第146話「転移させられた場所で、親友の愛称を呼んでみた」

 転移魔法てんいまほう


 そういえばこの世界に初めて呼ばれたときに、王様が言ってたっけ。「転移魔法で辺境に送る」──って。


 みんなと出会ったあと、そういう魔法が存在するかどうかいろいろ聞いて回ったことがある。回答は「存在はしてる。でも、使い手がいるとは聞いたことがない」だった。


「転移魔法」はかなり高位の魔法で、魔力の消費も激しい。下手をしたら集団でシンクロして呪文を唱えなければ発動しない。つまり、それくらい難しい魔法ってことらしい。


 そりゃそうだよな。


 一瞬で物や人間を数百キロの彼方に送り込む魔法がホイホイ使えたら、物流が崩壊ほうかいする。というか、港町イルガファが一大交易地になれるわけがない。


 ということは『転移魔法』というのは、多数の魔法使いを動かせる王家だけ使用可能なものか、あるいはなにか、特別な方法で使うことができるもの、ということとになる。


 今回、僕たちが使われた転移魔法は、路地にしかけられていた。


 ということはたぶん『特別な方法』の方だ。それもインスタントなもののはずで、規模や範囲を考えると、長距離を移動できるものではないはず──




 そんなことを考えてるうちに、僕たちは知らない場所に転移させられていたのだった。








「ようこそ、選ばれた貴族たち」


 目を開けるとそこは、森に囲まれた洋館だった。


 館のまわりには土が露出ろしゅつした広い空間があり、僕とレティシアとカトラス、路地でレティシアを待ち構えていた男爵令嬢だんしゃくれいじょうと、領主家の前で呼び出しに応じていた黒服の男性がいた。


 そして、館の前に立っているのは、帽子をかぶり、ヴェールで顔を隠した、黒髪の少女。


「手荒なまねをして申し訳ありません。あなたがた、選ばれた貴族の方たちだけに伝えたいお話があったもので……」


 彼女は僕たちを見回し、ゆっくりと一礼した。


「そのため、港町より数十日かかるこの『世界精霊の館』にご招待させていただきました。このまわりは『封印の森』と呼ばれる、ハイレベルな魔物が住まう場所。ここなら、誰にも話を聞かれることはございません」


 なるほど。




『送信者:ナギ


 受信者:セシル・イリス


 本文:なんか僕たちはイルガファから数十日かかる彼方に飛ばされたらしいんだけど』




『送信者:セシル


 受信者:ナギさま・イリスさま


 本文:なにがあったんですか!? 大丈夫ですかナギさま!!?』




『送信者:イリス


 受信者:おにいちゃん。セシルさま


 本文:「意識共有・改」のメッセージが届いているということは、徒歩2日圏内ですね。ご無事ですか? レティシアさま、それに、カトラスさまは?』




 メッセージが返ってきた。


 ここ、意外とご近所だった。




「選ばれた方だけに情報をお伝えするため、護衛の数は限らせていただきました。誇り高い貴族の皆さまが、部下や衛兵と離れていらっしゃるのは不安だと思いますけれど──」


 ヴェールをつけた少女は、まわりを見回しながら言った。




「……レギィ、いるよな?」


『当然じゃ』


 僕の背中で魔剣レギィが、かちゃん、と震えた。


 次に、右腕につけた『天竜の腕輪』に触れる。『はーい、おとーさん』ってかすかな声が返ってくる。シロもいる。


 隣にいるカトラスは、服の下に身につけた『バルァルの胸当て』を指さしてる。フィーンもいつでも呼び出せる。セシルとイリスにもリアルタイムで通信してる。仲間は充分いる。問題ないな。




「……私はあなたたちの安全のため、こういう手段を取らせていただきました。あなたがたの知らないスキルやアイテムがこの世界にはあるのです……」


 ヴェールをつけた少女は、口元に笑みを浮かべながら告げた。




「カトラス。フィーンに聞いて。まわりに『神聖遺物アーティファクト』の気配を感じるかどうか」


「……感じるそうであります」


 カトラスはうなずいた。


「さっき転移したあとに、気配を感じたそうであります。転移魔法なんてのは神様級の能力でありますから、『神聖遺物アーティファクト』でもなければ、こんな簡単に使用するのは無理かと、ボクも思うのであります」


