第150話「ふたつの加護を受けた町と、その護り手(情報戦つき)」

「話を聞いてもらえますか? 領主さま」


 次の日。


 僕はイリスの仲介で、イルガファ領主さんと面会していた。


 場所は、領主家の応接間。


 左右の部屋も人払いして、廊下の先に領主家の執事さんとラフィリアだけが控えている。


「まずは昨日、町をおそったガーゴイルと、その使い手についての情報をお伝えしておきます」


 僕は言った。


 領主さんは緊張した面持ちで、僕の話を聞いている。


 すでに『ヴェール』たちがいた廃村では、兵士が調査をはじめている。


 僕は、そこにあるものだけではわからない情報を伝えることにした。





 ──『ヴェール』が、貴族にチートアイテムやスキルを売り歩いていたこと。


 ──そのために、わざわざガーゴイルを町に呼び出し、住民を危険にさらしたこと。


 ──『慈愛じあいの姫君』クローディア姫が、彼らと組んでいる可能性があること。


 ──最後に、物証として『ヴェール』が使っていた仮面を魔法的に分析すれば、姫君との関わりがわかるかもしれない、ということ。





 そこまでを短くまとめて、僕は領主さんに伝えた。


「…………そ、そ、そんなことが」


 領主さんの声は震えてた。


 無理もないよな。これから後継者を迎えて平穏無事に、って思ってたところで、いきなり王家がらみのトラブルが飛び込んできたんだから。


「捕らえた『ヴェール』と、ラランベル男爵令嬢だんしゃくれいじょうはどうなってますか?」


「男爵令嬢の方は、自分がガーゴイルを操っていたことを認めています。が、王家との関わりについては……その」


「話していない、と?」


「はい。それと、あれは事故だと。身を守るために使っていたガーゴイルが暴走しただけだと。イルガファ領主家には男爵家から補償をする──領地の一部を差し出してもいいと。だから、解放してくれるようにと言っていました」


 ふーん。あくまでも『事故』で押し通すつもりか。


『ヴェール』の方は、完全に記憶を失っている。奴が使っていた『氷のスキル汚染スキル』は、思考回路まで麻痺させる。その氷を自分が喰らったことで、記憶までなくなってしまったらしい。


 まぁ、記憶が残ってたとしても、奴が正直にしゃべるわけがないんだけどさ。


「……どうして我が町にばかりこんなことが……」


 領主さんは頭を抱えた。


「新しい後継者を迎えて、やっと落ち着くというところで、なんでこんなことが起こるのだ……海竜ケルカトルが地上も守ってくれればいいのに」


「地上を守る竜……ですか」


 僕は右腕につけた『天竜シロの腕輪』に触れた。


「……シロ、手はず通りだよ。名前を借りてもいい?」


『よいかとー』


 腕輪に口を近づけて、領主さんに聞こえないように言葉を交わす。


 昨日のうちにシロとイリスには話をつけてあるけど、念のため。


 ここからが交渉だ。


「では、お願いなのですが。この町に……空を舞う竜の加護を、一方的に与えても構いませんか?」


「…………はい?」


「ぶっちゃけ天竜です」


「はいいいいいいっ!?」


 領主さんは目を見開いて叫んだ。


「天竜の!? いえ、確かに天竜が復活したといううわさと……隣町にある天竜の翼が崩壊を始めているという話は聞いておりますが……」


「実は、巫女であるイリスが夢の中で、天竜の言葉を聞いたそうなのです。『天竜』『側に』『ずっといっしょ』……と」


「…………おお」


 嘘は言ってない。


 僕とイリスはシロの夢の中で、天竜の残留思念の言葉を聞いてるから。


「ガーゴイルに襲われたことで動揺している町の者たちにとっては、町がふたつめの竜の加護を受けたというのは、喜しいニュースではないでしょうか」


「た、確かに。新領主への祝福にもなりますからな」


「町を荒らそうとするものも、うかつに手出しできなくなるでしょうね」


 今までも、竜関係の遺産を荒そうとしてた貴族はいた。


 でも、竜そのものには手を出していない。


『海竜の祭り』を潰そうとしたエテリナ=ハースブルクも、儀式の妨害はしようとしたけど、海竜そのものへの対策はしていなかった。人を派遣して、攻撃しようとすればできたのに。


