第147話「姿を見せないパーティメンバーによる、奇襲とチートな戦力差」

「な、なんなのあれ。なんなのあれは!?」


 少女は仮面を押さえて、後ろ手に館の扉を閉めた。


 鍵をかけ、それから扉に仕込まれた『ロック』の魔法を発動させる。この屋敷は取引のために用意された特別な場所だ。侵入者向けのトラップは準備してある。


「あんたたちも、誰かが入ってきたらすぐに殺しなさい。いいわね」


「「……はい」」


 洋館の大広間にひかえていた2名の兵士に、仮面の少女──ヴェールは命令を下す。ついでに、兵士の装備も取り替えさせる。


 表にいた少年と、貴族の少女は奇妙な技を使っていた。防御を固める必要がある。


 武器ももっと強いものにしなくては。ヴェールは兵士に命じて、壁にかけてあった斧と、兵士の身長と同じくらいの大きさの盾──『グレート・シールド』を装備させる。


「あとは……防御用の魔物も準備しておかないと」


 ヴェールは廊下に壺を並べていく。合計8つ。うち6つの中には金貨が入っている。


 ここが『取引』のための場所だということは、すでに知られている。金が動くのは奴らも予想しているだろう。壺があったら割るか、のぞきたくなるはず。それが人間の心理だ。


 だからわなを仕掛けた。


 8個の壺のうち、6つは金貨を入れたダミー。最後の2つがトラップだ。


 割るか、中をのぞき込めば──中から魔物が飛び出す仕掛けになっている。


 最後に、少女は奥の部屋に通じるドアを開けてから、ドアノブに触れた。


 彼女が『スキル』を起動すると、ドアノブに氷が張り付く。それに触れないようにして、少女は慎重にドアを閉めた。


 これは最後から2番目の切り札だ。持続時間はそんなに長くないが、触れれば奴らを完全に無力化できる。


「まったく……なんであんな面倒な奴らがいるのよ」


「どうかなさいましたか? 『ヴェール』さま」


 屋敷の最奥の部屋で、ラランベル男爵令嬢が彼女を待っていた。


 こっちの気も知らずに、のんきな笑みを浮かべている。外でなにがあったのかなんて想像もしていないのだろう。


 ラランベルは、これまで『ヴェール』の仕事を手伝ってきた。一度の間違いもなかった。だから安心しきっている。気絶させた男性貴族の服をさぐって、金目のものを抜き取っている。ここでの記憶なんか、すべて消せると思っているのだ。


 その脳天気さに腹が立つ。腹が立つのは青い髪の貴族が使った謎のスキルのせいだ。ヴェールの仮面──その奥にある心理的な仮面まで、今は無効化されている。目の前にいるラランベルを怒鳴りつけたくて仕方がない。


「取引は中止よ」


「……なにかあったのですか?」


「聞こえなかったの? 中止と言ったら中止!!」


『ヴェール』はラランベルを怒鳴りつけた。


「も、申し訳ありません!」


 ラランベルは焼けた石でも押しつけられたかのように、慌ててヴェールから離れた。


「で、でも、私はあなたの協力者です。なにがあったのかくらいは……教えていただいても」


「これから、外にいる者たちを殺す」


『ヴェール』は吐き捨てた。


「奴らは『取引』を拒否した。口を封じようとしたら抵抗されて、こちらの兵士が倒された。奴らをここに引き入れたあんたのせいよ! ラランベル!!」


「クローディアさま……」


「誰がクローディアだ!! ふざけるな!!」


『ヴェール』は叫んだ。


「あんな偽善者と一緒にするな! 私は『あの方』に仕える者だ! クローディアなど『あの方』に利用されている偽善者にすぎない。なにが『慈愛じあいの姫』だ。私に汚れ仕事をやらせて……自分は表で善行をするだけの……クズが」