「了解」


 つまり『あなたがたの知らないスキルやアイテム』ってのは、チートスキルやアーティファクトってことで間違いない。




「この地は世界精霊に祝福された、前人未踏の彼方にある場所──」


 ヴェールをかぶった少女は説明を続けてる。


「皆さまが森を抜けるのは難しいでしょう。周囲には人をまどわす結界と、死者の魂がうろついておりますから──」




『送信者:ナギ


 受信者:セシル・イリス


 本文:──だってさ』





『『セシル・イリス:対策を考えました!』』




 よし。これで問題なし。


 あとは──


「あのさ、レティシア」


「わかってますわ。相手の目的と、その正体ですわね」


 レティシアは僕の言いたいことがわかってるみたいに、うなずいた。


 ひそひそと言葉を交わしながら、僕とカトラスは、はレティシアの斜め後ろでひざまづいてる。


 ここでは、レティシアは領主家のおひろめパーティに出席する貴族で、僕とカトラスはその従者ってことにした。


 もともとこのメンバーでパーティに出席するつもりだった。予行練習はできてる。


「……問題は、相手が本当にお姫さまなのか、だけど」


 僕は館の前に立つ少女を見た。


 帽子をかぶり、顔にヴェールつけた少女の左右には兵士がいて、剣先に魔法の『灯りライト』を灯してる。それでも少女の顔は見えない。彼女の正体を分析すると、可能性は。




(1)王家のクローディア姫


 根拠:王家は転移魔法を使える。そして姫さまは王家の人間。それと僕たちをここに招き入れた『ラランベル男爵令嬢だんしゃくれいじょう』が『クローディア姫に呼ばれた』と言っていた。




(2)来訪者

 根拠:来訪者は転移魔法で辺境へと移動している(らしい)。関連する力を来訪者が持っていてもおかしくない。



(3)その他:貴族か庶民か、デミヒューマン。

 ただしデミヒューマンの可能性は薄い。貴族のみを集める理由がないから。




 以上。


 せっかくだ。その正体と、彼女が持っている力について探らせてもらおう。


「賢明なる貴族の皆さま。お聞きください。今回、町に現れたガーゴイルのように、見えない危機は常に存在しているのです」


 少女は言った。


「また、辺境には魔王が存在しております。。その魔の手は、いつこの王国にもやってくるかわかりません。現に……皆さまは見たはずです。町を襲う魔物たちを。貴族とは領民と領地を持つ者。そこにあのような魔物が現れたら、どう対処しますか? 皆さま。兵士だけで戦えるのですが?」


「『ヴェール』さま」


 不意に、僕たちをここに誘い込んだ貴族の少女が言った。


 名前は確か……ラランベル男爵令嬢だっけ。


「お話の前に、約束を果たしていただけますか。私は、ここに知人の貴族を連れて参りましたが」


「わかっております。あなたには『お友達ご紹介特典』として、新たなる力を与えましょう」


「光栄です。『ヴェール』さま。では『執事』を」


「よろしい。異能を持つ執事を、10日以内に派遣いたしましょう」


「ありがとうございます。『ヴェール』さま」


「帰り道──やかたの転移ポータルで待っていてください。商談が終わり次第、帰る手配をいたしましょう」


 少女ヴェールの言葉にうなずいて、僕たちをここに連れてきた少女は、館の中に入っていった。


 僕たちの方は見ようともしない。


 本当に、特典目当てでここに連れてきただけなのか……。


「話を戻しましょう。あなた方を常に狙っている、危機のお話です」


 ヴェールの少女はまた、僕たちと、つれて来られた貴族の男性の方を見た。


「貴族とは、失う者を持つ方たちです。領地、資材、家族──それらを守るための力が必要だとは思いませんか? 今回のガーゴイルのように、見えない危険はいつあなたがたを襲うのかわからないのです──」


「貴様はなにを言っているのだ!?」


 耐えきれなくなったように、黒服の男性が声を上げた。


「どうして我々をこんなところに連れてきた。説明しろ!!


