第46話「異世界の面接は、意外とハードルが高かった」

 結局、僕はエルダースライムを倒せなかった。


 というか、レティシアに止められた。






「『契約コントラクト』に引っかかりますわ! やめなさいナギさん!」






 エルダースライムにキレかけてたから忘れてた。


 僕はレティシアと『別荘を大切に扱う』って『契約』をしたんだ。


遅延闘技ディレイアーツ』で、もしも家に致命的なダメージを与えたら、僕は契約違反をしたことになる。別荘の所有権を失い、アイネとの奴隷契約も解除になる。


 最悪、『契約の罰』が下るかもしれない。


 それと、攻撃しなかった理由はもうひとつ。


 …………エルダースライムが、ぽろぽろ泣き出したから。


『ど、どうせ捨てられた身なのだ! ひと思いにやってくれえええええええ──っ』


 って。


 はぁ。


 そんなこと言われたもんだから気が抜けて、結局(『遅延闘技』は人気のないところで解放して)、僕たちはエルダースライムの話を聞くことにした。


『失礼なことを言ってすまなかったので、ある。わらわに話しかける者など、久しくいなかったもので……』


 そりゃそうだ。


『わらわは、この町の水路にひそんでいたのである』


 エルダースライムは、ぐすん、ぐすん、って、身体から青色の滴をしたたらせながら、自分がどうしてここにいるのかを、ぽつん、ぽつんと話し始めた。


 最初に言ってたとおり、あいつはエルフに強化されて『エルダースライム』になった。


 でも、最初の研究者が死んでしまったせいで捨てられたらしい。研究を引き継いだエルフが無能で、エルダースライムを完成させられなかったからだとか。


 捨てられたあいつは、その後は水路に潜んで暮らしていた。ずっと。長い間。


 だけど、この数週間の間に、身体に異変が起こり始めた。


『おそらくは未完成のまま捨てられたせいだと思うのであるが、身体が肥大化しはじめたのである。わらわは町の外では暮らしたことがないし、かといって人目につくわけにもいかぬ。居場所を求めてただよってるうちに、ここにたどり着いたのであるのだ……』


 そろそろ寿命なのだろうなぁ、と、納得して、空き家だったここを死に場所と定めたのはいいけれど、身体の肥大化のスピードは予想以上に早かった。


 祭りの前──海竜ケルカトルが町に近づいてるせいで、大気中の魔力が濃くなってるのも影響してる、とか。増殖が止まらないどころか、身体をうまく動かすこともできなくなった。


『最終的には……身体がふくらみ続け、家を巻き込みはじけ飛んでしまうやもしれぬ』


「……ちょ!?」


『暴走を止めるには、エルフの身体の一部が必要なのだ! 髪の毛でも、爪の先でもいい。それを取り込めば、わらわの細胞は安定して元に戻るはずである。お願いなのだ。わらわだって、本当は若い者に迷惑などかけたくない……ので、ある』


 ぽたぽたと、身体から青いゼリーを滴らせながら言うもんだから……。


 しょうがなく、僕はエルダースライムを助けることにした。


『エルダースライム』の話が本当だってことは、セシルとレギィの情報をすりあわせて確認ずみだ。


 エルフの森を守る使い魔たちは、身体を維持するのにエルフの髪や爪や体液──ぶっちゃけ細胞を必要とするように作られる。逆らったらすぐに処分できるように。でもって、使い魔たちは命ある限りエルフを護衛し続けるらしい。


