋台の人に話しかける。果物を値切りながら、たくみに『神命騎士団』についての話に変化。このあたりの話術はさすがだった。
「──そうなの? 仮面の騎士団って、出てきたのは最近なの?」
「まぁねぇ。貴族の偉い方の推薦があったから、破格の条件で冒険者ギルドに入ったって話だったかしらねぇ。わたしらのような庶民が仕事を依頼できる相手じゃないけどねぇ」
赤い果実を差し出しながら、店のおばちゃんは言った。
アイネはさりげなく指を2本立てて、もうちょっと割り引いてって主張。苦笑するおばちゃんから追加の果実を受け取りながら、さらに問いかける、
「破格の条件でギルドに入ったってことは、腕はいいの? それなら報酬が高いのもわかるの」
「そうさね。とにかく仕事は早いってさ。でも、荒っぽいって噂だよ」
「荒っぽいのはよくないの。そういうのってクレームが来るの」
「貴族のおすみつきだからね。文句なんか言えるやつはいないさ。ともかく仕事は間違いなくこなすんだから。ただ、力がありすぎて余計な被害がでるって噂だ。仮面で顔を隠してるから正体不明でね、どこにいるかわからない。お嬢ちゃんたちも、うかつなことは言わない方がいいよ」
「ありがとう。おばちゃん」
話を聞いて、ついでに果汁たっぷりの果実の値段を3割値切って、アイネは屋台を離れた。
さすがアイネ……って、リタは思わずため息をつく。
こういう交渉力は、さすがパーティのお姉ちゃん。素直に尊敬してしまう。
でもアイネはなんでもないような顔をして、リタに「お待たせなの。護衛ありがとう」ってお辞儀して、隣を一緒に歩き出す。
「……神命騎士団って、
他には聞こえないように、小声でアイネがささやいた。
「仮面をかぶってるから、正体は誰もわからない。何人いるのかも不明みたい」
「声を聞けば特定できるかもね」
リタはアイネにうなずき返す。
「大声でさんざん怒鳴ってたのを聞いたもん。あの声は忘れないわ」
「リタさんは会ったんだよね。嫌な人たちだったの?」
「すっごい気持ち悪かった。ラフィリアをいじめまくってたもん」
「そういうのってよくないの」
「ナギは『あっぱくめんせつ』って言ってたけど……思い出しただけで気持ち悪くなっちゃう」
「でも、なぁくんにあっさり論破されたんだよね」
「当たり前よ。ナギに敵うわけないもん」
「なぁくん強いし、かっこいいもんね」
「私が『レヴィアタン』に襲われてるときだって駆けつけてくれたもん」
「いいなぁ。アイネはなぁくんが戦ってるとこ、ほとんど見てない」
「あ……ごめんね」
「ううん。いいの。これからずっと一緒なんだから、機会はあるの」
「だよね。あと、明日はアイネがナギを起こす係だからね!」
「いいの? アイネはお姉ちゃんなのに」
「そういう遠慮しないの。大事なお役目でしょ。あ、そういえばナギってば昨日ね……」
「なぁくんが? どしたのどしたの……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「「いつの間にかナギ (なぁくん)の話になってる!?」」
あれ? あれれ?