「ひぃっ!」


 ラランベルが頭を抱えてうずくまる。


 その姿が気に入らなくて、『ヴェール』は床を踏みならす。


 これからするべきことは決まっている。青い髪の貴族の少女と謎の少年、もうひとりいた小さな──少年か少女かわからないものを、抹殺するのだ。


 この洋館はイルガファから徒歩2時間の場所にある。昼間なら戻るのはたやすい。が、今は夜だ。まわりの森に侵入者避けの仕掛けがあることも教えた。それに、奴らは『ヴェール』の正体を知りたがっている。おそらくは、洋館に入ってくるだろう。


 ここまでのルートに罠は仕掛けた。


 問題は、あれを突破されたときだ。


 奴らが無傷でここまで来ることはありえないが、油断はできない。


 ここは『取引』のために用意された洋館の最奥。そして、脱出路でもあるのだから。


「『転移術式』は──まだ時間がかかるか」


 部屋の床には、光を帯びた魔法陣が描かれている。その中心にあるのは、水晶のついたアミュレットだ。


 あれはとある場所で発見された『神聖器物アーティファクト』だ。離れた場所を『転移魔法陣』でつなぐことができる。


 つなげられる場所は2カ所まで。1カ所は港町イルガファに設定してある。が、そちらは一度転移してしまった。再チャージには数時間かかる。


「もう1箇所に……転移の門を開くのは、本当に最後の最後。本当に緊急時にしないと……」


 それは、本当に最後の切り札だ。


 この館が落ちて、自分の命が危なくなったときのための。


「ラランベル」


「は、はいっ」


「あんたのおもちゃは、まだ使えるな?」


「動きます。動かしてみせます!!」


 ラランベル男爵令嬢は、部屋の角に置かれた『石のガーゴイル』を抱きしめた。


 こちらも特注品だ。イルガファに送り込んだのとは違い、腕が4本ある。その1本1本に、特注品の武器をつかんでいる。ラランベルの命令で動くようになっているから、時間稼ぎはできるだろう。


