第148話「『チートスキル』対『チートスキル封じ』対『チートスキル封じ返し』(追加攻撃あり)」

「いいだろう……どうして自分が殺されなければならないのかくらいは教えてやろう!」


『ヴェール』はドレスの下から短剣を抜いて、叫んだ。


 こっちは追い詰めたつもりだけど、向こうはそうじゃないっぽい。そういえば、この洋館は結界に守られてて、まわりの森にはゴーストがうようよしてるんだっけ……。


 相手は貴族にマジックアイテムを卸してる奴だ。僕たちの知らないスキルやアイテムを、館の周りに仕掛けていてもおかしくない。だから僕たちはまだ、警戒を解いてない。3方向から奴からを囲むようにして、距離を取ってる。


 ちなみに、フィーンはカトラスの中に戻した。


 隠れた戦力があるって思わせた方が、相手へのプレッシャーになるからね。


「死出の旅路のはなむけとして──」


「そういうのいいから。早く家に帰って寝たいから、手早く」


「──っ!」


 恐怖と怒りで顔を真っ赤にした『ヴェール』は話しはじめた。


 すごい早口で聞き取りにくかったけど、まとめると──




・『ヴェール』の仕事は貴族に『魔法のアイテム』や『チートスキル』を斡旋あっせんすること。


・その目的は王家と貴族の力を強めるため。この国の貴族は、初代国王と一緒に国を作った者の子孫だから、英雄願望がある。それを刺激してやれば、勝手に魔物や魔王と戦ってくれる。


・彼女はこの地方の拠点の管理者として、貴族相手の取引を任されている。


・元々は貴族に仕える冒険者だったけど、『あるお方』にスキルをもらって、この仕事をはじめるようになったらしい。




──ということだった。


「で、そのお方とは? そいつも、偉大なるリーグナダル王家にお仕えしているのか?」


 僕は聞いた。挑発混じりで。


 肩をすくめて、「なにそいつ? 王家の下っ端なの?」って感じで。


「あのお方が王家の手下なものか! あのお方は……王家でさえ知らないアイテムやスキルをお持ちなのだ。私が扱っているものなど、その力の一端に過ぎない!」


「本当に!? それはすごいな!」


「私は、つまらないギルドに仕えているわけではない!!」


「なるほど。だから、すごいアイテムを持ってるわけだ!」


「あやまれ! 私の組織をけなしたことをあやまれ!」


「なんかごめん」


「そうだ。貴様ら貴族や冒険者など、結局は我らのギルドのこまにしか過ぎない!」


「で、『あの方』とギルドの正体と目的は?」


「ギルドの目的は王家の支配の永続化による治安の安定。あの方は──そのためのシステムをこの国に持ち込み、そして『契約コントラクト』を──」


 言いかけて、『ヴェール』は口を押さえた。


 ちっ。


 ノリやすい奴だから口を滑らすかと思ったけど、ここまでか。


「私は組織の命令を受け……クローディア姫の側で、この仮面を被ることになった」


 ヴェールは、顔半分を覆う銀色の仮面に触れた。


「……話はここまでだよ。見知らぬ者よ」


「うん、わかった。で、その仮面は?」


「あの偽善者クローディアの仮面だ! あいつは聖女を気取っているから、その反動で時々悪役をやりたくなる。これにはあいつの人格と──私が見たものを記録して、装備したあいつに疑似体験させ──うるさい! もう口を開くな!!」


『ヴェール』は仮面を外し、地面にたたきつけた。


 黒い瞳と、血の気の薄い顔があらわになる。


 彼女は唇をかみしめて、手の中の短剣を握りしめた。彼女の口が軽くなってるのは、レティシアの『品格抑制エレガント・ダウナー』が効いてるからだ。あのスキルは対象の品格──人前で取るべき態度や理性──を抑える効果がある。


 そのせいで歯止めがきかなくなってるんだけど、『ヴェール』は血が出るほど唇を噛んでる。もう絶対にしゃべる気はなさそうだ。


「……あとの情報はあいつを無力化してからかな」


 僕は『意識共有マインド・リンケージ・改』のメッセージを確認した。セシルたちが近づいてきてる。でも、まだ到着までは数十分。それまで『ヴェール』には近づきたくなかった。『あの方』が『白いギルド』の者なら、彼女もチートスキルを持ってる可能性がある。遠距離攻撃で無力化した方がいい。


