第144話「不法侵入者をこらしめるために、恐るべきあいさつの後でツッコミを入れてみた」

『送信者:ナギ


 受信者:イリス


 本文:町に魔物が? どうして?』





『送信者:イリス


 受信者:おにちゃ


 本文:わかりません。今までこんなことは一度もありませんでした。とにかく、お兄ちゃんたちは屋敷で隠れていてください。町を守るのはイルガファ正規兵のお仕事です!』





 イリスからのメッセージは、そんなふうに結んであった。


 僕はすぐさま、イリスからの情報をみんなに伝えた。


 町に侵入した魔物は『石のガーゴイル』。


 前に戦ったことがある『はがねのガーゴイル』の下級種で、翼を持つ石像だ。数は10体が目撃されている。


 奴らは飛行能力を持つから、城壁を乗り越えて町に侵入したんじゃないかというのが、イリスの推測だった。


 だけど『ガーゴイル』は体内に魔力の結晶体を宿して、必要なときだけ動く魔法生物だ。自然に発生するわけがない。ということは、誰かがそれを動かしてるってことになる。




 ……そんなことを考えてたら、またメッセージが来た。





『送信者:イリス


 受信者:お兄ちゃん


 本文:「石のガーゴイル」は、正規兵がなんとかするそうですから。集団戦なら勝てますから。お兄ちゃんは隠れていてください。イリスのいないところで、無茶しないでくださいね。絶対ですよ!』





 …………心配しすぎだよ、イリス。


 無茶はしないことにしてるんだから。


 うん。無茶はしない。勝算があって、どうしてもしなきゃいけないときは別だけどね。


「さて、と」


 僕は『意識共有マインドリンケージ・改』のウィンドウを閉じて、セシル、リタ、カトラスの方を向いた。


「アイネとレティシアは、まだ帰ってきてないよね?」


 僕が言うと、セシルがうなずいた。


「まだです。食材を買いに市場に行ったままで……」


「ガーゴイルに襲われてる人を見たら、レティシアさま、黙ってないわよね……」


「ボクはちょっとお話しただけでありますが、正義感の強そうな方でありましたな……」


 リタとカトラスも、心配そうな顔をしてる。


 レティシアは正義の貴族だもんな。僕もそういうところは尊敬してる。


 となると──


「じゃあ、リタは僕と一緒にレティシアたちを探してくれないかな?」


「了解しました。見つけたら連れて帰るの?」


「ううん」


 僕は首を横に振った。


「レティシアのことだから、どうせガーゴイルと戦ってるか、人を逃がしてるかしてると思う。僕たちはその手伝いだ。ただし、手早く片付けるために、セシルは『杖』を準備して。敵と遭遇そうぐうしたらメッセージと添付画像てんぷがぞうを送るから」


「……添付画像を。はい、わかりました!」


 セシルは真剣な顔でうなずいた。


 さすがセシル、僕のしたいことをわかってくれたみたいだ。


「カトラスはセシルの護衛をお願い。それと、周囲の観察も」


「わかったであります。ボクたちはどこにいればいいでありますか?」


「遠くまで狙えるところに」


 僕は言った。


 ちょうど日も暮れかけてる。目立たない魔法で、安全な位置から支援してもらおう。





『送信者:ナギ


 受信者:イリス


 本文:ご主人様としてお願い。そっちに正規兵さんたちがどこに向かってるかの情報が入ってると思う。それを教えて。ガーゴイルの位置がわかったら、それも』




『送信者:イリス


 受信者:ナギ


 本文:お兄ちゃんってば──っ!! 無茶しないでって申し上げたでしょう──!?』






 怒られた。


 といいつつ、町の地図とガーゴイルの出現位置を添付画像で送ってきてくれるところがイリスだ。でも『あとで、おしおきですからね!』ってメッセージがついてる。


 ……それは僕がおしおきされるの? それとも、僕におしおきさせるの?


