第48話「ダークヒーローの伝説(ポエムつき)」

 エルフの土下座どげざ


 それが異世界で見た、はじめての土下座だった。


 ラフィリアは地面に手も足もおでこもくっつけて、不動の姿勢。


 図鑑にそのまま載せたいくらいの土下座っぷり。


「……いや、そこまでしなくても」


「『お風呂の方』がいなければ、あたし、あいつらにどんな目に遭わされてたかわからないです。本当に助かりました……ありがとうございましたぁ」


 地面に額を押しつけたまま、ラフィリアは声をあげた。


「『お風呂の方』はやめて。僕はソウマ=ナギっていうんだ」


 僕は言った。『海竜のお面』はとっくに外してるけど、ラフィリアは僕の顔を見るのも恐れ多いみたいに、土下座のまま小さく震えてる。


「……あと、土下座なんかしなくていいよ。そんな状態じゃ話もできないからさ」


「はい。『お風呂の方』改め、ソウマ=ナギさま!」


 ラフィリアはやっと顔を上げた。


 リタは不思議そうに僕を見てる。


 なんで『お風呂の方』なのかは後で説明──しなきゃ駄目かな。


「あらためて自己紹介するよ。僕はソウマ=ナギ、こっちはリタ。僕たちは怪しいものじゃなくてイリス=ハフェウメアの知人で──」


「いえいえ。助けていただいた方を疑うなんてできません! ソウマ=ナギさまたちのことは、あたし無条件で信頼しますっ!」


 大丈夫かこの子。


 ラフィリアは紫色の目をぱちくりと見開いて僕たちを見てる。


「あたしは、ラフィリア=グレイスって言います。見ての通り……冒険者のなりそこないです」


「なりそこない……?」


「今回のことではっきりわかりました。あたし、冒険者には向いてないんです」


 ラフィリアは立ち上がり、むきだしの膝を払った。


「冒険に出てから……悪いことばっかりでしたから……」


「……そうなの?」


「昔、よく聞かされたおとぎ話の英雄にあこがれて故郷を出たんですけど……ここまでろくなことがなかったんです」


 ラフィリアはエルフ耳をぺたん、と垂らして、しょんぼり。


「前の戦闘では仲間は全滅──全員戦闘不能になっちゃって、あたしだけ元気で。それでもみんなはなんとか魔法で回復したんです。その後、仕事の報酬としてイリスさまに温泉に招待されて、あたしだけ行くように言われて……その間に、荷物と装備とお金を全部持ち逃げされちゃいまして……」


 不幸だった。


「その後、手元に残ってた3アルシャで、なんとかここまでたどり着いたんですけど、故郷に帰るお金はないし、仕事をさがして冒険者ギルドに立ち寄ったら、仮面の人たちに捕まったんです」


 はぁ


 ラフィリアは胸を押さえてため息をついた。


「あのさ、ラフィリアさんの故郷ってどのあたり?」


 思わず僕は聞いてた。


 ほっといたら、その辺で死んじゃうか奴隷にされるんじゃないかって思ったから。


「メテカルの方角だったら、これから僕の友だちが帰るから一緒に行くように頼んで──」


「船で一ヶ月かかる半島にある小さな村です」


「逆方向か……」


「もっとも、生まれ故郷じゃないんですけどね。あたし、5年以上前の記憶がないですから」


 ……え?


 腕組みをして、困ったもんですよねぇ、ってうなずいてるエルフ少女ラフィリア


 いや、そんなことあっさり言われても。


「あたしって、記憶をなくしてさまよってるところを、育ての両親に拾われたんですよぅ」


「いきなりそんな重い話を聞かされても反応に困るんだけど!?」


 でも、ラフィリアは僕たちを「心の底から信じていい人」認定したみたい。


 綺麗なエルフ耳を指でかりかりしながら、照れたみたいに話し続ける。


 ラフィリアが5年前に、こことは違う港町に流れ着いたところを、パン屋の老夫婦に拾われたこと。


 最初は仲が良かったけど、パン屋の経営がしだいに傾くにつれて、ラフィリアの居場所がなくなっていったこと。


 というか奴隷として売っ払われそうになったこと。


 そこで一発気合いを入れて、冒険者になるために旅に出たこと。


 でも弱くてパーティでは役立たず扱いされたこと。報酬を持ち逃げされたこと──


 そんなことを、ぜんぜん深刻そうじゃなく、「どりゃー」「きひゃー」「きてはー」なんて身振りを入れながら話すもんだから、僕とリタ(とレギィ)は、ぽかん、とした顔で聞いてるしかなかった。


