第124話「正義の騎士には『姫騎士のリボン』がとてもよく似合ってた」

 クエストのタイムリミットは、今日の正午まで。


 それを過ぎたら、カトラスさんはキャラバンと一緒に町を出なきゃいけない。


 その前に「女の子的な楽しさ」をわかってもらうのが、今回のクエストの目的だ。


「もう一人のカトラスさん」が提案してきたのは、次の3つ。


(1)一緒に歩く。


(2)可愛く着飾ってもらう。


(3)美味しいものを食べる。


 これを順番に試してみよう。多少、チートも混ぜて。






「お待ちになったでありますか!」


「いや。今来たところだ」


 宿屋の前で待ってたら、カトラスさんが時間通りに現れた。


 今日は鎧は着てない。ズボンに薄手の上着。ショートソードを腰に提げてる。


「申し訳ないであります。荷物をまとめるのに手間取っておりました。戻ったらすぐに出発しなければならないでありますから」


「ひとつ確認なんだけど、いいかな」


「はい。であります」


「今日はなにもいわずに、僕についてきて欲しい」


「もちろんであります!」


「迷いないな!」


「あるじどのはボクの恩人でありますから。ついてこい、とおっしゃればどこにでも行くつもりでありますよ。それが騎士の忠誠というものであります」


 もっとも、今のところは「ごっこ」であるのが残念でありますが──って、カトラスさんは付け加えた。


 忠誠か。


 それを利用して「女の子だって自覚して」って命令できるなら楽なんだけど。


 でも、その方法だと「もう1人のカトラスさん」が出てくるだけだ。


 今回のクエストは、彼女が出てこないようにして、カトラスさんに自分の正体を自覚させなきゃいけない。


 かなりハードルが高いけど……あの名も無い姫君の頼みだからね。


 知り合いが誰もいない。誰もその存在を知らない少女だ。頼みごとができる相手なんか僕くらい。


 だったら一度くらい、彼女の願いを聞いてあげてもいいよな。


「ところで、あるじどの」


「なに?」


「セシルどのとリタどのは、どうして路地からじーっとこっちを見てらっしゃるのでありますか?」


「……うん……そうだね。気になるよね……」


 ……昨日、説明したんだけどな。


 今日はカトラスさんの個人的な問題につきあうことにした、って。


 彼女の正体までは言ってない。一応、依頼者の個人情報だからね。


 ただ、2人とも──特にセシルは察しがいいから、なにか感づいたのかもしれない。


「視線を感じますな。熱いですな。あるじどの、お2人はなにを?」


「……護衛かな」


「なるほど、陰ながら主人をお守りしているのでありますか。すばらしい方たちですな。騎士と奴隷、立場は違えど、主君に仕えるとはかくありたいものであります!」


 騎士も奴隷も差別しないのか。


 ほんっとにいい人だな、カトラスさん。


 複雑な事情とかなかったら、貴重な前衛としてパーティの仲間にしたいくらいだ。


「それで、本日はどちらに?」


「『天竜の翼』を見て、買い物をして、それから食事かな」


「なるほど。なんだかデートのようでありますな!」


「それはないよー。おとこどうしじゃないかー」


「そうでありますなー」


「「はーっはっはっー」」


 そんな感じで、僕たちは並んで歩き出したのだった。







「……どう思いますか。リタさん」


「ナギのことだから、なにか事情があるんだと思うわ」


 通りに面した路地で、セシルとリタはひそひそと言葉を交わしていた。


「わかります。ナギさまはリタさんに『天竜の腕輪シロさんのうでわ』を預けて行かれましたから」


「この町に来た目的のひとつは、シロちゃんに天竜の翼を会わせることだもんね」


「それをリタさん……いえ、シロちゃんにとっての『リタおかーさん』に預ける意味、わかりますか?」


「お、おかーさん!? う、ううん。わかんない」


「まず、腕輪を装備できるのは、この場では『おかーさん』のリタさんだけです。ナギさまが『おとーさん』で、リタさんが『おかーさん』……うらやましいです。家族です。いいなぁ……リタおかーさん」


