第149話「深夜の雑魚寝パーティと、『アーティファクト』の使い道」

 家探やさがし完了。


 結局、この洋館にあった『神聖遺物アーティファクト』は、あの転移アミュレットだけだった。


 他に見つかったのは、魔法のかかった盾と、弓と矢がひとつずつ。あとは金貨が数十枚。


 これらは『ヴェール』がしたことの証拠品だ。ガーゴイルの残骸ざんがいも残ってるし、イルガファの町に魔物を送り込んだ証拠にはなるだろう。


 ただ、アミュレットだけは僕たちが持っていくことにした。


 これはフィーンが支配しちゃったから、他の人間には使えない。だから、証拠にはならない。それに万が一『ヴェール』の仲間が彼女を取り返しに来たとき、一緒に持って行かれるとまずい。アーティファクトの掌握者しょうあくしゃの存在に気づかれる可能性があるから。これは『ヴェール』たちからは離しておいた方がいい。


 その他にも、洋館ではいろいろな情報が手に入った。


 まずは『ヴェール』が使った『スキル汚染スキル』について。


 これは部屋にあった羊皮紙に詳しく書かれていた。


 あの『スキル汚染スキル』は本当にイレギュラーなスキルで、同種のものは、奴らも4つしか所有していない。


 属性は炎が2つで、氷が2つ。


『ヴェール』が使ってたのは氷のひとつだ。でも、あのスキルは僕が汚染し返した。『ヴェール』の氷は、彼女の胸のあたりをうっすらとおおっちゃってる。本人は生きてるけど、スキルを取り出すのは無理だ。それにスキル自体も、氷で汚染されてる可能性がある。


 それにしても……残りのスキルはどこにあるんだろうな。いらんけど。


 次に、部屋の床に描かれた魔法陣の転移先について。


 フィーンによると、あれはダンジョンの一室に繋がってたそうだ。このあたりにあるダンジョンといえば、商業都市メテカルにあるやつだ。フィーンはその地下深くの階層に、奴らの拠点があったんじゃないか、って言ってた。


 そこがアイテムの倉庫──いわゆる宝物庫になってたらしい。


 隠し扉の先にある閉鎖空間だそうだから、たぶんあのおっきな腕の持ち主が門番をやってたんじゃないかな。


 ……今はどうなってるんだろう。


 奴も『スキル汚染スキル』の氷を喰らってるし、向こうにはアシッドスライムが転移してる。


 レギィによるとスライムたちは無茶苦茶怒ってて、転移先では「なんでも手当たり次第に溶かしてやる!」って息巻いてた(比喩的ひゆてきな意味で)らしい。


 レギィもレギィで「うむ! ではまず隠し扉のドアノブを鍵を溶かすが良い!」ってけしかけてたそうだ。今ごろ、隠し扉のドアノブと鍵を、溶接されちゃってるだろうな。スライムはドアの隙間から、外に出られるからいいけど。


 となると、向こうの宝物庫は、氷の汚染を喰らった謎生物が苦しんでて、かつ、ドアノブは溶かされてて出られず、その状態で高価なチートアイテムが溶かされていってるってことか。


 …………想像したら怖くなってきた。









「あの……ナギさん」


「言いたいことはわかるよ。レティシア」


「ボクもなんとなくわかるであります」


 家探しを終えた僕とレティシアとカトラスは、顔を見合わせた。


 どうやら僕たちは知らない間に、謎の敵の拠点をふたつ壊滅かいめつさせたらしい。


 びっくりだ。


 まぁ、その組織は問答無用で町にガーゴイルを送り込み、貴族の危機感をあおった上でさらって、いきなりアイテムを売りつけるという超絶悪徳商法やってるところだから、潰したところで問題はないんだろうけど。


 その後、僕たちは状況を再確認。


『ヴェール』とラランベル男爵令嬢は縛って目隠しと耳栓をした。倒れてた貴族の男性とそのおつきの人たちは、暴れるから拘束させてもらった。敵の兵士たちも同じようにした。全員、部屋の外に出してある。


 あとは迎えが来るのを待つだけ……でも、そんなに時間はかからないかな。




『ワゥ────ウォオオオオオオォン!!』




 ほら。獣のような遠吠えが、だんだん近づいてきてるから。


 部屋の壁には大きな穴が空いてて、そこから、外の森が見える。


 森には月明かりが差し込んでる。


 木々の枝と、草、それと──金色の獣の姿が、かすかに浮かび上がってる。


 獣はまっすぐにこっちに向かって駆けてくる。風を切る音が聞こえそうなほどの全力疾走だ。獣はそのまま部屋に飛び込んできて、ジャンプ。


 空中でスキルを解除して──白い肌をさらして──金髪の少女──リタの姿になり、そのまま僕に飛びついてきて──って!?