「そして温泉街リヒェルダからイルガファにたどりついて、一文無しになったので、ラフィリア=グレイスの大冒険はおしまいです」


「………………数か年の大冒険か」


 というか、記憶もないのにむちゃくちゃやってるな、ラフィリア。


 危機管理とか、安全策とか、そういうのと正反対に突っ走ってるなー。


「そもそも、記憶もないのにどうして冒険者になろうと思ったんだよ?」


「あたしの中にある昔の記憶が、名前と、小さいころに『英雄の冒険物語』を聞かされてたことと、自分がなにかを『守ってた』ことだけだったからです」


 ああ、なるほど……。


「だから、冒険者になって、誰かを守れば……?」


「はい。あたしは自分が何者か思い出せるんじゃないかって考えたんです!」


 ラフィリアは紫色の瞳を輝かせて、暮れかけた空に向かって拳を突き上げた。


「だって、もしかしたらあたしの正体って、能力を封印された伝説の英雄か、救国の大魔法使いかもしれないじゃないですか! 危機にぶつかったらどかーんと覚醒して、魔王をやっつけてみんなを救えるかもしれないですぅっ!」


「「もういいから故郷に帰れ(りなさい)!」」


 僕とリタが同時につっこんだ。


 故郷には帰れないんだっけ? だったら故郷の近くでいいや。とにかく治安のいいとこに帰ってくれ。


 危なっかしいなんてもんじゃない。


 そもそも記憶がないのに冒険者になろうってのが無謀だし、土地勘も情報もなく、知り合いもいないのに一人旅ってのがだめすぎる。


 異世界から召喚された僕だって、最初はアシュタルテーに情報をもらってたし、セシルとリタがいたからなんとか生き残ってるんだ。


 記憶なくして、自分の正体もわからないのに冒険者をめざして一人旅って……目隠しして紛争地帯渡るようなもんじゃねぇか。


 そりゃ圧迫面接にも引っかかるよ! というか、今まで生き残ってたのが奇跡だよ!


「故郷に帰れないなら、近くに知ってる町とかあるだろ。そこで安全な仕事を探しなよ」


「そうします。伝説の英雄にはなれなかったけど……あたし、満足してますから」


 ラフィリアは目を閉じて、大きな胸を押さえて、夢見るようにつぶやいた。


「あたしは、本物の伝説を、ちゃんと見ましたから。それだけで、これからも生きていけます」


「伝説?」


「はい。正義のダークヒーローです。そのせいで、うっかり『神命騎士団』に関わっちゃったんです。イルガファで一番のパーティなら、彼らがその『ダークヒーロー』かもしれない、って──違いましたけどねぇ」


「変な英雄のことは忘れた方がいいんじゃないかな」


「はい……本当はあたしもそのダークヒーローのことは忘れよう、誰にも言わないようにしようって思ってたんです。口にしてしまうと、闇の魅力に絡め取られてしまうような気がして……」


 ラフィリアはちょっぴり赤い顔で、うなずいた。


「あたしが見た『恐怖と快楽で奴隷を支配するダークヒーロー』のことは、エルフの伝説として語り継ぐことにします」


「むしろそいつ討伐した方がいいと思う」


「あの人のことを悪く言わないでください。あたしにとっては恩人なんですからぁ!」


「ちなみに、そのダークヒーローとはどこで?」


「はい。温泉街リヒェルダで、イリスさま襲撃事件しゅうげきじけんのときに」


 温泉街リヒェルダ。イリス襲撃事件。


「あたしのパーティが全滅しかけたとき、さっそうと現れて黒い鎧リビングメイルを一掃してくれたんです」


 黒い鎧を一掃。


「真夜中に現れた太陽と、城壁みたいな炎の壁フレイムウォールのことは、忘れられません……」


 真夜中に現れた太陽みたいな『灯りライト』と巨大な『炎の壁』


「……へー。たいへんなえいゆうがいたもんだねー」


 うん。知ってる。その英雄のこと。


 つまりそれは、能力を隠して人前に姿をさらしたがらない──


「金色の獣と闇の大魔導少女を従えた、狂気の英雄でした」


「どこに狂気属性が!?」


「暗くて顔はわからなかったですけど、その人の指は大魔導少女の胸をまさぐり、少女は『くやしい……でもっ……しあわせ』って顔をしていました。ヒーローの不思議な支配力が、少女の大魔法を引き出してるようにも見えました。あたしの主観的に!」


