第152話「少女3人旅のはじまりと、『高レベルチートスキル』の発動」

今回はレティシアたちの視点のお話です。


『社員旅行』と『拠点作り』の旅に出かけたアイネとレティシアとカトラスですが……。





──────────────────



 数日後。


 アイネ、レティシア、カトラスは、保養地ミシュリラに向けて出発した。


 イルガファ領主家から馬車を借りての、のんきな旅立ちだった。


 馬車を借りられたのは、『おひろめパーティ』が大成功だったことと、『天竜の加護』を受けたことで領主さんが気をよくしたせいだ。


 3人だけの旅なのに、2頭立ての馬車なんか贅沢ぜいたくだとレティシアは言ったが、領主家の名代としてやってきたイリスは「翼の町と保養地、そして港町イルガファを『天竜の代行者』が結ぶための旅なら、それは儀式のようなものです。それなりの格式は必要でしょう」と言って譲らなかった。


 最終的にはナギが判断を下すことになったのだが、彼が「仲間の旅が楽になること」を拒否するわけがなく──


 結局、レティシアたち3人は、馬車に乗って出発することになったのだった。







「んーっ! いい天気ですわね」


「第2回『社員旅行』にはぴったりでありますな」


「レティシアもカトラスさんも一緒で、アイネはうれしいの」


 御者台にはレティシアとカトラスが座り、アイネは後で荷物の確認中だ。


 屋敷を出たのは早朝。


 仲良しチートの奴隷たちとご主人様ナギは、笑顔で3人を見送ってくれた。


 あれから数時間が経って、馬車はかすかに揺れながら、街道を進んでいる。


 レティシアが夢にまで見た『友だちとの旅行』のはじまりだった。


「……まったくナギさんってば、わたくしの願いのど真ん中を射貫いてくれましたわね……」


 レティシアは思わずゆるみそうになる頬を押さえた。


 みんなでごはんを食べて、宿に泊まって話をして──考えただけでわくわくする。


 なにしようかな。どんな話をしようかな。まずはアイネと一緒に、3人分のお料理かな……。


「……っといけませんわ。旅はまだ始まったばかりなのに」


 自分が浮き足立ってるのに気づいて、レティシアは慌ててかぶりを振る。


 向こうに着くまでは気を引き締めないと。


「アイネ。『ちぃとすきる』でナギさんと繋がってるんですわよね? 一応、1時間ごとに定時連絡を……」


「ふふふ。んー。ふふふふー」


 レティシアが振り返ると、表情がゆるみっぱなしの親友アイネと目があった。


 さっきのレティシアとは比較にならないくらいの、うきうきっぷりだった。


 目を輝かせて、軽やかな鼻歌を歌って、まるで楽しい未来を夢見ているような……。


「あの、アイネ」


「なぁにー? レティシア」


「どうしてそんなににやにやしてますの?」


 馬の手綱たづなをカトラスに渡し、レティシアは荷台に向かって身を乗り出す。


「えー。なにかなー。アイネはぜんぜんにやにやなんかしてないのー」


 アイネは壁の方を向いて、革袋をのぞき込んでいる。


 後ろ姿だけど、わかる。彼女の耳たぶと首筋は真っ赤になってる。


「レティシアったら、旅行に行くからってうかれてるの? いくら『ちぃときゃら』だからって、女の子だけの旅なんだから、気を引き締めないとだめなのー。ふふふっ」


「今のアイネにだけは言われたくないですわ」


 言いながら、レティシアは隣のカトラスを見た。


「カトラスさんは、なにかご存じ?」


「心当たりはないであります。でも、アイネさま、すごくうれしそうでありますな」


「つまり……アイネが喜ぶようなことがあったということですわね」


 レティシアはあごに手を当てて考え込む。


 親友アイネが喜ぶようなこと。思わず鼻歌を歌っちゃいそうなこと。それは……ふむふむ。


「ナギさん」


 びくんっ。


 レティシアがつぶやくと、アイネの背中が震えた。


「……あれあれ? どうしたんですの、アイネ」


「な、なんでもないのー」


「ナギさんとアイネが……」


 反応なし。


「ナギさんと、リタさん? いえ、セシルさん」


 びくびくびくんっ。


「ナギさんとイリスさん、ラフィリアさん。レギィさん?」


 反応なし。


「ナギさんとセシルさん」


 びく、びくびくっ。びくんっ。


「もー。レティシアー。アイネで遊んだら駄目だめなの!」


「もうしませんわよ」


 レティシアは口に手を当てて、含み笑い。


「だって、全部わかっちゃいましたもの」


「……ご主人様のプライバシーに踏み込むのはよくないの」


