第151話「雨の日。ナギとセシルの『果たされた約束』と、その先にあるもの」

『新領主おひろめパーティ』は無事に終わった。


 パーティの前に、ガーゴイルの攻撃による町のダメージを回復させる必要があったのだけど──港町イルガファの領主さんは、全力で町の復旧に乗り出してくれた。ノリノリだった。イリスによると「町が『天竜の加護』を受けたことがうれしすぎて、変な気合いスイッチが入っちゃったのでしょう」ってこと、らしい。


 そんなわけで、こわれた家や店は、領主さんが雇った大工集団が一気に直すこととなり──


 怪我をした人たちは、これも領主さんがやとった治療術師により、無料で治療を受けられることになった。


 予算については、『慈愛のグローディア姫』からの支援もあったそうだ。かなりの金額だったから、領主さんは断ったそうだけど。結局、クローディア姫に押し切られた。


 いやー、すごいなー。さすが『慈愛じあいの姫様』、ふとっぱらだー。


「──ど、どうか、あたくしがこの町の味方であることをお忘れなく……どうか」


 領主さんと面会したとき、クローディア姫は真っ青な顔で、そんなことを言ってたらしい。


 さらに姫さまは、極秘にイルガファ領主家と友誼ゆうぎを結ぶことを約束してくれた。『ヴェール』のいた組織の情報が入り次第、教えてくれることと、竜の味方になることも付け加えて。


 そうして姫様は『新領主おひろめパーティ』で、イルガファ新領主のあいさつを受けたあと、大急ぎで王都へと帰って行った。


 町を襲った犯人の『ヴェール』と、ラランベル男爵令嬢だんしゃくれいじょうの取り調べが行われたのは、その後のこと。


『ヴェール』は、スキルと記憶を完全に失っていたそうだ。


 彼女は念のため『スキル封印措置』を受けて、専用の牢獄のある都市に送られることになる。ラランベル男爵令嬢だんしゃくれいじょうも同じだ。もっとも、彼女の方はいずれ男爵家から使者が来て、別に話をつけることになるだろう──って、イリスは言ってた。


 そうそう、カトラスは念願のクローディア姫との対面を果たした。


 パーティの席でちらっと顔を見ただけだったけど、それでも彼女は満足そうだった。


「ボクと、ちっとも似てないので安心したのであります!」──だって。


 ただ……パーティのあとで、フィーンが気になることを言ってた。




「──クローディア姫は『慈愛じあい』と『暴君ぼうくん』──ふたつの顔を持っていました。

 わたくしとカトラスもまた、同じ身体にふたつの人格が入っております。

 そういう『二面性にめんせい』が、王家の特徴なのかもしれませんわね」




 ──って。


 フィーンの言うことが本当だとしたら……魔王対策をしてる王様の、もうひとつの顔はなんだろう。


 しばらくのあいだ、僕はそんなことを考えていた。












 おひろめパーティが終わって、数日後。


「それで、旅行どうしよう」


「「「「「「「行くに決まってます!!」」」」」」」


 全会一致だった。


 そんなわけで僕たちはまた、旅行の準備をはじめた。


 今回の目的は拠点づくり。


 フィーンが掌握しょうあくした『転移ポータルアーティファクト』で、自宅と保養地の別荘を繋ぐことにある。向こうには『霧の谷』の跡地と、天竜封印の地、魔法実験都市にデリリラさんの迷宮がある。竜に関わることで調べ物をすることもあるだろうから、すぐに移動できるようにしておきたい。