「…………見間違いってことは」


「ありえませぇん! あのダークヒーローの、見る者すべてを魅了するような美しい瞳(ラフィリアの主観)、高貴さをただよわせた物腰(主観)、あくまでも優雅に、華麗に、奴隷少女たちを支配する最強のダークヒーロー(主観)のどこを見間違えるっていうんですか!?」


「…………ぜんぶ」


「ソウマ=ナギさまは、実際に見てないからそんなことが言えるんですぅ!」


 ラフィリアは、両手で自分の身体を抱きながら、ぶるん、と震えた。


「黒い鎧を一撃でほふるあの金色の獣も、謎の殺戮さつりくメイドもすべて真実です。敵を正規兵が倒したことになってるのがその証拠です! あのダークヒーローが正体を隠すために情報統制したに決まってます!」


 なるほど。そういう考え方もあるのかー。


 すごいなー。


「あの方の、冥府から響くような声は今でも忘れられません。あたしの魂の深いところまで響いて、その日は身体がほてって眠れなくて、あたしは──ヒーローを称えるポエムをいっぱい仕上げてしまいました……」


「その話、詳しく聞かせてもらえるかしら?」


 黙って話を聞いてたリタが、がし、と、ラフィリアの手を握った。


「『黒い鎧』軍団を一掃した英雄を称えるポエムよね? 私も、セシルちゃんもアイネもみんな知りたがると思うわ。仕事が終わったらぜひ教えてくれないかしら」


「興味がおありですかぁ!」


「むしろポエムを買い取りたいくらいよ」


「タイトルは『漆黒を駆ける契約者 −奴隷少女との宵闇の蜜月−』ですよぅ」


「素晴らしいわ。今すぐ吟遊詩人ギルドに拡散するべきね」


「お好きですか、ダークヒーロー」


「愛していると言ってもいいわね」


「奴隷を使役して悪を討つ英雄ですもんねぇ」


「世界中のみんなに彼のすばらしさを教えてあげたいもん」


「「気があ (います)(うわ)ね!」」


 がしっ


 ふたたび手を握り合うリタとラフィリア。


「いや、今すぐ破棄した方がいいと思うよそのポエム。情報統制的にも!」


「これはあたしの魂です。死ぬまで歌い続けるって決めてます」


 やめてください。


 でも……そっかー。ラフィリアが、あのときのエルフ少女だったのか。


 道理でレギィが覚えてるわけだ。


 つまり、ラフィリアが見た『ダークヒーロー』ってのは、僕たちのことで。


 冒険者を辞めようとしてたラフィリアが、神命騎士団に引っかかったのは、奴らがその『ダークヒーロー』だと勘違いしたから、ってことか。もう一度、憧れの英雄に会いたかったから。


 …………なんだろう、この罪悪感。


「でもラフィリアさん、ひとつだけ間違ってるわ」


 ラフィリアの手を握ったまま、リタが真剣な顔でつぶやいた。


「間違い? なにがですか?」


 ラフィリアは不思議そうに首をかしげる。


「奴隷を支配してるのは、恐怖と快楽じゃないと思うわ」


「えー。そんなことないですよぅ」


「ううん。そんなもので奴隷は真の力を現さないわ。わたした──その奴隷の力を引き出してるのは──えっと、えっとね……あ、あ、あぃ」


「愛?」


「う、うん。あ、愛。きっとそう、間違いないもん!」


「なるほどー。でも、ポエムとしていまいち燃えないので却下ですねぇ」


 却下された。


 こうして僕は『恐怖と快楽で奴隷を支配するダークヒーロー』として語り継がれることになったのだった。


 ……報酬倍にするからその記憶も消してくれないかな……。






 僕たちが家に戻った頃には、日が暮れてた。


 僕はラフィリア=グレイスをみんなに紹介して、台所へ。


 事情はここに来る間に話してる。家にエルダースライムが住み着いてるってことと、そいつに出てってもらうには、エルフの髪か爪か……あとは体液が必要だってことも。


「……髪と爪だけもらえば、それで仕事完了でもよかったんだよ?」


「いいえ。お仕事をいただいたからには、ちゃんと立ち会わなきゃ!」


 走り回ったせいか汗だくになりながら、ラフィリアは言った。


 真面目だった。気合い入りすぎて、泣きそうな顔になってるけど。


「エルフを連れてきたぞ、エルダースライム」


『おお、おお、おおおおおおおおおっ!』


 ぽた、ぽたぽたぽたぽたっ!