「わたくしはナギさんの奴隷じゃなくて親友ですもの」


 レティシアはアイネを見つめながら、にやり。


「そして、わたくしはあなたの親友でもありますのよ、アイネ。ですから、あなたがそんなに喜ぶことといえば、予想がつきますわ」


「うぅ……」


「ナギさんとセシルさんが『とてもなかよし』になったのでしょう? それにあなたも協力した。そうですわね?」


「アイネも確信はないの……ただ、なんとなくそうなのかな、って思ってるだけなの」


 アイネは熱くなった頬を押さえて、答えた。


 それから親友レティシアの方を見て、


「あのね……レティシア」


「なんですの?」


「レティシアって、自分でも気づいてないかもだけど、意外とえっちなの?」


 上目づかいでアイネがつぶやく。


「──な!?」


 レティシアの顔が真っ赤になった。


 さっき自分が口にした言葉の意味に気づき、思わず頭にイメージを浮かべてしまう。するといきなり体温が急上昇。レティシアは急いで頬を叩き、浮かんだイメージを追い払う。


「ほらね?」


「ご、ごかいですわっ」


 なんだか照れくさくなったから、レティシアはアイネから視線を逸らした。


「でも……これはナギさんたちにとっては貴重な一歩ですわよね」


 そして、彼らをずっと見守ってきたレティシアにとっては、応援しなきゃいけないことでもある。レティシアだって今まで、アイネの背中を押してきたのだから。


 アイネの願いは「パーティのお姉ちゃん」になることで「家族の面倒を見ること」。それにはナギの子どものお世話をすることも含まれてる。


 そのために、アイネはナギの子どもにミルクをあげえられる状態になる覚悟をしてる。


 ……覚悟というか、願望だって、レティシアは思うのだけど。


「……つまり、アイネの『お姉ちゃんリミッター』が解除されたということですわね。ふふ、楽しくなってきましたわ」


 にやにやが止まらない。


 だからこのパーティは大好きですわ……って、レティシアは口に出さずにつぶやく。


 貴族社会の社交や、噂話なんかより、ずっといい。一緒にいるだけで楽しくて、気持ちよくて、温かい気持ちになる。みんなと自分を引き合わせてくれた運命と、自分がみんなを助けられる立場にいることに、感謝したくなるくらい。


「なんだかよくわかりませんが、面白くなりそうでありますな!」


「あら……ごめんなさいカトラスさん」


 レティシアは、隣に座るカトラスを見た。


「仲間外れにしてしまいましたわね。えっと、この話題については……ナギさんの個人情報にも関わることですので……できれば本人に聞いていただければ」


「気にしないであります」


 カトラスは歯を見せて笑った。


「ボクは、みんなを守る騎士みたいなものでありますから、みんなが楽しければ、それでいいのでありますよっ!」


「いいかたですわね。カトラスさん」


 レティシアはカトラスと視線を合わせて、笑った。


 どうしてナギのまわりには、友だちになりたい女の子ばっかり集まってくるんだろう。


 これだから、一緒にいたくなってしまう。ほんと、困った人たち。


「あなたのきっぱりとした立場、うらやましいですわ」


「そうでありますか?」


「わたくし、時々、貴族である自分がうらめしくなりますの……」


 レティシアは小さく、ため息をついた。


「みなさんと一緒にいても、どうしても自分が子爵家ししゃくけの人間であることを思い出してしまう。弱いですわね。わたくしは。まだ、本当の意味で立場を捨てる覚悟がないのでしょう……」


「貴族というのは難しいものなのでありますな……」


「……長く続いた家というのは、色々あるのですわ」


「そうでありますかー」


「そうなんですわ」


「ボクは自分が王家の姫君であることを知らなかったから、簡単に立場を捨てられたのでありますが、ずっと貴族として暮らしてきた方は大変なのでありますな」


「ええ……大変──ってちょっと待ってくださいな!」


 なんだかすごい言葉を聞いたような気がして、レティシアはカトラスの顔をのぞき込む。


「カトラスさん。今、なんとおっしゃいました? 姫? 王家の? え?」


「ああ、そういえば、レティシアさまには言ってなかったでありますな」


 カトラスは照れたように頭を掻いた。


「ボクこと『カトラス=ミュートラン』は、現リーグナダル国王陛下が侍女に手を出して産ませた庶子なのでありますよ。陛下とは会ったことがないですから、向こうはボクの事など忘れているでありましょうが。はいこれ、王家のコインであります」