 わかるけど……すごく迷惑な話だった。


「わかったよ。とにかくエルフを連れてくればいいんだろ」


 そして僕のスキル『生命交渉ライフ・ネゴシエーションLV1』によって、僕とエルダースライムの間にはこんな条約が結ばれることになった。


(1)ソウマ=ナギは「エルフの一部(髪の毛や爪や体液)をエルダースライムに提供する。エルダースライムはそれを食物(魔力源)として、身体に取り込む」


(2)エルダースライムは「それを捕食すると同時に、素直に家から立ち退く。また、交渉成立・不成立が確定するまで、ソウマ=ナギたちと敵対しない」


 そして僕は、ふたたび出かけることになったのだった。






『主さまは、それほど心配してはおらぬようじゃな』


 僕の背中で、魔剣レギィが言った。


「そうなの? ナギ」


 隣を歩いていたリタが僕の顔をのぞき込む。


 ここは町の大通り。僕たちは今、イルガファの冒険者ギルドに向かってる。


 魔剣レギィは護身用に、リタは僕の護衛役としてついてきてもらった。


「そうだね。冒険者ギルドに行けば、エルフのひとりくらいいるだろうから。事情を話して手伝ってもらうか、ギルドを通して正式に依頼すれば、そんなに苦労はしないと思う」


『面目ない。主さま』


 突然、ぽん、と、僕の前に人の姿をしたレギィが現れた。


 大きさは手のひらサイズで、赤いツインテールを揺らしながら、僕の肩に乗っかる。


『この我が、スライム一匹支配できないとは』


「レベル差はどうしようもないだろ」


『優しいのぅ、主さま。その好意に我はどう答えればいいのじゃろう……』


 フィギュアサイズのレギィは、ぽん、と手を叩いた。


『そうじゃ! 素敵な企画を考えたぞ!』


「素敵な企画?」


「うむ! 夜に備えて、使役できるスライムを召喚しておくとしよう! それを獣人娘のベッドにひそませて、本人が寝付いたところで活動開始じゃ。全身くまなく、見えるところと見えないところを刺激して、ほどよく発情させたところで主さま登場。理性をなくした娘に主さまがしあわせを教え込むというのはどうじゃろう!? 主さまは楽しいし、獣人娘も満足、一部始終をじっくり干渉させてもらって我も幸せ──って、やめてやめて! 我の本体を海に投げ込もうとするのはやめてーっ!』


 ──ったく。


 僕は海に向かって構えてた魔剣レギィを背中に戻した。


「勝手なことするなっていつも言ってるだろ」


『承知した。では確認しよう。獣人娘。お主は嫌か?』


「ここで私にどんな反応をしろっていうのーっ!?」


 ぷしゅー、って、頭から湯気が出そうなくらい真っ赤になったリタが、レギィに食ってかかる。


 ぶんぶん揺れてる尻尾の先が膨らんでる。


 この反応は……怒ってるんだよね……?


「と、ともかく。今はエルダースライム対策でしょ!」


 リタは真っ赤な顔のまま、照れ隠しみたいに話を変えた。


「私にエルフの知り合いがいれば話は早いんだけど……」


「いいよ。イトゥルナ教団が人間至上主義だったのは知ってるし」


「ごめんね。役に立てなくて」


『ふふふ、甘いな獣人娘よ。我には心当たりがあるぞ』


 僕の襟元に隠れながら、人形のレギィが胸を反らした。


『温泉街で出会ったのじゃ。主さまたちは戦闘中でそれどころではなかったかもしれぬが、我はしっかり顔を覚えておる』


「そういえば、僕も心当たりがあったな」


 温泉地で出会った……というか、混浴しかけたエルフ少女がいたっけ。


 彼女も兵団の行列に混じってたはず。


 逆に言えば、エルフの知り合いってそれくらいだ。


「レギィの方はどんなひとだった?」


『我が見た者は──大変な逸材じゃと感じた』


「逸材?」


『こう、なんというか。見てるだけで身も心もいじくりたくなるというか、心の奥底にある本性を引きずり出したくなるというか』


 なんで手をわきわきしてるんだよレギィ。


 リタがまじに引いてるからやめなさい。


『本人はそれに気づいていないのじゃろうな。もったいないことじゃ。己のなかにある本性に気づけば、本人もまわりもしあわせになれるであろうに。あのような者は、王宮の秘密の倉にでもしまっておくべきなのじゃよ。疲れた王の心をいやす秘密の宝物アーティファクトとしてな』