 それと、あっちの別荘は、僕とみんなが自由に使える、共有スペースにするつもりだ。奴隷のみんなだけで、のんびりしたいときもあるかもしれないからね。




 その後、みんなでおやつを食べたり、リビングでごろごろしながら話し合った結果──




 ──まずはカトラス (フィーン)とレティシア、アイネが保養地に行くことになった。


 フィーンが行くのは『転移ポータル』を設置できるのが彼女だけだから。レティシアは前回、旅行に行けなかった分だけ、長く楽しめるように。アイネはその付き添いだ。


 僕とセシルとリタ、それにイリスとラフィリアはポータルの設置が終わるまでイルガファで待機することになる。


 そんな感じで話がまとまって、旅の準備をはじめた、ある日のこと──




────────────




「雨だね」


「雨ですね」


「雨なの……」


 僕たちはリビングの椅子に座って、雨の音を聞いていた。


 雨は昼前から本降りになった。


 リタとレティシア、カトラスは買い物に行っている。イリスの知り合いの商人さんのところだから、雨宿りさせてもらってるはずだ。


 イリスとラフィリアは領主家で『おひろめパーティ』の後始末をしてる。夕食のときに顔を出すって言ってたっけ。


 家にいるのは僕と、セシルとアイネ。


 旅行先に持ってくものの整理と保存食の用意が、僕たちの仕事だ。


「じゃあ、そろそろ『乾燥室』に行こうか」


「はい。なぁくん」


「わたしもお手伝いします」


 僕とアイネとセシルは物置に向かった。


 そこは屋敷の奥にある部屋で、広さは元の世界の6畳間くらい。


 元々は使わない家具が入っていたんだけど、せっかくだからスキルの実験場所として使うことにしたんだ。


 今はアイネのスキルを利用した『乾燥室』になってる。


 具体的には、天井近くに丈夫な紐を渡して、開いた魚と下ごしらえした肉を吊してある。雨の日はここに洗濯物を吊してるんだけど、今日は保存食の材料が並んでる。


 どうやって乾燥させてるかというと──


「こぼさないように、これを部屋の中に……っと」


「お手伝いします。ナギさま」


 僕とセシルは、廊下に並べておいた鉄製のうつわを、物置の床に置いていく。


 揺らすと「ちゃぷん」って音がする。器の中に入っているのは、薄めた泥水だ。


 これを一定間隔で並べて──よし、準備完了。


「いいよアイネ。スキルを発動して」


「了解なの、なぁくん。では──『汚水増加おすいぞうかLV1』!!」


 アイネは器にモップを突っ込んでスキルを発動した。


 しゅうううう……。


 器の中で泥水が増えていく。


 物置の中に入ると──空気がカラカラに乾いてる。


『汚水増加』は掃除道具で汚れた水を増やすことができる。増える水の材料は、汚水に触れているものと、まわりの空気中の水分だ。


 だから、使うと部屋の湿度が下がって、吊した洗濯物や魚、肉も乾燥していく。


 数時間おきに続ければ、干物と干し肉ができあがるはずなんだけど……。


「どうかな、ちゃんと干し肉になりそう?」


「大丈夫。普通に作るより早いの。なぁくんのアイディアはすごいの」


 アイネは作りかけの干物を少し揺らしてから、笑った。


「これだと、いろんな味付けを試せるから面白いの」


「味付け?」


「辛いのはレティシアとカトラスちゃん用。甘めはセシルちゃんと、イリスちゃん用なの。なぁくんはしょっぱいのが好きだよね?」


「奥の方は真っ赤だけど……あれは?」


「あれはラフィリアさん用。なぁくんは絶対にかじっちゃだめ」


 アイネは「めーっ」ってするみたいに、僕を見た。


 どんだけ辛いの、あれ。


 というか、超辛党のエルフって新鮮だな……。


「そっちの小魚は、もう下ろした方がいいかもなの。固くなりすぎちゃうから」


「わかった。踏み台を持って来るよ」


「おまかせください!」


 振り返ると、木箱を抱えたセシルが立っていた。


「こんなこともあろうかと、用意しておきました」


「準備いいな。セシル」


「ナギさまのお役に立つ機会を逃すわけには行きませんから」


 そう言ってセシルは物置の床に木箱を置いた。


 僕が乗ろう──と、思ったけど、ちょっと小さすぎる。


「僕の役に立つ機会は逃さない」って言葉の通り、セシルが持って来たのは自分用の踏み台だった。セシルはさらにもうひとつ木箱を持って来て、前に置いたものの上に重ねた。軽く押して、強度と安定を確認してから、満足そうにうなずく。


「大丈夫です。これならわたしでも、おさかなに手が届きます」


「お願いしていいの? セシルちゃん」


「もちろんです! お仕事させてください!」


「わかったの。じゃあ、右端のおさかなを3尾下ろしてくれるかな?」


 まるでお手伝いしたいって言い張る妹と、それを見守るお姉さんみたいだった。


 セシルは額に汗を浮かべて、真剣そのもの。


 アイネはまじめな顔でうなずいて、吊した魚を指さしてる。


「では、行きます」


 セシルは木箱に足を乗せた。


 僕は木箱が動かないように、両手で押さえた。


 とんとんとん、とセシルは木箱を駆け上がり、干した魚を回収していく。


 ──1尾、2尾……そして、最後の3尾目をつかんだとき──




 ぴしっ。




「……『ぴしっ』?」


 僕の手元で、木箱の板が外れた。


 というか、板が反って、釘が抜けかけてた。


 視界の端に、アイネが泥水にモップを突っ込んでるのが映った。ちょうど『汚水増加』を発動したところだ。箱はそのすぐ横にある。


 まさか、空気を乾燥させたせいで、木箱が歪んだ? でも、そんな急に?