「できることはすべてやったな。あとは……」


『ヴェール』は自分のスキルを確認するように、こぶしを握りしめた。


 その指先に、氷の粒が張り付いていた。


 このスキルを使う機会がないことを祈ろう。


「それにしても……クローディアの偽善者ぎぜんしゃめ。あいつがガーゴイルを倒して人望を得たいなんて依頼を出さなければ、もっと戦力があったのに……」


「しかしあれは、力を求める貴族をあぶりだすための一環では?」


「そんなことはわかっている!!」


 ヴェールは叫んだ。


 彼女の仕事は力を求める貴族に『取引』を持ちかけることだ。今までそれで成功してきた。


 貴族は失う物が多い。


 領地、地位、名誉、欲。それに、他の貴族への対抗心も強い。魔法の武器やスキルなど、こちらの言い値で喜んで買い取ってくれる。それで今まで成功してきたのだ。


 文句を言った者など一人も『残って』はいない。それなのに……。


「ラランベル!」


「は、はいっ!!」


「扉を見張ってろ!! それくらい言われないでもしなさいよ!!」


「ひぃっ!!」


「それと黙れ! 奴らの足音が聞こえなかったらあんたのせいだ!!」


「────」


 ラランベルが口を押さえる。


『ヴェール』は耳を澄ます。この洋館は音がよく通る。


『取引』のために補修したとはいえ、廃村に残っていた洋館だから古い。


 すきま風だって入ってくるし、2階は雨漏りもする。だから『取引』には1階しか使っていない。その分、戦力は集中できる。


 この部屋は屋敷の一番奥にある。入り口は、目の前のドアだけ。背後は分厚いレンガの壁だ。


「さぁ、来なさいよ。謎の者たち。ボロボロになったところを殺してあげるから!!」




「じゃあ遠慮なく──『建築物強打けんちくぶつきょうだ』」


 どごん。




『ヴェール』の背後の壁に大穴が空いた。


 その向こうにいたのは、彼女が恐れていた侵入者。


 謎の少年と、青い髪の貴族の少女、それに少年か少女かわからない小柄な戦士だった。





────────────────────




──ナギ視点──







『話はすべて聞かせてもらった』


 って、言おうと思ってたけど、やめた。そういう冗談ネタが通じる相手でもなさそうだ。


「あんな大声で話してたら、どの部屋にいるかまるわかりだよな……」


「まったく。相変わらず容赦ようしゃのない戦い方しますわね」


 僕の後ろで、レティシアが苦笑してる。


「わたくしの『品格抑制エレガント・ダウナーLV1』はそのためですの?」


「本音を引き出しやすくなる……つまり、話すのをやめられなくなるということでありますか?」


 その隣でカトラスは、なにかに気づいたみたいに、ぽん、と手を叩いた。


「理性のたがが外れれば、本音がダダ漏れになる。声も抑えられない……あるじどのはそう考えたのですな?」


「確信はなかったけどさ」


 だから、僕たちは洋館の周りを歩いて、声が聞こえる場所を探した。


 あとは簡単だ。僕の『建築物強打』で、軽めに壁を叩いて壊した。


『ヴェール』がわめくのに合わせれば、気づかれずにレンガを割ることができた。


 その後は隣の部屋で隠れてればよかった。僕の『高速分析』なら、壁の向こうにいる相手をサーチできる。『ヴェール』とラランベル男爵令嬢がこっちを攻撃する位置に来てるかどうかくらいはわかるんだ。


 本当はレンガを飛ばして2人ともダウンさせたかったんだけど、そこまで上手くはいかないか。


 まぁ、チートアイテムを持ってるっぽい相手の家に、正面から入るって選択肢はないよな。


「随分ひどい扱いだと思うんだけどな。勝手にこんなところに転移させて、取引を断ったら『殺す』ってさ」


 僕は『ヴェール』とラランベル男爵令嬢に向かって、告げた。


 魔剣レギィは、もう抜いてる。レティシアもカトラスも戦闘態勢を取ってる。


 部屋にいるのは『ヴェール』とラランベル男爵令嬢、それと、ガーゴイルが2体。


 町に現れたガーゴイルは、やっぱりこいつらの手先だったか。


 だから門番も衛兵も、ガーゴイルが侵入するところは見ていなかった。転移魔法なら、気づかれずに侵入させるなんて簡単だ。


 で、床に書いてある魔法陣が転移術式で、その中心にあるのが『神聖器物アーティファクト』ってところか。


『……どっちにしても、レベルアップした主さまの敵ではないわな』


「そこまでチートにはなってないよ。レギィ」


『ふふっ。では、見せてもらうのじゃ』


 レギィは魔剣の姿のまま、僕の耳元でささやいた。


 さっきの戦闘で『柔水剣術じゅうすいけんじゅつ』がLV2になった。


 それと、イルガファの町でガーゴイルを吹っ飛ばしたときに『遅延闘技ディレイアーツ』のレベルも上がってたみたいだ。


 レギィの言うとおり、こっちはかなりチートな感じになってた。ガーゴイルには勝てるだろうけど、問題は『ヴェール』だ。


 彼女が氷魔法を使うのは見た。だけど、それだけとは思えない。なにか、僕たちの知らないスキルを持っている可能性もある。


 一番楽なのはこのまま時間稼ぎして、援軍の到着を待つことだけど──相手には転移魔法がある。


 まだ逃げてないってことは、使用制限があるのか、それとも、別の理由か。どっちにしても時間はかけられないか。


 よし。現状確認終わり。


「なにをしている! 殺せ! ラランベル!!」


「承知いたしました。行きなさいガーゴイル!!」


『ヴェール』が僕たちを指さし、ラランベル男爵令嬢が叫ぶ。


 だけど、こっちが先だ。『ヴェール』たちの話は聞こえてた。対策は立ててある。


「レティシア!」


「こんにちはレティシア=ミルフェですわっ!」


強制礼節マナー・ギアス』ラスト1回。


 レティシアが地面につきそうなくらい勢いよく、ぶんっ、と頭を下げる。


 それを見た『ヴェール』、ガーゴイル、ラランベル男爵令嬢も同じように、ぶんっ、って頭を下げて──




 ごすっ。




 ぱたん。




 目の前にいたガーゴイルの背中に、勢いよく頭を打ち付けたラランベル男爵令嬢が、倒れた。


 白目をむいて、完全に意識を失ってる。


 無力化成功だ。


強制礼節マナー・ギアス』を使われた相手は、レティシアと同じように挨拶あいさつをしなければいけない。当然、密集してる状態で勢いよく頭を下げれば、問答無用で激突する。