 ぽんっ、と、まるで安物の銅貨であるかのように、カトラスはレティシアの手に金色のコインを載せた。


 少女の横顔が彫られた、半月型のコイン──レティシアも話には聞いたことがある。王家に子どもが生まれると鋳造される、特別なものだ。


「……あの。アイネ? 本当ですの?」


 レティシアはアイネの方を見た。


 荷台のアイネは、革袋に手を突っ込みながら、


「本当なの。証明書をアイネが預かってるの。えーっと」


「あれ? まだ取っておいたのでありますか?」


「『お姉ちゃんの宝箱』に入れてあるの。なくなることはないから安心して、カトラスさん」


「別にいらないのでありますよ?」


 カトラスは困ったように、灰色の髪を掻いた。


「今のボクはあるじどのの自慢になるような『奴隷少女騎士どれいしょうじょきし (自称)』を目指しているのであります。『奴隷姫騎士どれいひめきし』ではないのであります。つまりは奴隷で、皆さんを守る騎士でありますよ。それが一番大事なことで、他のことはどうでもいいのであります」


 そう言ってカトラスは、腰に提げた剣を、かちゃん、と鳴らした。


「まぁ……もともとそんなに強くない騎士でありますが。これまでだってスキルと言えば、あるじどのに『再構築』していただくまでは『豪盾撃破シールドチャージ』と、あんまり当たらない多段攻撃『乱打らんだ』と、低レベルの戦闘スキルしかなかったのでありますから」


「今のカトラスさんは強いじゃない。『豪・中断盾撃キャンセリング・シールドチャージ』と『即時神聖器物掌握アーティファクト・ルーラー』と、それに──」


「アーティファクト系はフィーンの領分でありますから。そういえばフィーンは今、眠っているでありますよ。あるじどのとの夜に備えて、と言っておりますが……ボクには意味がよくわからなくて……」


 カトラスとアイネの話を、レティシアは、ぽかん、と聞いていた。


 そして──


「……ふふっ」


 レティシアはお腹を押さえて笑い出した。


「ふふ。ははははははははっ」


「ど、どうしたのでありますか? レティシアさま」


「ごめんなさい。あなたのお話を聞いていたら、貴族の血に悩んでいた自分がばかみたいに思えてきたのですわ……」


 レティシアは笑いながら、涙を浮かべた目をぬぐった。


 それからカトラスに預けていた手綱たづなを握り直す。


「なにが一番大事か……ですわね。いいことをおっしゃいますわ。カトラスさん」


「そうでありますか? ボクは、そんなに立派なものではないでありますが……」


「よろしければ、わたくしの友だちになってくださらないかしら」


 レティシアは、カトラスに手を差し出した。


「あなたのことが気に入りましたわ。友だちになってくださるなら、どうか、レティシア=ミルフェの手を取ってくださいな。カトラス=ミュートラン」


「いえいえ貴族の方の友だちなんて恐れ多いでありますよ」


「それはこっちのセリフですわっ!! 今までの話の流れで、どうしてそんなセリフが出てきますの!?」


 思わず突っ込みながら笑ってしまう。


(本当に、この子にとっては王家の血筋なんかどうでもいいんですわね)


(大切なのはご主人様と、家族。そういうの、好きですわよ)


 隣に座っている少女の手を握りながら、レティシアはうなずいた。


 そして地図を手に、馬車の進路を確認しようとしたとき──





 前方の空に、魔法の『灯りライト』が4つ浮かぶのが見えた。








「レティシアどの! あれは!?」


「魔法の『灯りライト』が4。横一列。救援を求める合図ですわ!」


 ここは港町と翼の町の中間地点。まわりは森だが、強力な魔物が住んでいるわけではない。


 こんなところに魔物が現れるなんてことはほとんどないはず。


「なにか異変が起きているのでしょうか……」


「ボクがあるじどのに助けていただいたときも、街道の側でありました……」


 レティシアとカトラスは顔を見合わせた。


 ふたりは同時にうなずき合う。


 ナギは言っていた。この旅は拠点づくりが目的で、港町イルガファを含む3つの町に『天竜の加護』が与えられたといううわさを流すためのものでもある、と。


 だから、多少の人助けは構わない。「いやぁ天竜のお導きですねぇ」でごまかそう、って。


 だったらここで2人が動いても問題はない。


「わたくしが行きます。アイネは馬車を。カトラスさんは……」


「ボクも行くであります」


 カトラスは剣をつかんだ。


「あるじどのからそのためのスキルを頂いております。『騎士の心』がうずいたら使ってもいい、と。『ちょっと腕のいい冒険者』に見えるだけのスキルなので、問題はないそうであります」