 怒ってるのは、イルガファ領主家の前にいた貴族の男性だ。まぁ、怒るのももっともだよな。いきなりこんなところに連れてこられたら。


 それに対するヴェールの少女──口だけで笑ってるのが、かすかに見える。


 こういう反応は予想済みか。かなり場数を踏んでるとみた。圧迫面接とかで求職者を意図的にキレさせる面接官っているけど、ああいう感じだ。


「これはこれはガルンゾ男爵さま。ご無礼をいたしました」


 少女はドレスの胸に手を当て、男性に視線を向けた。


「先ほど、係の者が申し上げました通り、この場はあなた方に商品をおすすめするための場。王都からは20日離れた場所です。そのように声を荒げるのは、おすすめいたしませんが」


「無礼にもほどがあるだろう!?」


 男性の貴族は叫んだ。


「我らに商品を勧めたいというなら、使者をよこして話を勧めるべきであろう。こんなだまし討ちのような真似をする相手が、信用できるか!」


「すでにいくつかの貴族、騎士の位にある方には、我々の商品をご利用いただき、活躍の場を広げていただいております」


「関係ない!! 今すぐに部下を呼べ! 貴様など、ここで打ち倒してくれる!」


「失格です」


 少女はぱちん、指を鳴らした。


 同時に、彼女の左右に控えていた兵士が動き出す。


 男性の護衛が剣を抜く。だけど、兵士の動きの方が速かった。黒い甲冑かっちゅうをまとった兵士たちは、貴族の護衛の剣をあっさりとはじき飛ばし、その剣の柄で護衛と、貴族の男性を殴りつけた。僕たちが手を出す暇もない、早業だった。


 無力化された男性と護衛をロープで縛り上げ、屋敷の中へと運んでいく。


「我々の商品を預ける相手には、冷静で、判断力に優れた方が望ましい。あなたは申し訳ありませんが、失格です」


「お待ちなさい」


 レティシアが声をあげた。


 ヴェールをかぶった少女が、彼女を見た。


「その方をどうするおつもりですの?」


「説得し、その後、元の場所へお返しいたします」


 少女はヴェールの下で、笑ったようだった。


「普通に帰れば、ここから港町までは20日かかります。ご自身で帰ることは、難しいですからね」


「「「へー」」」


 僕とレティシア、カトラスは同時につぶやいた。


 レティシアが僕を見て、うなずく。「お任せしていいですか」の合図だ。僕はうなずく。レティシアは交渉事は苦手だそうだから、僕が代理で話をしてみよう。


子爵家ししゃくけご令嬢……レティシア=ミルフェさま、でしたか」


 少女はドレスのスカートをつまみ上げ、一礼した。


「覚えていただいて光栄ですわ。謎の方」


 レティシアは困ったように頭を掻いた。


「『ヴェール』とお呼びください。私は、冷静な質問ならばいつでも歓迎いたしましょう」


「そういうこと苦手ですの。ですので、代理の方にお願いいたしますわ」


「どうも」


 僕は立ち上がり、レティシアの横に並んだ。


「ここは貴族の方のみが発言を許される、特別な場所。その方は貴族と同等の立場にある者ですか?」


 少女──ヴェールは不思議そうに首をかしげて、僕を見た。


「そうですわね。この方は……」


 レティシアは少し考えていたようだったけど、なにかを決意したように、拳を、ぎゅ、と握りしめて──


「この方はわたくしが最も信頼する、わたくしの婚約者ですわ!」


「──おーい。レティシア──」


「…………この場だけ。この場だけですわよ」


 わかってるけどさ。


 レティシア、首筋まで真っ赤になってるし。


「わかったよ。『レティア』」


「こ、ここでその名前で呼びますの!?」


 いや、だって呼んでいいって言われてたし。ちっちゃい頃のレティシアの愛称。


「……婚約者って言ったのはレティシアだろ。疑われないためだよ」


「……わ、わかりましたわ。ここだけですわよ」


 僕たちは顔を近づけて話し合う。


「じゃあ、僕が代理で話を続けるよ……『レティア』」


「…………う、うぅ」


 レティシアは真っ赤になっていたけど、僕を見て、こくん、とうなずいた。


 僕だってむちゃくちゃ恥ずかしいんだけどな。


「…………婚約者というのは、嘘ではないようですね」


 おかげで、ヴェールの少女をだませたみたいだけど。


「貴族の家に入る者ならば、この場での発言を認めましょう」


「ならば、問う」


 僕は言った。


 この場所は、相手が用意したステージだ。どんな罠があるかわからない。


 この場は、相手の手に乗った振りをして情報を引き出すことにしよう。


「僕とレティシアは婚約の記念として、イルガファ領主の『おひろめパーティ』に参加する予定であった。ガーゴイルに襲われたのは事故であり、それに対しても我が気高き婚約者は、民を守るために戦った」


 ヴェールの少女、それと、他の貴族にも聞こえるように大声で僕は言う。


 隣でレティシアが「よくそんなすぐにぽんぽん出てきますわね」ってつぶやいてる。設定考えたのそっちだろ。


 カトラスも「そうだったのでありますか」とか言わない。君は事情知ってるよね?