「わ、わ、わわ?」


 木箱が傾く。


 めいっぱい背伸びをしてたセシルの足が、宙を踏む。


 体勢が崩れて、そのまま──


「セシル!?」


 僕は慌ててセシルの身体を抱き留めた。


 セシルが足場にしてた木箱は割れて、傾いて、そのまま落ちた。


 床に置いてた器が跳ねて、ぱしゃん、と、泥水が僕の身体にかかった。


 避けられなかった。しょうがないよな……下手に動いて、セシルを落としたらなんにもならないから。


「……あぶねー」


 でも、この程度で済んでよかった。


 保存食作ろうとして大怪我したらしゃれにならない。


 セシルの持ってきた木箱は、元々、板のつなぎ目がゆるくなってたみたいだ。この屋敷は長期間使われてなかったから、そういうのも混じってたんだろう。


 それと──原因はもうひとつ。


「アイネ=クルネットのスキルリストを表示」


 僕はウィンドウを呼び出して、アイネのステータスを確認した。





汚水増加おすいぞうかLV2』


 掃除用具で、汚れた水を増加させることができるスキル。


 増加率はレベル+10%(現在の増加率:30%)


 汚水の増加に必要な水分は、まわりから強制的に吸収する。


 レベルが2になったことで、効果範囲が拡大。吸収率も増加。





 いつの間にか、アイネの『汚水増加』のレベルが上がってる。


 だから大気中の水分を奪う力も強化されてて、まわりの空気を一気に乾燥させた。でもって、ボロくなってた箱も影響を受けて、変形してしまった──ってことなんだろうな。


「なぁくん……セシルちゃん……ごめんなさい」


「アイネのせいじゃないって」


「そうです。これはわたしの不注意です……」


 僕の腕の中で、セシルが声を上げた。


 セシルの奴隷服も、泥水をかぶってる。


 でも、セシルはそんなことに気づいてないみたいだ。目に涙をためて、申し訳なさそうに僕を見てる。


「わたしがもっと気をつけてればこんなことには……わたしのせいで、ナギさまが泥水まみれに……」


「大丈夫。保存食は無事だったから」


 とっさに食材をかばったのは、貧乏性のたまものだ。


 これで食材を駄目にしちゃったら、さらにセシルとアイネが落ち込むからね。無事でよかった。


「よっと」


 僕はセシルを床に下ろした。


 奴隷服どれいふくは少し濡れてるけど、怪我はしてない。


「……ナギさま」


 でも、セシルはやっぱり泣きそうな顔で、まっすぐに僕を見てた。


「責任を取らせていただいても、いいですか?」


「責任?」


「わたしにナギさまのお着替えと、お体をきれいにするのを、手伝わせてください」


 ……つまり、セシルが僕の身体をふいてくれる、ってこと?


 それくらい自分でできるけど……セシルは唇をかみしめて震えてる。


 責任を感じてるみたいだ。


「本当はお風呂に入って欲しいんだけど、沸くまでには時間がかかるの」


 アイネも固い表情でうなずいてる。


「でも、身体を拭くていどなら、さっきお茶を淹れるときに沸かしたお湯が使えるの」


「わかりましたアイネさん。使わせてもらいます」


「ご主人様に泥水をかけてしまったからには、全力でつぐないをしなければいけないの」


「はい。わたし、命がけでナギさまをすみずみまで拭いてさしあげます」


 アイネの言葉に、セシルは勢いよくうなずいた。


 ……いや、そんなおおげさな話じゃないんだけど。


 服が汚れただけだよね? 着替えて、自分で身体を拭けば済む話だよね?