リタは額を押さえた。
リタとアイネの仕事は買い物と情報収集。そしてその情報の分析。
なのに話題がご主人様のことにすり変わってる。不思議なくらいスムーズな、リタとアイネの流れ作業。あるいは華麗な連携技。
リタとアイネは思わず顔を見合わせて、うなずきあう。
いけない。こんなことじゃお役目は果たせない。しっかりしないと。
リタとアイネはふたたび歩き出す。
通りには、売り子の声と、商品を値切る客の声が響いてる。
いろんな屋台があるけど、どの店にも必ず『海竜ケルカトル』の絵姿や人形が飾ってある。このイルガファが栄えているのも海竜の加護のおかげ。そういう話も聞こえてくるし、祭りの話題ももりだくさん。
その祭りの巫女と、ナギが午後に会う約束をしてるなんて、誰も思わないだろうな。私のご主人様はすごいんだぞ、えっへん──って、リタは思わず胸を張る。
しばらく朝市を歩いているうちに買い物は終わり、リタとアイネは2度目の聞き込みをはじめる。
場所は魚屋。漁師たちは噂話に詳しいってのが、歩きながら得た情報のひとつだった。
魚が新鮮かどうかはリタの嗅覚で判断して、良さそうな屋台でアイネが買い物開始。
ほどよく値切ったところで、さりげなく情報収集に移っていく。
「──へぇ、海竜のお祭りの儀式は、半島の端っこでやるの?」
「ああ、そこにダンジョンがあるらしいぜ。なんでも海竜の巫女と勇者が『
「地元の人は、いろいろ気になるよね?」
「そうなんだよ。仲間の漁師連中が、半島のあたりに魔物いるのを見たって。近くに領主家の正規兵が集まってたらしいから、確かだろうぜ。だが、あのあたりは大勢では動きにくいんだよなぁ……」
「大丈夫。きっと巫女さまがなんとかしてくれるの」
「まぁ、そうだな。お嬢ちゃんたちも祭りの日は一緒にさわごうぜ。奴隷でも、祭りの日は休みをもらえるらしいからさ」
「うん。でも、ご主人様と一緒の方が幸せだから」
さらっと頬を染めてから、アイネは買った魚をカゴに入れて、屋台から離れた。
リタはカゴに顔を近づけて、獣人の嗅覚で新鮮さを確認。
うん。大丈夫。たぶん水揚げされたばっかり。これからナギもおいしく食べてくれるはず。
「……それでアイネ、今の話をどう思った?」
「……お祭りの儀式の場所に魔物が現れたってことは、イリスさんが関係してくるかも」
「……イリスちゃんも大変だよね。まだちっちゃいのに」
「……イルガファ領主家の財力なら兵力に不足はないと思うけど……」
「……でも、正規兵が展開しにくい場所って言ってたわね」
「冒険者ギルドに依頼が来るかもなの」
「でも、ナギはまだこっちのギルドには登録してないわよね?」
「神命騎士団のことが片づかないと難しいの」
「せっかく漁師さんの情報をもらったのにね」
「仕方ないから、この魚を有効に使うの」
「ナギは魚料理、好きだと思うわ。私と会ったのも魚料理が名物の村だったもの」
「住んでたところも魚がたくさん穫れる島国だって言ってたの」
「ナギの故郷かぁ。一回でいいから見てみたいなぁ。ナギと同じ空気を吸ってみたい」
「アイネもそう思うの。なぁくんは故郷のこと好きじゃないみたいだけど、アイネはなぁくんを生み出してくれたところにお礼を言いたいの」
「そうよね。ナギを育ててくれた場所だもんね」
「そして新しい故郷はアイネたちが作るんだよ?」
「いいこと言うわね、アイネ。うん。そうだよね。私たちがナギを幸せにしないと」
「リタさん……」
「アイネ……」
向かい合い、がし、と、二人は手を握り合う。
「がんばろうね」「がんばるの」
「「私 (アイネ)たちのご主人様のために!」」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「「どうしてまたいつの間にかナギ(なぁくん)の話に!?」」
リタは頭を抱えた。
おかしい。なにかおかしい。
普通に話をしてるだけなのに、いつの間にかナギについて語り始めてる。
意識なんかしてなかった。無意識だった。
思わず顔が赤くなる。どうして?
「……どうしていつもナギのことばっかり考えちゃうのよぅ……」
服の屋台を見れば「どんな服を着たら似合うって言ってくれるかな?」、装飾品の店を見れば「おそろいの指輪をつけたらどんな気分かなぁ」、肉の屋台を見れば「ナギはデンガラドンイノシシの肉が好きだったっけ」、スキル屋を見れば「新しいスキルをインストールして……『再構築』を口実にぎゅっとしてもらって」──って、朝からなにを考えてるの!?
