第125話「チート嫁別働隊のたたかい ─情報収集と、ご主人さま支援作戦─(前編)」

 今回はイリス視点のお話です。

 別行動中のアイネ、イリス、ラフィリアが、どんなことをしているかというと……。



──────────────────



 イリスを乗せたイルガファ領主家の行列は、無事に故郷へとたどりついた。


「まもなく到着ですよ、イリスさま」


 馬車の窓から兵士に声をかけられたイリスは、小さくうなずく。


 なつかしい屋敷が、見えてくる。


 馬車は兵士たちに守られている。このまま問題なく、屋敷に着けるはず。


 同じ馬車にはアイネさまと、師匠のラフィリアさまも乗っている。


 おふたりも、たぶん同じ思いでいるはずだ。


 やがて馬車は、上り坂にさしかかる。イルガファ領主家とその手前にある森。


 そのあたりにたどりついたところで──


「それじゃ行くの、イリスちゃん」


「ご一緒するです、イリスさまぁ」


「じゃあ帰りましょう。アイネさま、師匠」


 アイネ、ラフィリア、イリスは馬車の扉を開け、せーのっ、で、





「ちょっと待ってくださいイリスさまの家はあっち! そっちはメイドさんたちの家でしょう!?」





 ──飛び降りてナギんちに帰ろうとしたイリスは、必死の兵士たちによって止められたのだった。





「……ぶー」


「まぁ、しょうがないですねぇ。お仕事をしましょうよぅ」


 ほっぺたを膨らませたイリスは、ラフィリアと一緒に領主家の廊下を歩いていた。


 アイネはイリスの自室で、いざというときの逃走経路をチェックしている。


 領主であるイリスパパはナギ──海竜の勇者を恐れてはいるが、油断は禁物だ。


「……これは、イリスたちの使命なのですから」


 表向き、イリスは領主家の次期当主との顔合わせに呼ばれたのだが、ぶっちゃけそれはどうでもいい。天地がひっくり返るくらいどうでもいい。


 イリスが父の命令を素直に聞き入れたのは、ナギの居場所を守るためだ。


 ナギ──イリスのお兄ちゃんは『働かない生活』のために、着々と準備を整えている。


 それに合わせてイリスたち奴隷少女も(ないしょで)、家族計画の相談を進めている。具体的にはローテーションでお兄ちゃんの着替えを手伝ったり、うっかりお風呂でバッタリしたりする計画だ。


 ご主人様は賢い。そして、用心深い。顔に出したらさとられるかもしれない。


 だからこうして別行動を取っている間に相談して、計画を煮詰めていくのが正解だろう。


 そういう計画を立てるのは、イリスに任されている。


 ご主人様とわるだくみで対等に張り合えるのは、イリスだけなのだから。


「──でも問題は、すぐに頭の中身がだだもれになっちゃうことですねぇ」


「心の中を読まないでください師匠!」


「イリスさま、口に出してましたよぅ?」


「うそっ」


 イリスは思わず真っ赤になって顔を押さえる。


 いけないいけない。


「でも皆さんがどうがんばっても、マスターに敵わないと思いますけどねぇ」


「確かに、お兄ちゃんの計画立案能力は、この世界でもずば抜けておりますからね……」


「違うですよぅ」


 となりを歩くラフィリアは、にっこり笑って首を横に振った。


「恋しちゃってるからですよぅ」


「……う」


「イリスさまも、セシルさまもリタさもアイネさまも、これ以上ないってくらいマスターに恋しちゃってますぅ。だから、どんな陰謀をめぐらせたってマスターに勝てるわけがないのです。これ、宇宙の法則なのです!」


「そういう師匠はどうなのでしょうか?」


 イリスは再び、ぷくーっ、と、ほっぺたを膨らませた。


「師匠だって、お兄ちゃんを愛しているのでしょう?」


「はい。だからあたしは、すでにマスターに全面降伏なのですよぅ」


「全面降伏?」


「なのです。だから、これ以上、負けようがないのです。マスターがあたしと……したいというなら受け入れますし、したくないならそのままでそばにいますよぅ。でも、くっつきたいと思ったらそうするのです。まぁ、なんというか、計画立てずにその場のノリでマスター任せですねぇ」