 シャルカの町にあった『天竜の翼』は、旅のお守りとしてあがめられてた。壊そうとしたり、削ろうとしたりする者は重罪になってた。


『霧の谷』で出会ったカルミナさんも、『幻想空間』の天竜の前にいる僕たちを攻撃してきたけど、天竜の幻影そのものは攻撃しなかった。


 たぶん……勝てないことを知ってるからだ。


 だから、この港町イルガファが『なんだかよくわからないけど天竜と海竜の加護を受けた町』って名乗ることができれば、王家や見知らぬ敵への抑止力になるはずなんだ。


「正確には天竜は、竜の縁があるこの町と、翼の町シャルカ、保養地ミシュリラのあたりを広く浅く、気にしているようでした。イリスはそういう気配を感じたそうです。領主さまも、天竜についてはうわさを聞いているのでは?」


「確かに……隣町にある『天竜の翼』が崩壊したこと、保養地ミシュリラに天竜が現れ、ヒュドラを倒したという話は聞いています」


「僕たちはそれを目の当たりにしました。あのときの天竜は頭部だけでしたが──偉大なる天竜のことですから、そこまで復活した状態で、町を助けてくださったのでしょう。聖女さまもおっしゃっていました。人をだましてこき使うものには、天竜の怒りがふりかかるであろう、と。天竜はすでに復活をはじめて、我々を見守っているのではないでしょうか……」


「……おお」


「だからイリスも、天竜の声を聞くことができたのだと思います」


 せっかくだ。


 今まで僕たちが残した『天竜の伝説』すべてを利用してみよう。


「……あなたはそんな貴重な情報を、どうして私に教えてくださるのですか?」


「この町には、僕たちの家があるからです」


 僕は言った。


「ここは親友が僕たちのためにくれた家があり、新しい仲間と出会った場所でもあります。海竜ケルカトルの加護を受け『海竜の勇者』であることを受け入れて、ここで暮らしていこう、と決めた場所です。それを変な奴らに荒らされたくないんです。それはあなたも同じでしょう? 領主さま」


「そう、ですな。確かにそうです」


「多くは望みません。海竜と同じように、この町が天竜の加護をも受けたということ。そういう噂を流すことと、その噂を領主家が『さぁねー』『どうかなー』『はっきりとは言えないなー』なんて感じで受け入れることを、お約束いただけますか?」


「我が町だけ、ですかな」


「翼の町シャルカと、保養地ミシュリラにもお知り合いは多いでしょう。そちらの方にも、こっそりをうわさを広めれば、この町だけが注目を集めることにはならないと思います」


 僕の言葉に、領主さんは少し考え込むようだった。


 どうなるかな。領主さんには別にデメリットはないと思うんだけど。


 港町イルガファだけじゃなくて、翼の町シャルカ、保養地ミシュリラまでを、なんとなくの『天竜の加護』の対象としてるから、この町だけが注目されることはない。敵が竜を危険視してるとしても、その対象は広範囲に広がるはず。


 あとは権威を持つ者──領主家が、その存在を「なんとなく」認めればいい。


『悪いことすると天竜が来るぞー』って、貴族が恐れるうわさを流すくらいでいいんだ。


「…………我が町は、もともと竜をあがめる町です」


 領主さんはそう言って、ゆっくりとうなずいた。


「いいでしょう。うわさを──否定しない──隣町にも広める。それだけでいいのなら」


 交渉成立だ。






──海竜の聖地にて──




「ぎりぎりですが……海竜ケルカトルに声が届きました。町が天竜の加護を認めること、問題はないそうです」


 聖地の洞窟を出たあと、イリスは言った。


 岩場に腰掛けた小さな身体に、リタが布をまきつける。セシルが魔法でたき火を作り、お湯をわかしはじめる。


「もうひとつ、名前をお借りすることにも許可をいただきました」


「『海竜と天竜が、この町を荒らす者に罰を与える』ね?」


「今回の作戦のポイントですね」


 イリス、リタ、セシルはたき火にあたりながら、顔を見合わせた。


 それから陸地の方を見る。ここからは遠すぎるけれど、彼女たちの視線の先にはイルガファ領主家がある。そこでは3人のご主人様が、領主さんと交渉をしているはずだ。昨日、大変な目にあったばっかりだから、本当はみんなでのんびりしていたい。


 けど、敵がどう動くかわからない。


 3人は思う──できれば動かないでいて欲しい。クローディア姫とか、王家とか、そういうのが全然関係なければいい。『ヴェール』の言ったことはすべて嘘で、なにもかも彼女の単独犯。王家は関係なくて、お話はこれで終わり。