「……僕が自分でするのは……」


「ナギさま……」


 セシルは目を伏せて、つぶやいた。


「……お願いです。わたしに、失敗をつぐなわせてください」


 ……そんな顔されたら、なにも言えない。


 しょうがないな。責任を感じてるなら……してもらった方がいいか。


「わかった。じゃあお願いするよ。セシル」


「ありがとうございます。ナギさま!」


 僕が頭をなでると、セシルはうれしそうに笑った。


「じゃあ、アイネはこれから物置のお掃除をするの」


「わかった。頼むよ」


「アイネは、お掃除が大好きなの」


「うん。知ってる」


「お掃除中は、すごく集中してるの」


「……う、うん」


「なにがあっても聞こえないし気づかないの」


 ……あれ?


 アイネの目が、変な光を帯びてるような気がするけど……気のせいかな。


「だから、がんばって、セシルちゃん!」


「ありがとうございます。アイネさん」


「こういうときは『お姉ちゃん』って呼んで」


「ありがとうございます。お姉ちゃん!」


 セシルは胸に手を当てて、アイネに一礼。


 アイネはキッチンからお湯の入った桶を持ってきて、セシルに渡した。


 それから僕に向かって手を伸ばす。しょうがないから僕は泥水をかぶったシャツを脱いで、アイネに渡した。ズボンにもついちゃってるけど……これは後で。


「じゃあ、部屋に行こうか。セシル」


「……ナギさま。わたしはいけないことをしました」


 セシルはかぶりを振って、僕を見た。


「だから、もうちょっと厳しい言葉で、叱ってください」


「我が奴隷セシル=ファロットよ。その失敗をつぐなうため、汝の主人に奉仕せよ……とか?」


「はい!」


 セシルはなぜかほっぺたを真っ赤に染めて、深々と頭を下げた。


「このセシル=ファロット。ご主人様のお召し物を汚してしまった罪をつぐなうため、全身全霊ぜんしんぜんれいでご奉仕させていただきます」









「……こんな感じで、大丈夫ですか。ナギさま」


「うん。そんなもんで」


 僕の背中で、セシルのちっちゃな手が上下してる。


 ここは僕の部屋の、床の上。


 セシルがお湯につけた布で、僕の背中を拭いてくれてるところだ。


 僕の横には、お湯が入った桶がある。さらにその横には……僕の下着(上)と、ズボン。さらにセシルの奴隷服が置いてある。泥混じりの水は僕とセシルの服にたっぷりと染みこんでる。こっちは、あとで念入りに洗濯しないと。


 本当は身体を拭くより、水浴びした方が早いけど、雨のせいで今日は気温が低い。旅行前に身体を冷やして、風邪を引くわけにはいかない。


 となると、やっぱりこうするしかないかな……。


「……なんだか……メテカルの町にいたときのことを思い出しますね」


 セシルがぽつり、とつぶやいた。


「メテカルにいた時のこと?」


 僕が聞くと、セシルは手を動かしながら、


「ナギさまが、わたしの背中を清めてくださった時のことです」


「『白き結び目のお祭り』か」


「はい」


 僕の背後で、セシルがうなずく気配がした。


 たしか『白き結び目のお祭り』は、主人と奴隷の信頼を試す儀式だったっけ。


 リタを仲間にする前に、セシルと一緒にやったんだよな。


「なんだか、あれからずいぶん時間が経ったような気がします」


「あの儀式は、結局失敗したんだよね」


「あれはもういいです。ナギさまはわたしのために『魂約エンゲージ』の儀式をしてくださいましたから」


 僕の背中で動いてたセシルの手が、止まった。


「わたしは身も心もナギさまのもので、魂だって、ナギさまと繋がってます。こうしてるとわかるんです。自分がナギさまの一部で、ナギさまに触れてるだけで、満たされてることか……」