 僕はレティシアとカトラスに目配せする。


 ふたりがうなずく。そして──


「まだ抵抗するつもりですの? 町を荒らし、治安を乱す者よ!」


 不意に、レティシアが叫んだ。


 胸をそらして、剣を掲げて、『ヴェール』をにらみつけてる。


「しかも転移魔法で貴族を拉致らちして、怪しいものを売りつけようとして……断れば殺すなど。あなたのしていることは、ただの犯罪ですわ。貴族をなんだと思っていますの!? 『ヴェール』とやら!」


「ただの『力を欲するだけの』子どもだと思っている」


『ヴェール』はレティシアの顔を見て、くくっ、と笑った。


「奴らは英雄になりたくて仕方ない。力を与えると言えば、私のような者にも頭を下げる。それで満足するかと思ったら、魔剣を取りに行きたいだの、王子と結婚したいだの、きりがない。貴族が尊い連中だとでも思っているのか? 貴様は」


「まさか、そんなこと思ってるものですか」


 レティシアは肩をすくめた。


「だからこそ──他の貴族がそうであるからこそ、わたくしは民を守る者に……『本当の貴族』になりたいのですわ」


「世迷い言を!」


「ええ、世迷い言で結構。だって、これはわたくしの自己満足ですもの」


 そう言って、レティシアはふんわりと笑う。


「他の貴族は魔物を倒して英雄になりたいだけ。わたくしは、目立たずに民を守る英雄になりたいだけ。同じでしょう? わたくしはただの自己満足で、手伝ってくれる友だちと一緒に正義の貴族であり続ける。本当に、それだけですわ」


「……そんな貴族がいるものか」


『ヴェール』は目を見開き、吐き捨てた。


「……私は貴族がどういうものかよく知っている。この仕事を始める前から、ずっと仕えていたのだからな……。利用するだけ利用して、用がなくなったら捨てる。私の戦略──知恵だけを利用して……私が力を持ったとたんにてのひらを返す。貴族とは、そんな奴らだろうが!!」


「あなたが以前、どんな貴族に仕えていたのかは知りません。ですが、そうでない貴族がいても──」


「うるさい! 貴様の化けの皮をはがしてくれる!! 私の、この力で!!」


『ヴェール』が短剣を振り上げる。そして──それを自分のてのひらに突き刺した。


 てのひらから、真っ赤な血が噴き出す。


「王と貴族は異能を持って民を支配するものだ。救う者などあっては──」


「……仕方ないですわね。ナギさん」


 レティシアが僕の方を見た。


 つられて『ヴェール』もこっちに顔を向けた。


「当初の予定通りで、いいですわ」


「わかった。協力ありがと、レティシア」


『品格抑制』がかかった状態で叫ぶなら、それが『ヴェール』の本音だろう。


 レティシアは最後まで説得しようとした。でも、無理みたいだ。


「『ヴェール』──あんたと僕たちは相容れない。情報は十分もらった。休んでいいよ」


「────!? こ、『氷の剣』──!!」


『ヴェール』は僕とレティシアを交互に見ながら、魔法を詠唱した。


 その身体が、どん、とはねた。


 背中に激突した──カトラスの『盾』の衝撃で、身体をくの字に折り曲げて。


「うしろから失礼するであります。発動──『豪・中断盾撃キャンセリング・シールドチャージ』」





豪・中断盾撃キャンセリング・シールドチャージ


 重い盾の一撃で、敵に巨大な衝撃を与える。


 この技を受けた敵は一定時間、自分のターンを吹き飛ばキャンセルされる。


 詠唱は途中で止まり、つかんだ武器は振り下ろすことができなくなる。




 僕とレティシアの役目は、『ヴェール』の気を引くこと。


 その間にカトラスが背後から近づいてた。奴を『豪・中断盾撃』で無力化するために。


「ぐはっ!!」


『ヴェール』の身体が地面に転がった。


 同時に、奴のてのひらから『氷の剣』が発射された。詠唱が完了してたから、止められなかった。不安定な状態で発射されたせいで、狙いがそれてる。しかも、自分のてのひらを掠めてる。


 そのせいで『氷の剣』には、血が赤い結晶になってこびりついてる。


 レティシアの方に向かってるけど──大丈夫。勢いもないし、伏せれば簡単によけられる──




「……く、くそ。一体なにが起こっているというのだ。あのヴェールをつけた女が!!」




 男性の声がした。レティシアの後ろからだ。


 ラランベル男爵令嬢はロープで拘束した。けど、この場にはもう一人、貴族の男性がいた。気絶してたそいつはレティシアの後ろで立ち上がってる。レティシアが『氷の剣』をよけたら──まずい、直撃コースだ。


「なんのっ!!」


 がいいんっ!