 ──だったら、ナギさまも自分たちも、家でのんびりしていられるのに、と。


「ほんとは……ナギさまがいなくなって、どれだけわたしたちが心配したか、めいっぱいお伝えしたかったんですけど……」


「まったくですセシルさま。イリスだって、お兄ちゃんがさらわれたって聞いたあとは、身体の震えが止まりませんでした」


 今回のことで、改めて気づかされた。


 自分たちがどれだけご主人様を必要としていて、大事に思っているかを。


「……それと、事件はいつ起こるかわからない、ということですね」


「……今日、お兄ちゃんと一緒に眠れたとしても、明日もそうだとは限らないのでしょう?」


「……わかりますかイリスさん」


「……もちろんですセシルさま」


 こくこく。うんうん。


 見つめ合ってうなずく、ちっちゃい組ふたり。


「……ナギさまは再び、社員旅行に行く、とおっしゃっていましたよね?」


「……社員旅行の間は『ぶれいこう』でしょう?」


「……いいですよね。『ぶれいこう』」


「……今回は間違いなく実行いたしましょう『ぶれいこう』」


「あの……セシルちゃん、イリスちゃん?」


 真剣な顔で話し合うセシルとイリスのまわりで、リタはうろうろするばかり。


 話に割り込めないのは、ふたりの気持ちもわかるから。それにツッコミを入れようとすると、昨日、自分がなにをしたのかを思い出してしまうから。


 ──私、裸でナギに抱きついちゃった……。


 ナギがさらわれた話を聞いたあと、イリスからその居場所を聞き出して『完全獣化ビーストモード』でオオカミの姿に変わって──それからのことは、ほとんど覚えてない。なんか結界っぽいのがあったから破って、アンデッドっぽいものが現れたから片っ端から蹴散らして、ナギの気配とにおいに気づいてからは一直線。


 全速力で駆け抜けて、そのままご主人様に抱きついた。それだけ。


 思い出すたびに真っ赤になる。心臓が破裂しそうになる。


 でもそのせいでリタの覚悟は固まって、セシルとイリスの『社員旅行』への心構えにはなにも言えなくなってしまう。だって、おかしいなんて絶対に言えないから。そんな気持ちは、リタだって当たり前に持ってるものだから……。