「うわあああああああああああああんっ!!」


「リタ!?」


 人の姿になったリタは、ぎゅ、と、僕を抱きしめた。


 僕がいるのを確かめるみたいに、濡れた頬をこすりつけて、押しつけて、涙声で──


「やだ! いなくなっちゃやだ!! 私の知らないところで危ない目にあったらやだ!! やだ!! ナギがいないのやだ!! やだああああああああっ!!」


「あの、ちょっと、リタ……」


「怪我してないよね? 痛いとこ、ないよね? ちゃんと言って。無事だって言って。こわかったんだから……すごく、こわかったんだからぁ。ナギが……ご主人様が……私の手が届かないところで……危ない目にあってるんじゃないかって…………こわくて…………どうしたらいいか……わからなくて……ナギ…………ナギぃ!」


 ぽろぽろぽろぽろっ。


 リタの桜色の目からは、次々に涙があふれてくる。


「ごめんな、リタ。心配させて、ごめん」


「…………ちが……ナギ……わるくな……」


 リタは真っ白な手で、両目をぬぐった。


「…………私がかってに……しんぱいして……やだ…………とまらな。なみだ……せっかくあえたのに……こんなかお見られたく…………うぅ、うわ…………うわあああああああああんっ!!」


 ぎゅっ


 リタが僕を抱く腕に力を込めた。


 そのまま、リタは声を上げて泣きじゃくる。


 まるでちっちゃな子どもみたいに、わんわん、って。


 リタの獣耳にも尻尾にも、むき出しの手足にも、草や土がついてる。リタは『完全獣化』でオオカミの姿になって、森をまっすぐに走ってきたんだろうな。


『ヴェール』は森に結界を張って、ゴーストを放ったって言ってたけど、そんなのはリタに通じない。結界は『結界破壊』で、アンデッドはその身にまとう『神聖力』が片っ端から浄化してしまう。


 だからリタは最速で来てくれたわけだけど──やっぱり、無理させちゃったみたいだ。


「ほんとごめん。それと、ありがと」


「うわああああああああん。わん。わぅうううううん!!」


 聞いてないな、リタ。


 それに、自分が服を着てないってことにも気づいてない。


 レティシアが苦笑いしながら自分の上着を外して、リタの肩にかけてくれる。僕が「ありがと」って言うと、レティシアは優しい目でうなずいてくれる。


 本当は僕の上着をかけてあげたいけど、リタの両腕が背中に回ってて身動きが取れない。痛くはない。でも、リタは絶対にもう離さないってくらいかっちりと固定しちゃってる。


「大丈夫。どこにも行かないから」


「…………うぅ」


「だから安心して、ほら」


 僕はリタの頭をなでて、背中をさすっていく。


 敵は倒した、家探しは済んだ。


 だからリタが落ち着くまで、何十分かけても問題はなし。


 けど……不意にリタの獣耳がぴくん、と反応した。


 まだ泣きじゃくってたけど、リタは名残惜しそうに僕の背中から腕を放し、頭を下げる。


「……取り乱して申し訳ありませんでした。ご主人様」


「いいよ。そんなの」


「だ、大事なときにおそばにいられなかったこと、奴隷として、つうこんのー」


「そういうのいいから。急にどうしたの、リタ」


「セシルちゃんとアイネが、もうすぐ来るんだもん!」


 リタは、ぷくーっ、とほっぺたを膨らませて、僕を見た。


「みんなに恥ずかしいところ見せられないでしょ!? 私には、みんなを守る前衛としてのプライドがあるんだからねっ! ちっちゃい子みたいに泣きじゃくってたら恥ずかしいじゃない!」


「……いや、ここにはレティシアとカトラスと、フィーンとレギィがいるんだけど」


「…………え」


 リタは桜色の目を見開いた。


 それから顔を上げて、レティシアを見て、カトラスを見て、宙に浮かんだまま「いい笑顔」で手を振ってるフィーンとレギィを見て──


「わうううううううううっ!」


 真っ赤になって顔を押さえた。


 というか、気づいてなかったの!?