「わ、わわ……」


「……そ、それで、天竜の翼とシロさんを会わせたら、なにか変化があるかもしれません。そしてカトラスさんは王家の方の可能性があります。ナギさまは、王家にシロさんの情報が流れるのを恐れたんだと思います。だから『リタおかーさん』に腕輪を預けたんです。わかりますよね『リタおかーさん』」


「……わ、わ、わわわわわぅん!」


「カトラスさんは悪い人じゃなさそうですけど、情報はどこで漏れるかわかりません。だから家族の『リタおかーさん』に、シロさんと翼を会わせて欲しいんだと思います。つまり、お父さんがお母さんに子どもを預けるようなものですね」


「…………私が!? ナギと……夫婦!?」


「ナギさまたちは『天竜の翼』に向かってるようです。わたしたちも追いかけましょう『リタおかーさん』。『おとーさん』の心を読み取って動くのが『おかーさん』の仕事ですよ。リタおかーさん……あれ? リタさん、どうして真っ赤になってぴくぴく震えてるんですか!? 行きますよ。しっかりしてくださいリタおかーさん!」






「……これが『天竜の翼』でありますか」


 ぽかーんと口を開けて、カトラスさんは巨大な翼を眺めてる。


 空まで届きそうな翼は、行きに立ち寄ったときと同じ……だけど。


 なんとなく、色がくすんで見える。それと、ところどころヒビが入ってるような……?


「あんまり近づかないでくださーい」


 翼の周りにいた衛兵さんが、声を上げた。


「最近『天竜の翼』が不安定になってきていまーす。決して触らないでください! 近づかないようにしてください!」


「近づかないようにってさ。カトラスさん」


「わかっております。感動しているだけでありますよ」


 カトラスさんは胸を押さえて震えてる。


 手、むちゃくちゃ細いな。ほっぺた、つるつるだな。


 女の子だって思ってみると、女の子にしか見えない。


「聞いてほしいであります。『天竜の翼』──ボクは正義の騎士を目指しているであります。この身と──この身体に流れる血にかけて」


 カトラスさんは自分の存在を示すように、翼に向かって白い腕をかかげた。


「『天竜の翼』よ……この声が聞こえるなら、どうか答えて欲しいであります──」


 カトラスさんは言った。




 どごぉんっ!




「きゃあっ!」


 むぎゅ


 彼女の目の前に、砕けた翼のかけらが落ちてきた。


 ──あっぶねぇ。


 もう少しで当たるところだった。


 なんとかカトラスさんを引っ張ったけど、ぎりぎりだった。


 ──『白い人』はもういないのか?


 前にシャルカの町に来たとき『天竜の残留思念』っぽい人が現れたけど……そういえば出てこない。新しい『天竜シロ』が目覚めたから消えたのかな……?


「カトラスさん、大丈夫?」


「わ、わわわ。あ、あるじどの……」


 あ、まずい。


 いつの間にかカトラスさんを、ぎゅ、って抱き寄せてた。


「あるじどのがボクをだっこしております。おかしいであります。ボク、どうしてこんなにどきどきするのでありますか? なんでボクは、にやけてるのですか……おかしいで……あります──」


「カトラスさん?」


 真っ赤な顔したカトラスさんの目が泳いでる。


 カトラスさんはしばらくほわほわした顔で僕を見てたかと思うと──目を閉じて、がくん、と意識をなくして──それから、


「……あるじどのったら、手順を間違えてはいないかしら?」


 ──冷ややかな声で、つぶやいた。


「わたくしが出てきたらなんにもならないでしょう?」


 少しだけきつい目をした少女が、こっちを見てた。


 女の子の方のカトラスさんだ。


 抱き寄せたら、彼女が出てきちゃったらしい。


「しょうがねぇだろ。非常時だ」


「ま、まぁ。手段としては悪くなかったようね!」


「そっちが照れてどうするんだよ……」


「照れてなんかいないわばっかじゃないの? わ、わたくしは、カトラスを守るためのものなんですからね。いきなり抱きしめられてカトラスがパニックになったから出てきただけなんだからねっ。勘違いしないでよねっ!」


