第126話「チート嫁別働隊のたたかい ─情報収集と、ご主人さま支援作戦─(後編)」

「結局、この方法しか思いつきませんでしたね……」


 その日の夜。


 イリス、アイネ、ラフィリアは、町から少し離れたところまで来ていた。


 このあたりなら、弱い魔物しか出てこない。アイネの『魔物一掃』か、ラフィリアの『竜種旋風』で吹っ飛ばせるレベルだ。対処するのは難しくない。


 屋敷は、あっさりと抜け出せた。


 イリスの『幻想空間』で作った偽イリス、偽ラフィリア、偽アイネによる、アリバイ工作。


 ラフィリアの『器物劣化』による、あらゆる鍵の解錠かいじょう


 アイネの『記憶一掃』による、衛兵のスタンと、記憶除去──今回はその必要はなかったけれど。


 とにかく、チートキャラの彼女たちにとっては、領主の屋敷を抜け出すのは簡単なことだ。


 イリスがいないことがばれたら騒ぎになるかもしれないが、今はそんなこと言っていられない。


 ご主人様が危険な目に遭うことに比べたら──どうでもいいことだった。


「問題は……あの方が気づいてくださるかどうかですね。アイネさま、例のものを」


「はい、イリスちゃん」


 アイネは革袋にしまっていたアイテムを、イリスに手渡した。


 それは深紅に輝く、血のような結晶体。


 飛竜ワイバーンガルフェからもらった『ブラッドクリスタル』だ。


「それでは発動します。イリスのスキル──『竜種共感りゅうしゅきょうかんLV4』」


 イリスはクリスタルを握りしめると同時に、スキルを起動する。


 自分の血と、『ブラッドクリスタル』を共鳴させる。


 賢いワイバーンのガルフェに、ここに来てもらえるように。


 ナギが『魔物召喚LV5』を解体したのは、イリスの中に『竜種共感』スキルがあったからだ。


『魔物召喚』は魔物の一部を使って、対象の魔物を呼び寄せるスキルだ。けれど、ナギが会いたい魔物といったら、飛竜のガルフェくらい。


 だったら『魔物召喚』の代わりに、竜の眷属けんぞく限定で語りかけることができる、イリスの『竜種共感』を使えばいい。


 イリスは『竜の血』と『竜種共感』で、海にいる海竜ケルカトルに意思を伝えている。


『ブラッドクリスタル』を使えば、ワイバーンのガルフェにも同じことができるかもしれない。


 それでナギは、イリスに『飛竜のブラッドクリスタル』を預けたのだった。


「気づいてください……ご主人様の友だち。飛竜のガルフェよ──」


 ぶぉ、と、風が渦を巻いた。


 ラフィリアの『竜種旋風LV1』だ。渦巻く風が、周囲からイリスたちの姿を隠してくれる。


 さらにイリスは『幻想空間』で、天竜のまぼろしを作り出す。


 空にそびえたつ、真っ白な竜だ。月の光を浴びてきらきらと輝いている。


 アイネは『はがねのモップ』を手に、周囲を警戒している。目撃者がいたら、容赦なく記憶を消す気まんまんだ。


 イリスが『幻想空間』で天竜の姿を作り出したのは一瞬だけ。


 それでも──彼女たちの目的を達成するには、十分だった。


 イリスの『竜種共感』は『ブラッドクリスタル』を通して、空を舞う飛竜に──確かに彼女の意思を伝えていたのだった。




『GUOOOOOOOOOOO!!』



 風を切る音がした。


 顔を上げると、闇夜を切り裂くように飛来する、巨大な飛竜の姿。


 イリスの意思を感じ取った飛竜のガルフェは、まっすぐこっちに向かって飛んでくる。


 そして、そのまま上空を旋回し、ゆっくりとイリスたちの前に舞い降りた。


「こんなところまでお呼びしてもうしわけありません、飛竜のガルフェ!」


『GUO! GUAAAAAAAAっ!!』


 イリスには、飛竜の言葉はわからない。


 けれどガルフェの金色の目は、イリスをまっすぐに捉えている。


 恐怖は感じない。ガルフェも、威圧感を出してはいない。


 地上に降りてからは吠えるのをやめ、イリスの言葉を待っている。


「あなたの上位者であり、イリスのお兄ちゃんであるソウマ=ナギさまが、危ないことに巻き込まれる可能性があるのです!」


 イリスは胸を押さえて、めいっぱい声をはりあげた。


「考えすぎかもしれません。取り越し苦労かもしれません。でも、イリスたちは万が一にも、お兄ちゃんが傷つくのには耐えられないのです! どうか、話を聞いてください!!」


 イリスの叫びに、飛竜のガルフェは確かにうなずいた。


 どこで覚えたのだろう。前足を片方あげて、ぐっ、と、指を立ててくれる。


 イリスは「通じている」と信じて、語り始めた。


 ナギが騎士候補の少年と一緒にいること。


 騎士候補の者は、騎士階級限定の、なにか怪しい試練を受けるかもしれないこと。


 それによって、一緒にいるナギが危険に巻き込まれるかもしれないこと。


 助けてくれなくてもいい。ただ、情報だけ伝えて欲しい。取り越し苦労なら、イリスがあとで「おしおき」を受ければいいだけなのだから。それくらいの覚悟はある。


 奴隷の自分が、勝手に飛竜を呼び出すようなまねをしているのだ。なにをされても、文句なんか言えない。いっそすごいおしおきをして欲しい。

 