「し、しかも私、裸!? やだあああっ! 恥ずかしいよぅ! い、意外とギャラリーがいたよおおおおおおっ!!」


「レティシアさまと同じ反応を!? 仲良しでありますな!」


「うれしくないなかよしですわ──っ!!」


 そんなわけで、とりあえずリタには上着をちゃんと着せて。


 泣きじゃくるのと恥ずかしがるのが同時進行してるのを、落ち着かせて。


 セシルとアイネが馬に乗って到着するのを待って、僕たちは撤収てっしゅう作業をはじめた。


 セシルは見つけたアイテムの『鑑定』を。


 アイネは『記憶一掃』で『ヴェール』たちの記憶を操作してスタンさせて、僕たちのがいた痕跡こんせきを『お姉ちゃんの宝箱』の異空間に片っ端から放り込んで、証拠隠滅しょうこいんめつ


 そして僕はイリスに「合流したよ。ラフィリアにも安心するように伝えて」ってメッセージを送った。


 僕たちは『意識共有マインドリンケージ・改』で、ずっと連絡を取り合ってた。


 だからセシルとリタ、アイネがこっちに向かっていることも、イリスがこっそり『城門の封鎖』をなんとかしてくれたことも知っていた。安心して戦えたのはそのおかげだ。


 そのイリスによると、イルガファ領主家の兵士たちは「町に魔物を導いた悪人」を捕らえるため、すでにこっちに向かっているそうだ。


 もちろんイリスを通して、正規兵には『ヴェール』とラランベル男爵令嬢、その配下の能力について伝えてある。兵士たちの移動コースはわかってるから、僕たちはそれを避けて帰ればいい。


 最後に全員で指さし確認をして、異常がないことを、確かめて。


 そうして僕たちは、謎の組織の謎の館から撤退てったいしたのだった。





 それから僕たちは森を抜けて、街道を進み──


 港町イルガファの城門は閉じていたけど、見張りの兵士はイリスが遠ざけておいてくれたから、シロの浮遊スキル『れびてーしょん!』で城壁を乗り越えて──


 やっと家に帰った僕たちを待っていたのは──






「お帰りなさいですぅ! さぁ、お休みの準備は整っているですよーっ!!」


 ──大量の枕を抱えたラフィリアだった。


 ……なんだろう、この状況。


 リビングの家具は全部片付けられて、床一面にシーツと毛布が敷いてある。


 その上には枕。そしてさらに毛布。


 枕は全員分用意されてる。雑魚寝ざこねの準備は完璧だ。


 そしてシーツに描かれているのは『ガーゴイル』『鎧の兵士』『スケルトン』や『ゴースト』を模した魔法陣。


「まさか、これはラフィリアの『対魔結界』?」


「なのです! 皆さまが安心して眠れるように、魔物が来ても大丈夫なようにしたですよ!」


 ラフィリアは、えっへん、と胸を張った。


 セシルもリタも、アイネも「お、おおー」って感心してる。レティシアは「はい?」って首をかしげてるけど。


 僕はラフィリアのスキルについて説明する。


 ラフィリアのチートスキル『対魔結界』は「対象の魔物を描いた魔法陣の上に伏せることで、その魔物限定のバリヤーを張ることができる」スキルだ。町中に魔物がふたたびやってくるなんてことはないだろうし、この家に直接襲いかかることも考えづらい。


 けど、気休めにはなる。いざとなったら伏せてバリヤーを張ればいいんだから。


 ──そう伝えるとレティシアも「お、おおーっ」ってため息を漏らした。


 僕も同じだ。すごい発想だよな、これ。


 屋敷のリビングに、対魔物用の防壁を仕込んだようなものなんだから。


「すごいな……よく思いついたね、ラフィリア」


「あたしにできるのはこれくらいですからねぇ……」


 ラフィリアは、もじもじ、と指を組み合わせた。


「皆さんも夜の戦闘と移動で、気が休まる暇もなかったですよね? だから、ぐっすり休んでいただこうと思って、一生懸命考えたです。もちろん、イリスさまもアイディアを出してくださったですよ?」


