第143話「『レティシア=ミルフェ強化計画』と、約束。そして異変」

「今回の作戦はイリスにお任せください!」


 次の日。


 領主家から抜け出してきたイリスは、僕の前で頭を下げた。


 ここは家のリビング。


『イルガファ領主おひろめパーティ』に潜り込むため、僕とイリス、それにレティシアで作戦会議をはじめた直後のことだった。


「領主家内部のことであれば、イリスと師匠ラフィリアさまが対処するのが最適です。すでにパーティの会場、料理人、メイドなどの人材については把握済みです。当日はお兄ちゃんが会場に入っていただければいいようにしておきますので」


「それは助かるけど、いいのか?」


「イリスの役目は、お兄ちゃんのお仕事を減らすことですよ?」


 不敵な笑みを浮かべて、イリスは答えた。


「お兄ちゃんはいつもイリスたちのことを考えてくださっていますから……ね。このような雑事ざつじは、イリスにおまかせください」


「雑事かなぁ」


「お兄ちゃんが解放してくださってから、領主家はイリスのお庭みたいなものですよ?」


 そう言ってイリスは、照れくさそうに笑った。


 緑色の髪を僕がなでると、くすぐったそうに目を閉じる。


「イリスがなでて欲しいって気づきましたね?」


「ご主人様だからね」


「ならば、ここは任せていただきたい気持ちもおわかりですね?」


「うん。パーティまでの作戦準備は、イリスとラフィリアに任せるよ」


「承知いたしました!」


 イリスはそう言って、僕の足下にひざまずいた。


「お兄ちゃんの奴隷たる、このイリス=ハフェウメア、命にかえても使命を果たしてごらんに入れましょう」


「命はかけなくていいから。あと、無理もしなくていいから。でも……当日は万が一の時のため、セシルとリタがバックアップできる場所を、確保しておいてくれないかな?」


「わかりました。パーティ会場の下の部屋を開けておきましょう」


 そのほか、細々としたことを話してから、イリスは領主家に戻っていった。


 イリスは『戦術』スキルを持ってる。それに、巫女として領主家に閉じ込められていた頃は、抜け出すために抜け道や衛兵の巡回スケジュールまで探ってた。イリスなら、完璧な計画を立ててくれるとはずだ。


「パーティに出る貴族のことも、調べておかないとな」


 イリスを見送ってから、僕はレティシアに言った。


「レティシアを除けば、パーティに出るためにイルガファに来てる貴族さんは、3人、だよね?」


「ええ。アンデッド襲撃で引き返してしまった者もいますもの。馬車を破壊されて、逃げ出した者も」


「そのあと、姫君の紋章がついた馬車が街道を進んでた」


「そうですわね……普通は地方領主のパーティに、王家の方が出たりはしないものですけれども……」


 貴族のリストは、イリスが『意識共有マインドリンケージ・改』で送ってくれた。


 お姫さまの方も、名前だけはわかってる。


「クローディア=リーグナダル。『慈愛じあいのクローディア姫』ですわね」


 お茶を飲みながら、レティシアは言った。


「『神聖力』の使い手で、治癒魔法を得意とするお方です。時々、町へ降りてきて……もちろん、護衛つきですが、自ら怪我人の治療をすることもあるとか。黒みがかった髪が特徴の、美しい方ですわ」


「レティシアは会ったことがあるの?」


「父に連れられて、一度だけお見かけしただけですけれど」


「『慈愛のクローディア姫』のお話は、アイネも聞いたことがあるの」


 お茶のおかわりをもってきたアイネが、僕の隣の椅子に腰掛けた。


 それを見たレティシアは満足そうにうなずいてる。


 久しぶりの、3人でのお茶会だ。


「クローディア姫は『王都にいる人すべてが救われるまで、結婚はしない』って言ってる人なの」


「すごいですわよね。求婚者からのプレゼントを、すべて売って寄付に回してるそうですもの」


「アイネも尊敬してたの。なぁくんと出会って、王家の実情を知るまでは」


「わたくしも素晴らしい人だと思っていましたわ。ナギさんと出会って、他の貴族と対立するまでは」


 ……アイネもレティシアも、人を諸悪の根源みたいに言うのやめなさい。


「問題はそのお姫さまが、貴族のしてることを知ってるかどうかだよな……」


 今まで僕たちはブラックな来訪者や、貴族たちと戦ってきた。


 もしもお姫さまが噂通りの慈悲深い人で、困っている人を救っているのなら──奴らのしていることに気づいてもおかしくない。知らないのならいいけど、万が一、知っていて放置しているとしたら──