「……僕はエルフの話をしてるつもりだけど」


『……我もエルフの話をしておるつもりじゃが?』


「これから仕事を頼もうってんだからさ、失礼なことするなよ?」


『せぬよ。本人が望まなければ、な』


 レギィは、ぼそり、とつぶやいて、魔剣の中に戻っていった。


 ……きっと変なこと考えてるんだろうな、こいつ。


 話しながら歩いているうちに、僕たちはいつの間にか町の大通りに戻っていた。


 冒険者ギルドは……ちゃんと看板が出てた。


 剣と杖が交わるマークに、海竜がからみついてる。


 それがこの町の冒険者ギルドの紋章らしい。


「温泉で会ったエルフは……ラフィリアって言ったっけ」


 ここにいればいいけど。いなかったら、イリスに話を聞いてみよう。


 確か彼女はイリスに雇われてたはずだ。なにか知ってるかもしれない。






「なんでそこまで言われなきゃいけないんですかーっ!?」






 探す必要なかった。


 冒険者ギルドのドアを開けた瞬間、彼女──ラフィリアの声が耳に飛び込んできた。


 僕はギルドの中を見回す。つくりは、メテカルのものと変わらない。違うのは受付が1階にあることくらいだ。そのまわりには椅子とテーブル。壁際にはクエストボード。奥には酒場のカウンター。冒険者風の人たちが、酒やお茶を飲んでる。


 入り口近くのテーブルに、エルフの少女が座ってた。


 片側にまとめた、ピンク色の髪。少し垂れた目が、今にも泣き出しそうなくらいうるうるしてる。短めの布の服から伸びる手足はどこも真っ白で、身体も細いのに、胸だけがテーブルに載りそうなくらい大きい。彼女はテーブルにしがみついたまま、助けを求めるようにまわりを見回してる。 


 彼女のまわりに、数人の男が立っている。顔は見えない。全員、銀色の仮面をかぶってる。


 話をしてる。声が聞こえる。えっと、


「志望動機が甘いですね。こんな動機でクエストがもらえると思っているのですか? そもそもあなたのスキルが当パーティで活かせるかどうか、考えたことありますか?」


 ……は?


「このスキルでよくうちが依頼したクエストに申し込む気になりましたね。人材はいくらでもいるのですよ。まさか本気で自分が採用されると思ってたとか? 前のクエストからこのクエストに申し込む間になにをしてたんですか? 生活費が足りないなんて、自己管理がなってない証拠じゃないのですか?」


「じ、じこかんり? だ、だってしょうがないじゃないですか? みんなが報酬を持ち逃げしちゃったんですからーっ」


「ふむ。自己管理能力だけではなく、危機管理能力もない、と」


「な、なんですかそれえええええっ!」


「そもそも、仕事をするからには最悪の状況を常に想定して動くものです。パーティに報酬を持ち逃げされた? そのような相手を信用する方が悪いでしょう? 分配されたあとのお金の管理もできないなど──はぁ、分配さえされていない? 代表者が受け取ってそのまま逃げた? はっ、自分のミスを棚に上げて、こちらの揚げ足を取れば問題が解決するとでも?」


 銀色の仮面をかぶった男たちが、エルフの少女を取り囲んでいた。


「だから、そんなこと言ってませんよぅ! なんなのもーっ!」


「なんなのって、あなたが我々の依頼したクエストに応募してきたのでしょう?」


「だからって、そこまで言わなくてもいいじゃないですか! あ、あたしは故郷に帰るためのお金を稼ぎたかっただけなのにぃ!」


「話を逸らさないように。こちらはあなたの人間性を問題にしているのです。こちらに時間を取らせておいて、都合が悪くなったら文句を言うのですか? あなたの両親はあなたをどういうふうに育てたのですか? ご家族の仕事は? 収入は? 甘い気持ちでクエストに申し込んだのではないですか?」


「や、やめます! 別の仕事をさがします!」


「ですから、こちらはあなたの人間性を問題にしているのです。話を聞いていないのですか? そんなことだから、パーティに逃げられたのではないのですか? どこへ行くのですか逃がしませんよ。今後のクエスト受注にも影響があるかもしれませんよ、ラフィリア=グレイスさん。こちらはあなたの個人情報は把握済み──」


「もうやめてええぇぇぇ────っ!」


 ピンクの髪のエルフ少女は仮面の男たちに包囲されていた。椅子に座った状態で後ろと左右を塞がれて、逃げられない。冒険者ギルドの中にいる奴らは──反応しない。ギルドのカウンターの向こうにいる奴も。見ないふりをしてる? なんで?