「セシルちゃんもイリスちゃんも、旅のことは、この作戦が終わってからよ?」


 だから、リタはお姉ちゃんっぽい口調で、そう言うしかなかった。


「浮かれてたら足下をすくわれちゃうんだからねっ。今は、作戦に集中しないと!」


「は、はいっ」


「申し訳ありませんでした。リタさま」


 びしりっ、と気をつけの姿勢になるセシルとイリス。


「……すいません。わたし、浮かれちゃってました」


「……さすがリタさまです。奴隷の先輩として、尊敬いたします!」


 ──うわーん。ごめんなさいセシルちゃん。イリスちゃーん。


 心の中でお詫びしながら、リタはナギから預かってきたものを、地面に置いた。


 それは木製の、古びた箱。


『海竜の祭り』で民衆が、海竜ケルカトルに捧げ物をする時に使われる箱だった。


「……これに、引っかかってくれればいいんだけどね」


 あれ? 引っかかってくれない方がいいのかな? 楽だから。


 でも、そうだと落ち着かないし……うーん。


 首をかしげながら、リタは中身を確認する。入っているのはひとつだけ。





 ──顔半分をおおうかたちの、銀色の仮面だった。





「では、最後にイリスが仕上げをいたしましょう」


 イリスが立ち上がり、空に向かって手を伸ばす。


「もう何度もこの幻影は作り出していますし、精密な『いちぶんのいちすけーる』も製作可能ですが……お兄ちゃんはどんなものをご希望されていましたでしょうか?」


「陸からはぼんやり見えるくらいがいいそうです」


「でもって、地上から空へと飛び去った姿がいいって言ってたわ」


 セシルとリタが答える。


 ラフィリア直伝の『かっこいいポーズ』を決めたイリスは「むん」と気合いを入れる。


 思い出す。シロの夢の中で見た、超越存在すごいものの姿を。


『霧の谷』で作り出した幻影は、ディテールがいまいちだった。今度は正確な形を。かつ、軽くぼかして。いかにも今、この聖地から飛び去ったかのように──


 人々に見せるのは影だけでいい。うわさの裏付けになれば、それで。




「発動! 『幻想空間げんそうくうかんLV1』!!」




 そして海竜の聖地に、巨大な白い幻影が現れたのだった。











──同時刻、港町イルガファの市場──





「クローディア姫だ!」


「王家の姫さまの馬車がいらっしゃった──!」


 ガーゴイル襲来しゅうらいから一夜明けた翌日、人々はおそるおそる市場を開けていた。


 その大通りを横切るように、王家の紋章をつけた馬車が現れたのは昼前のこと。


 馬車の窓は閉ざされ、中が見えないようにカーテンが引かれていたが、『慈愛の姫君』クローディア姫の馬車に間違いなかった。



「──まさかこのような災厄が、豊かな町イルガファを襲うなんて」



 馬車の中から聞こえた声に、人々が静まりかえる。


 馬車の側は金色の鎧を着た兵士が固めている。


 近づくことはできないが、少しでも声を聞こうと、人々はひざまづいて耳を澄ます。


「何者が行ったことなのかは存じませんが、このような蛮行を許すことはできません。また、港町イルガファには海竜の加護があるとはいえ、陸の守りがおろそかになっていたこと──領主家の方にも責任はあるでしょう」


『慈愛の姫』クローディアの言葉は続いていた。


 その間に、鎧を着た兵士たちは市場の長を呼んでいる。現れた初老の男性に、小さな革袋を手渡す。「市場の復興に使うように」と、聞こえるように伝える。その声に市場の者たちが拍手をする。


「このようなとき、居合わせた貴族に、民を守る力があれば──あたくしは、そう思わずにはいられません。そう、民を守るのは、王と貴族の役目なのです。その代表として、あたくしは皆さまに慈愛じあいのほどこしを──」




「ガーゴイルを操っていた者がつかまったそうだ!!」




「──ほぇ?」


 馬車の中から、気の抜けた声が響く。


 それに気づいた者は数名。


 ほとんどの人はひざまづいたまま、声をあげたイルガファ正規兵の方を向いていた。


 正規兵たちは自分たちの成果を誇るように、人々に向かって語り続ける。




「場所は森の中、正規兵が駆けつけたとき、すでに犯人は倒されていたそうだ──」


「館にはガーゴイルの残骸があり、それを操っていた貴族がいた──」


「うわさでは天竜の加護が、港町イルガファにも与えられたと──」


「そういえば保養地ミシュリラに天竜が出現したという噂があったな──」


「漁に出てた連中は、天竜っぽい影が飛び去るのを見たって──」


「本当か? 翼の町、保養地、そしてこの町にも、竜つながりで天竜の加護が──?」




「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」





「…………」


 馬車が動き出す。


 そして──





「これは秘密なのだが…………町を襲った真犯人の証拠は、天竜ブランシャルカから海竜ケルカトルに渡されたと──人々を守る、海竜と天竜の約定の証として──聖地に」




 その声が響いた瞬間、姫の馬車は速度を上げ、一目散に走り去ったのだった。









──数十分後。港町イルガファ 王家の宿舎── 




「どういうこと!? どうして『ヴェール』は何も言ってこない!?」


 がごん


 クローディアが投げたカップが、執事の額をかすめた。


「ラ、ラランベル男爵令嬢の消息がわかりませんと、どうにも。『ヴェール』とは彼女を通して接触していましたから」


「そんなことは、あたくしもわかってます!」


 クローディア姫は、ぎりぎりと奥歯をかみしめた。


 手の中にある短剣を握りしめる。これは組織の通信手段のひとつだ。決められた呪文を唱え、相手を思い浮かべるだけで、単純なメッセージを送ることができる。けれど、今はなにも反応がない。


 ただの遊びのつもりだった。


『ヴェール』にもらったのは、姫君であることを少しだけ忘れさせてくれる仮面。


 別の人間が見たもの、聞いたものを読み取って記録することができる。それをあとで装着することで、クローディア姫は『ヴェール』の人生を体験することができる。


「……いつもいつもいつも『慈愛の姫』でいられるものですか! うっとうしい!!」


 だから『ヴェール』に協力した。


 彼女に『クローディア姫』の名前を使うことを許し、貴族との接触を助けた。クローディアにとっては楽しい『遊び』だった。


 遊び場に港町イルガファを選んだのは、海竜を笑うためだ。


 地上に手を出せない、海の守り神。それをあざ笑い、この町を荒らしてやるのは楽しかった。なのに──


「──天竜まで、出てくるなんて」


「クローディアさま。こうなった以上は、王都にお戻りになられた方が──」


「……そうね」


 うなずきかけて、クローディアは首を横に振った。


 確かめなければならないことがある。


 うわさにあった『天竜が海竜に渡した、真犯人の証拠』とは、なんなのか。


 もしもそれが『ヴェール』の仮面ならば、最悪だ。あれには『ヴェール』が見聞きしたものが残っている。万が一解析されたら、クローディアと会話したときの情報さえも取り出せるかもしれない。


