第45話「もらった家には水回りの問題があった」

「では、おうちまでご案内しますわ」


 レティシアは青い髪をかきあげて、ふふん、と笑った。


 そして僕たちの先頭に立って歩き出す。


 僕たちがここに来たのはレティシアの別荘を受け取るため。


 当たり前だけど、場所は彼女しか知らない。


 そんなわけで僕たちは、腕をぶんぶん振りながら歩くレティシアの後を、ふらふらゆらゆらついていく。


 通りはたくさんの人で賑わってる。海洋貿易都市だからか、人種も服装もいろいろだ。人間、エルフにドワーフ、獣人、ダークエルフもいる。着ている服も、僕の世界の着物風だったり、ゲームに出てくるドレスみたいにふわふわだったり。入れ墨をしてる半裸のごついあんちゃんも歩いてる。海からあったかい風が吹いてくるせいか、ちょっと暑い。セシルもリタも、額の汗をぬぐってる。アイネは涼しい顔してるけど、彼女はあんまり顔に出さないから。


「見てくださいナギさま。お祭りの準備をしてます!」


 セシルが指さした先には、巨大な竜の飾り物があった。


 大通りに並んだ建物の屋根に乗っかってる青色の竜。革でできた作り物。イリスがいった通り、ごつごつした頭部に八本の角が生えてる。目は小さくて、半分閉じてる。海の底に住んでるから退化したのかもしれない。


 あれが『海竜ケルカトル』──の人形か。


 よく見ると、似たような飾りは町中にたくさんあった。人形みたいなものだったり、看板にイラストが書いてあったり、海竜をかたどった紙風船だったり。『海竜のお面』を売る店もある。顔の上半分を覆うタイプで、角があり、目のところにだけ穴が空いてる。


 そのまわりには『海竜の祭り』を祝う紙がぶら下がってる。。


 日程は、今から、7日後。


 一年の間で、月がいちばん明るい夜にやるらしい。


 祭りで盛り上がってる町中で、僕たちは声をひそめて話し出す──


「……祭りの前にイリスがさらわれたかけたことが知られたら、大騒ぎになるだろうな……」


「……兵団が巫女を盛大にお迎えに行った……ってことになってるんでしたっけ……」


「……ふとどき者が襲ってきたけど、正規兵がばっちり倒したってことになってるのよね……」


「……ということは、なぁくんがかっこよく大活躍したってことは、アイネたちだけの秘密ってことだね……」


「「「ですよねーっ」」」


 3人はそろって唱和する。いいのかそれで。


 でもまぁ、イリス誘拐を防いだのが、公式には正規兵のお手柄ってことになってるってのは本当のことだ。


 この世界では写真を撮れるわけでもないし、目撃証言をSNSで拡散できるわけでもないから。流れるのは冒険者や町の人たちの噂だけ。それもイルガファ領主家が認めない限り、確かめようがない。ファンタジー世界の情報統制ってやつだ。こっちとしてはそれの方がいいんだけどね。


「しかし賑わってるよな。港町」


 歩きながら、僕は自然と町のようすを観察してた。


 物と人が集まるところは景気がいいって聞いたことがあるけど、ここはすごいな。人の数も物の数もけたちがいだ。祭りのせいもあるのかもしれないけど。


 ……ここなら、効率よく働けるかな。


 手持ちのお金にイリスからもらった報酬。それなりに暮らせるようにはなってるけど、働かないで生きるにはぜんぜん足りない。ってことは、やっぱり少しは働かなきゃいけないわけで、スキルを活かすことを考えると冒険者をやるか……商売をやるかってことになる。