「新しいスキル、ですの?」


「確か……『4概念がいねん』で『レベルの下がらないスキル』だそうであります」


「なるほど。セシルさんと『とてもなかよし』になったことで、新しいスキルが手に入ったのですわね……」


 それは前にセシルとの『魂約エンゲージ』の話を聞いていたから想像がつく。


「ナギさんがスキルをくれたのなら、問題はないでしょう」


「もちろんであります!」


 レティシアとカトラスは馬車を降りた。


 手綱たづなはアイネに預けた。アイネだって『ちぃときゃら』だ。馬車を守るくらいなら問題ない。守れなかったら、馬車は捨てて逃げればいい。大切な荷物はアイネの革袋『お姉ちゃんの宝箱』に入っているのだから。


「行きますわよカトラスさん!」


了解りょうかいであります!!」


 レティシアはカトラスと一緒に、街道を走りはじめた。








────────────────────








 街道で戦う冒険者たちは、苦戦していた。


 いきなりの遭遇戦とはいえ、ゴブリン7体くらいなら、普通に戦えるはずだった。が、敵にはゴブリンの上位種『ゴブリンロード』がいたのだ。


『ギヒヒ……ググ』


『ゴブリンロード』は角の生えた兜をかぶり、7体のゴブリンを指揮している。


 街道に展開したゴブリンたちは、あっさりと冒険者たちを包囲した。


『ゴブリンロード』は『ゴブリン』『達人ゴブリン』に続く上位種で、いるだけで他のゴブリンのステータスを上昇させると言われている。


 その『ゴブリンロード』に率いられたゴブリンたちが、冒険者に襲いかかったのは数分前。油断はしていなかったが『ゴブリンロード』がいることまでは予想していなかった。


「どうしてこんなところに『ゴブリンロード』が……」


「最近、おかしなことばかりじゃない!」


 街道でゴブリンに囲まれた冒険者たちは、歯がみしながら叫んだ。


 彼らはクエストを終えて町に帰る途中だった。


 仕事先の商人からは、さまざまな情報を聞いていた。アンデッドの大発生。保養地でのヒュドラ出現。数日前には港町イルガファにガーゴイルが現れたという。


 そして今回の『ゴブリンロード』襲撃だ。


 やはり、あの噂が関係しているのだろうか……


『ギギギ!』


「来るぞ! 魔法使いを中心に円陣! 救援が来るまで持ちこたえろ!」


 冒険者のパーティは前衛4人、後衛2人の6人だ。


 対するゴブリンはロードを含めて8体。だが、ロードには3人で当たらないと対抗できない。向こうの動きが速いのだ。こちらが1回攻撃するたびに、その2倍の回数の攻撃をしてくる。


 前衛すべてでロードに当たることができれば勝てるだろうが、その前に雑魚ゴブリンを全滅させなければ──。


「頼む……誰か近くにいてくれ。数人でいいんだ、救援を!」


「来ましたわ。こんにちは」


 不意に、声が聞こえた。


 手の空いた者たちがそちらの方を見る。魔法を打ち終えた後衛、こちらを取り囲もうとしていたゴブリン、戦闘に集中していた者を除いた全員が。思わず──軽く頭を下げながら。


 そこにいたのは剣と盾を手にした、青い髪の少女だった。


「てい」


 戦闘エリアに飛び込んできた彼女は、そのままゴブリンに盾を叩き付ける。


 するとゴブリンの身体が硬直し──



 ぐるぐるぐるぐるぐるぐる──っ。



 まわりのゴブリンを巻き込んで、コマのように回り始める。


 一瞬、冒険者とゴブリンたちの動きが止まる。その隙に──




「──スキル──発動であります!!」


 高らかな宣言と共に、銀色の光が、ゴブリンの群れの間を駆け抜けた。




『グガァ!』『ギシャ』『グボァアア』『グガアア!!』『……グゴ』




 悲鳴が上がり、ゴブリンたちが地面に転がる。


 戦闘エリアに飛び込んできたもう一人の少女が、ゴブリン5体を切り伏せたのだ。


 倒れたゴブリンの中心に立っているのは、灰色の髪の少女だ。胸にはすすけたブレストプレート。手に持っているのはショートソード。小柄で、腕利きには見えない。一体なにが──