「お願いがあります、ガルフェ! シャルカの町からイルガファへ通じる街道に、これを落としてくださいませんか」


 そう言ってイリスは、飛竜のガルフェに近づいた。


 彼が立てた指に、紐がついた板を結びつける。


「場所は、イリスたちとあなたが出会った場所です。もちろん、あなたに迷惑がかかるようであれば、断ってくれてかまいません……でも──」


 ふわり


 イリスの頭上に、影がさした。


 飛竜のガルフェがその翼で、かすかに、イリスの頭をなでてくれたようだった。


「……ガルフェ?」


『GUOO、GAAっ!』


「笑っているのですか? ガルフェ」


「みたいですねぇ」


「イリスちゃんは、竜の一族なの。仲間だと思ってくれてるのかな?」


 そうなのだろうか。だったら、いいな。


 いっそのことイリスも本当の竜に──お兄ちゃんの使い魔になれたらいいのに。


『GOOOOOAAAAA!』


 雄叫びを上げて、飛竜のガルフェがはばたく。


 巨大な飛竜のからだが、ゆっくりと、空へと昇っていく。


 その間、ガルフェは不思議なくらい優しい目で、イリス、アイネ、ラフィリアを見つめていた。





 イリスは知らない。


 ガルフェが、ナギを自分の主人だと思っており、イリスたちのことも、自分の上位者だと考えていることを。


 ナギは『天竜の幼生体』の保護者。


 そしてリタ、アイネ、イリスは『シロ』の『おかーさん』だ。


 ガルフェは『霧の谷の秘宝』が『天竜の卵』だということは知らないが、秘宝とナギ、イリスたちが繋がっていることは、かすかに感じている。


 そのイリスが『ブラッドクリスタル』と『竜種共感』を使って呼んだなら、知的な飛竜であるガルフェが反応しないわけがない。


 彼女が助けを求めているなら、それに応える。


 まして、それがナギの助けになるなら、ガルフェにとっては望むところなのだった──





『…………OOOOO。AAAAAっ!』


 そしてガルフェは西の空に向かって、飛び去っていった。


「ありがとうございます。飛竜のガルフェ」


「あとは情報収集と、これから起きることへの対策なの」


「がんばるです。では『竜種旋風』を解除するですよー」


 ラフィリアの声とともに、目くらまし用の竜巻が消えていく。


 作戦は終了だ。


「……ごめんなさい、お兄ちゃん。勝手なことをしてしまいました……」


 イリスは小さくつぶやいた。


 もちろん、許可はもらっている。


 別行動を取るとき、ナギは「いざとなったら自分の判断で動いていい」と言ってくれた。


 チートスキルもアイテムも、イリスたちの判断で使っていい、って。


 それは本当に大きな信頼で、大好き、って言葉では足りないくらい、うれしくて。


 ──だからイリスはこんなことしちゃうんですよ。お兄ちゃん。


 イリスは、ぱん、ぱぱん、とドレスの裾を払った。


 砂埃で、すっかり汚れてしまった。帰ったらお風呂に入らないと。


 お兄ちゃんが帰ってきたら、今回のことを伝えて「おしおき」してもらわないといけない。それまで体をきれいにしておかないと。


「今から戻れば……お風呂は無理でも、お湯くらいはもらえるでしょう」


「うん。アイネがこっそり準備してあげるの。大丈夫。メイドさんと警備兵の位置は把握済みなの」


