第47話「異世界の雇用契約とその方法」

「それで、仕事を依頼するのにギルドを通す必要があればそうしますけど、この場合は……?」


 僕はギルドの受付を見た。


 カウンターの前に立ってた女の人が、ひぅ、って感じで目を逸らす。小さく呟くのが聞こえた。「本人同士が納得していればいいです。ギルドは干渉しません」って、なんだよそれ。


 ここのギルドは、アイネの『庶民ギルド』みたいには、冒険者を守ってくれないのか。


「だ、そうです。どうしますか、ラフィリアさん。僕の依頼を受けてくれますか?」


「あ、はい。その条件なら……」


「あなたの経歴に傷がつきますよ、ラフィリア=グレイス」


 椅子から立ち上がったラフィリアの視界を塞ぐように、仮面の男が立ちはだかる。


 しつこいな、こいつら。


「私たちにここまで説明させておいて、断るのですか?」


「無責任だとは思いませんか?」


「ねぇ、冒険者ギルドだってこんな方に、今後仕事はお願いできませんよねぇ。すべてのエルフの連帯責任かもしれませんよねぇ」


 仮面の男3人は、口々にラフィリアを責め立てる。


 元の世界の面接とかでよくあるパターンだ。将来不安を与えて、面接を受ける人を追い込む。こいつらはそこまでしてラフィリアが欲しいのか。それとも、なにがなんだかわからない状態にして、格安で仕事を受けさせたいのか、どっちだろう。


 うっとうしいな。こっちはそういう手口には飽き飽きしてるってのに。


「ラフィリアさん」


「あ、はい! お風呂のひと!」


「でしゃばって悪いけど、神命騎士団と話をさせてもらっていいですか? ギルドとあなたに、迷惑かけたくないんで」


「は、はいぃ! もちろんです。お、お願いします!」


 ラフィリアは納得してくれてる。


 あとは、神命騎士団とかいう奴らを黙らせればいいだけだ。


 ここはこれから僕たちが住む町だ。チートスキルで吹き飛ばすと後が面倒だし、ここは平和的解決でいこう。


「レギィ」


「はい、主さま」


 さりげなく人の間に交ざってた彼女を呼んで、僕は羊皮紙を手渡す。


 レギィはギルドに備え付けのペンを取り、さらさらっ、って感じで僕の指示した文章を書いていく。僕は異世界の文字を書くのにはまだ慣れてないからね。


 うん、こんなもんか。


「聞いてくれ、神命騎士団。そっちの事情はわかった。じゃあ互いの雇用条件を紙に書いて、ラフィリアさん当人に選んでもらうってのはどうだろう?」


 レギィが紙に書いてくれた雇用条件を、ラフィリアと仮面の男たちに見せる。


 内容はさっき言った通りだ。エルダースライム対策。仕事の内容は研究素材の提供。報酬は120アルシャ。拘束時間は2時間くらい。戦闘にはならない。というか、もしも戦闘になったら僕たちで解決する。


「これならお互いの雇用条件がはっきりわかる。断ると無責任になる仕事かどうかもな。公平だろ?」


「……そんな必要がどこにあると?」


 仮面の男はこっちを見た。


「僕はそっちの雇用条件を知らない。もしも、僕とは比べものにならないほどの好条件を間違いなく提供するっていうなら、邪魔するのは恥をさらすだけだからね。大人しく引き下がろう。それでどうだ?」


 僕は答えた。


「……本当ですね?」


「ああ」


 僕がうなずくと、仮面の男はギルドの受付嬢を呼び寄せる。舌打ちをして、テーブルに置いた羊皮紙にペンを走らせる。ぎこちない手つき。まるで、知らない世界の文字を書いてるみたいに。