 第2の人格がツンデレってどうするんですか。


「とにかく、もうちょっとソフトにすること。わたくしが出てきたら意味はないのですから」


 少女は、真っ赤な顔のまま、僕の腕から抜け出した。


「カトラスは心の底で、あなたを意識している。それを本人に気づかせてさしあげて。いいこと…………はっ!」


 あ、元に戻った。


 カトラスさんは青色の目をまばたいて、左右を見回して──


「いや。さすが天竜の遺産、壊れるときも豪快ごうかいでありますな!」


「……普通ここは怒ったり驚いたりするところじゃ?」


「いえいえ! さい先がいいであります。ボクの騎士試験を天竜が祝福してくださっているに違いないのであります!」


 痛々しいくらいポジティブだった。


 ──あのさ、『白い人』……もしもまだいるなら、聞いて欲しいんだけど。


 僕は『天竜の翼』を見上げた。


 ──もしかしたら先代の天竜がカトラスさんの血筋を嫌ってて、わざと翼の欠片を落としたとか……あるのか?


 ──でもさ、カトラスさんは自分の血筋についての自覚ないんだから──


 ──いい人なんだから……できれば、見逃してあげてくれないかな。


 カトラスさんに聞こえないように、口の中だけでつぶやいた。


 すると──


 ぎぎぎ……ぎ。


 上の方で、はがれかけてた『天竜の翼』の一部が、止まった。


 細かいかけらが降ってきたけど、それだけだった。







『ごめんなさいだよ。おかーさん』


「もーもーっ。もーっ!」


「ナギさまが怪我をされたらどうするんですかっ!」


「いくら男の子同士でも、ナギにだっこされるのはだめなんだもんっ!」


『前の天竜の「ざんりゅうしねん」のしわざかと。言い聞かせたから。もう、あっちは消えかかってるから……ごめんなさいだよ』


 リタがつけた『天竜の腕輪』から、声が聞こえていた。


 舌っ足らずで、眠そうな、シロの声。


 それによると『白い人』──『天竜の翼』に宿った残留思念のかけらは、カトラスが接近したとき、突発的にむかついて破片を落としたらしい。理由はわからない。残留思念のかけらに、それを語るだけの力は残っていないそうだ。


『でも「ざんりゅうしねん」はシロに力をくれたよ』


「力……ですか、シロさん?

 あの……リタさんも、ちゃんとお話を聞いてください。シロさんが目を覚ましてることは、めったにないんですから」


「だって……だって、ナギが他の人とくっついてるんだもん。いくら男の子だって、だめなものはだめなんだもん……」


「リタさん。わたしたちは、ナギさまの奴隷どれいなんですよ?」


 セシルはリタの肩に手を載せて、言った。


「ナギさまの優しさに甘えて、立場を忘れてはいけないです」


「……セシルちゃん」


「今日は別行動って言われたんです。ナギさまがわたしたちを呼ばれるか、ナギさまに危機が迫ったりしないかぎり、わたしたちには見守ることしかできないです。それが奴隷としての節度というものですよ。リタさん」


「……そうね」


 リタは、ふぅ、とため息をついて、言った。


「ごめんね。私の方がお姉ちゃんなのにね。立場をわかってなかったわ」


「──もちろん、その分わたしがナギさまにご奉仕したくなるのは仕方ないんですけどね」


「……え」


「奴隷はあくまでもご奉仕するのがお仕事ですから。わたし、宿を出てからずっと『ご奉仕カウント』してますから。今ので『ご奉仕カウント』が28960を超えました。理性もそろそろ限界です。とんでもないミスをしそうです。ああ、そういえばわたし、アイネさんからもらった『ちょうこうきゅうなゆあみぎ』をイリスさんの荷物の方に入れちゃってました。ああ、でも、ナギさまのお背中を流したくて仕方がないです。しょうがないですよね? 不可抗力ですよね? うっかり、ナギさまのお風呂に乱入しちゃっても」