「これから宿でいちゃいちゃしようとしていた矢先、ここに呼び出されたのだ」


「……こ、こら……ナギさんっ」


「……照れてる場合じゃないだろ」


「……むー」


 真っ赤になってほっぺたを膨らませてるんじゃないの。親友レティア


 僕はヴェールの少女に向き直り、告げる。


「確かに危険はあるだろう。貴族には失うものが多い。だからそれを守る力が必要だというのはわかる。が、このようなやり方はおかしいだろう? 商談があるのであれば、正式に使者を送るのが筋だ。これでは脅迫きょうはくと変わらないのでは?」


「疑いを抱かせてしまったことにはお詫びいたします」


「ならば、我々を解放して欲しい」


「いいえ」


 少女は首を横に振った。


「魔王やその手下に知られたくないことでありますから、このような手段を執らざるを得なかったのです。特に、港町イルガファは『海竜ケルカトル』などという高位の魔物をあがめる者たち。警戒するのは当然では?」


「だから、港町からはるか離れた場所へと、我々を転移させた、と?」


「ええ」


「だから、港町から徒歩2時間の場所へと、我々を転移させた、と?」


「ええ…………い、いえいえ、はるか離れた場所ですが、なにか?」


 今、間違いなくうなずいたよな。


 意外とちょろいな。謎の少女。


「どうしてそのようなことを?」


「空気が温かくて湿気を帯びている。これは南方の港町の気候だ。まわりに生えている木の種類もイルガファ周辺の森と同じ。その森にはイルガファが今のかたちになる前に存在していた村の跡地がある。ちょうど時代的には、その洋館と同じような」


 これはイリスからの情報だ。


意識共有マインドリンケージ・改』で送ったスクリーンショットを見たイリスが、地図と照らし合わせて、この場を特定してくれたんだ。


「それとも本当に、ここがはるか彼方の地だというなら『契約コントラクト』してみるか? 嘘だったら、あなたが持っているアイテム、スキルをすべてこちらに引き渡すという条件で」


「…………」


 あ、黙った。


 謎の少女はヴェールの下で、唇をかみしめて震えてる。


「合格です!!」


「「「はい?」」」


「あなた方は、我々が与えた試練に合格しました。大いなる力を与えるのにふさわしい!」


 力技でごまかすつもりらしい。


「我が兵士たちのような、魔を倒す力。それはあなたたちのような能力を持つ者のためにあるのです」


 黒いよろいを着た兵士たちが、動き出す。


 さっきは貴族の護衛をあっという間に無力化してた奴らだ。身体の大きさは普通の大人くらい。全身に黒い鎧を着ていて、顔が見えない。イルガファの町で見た『金色の兵団』に似てるけど、こっちの方がまがまがしい感じがする。


 兵士たちは剣と、男性を拘束したロープを手に、少女の左右に並んだ。


「我が配下は、この『黒闇くろやみの鎧』をもって、強力な魔物さえも一掃する力を手に入れました。あなた方にも、それと同等のスキルやアイテムを受け取る権利があります」


 なるほど。


 ここで得られる情報はだいたいわかった。


 この『ヴェール』という少女は、貴族に『力』を与える仕事をしている。この黒い鎧の兵士も──たぶん、あの金色の兵士も、その力を手に入れている。


 そして、さっきの少女──『ラランベル男爵令嬢』のように、そういう情報は貴族の間でこっそり広まっていて、貴族が友だちを紹介するたびに、新しい力がもらえる、ってことか。


「レティシア=ミルフェさま、その婚約者さま」


 ヴェールの向こうで、少女は言った。


「あなたがたは、なにを望まれますか?」


 即答するなら『働かなくても生きられる生活』だけどね。


 でも、それはこんな奴に頼んで手に入れるものじゃない。自力でなんとかする。


 レティシアの方は──


「人々の平和を」


 レティシアは一瞬の迷いもなく、答えた。


「人々が、自分たちの理解できるルールの中で、理解できる力で、それ以外のものにおびやかされることなく、平和に生活できること。それがわたくしの望みです」


「では、それを実現するためのスキルを、あなたに与えましょう」


 少女は地面に置いた革袋から、スキルクリスタルを取り出した。


「これは『痛みを忘れさせるスキル』です」


 少女は言った。


「このスキルは対象の人間に『自分が受けている痛み』を忘れさせることができます。正確には『痛みを自分の責任だと思わせる』スキルですね。つまり、魔物に襲われていても、理解できない魔法でおびやかされていても、それをすべて自分の責任だと思わせることができます」