 レティシアは『ショートソード』で『氷の剣』をはじいた。『氷の剣』はコースを変えて、壁に当たって砕け散る。男性が悲鳴を上げてうずくまる。それだけだった──けど。


「はははははははははははっ!! かかったな。馬鹿ばかめ!!」


 気づくと『ヴェール』が高笑いしていた。


 がくん、と、レティシアがうずくまる。


「……なんですの……これは」


 レティシアの『ショートソード』が、赤い結晶体に覆われていた。『氷の剣』に付着していたものだ。それがだんだん広がっていく。刀身から柄に、柄から、レティシアの手に。


 赤い結晶体──剣で触れただけで広がっていく、氷の塊。


 ──まさか、あれが『ヴェール』のチートスキルか?


「受けたな。私のスキル──『能力封印氷結』を!」


『ヴェール』は叫んだ。


「見ろ! 我が手から発した血と氷に触れた者は、体内のスキルを封じられる上に、徐々に記憶と感情までも凍り付く! 今までどうして、私のことが噂にならなかったと思う? 商売に応じなかった貴族どものスキルと記憶を封じていたからだよ、これで!」


「スキル汚染系のスキルか!?」


『ヴェール』は貴族相手にマジックアイテムを売ってた。


 当然、それを売った相手が逆らった時の対策くらいはしてた、ってことか。僕の方でも予想はしてた。だからカトラスのスキルで動きを封じた。最後に『ヴェール』が魔法を使ったときだって、レティシアなら簡単によけられたんだ。


 彼女の後ろで倒れてた男性が、偶然、立ち上がらなければ。


『ヴェール』の『氷の剣』が、男性の頭部に直撃するコースでなければ。


 そして──レティシアが正義の貴族でなければ。


「むかつくんだよ、お前は! なにが正義の貴族だ!!」


『ヴェール』は床の上に倒れたまま、びくん、びくん、って痙攣けいれんしてる。


 カトラスの『豪・中断盾撃』の効果だ。


 しばらく『ヴェール』のターンは飛ばされる。なにもできない。せいぜい口を動かすくらい。


「貴族ってのはいばりくさって、人を見下してる者だ。お前みたいな奴がいたら気分が悪い。とっとと凍り付いて、そんな感情も忘れてしまえ!」


「黙ってろ」


「…………ひぃっ!?」


 気づくと、僕は『ヴェール』の襟首をつかんで、ぶん投げてた。


 僕の力なんかたいしたことない。『ヴェール』は床の上に転がっただけだ。


「…………ひ、ひぃ。あ、あああ」


「……なんだよ」


 なんでそこまで怯えた顔してるんだ?


 ……僕はそんなに怖い顔してたか? 自覚ないけど。


「カトラスは『ヴェール』を縛り上げてて。できれば、目隠しも頼む。それと──悪いけど、その男性も」


「は、はいであります」


 カトラスが直立不動でうなずく。


 起きたばっかりの貴族の男性には悪いけど、ここから先は見せたくない。僕と──レティシアのプライバシーにも関わるから。


「……だ、だいじょうぶですわ……」


 レティシアは青い顔のまま、僕を見て言った。


『ヴェール』が作り出した氷は、レティシアの腕に張り付いてる。


 そこから氷の線が伸びて、胸の方に達してる。そこから『スキルクリスタル』の中に入り込んで、汚染しようとしてるようだ。


「レティシア、自分のスキルの状態がわかる?」


「……『回転盾撃シールドスクランブル』が使えなくなってるみたいですわ。取り出すことも……できません。それと、すごく寒い……」


「寒い?」


「わかりませんわ……心の中が、凍り付いていくみたい」


「そっか。じゃあ、僕がなんとかする」


 僕はレティシアの、凍ってない方の手を握った。


「だから、一度だけでいい。僕と主従契約して欲しい」


「……主従契約……わたくしが、ナギさんの奴隷どれいに?」


「この時だけだよ『レティア』」


「……こ、ここでその名前を呼ぶのは反則でしょう!!?」


 レティシアのほっぺたに赤みが差した。


「でも、ナギさんのことだから、必要なことなのでしょう? それが」


 レティシアは僕をまっすぐに見つめて、うなずいた。


「わたくしを一時的に奴隷にすることでスキルに介入する。『ヴェール』のスキルの効果を取り除くために、ですわね?」


「うん。主従契約の条件はこうだよ。『レティシア=ミルフェはスキル汚染を除去してもらう代償として、ソウマ=ナギの奴隷になる。契約解除の条件は、ソウマ=ナギがスキル汚染除去の情報を得ること』」