 ……やだなぁ。今までのことがあるから、妙に疑い深くなってる。


「ところでセシルさんと、リタさん……それと、カトラスさんはどこですの?」


「買い物に行ってもらってるよ。とある計画のために」


「とある計画、ですの?」


「うん。『レティシア=ミルフェ強化計画』」


「────っ!?」


 レティシアがお茶を噴き出した。なにしてんの子爵家ご令嬢。


「わ、わたくしを強化って!? どうしてですの!?」


「だって今回みたいに、アンデッドに囲まれたりすると大変だし」


「わたくしはナギさんの親友で、奴隷ではないんですわよ!?」


「うん。だからレティシアにはURウルトラレア以上のスキルはあげられないよね。だから『通常技と特殊技が強いキャラ』になってもらおうかと思って」


「意味がわかりませんわ!」


「わかりやすく言うと、小・中・大パンチとキック、およびレバー入れ特殊技だけで敵を圧倒するキャラだよ。必殺技を使う暇を与えずに、気がついたら敵のライフをゼロにしてるってのが理想かな」


「さらにわかりにくくなりましたわ!」


「だってレティシアって、困ってる人は絶対に見捨てないだろ?」


 この町に来るまでのあいだに、アンデッドに囲まれてたのも、襲われてたキャラバンを見捨てられなかったからだって言ってた。僕たちが手を出せない場所で、同じことがあったら困るし。


 無事でいてもらわなきゃ困る。


 レティシアは僕にとってはパーティの仲間で、大切な友達なんだから。


 それにレティシアには『新領主おひろめパーティ』に付き合ってもらうことになる。それだって、危険がないとは言い切れない。


 だから今のうちに、新しいチートスキルをあげておきたいんだ。


「レティシア、この前アンデッドと戦ってたとき、『回転盾撃シールドスクランブル』と『卵類反射カウンターエッグ』使ってくれたんだよね? ああいう『チートなのか偶然そうなったのかわからない』スキルなら、あげても大丈夫だと思うんだ」


 レティシアには、アイネが使ってる『動体観察』と、ラフィリアが持つ『器物劣化』をあげるつもりだ。この2つは使っても目立たない上に、細かいところで役に立つ。


 セシルたちにはもうふたつ、スキルクリスタルを買ってきてくれるように頼んである。


 指定は特になし。安いやつで、あとはみんなのセンスにおまかせだ。


「僕たちはレティシアに借りがある。これくらいさせてよ」


「ほんっとナギさんってば、断りにくい頼み事しますわよね」


「そうかな?」


「いいですわ。わかりました」


 レティシアは、なせか威張るみたいに胸を反らして、うなずいた。


「ナギさんのせっかくの厚意、受けないわけにはいきませんもの。他の貴族との社交用に、父に持たされたスキルがあります。これも使ってくださいな」


 レティシアは革袋から、スキルクリスタルを取り出した。ふたつ。




『礼儀作法LV4』


『礼儀』で『品格』を『整える』スキル




『全力疾走LV2』


『体力』で『移動速度』を『上昇させる』スキル




「あなたがわたくしを心配してくれるのは嬉しいです。でも、気を遣われてばかりでは悔しいので……代わりにわたくしがこれからする提案を、受け入れていただけませんかしら」


「いいよ。なんでも言って」


「では……」


 レティシアは、こほん、とせきばらいを一回してから──




「ナギさんたちの最初の子どもの名前は、わたくしにつけさせてください」




 …………はい?


