第145話「うれしくない呼び出しと拒否方法。そして強引な勧誘」

 僕たちが現場を離れてすぐ、イリスからメッセージが入った。




『送信者:イリス


 受信者:お兄ちゃん


 本文:今の段階でわかっていることをお知らせいたします』




 という前置きのあと、情報と、分析が続いていた。




『港町イルガファにはたったいま、非常事態宣言が発令されました。


 これは町の危機に出されるもので、解除まで一旦いったん、すべての城門は閉ざされ、港も封鎖されます。その後、正規兵による検問が行われ、急ぎのものは通されることとなります。


 次に「石のガーゴイル」がどこから入ったかですが、これはまだ、わかっていません。城門を破られた形跡はありませんでした。城壁の上を巡回している兵士たちからも、魔物が壁を越えたという報告は入っておりません。現在、担当を増やして調査中です。


 これはやはり「来訪者」さんが関わっている可能性が考えられますね……』




 僕の返信は次の通り。




『送信者:ナギ


 受信者:イリス


 本文:「来訪者」が関わってる可能性については同意。


 イリスはそれとなく、お父さん──領主さんに「侯爵令嬢エテリナ=ハースブルクと同じようなものを感じます。海竜の祭りを彼女が邪魔しようとしたように、誰かがこの港町を攻撃しているのかもしれません」──って感じで伝えて。


 あの事件と似てるってことにすれば、イリスとラフィリアが動きやすくなるはずだ』




『送信者:イリス


 受信者:ナギ


 本文:さすがお兄ちゃんです。了解いたしました! イリスお得意の話術で、お父さまを死ぬほど震え上がらせて差し上げましょう!』




 ……ほどほどにね。イリス。




『送信者:ナギ


 受信者:イリス


 本文:もうひとつ気になることがある。


 僕たちが「石のガーゴイル」と戦ったあと、金色の鎧をまとった兵士たちが現れた。彼らは「慈愛の姫君の名のもとに」って叫んでた。たぶん、王家のクローディア姫の関係者だと思う。なにか情報が入ったら、最優先で伝えて』




 僕はふたたびメッセージを送った。


 イリスからの「了解いたしました。ご主人様」の返信を確認して『意識共有マインドリンケージ・改』のウィンドウを閉じる。


「領主家はイリスに任せておけば大丈夫かな」


 僕たちがいるのは、領主家の屋敷に通じる大通り。


 まわりには、避難してきた人たちが集まってる。


 道の左右には正規兵が待機してる。彼らは魔法の灯りをともしたランタンを道において、自分たちがここにいるってことをアピールしてくれてる。そのおかげか、みんな落ち着きはじめてる。


 僕たちは普通の住民とはいいにくいけど、夕闇に光る灯りと、鎧を着込んだ正規兵の姿を見ているだけで安心する。とりあえず、ここは安全だ。


 と、なると──


「それじゃ、セシルとアイネは家で休んでて。リタは2人の護衛をお願い」


 僕は声をひそめて言った。


「……えー」「……むぅ……なの」


 セシルもアイネも、むくれないの。


 2人とも『石のガーゴイル』との戦いで魔力を消費したから、休んで回復しとかないと。


「本当はレティシアにも家に戻ってて欲しいんだけど……」


「わたくしは貴族ですもの。この事件の状況を知る義務がありますわ。本当に、人々が安全だとわかるまでは」


 レティシアはローブのフード(アイネが『お姉ちゃんの宝箱』で出した変装用)を目深に被り、宣言した。それから目を閉じて、深呼吸。この場で休んで回復につとめる、ってことらしい。


 いじっぱりめ。


「わかったわ。私はすぐに戻ってくるから」


 リタは心配そうな顔をしていたけど、うなずいてくれた。


「無茶しないでね。ナギ、レティシアさま、カトラスちゃん」


 そう言ってリタはセシルとアイネを連れて、家の方に向かった。


 この場に残ったのは僕とレティシアとカトラスの3人。


 僕だって戻って休みたいのはやまやまだけど、もうちょっと情報を手に入れておきたい。




「──お前も見たか? あの金色の兵団」


「──すごかったよな!? さすが慈愛の姫さまの私兵だぜ」


「──でも、あのガーゴイルはどこから? 領主家の公式発表はどうなるんでしょう……」




 ──こうしてると、町の人たちの噂話うわさばなしが、勝手に耳に入ってくるから。


 うわさのうち、半分は『石のガーゴイル』の話。もう半分は『金色の鎧をまとった兵団』の話だ。


 僕たちが戦ったのとは別の『石のガーゴイル』たちは、町の市場に現れたらしい。そして奴らが露店を破壊し、町の人たちを襲ってたところに、金色の兵団たちが助けに来たそうだ。