「セシルちゃんセシルちゃん! 目から光が消えてる! というか、それって計画的犯行じゃないの!?」


「みなさん、魅力的な方ばっかりですから、こういう機会を逃すわけにはいかないんです。ああ、ナギさまがカトラスさんの隣を歩いていらっしゃいます。『ご奉仕カウント』100000を突破しそうです──」


「大丈夫だから。湯浴み着は私のを貸してあげるから!」


 ご主人様がそばにいないことに、奴隷少女たちは動揺しっぱなしで──


天竜の腕輪シロ』が必死に、たった今手に入れたスキルについて語ってるのに気づくのは、少し先の話になるのだった──。




『れびてーしょん』


 シロが『天竜の翼(残留思念のかけら)』と接触したことで入手したスキル。


 腕輪を装備している者が一定時間、空中に浮かび上がれるようになる。


 ただし、現在のところは上昇と下降のみ。水平移動はできない。


 また、使用にはシロの魔力が必要となる。『しーるど』よりも消費が激しいので要注意。







「……カトラスさんの人格変化のルールについては、だいたいわかった」


 カトラスさんは、自分が女の子だと意識しそうになると、もう一人の人格が出て来る。


 さっきは抱き寄せたあと、少し混乱して、それから女の子の人格になってた。


 だから、カトラスさんを混乱させないようにして「女の子としての楽しさ」を教えなきゃいけない。


 そのための作戦は──あれ?


 もしかしたら……意外と簡単にできるかもしれない。


「そのためのアイテムと──あとは、カトラスさんの反応がどうなるか──」


「なんの話でありますか? あるじどの」


「……うん、これから市場に寄っていこうかと」


「それはいいでありますな! 騎士試験に、なにか使えるものがあるかもしれないであります」


 やっぱり、カトラスさんは騎士試験のことしか考えてないのか。


 自分の正体に気づいても、やっぱりその道を選ぶのかな……。


「カトラスさんって、騎士になる以外の進路を考えたことってあるの?」


「なにをおっしゃるのでありますか? 騎士の子は騎士になるものでありますよ?」


 当たり前みたいな顔で言われた。


「まぁ、ボクは事情により騎士の子であることを明かせないでありますから、ちょっと難しいのでありますが」


「明かせないのか?」


「母の命令でありますから。実力で騎士となり、国中に名をとどろかせるまでは、父の名前を使ってはいけません、と」


 それはたぶん、正体をぎりぎりまでばらさないためだ。


(義理の)父親の名前を使ったら、カトラスさんが王家の血を引いていることが一発でばれる。


 カトラスさんの母親は、騎士になって貴族に仕えるまで、カトラスさんが正体を明かさないように呪いをかけていったってことか……。


「だけど、カトラスさんの目的は『民を守ること』だよな」


「そうでありますが?」


「だったら、別に騎士にこだわる必要はないんじゃないか?」


「でも、ボクは他の就職先なんか知らないでありますもの」


 隣を歩くカトラスさんが、なんだかさみしそうな顔になる。


「ボクは生まれてすぐ、母に騎士試験について教えてもらって、その対策をずっとやってきたのであります。面接の正しい受け答え、筆記試験の攻略法──装備だって、母と一緒に内職をして、がんばって手に入れたのであります。いまさら……他の道、と言われても困るでありますよ」