「僕も、セシルがいてくれてよかった、って思ってる」


 雨が降ってるせいで、まわりが妙に静かで。


 なんだか照れくさいことも、普通に言えるような気がする。


「魔族の残留思念──アシュタルテーには感謝してるよ。セシルを紹介してくれてありがとう、って。もう、お礼を伝えることはできないけど」


「……ナギさま」


「……? セシル?」


 ぴた。


 背中に、やわらかいものが触れた。


 指じゃない。ふわりとして、あたたかいもの。


「今日、わたしは失敗をしてしまいました」


「泥水がちょっと跳ねたくらいだろ? 気にしなくても」


「ご主人様の優しさに甘えてはいけないのです。だから……ご奉仕させてください」


 セシルが僕の胸の前に手を回した。


「わたしにあるものは、ナギさまを大好きな心と、魂と……この身体しかありません。ですから……わたしのすべてを……ナギさまに……あの……その…………」


 どくん、と、心臓が跳ねた。


 それが僕の心臓なのか、セシルの心臓なのかはわからない。


 わかるのは、身体がすごく熱くなってるってことだけ。


「……そういえば『ヴェール』のところで見つけた魔法のアイテムって、僕たちがもらえることになったんだっけ?」


「……ナギさま?」


「一応確認。魔法の盾と、弓と矢。あれはイリスが手を回してくれたんだよね?」


「は、はい。見つけたのはナギさまたちですから、権利があるはずだって、領主さまに」


「ああいうのって、売れば結構お金になるよね?」


「そうですね。最低でも数千。本当にレアなものだと1万アルシャを越えると思います」


「ガーゴイルを撃退した件でも、領主さんはこっそり報酬をくれるって言ってた」


「はい。そうらしいです」


「だから……」


 なんだか照れくさかったから、僕はこほん、とせきばらいをした。


「今年の年収は、もう10000アルシャを超えたって考えてもいいんじゃないかな。前に約束した通り。僕がセシルと──そういうことをしてもいいくらい──収入が安定した……って」


「ナギさまってば……」


 僕の背中で、セシルが困ったように笑った。


「そこまでこだわらなくても大丈夫ですって、わたし、言いました」


「しょうがないだろ。そういう性格なんだから」


「わたし……がんばってナギさまの『りせいをけっかい』させようとしてたんですよ?」


「知ってる」


「気づいて知らないふりをするの、ずるいです」


「だってもう決壊けっかいしかけてるから」


「だったらお顔を見せてください」


「それはセシルが先に見せてからで」


「それじゃ、せーの、で、にしませんか?」


「わかった」


「「せーのっ」」


 くるん。


 僕は振り返り、セシルは床の上で正座しなおして──


 お互い、顔を見合わせた。セシルの顔が真っ赤になってる。僕の顔は──どうだろう。


 ……むちゃくちゃ照れくさいんだけど、これ。


「えっと」


「……は、はい」


「セシル、大丈夫?」


「ひゃ、ひゃい。だいじょぶ。です」


 セシルは顔が真っ赤になってる。手も足も、見えてるところ、ぜんぶ。


 いつもだったら「ぷしゅう」って崩れ落ちちゃうけど、こらえてる。まっすぐ僕の顔を見つめてる。


 僕はセシルの肩に手を置いた。細くて、ちっちゃい。


 なんだか心配になってきた……大丈夫かな。セシル。


「無理そうだったら言ってよ」


「だ、だいじょぶですっ」


 セシルは胸の前で、むん、と拳を握りしめた。


「身体はちっちゃくても、わたし、立派なおとなですから。なにがあろうとへっちゃらです!」


「……なるほど」


 やっぱりセシルは無理するし、つらくても我慢しそうだ。


 ここはセシルの身体のことを考えて、対策をしておこう。


「セシル、ちょっとあごを上げて」


「はい。ナギさま────」


 僕はセシルにゆっくり顔を近づけて──発動『意識共有マインド・リンケージLV(通常版)』っと。


 通常版の『意識共有』は、互いの思考を繋ぐことができる。


 僕の方はセシルの思考を読み取ることができるから、無理してたらすぐにわかる。これで、なるべくセシルに負担がかからないようにできるはずだ。


『あれ? あれあれ?』


『繋がった? セシル』


『これ「意識共有」ですか? ナギさま』


『うん。これでセシルが無理してたらすぐにわかるだろ? 最初だから、セシルにはできるだけ負担のかからないようにしたいんだ』


『ふええええええええっ!?』


 あれ?


 セシル、僕にしがみついて、涙目で見上げてきてる。


 おかしいな。僕としては、一番いい方法を選んだつもりなんだけど。


『あの、あのあの……ナギさま』


『うん』


『わたしが無理してたら、ナギさまにわかっちゃうんですよね?』


『うん。そのための「意識共有」だから』


『……ってことは、ですね』


 セシルは僕から目をそらして、両手の指を、つんつん、って合わせながら──


『わたしがナギさまに……どうされると…………「しあわせ」になるかも…………ナギさまにすべてわかっちゃうってことですよね。わたしの外側も、内側も……ぜんぶ……まるみえに…………?』


 …………あ。


 盲点もうてんだった。


 僕がセシルをモニターしながら進めるってことは、逆にセシルに『負担がかからない』──つまり『セシルが望んでること』も『してほしいこと』も全部、僕にもわかってしまうということで…………。