「それはある意味最強ではないでしょうか……」


 こういうとき、イリスは自然に『師匠すごい』って思ってしまう。


 確かに、なにも考えなければ、お兄ちゃんに作戦を読まれることもない。すごい。


「師匠のような才能は、イリスにはないものです……」


「だからあたしとイリスさまは気が合うんですよー」


「確かに、イリスは師匠が大好きです」


「あたしも、イリスさまのことが大好きですよぅ」


「……師匠」


「イリスさまー」


 だきっ。


 思わず抱き合う、2人の奴隷少女。ただし片方の見た目はお嬢様で、片方はメイドさん。その身長差からラフィリアの巨乳に頭を挟まれる格好になったイリスは、改めて師匠のすごさを再確認。同時に猛烈な嫉妬まで覚えてしまう。


 今日は一緒にお風呂に入って、このおっきなものの秘密を突き止めなければ──そう心に決めたあと、いつの間にか父親の部屋を通り過ぎていたことに気づいて立ち止まる。この先は非常口。


 イリスもラフィリアも、まるで帰巣本能みたいにナギの家に帰りたがっている。


「「……お仕事をしますか!」」


 ふたりは顔を見合わせて、回れ右。


 今のところの保護者であり、強敵でもある領主の部屋に向かったのだった。







「お、遅かったな、イリス」


 イルガファ領主は自室でイリスを待っていた。


 兄の反乱のあとは心労で少しやせたようだったが、今は回復している。跡継ぎの問題が解決したせいだろう。


 いいことでしょう、とイリスは思う。


 このまま自分なんか不要になってくれればもっといい──って。


「旅の途中で呼び寄せて申し訳なかった。勇──ではなく、同行されていた方は気を悪くされなかっただろうか」


「あの方は、そんなことを気にされるほど、器の小さな方ではございません」


「そ、そうか。確かに、あの方であれば、そうだろうな……」


「それより、そちらのお二人をご紹介いただけないでしょうか」


 イリスは領主の傍らにいる少年と、大柄な男性に視線を向けた。


 少年はおそらく、分家から引き取られた子供だろう。年齢はまだ10歳に満たないくらいか。気弱そうに目を伏せて、傍らの男性に隠れるようにしている。


 もちろん、イリスは彼とは初対面だ。


 表舞台に立つことがなかったイリスには、分家だろうが親戚だろうが知っている者はいない。


 その少年の隣にいるのは大柄で、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとした中年男性だ。武器は持っていないが、銀色の鎧をまとっている。背中にはマント。実用、というより、儀礼用のものだろうか。


 口ひげを生やし、つり上がった目でイリスとラフィリアを見ている。少年の護衛だろうか。


「この少年が、これから我々の家族となる、ロイエルドだ。養子縁組みの儀式を終えたあとはハフェウメアの姓を継ぐことになる」


「は、はじめまして、か、かいりゅの巫女さま」


 少年、ロイエルドはつっかえながら、イリスに向かって頭を下げた。


「ロイエルド=ヘルマルガ、です。よろしくお願いいたします……」


「イリス=ハフェウメアです。海竜の巫女の役目は半分降りたようなもの。過分な名で呼ばれることはございませんでしょう。次期当主さま」


 イリスはドレスの裾をつまみ、優雅に一礼した。


 少年はイリスを怖がっているようだが、悪い子ではなさそうだ。ぎこちなくだけれど、イリスに笑いかけているから。彼が普通に領主家を受け継いでくれればいいと思う。イリスはもう、表舞台には立たない。ただ、今回の養子縁組の儀式に立ち会うだけだ。


「こちらの方もご紹介いただけますか、お父さま」


 イリスはロイエルドの隣に立つ男性に視線を向けた。


「分家より派遣された、ロイエルドの護衛の方だ」


「ガルンガラとお呼びください」


 護衛の男は胸に手を当て、イリスに向かって頭を下げた。


 騎士が貴婦人に対する時の、正式の礼だった。しかも、3回も。


「ガルンガラさまは、騎士でいらっしゃるのでしょうか?」


「おお。さすが海竜の巫女さま。よく気づかれましたな」


 いえ、気づいて欲しかったんでしょう? 3回もしてますもの。


 それに鎧の肩に紋章を入れるなんて騎士くらい。マントも、わざわざ室内で着けてる意味ないでしょう? そっちにも紋章入ってますし、どう考えてもわざわざ見せに来てますよね?