「え?」


 レティシアが首をかしげた。


 よくわかってないみたいだ。


「つまり。レティシアはスキルの汚染を取り除いてもらう代わりに、僕の奴隷になる。僕はスキル汚染除去の方法を知ることの報酬に、レティシアを奴隷から解除する。つまり、レティシアが僕の奴隷になるのは、スキル汚染を除去するまでの時間だけだよ」


 契約の代償は、スキル汚染の除去。


 契約の報酬も、スキル汚染の除去。


 代償と報酬が完全にイコールだ。これなら例外的に、一時的な主従契約で済むはず。


「……わかりましたわ」


「いいの?」


「親友を信じない者がどこにいますの?」


 レティシアは僕の手を握ったまま、にやりと笑った。


「それに……失敗して、わたくしがあなたの奴隷のままだったとしても、まー、しょうがないですもの。でも、ナギさんのことですもの、勝算はあるのでしょう?」


 レティシアは、ふっふーん、と鼻を鳴らした。


 こんな時なのに。全然悲観してないな。そこがレティシアのいいところだけど。


 前に、彼女がこの国の王様になればいいって言ったのは、半分くらいは本心だ。王様にはなれなくても、宰相とか、大臣とか、レティシアがそういうものになれば、この世界はもっと優しくなるような気がする。


 その彼女を、こんな変なスキルの犠牲にするわけにはいかない。絶対に。


「勝算はあるよ。任せて」


 僕は言った。


 今までラフィリアの呪いスキルと、天竜の残留魔力にかかった封印を解除してきてる。


 それに比べれば、この汚染スキルはたいしたことない。たぶん、だけど。


「じゃあ、お願いしますわ」


 そう言ってレティシアは『契約のメダリオン』を差し出した。


 僕たちはさっき決めた契約条件を口にして、メダリオンを打ち鳴らす。




「「『契約コントラクト』」」




 しゅる、と、レティシアの首に、革の首輪が巻き付いた。


「……なんだか変な気分ですわね」


「落ち着かない?」


「というよりも……なんだか……むずむずしますわ」


「むずむず?」


「ナギさんの手から、あったかいものが流れ込んでいるような。それがわたくしの胸のなかで渦巻いているような……悪い気分では、ないですけれども」


「つらかったら言ってよ。加減するから」


「わ、わかりましたわ……」


 僕はレティシアの背中に手を回して、革の鎧の紐をはずした。


 レティシアは「むむ」って小さな声をもらしたけど、僕にされるままになってる。その下にあったのは、薄い普段着。その胸に僕は手を乗せる。レティシアの身体は、少しだけひんやりしてる。汚染の影響か。急いで除去しないと。


「……親友に胸を触られるのは初めてですわ」


「……僕だって親友の胸を触るのなんて初めてだよ」


「…………」


「…………」


 ……気まずい。


 レティシアはまっすぐ僕の方を見てるし。僕だって、これからするのは治療みたいなものだから、いつもと感覚が違って、落ち着かない。レティシアが僕の奴隷でいるのは、この数分だけ。そう自分に言い聞かせて、僕はレティシアのスキルを開示する。





回転盾撃シールド・スクランブルLV1』


『盾』−『氷』で『敵』−『氷』を『かき混ぜる』−『氷』スキル




『概念』の間に、氷がこびりついてる。


 スキルを汚染するって、こういうことか。『概念』の間にある氷が、本人の魔力と意思の伝達を邪魔している。そうすることでスキルそのものを封じて、精神活動を邪魔する、ってことか。


