第49話「不幸体質エルフ少女の『闇』と『願い』」

 ラフィリア=グレイスは思い出す。


 自分がなんとなく「ついてない」って思い始めたのはいつ頃からだろう。


 お世話になった老夫婦の、パン屋の経営が傾き始めた頃からだろうか。


 そのせいで店の制服のスカートが、だんだん短くなっていった頃だろうか。


 だんだんと客層が変わり、今まで商品を買ってくれたお得意先が、ことごとく離れていったときだろうか。


 少しでも生活の足しになればって、パン屋の仕事の合間に働いた分の給料が、全部老夫婦のお酒に消えてるって気づいたときだろうか。


 だったら冒険者になって一攫千金を狙おうって思いたって、そのために魔法を習いに行った先生がとんだハッタリ野郎で、低レベル魔法しか教えてもらえなかったときだろうか。


 旅立つ前、今まで育ててもらったお礼にと、老夫婦にお金を置いていったところを発見されて、捕まって奴隷に売られそうになった時だろうか。


 なんとかつてをたどって乗せてもらった商船のマストが折れて、漂流の末、イルガファに着くまでに3倍の時間がかかった時だろうか。


 それとも、イリス=ハフェウメア襲撃事件で、パーティが全員戦闘不能になった時?


 それとも……それとも。


 兆しはたくさんあったのだ。


 ラフィリア=グレイスのまわりでは、不幸なことが起こる。


 それは悲惨、というほどではないけれど、間違いなく不幸で。


 ラフィリアはいつも悩んできた。


 もしかしたら自分は、誰かと一緒にいちゃいけないんじゃないか、って。


 でも自分の中をのぞいても、答えはひとつも見つからない。


 そして、その問いにヒントをくれたのはエルダースライム。


 彼は立ち去る前にその身体で、ラフィリアの前に文章を書いて行った。


 短く、


『お前の中には、運命に干渉するスキルがあるかもしれない』


 でも、ラフィリア自身はわからない。


 だったら主従契約して、マスター権限ですみずみまで調べてもらうしかない。


 だけど……


 ──「ついてない」自分と契約してくれる人っているのかな。


 ──一生奴隷になれって、言われたりしないかな。


 信じられる人で、こういうことをお願いしても大丈夫そうなひと、奴隷を大切にしてくれるひと。


 そんな人は──






「って考えたら、ソウマ=ナギさまに行き着いたわけです」


 ラフィリアはそう言って、僕に向かって頭を下げた。


 僕たちがいるのは、家の近くにある森の中。


 家と、イルガファ領主家の間にある、暗い森だ。


 ちょっとしたグラウンドくらいの広さがあって、背の高い樹がしげってる。


 夜風に吹かれて、枝と枝、葉と葉が擦れ合う音がする。


 主従契約をスキルを探すために利用するなんて、他の奴隷の人には聞かせたくないですぅ、って言われたから、ここに来た。


 確かにここなら人目にはつかないし、外に音も聞こえないだろうな。


「というわけなのです。ソウマ=ナギさま。どうかあたしのご主人様になってください」


「わかったから! 土下座しなくていいから!」


 湿った地面に膝をつこうとしたラフィリアを慌てて止める。


 ある意味土下座って精神攻撃だよな。されると、こっちがブラックになった気分になる。 


「ラフィリアの事情はわかった」


「わかってくださいましたか」


 ラフィリアは、はぁ、と息を吐いた。


 かなり緊張してたみたいで、必死に胸を押さえてる。顔は真っ赤だ。肩がびくん、びくん、って震えてる。


 気持ちはわかる。


 自分から「奴隷にしてください」なんてお願いしてるんだから。


 しかも僕とラフィリアとは、まともに話をしたのはここ数日くらい。


 そんな相手に自分を預けようとしてるんだから、怖いのなんか当然なんだ。


「ラフィリアは、自分の中に『運命干渉系スキル』があるかどうか、知りたいんだよな」


「はいっ」


「それが本当にあるってわかったらどうするの?」


「誰にも迷惑がかからないように、遠くへ行きます」


 ラフィリアはきっぱりと宣言した。


 迷いなんか、なにもなさそうだった。


「あたしは、自分がなにものなのかはっきりさせたいんです。もし、ひとを不幸にするだけの者なら、誰もいないところへ行きます。それがあたしにとって『誰かを守る』ことになるんです」