「言っとくけど、無理はしないこと」


 作戦を説明してから、僕はみんなに言った。


「あくまでも目的はレティシアとアイネの救助だ。いいね?」 


「はい。ナギさま」


「町を守るのは、あくまでも不可抗力だもん」


「降りかかる火の粉を払うだけでありますよ!」


 ぱんぱーん、と全員でハイタッチして、作戦開始。


 最優先するのは友だちと家族だけど、ここは僕たちの住む町だから。


 次に『海竜ケルカトル』に会ったとき、怒られない程度には守っておこう。











──町中まちなか、レティシア視点──




「レティシアの武器は『ショートソード』でいいかな?」


 腰に提げた革袋から、予備の『ショートソード(ナギ用)』を取り出しながら、アイネは言った。


 魂約エンゲージスキル『お姉ちゃんの宝箱』の能力だ。


 アイネの革袋は謎空間に繋がっていて、そこには愛用の『はがねのモップ』や、ナギの予備の武器、調理器具、ないしょでこつこつ縫い上げた産着うぶぎなどが入っている。町中で急な戦闘になっても、あわてることはない。お姉ちゃんだから。


「まったく、準備のいいことですわね。色々な意味で」


「アイネはお姉ちゃんなの。みんなの助けになることを、いつも考えてるの」


「主にナギさんのことを、でしょ?」


 レティシアはアイネの顔を見て、笑った。


 アイネはそれには答えない。ただ、優しく微笑みながら『はがねのモップ』を構えただけ。


 ここは港に近い下町だ。


 ふたりが格安の魚介類を買いに来たら、逃げ惑う人々にでくわした。「魔物が出た」という声が聞こえたから、レティシアとアイネは即座に道の端に移動。逃げる人々に道を開け、魔物の姿を探していたのだ。


「……いましたわ」


 小さな家の屋根に──不気味な影が見えた。


 翼とかぎ爪を持つ石像『石のガーゴイル』だ。


 大きさは、小柄な大人くらい。ねじれた角と、長い尻尾を持っている。


 魔物としては下級だが、武器をもたない人々にとっては十分に脅威きょういだった。




「町の城門が破られたんだ……」


「『海竜ケルカトル』の加護は海だけ……陸の魔物には通じない」


「領主家のご長男のことといい、なんでこんなおかしなことばかり……」




 町の人たちは叫びながら逃げ惑う。


「落ち着け! すぐに助けが来る! お前たちは領主家の方に行き、兵士たちに保護を……こら、やめんか!」


 居合わせた衛兵が叫ぶが、人々は聞かない。


 助けを求めるように、衛兵にすがりつく。


「落ち着きなさいな! 『海竜』の加護を受けた民よ!」


 そんな皆の前に立ち、レティシアは叫んだ。


「あわてずに、領主家の方へお逃げなさい! あちらには兵士がたくさんいます。みなさまを守ってくださるはずですわ!!」


 レティシアの凛とした声と、貴族の正式な礼儀に則った物腰は、人を動かすのに十分だった。


 パニックになりかけていた人々は、一斉に、領主家の方に向かって走りはじめる。


「……さすがレティシア。子爵家の威厳いげんはだてじゃないの」


 ナギが『レティシアが王様になって欲しい』と言うのは、こういうところだろう、と、アイネは思う。


 でも、親友の手がかすかに震えていることにも、アイネは気づいている。


 レティシアが落ちついているのは、アイネが「なぁくんが来る」と言ったからだ。ナギのチートスキルなら『石のガーゴイル』は敵じゃない。


 問題は数が多いことと、敵が飛び回っていること。


 でも、なぁくんならなんとかするだろう。


「……アイネ。ナギさんは本当に来ますのね」


「……うん。だって、アイネがここにいるもの」


 アイネとレティシアを助けるだけなら『奴隷召喚サモニング・スレイブ』を使えばいい。あれは奴隷を問答無用でナギのところへ呼び寄せるスキルだ。使われたら、アイネは一目散にナギのところに戻るだろう。1人になったら、レティシアも逃げないわけにはいかない。


 でも、そうなってない。


 それはナギが助けに来てくれるということを意味する、とアイネは思う。


「ほんっとに、ご主人様のことを信用してますのね。アイネ」


「だって、なぁくんだもん」


「うらやましいくらいの信頼ですわね……敵、来ますわよ」




『GYAAAAA!!』




 アイネとレティシア、それに衛兵を威嚇いかくするように『石のガーゴイル』が吠えた。




 ピィ────ッ! ピピピッ!!