 だったら対処は簡単だ。


 基本的には、一度『再構築』したスキルを『再構築』し直すことはできない。けど『概念』をずらしたり、落ち着かせたりすることはできるはずだ。


 僕は『氷』に触れないように、スキルの『概念』に『魔力の糸』を巻き付けた。


「少し刺激が行くよ、レティシア」


「へ、へっちゃらですわ。わたくしを誰だと──────っ!?」


 びくん。


 魔力を流すと、レティシアの背中が大きく震えた。


「あ、あつい……なんですの。これ……」


「今、僕の魔力を流し込んでる。熱いならちょうどいい。これで氷が溶かせるかどうか……」




『回転盾撃LV1』


『盾』『氷』で『敵』『氷』を『かき混ぜる』『氷』スキル




 よし。『概念』に絡みついていた氷の糸が外れてる。


 あとは『概念』を少しだけずらして──。




『回転盾撃LV1』


『盾』   『氷』   で『敵』  『氷』  を『かき混ぜる』  『氷』  スキル




「ん────────っ!」


 きゅっ……ぱたん。


 レティシアは両脚を持ち上げて──つま先を、きゅっ、と丸めて──そのまま、脱力した。


「大丈夫? もうちょっとゆっくりした方が……?」


「だ、だいじょうぶと言ってますわ!」


 レティシアは涙目で、僕を見た。


「とにかく……とにかくっ! 早く終わらせなさい……」


「わかった。対処法はわかったから、速度優先で行くよ?」


 僕が言うと、レティシアは真っ赤な顔で、こくん、とうなずいた。


「…………そうしてください……でないと……わたくし……このまま…………」


「?」


「なんでもないんですわっ」


 レティシアは僕をうらめしそうににらんだ。


 早く終わらせるのは僕も賛成だ。この氷も、いつまでおとなしくしてるかわからないから。


 対処法はわかった。


 繋がった状態で僕の魔力を注ぎ込むと、主従契約してるみんなは熱を感じる。それが氷を溶かしてくれる。『概念』をずらせば、氷は自分を支えるものをなくして、外れていく。だから──


「これで終わり──っと」


「や……ぁ。ん──────っ!」


 レティシアの身体が震え、ゆみなりになる。


 僕は全力で『回転盾撃』に魔力を注ぎ込み、『概念』をずらした。


 すると──




『回転盾撃LV1』


『盾』  で『敵』  を『かき混ぜる』   スキル


  ↓↓↓   ↓↓↓        ↓↓↓

  『氷』   『氷』        『氷』




「氷が落ちた! 今だ!」


「や、ちょっと……ナギさん! 今、触るのは────だめですわ──っ!!」


 とん、ととん。


 僕は魔力を注ぎ込むと同時に、レティシアの背中を叩いた。


「ん──────っ!!」


 レティシアが喉をそらして、声を上げる。


 その胸の中心から、彼女の中に入り込んでた氷が、飛び出した。


 スキルに寄生できなくなったからだ。『ヴェール』の魔力だけで、氷が永久に存在できるわけがない。だからあの氷はおそらく、宿主の魔力を喰らってエネルギーにしている。自分の存在を維持して、さらに汚染の役目を果たすために。


 もともと魔力で作られたものだからか、氷は、恐ろしく軽く──長い距離を飛んで──


 氷を生み出した本人──『ヴェール』の身体に、張り付いた。


「「「あ」」」




「ギャ────────!!」




 絶叫。


 スキルを汚染し、記憶と感情までも破壊する氷は、迷わず『ヴェール』の中に入り込んでいく。


 それからどうなったかは……外からじゃわからない。


 ただ、『ヴェール』はぼんやりした目で僕たちを見てから、気を失っただけだった。


 ……どうしよう。


 ……いや、どうしようもないかな。


「あとはイルガファの正規兵にお任せしようか」


「ですわね」


「で、ありますな」


『ヴェール』とラランベル男爵令嬢は、共謀して町にガーゴイルを送り込んでいた。


 死人は出なかったそうだけど、怪我をした人はいるし、屋台や家も破壊されてる。イルガファの正規兵が逮捕するには十分な理由だ。僕たちが手に入れた情報は、イリスを通じて共有しよう。