うちのご主人様はすごすぎる。指輪の強制力も使わないのに、奴隷を完全に縛っちゃってる。こんなのずるい。でもリタはそれが嫌じゃない。嫌じゃないからもっとずるい。
「もしかしてナギには隠れたスキルがあるの……?」
「それなの!」
リタのとなりで突然、アイネが、ぱん、と手を叩いた。
「今朝なぁくんが言ってたの。新しいスキル『
「……そ、それだあああああっ!」
朝ごはんの時に、ナギがみんなに話してくれたんだった。
新しい仲間、ラフィリアと『
ナギがこのスキルを使うと、奴隷に彼の居場所がわかる。そして奴隷はいちもくさんにナギのところへ駆けつけなければいけなくなる。
だけど緊急時以外には使わないから安心して。約束するから、って言ってくれたんだった。
「私たちが、こんなにナギのことばっかり考えちゃうのは……」
「なぁくんが『奴隷召喚LV1』を使って、アイネたちを呼んでるからに違いないの」
「アイネ!」
「リタさん!」
こうしてはいられない。
リタはアイネから買い物カゴを受け取り、口にくわえた。そしてアイネの身体を背負う。セシルよりは重いけど、リタの動きの邪魔になるほどじゃない。ナギが呼んでる。きっとそうに違いない。だって、リタもアイネも、ナギのことが気になってしょうがないんだから。
今なにをしてるか、今日はどんなご飯を食べたいのか、ふたりのことをどう思ってるのか。
つまりこれはナギが『奴隷召喚LV1』を使ってるに違いないのだ。
「いくわよ、アイネ。しっかり捕まってて!」
「遠慮はいらないの。行って、リタさん!」
アイネを背負ったまま、リタは全速力で走り出す。
人混みを縫って、大通りを抜けて──
「ナギ──っ!」
家のドアを押し開けて、玄関先でリタは急ブレーキ。勢い余って3回スピン。
吹き飛びそうになったアイネを抱き留めて、リタはまわりを見回した。
玄関から入ったところ、階段の下。
そこにセシルとラフィリアが座っていた。
「あ、おかえりなさい。リタさん」「おかえりなさいですぅ」
2階を見上げていたふたりが、同時に振り返る。
セシルは階段の手すりにしがみついて、ラフィリアはステップに頬杖をついている。
「……なにしてるの、ふたりとも」
アイネに買い物かごを渡して、リタは思わず聞いてみた。
ふたりとも、まるでご主人様の帰りを待つ子犬みたいに、ナギがいる2階を見つめてる。
「聞いてください、リタさん」
セシルは、不思議なくらい真剣な顔で、
「わたし、さっきまでラフィリアさんと一緒に片付けをしてたんですけど」
「だけど、集中できないのですよ」
セシルとラフィリアは顔を見合わせて、それから息を合わせたように、
「「2階にいらっしゃるナギさま(マスター)のことが、どうしても気になってしまうのです!」」
リタに向かってそんなことを、宣言した。
「………………へー」
リタの額を、冷や汗が伝った。
なんだろう。どこかで同じことがあったような。
「へー、じゃないです、リタさん! わたしたち真面目なんです!」
セシルは頬をふくらませて、リタに詰め寄ってくる。
「昨日も夜遅くまで働いてらっしゃったから、お疲れなのかな、とか。お茶を煎れてさしあげたいけど、お邪魔にならないかな、とか。わたしにできることはないかな、とか」
「……セシルちゃん」
「ナギさまはいつもわたしを幸せな気持ちにしてくださるのに、わたしができるのはほんの少しのことだけです。なにができることはないかなっていつも探してるのに、わからなくて……もやもやして……。不思議なんです。一緒のおうちに住んでるだけで、こんなにナギさまのことが気になるなんて……」
セシルは切なそうに胸を押さえた。
リタは思わず言葉に詰まった。
その気持ちはわかる。すごくよくわかる。わかるけどちょっと待ってセシルちゃん!
でもセシルは意を決したように、隣にいるラフィリアの手を握り──
「それで、ラフィリアさんと話し合った結果なんですけど……」
「マスターのスキルが原因じゃないかという結論に達したのでありますよ」
むん、と、繋いだ手を挙げるセシルとラフィリア。
「そうなんです! わたしたちがこんなにナギさまのことばっかり考えちゃうのは、ナギさまが『奴隷召喚LV1』で呼んでるからじゃないかと思うんですけど……リタさんはどう思います?」
「あたしも、先輩リタさまのご意見をお聞きしたいのですーっ!」
セシルとラフィリア、奴隷仲間ふたりの真面目すぎる反応に、リタは、
「…………………………………………………………………………………………えっと」
額の汗をぬぐって、深呼吸。
「えーっと。えっと、ね」
気持ちを落ち着けて。さっきまでの自分を見つめ直して真っ赤になって、
「………………ふたりとも、冷静になったほうが、いいんじゃないかなー」
横を向いて、自分のことはとりあえず棚に上げて、
ふるふるする尻尾を後ろ手で押さえながら、リタは答えたのだった。
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