 別荘に落ち着いたら、冒険者ギルドにでも顔を出してみよう。


 危なくなくて、簡単で、儲かって、しかもホワイトな仕事ってないかなー。あるといいな……。






「着きましたわ。今日からここが、あなたたちのおうちです!」






 気がつくと僕たちは、とある屋敷の前に立っていた。


 目の前には、鉄製の門。錠前つきの鎖で封印されてる。


 手入れをされていない庭は雑草でいっぱいだけど、意外と広い。


 建物本体は煉瓦造りの二階建てで、壁にはツタがからみついてる。意外と古そうだ。窓の数から推測とすると部屋は──いちにのさんのよんの──ろく。


 場所はイルガファの高台。見晴らしがいい。すごくいい。海まで見える。


 僕とセシル、リタ、アイネはまわりを見回した。


 風よけのためか、あたりにはたくさんの樹が生えてる。小さな森になってる。


 建物は少ない。


 一番近い家は、森の向こうにある、背の高い壁に囲まれた巨大なお屋敷くらいだ。


 壁の向こうには兵舎があって、銀色の兵団が次々に吸い込まれていく。


 ぶっちゃけ、イルガファ領主家だった。


 わかりやすく言うと、イリスんちだった。


 意外とご近所さんだった。


「ささ、遠慮はいりませんわ。ちょっと古いですけど、暮らすには問題ないはずですわ」


「……あのさ、レティシア」


「あら、ナギさん。ご不満ですの?」


「……ここって、一等地じゃないの?」


「場所のことを言われても困りますわ。母の実家の別荘ですもの」


「レティシアんちって、子爵家だよね?」


「ええ、母方の先祖が子爵の位を買いましたの」


「……買った?」


「それで財産を使い果たして、残ったのはこの屋敷だけですわ。もともとはなにかの研究施設の跡地だったそうなのですけど、領主家の近くに住んで箔をつけるために買い取ったらしいです。そんなに高値でもなかったそうですので、お気になさらず」


「…………本当にこの家もらっていいの?」


「『契約コントラクト』したじゃありませんの」


 したけどさ。


 頭で考えてるのと、実際に目の当たりにするのとでは大違いだ。


 家……もらっちゃった。


 僕たちの居場所。帰るところで守るところ。「ただいま」ってふつうに言ってもよくて「おかえり」って言ってもらえるところ……か。


 ……これってすごいことだよね。


 いいの。本当に僕が家を持ってもいいの?


「もらってくれないと、わたくしが『契約の罰コントラクト・パニッシュ』で不眠症になってしまいます」


「うん……そうだね」


「気にすることはありませんわ。どうせわたくしも気が向いたら転がり込みますから」


 レティシアは腰に手を当てて、えっへん、って感じで胸を張った。


「その時、あなたが屋敷を雑に扱っていたり、アイネにひどいことをしていたら、容赦なく取り上げます。そういう契約でしたでしょう?」


 レティシアが手を差し出してくる。


 白い、綺麗な手のひらに乗ってるのは、ふたつの鍵だった。


「わかった。レティシア、ありがと」


 覚悟を決めて、その鍵を手に取った。


「レティシアに会えてよかった。本当に」


「ほめても、わたくしはあなたの奴隷どれいにはなりませんわよ?」


「友だちだもんな」


「親友って呼んでもよいですわよ? ささ、みなさん。さっさと中に入りましょう」


「うん。ありがと」


 ちょっと気後れするけどさ。


 元の世界では家どころか、一年以上同じアパートに住んでたことがなかったから。


 僕はレティシアからもらった鍵のひとつを錠前に差し込んだ。


 回す。


 ちょっとだけ抵抗があって、かちん、という音とともに、錠が開いた。


 鎖をほどく。


 門を開ける。


 そうして僕たちは『居場所』を手に入れたのだった。






 新しい家についたら、まずは水回りの確認を。


 これは元の世界で学んだこと。


 水道がちゃんと出るか。どこか水もれはしてないか、とか。


 ここイルガファは、魔法で水道が整備されてるらしい。いちいち井戸にくみに行かなくてもいいのはいいけど、それがどういうものかは確かめておかないと。


 そんなわけで、みんなが荷物を置きに行っている間に、僕は台所に。


 木製の扉を開けるとそこにはかまどがあり、流しがあり、そして──





 壁際にある大きな柱に、巨大なスライムが張り付いていた。






 ばたん


 僕は扉を閉めた。


 ぱたん


 僕は扉を開けた。


 スライムがいた。


 色は青。大きさは、台所の壁をおおうくらいでかい。壁際には水を汲み出すポンプがある。たぶん、あれがイルガファの魔法水道だろう。スライムはそこから出てきてたみたいだ。蜘蛛が巣を張るみたいにあちこちに、粘液質の身体を伸ばしてる。壁や柱、レンガの隙間にまでべったりと。