 兵団は『戦斧ハルバード』でガーゴイルが手足をバラバラにしたあと、金色の兵士たちは「慈愛の姫君の名のもとに悪は倒された」ってガーゴイルの頭を掲げて宣言したとか。


 それから町の兵士が吹いた笛の音を聞きつけて、僕たちの方にやってきたらしい。


「……ガーゴイルが町に来たとき、ちょうど姫さまがいて、ちょうど兵団を連れてたってのも、タイミングが良すぎるような気もするけどね……」


「姫さまはこの町に来る途中、アンデッドが街道にいるのを聞いて、兵団を呼び寄せたようですわ」


 噂の内容を、レティシアが補足してくれる。


「金色の兵団が到着する前に、誰かがアンデッド軍団をまるごと消してしまったせいで、活躍の場がなかったそうですけど。ええ、名も知らない何者かが」


「へーびっくりだねーだれだろーねー」


「まったくけんとうもつかないでありますなー」


「わたくしもさっぱりですわー」


 てな感じでつぶやいて、僕たちは顔を見合わせて噴き出した。


 それはともかく、姫さまのことは、疑いだしたらきりがない。


 クローディア姫は『慈愛じあいの姫君』って呼ばれてる。そう呼ばれてるからには、この世界の人にとってそれなりの理由があるからで、僕が王家に嫌な感情持ってるからって決めつけるのはよくない──というより、危険だ。特に、あの金色の兵士たちと対立するのは。


 彼らは『石のガーゴイル』の攻撃を鎧と戦斧ハルバードではじいて、力と速さで魔物の身体をうちくだいていた。シンプルに強かった。敵対したくない、って思ったんだ。


「……クローディア姫とあの兵士たちが『王家の良心』だったりすると、話は楽なんだけどな……」


「……声をひそめて言うところが、慎重派のナギさんらしいですわね」


 レティシアはいたずらっぽく笑った。


 それからカトラスの方を向いて。


「それにしても残念でしたわね、カトラスさん」


「ふぇ?」


「この場にクローディア姫さまがいらっしゃったら、そのお姿を見ることもできましたのに。あなたは王家の姫君のファンなのでしょう?」


「え? あ? はい。そうであります!」


 突然の質問にとまどいながら、カトラスはうなずいた。


 レティシアは細かい事情は聞かない、って言ったから、カトラスの正体は話していない。


 彼女が姫さまに会いたいのは、母親が王妃さまの侍女をやっていた関係で、むちゃくちゃ王家のファンだから、ってことにしてある。


「はい。姫さまのお姿を見られたかったのは残念ですが、でも……ボクは姫さまが恐くもあったのでありますよ」


「恐い、ですの?」


「王家の持つ力を、まざまざと見せつけられたでありますから」


 カトラスはかすかに震えていた。


 彼女がなにに怯えているのか、僕にはなんとなくわかった。


『リーグナダル王家』は異世界から来訪者を呼び出すことができる。


 その王家の一員である姫さまが連れている金色の兵団は、『石のガーゴイル』を簡単に倒すことだってできる。


「……そういう力を見せつけられたのが、ちょっと怖いのであります。王家の姫君というのは……ああいうものであったのですありますな……」


「大丈夫。王家と関わるのは、たぶんこれが最後になるはずだから」


 僕は、震えるカトラスの肩に手を乗せた。


「……あるじどの」


「………………いざという時は物理的に『王家と関わるのは最後』にするから(ぼそっ)」


「なにをするつもりなのでありますか!? ボクのためにそこまでしなくていいでありますよ!? あるじどの。目が据わってるでありますよ!?」


 でも、僕も王家にはいい思い出がないからなぁ。


 向こうが敵対してこなければ……なにもするつもりはないんだけど。


「…………情報収集は十分だ。そろそろ行こうか」


「はいであります」「……お待ちなさいナギさん。領主家の門が──」


 レティシアが言ったから、僕は立ち上がりかけて、止めた。


 領主家の正門が開き、数人の兵士と、執事っぽい人が出てくるところだった。


「海竜の加護を受けた、イルガファの民に告げる!」


 左右を正規兵に挟まれた執事は、声を張り上げた。


「町を襲った『石のガーゴイル』は、正規兵の働きと、慈愛の姫君クローディア殿下のお力によって、すべて倒された。皆は安心して家に帰るがよい!!」


 おおおーっ、っと歓声が上がった。


「なぜ『石のガーゴイル』が町に侵入したかについては、現在、全力をあげて調査中である。わかりしだい発表するであろう。また、今後このようなことがないように、警備を強化する予定で──」


