第44話「粗品の目録と、イルガファへの短い旅路」
温泉に入った次の日、僕たちはリヒェルダの町を出発した。
港町イルガファからやってきた兵団は、十数人の騎士と、100人近くの歩兵から構成されていた。半径100メートルには近づきたくない迫力と威圧感で、港町イルガファ領主の財力と権力ってのが、これ以上ないってくらいにわかった。
でも、僕たちが兵団の後ろをこっそりついていくって話はちゃんと通ってたみたいで、出発前に伝令の兵士があいさつに来てくれた。
伝令の兵士は僕と同じくらいの年頃で、これからの予定を教えてくれたあと、「行列の後ろをちょっと離れてついてくるように。みんなイリスさま襲撃事件でぴりぴりしてるからねっ」って忠告してくれた。
イルガファの兵士にも、親切な人はいるみたいだ。
伝令の兵士は僕たちに一礼して、それから、なにかを思い出したように、
「忘れるところでした。イリスさまからソウマ=ナギさまへのお手紙を預かっております」
「手紙?」
「よくわかりませんが、『そしなのもくろく』とのことでした」
……『
あ、『偽魔族』と戦った時に、僕が要求したやつだ。
律儀だな、イリスって。
『粗品』ってのは正規兵に非があるってことを公式に認めてもらうためのもので、あいつらが偽魔族と一緒に死んじゃった今では、あまり必要がないものなんだけど。
でも、ここで断るのも失礼だよね。
「ありがたくお受けします、と、イリスさまにお伝えください」
僕は兵士が差し出した『目録』を受けとった。
『目録』は羊皮紙を筒状にしたもので、蝋で封がしてあった。封のところには蛇っぽい竜のかたちをした紋章が押してある。
兵士が帰ったあと、僕は『目録』を開いてみた。
最初に目に入ったのは、紙の一番上に書いてあるイリスの署名。
その下にあったのは、こんな文章だった。
『ソウマ=ナギさまへ。
イリス=ハフェウメアが所有する、もっともつまらないものを
粗品目録
イリス=ハフェウメア』
……あれ?
なにをくれるのか書いてない。最後にイリスの署名が、もうひとつあるだけだ。
一番下には、受け取りのサインを書く欄がある。たぶん、粗品を受け取ったあとに僕のサインを入れるんんだろう。でも、なにをくれるのか書いてないってことは……書き忘れ?
あのイリスがそんなミスをするとは思えないけど。
それとも、別の意味があるのか? 僕もこの世界の書類とかには慣れてないからな。
確認するのは……いまは無理だ。イリスのまわりは兵団にがっちりと固められてる。近づくのは大変そうだし、出発前に時間を割いてもらうわけにもいかない。
まぁ、いいか。イルガファについたら、会うチャンスもあるだろ。
「じゃあみんな、準備はいい?」
僕は目録を閉じた。
振り返ると、別荘の前でみんなが荷物をまとめてるところだった。
「はいナギさま。戸締まりはちゃんとしました!」
「みんなのにおいがついたものが残ってないか、確認したもん」
「火の元もたしかめたの。安心なの」
「気になるようなら、わたくしが帰りに寄って見てさしあげますわ」
セシル、リタ、アイネ、レティシアがそれぞれにうなずいた。
荷物はチェック済み。戸締まりはOK。建物の鍵は伝令の兵士に返した。
「それじゃ、出発しよう」
さようなら温泉の町リヒェルダ。
僕たちは別荘を出発した。
町の大通りを銀色の行列が練り歩いてる。僕たちはそれに、距離をあけてついていく。
一緒に出発する冒険者は他にもいるみたいだ。こないだの戦闘で怪我をした人たちや、どこかで見たようなピンク髪のエルフ少女もいる。みんな列の後ろに並んでる。僕たちは無名のパーティでもあるし、冒険者たちの一番後ろについた。
空は真っ青。風が気持ちいい。
港町イルガファまでは、徒歩で1日弱。さすがにもうなにも起きない……と思う。
というか、これだけの兵団で処理できないトラブルだったら、僕たちは逃げるしかできないわけだし、その辺は気楽にいこう。
温泉街の門を抜ける。街道を出て、早めのペースで歩き出す。
そうして僕たちは、港町イルガファまでの短い旅路についたのだった。
歩きながら僕たちは、いつものようにスキルの確認をすることにした。
メテカルを出るまでに手に入れたスキルは名前だけ、温泉の町リヒェルダで増えたスキルは効果も含めて、お互いにきっちり把握しておこうってことになったんだ。
まずは僕のスキルから。って、それはいいんだけど……。
……………………あのさ、みんな。
スキルの確認をするだけなんだから、全員でそんなにくっつかなくてもいいよね?