 僕が入ってきたのに気づいたのか、ふるふる身体を震わせてる。怯えてる? 怒ってる? いや、そもそもこれはなに? 異世界の別荘にはスライムが常備されてるの? もしかして、残り物の処理係とか? いや、でもアイネの料理はほとんど残り物が出ないし、僕たちも残すような罰当たりなことはしないし……。


 というか、ここは僕らの家だよね。


 なにこれ。なんでスライムがすみついてるの? もう一度言おう「なにこれ!?」


「レギィ!」


 僕は反射的に、背中の魔剣レギィをつかんだ。


「こいつを追い出す。手伝え、レギィ!」


『了解じゃ、ぬしさま!』


「『発動! 粘液生物支配スライムブリンガー!!』」


 僕と魔剣レギィの声が重なった。





粘液生物支配スライムブリンガーLV1』


 自分のまわり半径数十メートルにいるスライムを呼び寄せて使役する。




 鞘ごとつかんだ魔剣レギィを掲げる。


『粘液生物支配』は僕とアイネとレギィで作ったUSRウルトラスーパーレアスキルだ。近くにいるスライムを使役することができる。


 問答無用は趣味じゃないけど、このスライムは不法侵入者だ。とにかくここから引きはがす。詳しい話はその後だ!




 がた、がたがたがたっ!




 壁が揺れた。




 ろ、ろろろろろおろろおおおおおおおおおおおぉぉぉ




 スライムが声をあげた。


 震える。粘液質の身体が震えてる。柱に張り付いた本体も、四方の壁に伸びた触手のようなものも。震えて、鳴いて──そして、





 家がまるごと揺れはじめた。




『だめじゃ! 主さま、レジストされておる!』




 るぉおおおおおおおおぉぉぉっっ




 スライムは必死で抵抗レジストしてる。


 まずい! 天井からレンガの破片が落ちてくる。このスライム、柱と壁の深いところまで食い込んでる。こいつの身体の振動が、家の屋台骨に直接伝わってるんだ。こいつが暴れると家が──崩壊する!?


「ストップだレギィ! スキルをいったん止めて!」


『わかった!』


 魔剣レギィの震えが止まる。スキルが、停止する。


 同時にスライムも動きを止めた。


 ゼリー状の身体の表面が泡立ってる。まるで、僕がどんな生き物か見てるみたいだ。


「……『粘液生物支配』が効かない……」


 元々このスキルは、高レベルのスライムにはレジストされやすい。サイズがでかいだけじゃない。こいつは、それだけの能力と戦闘力を備えてるってことになる。


 やっかいなのは、このスライムの身体が、柱や壁の隙間にまで食い込んでるってことだ。暴れられたら、家が崩れかねない。


 家を守るには、一瞬でこいつを仕留めるしかない。でも、そんなスキルを使ったら間違いなく家の方が先に吹っ飛ぶ。アイネの『汚水増加』なら倒せるかもしれないけど、そのためにはこいつを汚水に漬けなきゃいけない。んなことしたら家全部が床上浸水だ。