 アイネはモップを片手に、うんうん、とうなずいてる。


 さすが最強のお姉ちゃん、なんて頼りになるんでしょう。


「あとは……イリスの不在がばれていないことを祈りましょう」


 イリスは思わず、アイネとラフィリアの手を握った。


「『幻想空間』で作ったニセモノは、もう消えているはずです。誰も部屋に入っていなければいいのですが……」


「大丈夫ですよぅ、イリスさま。あたしがメイドさんたちに、ばっちりの言い訳を伝えてきました」


 ラフィリアは、えっへん、と胸を張った。


「さすが師匠です。で、どんな言い訳を?」


「はい。『イリスさまは、これから好きな人のことを想ってえっちなことをするので、朝までひとりにしてください』ですぅ!」


「な──────っ!!」


 イリスの顔が真っ赤になった。


 し、し、師匠、なんてことを。なんてことを──っ!


「え? 目的のためには手段を選ばないのが、イリスさまじゃないですかぁ?」


「だからって……別の言い訳はなかったのですか!?」


「思いつきませんでしたねぇ」


「し、ししょぉ……」


 かーっ、と、熱いものがイリスのお腹から昇ってくる。


「まぁまぁイリスちゃん。言っちゃったものはしょうがないと思うの」


「アイネさま! アイネさままでぇ……」


 なぜか不思議なくらい優しいアイネの表情に、イリスはかえって泣きたくなる。


「だ、だいたい、そんなこと言ったらメイドはかえって心配するでしょう? 部屋に入ってきたらどうするつもりなのですか──っ!」


「大丈夫ですよぅ。あたしがその間、イリスさまを見守ってることになってますから」


「イリスはどんなろしゅつしゅみですか────っ!」


「え? アイネは? アイネのお仕事は?」


「アイネさまは水分補給と、イリスさまの汗を拭く係、それと、声をおさえる係ですねぇ」


「そうなの。じゃあ安心なの」


「ちっとも安心ではありません────っ!!」


 本当にもう、まったくもう。


 大好きすぎますよ師匠も、お姉ちゃんも。


「……朝まで部屋に誰も来ないのなら、ちょうどいいです」


 イリスは右手でラフィリアの手を、左手でアイネの手を握った。


「旅の間はいつも他のひとたちがいましたから……今日はお兄ちゃんの奴隷だけで、朝まで語り明かしましょう。作戦会議も兼ねて」


「さっすがイリスちゃん。素晴らしいアイディアなの」


「賛成なのです! いっぱいお話をするのです!」


「もちろん、師匠には別のお話がありますからねー」


 できるだけ恐い顔でにらんでみたけど、師匠はきょとん、としてる。


 それはそうでしょう、だって、大好きなんですから。


 本当に恐い顔なんて、できるわけがないでしょう?


 今日は久しぶりに、奴隷少女たちの水入らず。


 楽しみすぎて、ちっちゃな胸がどきどきしてるんですから、ね。


「さぁ、帰りましょう。お兄ちゃんのおうちへ!」


「「おー」」




 こうしてイリス、アイネ、ラフィリアは、奴隷少女だけの水入らずの作戦会議パジャマパーティをするために、ご主人様の家に向かって歩き出したのだった。

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