 吐き気がするスキルだった。


「自分が最も理解できるものは『自分』でしょう? 自分の敵をすべて『自分が理解できるもの』に置き換えることができる。あなたの目的にとって、これほどすばらしいスキルはないと思いますよ」


「お断りしますわ」


 レティシアは即座に、首を横に振った。


「そんなスキルは、わたくしの趣味じゃありません。それに、そんなものを使ったら大切な人たち──親友やパーティ仲間に嫌われてしまいますもの」


 レティシアは僕とカトラスを見ながら、笑った。


「交渉決裂ですわよ。ナギさん」


「ったく、ぶれないな、レティシアは」


「いけませんかしら?」


「まさか。それでいいよ。あとはみんなでなんとかしよう」


 ここに着いてから今までの時間は、約20分。もうちょっと・・・・・・時間稼ぎ・・・・がしたかったんだけどな。


 ヴェールの少女の表情は見えない。見えるのは口元だけ。


 ぎりり、と歯がみしてる。怒ってるのは間違いないな。


 戦闘になった場合──僕たちの対応は2種類。森の中に逃げ込むか、洋館の中に飛び込むか。


 後者なら、意外と余裕で逃げられる。


 ただし相手の力が読み切れない。洋館の中に予想外の武器やアイテムがあった場合、それで背後から襲われる可能性がある。


 洋館の中に飛び込むのは危険性が大きいけど──敵の力を知ることができる。たぶん、奴らは今までも貴族にこういうことをやっている。ここはそのための拠点だ。できれば、奴らの能力の正体を知っておきたい。


 そしてカトラスとフィーンは、この場所に『神聖遺物アーティファクト』が存在するのを感じている。んなもん使われて、またどこかに呼び出されたら面倒だ。今のうちに破壊か……あるいは、掌握しょうあくしておきたい。


 というか、いいよね。『転移魔法』


 いざという時に逃げられるし、商売にも使えそうだ。


「あのさ、レティシア、カトラス」


「なんですの?」「はい、あるじどの」


「のんびり休暇を過ごしてた最中に、こんなうさんくさい森の中に無理矢理呼び出されたんだから、お詫びにアイテムのひとつくらいもらって帰っても問題ないよな?」


「いいんじゃありませんの?」


 レティシアは口を押さえて、にやりと笑った。


「無法者に力を与えておくよりも、ナギさんのような怠け者──いえ、なまけたい働き者が持っていた方が安全ですもの」


「ボクも『転移魔法アーティファクト』があるなら、あるじどのが持つべきだと思うのであります。悪いことには使わないでありましょう?」


「もうひとつ質問。あと1時間20分──いや、あと40分──僕たちだけで時間稼ぎできそうかな?」


 敵は兵士2人、それと、謎の少女 (仮)。


 洋館の中に兵士がいれば、そいつらも参戦する可能性がある。


 40分の間、敵に倒されず、かつ、敵を逃がさない方向で動く。なかなかめんどくさい。


「なんとかなりますわよ」「やってみる価値はあるのであります」


「了解」


 いざとなったらレティシアの『強制礼節マナー・ギアス』が効いてる間に、森の中に逃げ込む方向で。


 話はまとまった。


 相手も、動き始めてる。さっきの男性と同じように、僕たちを拘束することにしたようだ。黒い甲冑をまとった兵士たちが、ゆっくりと僕たちに近づいてきてる。数は2人。右手に長剣を、左手には円形の楯を持ち、拘束用のロープまで用意してる。ちょうどいいな。


「殺しはしません。ご安心ください」


 ヴェールをつけた少女は言った。


「この場で起きたことは誰にも話さないと『契約コントラスト』してから、帰っていただきます」


「いえいえ貴重な経験なので、ぜひとも話のネタにさせてください」


「残念です……」


 少女がうつむく。


 2人の兵士たちが剣を振り上げる。狙いは……僕か。さんざんヴェールの少女に軽口たたいたからな。しょうがないよね。じゃあ、魔剣レギィを抜いて、と。


「レギィ頼む。発動『柔水剣術じゅうすいけんじゅつLV1』!」


『おお! 長剣の2本くらい、どうってことないわい!!』


 しゅるんっ!