「イリスも?」


「はい! 『お兄ちゃんと皆さんに安心して休んで頂きたい』と、イリスさまはおっしゃっていたです」


 ラフィリアは、ぱん、と、手を叩いた。


「それと、『こうすれば、合法的にお兄ちゃんと同じ寝床でごろごろできましょう!』と、おめめをきらきらさせて──」




「ちょっと師匠ししょう──っ! なんでばらしちゃうんですか──っ!!」




 あ、イリスも来た。


 玄関先から足音が聞こえたかと思ったら、髪をポニーテールにしたイリスが転がり込んでくる。


 領主家にいるときとは違う、シーフっぽい変装スタイルだ。


 イリスはそのままラフィリアに詰め寄ると、子猫がじゃれつくみたいにちっちゃな拳で、ラフィリアのお腹をぽこぽこ叩き始めた。ラフィリアは「ごめんなさいいたいですー」って言いながら、ちっとも痛くなさそうに笑ってる。


 なごむなー。


 見てるとこっちも笑いがこみあげてくるなー。


 領主家でのふたりもこんなふうなんだろうな。ほんと、いいコンビになったよね。


「と、とにかく! お兄ちゃん。ご無事でなによりです」


 イリスはみんなの視線に気づいたのか、こほん、とせきばらい。


 それから僕の前で、領主の娘としての正式なお辞儀をした。


「イリスは『意識共有マインド・リンケージ・改』でお兄ちゃんと繋がっていましたから……なんとか、ぎりぎり、落ち着いていられましたけど、他の皆さんはご心配されてたと思います」


「うん。ごめんな、心配かけて」


「師匠だって、見た目はいつも通りのほわほわでしたけど、お茶はひっくり返すし、本棚にはぶつかるし、大変だったのですよ?」


「ですねぇ、うっかり、イリスさまのご本をぶちまけてしまいましたぁ」


 困ったように肩をすくめるイリスに、ラフィリアがうなずく。


「師匠ってば、それをまた拾い上げようとしてつまずいて転がって──」


「本の中に挟まってたお手紙を落っことしてしまいましたからねぇ……」


「お父さまがお部屋のドアをノックしていることにも気づかないくらいで──」


「拾ったお手紙──マスターへの恋文ラブレターを、うっかり読み上げてしまいましたねぇ……」


「でも、さすがは師匠です。巧みな話術で、イリスの提案を、お父さまに伝えてくださいました。一時的に城門を開けることと、城壁から衛兵を一時的にどかすことを納得してもらえたのは、師匠の口添えあってのことです!」


「はい! イリスさまと夜伽よとぎの約束をした『海竜の勇者』が戻らないと申し上げたら、快く城門を開けてくださいました!」


「な、な、なんですとー? イリスに聞こえないようにそんなことを────っ!?」


「えへへー」


「えへへじゃないでしょう!? それに、どさくさに紛れて失敗を告白しないでください──っ!!」


 ぽこぽこぽこぽこっ!


 イリスのちっちゃな手のひらがラフィリアのお腹を叩いて、胸を揺らす。


 ほんっと、なごむなー。


 やっと家に帰ってきたって気がする。


「とりあえずお茶……は、もう遅いから、みんなでお湯でも飲んで温まろうよ」


 僕の提案で、みんながそれぞれの仕事に動き出す。


 そして──眠くなるまで、リビングに敷いた毛布の上で、僕たちはごろごろすることにしたのだった。








「──そんなわけで、イリスが馬の『ピックルさん』と『ポックルさん』、それと追加の馬を手配いたしました」


「──本当にあっというまだったんですよ? ナギさま」


 リビングに敷いた毛布の上。


 甘めの携帯食を食べて、お湯を飲んで、身体を温めた僕たちは、毛布の上でのんびりしていた。


 お互いの口をついて出るのは、どうでもいいようなお話ばかり。


 アイネがいつも干してくれてる毛布は、ふかふかで、優しいにおいがする。


 それにくるまって、思いつくままにつぶやいて、笑って、転がったり、身体を伸ばしたり。


 まるで修学旅行の夜みたいだ。


 僕の左右にはセシルとイリス。寝間着姿のふたりは、ぼんやりと天井をながめてる。


 寝息が聞こえると思ったら、いつの間にかラフィリアとカトラスがくっついて眠ってた。フィーンはいないから、きっと一緒に眠っちゃったんだろう。


 リタとアイネ、レティシアは3人で話をしてる。


 でも、リタがレティシアの首筋と胸元のにおいを嗅いで、アイネが「ふふふー。なるほどなのー」って笑ってるのはどうしてだろう。レティシアは真っ赤になって、毛布の上でじたばたしてるし。