 というか、これって──


「……圧迫面接あっぱくめんせつじゃねぇか」


 なんで異世界でこんなことやってんだよ。


「あのさ、リタ」


「なぁに、ナギ」


「この世界に、心が折れるまで言葉で攻めるパーティってあるの?」


「聞いたことないわね」


「普通、ギルドが止めるよな」


「ギルドの受付のひと、あわあわしてるだけよね」


「対応できないのか、意味がわかってないのか、どっちだろうな」


「どっちにしても最悪ね」


「僕は、ああいうやり方で追い詰められたことがあるんだ」


 バイトの面接で。


 採用したいのか落としたいのかはっきりしろ……って、くらい、しつこく。


 だから、わかる。あれは僕がいた世界のやり方だ。


「……来訪者か、それともただの異世界のブラックなパーティか……」


 どっちでもいいや。僕たちにはエルフの手助けが必要だ。


 他に知り合いがいないんだから、あの少女、ラフィリアと交渉するのが一番てっとり早い。


『主さま……あの娘を助けよ。あのままでは仮面の奴らに連れ去られるぞ』


 僕の背中で、レギィが声だけでつぶやいた。


「わかってるよ。作戦は考えた」


『絶対に逃すでないぞ……あやつが、我の言っていた逸材じゃ』


「……逸材?」


『言ったであろう? 心の底にある本性を引きずり出したい者がおる、と。あやつがまさにそうじゃ。絶対に逃がしてはならぬ! あの少女の中には、主さまが求める──「働かなくても生きられるスキル」のヒントがあるかもしれぬ!』


「──は!?」


『王のかたわらであまたの姫君、王女、美少女を見てきた我にはわかる。あの、見ただけでただよう不幸な気配。自信のなさそうな表情。それでいて神々がきまぐれで作り出したかのように美しい。「傾国けいこくの美女」とでも言おうか。ああいう奴は必ず、本人さえも知らぬ不可思議なスキルを持っているものなのじゃ!

 とにかく救え! 100年近くの時を生きる我の目を、たまには信じてみよ、主さま!』


 レギィはきっぱりと宣言した。


 言われなくても助けるつもりだ。


 まさか異世界に来てまで圧迫面接と出くわすなんて──見てるだけで吐き気がする。


 男たちは仮面で顔を隠してる。表情はわからない。


 元の世界でも同じようなことがあった。面接で、向こうは夕陽の差し込む窓をバックにして、こっちは逆光になって相手の顔も見えない。表情が読めない状態でひたすら高圧的な質問を繰り返す、ってやつ。


 表情が読めないってのは、交渉では圧倒的なアドバンテージなんだ。


「……だったら」


 僕はいったん、外に出た。通りに出てる屋台を目で探る。目的のものは──あった。


 言い値で買って、再びギルドの前へ。


「レギィ、確認だ。お前はダンジョンにいた時みたいに、普通の人間の姿になれるか?」


『短時間なら。じゃが剣からあまり離れることはできぬ。戦闘も無理じゃ』


「動けるならそれでいいよ」


 僕はレギィに作戦を伝えた。


「リタは外で待ってて。戦闘になったら合図する。そしたら支援して」


「了解です。気をつけて」


「それと、あいつらは今、空間支配のスキルを使ってる?」


「……ちょっと待って。うん。だいじょぶ。そういうのはないもん」


「ありがと、リタ」


 僕はリタの頭をなでた。


 リタのスキル『結界破壊』は相手の空間支配を壊せるだけじゃない。相手が空間に影響を与えるスキルを使ってたばあい、それを目で見ることができる。リタが、それが見えないっていうなら、今やってるのはただの圧迫面接だ。