 同時に、衛兵が木製の笛を吹き鳴らす。


「こ、これで仲間が来る。全員でかかればお前など!!」


「もーっ! 刺激してどうするんですの!?」


 ぶぉん


 レティシアたちの方を向いていた『石のガーゴイル』が衛兵に向かって腕を振った。


 反射的に盾を構える兵士を、そのまま殴り飛ばす。


 盾がひしゃげ、衛兵は転がりながら建物に激突し、動かなくなる。


「アイネたちが時間稼ぎしてる間に……衛兵さんには仲間を呼びに行って欲しかったのに……」


「まずいですわね。これは」


 羽根の音が聞こえた。


 笛の音は確かに、近くにいる衛兵に届いたかもしれない。


 が、ガーゴイルの動きの方が早かった。アイネたちに聞こえた羽音は、3つ。この場にいたのと合わせて6体のガーゴイルが、アイネたちを取り囲むように降りてきたのだ。


「……アイネには『魔力棒術』があるの。あれはモップを魔法の武器にしてくれるから、ガーゴイルにも有効なはず」


「……でも、囲まれた状態では戦えませんわ。背後から襲われて終わりですもの」


「……なぁくんにもらったスキルは?」


「……あー、あれですわね」


 レティシアは胸の中心に触れた。


 さっき作ってもらったチートスキルは、2つともインストールしてある。倒れた衛兵のほかは、まわりに人気はないし、このスキルは使っても目立たない。


 もらっていきなり使うのは、『親友ナギさん』に負けたようで悔しいけど、この状態ではしょうがない。「ナギさんが言う『特殊技が強いキャラ』の力、見せて差し上げましょう──レティシアは心の中でつぶやき、ショートソードを握りしめる。


「囲まれる前にスキルを使いますわ。アイネはその間に、攻撃を」


「わかったのー」


「なんでうれしそうなんですの!?」


「だってレティシア、なぁくんのこと好きだよね?」


「わたくしの『好き』は、アイネたちとは違うのですわ!」


 言いながら、レティシアは地面を蹴った。


 まだ着地しないガーゴイルの間を縫うように、飛び出す。彼女の動きに気づいたガーゴイルたちが、退路をふさぐように移動する。全員の注意が、レティシアに集中したとき──





「アイネたちの子どもに名前を付けるまで、わたくしは死ぬわけにはいきません。発動! 『強制礼節マナー・ギアスLV1』!!」





 レティシアはロングソードを投げ捨て、立ち止まる。


 そして背筋を伸ばして、一礼。





「『こんにちは! レティシア=ミルフェです!!』」


『ギャギャガガガ! ギャーゴイグデギュ!?』





 ぴたり。


 レティシアのお辞儀を見た『ガーゴイル』の動きが止まる。


 一斉に地上に降りて、横一列に並ぶ。


 そして「これはこれはご丁寧に」って感じで、彼らは頭を下げた。






強制礼節マナー・ギアスLV1』(レア


『礼儀』で『敵の動き』を『整える』スキル



 こちらが礼儀正しくすることで、相手に礼儀を強いるスキル。


 このスキルを発動してからお辞儀をすると、相手はきちんと並んで礼を返さなければいけなくなる。





 これは、さっきセシルたちが買ってきた『捕縛ほばくLV1』(「ロープ」で「敵の動き」を「抑える」)と組み合わせたチートスキルだ。


 ナギは『敵の集団を相手にしたときに役立つ』と言っていたが、まさかこれほどの効果とは、レティシアも思わなかった。





「それはともかく、アイネ! 今ですわ────っ!!」


「発動! 『魔力棒術LV1』!!」


 ずどんっ!!