 声が震えてた。


 ラフィリア、もう限界なんだろうな。働いてひどいめにあって、移動して、働いてひどいめにあって、移動して──その繰り返しに。


 もしそれが『運命干渉系スキル』のせいなら、ラフィリアは一生ブラック労働確定ってことになる。


 僕だってできるならなんとかしてやりたい。


 だけど──


「『契約』して、なにもわからなかったら?」


 ラフィリアの不運が、単に全部偶然だったら、ってことだけど。


「……それは」


 ラフィリアは、しょんぼり、って感じで肩を落とした。


「そ、そのときは、覚悟を、き、きめます。もともと、ダークヒーローに助けてもらわなかったら死んでいた身ですからぁ。あの方にお仕えすると思って、ソウマ=ナギさまにご恩をお返しするまで……い、いっしょう……この身をあずけて……おつかえする……んっ、覚悟……です……」


 息も絶え絶え、って感じでラフィリアが言う。


 はい、そこまでしなくてもいいです。


「わかった。じゃあ、ルールを決めよう」


「ルールですか?」


「うん。『恩を返すまで主従契約』だとわかりにくいから」


 僕は地面に置いた魔剣レギィ──の、隣に準備しておいた、紙とペンを取った。


 どうせ、元々協力するつもりだった。


 だから『一生奴隷』って契約にならないように、対策を考えておいたんだ。


「今回の契約は、ラフィリアが僕に『スキルのチェック』を依頼して、その代金を払い終えるまで奴隷になるってことにしたいんだけど、どうかな?」


「…………はぁ」


 ラフィリアの目が点になった。


 わかりやすく言うと、こういうことだ。


 ラフィリアが──例えば200アルシャで、僕に『スキルのチェック』を依頼する。


 そしてラフィリアはその対価を払い終えるまで、僕の奴隷になる。


 200アルシャは、クエストをひとつかふたつクリアすれば支払える金額だ。


 ラフィリアにはこれからイリスのところで仕事をしてもらうつもりだから、1ヶ月くらいあれば払い終えられるだろう。そうすれば契約は解除だ。ラフィリアは自由になれる。


 僕も『運命に干渉するスキル』のことは気になるし、もしもそれが本当に不運を招くものなら、このままラフィリアをイリスに紹介するってわけにもいかない。


 だから、この方法がベストだと思う。


 僕は運命干渉系のスキルについて知ることができる。


 ラフィリアは自分のスキルについて知ることができる上に、うまくいけば不運を取り除いて、新しい仕事を見つけることができる。


 これぞwinwinの関係ってやつじゃないかな。


 僕はそうラフィリアに説明したんだけど──


「……あたし、明日死ぬんですね!?」


 ラフィリアは、真っ青な顔で震え出した。──って


「なんで!?」


「だって、あたしにこんな幸せなんてありえないです。ちゃんと話を聞いてくれて、あたしのこと考えてくれる人なんて、神さまみたいなものですぅ」


 信じられないものを見るみたいに、ラフィリアは口を押さえた。


 ……そっか。


 ラフィリアは自分の『不運』に、うすうす気づいてた。


 ってことは、まわりの人間だって、ラフィリアの側にいると悪いことが起こるって気づいてた可能性がある。しかもラフィリアは昔の記憶がなくて、よそもので──


 まぁ、だいたいどういう扱いを受けてたかなんて、想像つくよな……。


「お願いします、ソウマ=ナギさま」


 ラフィリアはたよりなく笑ってから、うなずいた。


「あたしは、あなたのご提案を受け入れます。お願いします。あたしを……ソウマ=ナギさまの……ど、どれいにして……く、くださいぃ」


「じゃあ『契約』の条件を書いて」


 僕は羊皮紙をラフィリアに渡した。


 文章はあらかじめ書いてきた。金額を書くところだけが空欄になってる。


 ラフィリアが、無理のない金額を入れられるように。


「わかりました。えっと、えっと」


 予行練習するみたいに、ラフィリアが指で宙に文字を描く。


 に、ぜろぜろ、ぜろぜろぜろ、ぜろぜろぜろ、ぜろぜろぜろ。


 200,000,000,000。


 2億。


「200でいいだろ!?」