「い、いくらなんでもやりすぎですわっ!」


「ご、ごめんなさいであります!」


 青い髪の貴族っぽい少女の言葉に、灰色髪の少女は叫び返す。


「ボクだってびっくりしてるのであります。まさか『書き換えてもレベルが下がらないスキル』が……これほどのものとは」


 少女は信じられないものを見るように、倒れたゴブリンたちを見回した。


 それから、慌てたように冒険者たちに視線を移して──


「偶然であります! いやー、タイミングというのは恐ろしいものでありますなっ!! たまたま『乱打らんだ』スキルが全部命中したであります!! 」


「……『乱打』?」


 冒険者のひとりがつぶやいた。


『乱打』は剣で手当たり次第に斬るスキルだ。攻撃回数は増えるが、その分、命中精度はがた落ちする。こんな一瞬でゴブリンを無力化できるはずがないのだが……。


「さぁみなさん。ボクたちのことはいいのであります。全員で残りのゴブリンと、『ゴブリンロード』を倒すのでありますよ!」


「この方の言うとおりですわ! 皆さんご一緒に、せーのっ!」


「「「「お、おぉ!!」」」」


 冒険者たちが剣を取る。





『ギェ? ナ、ナンデエエエエエエエ!!?』




 形勢逆転。『ゴブリンロード』が悲鳴を上げる。


 残りのゴブリンはあっさりと倒され──


 集団で取り囲まれた『ゴブリンロード』も、あえなくその命を落としたのだった。





────────────────────





「……さすがあるじどのから頂いた『覚醒乱打かくせいらんだ』LV5であります……」


 カトラスは剣を掴んだまま、荒い息をついた。


 スキルを発動していたのは、せいぜい十数秒間。


 けれどカトラスには、それが数十倍に引き延ばされたように感じていた。


「ボクとフィーン、ふたりでひとつのスキルでありますな、これは……」


『そうね……わたくしたち・・・・・・でなければ使いこなすのは無理でしょうね』


 カトラスの頭の中から『もうひとりの自分フィーン』の声がした。


『このスキルの使い手に私たちを選ぶとは、さすがあるじどのよね』


「まったくであります」


『あるじどのってば、カトラスのことを隅々までわかってますわね』


「その言い方はえっちぃでありますよ! フィーン」


 言い返しながら、カトラスは十数分前のことを思い出していた──









──レティシアとカトラスが戦闘に参加する少し前──





「わたくしが皆様の気を逸らします。その間にカトラスさんが敵にある程度のダメージを与える……で、いいのですわよね?」


「いいのであります」


 街道を走りながら、カトラスはうなずく。


「あるじどのがくれた新しいスキルは、ひとりで多数を相手にするものでありますから」


「無理をしてはいけませんわよ?」


「別に敵をすべて倒す必要はないでありましょう? 襲われてる冒険者は、まだ戦えております。ボクは敵の数を減らすか、戦闘能力を奪えばいいのでありますよ」


 言いながら、カトラスは自分の中にあるスキルを確認した。


(あるじどののくれた新しいスキルなら、それができるはずであります)


 一昨日までそこにあったのは、ごく普通の『乱打らんだ』だった。





『乱打』LV5


『剣』で『手当たり次第』に『斬る』スキル




 初心者向けの多段攻撃スキル。


 剣を振り回す回数を増やすことができる。ただし、その分、命中率が減少する。


 攻撃回数はレベルマイナス1。







 これをナギは『4概念チートスキル』に作り替えてくれた。


 材料になったのは『瞑想めいそう』LV1だ。これはイトゥルナ教団が新団員に与えるスキルで、かなり安い。一般にも売っているから実験にはうってつけだそうだ。





『瞑想』LV1


『沈黙』で『五感』に『気づく』スキル





 ナギはこのスキルから『気づく』だけを取り出し『4概念チートスキル』を作ってくれた。『概念抽出スキル・ストッカー』を使ったから、再構築してもレベルが下がらない……そう説明されたけど、『再構築』中のカトラスには、説明を聞いている余裕はなかった。