「ごめん」


「別にいいでありますよ。あるじどのなら」


「そうなの?」


「ボクを助けに来てくださったあるじどのは、ボクの理想とする騎士のようでありましたから」


「……あのときは、馬にしがみついてただけなんだけど」


「それでもで、あります。ボクはあるじどののような騎士になりたいと思ったであります。もしも騎士になれなくなったら……そうでありますな」


 カトラスさんは照れくさそうに、僕を指さして、言った。


「あるじどののパーティに、滑り止めで入れてもらおうでありますかな」


「うちのパーティには色々と秘密のルールがあるから、めんどくさいよ」


「ボクはルールは守る男であります。黙っていれと言われれば、秘密を漏らすことはないであります。この身をささげてお仕えする覚悟でありますよ」


 確かに、カトラスさんなら義理堅いから、チートスキルの秘密も守ってくれるかも。


 秘密を守るために『契約』を持ちかけたら、素直に「わかったであります」って言いそうだ。


「もしも秘密を守るために『契約』が必要なら、いますぐするでありますよ!」


「早ぇよ! せめてこっちの雇用条件を聞いてからにしようよ!」


「騎士の信頼にはそんなもの必要ないであります!」


 カトラスさんは、むん、と、まったいらな胸を張った。


 ……こっちは、本気でカトラスさんの将来が心配になってきたよ……。






 ──そんな話をしているうちに、僕たちは市場に着いてた。


 朝の早い時間だからか、野菜や果物を売ってる店が多い。


 旅の食料は昨日のうちに買い込んだから必要なし。水袋も──ラフィリアたちが残していった分からあるから、問題なし。武器と防具も今のところ不要。


 セシルとリタにおみやげを買っていこうかな。


 2人には詳しい事情を話さなかったから、心配してるかもしれない。ほっとくと、あの2人はすぐに暴走しちゃうから。


「なるべく安くて可愛いもの……これかな」


「リボンでありますか、いいですな……かわいいで……ありますな…………」


 足を止めた露店では、布の端切れで作ったリボンや髪留めを売ってた。


「…………ぽーっ」


「カトラスさん?」


「…………らぶりーで……きゅーと、で、ありますな…………」


 カトラスさんはぼーっとした顔で、店先に並んだリボンを見てた。


「……欲しいの?」


「いえ、いえいえいえいえ!!」


 ぶんぶんぶんぶんっ、ってカトラスさんが首を横に振った。


「騎士たるもの、余分な飾りなど必要ないのであります!」


「個人の趣味だろ。別にいいんじゃないかな」


「小さい頃、母によく怒られましたから。騎士は質実剛健であるべき。赤やピンクのきれいな、らぶりーな、ときめくような飾りなど言語道断……と」


 なるほどなー。


 カトラスさんのお母さんは、そうやって騎士英才教育をやってたわけか。


 だったら、それを逆手に取ってみよう。


「カトラスさんが目指すのは、民を守る騎士だろ?」


「……そうでありますが」


「他の騎士はそうでもない?」


「はぁ。貴族を優先する騎士もおりますから。民をいじめる騎士もいるにもいるでありますよ」


「そんなのと一緒にされたくないだろ?」


「もちろんであります!」


「だったら『民を守る騎士』には、一目でそうとわかる目印が必要じゃないかな?」


 僕は店先にあったリボンを3つ──セシルとリタの分も含めて、買った。


 カトラスさんのはピンク色のやつだ。馬と騎士っぽい刺繍がついてる。


「え? え? えええええ?」


「『民を守る騎士』のトレードマークみたいなもんだよ。民がこのリボンを見たら『自分たちの味方』だってわかるように」


 僕はカトラスさんの腕に、ピンク色のリボンを巻き付けた。


 うん。似合う。


「だ、だめであります。だってこの印は──姫騎士の」


 知ってる。


 店先にはちゃんと「姫騎士のリボン」って商品名が出てた。


 なんでも、昔この国にいた王女騎士をモチーフにしたものだそうだ。


 2つで1組になってる。ピンクと黄色。せっかくだから両方──っと。


 しゅるっ


「だ、だめで……だめであり……ます」


 カトラスさんの目の、焦点が合わなくなってきてる。


 瞳が、点滅をはじめてる。人格が入れ替わる前兆だ。