『ヴェール』はたぶん、もうスキルを使えない。もしかしたら記憶も封じられてるかもしれない。


 スキル封じのスキルを返されるとああなるのか……僕も気をつけよう。


「ところであるじどの、あれはどうするのでありますか?」


「あれって?」


 ふと見ると、カトラスが部屋の中央にある魔法陣を指さしてた。


 その上で、氷のかけらがうごめいてた。


「……まだ残ってたのか」


 レティシアから取りだしたとき、氷のかけらは溶けかけてた。


 その一部が砕けて、部屋の真ん中にも飛んでたらしい。


 とりつく先をなくした氷は、だんだん小さくなっていく。そのうち消えるだろうけど……せっかくだから、別の使い道を考えよう。


「フィーン。あの魔法陣はまだ、あの変な魔神っぽい生き物のところに繋がってる?」


『繋がっております。あるじどの』


 僕が聞くと、寝間着姿のフィーンが、カトラスの頭上に現れた。


『ご指示の通り、転送は一時停止しただけですもの』


「向こうがどんな様子かわかる?」


『ええ』


 フィーンは、水晶がついたアミュレット──『神聖遺物アーティファクト』を掲げた。


『これは、あらかじめ魔法陣をセットしておいた場所に転移するもの。だから転移先が安全かどうか、確認する能力がついております。それによるとあの魔神がいるのは……商業都市メテカルの方向。場所は密閉された空間ですわ。おそらく、地下の隠し部屋でしょうね』


「まわりに人は?」


『おりませんわ』


「じゃあ、誰にも迷惑はかからないかな?」


『かかりませんわね?』


 僕とフィーンは顔を見合わせて、にやり。


 なんだか楽しくなってきた。


 僕の親友を汚染しようとした奴の仲間だ。多少は仕返ししても文句はないだろ。


「フィーン。その空間とここをもう一度だけつなげて、『魔神』が出現したら15秒で解除だ。その後は、転移先できないようにして。できるか?」


『もちろんです』


『主さま。我もよいか?』


 いきなり僕の背中で、ぽん、とフィギュアサイズのレギィが出現した。


『実は、この部屋のドアの向こうに「アシッドスライム」が控えておるのじゃが』


「アシッドスライム?」




『「アシッドスライム」


 強力な酸を持つ、赤色のスライム。


 金属を溶かして食べる習性がある。


 人間を食うことはないが、触れると酸で皮膚や肉を溶かされるため、かなり危険。


 宝箱や壺に詰め込むことで、トラップとして使用されることもある』




『我のスライム支配スキル──「溶液生物支配スライムブリンガー」にスライムの反応があったのでな、呼び寄せておいたのじゃ。本当は扉の隙間から忍び込ませて「ヴェール」とやらを背後から襲う予定じゃったのじゃがな……スライムどもの速度では間に合わなかったのじゃ』


「でも、なんでそんなものが?」


『扉の外にあるつぼの中に閉じ込められていたそうじゃ』


「……トラップか」


『おそらくは』


 僕たちが壺を割ったりすれば、怒ったアシッドスライムが襲ってくることになってたわけだ。


「他には、扉の外になにかある?」


『なんかドアノブをさわった兵士が2人、手足を凍り付かせてぴくぴくしてるそうじゃ。そいつらが倒れた衝撃しょうげきで、壺が割れたのじゃな』


「……念入りなトラップなことで」


 ドアに触ったら『ヴェール』の『スキル汚染スキル』が発動することになってたのかー。


 ほんとに……壁を割って入って正解だったな。


「まぁいいや。味方になってくれるならいいよ。呼んで」


『うむ。問答無用で壺に閉じ込められて、無茶苦茶怒っておるからの。暴れたいそうじゃ。あと、もう誰にも捕まらぬように、遠くへ行きたいとも申しておる』


 そう言って、フィギュアサイズのレギィは、僕の肩の上で「てやー」って両腕を挙げた。


 しばらくして、ドアの隙間から真っ赤なスライムが入って来る。数は2体。レギィの指示で、床の上の魔法陣へと移動する。うん。これで準備はいいかな。


「それじゃフィーン、お願い」


『かしこまりました。「転移術式展開ポータル・オープン」いたします!』


 フィーンは空中に浮かんだまま、寝間着の裾をつまんで一礼。


 そして──魔法陣に、光が走った。


 空間が、ゆらいだ。


 かすかな振動とともに、魔法陣から巨大ななにかが現れようとしてる。




『オロカナル──モノヨ』


 かぎ爪のついた黒い腕が、魔法陣から出現した。




 べちゃ




 スキルを汚染する氷が、黒い腕に張り付いた。




『ワガアルジノテキ……ッテ。ギャ──────!!』




 さらに、魔法陣の上に乗ってた2体の『アシッドスライム』が消えた。


 向こう側に転移したらしい。




『ア!? ナニヲスル!? ナンデスライムガココニ!? ヤ、ヤメ! コノキョテンヲコワスナ──ッ! ア、ダメ! ソノアイテムヲクラッタラ、アノカタガモドッテコレナク──!!』