 とりあえず、町の混乱は収まった、ってことか。


「……行こう。詳しい情報は、イリスが教えてくれる」


 僕はレティシアとカトラスにめくばせして、移動をはじめた。


 レティシアを先頭に人波を抜け、路地に入ろうとした──とき、




「──また、『おひろめパーティ』に参加される貴族の方々には、イルガファ領主家からのちほどお詫びの使者をお送りいたします。

 それと──魔物を退けてくださったクローディア姫からも、今回の件についてお話がしたいとご要望が来ております!!

 これは大変に名誉なこと。宿屋にも使いは出しておりますが……連絡が取れない方もいらっしゃるようです。

 もしも、この場に貴族の方がいらっしゃったら、名乗り出ていただけないでしょうか!?」




「──え?」


 領主家の執事さんの言葉が、僕たちの足を止めた。


 振り返ると、人波の中で青年が手を挙げるのが見えた。まわりを、黒い服を着込んだ男性に囲まれている。あの人も貴族か。緊急時だからか、一般人に紛れて避難してたみたいだ。


 僕は即座にイリスにメッセージを送る。返信は──イリスの方にはまだ、その情報は入っていない。すぐに調べます、ということだった。


「……面倒なことになりましたわね」


 レティシアは難しい顔をしてる。


「わたくしは子爵家の──父さまの代理としてこの町に来ております。公然と呼び出されれば、行かないわけにはまいりません。相手は王家の姫君で、しかも、たった今、町を救ったお方ですもの……」


「しかも、呼び出す理由が理にかなってるからな……」


「魔物の襲撃しゅうげきについて、それを退けた姫君からお話が……でありますから……」


「これを断ったら悪者ですわよね……」


 レティシアはため息をついて、うなずいた。


 彼女がなにか言おうとしたとき、イリスから情報が入る。クローディア姫が貴族の人たちを呼び出そうとしている場所は、イルガファ領主家が提供した宿舎だそうだ。メッセージには地図と間取り。いざという時の脱出路の画像データが添付してある。イリス、仕事が早すぎだ。


「レティシアは、『慈愛の姫君』に会いたくないって思ってる?」


「……まともな貴族ならば、王家の姫君に会う機会を逃したりしないのでしょうけれども」


 レティシアは困ったように首を横に振った。


「わたくしがこの町に来たのは、友だちに会うためですもの。余計な手間は増やしたくないですわ。それに、わたくしが姫君と会って話でもしようものなら、父さまがそれを貴族の社交パーティで言いふらすのは目に見えております。

 正直、うっとうしいですし、いずれ子爵家を離れるつもりのわたくしには、重荷でしかないですわね」


「そっか」


 レティシアは、そういうの嫌いだったっけ。


 もともと、クローディア姫とレティシアはパーティで同席するだけだった。それが直接の呼び出しを受けたとなれば、かなりのプレッシャーだよな。


 相手が得体の知れない『金色兵団』を率いているお姫さまとなればなおさらだ。あの『石のガーゴイル』の正体だって、まだわかってない。姫さまとの関わりがあるのか、ないのかも。


 けど、レティシアの立場では、呼び出しを断るわけにはいかない。


 つまり──この場合の最良の選択は──


病欠びょうけつってのはどうかな?」


「「…………はい?」」


 レティシアとカトラスは、ぽかん、とした顔で、僕を見た。


 え? なんかおかしいこと言った?


「『病欠』とは僕の世界で最強の、呼び出しを断るための──仕事を休むための切り札だ。いかにブラックな相手であっても、この『病欠』だけはレジストしづらい。すでにその場にいる相手ならともかく、具合が悪いと言ってる相手を『慈愛の姫君』が呼び出すことはできないだろ?」


「……は、はぁ。確かにそうかもしれないですけれど」


「レティシア=ミルフェは『石のガーゴイル』と出会ったときに軽く交戦して、怪我を負った。1日か2日で治るけど、現在は治療中のため、その姿をさらしたくはない。そういう手紙を──僕が届ける」