 台所の柱にへばりついたエルダースライムが、青色の滴を落としていく。


 掃除が大変だからやめてください。


『よくぞ、よくぞ連れて来てくれました……ああ、エルフ。わらわを作ってくださった方とよく似ていらっしゃる……。我がマスターも、同じように美しい方でした。わらわに惜しげもなく……を、食べさせてくださった……』


「なんて言ってるんですかぁ?」


 不思議そうに聞いてくるラフィリアに、翻訳して聞かせる。


 ついでにこのエルダースライムも素性も。作られて、捨てられたことも。


 すると……


「か、か、がわいぞうでずぅ」


 ぽろ、ぽろぽろぽろぽろっ!


 ラフィリアの目からも、涙がつぎつぎこぼれ始めた。


「あ、あたしもパーティの仲間に捨てられたから、わ、わかりますぅ。く、く、くろうしたんですねぇ。えるだぁすらいむさあああああん」


「わかってくれるであるか。なんと優しいエルフであろうおおおおおぉ」


 ろろろおろろろおろろおおおおお


 えーんえんえんえんわんわんわん


 涙を流し続けるエルフとスライム。


 なんか意気投合してた。


「あたしにできることなら、なんでも言ってくださいぃ。髪の毛でも爪でも汗でもいいですぅ。じゃんじゃか持ってってくださいぃ」


『長き生の末に、こんな素晴らしいエルフと出会えるとは、わらわは幸せ者である……』


「そんなぁ。あなたを苦しめたのは、あたしと同じエルフじゃないですかぁ」


『よう言うてくださった。お言葉に甘えて、そなたの下着をすべて食らうといたそう』


「はい! よろこんでー」


 僕が翻訳したセリフを聞いたラフィリアはスカートをめくって下着に手を──って、


「ちょっと待って」


「邪魔しないでくださいぃ。あたしはスライムさんのために脱ぐんです──って、あれええええええっ?」


 ラフィリアが真っ白な下着にかけた手を、下ろす寸前で止めた。


 やっと気づいたか。


「おい『エルダースライム』、必要なのはエルフの髪か爪か体液って言ったよな」


『言うた』


「なんで下着が欲しいって話になる?」


『この心優しいエルフの少女を見ていたら、わらわの主人のことを思い出したのである』


 遠い目? をしながら、エルダースライムは語り出す。


 こいつを作った魔法使いのひとりは、ラフィリアに良く似たエルフだったという。


 その人はエルダースライムに体液を渡すのに効率がいいように、汗を吸った下着をそのまま渡していた。それを時間をかけて少しずつ吸収していたから、エルダースライムは今まで暴走しないでいられた。その人は、最終的に事故で死んでしまったそうで、その人がいなくなったから捨てられたそうなんだけど。


『エルフの髪、爪、汗などの体液には魔力が宿るという。下着をいただければ、わらわは完全に小さなサイズに戻り、死ぬまで隠れ住むことができるのである……』


「………………わかりました」


 え?


 ラフィリアは決意したようにうなずいた。


「……あたしとおなじエルフのあやまちですから、下着くらい、どうってことないですぅ。『素材提供』のうちです! なんだったら着てるもの全部あげたってかまいませんっ! こ、このラフィリア=グレイスは、誰かを守って幸せにする者なんですからぁ!」


『おおおおおおおおおお』


「…………でも、せめて、人の見てないところで……」


 まぁ、そうだよね。


 台所の入り口で様子を見ていたセシル、リタ、アイネ、レティシアが廊下に出て行く。


「じゃあ僕は、ドアの向こうでエルダースライムの言葉を翻訳してるから。なにかあったらすぐに呼んで──」


「……いえ、ソウマ=ナギさまはここにいてください」


 ぎゅ、と、ラフィリアが、僕の袖をつかんだ。


「いてください。お願いしますぅ」


「いや、でも……」


「ぜひっ。あたし、なんだかだんだん不思議な気分に……いえ、なにかあった時のために」


「…………はぁ」


 エルダースライムとは『生命交渉』でお互い危害を加えないって条約結んでるから、大丈夫だと思うけど。でも、仕事を依頼した身としては、雇ったひとの不安を放っておくわけにもいかないか。