 石でできたガーゴイルより、生身のラランベル男爵令嬢の方が素早くお辞儀できる。その時間差によって生まれた悲劇だった。


「……あの、ナギさん」


「なにかな? レティシア」


「あなた、わたくしのスキルは『通常技つうじょうわざ』と『特殊技』って言いましたわね?」


「うん」


「これがただの『通常技』ですの?」


「だって相手に挨拶させてるだけだし」


「でも……例えばこのスキルを、武器を持って密集してる軍団に使ったら……?」


「さー」


「さー……ですわね」


「さー……でありますな」


「「「さー?」」」


 僕たちは声を合わせて首をかしげてみた。


 もしも密集状態の敵軍が、武器を持ったまま全員で勢いよく頭を下げたら……前の人の武器に激突して………………。


 ……考えたら怖くなってきた。


「ですが……申し訳ありません。わたくしはここまでですわ……」


 レティシアは、ぺたん、と床に座り込んでる。


 対ガーゴイル戦から休憩きゅうけいを挟んで、レティシアは3回『強制礼節マナー・ギアス』を使ってる。魔力切れにもなるよな。


「レティシアは休んでて、あとは僕たちがやる」


「やるであります!!」


 僕は魔剣レギィを、カトラスは盾を、それぞれに構えた。


 2体のガーゴイルたちは、まだ動いてる。あいつらは倒れたラランベル男爵令嬢を囲んで、心配そうに『ギャギャ?』『ギャギャギャ!?』って叫んでる。お互いを叩いてるのは、責任のなすりつけあいをしてるっぽい。


「なにをしているの!? お前たちの主を倒したのはあいつらでしょうが!!」


『ヴェール』が僕たちを指さした。


「動けるなら奴らを殺しなさい! こいつらの死体を『あの方』に確認してもらうために!!」


 ギギッ、と石がきしむ音とともに、2体のガーゴイルが僕たちを見た。


 まぁ、そうなるよな。


「……レギィ、レベル2を使っても大丈夫か?」


『主さまは何回空振からぶったのじゃ?』


「16回」


『ならば、問題ない。やってみい!!』


「了解!!」


 僕は魔剣レギィを握りしめて、前に出る。


『石のガーゴイル』の身体は、だいたい5回分溜めれば・・・・・・・破壊できる。大丈夫だ。


「カトラスは『ヴェール』を止めて! 僕はこいつらを砕く!!」


「承知であります!!」


 駆け出す僕の後ろから、カトラスがついてくる。


『ヴェール』は床の上にある銀色のアミュレットに手を伸ばしてる。彼女をかばうようにガーゴイルが近づいてくる。


 距離と間合いを計って……と。このへんで剣を振ればいいかな。




「発動! 『遅延闘技ディレイアーツLV2』!! 1/2にぶんのいち!!」




 僕はレベルアップした『遅延闘技』を発動した。


 巨大化した魔剣レギィが、1体目のガーゴイルの胴体に食い込んだ。




『グガアアアアッ!!』




 威力は空振り8発分・・・。十分だ。レギィの黒い刀身はガーゴイルの胴体に食い込み、すぱっ、と切り落とした。上半身と下半身を分断されたガーゴイルは、そのまま倒れた。じたばたしてるけど、もう動けない。


『主さま! もう一体は左から来る! そのままくるりと回るがいい!!』


「感謝する! 僕の愛剣あいけん!!」


『最高の呼び名じゃな────っ!! うれしいぞ主さま!!』


 こっちこそ。


 目標までの間合いを教えてくれる剣なんて他にいないよ、レギィ。


 僕は剣を振った勢いのまま、身体を半回転させる。もう1体のガーゴイルは目の前だ。空振りする余裕はない。僕の剣術レベルは『贈与剣術』と『柔水剣術』足しても3だからな。ガーゴイルと切り結ぶ腕なんかない。だからレギィと、チートスキルに頼らせてもらおう。