「──なに!?」


 黒いよろいの兵士たちが振り下ろした剣を、魔剣レギィが巻き込み、受け流した。

「レティシア!」


「いきますわよー! 発動『回転盾撃シールドスクランブル』!!」


 ぽこん。


 レティシアの盾──カトラスから借りたもの──が、兵士の頬を、叩いた。


 ぐるぐるぐるぐる────っ!!


 剣を受け流されて、体勢が崩れてたせいでレジストできなかったんだろう。レティシアに盾で殴られた兵士の身体が、高速回転を始める。ヴェールの少女が言っていた通り、兵士の『黒い鎧』はなにかの魔法のアイテムだったのかもしれない。強くて、たぶん、固い。だから持ち主が回転してぶつかってくると、すごく痛い。


 それを身につけた兵士のひとりが両腕をプロペラみたいに回してぶつかってきたもんだから、隣にいた兵士は問答無用で打ち倒された。魔法の鎧と、魔法の鎧の対決だ。ぐるぐる回る魔法の籠手が魔法のかぶとを叩き続け、兵士の頭蓋骨を揺らし続ける。


「いやーあたりどころがよかったですわー」


「たてのいちげきでこんなにかいてんするものでありますかー」


「いやいや『くろやみのよろい』のとくしゅこうかかもしれないよー」


「え? え? え?」


 ヴェールの少女は呆然ぼうぜんとしてる。


 目の前で兵士は回転し続けてる。その腕から、拘束用のロープが落ちる。


 僕はそれを拾い上げ、適当に輪にしてからレティシアに渡す。『強制礼節』と一緒に作ったもうひとつのスキルの発動にはこれが必要だ。ちょうどいい。あのヴェールの少女の本性を、ここで引き出してみよう。


「ぶ、無礼者! 我が兵士に狼藉ろうぜきを働くとは!」


 我に返ったのか、ヴェールの少女が叫んだ。


「我が魔法を喰らいなさい。『氷の──』」


「こっちが先ですわ! 発動『品格抑制エレガント・ダウナーLV1』!!」


 相手が魔法を発動する前に、レティシアの投げ縄が、ヴェールの少女の身体に引っかかった。





品格抑制エレガント・ダウナーLV1』(R)


『ロープ』で『品格』を『抑える』スキル




 礼儀や建前を引きはがすことができるスキル。


 対象の身体を、ロープで引っかけることによって発動する。


 このスキルの対象になった者は、礼儀や品位、建前を一定時間忘れてしまう。


 そのため、本音を引き出しやすくなる。貴族や王族、高位の商人などに対しての効果が高い。





「────あ、あ、あ。私──我々──あたし──じぶん──は」


 ヴェールの少女の動きが、止まった。


 口をぱくぱくと開きながら、ドレスをまとった身体を震わせてる。


「なんてことを──。このわたしになんてことを──っ!」


「質問に答えてもらおう」


「うるっさああああああいい!!」


 歯をむき出して叫ぶヴェールの少女に、僕は聞く。


「あなたはクローディア姫本人か? それとも、その関係者か? あるいは『白いギルド』の?」


「クローディアなんて知るものか!!」


 少女はヴェールを引きはがした。


 白い顔が僕たちの前に現れた。


 顔の上半分に仮面をつけて、激しく口を痙攣けいれんさせた、血の気のない顔の。




「『人格を維持不能。姫君の気品を──表現不能。人格複製に問題発生』──『緊急回避魔法』『氷の──嵐アイシクル・テンペスト』!!」


 意味不明の言葉を少女は語り続け──そして、魔法を発動させた。




「ナギさんっ!」「あるじどの!!」


「全員、伏せろ──っ!!」


 即座に僕たちは地面に伏せた。


「シロ! お願い!!」


『しょうちだよーっ!! おとーさんのために「しーるどっ」!!』


 シロの声とともに、僕たちの頭上に半透明の『障壁シールド』が発生する。


 その直後──周囲を、吹雪が吹き荒れた。


 暴風が木々を揺らし、氷の欠片が頭上から降り注ぐ。けど、『天竜の卵』が作り出した盾は破れない。


 数分間、真っ白な嵐が僕たちの視界をふさぎ──


 それが消えたあと、仮面の少女『ヴェール』は完全に姿を消していた。




 たぶん──開きっぱなしの洋館の扉の向こうに。








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