「す、すいません! あれ? 200って書くつもりだったのに……あたし、なんで……」


 ラフィリアは不思議そうに首をかしげてから、羊皮紙に「200」って書き入れた。


 僕はそれを確認してから、羊皮紙を樹の下に置いた。


「じゃあ、この金額で『契約』な」


「あ、はい『契約』です」


 かちん、と僕たちはメダリオンを打ち合わせる。


 メダリオンが光を放ち、ラフィリアの首に、しゅる、と革の首輪が巻き付く。


 よし、これで契約完了。


 あとはラフィリアのスキルを確認するだけだ。


「わが奴隷、ラフィリア=グレイスよ」


 僕はラフィリアの手を取った。


「主人たる権利を行使する。汝のあるじにスキルを開示せよ」


「……んぁっ」


 僕の声を聞いたラフィリアの顔が、真っ赤になった。


 紫色の目の焦点が、ほわん、と、ぼやけていく。


「……ご、ご主人様。あたしのなかは……どんな、ですか?」


「…………バグってる」


 ラフィリアのスキルは──


固有スキル『魔法適性LV1』


『弓術LV3』『パンづくりLV5』『回避LV3』『詩人ポエマーLV4』

『     』『     』


習得魔法


『火炎魔法LV1』:『灯り』『炎の矢フレイムアロー


『火炎魔法LV2』:『炎の壁フレイムウォール





 名前が空白のスキルがある。しかも、ふたつも。


 能力も効果もわからない。なんだこれ。


「ば、ばぐ? ばぐってなんですかマスター!?」


「…………謎のスキルがあるんだ。だけど名前も能力も効果もわからない」


「ふぇえっ!?」


「ラフィリアは自分ではわからないのか?」


「わ、わからないですぅ。あたしのスキルは、魔法の他には『魔法適性』『弓術』『パンづくり』『回避』『詩人』だけのはずなのです……」


 ってことは、これがエルダースライムが言ってたスキルか。


 本人からは不可視。


 見えないから、取り出すこともできない。


 主従契約して、はじめて存在が明かされる。それでも内容はわからない。


 誰がラフィリアにこんなものをインストールした? なんのために?


 わからない。だけど──


「……放置しとくわけにもいかないか」


 後味が悪すぎる。


 エルダースライムはこいつを『運命干渉系スキル』だって言った。


 もしもこれが本当に不運を招くスキルなら最悪だ。ラフィリアは一生、誰とも一緒にいられないし、まともな仕事にだってつけない。一生ブラック労働確定だ。


「……マスターにも、わからないんですね……」


 ラフィリアはがっくりと肩を落とした。


「でも、そういうものがあるってわかっただけでも十分です……ありがとうございました……ます、たー……」


「たしかに、わからないけどさ」


 だからそんな、全部あきらめたような顔しないで。


 昔の自分を見てるみたいな気分になるからさ。


「でも、どうにかはできると思う」


『能力再構築LV3』は、自分と奴隷のスキルを問答無用で概念化する。


 概念化して文章にすれば、どんな効果なのかくらいはわかるはずだ。


「ただ、そのためには、ラフィリアにちょっと我慢してもらわなきゃいけない」


「なんでもします」


「具体的には、僕がラフィリアの胸にさわる」


「…………はぅっ!?」


「詳しいことは秘密だけど、僕には奴隷のスキルに干渉するスキルがあるんだ。それを利用すれば、ラフィリアのスキルの詳しい中身もわかるかもしれない」


「わかりました……」


 ラフィリアは、かり、と、自分の指先を噛んだ。


「……マスターことは信用してるです。ただ……怖いのは、あたしの中の……闇です」


「闇?」


「はい。あたしは闇に魅せられているのです」


 言いながら、ラフィリアは僕に背中を向けた。


 帯をゆるめて、寝間着をゆっくりと下ろしていく。エルフ耳が、ぴくぴくと震えてる。夜目にもわかるくらい、耳の先っぽまで真っ赤だった。


「ダークヒーローに出会ったときも、ソウマ=ナギさまに『奴隷になれ』って言われたときも、そうでした。あたしのどこか深いところが『きゅん』となっちゃったんですぅ。あたしの中から、いけない闇がしみ出してきてるみたいな……」