「……ちがうので……あります……ボクは……」


「カトラスさん、こっちきて」


 僕はカトラスさんの手を引いて、路地へ。


 人目につかない狭い道で、僕はカトラスさんと向かい合う。


「おかしいのであります。ボクは、こんなものを喜んではいけないのであります」


「別にいいんじゃないか。趣味だし」


「違うのであります! それはボクが──いないはずの──弱いボクで──母さまが──だめって──」


「カトラスさん?」


「う…………あ……」


 カトラスさんの身体が、左右に揺れる。


 頭を押さえて、カトラスさんは混乱してる。


 目が、ゆっくりと色を変えていく。人格が変わる直前だ。


 このタイミングなら、行けるか?


 チートスキルでカトラスさんの人格変化を遅らせて、自分の『女の子っぽい』ところに気づかせる。


 自分が可愛いものが好きで、『らぶりー』で『きゅーと』なものを欲しがってるってことを。それが、別に罪悪感を感じなくてもいいってことを──




 だんっ!


 僕はカトラスさんの頭に胸を押しつけて、壁に手をついた。





「発動! 『救心抱擁ハートヒーリング・ハグLV1』!!」


「──はぅっ!!」




 壁ドン状態でスキルを発動した瞬間、カトラスさんが目を見開いた。





救心抱擁ハートヒーリング・ハグLV1』


『胴体』で『人の心』を『動かす』スキル





『救心抱擁』は、港町イルガファで海竜の試練をクリアするために使ったスキルだ。


 リタが使ってた『歌唱』スキルと、ラージサーペントの『巻き付き』スキルの概念を組み合わせて作ってある。


 文字通り、対象の相手に僕の胴体を押しつけることで効力を発揮する。抱きしめるのがてっとり早いけど、もともとラージサーペントのスキルを解体したせいで、手を使わないで胴体だけくっつけると効果が4倍になるってボーナスまである。状態異常回復スキルとしては、チート中のチートだ。


 このスキルは対象の『睡眠』『魅了』『気絶』『混乱』を無効化する。


 カトラスさんは「自分の中にある女の子っぽいもの」に気づくと、混乱状態になって、そのあと人格が入れ替わる。


 だったら、その混乱を無効化すればいい。


 そうすれば、自分の正体に気づいた状態だけが残るはずだけど──


「ボク──は。あれ? あれ? あれれれれ?」


 カトラスさんは青い目を丸くして、僕を見て、それから、自分を見た。


 服の襟元を広げて、自分の真っ白な胸をのぞき込んで。


 それから──ぴったりとくっついてるお互いの身体を見て。


 僕の胸に触れて、自分の胸に触れて。


 自分の足の付け根に、指を当てて。それから──密着してるからわかる、僕の、ちょっとだけ違う部分に、気づいて──って、どこ触ろうとしてるの!? ちょっと待った!


「あるじどのは、男の子であります。ボクも──男の子であるはず──でありますよね?」


「うん」


「で、でも、違うであります! ボクとあるじどのは──違うであります……?」


「ちがうね」


「どうして今までこんなこと、気づかなかったでありますか? どうして、ボクは!?」


「実は、カトラスさんには呪いがかかってたんだ」


「……呪い、でありますか?」


「自分の性別がわからなくなる呪い」


「い、いやでありますなー。ボクは『りっぱなおとこのこ』として育てられたのでありますよ? 女の子のわけがないではあります」


「リボン似合うねー」


「はぅっ!」


 カトラスさんは胸を押さえてのけぞった。


「な、なんでありますかこの気持ちは。あるじどのにリボンをほめられるとうれしいであります!」


「あと、これは本当は、髪につけるものだってさ」


 僕はリボンを、カトラスさんの髪に巻き付けた。


「だ、だめでありますよー。こ、こんなことしてはー。ボクは!」


「にあうねー」


「はうっはうっ!」


 カトラスさんは真っ赤な顔で、髪を押さえてる。


 リボンに指をかけて──ほどくかと思ったけど──止めて。


 すごく大切なものを扱うみたいに、指でではじめた。


「そんな……ボクは騎士でありますのに。そんなもの、望んではいけないと母さまに言われて──近所のおばさんに──好きな子ができたらあげなって──もらったリボンをつけてたら──叩かれて──みんな燃やされて──」