「…………これはよくない『かっこいい』ですねぇ」


 ラフィリアがイリスの後ろで、ぽつり、と、つぶやく。


 イリスも同感だ。これは本当の『かっこいい』ではない。


『かっこいい』は、見せびらかすものではないのだ。


 ──お兄ちゃんを見習いなさい。


 ──かっこよくしようとしてないのに、むしろ目立たないようにしてるのに、あんなにかっこいい人はいませんよ?


「騎士の方がロイエルドの護衛とは、なにか事情が──」


 心の声を抑えて、イリスは聞いた。


「いえいえ。騎士と言ってもすでに引退した身。今は後進の指導にあたっていることろでありますから」


 中年の男性はヒゲをなでながら、素早く答える。


「まだお若いのに引退とは──」


「もともと自分は国王陛下直属の騎士でありました。ですが、事情により陛下から、貴族の方にお仕えするように命令を受けましてな。その後、各地を転々とし、そろそろ王都に戻ろうかというところで戦闘で傷を負い。だったら後進の指導に当たるがよいと陛下に言われて──」


 止まらない。


 中年の元騎士ガルンガラはプロフィールを語り続ける。


 しかも、くどい。同じ話を繰り返してる。


 イリスは途中から聞き流すことにして、要点だけを抜き出してみた。


 ・ガルンガラは国王陛下の信頼の厚い騎士だった。


 ・その関係で、王の側近ともいえる貴族に仕えるように命令された。


 ・王都に戻る前に戦闘で怪我を負い、騎士を引退した。その後は若い騎士を育てるのに専念することになった。


 ・彼がロイエルドの護衛をしているのは、ガルンガラの故郷がロイエルドの実家の近くにあるから。妻はだいぶ前に亡くなったが、子供がいるのできちんと騎士を目指すように『正しく教育』してきた。そのついでに、知り合いであるロイエルドの両親に、イルガファまでの護衛を頼まれたのだという。