 僕は言った。


 もちろん、充分な対策をしてからだ。


 直接『慈愛の姫君』と会うことはできないだろうけど、彼女たちがどういう集団なのか、なんとなくの雰囲気はつかめると思う。正直、王家の人たちとは接触したくない。けど、接触するのなら、僕たちのホームグラウンドであるこの町以上に、有利な場所はない。


 そのあとで改めて『新領主おひろめパーティ』に出席するかどうか決めればいい。


 ──と、僕はレティシアとカトラスに説明した。


「わかりましたわ。それでお願いいたします」


 レティシアはフードを被りなおして、言った。


「今の状況はかなり混沌こんとんとしております。『石のガーゴイル』の正体、『金色兵団』がどんなものなのか……いろいろなことがわかるまでは、情報収集に努めた方が良さそうですわね」


「ボクも賛成なのであります」


 カトラスはレティシアの斜め後ろを歩きながら、答えた。


「ボクの……いえ、ボクの母さまのことも含めて、王家には深い闇のようなものを感じるのであります。安全な場所でない限り、近づくのは危険だと考えるのでありますよ」


「そうだね。僕も2人の意見に賛成だ」


 作戦が決まった僕たちは、静かに路地を進んでいた。


 まっすぐ家に向かうと目立つから、10分くらい遠回りをしてる。この通りを抜けると、家の裏にある森に出るはずだ。


 そう思ったとき、僕たちは、路地に立つ人影に気づいた。


「あら、まぁまぁ。これは奇遇きぐうなこと」


 その人影は言った。


 先頭を歩いていたレティシアが立ち止まる。


 彼女は僕とカトラスに小声でささやく。「男爵家の方ですわ」って。


 僕はイリスに送ってもらったリストのことを思い出す。『新領主おひろめパーティ』に参加する貴族は、レティシアを除いて3人。そのうちの1人に、男爵家の名前があった。たしか『ラランベル=エルンギア男爵令嬢だんしゃくれいじょう』だっけ。


「これはこれは、レティシア=ミルフェさま。ごぶさたしております」


 茶色の巻き毛の少女──ラランベル=エルンギアはスカートをつまみ上げ、一礼。


 同時に、彼女の左右に控えていた小柄な少女──護衛だろう──も、頭を下げる。


「ごていねいにありがとうございます。ラランベル=エルンギアさま。あなたも『おひろめパーティ』に参加されるために?」


「ええ。ここでレティシアさまにお会いできるとは光栄です」


「今日は大変でしたものね……」


 レティシアの声にとげはない。


 ラランベル=エルンギアは、対立している相手じゃないんだろうな。向こうも普通に目を輝かせてレティシアを見てる。


「わたくしは『石のガーゴイル』の話を聞いて、気になって領主家の方に来ましたの。ラランベルさまも?」


「いえ、クローディア姫殿下の指示で、ここに」


 彼女は言った。


「あの場で声を上げるのは気後れしますでしょう? 迷っていたらクローディア姫さまの使いの方がいらっしゃいましたの。あとで迎えをよこすので、ここで待つようにと」


「──!?」


 僕たちは思わず左右を見回した。


 この場にいるのは僕たちと、男爵令嬢たちだけ。


 大通りの騒ぎはまだ続いている。誰かがこっちに向かっている様子もない。


「それはそれは。けれど、わたくしは病欠ですの。具合が悪くてげほげほごほんっ」


 レティシアは男爵令嬢を見つめて、咳き込んだ。


 すっごくわざとらしかったけど。


「申し訳ありませんが、ご挨拶は改めてとさせていただきますわ。それではごきげんよう……」


 彼女は僕を見て、にやりと笑う。『強制礼節マナー・ギアス』でここを通るつもりだ。


 けれど──


 レティシアがスキルを発動する直前、路地の壁と地面が光を放った。





『お迎えにまいりました。貴族の皆さま』





 声が聞こえた。


 壁と地面の光が、複雑な文様を描く。これは──魔法陣か!?




『今回のような危機に際して、おすすめの商品がございます。貴族の皆さまだけにおすすめする限定です。ここにいらした方は大変運がいい。どうぞ、こちらへ。心ゆくまでお選びください──』




 なんだそれ。


 いや、勧誘商法じゃないんだから!?




『送信者:ナギ


 受信者:セシル、イリス


 本文:状況がわかるまでは待機! 僕たちは今──』




意識共有マインドリンケージ・改』のメッセージを送りかけたところで、僕たちの視界が真っ白に染まり──




 気がつくと、僕とレティシア、カトラスは──知らない場所に立っていたのだった。





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