 冗談言ってるわけじゃないよな。レティシア。


 彼女は真剣な目で、僕を見てる。


 横を見ると、アイネもぽかん、と口を開けてる。お姉ちゃんにも予想外だったみたいだ。


「わたくしはアイネの親友で、ナギさんの親友です。そして、他の奴隷の少女たちのことも、友だちだと思っていますわ」


「うん」


 ここは、茶化していいところじゃない。


 僕は背筋を伸ばして、膝に手を置いて、親友レティシアの話を聞くことにした。


「わたくしは、あなたたちに幸せになって欲しいのです。そして、いざというときは助けてあげたいのですわ。子どもに名前をあげるのは、そのちかいのようなものです。名前をあげた子どもの家族を、どんなことがあっても見放すわけにはいきませんもの」


「レティシアに迷惑をかけるようなことはしないよ?」


「そういうことを言われないために、ですわ」


 レティシアは、軽く片目をつぶってみせた。


「わたくしは……そうですわね。ナギさんたちの間に生まれるであろう子どもの……『遠縁のお姉さん』みたいなものですわ。離れていても、名前をあげた子どもの味方でありつづける、そんな『お姉さん』に」


「……レティシアお姉さん、ってことなの?」


「アイネが『お姉ちゃん』ですもの。ちょっと変えて『遠縁のレティシアお姉さん』ですわね。わたくしにとっては、これくらいがちょうどいいんですの」


 ……かなわないな。レティシアには。


 子どもとかの話については、僕の方の覚悟は決まってる。


 先のことがどうなるかは、まだわからないけど──レティシアが最初の子どもの名付け親になるなら、みんな賛成してくれると思う。もちろん、僕の方も異論はない。


「いいよ」


 僕は言った。


「もしも僕たちに子どもができたら、レティシアに名付け親になってもらう」


「こ、交渉成立ですわね」


 うん。レティシアも恥ずかしかったんだね。真っ赤になってるもんな。


 アイネも同じようなものだし、たぶん僕の顔も、同じくらい赤くなってると思う。


 こんなこと、真っ昼間から真顔で話すことじゃないよな。


 でもまぁ、いいか。


 今回の件が片付いたら、考えようと思ってたことだから。


 僕たちの課題は『白いギルド』に関わるものがこの町に入ってないか見つけることと、カトラスにクローディア姫を見せてあげること。それだけ。


 面倒なことにはならないはずだ。たぶん、だけど。


 さっさと片付けて、未来のことに取りかかろう。







 それから僕とアイネ、レティシアは、ゆったりと午後のお茶を飲んで──


 みんなが帰ってきたあとは、レティシア用のチートスキルを作った。


 リタが選んでくれた『捕縛ほばくLV1』の概念がぴったりだったので、それを使った。レティシアは複雑な顔をしていたけど、素直に受け取ってくれた。


 スキルを自分にインストールしてから、レティシアは照れくさそうに、


「それではスキルのお礼に、今日はわたくしがごはんを作りますわ!」


「わかったのアイネも手伝うの! つきっきりで手伝うの!」


「では、買い物に行ってまいります。楽しみにしていてください」


「アイネも一緒に行くの。大丈夫なの。みんなのお腹はアイネが守るの!」


 わちゃわちゃしながら、レティシアとアイネは出かけていった。


 ……そういえばレティシアが料理するところって、見たことなかったな。アイネがついてれば大丈夫だと思うけど……なんだろう、嫌な予感がするんだけど……。




 そうして2人を見送ったあと、僕たちはひとやすみ。


『新領主おひろめパーティ』が終わったあと、パーティを二手に分けて、『竜の遺産』の調査に出かけようか、なんてことを話し合っていたとき──


 イリスから『意識共有・改』のメッセージが届いた。





『送信者:イリス


 受信者:おにいちゃん


 本文:緊急のお知らせです。町に、魔物が出現したとの報告が入りました!』




 ──魔物? まさか、町中に!?




『送信者:イリス


 受信者:おにちゃ


 本文:たったいま正規兵のみなさんが出動しました。お兄ちゃんたちは屋敷に隠れていてください。決して町に出てはいけませんよ。いいですね。絶対ですよ!』





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る