「もういいよ、フィーン」


『了解ですわ。「転移術式解除ポータル・クローズ」。転移先を、アミュレットから除去いたします!』


 ずぼっ。


 黒い腕が引っ込んだ。


 床に描かれていた魔法陣から、光が消えた。


 それだけだった。


「……ほんっと、容赦ないですわね、ナギさん」


 振り返ると、レティシアがあきれたみたいに、僕を見てた。


「これくらい当然だろ」


「そうですの?」


親友レティアのスキルと記憶を壊そうとしたんだから」


「…………ふーん」


 レティシアは何故かほっぺたを膨らませて、横を向いた。


 白い首を飾ってた首輪は、きれいに姿を消してる。『汚染除去の方法を知りたい』という僕の願いを果たしたから、契約解除されたみたいだ。


 そうじゃないと困る。レティシアが協力してくれたおかげで、スキル汚染への対抗策を知ることができた。また同じようなスキルを使う奴が現れても、簡単に切り抜けられるようになった。契約を解除するには十分すぎる成果だ。


「あのね、ナギさん」


 でも、レティシアは首のあたりをなでながら、僕を見て、


「さっきのことは、アイネたちには秘密にしてくださらないかしら」


「うん。わかった」


「あっさりですわね」


「レティシアだって貴族だからね。一時的でも誰かの奴隷になったなんて、人にはあんまり知られたくないのはわかるから」


「か、勘違かんちがいしないでくださいな!」


 ……え?


 なんでレティシア怒ってるの? 腰に手を当てて、胸を反らして、僕をにらんでるのは、どうして?


「わ、わたくしはあなたの親友ですわよ! 緊急時に、親友の奴隷になったことなんか気にしませんわ! わたくしが気にしているのは……その……あの……わたくしが、つい『奴隷のままもでいい』と……」


 そういえば言ってたね、レティシア。


 もしもスキル汚染の除去に失敗したら、奴隷のままでも、しょうがない、って。


「そっか、レティシアが気にしてるのは、自分が奴隷のままであることを受け入れようとしたこと、ってことか」


「……そうですわ……だって、あんなに……あったかくて……やさしくて…………あのその……」


 レティシアは胸を押さえて、それから、上目遣いで僕を見て──


「な、なんでもありません! とにかく秘密です! いいですわね!!」


「わかったよ。僕と『レティア』の秘密ってことで」


 そう言うと、レティシアの顔が、ぼっ、と真っ赤になった。


「だから、ここで愛称を呼ぶのは反則でしょう!?」


「ごめん」


 僕は慌てて言い直す。


「それに、人数が違ってた。僕とレティアと、カトラスとフィーンとレギィの秘密ってことで」


「意外とギャラリーがいましたわ──っ!!」


 レティシア、頭を抱えてる。


 僕はカトラスとフィーン、いつの間にか現れてたレギィを見ながら、唇に指を当てて「ないしょ」ってつぶやく。3人も同じポーズを取って「ないしょであります」『ないしょ、ね』『ないしょじゃなー』って言ってくれる。みんな不思議なくらい優しい目をしてたけど。




「ウオォォォ────────ン!」




 不意に、森の向こうから、狼のような遠吠えが聞こえた。


「リタだ。結構、近くまで来てるな」


 ずっとセシルたちと『意識共有・改』で連絡を取り合ってたから、わかる。


 リタは『完全獣化ビーストモード』で獣の姿になって、まっさきに駆けつけてくれたんだ。


 僕はセシルとイリスに「こっちは片付いた。大丈夫」ってメッセージを送る。


 あとは……。


「リタたちが来る前に、家捜ししておくか」


 僕は言った。


 レティシア、カトラス、フィーン、レギィが「「「「さんせーい」」」」って手を挙げた。


『ヴェール』とラランベル男爵令嬢は、イルガファの正規兵に引き渡すとして……僕たちの方でも、この洋館に『白いギルド』関係の手かがりがないか、探して見ることにしよう。


 ただし、危険なものには触れない。


 RPGみたいに問答無用で引き出し開けたり、壺を割ったりしない。


 おうちに帰るまでが冒険だ。安全第一で行こう。




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