 横一列に並んだ『ガーゴイル』の脇腹に、アイネが『はがねのモップ』の柄を突き立てる。

『魔力棒術』は、モップだろうが『ひのきのぼう』だろうが、魔法の武器に変えてしまう。さらに貫通ダメージつき。さらに、魔力を直接、敵の体内に打ち込むことができるのだ。


『GUOOOOOOOOAAAAAA────っ!?』


 どぅん、と、6体のガーゴイルが、真横に向かって倒れた。


 横一列にならんだ『ガーゴイル』の身体は、ぴったりとくっついていた。


 アイネの魔力はその側面から、6体まるごと撃ち抜いたのだった。


「しばらく会わないうちに、さらに非常識になりましたわね、アイネ!」


「レティシアだって人のこと言えないの」


「わたくしのスキルは『必殺技』ではなく『特殊技』ですもの。非常識さでは敵いませんわ」


 自然と背中を合わせて身構えるレティシアとアイネは、不敵な笑みを浮かべた。


 倒れたガーゴイルのうち、2体は両腕が砕け散っている。他の4体も、胴体に亀裂が入っているが、行動には問題ないようだ。アイネたちを完全な敵と見なしたのか、牙をむきだして吠えている。


 レティシアは額に浮かんだ汗をぬぐった。


 切り札は使ってしまった。アイネは今の一撃で、魔力のほとんどを撃ち込んだ。


 レティシアの『強制礼節』は相手の動きを数秒しか止められない上に、使うたびに魔力を消費する。アイネに鍋のフタでも出してもらって『回転盾撃シールドスクランブル』で攻める手もあるが、あれは1体しか相手にできない。


「でも、追い詰められた気は全然しませんわ」


「時間稼ぎは十分したの」


 町の人は逃がしたし、そろそろ退いてもいい頃なのだけど、2人は全然その必要を感じない。だって、彼女たちのパーティには、気配察知と高速移動に長けた仲間がいるのだから。


『GUAAAAAAA!!』


 1体の『ガーゴイル』が、飛び上がった。


 アイネとレティシアを狙い、急降下しようとする──が、





「私の仲間に──手を出すなぁっ!!」





 がいいいんっ!!




 屋根の上から飛んできた金髪の少女リタの蹴りが、ガーゴイルの翼をへし折った。


 ガーゴイルはそのまま地上に落下し、動きを止める。




「空振りは……5回分でいいかな。発動! 『遅延闘技ディレイアーツ』!!」




 動きを止めた『石のガーゴイル』を、巨大化した黒い刃が吹き飛ばした。


 剣を振ったのは──




「ナギさん!」「なぁくん!」




 もう大丈夫。


 レティシアとアイネの胸に、不思議なくらいの安堵感が押し寄せる。


 親友にしてご主人様の姿を見つめながら、ふたりはほっとした息を吐いた。








──ナギ視点──





「残りのガーゴイルは5匹か」


 僕は魔剣レギィを空振りながら『石のガーゴイル』を見据えた。


 こっちを警戒にしているのか、奴らは密集体型を取ってる。でも、こういうときは各個撃破かっこげきはがセオリーだよな。


「それじゃリタ、予定通りに」


「了解です。てーいっ!」


 リタが敵に向かって光るものを投げつけた。


 攻撃だと思ったんだろう。『ガーゴイル』はそれを地面にたたき落とした。でも、意味はない。リタが投げたのは魔法の『灯りライト』を先端にくっつけた、ただの木の棒だ。棒は折れたけど、灯りは消えずに『ガーゴイル』の足下で光ってる。