 いけない闇。


 なんだか、ぞくぞくする響きだった。


「こうしてる間にも、心の深いところから闇がしみ出してきてるんです……。あたし、自分の中のその闇を受け入れちゃったら……戻れなくなるんじゃないかって……こわいんです」


「意味はよくわからないけどさ」


 僕は乙女じゃないし、ラフィリアみたいに英雄の伝説を読みまくったわけじゃない。


「ラフィリアならその闇をくぐり抜けて覚醒できるんじゃないかな。ほら、今までも酷い状態だったけど、なんとか耐えてきたわけだし」


「──はっ!」


 ラフィリアは目を見開いた。


「さ、さすがマスターです! あたしはなにを怖がってたんでしょう。そうですよね。あたしは誰かを守るものなんです。そのあたしが闇をおそれてるなんてこっけいですぅ! あたしは闇を受け入れて、くぐり抜けなきゃいけないんですぅ!」


 自分が口にした言葉をかみしめるみたいに、何度もうなづいてる。


 はだけたラフィリアの寝間着──胸の上半分が見えてる。そこには深い深い谷間があり、その左右で、真っ白なふくらみが揺れている。ラフィリアはずり落ちそうになる寝間着を、胸の下で押さえてる。はぅ、はっ、って熱っぽい息を吐きながら。目を細めて、半分、涙をにじませて。


「あたし、がんばります。闇を越えて新しい自分に覚醒してみせます!」


 かっこいいな、ラフィリア。


 最初に出会った時は、ラフィリアのパーティが全滅寸前で、それでも彼女は戦ってた。


 2度目の出会いはいいとして。


 3度目の時は、圧迫面接に必死で抵抗してた。


 やってることは失敗ばっかりだけど、それでもラフィリアはできることを必死にやってる。


 こんな子が、謎スキルのせいで一生ブラック労働確定なんておかしいよな。


「お願いします、マスター」


 ラフィリアは僕の前に土下座──はしなかったけど、ひざまづいた。


「あたしの恥ずかしいところに触れて……本当のあたしを引き出してください……」









 僕はラフィリアの胸に手を当てた。


 半分むきだしのラフィリアの胸は、手のひらを押し返してくる。


 弾力とか、重さとか、そういう理屈をすべて飛び越えた『存在感』


 薄い寝間着は触覚を遮るのになんの役にも立たない。


 視覚が遮られるぶんだけ、綺麗な丸みを帯びたかたちも、はっきりとわかる。


「……やみがしんしょくをはじめています……はぅ」


 樹に寄りかかったまま、ラフィリアが胸元を見つめてる。


 半分閉じた紫色の目は、どこか遠くを見てるみたいに焦点がぼやけてる。


「手早くすますから、ちょっとだけ我慢して」


「は、はいい」


「……発動『能力再構築スキル・ストラクチャーLV3』」


 ラフィリアの『無名ブランク』スキルをウィンドウに呼び出す。





『       』


『       』





 どっちもまだ、内容は表示されない。概念化もできない。


 僕は両方に指を当てる。


 魔力の糸を直接つないで、内容をスキャンする。


 少しだけ魔力を注ぐ……反応なし。ゆっくりとたくさん……反応なし。だめか。


「強くするよ。少しだけ、こらえて」


「ひゃ、ひゃい……んっ、あ、あつい、あんっ!!」


 指先から一気に魔力を注ぎ込む──ラフィリアが白い喉を逸らす。


 スキルが震えた──見えた。


 これが、ラフィリア=グレイスの中にある『運命干渉スキル』か。






不運招来ふうんしょうらいLV3』(ロックスキル:摘出不能特性)


『不幸』を『周囲』に『引きよせる』スキル




『生存確率上昇LV5』(ロックスキル:摘出不能特性)


『ピンチ』で『生命力』を『上昇させる』スキル






 ラフィリアの『見えないスキル』はふたつ。


 ひとつは予想通り。ラフィリアに不運を引き寄せる。もうひとつは逆だ。不運になったら、生命力を上昇させるようになってる。


 つまり、ラフィリアは常に不運だけど、それによって死ぬことはない。


 不幸のまま、延々と生き続ける。


 最悪だ。


 奴隷よりひどいじゃねぇか、これ。


 ずっと不幸のままでいさせる。でも、殺さない。生殺し。


 一生ブラック労働確定。


 なんのためにそんなスキルをインストールした? 誰が?