「発動!!」


 僕は魔剣を振り上げながら、叫ぶ。


「『遅延闘技LV2』!! 残り2分の1!!」


 どごん。


 逆袈裟ぎゃくげさに切り上げた魔剣レギィは、ガーゴイルの右脚から股間、そして肩口までを切り裂いた。


 ご、とん。


 手足がバラバラになったガーゴイルが床に落ちて、動かなくなる。


「レギィ? 大丈夫か?」


『むろんじゃ! 威力が分かれとるから、剣の負担は逆に少ないのじゃよ!』


 ほらほら元気ー、って感じで、魔剣レギィの刀身が震えた。


『それに、これだと主さまの攻撃後のすきが消せるから、我も安心じゃし』


「今まで心配してたのかよ?」


『さー?』


 魔剣状態のレギィは、笑うみたいに刀身を震わせた。


 さっきの、僕とレティシアとカトラスの「さー」に参加できなかったの根に持ってたのか……?


 それはともかく、レベル2になった『遅延闘技』の能力は──




遅延闘技ディレイアーツ』LV2


 振った分の剣の攻撃力を「振ってない」ことにして溜めておける。


 解放すると、その分の攻撃力が上乗せされた一撃が放たれる。空振りした回数分、攻撃範囲も拡大。


 レベル2になったことにより、攻撃を2回に分けて放てるようになった。


(例えば20回空振りした場合、(10回分の攻撃力+攻撃範囲)の2回攻撃にできる)




「じゃあ、カトラス。奴を止めるよ」


「はいであります!!」


 体勢が崩れた僕の後ろから、カトラスが前に出る。


 僕たちの視界の先、『ヴェール』が立ち上がる。彼女の手の中には『水晶のアミュレット』──『神聖器物アーティファクト』。転移魔法用のアイテムだ。


「残念、もはや手遅れだ! すでに転移の門は開いた」


『ヴェール』は僕たちを見て、にやりと笑った。


 同時に、床の上に書かれた魔法陣が光を放った。


「『偉大なる者。ここへ』」


『ヴェール』の口が、呪文のような言葉を紡ぎ出す。


「『あなたのしもべが助けを求めています。どうかそのお力で、我らが敵を討ち果たしてください!!』」


 転移魔法を使ったのか?


 しかも、逃げるためじゃない。なにかを呼び出そうとしてる。立ち聞きしてたとき、こいつはなんて言ってた? もう1箇所に転移の門を開くのは、最後の──って。親玉を呼び出す気か?


「止めてみせるのであります!」


 カトラスが盾を構えて、走り出す。


 でも、まだ遠い。それに『ヴェール』が魔法を使おうとしてる。氷魔法だ。冷気があふれて、奴の頭上に氷の剣が生まれる。数は3本。『遅延闘技』は使い切ったから──あとは。


「カトラスは左。僕は右から!」


「はいであります!!」


 僕たちは左右に分かれた。『ヴェール』は左右を見回して、僕を狙うことに決めたようだ。予想通り。館に入る前に決めたことだ。カトラスは、最後の最後までスキルを使わない。弱いって思わせる・・・・・・・・。それは切り札が彼女の手にあるからだ。


 道は僕とレギィが切り開く。




「もう遅い。クズどもが!!」


 オオオオオオオオオオオオオ!!




『ヴェール』の叫びにあわせて、魔法陣が光ってる。


 そこから、なにか力を持つものが現れようとしているように──


「こんなこともあろうかと準備しておいた切り札が来る! 貴様らなど皆殺しだ!!」


『ヴェール』が腕を振った。


「行け! 『氷結の刃アイシクル・ブレード』!!」


 長さ数メートルの氷の剣が──こっちに向かって飛んでくる!


 だったらこっちは──


「発動!」


 僕はレベルアップしたもうひとつのスキルを起動する。


「『柔水剣術じゅうすいけんじゅつ』──LVレベル2!!」


 飛来する氷の剣めがけて、魔剣レギィを──振り上げる!