 よし、まずは第一段階クリア。


「次は地図を広げて──っと」


 それを僕の視界に入れて、ぱしゃり。


『GYAGYA、GYA!!』


「覚悟しなさい『石のガーゴイル』」


 動き出す『石のガーゴイル』と、リタが戦闘に入る。


「ご主人様のおうちがある町を荒らすのは、絶対に許さないんだからっ!!」


 リタは華麗なフットワークで、敵を自分に引きつけてる。


 さすがリタ。作戦をちゃんとわかってくれてる。


 僕はリタが戦っている奴を見て、画像を撮影して・・・・・・・、送る。


「リタ、まずはそいつを狙う。離れて!!」


「はいっ。ご主人様!!」


 リタは『石のガーゴイル』の胴体を蹴り、離脱。




 ぱしゅん。




 その直後、倒れたガーゴイルの足下の地面に、黒い光弾が当たって──弾けた。


 すかさず僕はその瞬間しゅんかんの風景を撮影。




『送信者:ナギ


 受信者:セシル


 本文:照準補正。上にセシルの腕2本分。左に1本分。画像を添付する』




 次弾発射までは、だいたい8秒。


 僕は魔剣レギィを振って、敵を威嚇いかくする。3回空振ったところで、セシルから再度メッセージ。『石のガーゴイル』から離れると──来た。今度は至近弾。さらに照準補正のメッセージを送ると、3発目の光弾が──完全に命中コースでやってくる。




 黒い光弾──『真・聖杖せいじょうノイエルート』で圧縮して、威力と射程・・・・・を上げた・・・・堕力だりょくの矢』が。




 ぱしゅんっ!!


『GIYAAAAAAAAAA!!』




 よし、ヒット。


 僕が照準しょうじゅんを補正して、セシルが撃った『圧縮魔法・堕力の矢』は『石のガーゴイル』の胸に命中。すべての魔力を奪われた敵は、ぴくりとも動かなくなる。


 一体撃破だ。


「今のは……あの『魔力を奪う矢』ですの? でも、威力が……」


「んー。なんか、色々やってたら強くなった」


「ちょっと会わないうちに、どれだけ『ちぃときゃら』になりましたの!? あなたたちは!」


 レティシアが声をあげた。


 彼女は『堕力の矢』が飛んできた方向を見てる。セシルの姿を探して──見つけて、びっくりしてる。無理もないよな。セシルは通常の『堕力の矢』の射程から、数倍離れた屋根の上にいる。伏せたらほとんど居場所はわからない。


 作戦は単純だ。


 僕が地図を指さして、その画像を『意識共有マインドリンケージ・改』でセシルに送る。


 指さした場所が僕のいる場所──つまり、敵の現在地だ。


 さらに僕は敵を見て、敵の細かい位置を伝える。『堕力の矢』の着弾地点を伝えて、どれくらいずれているかも教える。『意識共有・改』は僕が見ている景色そのものを、スクリーンショットとして他の人に送ることができる。その瞬間の敵の現在地も、『堕力の矢』の着弾地点も。


 あとは、それを見たセシルが照準を補正するだけだ。『石のガーゴイル』の足下に投げつけた『灯りライト』つきの棒は、セシルにとっての目印だ。


 セシルたちを高いところに配置したのは、射線を確保するため。


 そしてカトラスはその隣でセシルの護衛と、周囲の安全確認をしてくれてるはずだ。


「つまり、今回の作戦は狙撃そげきだよ」


 そんなに離れてないから、正確には「狙撃っぽい攻撃」だけど。


 一番てっとり早く、あんまり移動せずにすべてのガーゴイルを倒す方法を考えたら、こうなった。


「わかりやすく言うと、僕が狙撃スコープの代わりと、弾着測定役をするような感じかな?」


「……あとでじっくり話を聞かせていただきたい、ということだけはわかりましたわ!」


 僕とレティシアは走り出す。


 敵はあと4体。でも、僕とレティシアが合流した時点で、勝負はついてる。


「レティシア、例のスキルはまだ使える?」


「あと1回はいけそうですわ!」


「じゃあ、子爵ししゃく家の礼儀を見せてもらおうかな」


「いいですわよ! あなたのお子さんにも教えられるように、しっかりとご覧なさい!」


 レティシアは『石のガーゴイル』を前に立ち止まり、気をつけの姿勢になる。





「発動『強制礼節マナー・ギアス』! 『今一度ご挨拶あいさついたします! ごきげんいかが? レティシア=ミルフェですわ!』」


『ギギャ──────ッ!』






 これほど恐れられたあいさつが、かつてあっただろうか。


『石のガーゴイル』は「嫌だ嫌だ!」って感じで首を振ってる。『ギャッ、ギャ──』って悲鳴をあげてる。ここで動きを止めて整列する意味が、奴らにもわかったんだろう。


 でも、奴らに『強制礼節マナー・ギアス』はレジストできなかった。


 4体の『石のガーゴイル』は横一列に並び、石の身体を折り曲げてレティシアにお辞儀を返した──ところに『圧縮魔法・堕力の矢』が炸裂。


 敵はきれいな横並びで、しかも動きを止めている。


 こんなわかりやすい標的なんて、外す方が難しい。




 ぱしゅ、ぱしゅしゅっ!