「この場合は……平和的に出て行ってもらうしかないか」


 スライムはじっと動かない。正体不明だけど、敵意はないのかもしれない。


 ただ、こいつの身体は水道と排水溝を塞いじゃってる。どいてくれないと水もくめないし、洗い物もできないし、お風呂にも入れない。どっから来たんだ。まったく。


「い、い、い、今の騒ぎはなんですの────っ!? って、すらいむううううっ!?」


「──ってなわけなんだけど、レティシアはこいつがなにかわかる?」


 台所に飛び込んできたレティシアに、僕は聞いてみる。


 一緒に来たセシルも、リタも、アイネも、目を丸くしてる。


「こいつが家の管理人ってわけじゃないよね」


「あ、当たり前ですわっ。おかしいですわね。半年前に連絡があった時には、別に異常は報告されてなかったはずですのに……」


 ってことは、この半年の間に入り込んだってことか。


 セシルたちは反射的に戦闘態勢に入るけど、僕はそれを止めた。


 刺激しない方がいい。家がこわれるから。


 というか、せっかく手に入れた『居場所』を、なくすつもりなんかないから。


「レギィ。こいつの正体に心当たりは?」


『「粘液生物支配」にレジストするほどの高位のものならば、「エルダースライム」じゃろうよ。エルフなど、魔法に長けた者によって強化された魔物じゃ』


 剣の姿のまま、レギィは僕に教えてくれる。


『エルフについて知っておるか、主さま?』


「エルフ……って、森の住人で魔法特性がある種族だろ?」


『そうじゃ。元々森に住んでいたエルフは、動物や魔物を長い時間をかけて強化し、使い魔としていたという。森は町とは違い、城壁も見張り台もない。じゃから、衛兵の代わりに使い魔を巡回させておったのじゃ』


「こいつも、エルフの使い魔だってことか?」


『いや、このへんに森があったのは昔のことじゃからの。どっかのエルフが町中でうっかり作っちゃって、対処に困って捨てたのじゃろう』


「不法投棄かよっ!」


 でもまぁ、知能が高いなら話ぐらいは通じるか。


 交渉してみよう。


 僕は魔剣レギィを床に置いた。敵意のない証拠として。




 ろろろろろろろ




 エルダースライムがうなってる。


 こっちは深呼吸。


 魔物と真っ正面から交渉するのは初めてだ。うまくいくといいけど。


 僕は上着のポケットから、干し肉を取り出した。




「発動! 『生命交渉フード・ネゴシエーションLV1』」




『偽魔族』と戦ったときに、リタと作ったスキルを発動する。


 これは食材を通貨の代わりにして、交渉することができるスキルだ。


 そして、スキルの発動中は相手が魔物でも動物でも意思を通じ合わせることができる。コミュニケーションスキルとしては、チート中のチートだ。


 使うのははじめてだけど……どうなる?


「こっちの言葉がわかるか、エルダースライム」


 僕は言った。


「僕たちはこの屋敷に引っ越してきた者だ。お前を殺したりするつもりはないけど、できれば出て行ってほしい」




 る────るぅる──わら──わ、わらわ──は、




 スライムの身体が、青白く点滅をはじめる。


 そして──




『わらわは──エルフの秘術によって作られし──時を経た──スライムで──ある』




 スライムの声が、僕の耳に届いた。


 少しだけしわがれた、女性の声だった。




「こっちの要求を伝える。僕たちは──」


『はっ! そんな干し肉ひとつで交渉しようなどと、片腹痛いわ! 下等種族どもが!!』




 ………………はい?




『わらわはスライムの中のスライム! 「エルダースライム」である!! 作られた上位種であり、若い頃はさんざんに苦労したものであるのだ!

 それに比べてお前たちは……なんと情けない。たかが台所を占拠されたくらいで騒ぎおるとは! 恥を知りなさい! 恥を!

 そもそもわらわは太古にこの地にあったという『月巡りの森』で生まれたエルフによって作られたエルダースライムであります! ゆえに、このイルガファのどこにでもいる権利があるのです!

 ええい、お主らのような下等な種族では話になりませぬ! エルフを連れて来なさいエルフを! そうすれば話を聞いてさしあげてもよろしい! さぁ、ぽかんとしてないで動け動け! 高貴な種族をここに連れてくるのである!!』




 ………………………………………………よし。


 こいつ、倒そう。


『遅延闘技』の回数を調整する。ぎりぎりの綱渡りだけど、なんとかなるかもしれない。何回振ればどれくらい剣が巨大化するか、計算はできるはず。剣が柱と壁に触れないように──スライムだけをこそぎ取るようにすればいい。


 ぶん、ぶんぶんぶんぶん(x14)。




 僕は魔剣レギィを構えた。




──────────────────


用語解説

『エルダースライム』


エルフや高位のアルケミストによって強化されたスライム。

主にエルフの森の防衛や、ダンジョンのトラップなどに使われる。

使い魔としてスライムが好まれるのは、身体に色々な薬品を混ぜやすいため。

調子にのって改造してたら変なものができたから不法投棄……というのが、研究施設やエルフの森の環境問題になっているという噂もあったりします。

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