「……作ってる間……かなり恥ずかしい声を出してしまったのでありますが……」


 思い出すと真っ赤になってしまう。


「あるじどの」の役に立つためと思ったから耐えたけれど、スキルをいじってもらうたびに、自分がどんどん「女の子」に近づいていくのがわかる。それは嬉しいことなのだけれど、なんだか、とても恥ずかしいことのようにも思えるのだった。


 それはともかく、新しくできたスキルは──





覚醒乱打かくせいらんだ』LV5(USR+ウルトラスーパーレア・プラス

(4概念チートスキル。抽出概念適用済み)



『剣』で『手当たり次第』に『気づき』『斬る』スキル




 チートな多段攻撃スキル。


 剣をセンサーとして、周囲の状況を把握しながら攻撃することができる。


 敵の動き、地面の感触、空気の流れ──周囲にあふれる情報すべてに『気づく』ことができる。 


 命中率上昇効果。クリティカル率上昇効果。レベル分、攻撃回数上昇。


 ある理由により、発動時間と回数には制限がともなう。





 作戦は次の通り。


 まずはレティシアが軽めの『強制礼節マナーギアス』を発動して、敵と──戦闘に参加していない冒険者の気を引く。


 その後、カトラスがスキルを発動して斬り込む──というものだった。


 作戦はうまくいき。カトラスはスキルを発動して、戦闘エリアに突入したのだけれど──





「発動であります! 『覚醒乱打かくせいらんだ』LV5!」





 ぞくん


「────あ」


 スキルを使った瞬間、カトラスの中に大量の情報が流れ込んできた。


 戦っている冒険者の姿かたち、打ち合う剣の位置と音。


 魔物の数。位置。動き。眼球の向き。腕が風を切る音まで。


 さらには地面の固さやそこに生えた草の数。周辺情報のほとんどが──


「あるじどのが……注意してくださった通りでありますな……これは……っ」


 流れ込んできたのは、想像以上に大量の情報だった。


「……ですが、あるじどのは『カトラスならこのスキルを使いこなせる』と言ってくれたのであります!」


 情報に圧倒されそうになりながら、カトラスは叫んだ。


 カトラスの『あるじどの』が、欠陥スキルをくれるわけがない。


 どうしてナギが、このスキルを作ったのか──それは、カトラスには『情報処理を担当してくれる仲間』がいるからだった。


「起きてほしいであります、フィーン! 『情報のふぃるたりんぐ』を!!」


『もうとっくに起きてますわ。任せなさい! カトラス!!』


 胸の奥から、フィーンの声が聞こえた。


 同時に、カトラスの頭が、すぅ、と軽くなる。


 カトラスの中にいるもう一人の自分が『覚醒乱打』がもたらす情報と、カトラスの間に入ってくれたのだ。


 フィーンはずっと、カトラスから『自分が女の子である』という情報を隠してきた。今までも情報のフィルタリングはしてきたのだ。


 だから、それと同じことをすればいい。『覚醒乱打』が流し込む情報から、戦闘に必要なものだけを選んで、カトラスに伝えればいい。それだけのことだ。


『わたくしはあなた。あなたに必要な情報はわかります。敵の情報を送りますわ。カトラス』


「ありがとうであります。フィーン」


 カトラスには、すべてがわかる。


 戦闘に必要な情報。敵の細かい動き。味方のこれからの動作まで。


 まるで未来予知をしているようだった。


 今、レティシアの『強制礼節マナー・ギアス』が発動したところだ。カトラスには街道の様子がわかっている。冒険者たちが、ゴブリンに囲まれているのを感じる・・・


 魔物の指揮を取っているのは『ゴブリンロード』だ。角の生えたボロボロのかぶとをかぶった、ゴブリンのおさ


 今はそいつは放っておく。流れ込んでくる情報から、そう判断する。ザコゴブリンをすべて倒した方が早い。それがたぶん、今のカトラスにはできる。


『──ギ』


 間合いに入ったゴブリンが口を開く。声をあげる前に、カトラスの剣がその腕を切り裂く。


 カトラスの動きは、特別に速いわけじゃない。


 ただ、無駄がない。ひとつもない。最適化されている。


「────てぃ!」


 ショートソードの切っ先が、ゴブリンの肘の裏側を切り裂く。太い血管を断ち切る。


 まるで時間が止まったような感覚。


 最適化された動きのまま、カトラスは次の敵に向かう。情報をフィーンが分析。敵の行動予測をくれる。カトラスはそれに従って、敵のかかとを斬る。次は手首。腕。


 ザコゴブリンの動きは『覚醒乱打LV5』を通して、フィーンが完全にとらえている。カトラスは動きの流れを止めなければいい。ゴブリンたちの戦闘力を奪う。手足を切る。斬る。