 着弾は1発──2発。


 2体の『石のガーゴイル』が崩れ落ちる。『強制礼節』の効果時間で倒せるのは、それが限界か。


「……さすがに……これは魔力を使いますわね……」


「レティシアは退がって。あとは僕とリタでなんとかする」


 残りは2体。


 動きを止めるだけなら、僕ひとりでもなんとかなる。それにリタが加われば、完全に詰みだ。




『送信者:セシル


 受信者:ナギさま、ご主人さま、愛しい方


 本文:ナギさま! 撤退てったいしてください! 怪しい兵団が来ます!!』




「全員てったーいっ!!」


 セシルのメッセージを受信した瞬間、僕は叫んだ。


 メッセージには添付画像がついてた。近づいてくる兵団の画像だ。これ、かなりやばい。




『送信者:ナギ


 受信者:セシル


 本文:セシルは「灯りライト」を消したら屋根から降りて。カトラスと一緒に路地を伝って逃げて。合流地点は──』




 僕は地図を指さし、画像を送る。


 イリスからは、イルガファ正規兵と『石のガーゴイル』の場所を教えてもらってる。それに加えて『兵団』ともぶつからない場所を示して、そこで待つようにセシルに伝える。古代語魔法『灯りライト』も解禁しておく。逃走用に使えるように。


「僕たちも行くよ。海側の路地からだ」


「「「了解りょうかい!」」」


 リタ、レティシア、アイネの返事が返ってくる。


 僕たちは手近な路地へと駆け込む。走りながら、僕はみんなに説明する。


 カトラスが『石のガーゴイル』と戦っている兵団を見つけたこと。それを見たセシルが『意識共有・改』で画像を送ってくれたこと。それがチート級に強そうな連中だったこと。


「……どんな人たちだったの? ナギ」


「斧のついた槍──『戦斧ハルバード』でガーゴイルをボコボコにしてた」


 しかも鎧が金色だった。


 そして、一番警戒心を覚えたのは、カトラスが聞いたという、かすかな叫び声。





「「「慈愛じあいの姫君の名のもとに!!」」」




 人気のない道に、声が聞こえた。


 逃げようって思ったのは、これだ。


 彼らは『慈愛の姫クローディア』の配下だった。




「「「秩序を乱す者を、我らは完全にほうむる!!」」」




 現れたのは、金色の鎧を着た集団。


 セシルの画像の通り、全員が『戦斧ハルバード』を手にしている。


 リタが「手練れだったら、足音で気づかれるかも」って言うから、僕たちは走るのを一旦止める。路地の隙間から通りを見ると、兵士の一人が、足下にあるものを蹴り飛ばしていた。どこから運んできたのか『ガーゴイル』の頭部だ。


 それに怯えたように、残りの『ガーゴイル』が身を震わせる。




『GYAAAAAAAAA!!』


「「「覚悟せよ! 秩序を乱す忌まわしき魔物よ!!」」」




 戦闘が始まった。


 兵士たちの叫び音が響くのに合わせて、僕たちはまた、走り出したのだった。









 


──────────────────


今回使用したスキル


強制礼節マナー・ギアスLV1』

 相手が自分を視界に入れた状態で使用することで、礼儀を強いることができる。

 対象人数は最大10人くらい。相手が多ければ多いほど、魔力を消費する。

 最大の特徴は、スキルを使っても「なんか普通にあいさつを交わしているようにしか見えない」ところ。能力を隠すには非常に都合がいい。

 ただし、お辞儀を返している魔物に攻撃を入れると、事情を知らない第三者が「礼儀正しい魔物を攻撃するとは!?」と怒るかもしれないが、そこは「いやいや自分の行いを反省した魔物が、とどめを刺して欲しいと頭を下げていたのでー」とごまかすのがおすすめです。


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