「これで文句はないでしょう!?」


 仮面の男は冒険者ギルドにいるみんなに向けて、羊皮紙を掲げて見せた。





『クエスト:ダンジョン探索補佐。


 日程:最短3日。最長5日。


 仕事の内容:戦闘補佐。後衛。接近戦は不要。回復魔法を無償提供。防御サポートあり。


 装備品無償貸与あり。雇用期間中は宿を提供。個室。風呂つき。食事付き。休憩あり。


 報酬:6,000アルシャ』




 ほぉー、っと、ギルド内にため息が響いた。


 確かに、びっくりするくらいの好条件だった。


「これが、私たち神命騎士団がラフィリア=グレイスに提供する条件です」


「さっき、態度が悪いから報酬は5分の1にするとか言ってなかったっけ?」


「さぁ、なんの話でしょうか?」


「じゃあ、その雇用条件が、ラフィリアさんに間違いなく提供されると?」


「くどいですね、あなた。そういう話だったでしょう?」


「……確かに、その条件だったらこっちはたちうちできないなぁ」


 僕のセリフに、ラフィリアの顔が青くなる。


「無責任なことはできないよな。他人の人生がかかってる。雇用条件は大事だし、十分な条件を提供できない方が身を引くのは当然だよなぁ」


「ちょ……ちょっと、お風呂のひとぉ……」


 震えるラフィリア。


 対照的に、仮面の男たちは胸を張ってる。


「わかったようですね。では、立ち去りなさい。彼女は私たちの忠実など────その、パーティメンバーとなるのですから」


「うん。じゃあ念のため、お互いこの条件でラフィリアさんを雇うって『契約コントラクト』しとこうか」





「………………え」





 仮面の男が絶句する。


 よし、かかった。


「んん? 別に問題ないよな。さっき言った通り、ラフィリアさんにどんな雇用条件が『間違いなく・・・・・』提供されるかって話なんだから」


「──!?」


「そっちがその条件でラフィリアさんを雇うなら、『契約コントラクト』したって構わないよな? 『契約の罰』が下るはずがないし。それに、さっきあんたはラフィリアさんとその条件で『契約』しようとしてたんだろ?」


 僕のセリフに仮面の男が、救いを求めるように左右を見回す。


「ぼ、冒険にはイレギュラーなことが起こります。『契約』で縛ることは、なにか起きた時に人を危険にさらす可能性があるのです。だから──」


「うん、別にいいよ。ただ、こっちはこの雇用条件を守るって、ラフィリアさんとちゃんと『契約』するけどな。報酬が安い分だけ、確実に支払うって保証しておきたいからさ」


 冒険にイレギュラーがつきものだってのはわかってる。


 だから、僕が聞いてるのは、こいつらが保証できる最低限のラインだ。


 普通だったら冒険者ギルドが調整役になって、冒険者を守ってくれてる。でも、イルガファのギルドではそれが機能してない。ラフィリアが圧迫面接受けてるのに、ギルド関係者が見て見ぬふりしてたのが、その証拠だ。


 そして、こいつら神命騎士団は、どう考えても信用できない。


 だったら『契約の神様』に出てきてもらうしかないじゃないか。


「僕は無理のない条件を出してる。そして報酬は『契約』によって確実に支払われる。神命騎士団との報酬差は確実性で埋めることにするよ。そっちはどうする? 報酬の金額くらいは『契約』で保証してもいいんじゃないか?」


「いや…………いやいやいや!」


 仮面の男は首を横に振った。


「探索の成果によって多少は上下することがある! もちろん、足りない分は長期的視野で生涯年収的に生活不安をなくす方向で進めるが!」


「クエスト成功したらきちんと支払います、ってことでどうだ? 全額が無理なら、半額を保証するってことで」


「いやいやいやいやっ!」


 仮面の男は大慌てて首をぶんぶん横に振ってる。あれ?


「……10分の1くらいなら」


「いやいやいやいやっ!」


「…………ひゃくぶんの」


 ぶんぶんぶんぶんぶんっ


「…………仕事の内容は回復魔法あり、接近戦不要で間違いないんだよな?」


「いやいや。現場の判断というものがあるのでね……その」


「装備品貸し出し。宿風呂休憩つきってのは──」


「装備品は貸与する! もちろん武器とは限らないし、高級品を貸すわけにはいかないが。しかしこれくらいのこと、いちいち『契約』する必要もないだろう!」


「一番気になってるのは、仕事の期間なんだけどさ」


 こいつらはラフィリアを混乱させて、むりやり『契約』を結ばせようとしてた。条件も全部、うやむやにして。


 本当に彼女を『冒険者』として雇うつもりだったのか?


「間違いなく最長5日で彼女を解放するってことくらい『契約』してもいいんじゃないか? 仕方なく延長するにしても7日か、8日で、それ以上長くなるときは再度『契約』するとかさ。

 それくらい前もって『契約』できるよな? 違うか?」


「………………くっ」


 奴らは歯がみした。

 

 こっちを──正確にはレギィの首輪をじろじろ見てる。


 あいつら……ラフィリアを奴隷にでもするつもりだったのか? ……やだなぁ。


「偉大なる『海竜』の加護を受けた町の名誉にかけて、どうだろう」


 僕は『海竜ケルカトルのお面』をかちん、と鳴らした。


 冒険者ギルドの中にいる人たちにもわかるように、語りかける。


「神命騎士団が提示した条件に納得いかずに断ったとして、ラフィリアさんは、冒険者の経歴に傷がつくほど無責任だと言えるだろうか?」


 ギルドの受付の女性は、目を逸らした。


 でも、この場にいる冒険者のうち数人は、確かに首を横に振った。


 冒険者ギルドは──理由はわからないけど、神命騎士団には逆らえないのかもしれない。でも、冒険者たちはそうじゃないってことか。まぁ、クエスト条件がまともかどうかってのは、もろに生活にかかってくるからね。