「じゃあ、後ろを向いてますから、終わったら言ってください」


「は、はぃぃ」


 くるり


 僕はラフィリアとスライムに背中を向けた。


『…………わが主よ、あのエルフについてどう思う?』


 足下に置いた魔剣レギィが震えた。


 ラフィリアとスライムに聞こえないように、ひそひそ話し出す。


『我は逸材いつざいとみたが、主さまの感想は?』


「危なっかしいってのはわかった」


 記憶がないせいもあるんだろうけど。


 相性なのか、僕たちのことは完全に信じ切ってるし、エルダースライムにだってフレンドリーだし。


『あのまま放っておいたら、間違いなく神命騎士団とやらの奴隷にされておったな』


「スライムに感情移入するくらいだからなぁ」


『しかも我らの戦いを見ていたようじゃ』


「ダークヒーローのポエムは拡散禁止にして欲しいけどな」


『あやつをどうする? 放置するわけにもいくまい』


「イリスにお願いしようと思ってる」


 ラフィリアは神命騎士団に目をつけられてる。


 帰り道に聞いた話では、彼女は船で故郷に戻るって言ってた。クエストを受けようとしてたのは、船賃と船が来るまでの滞在費を稼ぐためだって。さすがにそこまでの報酬は僕にも出せない。それに、僕のところだと外に出ないってわけにもいかない。


 ラフィリアは一度はイリスに雇われてるわけだから、面識はあるはずだ。屋敷の手伝いでもなんでも、外にでなくていい仕事を紹介してもらえるかもしれない。


 僕たちもほとぼりが冷めるまで冒険者ギルドに顔を出せないから、イリスに会って、ついでに『神命騎士団』の情報を聞いておきたい。


『まぁ、妥当なところじゃろ。じゃが我のおすすめは──』


「奴隷にはしないからな」


『「僕が、そのダークヒーローだ!」と言えば、あっさり服従すると思うが』


「させる理由がないだろ」


『主さまの望むスキルの研究に役立つと思ったのじゃがな。ああ、そろそろ終わるぞ。今、下着の上を脱ぎ終わった。なんということだ。あれだけ大きいのに、かたちまで良いとは素晴らしい。さて、これから下を脱ぐところ──』


「実況中継すんな」


『────あ』


 べちゃ


 音がした。


 思わず、僕は振り返った。


 振り返って、見てしまった。


 下着を膝までおろしたラフィリアの身体が、巨大なエルダースライムにめりこんでるところを。


「…………こけた?」


しかり』


「ラフィリア! だ、だいじょ……ぶ?」


 ずるり


 エルダースライムの粘液が、ラフィリアの手足に絡みついた。


「エルダースライム! お前」


『ちがうちがう。きがいはくわえぬ』


 じゅる、ぴちゃ、とろり


 エルダースライムが伸ばした触手のような身体が、ラフィリアの下着をはぎとった。


 ついでに上着も。


 スカートも。


 エルダースライムは、ラフィリアが身につけてたものを、一枚残らず飲み込み──金属類や、服以外のものを綺麗に吐き出して──


『ごちそうさまであった。やさしいエルフ、ラフィリア=グレイスよ。わらわの声を聞いてくれたソウマ=ナギよ。そなたたちは素晴らしい者たちじゃ。下等な種族などどいって済まなかったのである』


 エルダースライムの身体が縮んでいく。


 壁一面に広がってたのが、ポスターぐらいの大きさに。さらにタブレットくらいに。最後に、スマホサイズになって──支えをなくしたラフィリアの身体が、ぺちゃん、と倒れた。


『この少女はあぶなっかしいゆえに、わらわの一部を残しておく』


 そういって、エルダースライムは自分の身体をちぎって、ビー玉くらいの分身を、ラフィリアの背中に乗せた。


『わらわの人格はないゆえ、この少女の命令に従うはずじゃ。それから、ひとつだけ伝えおこう。この少女には、本人も知らぬ未知のスキルがあるかもしれぬ。我を作ってくれたマスターもそういう者であった。この少女からは、同じような気配を感じるのである』