「……そんなものの存在があかるみに出たら……王家の名前を汚したことに……実力主義の王家で、あたくしがどうなるか……」


 王家に生まれた王子や姫あっても、地位が安定しているわけではない。 


 成果を上げなければ、王位継承権はどんどん下がっていく。


 継承権が10位以下になったものは最悪だ。私財も、配下も奪われ、より上位の継承権を持つ者の部下として仕えなければいけなくなる。


 万が一、『ヴェール』の仮面が解析されたら、王家の権威を傷つけたとして、クローディアの地位が落ちることは間違いないのだ。


「……これはおそらく、罠」


 のこのこと取りに行けば、それこそクローディアが関わっている証拠になる。


 かといって放置して解析されれば、やはり最終的にはクローディアにたどり着くかもしれない。


 クローディアは再び短剣を握りしめる。


『ヴェール』はいざというときの切り札──『魔神』を召喚できるはず。強大な腕力と飛行スキルを持ち、人語も解するという使い魔だ。クローディアは繰り返し、魔神を呼んでと叫び続ける。が、応えはない。


 自分だけで考えて解決しなければいけないことには吐き気がする。


 だが、もう他に手段はないのだ。


「……配下の中で、最も素行の悪い者、仕事をしないものを選び出しなさい。その者たちに最も強い鎧と武器をつけて送り出します。海竜の聖地に近づき、なにか見つけたら破壊されます。万が一捕まったときでも、あたくしの名前は出さないと『契約コントラクト』させておきましょう」


 クローディアはそう、指示を出した。








──次の日の明け方、海竜の聖地に通じる岩場──





「……やっぱり来たか。来なくてもいいのに……」


 人目を避けるようにやってきた黒マントの集団を見て、僕は肩をすくめた。


 しょうがない、作戦開始だ。









「──灯りライト!」


 海に挟まれた岩場を進む兵士たちの右側で、声がした。


 思わず全員が海の方を見ると、明け方の波に浮かぶ小舟と、その背後に浮かぶ魔法の『灯り』。


 逆光になって顔のわからない少女がふたり、乗っている。


 一人が膝立ちになり、頭を下げる。


「──『強制礼節マナー・ギアス』(ぼそっ)──おはようございます!!」


 その声が聞こえた瞬間、兵士たちは反射的に頭を下げた。





「はい。『遅延闘技ディレイアーツ』(鞘つき)」


 すぱーんっ!


 兵士たちの重心が前に傾いた瞬間、彼らの尻を巨大ななにかがひっぱたいた。




「────!!?」




 どぼん




 バランスを崩して浅瀬に落ちた彼らを待っていたのは、偶然・・、そこに集まっていたブルースライムだった。


 スライムはよろいかぶとの隙間から入り込み、ぬめる岩場でじたばたする兵士たちを拘束していく。





 こうして兵士たちは、敵の顔を見ることもなく、全員が戦闘能力を奪われたのだった──。








──港町イルガファ 王家の宿舎──




「あたくしの負けです…………降伏します……」


 派遣した兵士が壊滅かいめつしたとの報告を受けたクローディアは、そのまま崩れ落ちた。


 もう、全面降伏以外に道はなかった。


 兵士たちは『聖地を荒らすふとどきもの』として、イルガファの正規兵に捕らえられた。


 仮面を解析されれば、彼らとクローディアの繋がりも明らかになるだろう。


「……この町には二度と手出ししないこと。そのことを誰にも話さないこと……それと……あたくしが持つ魔法の武器、アイテムを……すべてイルガファ領主家に差し出すこと……あたくしがいざというとき、いかなる命令でも引き受けることを……『契約』するかわりに…………このことを表沙汰にしないことを……。王家の中に、竜の味方ができることを……約束しますから……と、伝えなさい……どうか、お慈悲を、と……」


 がっくりと膝をついたまま、クローディアはつぶやくしかなかったのだった。







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