 レギィは小さな人形の姿になり、リビングの端から端までごろごろ転がってる。眠ってるラフィリアの上を通過して、隣で眠るカトラスの間に落っこちて……フリーダムだな。


 やりすぎたらおしおき、って言ってあるからか、ほどよく楽しんでるみたいだ。


 僕は枕に顎を乗せて、セシルとイリスの声を聞いてる。


 ふたりが話してくれてるのは、今回の事件にまつわる報告だ。


『ヴェール』とラランベル男爵令嬢は、イルガファ領主家の牢屋に入ることになってるそうだ。


 ラランベルの方は貴族ではあるけれど、町にガーゴイルを派遣した証拠はそろってる。森の洋館にはガーゴイルの残骸が転がってるんだから。それに一緒にいた男性貴族は『ヴェール』の兵士にぶちのめされたところまでの記憶があるはずだから、証言はしてくれるはず。奴らの罪をどう判断するかは、イルガファ領主家のお仕事だ。


「あとは、回収してきた『神聖遺物アーティファクト』の使い道か」


「『転移のアミュレット』ですね」


「あのアミュレットの紋章には見覚えがあります。世界をまたにかけた伝説の王様の紋章……でしたでしょうか。あとで調べることにいたしましょう」


 フィーンからの情報と、セシルの鑑定結果、それとイリスの知識を組み合わせると、あの『アミュレット』は3カ所を魔法陣で繋ぐことができるらしい。


 今回『ヴェール』は洋館、イルガファ内部、それと宝物庫を繋いでいた。


 フィーンはすべてリセットしてくれたから、今度は僕たちが、3カ所の転移ポイントを作ることができる。


 儀式は少し面倒だけど『アミュレット』を起動して、地面に魔法陣を描けば、それが転移ポータルになるらしい。移動距離は、ここから商業都市メテカルの間くらい。今わかっていることは、これくらいだ。


「便利なアイテムですね」


「お兄ちゃんは、もう使い道を考えられたのでしょうか?」


「……そうだね」


 セシルとイリスが僕の顔をのぞき込んでる。


 僕の方は一応決めてるけど……念のため、


「セシルとイリスはどう思う?」


「そうですね……瞬時に長距離を移動できるわけですから」


「しかも、荷物を持っていても問題ないのでしょう?」


 セシルとイリスは、びし、と指を立てて、


「わたしたちがナギさまのために、効率よくダンジョンを攻略するのはどうでしょう?」


「イルガファの海産物を、商業都市に運ぶという使い道もできましょう?」


 …………うん、すごく理にかなってるね。


 それは僕も考えた。


 けど、本当にしたいのは、もっとどうでもいいことなんだけど……。


「それで、ナギさまはどんな使い道を考えられたんですか?」


「教えてください、お兄ちゃん」


 ぐぐっ、と顔を近づけてくる、セシルとイリス。


 いつの間にかリタとアイネ、レティシアも話をやめて、こっちを見てる。


 ちょっと待って。ご主人様はそんなすごいこと考えてないよ?


 なんで5人とも、そんなに期待に満ちた目をしてるの?


 ……しょうがないなぁ。


「僕の考えた使い道は『社員旅行ふたたび』だよ」


 少し考えてから、僕は言った。


「ほら、レティシアは保養地に行ってないだろ? だから、向こうの別荘に誰かを派遣して、魔法陣を設置してもらおうと思ったんだ。そうすれば海水浴リゾート地に日帰りできるし、聖女のデリリラさんにも会いに行ける。移動が楽になる『転移アイテム』なら『福利厚生』に使うのが一番だと思ったんだよ」


「「「「すごいです、ご主人様!!」」」」


 セシル、リタ、アイネ、イリスは満面の笑顔で言った。


 ちなみにレティシアは、見えにくいように、ぐっ、と親指を立ててる。


「なるほど。それならいざというとき、町を脱出することもできますね!」


「移動範囲も、受けられるクエストも倍になるわね」


「レティシアもすねないで済むの」


「え? イリスはよく存じ上げないのですが、レティシアさまってそういう方なのですか? なんだか、親しみが持てます!」


「違いますわすねたりしませんわ!」


 みんな賛成してくれたみたいだ。


 それから僕たちは小声で、誰が魔法陣をセットしに行くか、向こうには誰か常駐するのか、いっそ日替わりで住むのはどうか、なんて話をして──





 ──出かけるのは『新領主おひろめパーティ』が終わって、王家の──慈愛の姫君クローディアを町から追い出してからにしよう、って決めて──




 そのうち眠たくなったから、僕たちは身体をくっつけて、目を閉じたのだった。


 

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