「それで、ラフィリアさんはどうしますか?」


「そ、そんなの決まってますぅ!」


 ラフィリアはテーブルに手をついて震えながら、それでも必死に声を上げる。


「あ、あたしはそのお風呂──じゃなくて海竜のお面のひとの依頼を受けます。だいたい、なんですか6,000アルシャって! あたしが応募したのはダンジョン探索準備手伝い、200アルシャの仕事だったじゃないですか!」


 …………おい。


 適当にもほどがあるだろ、神命騎士団。


「神命騎士団は伝説のパーティだって思ってました……冒険者ギルドの最高位だって言うから……」


 ラフィリアは涙目で、仮面の男たちを睨んだ。


「でも全然違います! あたしは、本当の伝説を知ってます。あなたたちなんか真のヒーローの足下にも及びません。恥を知ってくださいいいぃ!!」


「…………まぁいい。ラフィリア=グレイス程度の冒険者は他にもいるのです」


 開き直ったよこいつら。


 仮面の男たちはラフィリアから離れた。


 仮面の奥の黒い目で、ラフィリアと僕を見て、鼻で笑う。


「誤解しないでください、ラフィリア=グレイス。我々があんな言い方をしたのは、あなたの精神的な強さを知るためのものだったのです。我々は高貴なお方に仕えている。万に一つの失礼があってはいけない。だからあなたを試さなければいけなかった」


「…………かってなこと……ばっかり」


 息も絶え絶え、って感じで、ラフィリアがつぶやく。


 僕はラフィリアに手を貸して立たせた。さんざん罵倒されたせいで、彼女の足が震えてる。


 それでもまだ、男たちは話すのをやめない。


「正式に『契約』すれば我々の雇用主について教えることができたのに、残念です。その得体の知れない者についていって、あなたは自分の愚かさを知るでしょう。そいつはどうせ、あなたの美しさに惹かれただけに決まってます。きっと言いますよ──本性をあらわして、」


 仮面の男は、僕とラフィリアを指さした。


「あなたに。『僕の奴隷どれいになれ』とね!」


「いい加減にしてください! もうあなたたちには関係ないでしょう!?」


 ばん、ばばん、と、ラフィリアがテーブルを叩いた。


「だいたい、あたしが奴隷になんかなるわけないです! みくびらないでください!」


「当たり前だ」


 僕も頭に来てる。なんなんだ、こいつら。


「言うわけないだろ! ラフィリアさんに『僕の奴隷になれ』なんて!」


「はぅっ!」


 ラフィリアがびくん、とのけぞった。


「そ、そそそそうです。あ、あたしが──このひとのど、どれいに──なんか──はぅっ────な、なるわけ、ないですぅ……やだっ、やぁ……み、みくびらないでください。も……もう。そんなこと言っても……だめ、です。だめなんですからぁあああ!」


 …………あの、ちょっと。


 なんでスカート押さえてびくびく震えてるんですか、ラフィリアさん。


 ギルドにいるひとたち、ドン引きしてるんだけど。


「まぁいいや。ここを出ますよ、ラフィリアさん」


「……はぃぃ」


 僕はラフィリアの手を引いて、ギルドの外に出た。


「レギィ。後ろを見てて。奴らがあとをつけてくるかどうか」


『了解じゃ、主さま』


 レギィは物陰で手のひらサイズに戻り、僕の襟元に隠れる。


「あいつらをまきます。少し早足になりますけど、ついてきてください」


「か、かしこまりましたっ!」


 祭りの人混みが、僕たちを助けてくれる。


 僕たちは早足で雑踏の中へ。レギィが背後を見ていてくれる。あいつら、銀色の仮面なんか被ってるから、すごい目立つ。夕陽を反射してるから、ついてきてるのがまるわかりだ。


 大通りから港の方へ向かう。家とは反対側だけど、こっちの方が物陰が多い。船に積み込む大きな木箱とかも積んである。つまり──






「わぅ──────────────っ!」


 どがっしーゃん





 リタが追っ手を足止めをするくらいの材料はそろってる。


 打ち合わせ通りだ。


 一瞬だけ振り返ると、同じく海竜のお面をかぶった、金髪の少女。


 彼女リタは仮面の男たちの足下にスライディング。数人まとめてなぎ倒し、その勢いのまま即座に離脱。仮面の男たちはまとめて地面を転がり、積み上げられた木箱に頭から突っ込んでる。


 そのまま僕たちはリタと合流。


 慣れない町中を走り回って、家の近くまで来たとき──





「助けていただいて……ほんっとぉにありがとうございました────っ!」





 エルフ少女ラフィリア=グレイスが、僕たちに向かって土下座した。

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