「こういうことを聞くのは恥ずかしいんだけどさ」


「は、はい」


「カトラスさんって、自分以外の『男の子』の裸とかを見たことって、あるの?」


「な、ないであります。だ、だって母さまは『騎士になるお前が、あんな底辺と遊んではいけない』って、近所の子と遊ぶことを禁止しておりましたのですから。ボクは……ほんとは……みんなと遊び……ではなく! そうではなく! 母はボクを騎士にするため──りっぱにボクを育てて──あれ?」


 ぽろん、と、カトラスさんの目から、涙がこぼれた。


「あれ? あれれ? どうしてボクは泣いてるでありますか? 母さまには感謝してるでありますのに。きびしかったけど、それは全部ボクのためで──あれ、あれれれ? おかしい、おかしいでありますよ!」


「よしよし」


「どうして頭をなでているのですか、あるじどの?」


「うーん。なんでだろうな」


「や、やめて欲しいであります。ボクは……強い子なのでありますから! 騎士になって……正体を明かして……自分を追い出した王様に復讐を……あれ? あれ? なんで……なんで……母さまがこんなことを……あれ? あれれれれ………………」





 ────そのあと、しばらくの間、カトラスさんは泣きじゃくって。


 ────僕が頭をなでつづけてる間に、眠っちゃって。


 その後──





「ありがとう。あるじどの」


 もうひとりのカトラスさんになって、目を覚ました。


「ごめんな。ちょっと荒療治だったかもしれない」


「かまわないわ。わたくしとカトラスの間にある壁は、それくらいの力でないと崩せなかったですから。あの子とわたくしは、母親の魔力混じりの呪いで分割されていたようなものなのだから……」


 まるで、自分で自分を封じるような──


 本当に、そういう『呪い』を──かけられていたようなものだと、名も無い姫君は言った。


「……これで、うまくいったのかな」


「完全ではないわ。ただ、ほんの少し気づいただけ」


 名前のない少女は、もうひとりの自分をいたわるみたいに、胸のあたりを押さえた。


「でも、カトラスは自分が男の子ではないことと──自分が本当に欲しいものに気づいた。今はそれだけで充分。壁には穴が開いたもの。そこから、カトラスは自分で自分を知ることになるの。

 そうそう、わたくしが、カトラスをどんなふうに守ってきたか、聞きたい? ちょっぴりえっちで面白い話もありますのよ。聞きたいですか?」


「……やめとく」


 実際のとこ、踏み込みすぎた気もするし。


 カトラスさんの母親がらみの、あんまり聞きたくない話もあるかもしれないから。


「それで、あなたはこれからどうなるんだ?」


「だんだん、カトラスとひとつになっていくと思うわ」


「そういうものなの?」


「わたくしは、カトラスがちっちゃかった頃の残留思念みたいなものだもの。カトラスの『じぶんはりっぱなおとこのこ』って思い込みがなくなれば、記憶も人格も、カトラスの中に溶けて消えるの」