「……ガルンガラおじさまは、立派な方です……だけど、ちょっとこわいで──」


「まったく、最近の騎士はなっておりませんな!」


 ロイエルドの言葉をさえぎって、ガルンガラは胸を張った。


「ここまでロイエルドさまの護衛をしてきましたが、魔物が出たら勝手に動く。我が判断を仰ぐこともしない。我が指示も無視する。魔物を倒す順番も守らない!」


「……おじさまはぼくの護衛であって、兵士たちの指揮権を与えられてるわけでは──」


「とにかくなっておらん! 理屈などどうでもよいのです!」


「……だから、おじさま──」


「ロイエルドさまはわかっておらぬ。私は長年勤め上げた騎士なのですぞ! 私がなっておらんと言ったらなっておらんのです!」


「「……はぁ」」


 ──おうち帰りたいなぁ(ですー)。


 ──お兄ちゃん(マスター)に会いたいなぁ(ですー)。


 ──儀式が終わるまで、屋敷にいなきゃいけないのか。やだなぁ(ですぅ)。


 いろいろシンクロしながら、イリスとラフィリアはため息をついた。


「というわけで、ロイエルドは儀式までは屋敷で休んでもらい、その後は領主にふさわしい教育を受けることとなる」


 やっと、という感じでイリスの父が口を挟んだ。


「ガルンガラどのは──」


「もうしわけないが、私は数日後、王都へと向かわねばならぬのです。騎士の資格試験がありましてな! 監督と、試練を与える役目を任されておるのです! いやぁ、残念!」


 いえいえ、ちっとも残念ではありませんよ。


 そもそもここは次期イルガファ領主、ロイエルドの紹介をする場所であって、あなたは主役じゃないですからね。自慢話は必要ないですからね。


「そうですか。それは残念です」


 思ったことは口にはださず、イリスは外面用スマイルを浮かべた。


 最近はナギたちと一緒にいるせいで、かたちだけの笑い方なんか、忘れかけていたのだけれど。


「けれど、お急ぎならばすぐに王都に向かわれた方がよろしいのではないでしょうか?」


「いえいえ、王都に向かう騎士候補たちを叱咤激励しったげきれいしてやらなければいけませんからな!」


 元騎士ガルンガラは、唇をゆがめて、笑った。


「ましてや騎士は常在戦場じょうざいせんじょう。油断して王都に向かう騎士候補たちには、死した騎士の霊が試練を与えるという伝説もあるほどです! おっと、あくまでもただの伝説ですぞ!」


「……伝説?」


「はい。伝説ですな!」


 騎士ガルンガラは高笑いしながらヒゲをなでた。


「ただ、世の中なにが起こるかわかりません。そこでふるい落とされた騎士候補たちの末路を見届けるのも、我が使命ですからな!」


 はーっはっはっはっ、と高笑いするガルンガラを意識の外へと放り出して、イリスはチートスキル『意識共有マインドリンケージ・改』を起動。ナギへのメッセージ送信を試みる。が、反応なし。


 ナギが言っていた「圏外けんがい」の状態だ。


 ──情報を整理いたしましょう。


 この方は、元々は騎士で、これから騎士になる方の試験官を務めている。


 王都を目指しているのはそのため。


 そして、王都に向かっている騎士候補に、なにかしようとしている。


 貴族が「そういうこと」が大好きなのは経験則で知っている。そして『騎士の試練』がただの伝説なら、元騎士ガルンガラがここにいる理由がない。確信は持てない。けれど──


 ──お兄ちゃんはおっしゃっていました。騎士候補の方を魔物から助け出した、と。今もその方といっしょにいるのだとしたら、万が一を考えて──


 なんとか、情報を伝えなければ。


 つまらない自慢話を聞いている暇はないのだ。ここを抜け出さないと。


 イリスがそう思ったとき──




「……いたたたたたたたたたたたたっ! ですぅ!」





 とつぜん、ラフィリアが奇声をあげた。


「師匠──いえ、ラフィリアさまっ!?」


 反射的にイリスは振り返る。


 見ると──ラフィリアはお腹を押さえて、うずくまっていた。


「いたた……たたたたー」


「師匠まさか……いつの間にかお兄ちゃんの子供を!?」


「それはまだですぅ。そーではなくてー。じびょうが……じびょうのふくつうがー」


 言いながらラフィリアは、ぱちぱちぱちっ、と、イリスに目配せ。


 即座に意図を察したイリスは、領主たちに向かって声を張り上げる。


「申し訳ありません。メイドが持病の──えっと『オニイチャンケツボウショウ』を発症したようです。少しこの場を外させていただきます。すぐに戻ります!」


 領主、元騎士ガルンガラ、ロイエルドがなにか言う前に、イリスはラフィリアを支えながら廊下へ。手を貸そうとする他のメイドを制して、小声でラフィリアにささやく。


「師匠。すぐにアイネさまに連絡を」


「騎士さんたちがなにをしようと関係ないですが、マスターを守るのは奴隷のつとめですぅ」


「おふたりでお兄ちゃんを連絡を取る方法を考えてください。イリスは、とりあえず接客を適当に済ませたあと、自室に戻ります。その後、アイネさまと話した結果を、イリスに伝えてください」


「承知なのです」


 常在戦場は騎士だけではない。奴隷だってそうだ。


 この世界は危険がいっぱいで、いつお兄ちゃんの『だらだら生活』を邪魔する者が現れないとも限らない。


 そんなとき、前もってご主人様を守る手立てを考えるのが、奴隷の役目なんだから。


 がしっ。


 イリスとラフィリアはこっそり手を握り合い、ぱーんっ、とたたき合って左右に分かれる。


 イリスは屋敷の中心へ。


 ラフィリアは屋敷の外へ。


 それぞれの戦場に向かって、歩き出したのだった。

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