兵団も冒険者たちも距離があるから、僕たちがなに言ってるかなんて聞こえないと思うんだけど…………はい? 油断してはいけません? 獣人の聴覚をなめたらだめ? ご主人様の言葉を聞き漏らすわけにはいかないの? 仲間はずれはいや? そうですか。
じゃあ改めて、僕のスキルから。
ソウマ=ナギ
種族:人間
職業:スキル・ストラクチャー
固有スキル『
通常スキル
『贈与剣術LV1』『建築物強打LV1』『高速分析LV1』『異世界会話LV5』『超越感覚LV1』『
僕が温泉街の戦いで身につけたスキルは3つ。
『
敵が剣で与えてくるダメージを、水のように受け流すことができる。
ただし、受け流せるのは剣だけ。これは気をつけないと。
かっこよく使って、斧でまっぷたつにされたら笑えないからね。
『
高速でスキルを再構築できる。ただし、安定性が悪い。
再構築した相手としばらく繋がってなきゃ行けない上に、その後じっくり時間をかけてスキルを安定させなきゃいけない。
本当に緊急時専用ってことにして、普段は封印しておこう。
『
食材で誰かと交渉することができる。その間は、動物や魔物とも意思を通じ合わせることができる。
これは交渉スキルっていうよりも、魔物相手のコミュニケーションスキルって思った方がいいな。そういう意味では、かなりのチートスキルだ。
次はセシル。
セシルは僕の『魂約者』になった。
セシル=ファロット
種族:魔族(表向きはダークエルフ)
職業:妹系天然無防備魔法使いにして
固有スキル『魔法適性LV3』
通常スキル
『古代語詠唱LV1』『古代語通訳LV3』『魔法耐性LV1』『魔力探知LV1』『鑑定LV2』『動物共感LV3』
特殊魔法『
習得魔法
『火炎魔法LV1』:『灯り』『
『火炎魔法LV2』:『
セシルの追加スキルはひとつだけ。
僕と『
『
同時にふたつの呪文を詠唱できる。魔力消費量は変わらないので、注意が必要。
そしてリタ。温泉街ではリタが一番大変だったよね。
リタ=メルフェウス
種族:獣人
職業:わんこ系さびしんぼ神聖格闘家。
固有スキル『格闘適性LV5』
ロックスキル『神聖力掌握LV1』
通常スキル『神聖格闘LV5』『神聖加護LV4』『歌唱LV4』『気配察知LV4』『無刀格闘LV1』『
リタの追加スキルはふたつ。
ひとつは僕があげた『建築物強打LV1』で、もうひとつが──
『
魔法やスキルによって生まれた空間支配を破壊する。
ぶんなぐって停止空間や結界を破壊できる文字通りのチートスキルだ。
作ったあとで……かなりえらいことになったけどね……。
最後に、お姉ちゃんメイドのアイネ。
なんだか最近、僕と目が合うたびに自分の胸を気にしてるみたいなんだけど、なんなんだろう。聞いても教えてくれないし……大丈夫かな、アイネ。
アイネ=クルネット
種族:人間
職業:ご奉仕系メイドでみんなのお姉ちゃん。
通常スキル『虹色防壁LV6』『料理LV9』『掃除LV9』『棒術LV2』『魔物一掃LV1』『記憶一掃LV1』
アイネの追加スキルも、ひとつだけだ。
『汚水増加LV1』
掃除道具で、汚れた水を増加させることができる。増加率は10%+LV×10%。
増加分の水分は、まわりから強制的に吸収する。土でも植物でも人間でも。
場所を選ぶけど、数人を一気に相手にできるマップ兵器になってしまった。
おかしいなぁ。掃除道具で汚水を増やすだけのスキルなのに。
ついでに、魔剣レギィのスキルも。
彼女は今回、変化なし。というか魔剣のスキルって増やせるの?
魔剣レギィ
種族:異界の魔剣
『
以上。
兵団の後をついていきながら、旅はのんびりと続いていく。
みんなまとまっていろいろ話しているうちに、時は過ぎて、だんだんと景色が開けてきて、波の音が少しずつ聞こえるようになって──
「……着いた…………」
野営を一日挟んで、次の日。
煉瓦造りの城壁をくぐると、潮のにおいがした。
目の前に広がっているのは、この世界はじめての海だった。
ここが僕たちの目的地、港町イルガファ。
大きな半島に沿って作られていて、海沿いには背の低い堤防が続いてる。その向こうにはたくさんの桟橋と、船。白い帆をつけた船の群れ。
町には煉瓦造りの家が並んでいて、町の中心に『契約の神様』の神殿がある。
神殿の近くには巨大なお屋敷があって、銀色の兵団はそっちに向かって進んでいく。ってことは、あれがイルガファ領主の屋敷なのか……でかい。というか、ひとまわり小さな王宮って感じなんですが。
旅先だから普通に付き合ってたけど、イリスってやっぱり違う世界の少女なのか……。
「着きましたね、ナギさま」
ちょこん、と触れたセシルの手を、僕は握り返した。ちっちゃな指が、同じように返してくる。
自治都市メテカルを出てから、10日足らず。
僕たちは港町イルガファにたどりついた。
たぶん、ここが僕たちの旅の終着点。
元の世界では手に入らなかった『居場所』がある町だ。
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