 だったら、僕でも壊せる。


 なんたって、そういうのは(受ける方の)プロだからね。


「念のため、リタもそれつけて。あと、耳と尻尾も隠してて」


 僕は屋台で買ったお祭り道具を、リタとレギィに手渡した。僕も同じものを顔に着ける。


 向こうの正体がわからない以上、こっちの素性は知られたくない。


 ふたりにうなずいて、僕は冒険者ギルドに足を踏み入れた。


 みんなラフィリアと仮面の男たちに気を取られて、僕のことは気にしてない。


 こっちを見ても、誰も驚かない。お祭りシーズンだし、そもそもラフィリアを囲んでる奴らだって銀色の仮面をかぶってるからか。


 でも、意外と顔になじむな、このお祭り道具。今だけの限定品らしいけど。


「もー、いいでしょ!? クエストは受けませんごめんなさい! 話しかけてすいませんでしたっ!」


 冒険者ギルドの中では、ラフィリアがキレてた。


 テーブルをばんばん叩いて、涙目でつっぷしてる。


「冒険者に憧れたのがまちがいでした……伝説をもっかい見たいなんて、思わなきゃよかったですぅ……」


「なにか誤解されているようですね。これではまるで、私たちが無理難題を持ちかけているようではないですか。きちんと誤解は解いておかなければ、私たちの評判にも差し支えます」


「別にあたしはなにも言わないです! もう冒険者なんてやめますからぁ!」


「おっと、逃がしませんよラフィリアさん。こちらは穏便に話をしているのです。椅子を蹴って逃げたりしたら、あなたの経歴に傷がつきます。今後、冒険者ギルドから仕事を受けられなくなるかもしれません。そうなったら生活はどうするのですか?」


「あ、あ、あああああ」


「どうしてぼんやりした顔になっているのですか? こちらの話を聞いていないのですか?」


「…………あたし、あたしは」


「そんな失礼な方には報酬の件も考えなければいけませんね。では、クエストボードに掲示した報酬の5分の1で受けていただけますか? 代わりにその間の宿は提供しますので。いえいえ問題はありません。我々も泊まっている宿ですので──その方が楽し──いえ、色々と便利ですから。え、仕事は受けない? そんなことあなた言いましたか? 誰も聞いてないそうですよ? 勘違いじゃないですか? あなた、死んだ魚のような目になってきましたから。いい傾向ですね。さあ、場所を変えてゆっくりと『契約』しましょうか──」





「答えられなくなるまで、延々と質問を繰り返す」


 僕は言った。


「反論されると、相手の人間性を否定する」


 もう一度告げると、仮面の男たちがこっちを見た。


「その場から離れることを許さない。目的は、自分に都合のいい条件で契約を結ばせること。まるで悪徳商法ブラックだよな。イルガファの冒険者ギルドでは、そんなやりかたでクエストを依頼してるのか?」