(レベル分の連続攻撃ができるのでありましたな、これは)


 さらに、精密度まで増している。


 足りないのはカトラス自身の、身体能力だ。


 わずかだけど、理想的な動きのコースからずれている。最高の動きにはなっていない。カトラスは思う──これはまだ修業が必要かも。リタさまにご指導していただけば、もう少しクリティカル率は上がるのでありましょうか……。


「てやっ!」


 それでも5回攻撃のうち4回が、狙い通りのクリティカル。


 さらにカトラスは相手が対応する前に、ふたたび連続攻撃を始める。




『ギイヤアアアアアアアアア──ッ』




 ゴブリンたちの絶叫があがる。


 そしてカトラスとフィーンの共同攻撃コンビネーション・アタックは、数十秒でゴブリン5体を無力化したのだった。






────────────────────






「……やりすぎですわ……カトラスさん」


 隣にやってきたレティシアが、呆れたようにつぶやいた。


「申し訳ないであります……ボクもまさか……これほどとは……」


「恐ろしいわね。高レベルの『ちぃとすきる』って……」


「で、ありますな…………ふわぁ」


 カトラスは口を押さえた。


『覚醒乱打LV5』の弱点は、体力を消耗すること。それと、眠くなることだ。


 大量の情報を処理するせいだ。カトラスとフィーン、二人分の人格をフル稼働させるのだから、脳がかなり疲労してしまう。馬車を使っているのは、いざというときカトラスが仮眠を取るためなのだけど……。


「その前に、元騎士候補として怪我人の手当をしなければ、でありますな」


「『こんなことができるなんてー。天竜の加護がー』も忘れてはいけませんわ」


 カトラスとレティシアはうなずきあい、傷ついた冒険者たちに近づく。


 彼らの傷はたいしたことがない。救援が早かったせいだ。でも、全員が青い顔をしている。レティシアとカトラスのスキルに恐れをなした──わけじゃなさそうだ。みんな額を付き合わせて、噂話をはじめている。


「……こんなところに魔物なんて、やっぱり、噂は本当だったのか……?」


「森に住む亜人の部族同士が争っているせいで、魔物が居場所を奪われている……って」


「その影響がここまで……」


 話していた彼らはレティシアとカトラスに気づいて、頭を下げた。


 とりあえずレティシアとカトラスは『天竜のおかげですマニュアルトーク』を開始。冒険者たちの疑問を適当に押し流したあと、彼らの語るうわさを聞き出し始めた。


 それによると──


亜人デミヒューマンの部族の……争いでありますか……」


 森に住む亜人といえば──


 カトラスの脳裏に、優しい金髪の仲間の姿が浮かぶ。彼女と同じ亜人の部族は、森を移動しながら生活しているって聞いたことがあるような……。


 関係はないかもしれないが、一応、伝えておいた方がいいだろう。


 冒険者たちの手当を終えたカトラスとレティシアは、アイネの馬車が追いつくのを待つことにしたのだった。

 





──────────────────



今回使用したスキル


覚醒乱打かくせいらんだLV5」


元々カトラスが持っていた「乱打LV5」を「概念抽出スキル・ストッカー」を使って再構築したもの。

剣をセンサーとして周囲の状況を把握することができる。


大量の情報が入ってくるため、慣れないとそれに圧倒されることがある。

そのためカトラスは、入って来る情報と自分の間にフィーンをはさむことで「情報のフィルタリング」をしている。フィーンはカトラスに必要な情報だけを流している。


その結果、カトラスは必要な情報だけを分析して、ムダのない攻撃ができるようになり、命中率とクリティカル率が急上昇している。


弱点は、脳を高速回転させるため、使用後に眠くなること。そのため長時間使用はできない。

また、フィーンのサポートを必要とするため、なんらかの理由で彼女の意識が現れない状態だと使えなくなる。

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