「それはいいことなのかな」


「いいことよ。たぶん、このままなにも知らずに、王家と貴族の毒沼に踏み込むよりは」


 そう言ってカトラスさんの顔をした少女は目を閉じた。


「あるじどの」


「なんだよ」


「報酬は?」


「なにか約束してたっけ?」


「命名権。わたくしに、名前を与える権利が欲しいって言ってたでしょう?」


「合体するなら、カトラスでいいんじゃないか?」


「それは母がつけた名前で、男の子の名前よ」


「これから合体して、女の子になるから?」


「そう。それにふさわしい名前を、あるじどのにつけてほしい」


「あなたの母さんは、あなたをなんて呼んでたって言ってたっけ」


「『からっぽヴォイド』」


 名前のない女の子は、さみしそうにつぶやいた。


「そう。いてはいけないもの。見えないことにしたいもの。だから空っぽの『ヴォイド』」


「それなら……」


 僕は頭上を指差した。


 つられて真上を見上げた彼女は、不思議そうな顔をしてたけど、ふと、気づいて−−


「『青空(フィーン)』?」


「僕のせか−−じゃなかった、故郷では『空っぽ』と『空』に同じ文字を使うんだ」


 僕は言った。


 空は真っ青で、いい天気。


 荷物をまとめて、出発するにはちょうどいいよね。


「いきなり真逆の名前にしても落ち着かないだろうから。似たような感じで、なんか前向きな言葉にしようとしたら、そうなった」


 こっちの言葉だと『青空』は『フィーン』って音になる。まんま『ソラ』でもいいけど、こっちの人には馴染みにくいからね。


「……そうね。空はなんにもない……でも、広くてきれい……そっか、そういう『空っぽ』もあるのね……」


 まっすぐ空を見上げてた彼女は、僕の方に視線を移して、


「いいわ。今日からわたくしは『フィーン』ね」


 カトラスさんの顔をした少女──フィーンは「んー」っと、気持ちよさそうに背伸びをした。


「なーんか、本当にスッキリしたわ。カトラスの中で、ずっと気づいてもらおうと思ってじたばたしてたのが嘘みたい」


「それで、これからどうするんだ?」


「カトラス次第ね。あの子が『それでも騎士を目指したい』って言うなら、そうなるでしょう。そうじゃないなら──することはないわね」


「いいよね。することがないって」


「からっぽだものね」


 フィーンは僕の耳元に顔を近づけて、つぶやく。


「でもね、わたくしには──カトラスも無意識に持っている──夢があるの」


「夢」


「ええ。世界で一番大好きな人に最高の笑顔を見せたあと、恥ずかしそうに『くっ殺せ!』って言ってから、すべてをゆだねるの。愛と快楽で屈服させられながら、大好きなその人のために剣を振るうのよ」


「すっげぇ屈折くっせつしてるな」


「しょうがないわ。あの母親に育てられたのだもの」


 そう言って『フィーン』は笑った。


「ところで、あるじどのはご存知かしら?」


「ん?」


「『フィーン』には『青空』のほかに『包みこむもの』という意味もあるのよ?」


「……うん。知ってる」


「あのね、あるじどの。『フィーン』には『包みこむもの』という意味もあるの。あるじどの、わたくしはあるじどのを『包みこむ』ものに……」


「なんで3回言うの?」


「べーつーにー。心当たりがなければいいのですよー。べーつーにー」


 フィーンはすごくいい笑顔で、ふっふーんとハミング。なんだか照れ臭くなったのか、また、名前の元になった青空を見上げる。


 カトラスさんの出発予定時刻まで、あと2時間弱。


 それまで、カトラスさんの意識が戻るのを待とう。


「さてと」


 僕は大通りの方を見た。


 こっちをのぞき込んでた2人の顔が、びくぅっ、って引っ込んだ。


 しばらくして、おそるおそる出てきたから、僕は2人を手招きする。


「セシルもリタも、こっち来て」


「…………ごめんなさい。ナギさま」「…………ぐ、ぐうぜんだもん。私たちも買い物に来ただけだもん」


「はいはい」


 2人とも不安がってるみたいだから、そろそろ事情を説明しないと。


 あとは、カトラスさんが目を覚ましたとき「女の子」について正しく説明して欲しいから。


「あら? あるじどのが『ただしいおとこのこ』について実地で説明した方が良いのではなくて?」


 フィーンは、にやりと笑って、言った。


 ……それはまだ、おたがいにハードルがむちゃくちゃ高そうだから遠慮しておきます。





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