 しゅるん


 黒い刀身が、氷の剣を3本、まとめて巻き取った。


 今までは敵の剣を受け流すだけだった。レベル1の回転数は、大体4分の1回転くらい。


 でも、今回はそれだけじゃない。


 レベル2の『柔水剣術』はその2倍──半回転。


 180度反転させて、敵の剣を真後ろに向けることができる。


 だから、飛び道具の剣に使うと──


「────な、なんだと!!?」


『ヴェール』が悲鳴をあげた。


 うん。びっくりするよね。自分が放った氷の剣が、ぐるん、と、半回転したら。


 レギィの黒い刃に受け流された『氷の剣』は剣先を真後ろに向けた。


 そして──そのままの勢いのまま、飛んでいく。


 狙って敵に跳ね返せれば楽なんだだけど、それは無理っぽい。


 剣は『ヴェール』の頭上をかすめただけ。でも、それで十分だ。奴は剣を手に、カトラスを迎え撃とうとしてた。その手が止まった。気は逸らした。


「道は開いた。カトラス! フィーンを呼んで!!」


「あるじどのの命令であります! 現れよ! ボクの中にいる……『わたくしフィーン』!!」


『しょうちですわ────っ!!』


 カトラスの胸当てから、半透明の少女が現れる。


 それはカトラスの魔力を受けて、灰色の髪の少女に変わる。着ているのは──家にいたときのイメージだから、寝間着だ。


 これが、僕たちの切り札だ。


 注意を僕とレティシアに向けて、カトラスへの警戒心を削ぐ。そしてカトラスが充分に近づいたところで、フィーンを呼び出す。


 レギィもシロもフィーンも、普段は姿を見せないけど、ちゃんといる。いつだって力を貸してくれる。


 この戦力差に敵が気づかなかった時点で、勝負はもう、ついてるんだ。




「『あるじどのの敵は撃滅げきめつ! (であります)(ですわ)──────っ!!』」




 カトラスがフィーンの腕を掴み、自分の分身を投げ飛ばす。


 双子以上に息の合った、同一人物のコンビネーションだ。


『氷の剣』を避けて転がり、さらにカトラスに集中していた『ヴェール』は、フィーンの存在に気づくのが遅れた。


 魔法陣の中心に置かれたアミュレットに、フィーンの指が触れる。




『発動「即時神聖器物掌握アーティファクト・ルーラー」!!!』


 フィーンの声が、洋館の奥部屋に響き渡った。





 オオオオオオオオオオオオ!!


 でも、まだ地面の震えは止まらない。




『オロカナル──モノヨ──』




 声とともに、かぎ爪のついた、黒い腕が魔法陣から出現する。


「はは! なにをしたかは知らないが、終わりだ! 『あの方』が私にくれた最強の使い魔がここに──!!」


「なるほど……悪魔っぽい使い魔か。姿は確認したからもういいよ。フィーン、転移を一時停止して」


『はいですわ』




『ワガアルジノテキ……………………。アノ────チョ?』


 魔法陣から光が消えた。




 出現しようとしてた強そうな腕が、ずぼっ、って感じで、魔法陣の中に引っ込んだ。


 それだけだった。





「え? え? えええええええ?」


「これで静かになったな」


 座り込む『ヴェール』を、僕とカトラス、それと『バルァルの鎧』の能力で出現したフィーンが取り囲む。


 転移用のアミュレットはフィーンが『即時神聖器物掌握アーティファクト・ルーラー』で支配した。一応、元の使用者のレベルによってはレジストできるらしいけど、この『ヴェール』にはそれほどの力はなかったみたいだ。


 ということは、本人が言ってた通り、こいつは王家の人間じゃないのか……?


「今度こそ話を聞かせてもらおうか。『ヴェール』」


 僕は言った。


「あなたの目的。背後にいる者。それと、王家との関係について。あんたは僕たちを問答無用で殺そうとしたんだ。それくらい聞かせてもらってもいいよな?」



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