『まぁ、それはそれで』


『ふええええええええええええんっ!! わ、わたし、どうすればいいんですかぁあああ。こ、ここでナギさまに「やめます」なんて言えません。だって、これはわたしがずっと望んできたことなんですから。魔族の血を未来に……いえ、それはついでで、わたしのすべてをナギさまに捧げたいって望んでて……ナギさまの「りせいをけっかい」しようとがんばって……いえ、そんなことはどうでもよくて……わたしは……ナギさまに……ナギさまと…………ナギさま』


 頭をかかえてじたばたしてたセシルは、覚悟を決めたように、僕を見た。


 目を閉じて、深呼吸して──それから、まっすぐに僕を見て──


「『……いいです……わたしのすべては……ナギさまのものです……』」


 頬を真っ赤に染めて──でも、すごく真剣な顔で──


「『──セシル=ファロットはソウマ=ナギさまを……愛して……ますから』」


 声と心で、同じ言葉を伝えてくれたのだった。








 それから──ゆっくりと時間は過ぎて──


 いつの間にか、雨も止んでて──





 終わったあと──僕は静かな寝息を立ててるセシルを膝の上に乗せて──銀色の髪をなでてた。


 ふと気がつくと、セシルの薬指──『魂約エンゲージ』の指輪がある場所に、僕の『魔力の糸』がつながってた。セシルの状態をモニターしてたせいで、無意識に繋がってたみたいだ。


 はずそうとして、触れると──

 





・一定時間以上の『魂約』──条件クリア。


・一定時間以上の魔力的結合──条件クリア。


・一定時間以上の、互いを完全に信頼した状態での抱擁ほうよう──条件クリア。


・一定深度以上の精神的な結びつき──条件クリア。





結魂スピリットリンク』の成立により『結魂スキル』が覚醒しました。





 僕の前にウィンドウと、メッセージが表示された。





セシル=ファロット


魔法属性変更エレメンタル・チェンジャー


 習得済みの魔法の属性を『地・水・火・風』のいずれかに変更できる。


 たとえば『炎の壁』なら『地の壁』や『水の壁』に。


『火精召喚』なら、サラマンダー以外にもシルフ、ウンディーネを召喚できる。


 使用回数。1日1回まで。





ソウマ=ナギ


概念抽出スキル・ストッカー


 対象のスキルから『概念』ひとつだけを抜き取り、保存することができる。


(通常、属性不足のスキルは時間が経つと消滅するが、このスキルを使うと『概念』だけをソウマ=ナギの中に残すことができる)


 ただし、他の2つの『概念』は破棄される。


 このスキルで取り出した『概念』で再構築したスキルは、レベルの低下が起こらない。


 その場合『概念』のレベルと、再構築前のスキルのレベルのうち、高い方で再構築される。


 取り出した『概念』の保存可能数は2個まで。








 ──なんて変化が、僕たちの中に起こってたんだけど……。





「……うぅ……わたし……ぜんぶ……ナギさまに……」


「……お疲れ様、セシル」


 お互いの体温を感じながら──うとうとしてる僕たちがそれに気づくのは、かなり先のことになるのだった。









──────────────────




今回登場したスキル


魔法属性変更エレメンタル・チェンジャー


 魔族の特性を最大限に生かした、セシルの『結魂』スキル。

 習得中の魔法の属性を、地水火風のどれかに変更することができる。

 耐火障壁を張ったら石が飛んできて、火矢を射たら『風の壁』にはばまれるので、かなりこわい。

 ただし、変更可能なのは1日1回のみ。

 一定時間が経過するか、セシルがスキルを解除すると、通常状態に戻ってしまう。

『古代語魔法』にも適用できるかは、今のところ不明。



概念抽出スキル・ストッカー


 概念ふたつを生け贄に捧げて、残りの概念を強化することができるスキル。

 取り出した概念は『ストック概念』と呼ばれ、ナギの中に保存される。

 それを使って再構築したスキルはレベルが下がらないので、使い方によってはかなり危険。

『能力再構築』の弱点を補うことができる強力なスキルである。

 弱点はコストパフォーマンスが無茶苦茶悪いこと(ひとつのスキルを作るのに、2つのスキルが必要になるので)。なので、再構築しすぎにご注意を。



 なお『結魂スピリットリンク』は複数の相手とも可能なため、他者のスキルと連携するためのスキルが発現することもあったりします──。

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