「本人も知らないスキル? そんなのがあるのか?」


『不可視なのか、いまだ覚醒していないのかは知らぬのである。ただ「運命に干渉するスキル」であることはわかる。本人が覚醒するか「主従契約」してみればわかるのである。超おすすめで……ある』


 小さくなったエルダースライムは、窓の隙間から、ゆっくりと出て行く。


 結局、あいつは悪いやつじゃなかったみたいだ。


 でも……。


 僕は床にうつぶせで倒れてるラフィリアを見た。


 すっぱだかだった。


 完全に、気絶してた。


「……追加報酬をあげよう」


 僕は倒れたラフィリアに上着をかけた。


『さらばである。エルフの少女、人間の少年。そなたらの未来に幸多からんことを』


 まるで祈るようにつぶやいて、エルダースライムは窓から出て行った。


「むりやりいい話にしようとしてんじゃねぇ……」


 台所は、きれいになってた。


 あいつは壁に張り付いてた部分とか、涙みたいにこぼしてた自分とか、全部回収していった。


 被害は──ラフィリア=グレイスの服と下着だけ。


 結局、エルダースライムがなにをしたかっていうと…………


 あれ?


 結果的に、ラフィリアを神命騎士団から救ってる?


 あのままだったら完全に拉致されてたよな。それもラフィリアの「運命に干渉するスキル」のせいか? でも、だったらそもそも神命騎士団なんかに目をつけられたりしないよな……。


「……本人が覚醒したら聞いてみよう」


『主従契約はせんのか? 主さま』


「むりやりやったら、神命騎士団と同じになるだろ」


『「契約」する相手によるじゃろうよ。相性ってものもあるじゃろうし。それに──』


 僕はラフィリアの顔を見た。


「……やりました。はじめてのクエスト達成ですよぅ…………」


 気絶したままのラフィリアは、不思議なくらい幸せそうな顔だった。


『我は言ったじゃろう? 逸材じゃ、と』


 いつの間にか人型になってたレギィは、そう言って笑ったのだった。






 その後は、アイネにお願いしてラフィリアに適当な服を着せて。


 水が使えるようになったから、お風呂をわかして、順番に入って。


 余り物の食材で『イルガファ到着&水が使えるようになった記念』のお祝いをした。ラフィリアは──今から宿を取るのも大変だから、泊まっていってもらうことにした。


 なにを食べても「おいしいですぅううう」って涙を流すラフィリアを、アイネは気に入ったみたいで、お皿に載りきらないくらいの料理をすすめてた。セシルはセシルで「本物のエルフさんです……」って感動してたし、リタとレティシアは、彼女のおかげでエルダースライムを追い出せたことに何度もお礼を言ってた。特にレティシアは、下手をすると彼女の方が『契約』不履行になってたかもしれないわけだし。


 食後のあとはラフィリアにより「ダークヒーローをたたえる」ポエムの朗読会になった。


 みんな大盛り上がりだった。すっかりうちとけたみたいだ。僕は耳をふさいでたけど。


 最後に僕はラフィリアに、明日イリスに紹介することを伝えて、ラフィリアもそれで納得してれて。


 トラブルはあったけど、僕たちはやっと、落ち着くことができた。


 こうして、イルガファ初日の夜は平和に暮れていったのだった。






「……夜おそくにすいません。お願いがあるんです……」


 真夜中。


 声と、ノックの音がしたから、僕は部屋のドアを開けた。


 廊下で、寝間着姿のラフィリアが土下座してた。


「……だからなんで土下座」


「とある人に教わりました。心の底から感謝するときとお願いするときは、こうするんだそうです」


 ピンク色の後頭部の向こうで、長い耳が震えてる。


 誰がエルフに土下座を広めたんだ。来訪者か……?


「ソウマ=ナギさまを信頼できるおかたと見こんで、お願いがあります」


 ラフィリアはやっと、顔をあげた。


 紫色の瞳が、闇の中で光って見えた。


 真剣そのものだった。


 ラフィリアは僕の視線をまっすぐに受け止め、すぅ、と息を吸い込んでから──





「ご、ご主人様になって、あたしをすみずみまで調べていただけませんか!?」





 裏返った声で、そんなことを宣言したのだった。

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