「いや、そんなの関係ないか」


 誰がこんなもの作ったのかなんて関係ない。さっさと書き換えるだけだ。


『運命干渉系スキル』なら『働かなくても生きられるスキル』の参考になるかと思ってた。でも、違う。こいつは「呪われてる」


 常時発動型で不運を招いてるとしたら……いつ、なにがおこるかわからない。


 放置できない。この場で書き換えて作り直す。


「……ふぇ? どうしたですかぁ、ますたぁ?」


 ラフィリアがうつろな目で、僕を見た。


 声をこらえるのは諦めたのか、口は半分開いたまま。


 膝をこすりあわせながら、寝間着の裾を必死につかんでる。


「ますたぁ、あたしのからだ、の、なか、へんですか」


「うん。ちょっとよくないものがあった」


「……ますたぁ、は、それを……なおせます……か」


「なおせるけど……もうちょっと、ラフィリアに負担がかかるかも」


「……たえます。英雄は、やみをとおりぬけて、せいちょうするものですぅ。あたしのなか、いじって、くださぁい。ますたぁ……」


「わかった」


『不運招来LV3』だと──ふざけんな。


 こんなスキル、とっととバラして作り替えてやる。


 材料はある。手持ちのスキルクリスタルはみっつ。イリスがくれた家事スキルが残ってる。


「『入浴補助これ』を使おう」






『入浴補助LV1』


『身体』を『綺麗』に『洗い流す』スキル。






 これは、一般には奴隷にインストールするためのスキルだ。貴族さまがパーティに出る前に、身体をぴかぴかに洗ってもらう時に使うらしい。今回はこれを素材にする。


 自分の中にインストールして、と。


「いくよ、ラフィリア」


 僕が聞くと、ラフィリアは無言で小さく首を縦に振った。


「おねがいします。して、くださいぃ。ますたぁ……」


 うなずき返して、僕は『不運招来LV3』に指を乗せた。だけど。


「……動かない!?」


 文字が動かない。


 見えてるのに、びくともしない。


 よく見ると文字のまわりに……黒い鎖のようなものが巻き付いてる?


 こいつが、文字と文字の間をつないでる。


 魔力を注いで『概念』をゆさぶってみる。それでも動かない。


 まるで、呪いのように。


 やっぱり、この『不運招来LV3』は、呪われたスキルなのか。


「…………んっ、あ、くぅん……闇が、せまってくるです……こわい……です」


 ラフィリアの声にあわせて、ぴくん、と、鎖が震えた。


「あたしは、みんなを守るものなんです……闇に飲まれてはいけないのです……」


 黒い鎖が強くなり、文字と文字を締め付ける。


 これって、ラフィリアの反応と連動してるのか?


「ラフィリア……」


「……ひゃい」


「もしかしてラフィリア、僕にスキルをいじられるのに抵抗がある?」


「……いいえ」


 ラフィリアは嫌々をするみたいに、首を横に振る。


「……ただ、ますたぁ、に、していただくと……やみが、くるのです。飲まれそうになるのです……あのダークヒーローの声を聞いたときと……おなじ……ここちよくて……ぬけだせなくなりそうで……こわい」


 それが、ラフィリアが恐がってる『闇』ってことか。


「他には? ラフィリアの闇って他にもあるのか?」


「今日、ますたぁのおうちで、みなさんと仲良くごはんをたべたのも、闇ですぅ」


「……え」


「ダークヒーローのポエムに、拍手をもらったのも闇です。楽しかったのも、闇です。そういうのって、こわいんです……こわくなるんです。あたしが……かわってしまうの……こわい」


 ラフィリアは言った。


 怯えながら。


 だから僕には『呪い』の正体がわかった。

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