 ごとん


 僕は『建築物強打LV1』(破壊属性無効)で、壁を軽く叩く。


 冒険者ギルドの建物が、揺れた。


 天井からホコリが落ちてくる。


 ギルドの中にいた人たちが全員、僕の方を向いた。


「交渉を邪魔して悪いな。あんまりやり方がひどいんで、口を出させてもらった」


「なんですか、あなたは!」


 仮面の男のひとりが叫ぶ。


「『海竜の巫女を尊敬する者』とでも言っておこうか」


 僕は──顔を覆う『海竜ケルカトルのお面』を撫でた。


 顔を隠すのにちょうどいい。あとでイリスの許可を取っとこう。『粗品』は『個人情報プライバシー保護に海竜のお面を使う権利』ってことで。


 そして、僕は仮面の男たちに向き直る。


「僕はラフィリア=グレイスに仕事を依頼したい者だ。あんたたちとは違って、正当にな・・・・


 できるだけえらそうに言ってから、僕はギルドの中を見回した。


 ギルドにいる人たちの視線はこっちに集中してる。


 よし、誰もレギィには気づいてない。


 人の姿になったレギィはテーブルの下に隠れて、ラフィリアのところに向かってる。


 レギィがラフィリアの足を撫でる。呆然としてたラフィリアが、びく、ってなる。その間にレギィが彼女の足下から小さな紙を手渡す。僕を指さす。


 なにを書けばいいかは、レギィに伝えてある。




『温泉で会った者です。仮面の男たちを排除して、あなたに仕事を依頼したい。信じてくれるなら、話を合わせて欲しい』




 僕の顔はお面に隠れてるから、ラフィリアにはわからない。だからさらにレギィは一言、ぼそり。


 ラフィリアの顔が真っ赤になる。


 レギィがささやいたのは極秘情報だ。


 これは賭だった。僕がイリスの知り合いで、ラフィリアと会ったことがあること。それが温泉街リヒェルダの温泉施設で、うっかり混浴しかけた人間だってことをわかってもらうためには──


 彼女のおへその右に3個並んだのほくろがあるのを、僕が知ってるってことを、伝えなきゃいけなかった。


「…………はぅ。あ、あのときのぉ……」


 ラフィリアと僕の目が合った。


 ラフィリアは、こくこくこく、と頷く。怒ってるようには見えない。逆に、ほわーんとした顔になってる。少なくとも嫌われてはいないみたいだ。


 レギィは僕に向かって、ぐっ、と指を立てる。そしてテーブルの下を這いながら、部屋の隅へ。なにくわぬ顔で、僕たちを遠巻きにしてる人たちに混ざる。


「改めてお願いします、ラフィリア=グレイスさん」


 僕はラフィリアに向かって頭を下げた。


 さて、ここからは交渉だ。


「あなたの力が必要なんです。僕の仕事を手伝ってもらえませんか?」


「あ、え──はぃ」


「なんなのですかあなたは! ふざけているのか、そのお面はなんだ!?」


 ラフィリアの言葉をさえぎり、仮面の男が言った。


「海竜ケルカトルの仮面ですが、なにか?」


 僕は祭りのお面をかぶったまま答えた。


 こいつらがもしも来訪者なら、僕の顔を知ってる可能性がある。できるだけ正体は隠しておきたい。それに、向こうだって仮面を被ってる。こっちだけ素顔さらすってのは不公平だろ。


「まったく、海竜の勇者にでもなったつもりですか。仮面を被ってるような怪しい奴と話をする必要などありませんよ、ラフィリア=グレイス!」


「「え?」」


 僕とラフィリアは、同時に仮面の男たちを指さした。


 銀色の仮面の奥で、男たちが目を見開く。というか言われると思ってなかったのかよ。


「わ、私たちは『神命騎士団』だ。あなたとは違います」


「しんめいきしだん?」


 僕はラフィリアを見る。彼女は首を横に振る。彼女も知らないみたいだ。


「知らないのですか。現在、このイルガファで最上位のクエスト攻略率を誇るパーティだ。この銀の仮面は神命騎士団の一員である証。たかが祭りのお面などとは違うのです」


「そっか。でも僕はあんたたちを知らない」


 僕はラフィリアを見た。


「そして……一応だけど、僕とラフィリアさんは知り合いだ。この状態で交渉に応じてくれるかどうかは、ラフィリアさんが決めることだろ」


 あとは、ラフィリアがこっちを信じてくれるかどうかだ。


 温泉では……あんまりいい出会いじゃなかったからね。


「し、知っています。その方はあたしにとって……忘れられない方です」


「このまま交渉しても、問題ないですか?」


「まったくちっともありません…………はぅ」


 なんだか熱っぽい息を吐いてる。


 まぁ、あれだけ圧迫面接されれば、熱くらい出るか。


 ラフィリアは故郷に帰るためのお金がいるっていってたっけ。だったら、この条件でどうだろう──


「僕がラフィリアさんにお願いしたい仕事は『エルダースライム対策』です。拘束時間は長くて2時間程度。戦闘になることはありません。研究用のスライムに与える素材を提供してもらえればそれでいいです。報酬は120アルシャ。

 この条件で納得してくれるなら、僕たちに力を貸してください。ラフィリア=グレイス」

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